第10話 興徳

「私達は今、丹生谷に来ています」西日本放送協会の女性レポーターがカメラに向かって言った「突如として徳島県山中で道路を閉鎖し、警官を拉致した武装集団、丹生谷政権。その単独インタビューに我々は成功しました」

 テレビ局のクルーは、本局との通信が途絶え、わけのわからないまま、誘導に従い小学校の校庭へとヘリを着陸させた。その時出迎えたのは赤い幟を掲げた武装集団だった。通信機材に護符が貼られると、本局との通信が回復した。丹生谷朝の兵士に脅されるまま、レポーターは本局とスタジオに現場の中継を要求した。すでにネットでも話題となりはじめた騒乱である。報道一番乗りに本局は中継を許可し、番組はたちまち丹生谷王朝の特集番組に切り替わった。中継用ドローンを空中に飛ばすと、現場の中継が始まった。

 テレビではまずスタジオのキャスターが現在までの事件の顛末をまとめている。丹生谷王朝を名乗る武装集団が出現し、徳島県奥で国道をはじめ道路を閉鎖したこと、警官を拉致したこと、そして本日付で報道各社や自治体、政府あての決起文を送りつけていたこと。

番組の映像がスタジオから現場へと変わる。場所は役場の会議室である。カメラマンは、結界相殺の護符が張られたカメラを、今度は居並ぶ朝臣たち――御前様こと久保薫、入道殿と呼ばれた僧衣の中年男性、そして浅葱みどりへと向けられた。レポーターは御前様にマイクを向ける。

「まず、われわれがこのような決起に至った要因を説明せねばならない」薫御前はそう切り出した。「我々の目的は、偽王朝を倒し、正当なる皇統を取り戻すことである。そのために平家は旗揚げした。それは決起文に書かれたとおりだ」

「つまり、現在の皇統を認めない、ということですか」

「そうだ」

「しかし、現在、源平の合戦より九百年以上が経過しています。皇統ももはや…」

「それはわかっている」薫御前はぴしゃりと言った「だがどうだ、先帝いまだ退位なき前より、新たな帝を立てるのは。これを正統えるだろうか。いまだ先帝位におわすうちから、後鳥羽天皇をたてた罪は重い。

 我々は代々皇統を取り戻す機会をうかがっていた。我々平氏はそのためにこの地を選んだのだ。確かに我々はいったん敗れた。源氏と激戦を交えたた末に。だが、一敗地にまみれたからといって、それがどうしたというのだ? すべてが失われたわけではない。まだ、不撓不屈の意志、復讐への飽くなき心、降伏も帰順も知らぬ勇気がある。そして何より、皇統の象徴は我々のもとにあるのだ」

 そこでみどりさんが桐箱を取り出した。我々が剣山より持ち帰った、長さ一メートルほどの桐箱である。桐箱が開られる。なからか姿を表したのは青銅製の剣であった。

「これが天叢雲剣である」久保さんは言った。

 そこへ主上が姿を表した。ワンピース姿の少女(少年?)は朝臣らの前に躍り出る。カメラは主上へと向けられる。

「朕が安徳天皇三十二代子孫の言仁です」主上はお辞儀をしつつ名乗った。

 その時まで私も気づいていなかったのだが、護符で回線が復旧したスマートフォンで調べてやっと気づいたことがあった。言仁とは安徳帝の諱に他ならなかった。みどりさんと主上の父上が、その代での皇統再興を志していたことが強く感じられた。

 さて、レポーターは目の前に現れた少女に戸惑っていた。いたいけな少女が天皇の子孫を名乗り目の前に姿を表しているのである。

「朕はいま本物の宝剣を持っております」年齢に似合わぬ大人びた言葉遣いを主上は続ける「それがどういったことかわかりますか?」

 レポーターはキョトンとした。通常少女から問われる質問ではない。

「答えは簡単です。瓊瓊杵尊以来の神器を保持しているのです。朕が正統な皇位継承者であることは言うまでもありません」そして息を吸い込んでから、主上は宣言したのである。「朕は今ここに、日本国天皇への即位を宣言します。現在の天皇は直ちに退位し、皇位を明けわすことを要求します」

 レポーターもカメラマンも、そしてスタジオのキャスターも当初は言葉の意味を十分理解できていなかった。むろん皇室問題が絡むわけであるから、皆十分警戒していた。皇統の問題が核心に触れるようなら、中継の中断も考えていた。だがまさか少女の口からその言葉が出るとはだれも予想しておらず、油断していた。気づいたときには主上は言い終わっていた。

 ぽかんとしているレポーターとカメラに向かって、薫御前は自分にカメラを戻すように合図した。カメラマンは我に返ると、薫御前にパンした。入道殿が薫御前に色紙を渡す。色紙を脇に携え、彼女は眼鏡を直した。

「新帝即位には改元が必要だ。改元は本日行われる」彼女は言った。色紙を取り出し、その上下を一瞬ちらりと確認するや、文字の書かれた面をカメラへと掲げた「新元号は『興徳こうとく』である」


 こうして、興徳元年八月四日、新帝は即位を宣言した。

 この報せはたちまち全国の知るところとなった。西日本放送協会の電話はひっきりなしに鳴り響き、十数分後には他局でも特番を組んで映像が流された。

 インターネットでも同様だ。SNSでも、徳島の山奥での事件は、#丹生谷王朝 のハッシュタグとともに拡散していた。悪ふざけ、良くて特異な町おこしと思われていた事件も、警官の誘拐、そしてこの記者会見を経て、世論の認識は変わりつつあった。はじめは突如画面に登場した少女に気を奪われている。そして宝剣の登場、突然の皇位の要求。むろんどのメディアでも鍋をひっくり返したような騒ぎとなる。

 そしてまたかの男も、この放送を耳にした。

 彼はその時、徳島県神山町にいた。草に覆われた参道の階段を登り切った先に、上一宮大粟神社の本殿はある。その前で二礼二拍手一礼、歳は三十歳を越えぬほど。

 上一宮大粟神社は前述のように阿波の国神オオゲツヒメを祀った神社である。そこへ彼が何を祈っていたか、彼以外に知るものはいない

参拝を終え、車のエンジンをかけたとき、ラジオから丹生谷の事件が流れてきた。

「……さきほどお伝えしたように、丹生谷王朝を名乗る武装集団は、自身らが正統な皇位継承者であると宣言し、新たな天皇の即位を宣言しました。この事態に関していまだ政府はコメントを差し控えております。事態の推移を見守る必要がありそうです……次のニュースです。フィリピン沖を北上しつつある台風六号は……」

 そこで彼はラジオを切った。そして笑った。そうか、そこに行ったのか、そう彼はひとり呟いた。山を下りそのまま東へ向かったと聞いたとき、こちらを通ると考えていたが、途中で道を変えたらしい。ならば自身も向かうしかない。

 彼はどこかへと電話をかけ、簡単に現状を報告すると、車を走らせ始めた。西へ、南へと、丹生谷へ向かうために。

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