第30話 会遇
「お兄様、心配しておりました。やはりこちらに!」
千歌は涙を拭いつつ言う。
「いったいぜんたい理解出来ないが…」私は言う「千歌、お前こそどうして? アルプスに行ったんじゃなかったのか?」
「ええ、行っていましたとも!」千歌は言う「北アルプスを縦走しておりました。そんなとき、お兄様からのL○NEの返事が来なくなったではないですか! お兄様は徳島に行くと言っておりました。聞けば徳島ではあの事態。これはお兄様のみになにかあったに違いないと思い、すぐに山を降りて高山から電車に乗り、名古屋へ向かい、そこから夜行バスで徳島に来たのです!」
「ちょっとまってくれ、徳島に来るのはわかる。だがどうしてこの山なんだ?」
「お兄様はあの反政府軍に捕まったに違いない、そう確信したのです。自衛隊による総攻撃が始まる前に、お兄様を助け出さないと。そう思って来たのです。鷲敷への道は、警察と自衛隊が封鎖しています。となると、この山を通っていくしかありません。ですが」
千歌はそう言うと、いったん区切って、深呼吸した。
「ですが、この山のてっぺんにさしかかったとき、自衛隊のヘリが西へと飛んでいくではないですか。これは遅かった、そう思いました。ですが寺の方へと降りてくるとどうでしょう、お兄様がいらっしゃるではありませんか!」
千歌は天を仰ぐように両手を挙げて言った。そして再び涙を拭った。
「本当にご無事でよかった。本当に……」
しばらく彼女は涙を流していた。見かねた私はポケットティッシュを渡す。千歌は涙をふき鼻をかんだ。そして顔を上げる。
「ありがとうございます、お兄様。ところでですが」赤くなった目をこすりながら言った。「ところでなのですが、後ろのお二方はどなたですか?」
しまった、と思った。背筋が凍る思いがした。まさか彼女らが、例の「反政府軍」とは口が裂けても言えまい。
二人がどんな顔をしていたかは知らない。私は完全に固まってしまっており、振り返ることができなかったのだ。千歌は続けていった。
「自衛隊の方……には見えませんね。いまさっきのヘリコプターでやってきたのかと、思ったのですが」
「水澤……千歌さん、でいいんですよね」その時初めてみどりさんが声を出した「ヘリコプターが、見えましたか?」
「もちろんです、聖様、とお呼びいたしましょうか」千歌は答える「西の方から飛んできたヘリコプターが寺の上で留まり、しばらくして再び西へと消えました。それもあってこちらへ下りてきたのですが…」
どうなんだ、と思いながら私は振り向いた。みどりさんは何やら難しそうな顔をしている。ヘリコプターは霊的ステレスにより秘匿されていたはずである。それが見られていたとなると……
さらに千歌は続ける。
「それにもうひとかたは鉄砲をお持ちのようですが、でもそのお姿は自衛隊には見えません。どちらかと言えば、よく言って猟友会、悪く言って、その、妙義山から軽井沢に縦走するときに見かけた方のようで……」
本田氏も苦笑いを浮かべる。これはまずい。
「千歌、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」私は取り繕うように言う「二人は助けてくれた人なんだ。悪い人ではないから、心配しないで」
「そうでしたか」千歌は頭を下げた。素直なのが本当に良いところだ、私の妹は。「お兄様を助けて頂いて、ありがとうございます。失礼いたしました」
「いいえ、構いませんよ」みどりさんは言った「それより、下から登ってきたんですか? お疲れでしょう、冷たいお茶が水筒にあるんですが、飲みませんか」
「いいえ、おかまいなく。ペットボトルがありますから大丈夫です」
「そうですか」みどりさんは言った「ところで、あなただけでしょうか? 他には人はいらっしゃいますか?」
「私だけです、登ってきたのは」
「他に登ってきている人を見ましたか?」
「いいえ、ロープウェーも動いていませんし、誰も来ていないと思います」
「そうですか、ありがとうございます」そう言うとみどりさんは私に近づいて耳打ちした「さて、どうするつもりですか、この妹さんを。連れていきますか? それとも、この子をつれて、山を下り逃げるというのも一つの手です」
山を下りて逃げるだって?
「もとはと言えば巻き込まれたこと、逃げるチャンスです」
「待ってください」私はびっくりして言い返した「私は罪を償うつもりでここまで来たんです。宮様、貴方に忠誠を誓っているんです。逃げるなんてありえない」
「では彼女を連れていきますか。彼女は貴方を連れて帰りに来たんです、別行動では納得しないでしょう」
「それは…」私は言葉をつまらせる。
「あの、何を話しておいでですか、お兄様」千歌は言った。振り返ると怪訝な顔をしている。
「いや、どうやって山から下りようかと相談していたんだよ」
「さっきのヘリコプターではないんですか?」
しまった、またこちらの話題になってしまった。
「ヘリコプターではないなら、どうやってここへ登ってきたんですか?」
さらにまずい。
「いやあ、まあ、道に迷っていたらここに出て……それで助けられて……」しどろもどろになりながら私は答えた。明らかに怪しい。
その時であった。我々の後方、本坊と山門のある方から話し声が聞こえてきたのは。
「あっ。お寺の方ですかね。下山道を聞きましょう」
千歌は私の手を取り、そちらへ歩こうとする。そのため私はあとの二人に遅れを取った。
その瞬間に、みどりさんと本田氏は、ロープウェイ駅の中に隠れていた。私と、千歌だけが姿を晒していた。
そしてすぐに、なだらかな道を歩いてくる、声の主が姿を表した。
声の主は、若い女性であった。スーツを着ている。流石に足元はスニーカーであった。
「こんな山寺に何があるんですか、いったい…」彼女は見回したあと我々を見つけた。「あっ」そして後ろを振り返り大きな声で叫ぶ。「先輩、人がいましたー!!」
やばいぞ、さらに人がいる。
ついで姿を表したのが、迷彩服に身を包んだ自衛隊員である。この暑い中ご苦労さまである。我々を見ると。民間人を発見したというふうな旨の連絡をしていた。洗濯した一昨日の登山服を来ていたため、千歌と合わせて、登山客と思われたのだろう。
千歌はきょとんとしている。あれ、さっきのふたりはなんだったの? どこへ消えたの?そういう目でわたしを見た。後で説明するからと返事をする。
そして、その後ろからまた一人、スーツの男が姿を表した。年齢は三十歳前後である。
「いやあ、美幌くん、思ったより体力あるね」
男は先に登ってきた若い女性に声を掛けた。彼女の名は美幌というらしい。きれいな女性であるから名前は覚えておこう。
そして男の方である。なんでこいつもスーツで上がってきているのか、山をなめている。だがしかし気にかかるのは、その顔である。どこかで見たことがあるような…?
千歌は無邪気に手をふっていた。私は彼らから見て、その後ろにいる格好となっていた。
男は、私達の方を見た。
「ええと、いるのは少女が一人と、青年が一人……」
なにか嫌な予感がして、とっさに顔を背けた。それがさらに災いした。
「ええと、後ろの方、こっちを向いてください」男は言った。
仕方なしに私は顔を向ける。もうどうにでもなるしかない。
「ありがとうございます、ええと」男は眼光鋭く言った「貴方、どちらかでお会いしましたよね」
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