第6話 序曲

 彼女が革命という言葉を発した時、鐘の音が頭の中で鳴り響いた。 

 そう、革命といえば何を連想されるだろうか? しかもこんな山村で革命である。

答えは単純明快だ。農村から都市を包囲する。ここ、丹生谷は革命の根拠なのだ。狼煙は時代を告げる鐘の音だ。地私有財産制の終わりを告げる鐘の音だ。収奪者は収奪される。否定し抑圧された者たちが、今度は否定する番なのである。簒奪された権力は、いまこそプロレタリアートのものとなる。

 そこまで考えたとき、はたと気づいた。彼女は今臣民といった。もし彼女がこういった革命を望んでいるなら、人民といったはずだ。

 彼女の話を理解できずに押し黙ってしまった私を横目に、薫女史は、みどりに言った。「そろそろ頃合いかもしれないな」

「え、は、はい」彼女は唐突に呼びかけられ、我に返った。「最後の道を封鎖してから一時間以上たっています。警察も現状把握に来る頃でしょう。徳島から高知に向かう幹線道路が封鎖されているんです、ただならぬことには皆気づき始める」

「そうだ」薫女史は言った「公権力ならざるだれかが封鎖した、そう気づく」

 その時彼女の携帯が鳴った。彼女は電話に出る。電波が通じるのか。

 不思議そうに彼女の電話を見ていた私に気づいたのか、みどりはポケットから一枚の札を取り出すと私に渡した。なんて書いてあるのか読めないが、護符のたぐいである。

「結界除けの護符です。結界とは逆位相の結界を生み出し、中和できます。つまりこれがあればあなたも電話を使えます」

 結界の位相? なにかあの不可思議なる霧に覆われた結界にも数理的な理論があるのだろうか。占星術が天文学に、錬金術が化学となったように、結界を作る何らかの魔術的な技術と対応する科学があるのだろうか。気になるが、それを尋ねるのはまた今度としよう。

 ともかく今は頷いて、その札を受け取った。確認すると、確かに携帯電話のアンテナは3本立っていた。すると、もしかしてさきほどのラジオにもこの札は貼られていたのか。

 そのやり取りのよこで薫女史は電話の声を聴いていた。最後に「わかった、よくやった」と言うと電話を切った。

「諸君、良い知らせだ」彼女は私たちに向き直った「一台のパトカーが東の結界を越えた」

「それが良いしらせですか?」私は聞いた「結界が十分でないところから侵入されたということでは」

「ああ、わざと作っておいた穴だ。そこで我々は待ちかまえ、警官二名を捕縛することに成功した」

 私は凍り固まった。彼女ら、いやそれに賛同してしまった私も含め、本当に公権力に対し戦いを始めていた。

「うち一名を捕虜として、もう一名からは武器を奪い、我々の決起文を持たせて送り返した。我々の決起は海内の知るところとなる」

 気持ちの悪い汗が流れてくる。暑さのせいではない。すでに引き返すことのできない点を通過している。先ほど、その場しのぎのつもりで、身を任せてしまったのが後悔される。

 そして、後ろのラジオは、追い打ちをかけるようにニュースを流し始めた。

「……ニュース速報です。今朝より不通になっていた徳島県の国道一九五号線の現状確認のため現地へと向かった警官二名が『丹生谷政権』を名乗る武装グループに襲撃され、うち一名が誘拐されました。繰り返しニュース速報を申し上げます……」

「そしてほら」薫女史は言った「早くもお出ましだ」

耳を澄ませてみると遠くから爆音が聞こえてきた。彼女は建物の外に出る。みどりに促され、私もそれに付き従った。薫女史は、那賀川の下流――東の方角を指さした。爆音は次第に大きくなる。

 山の稜線を超えて、一機のヘリコプターが姿を現した。機体には某テレビ局の名前が書かれている。勇猛果敢なるマスコミ様の登場である。

 後で知ったことであるが、この時彼女らは県内、そして全国のマスコミあてにも決起文を送りつけていたという。とある新聞社によりネット上に転載されたそれは、SNSにより瞬く間に拡散していった。当初、この文はこういった不謹慎な冗談を好む厄介な連中による悪戯と思われていたが、警吏捕縛さるといったニュースが伝えられると、どうやら本物らしい、徳島の山奥で何かが起こっているらしいといううわさが広がり始めた。

このようにインターネットが発達し、宣伝効果を発揮する中で、わざわざ警官を捕らえ、そして釈放した警官に決起文を持たせ、当局に届けさせたのは、いわばこの革命劇を演出するための舞台装置であった。彼女らの仕組んだ劇場型の革命の序曲であった。

そして今その劇場のカメラマンが現れたのだ。

 いったんヘリコプターは高度を下げようとしたが、再び上昇して旋回し始めた。

「どうしたんだろうか」

「本部との交信や中継がが断絶しているのでしょう」みどりが言った「無線の故障かと思っているかもしれません、引き返そうとしているようです」

「そうはいかぬ。霧の一部を開いて、わざわざお招きしたのだ、ただでは返せない」薫女史は携帯電話を取り出しながら言った「丁寧におもてなししなくてはならん……もっとも、一度結界の中に入れば、出るか出れぬかはこちらの決めることだが」

 そして彼女はどこかに電話をかけた。「わたしだ、久保だ」薫さんの苗字は久保というらしい。「ご招待したマスコミのヘリがはやくも駆け付けた。仮ヘリポートに誘導を」

「ヘリポートに誘導してどうするんですか」私は聞いた。

「あのテレビ局は今の時間、全国からライブ中継で特ダネ特集をやっています」みどりは言った。どこからか取り出したタブレット端末でテレビのタイムテーブルを見せてくる。「謎の霧、そして謎の武装集団。特ダネとしては上出来でしょう。しかもこちらから招いた。取材の手間が省けてよろしい。だからあんな風にヘリを飛ばしてきた」

 みどりさんは今度はヘリコプターを指さした。ヘリは高度を下げつつ、仮へリポート――つまり中学校のグラウンドに降下していた。

「そこで我々は記者会見を中継させる」久保さんは言う。

「記者会見?」

「そうだ。決起文を読み上げ、いかにして我々が革命を起こさざるを得なかったか、それを伝える。貴様も付きそえ」

「ちょっと待ってください、話がまだきちんと呑み込めない」私は自分のこめかみあたりに手を当てながら言った「全国ネットで決起を喧伝するのはわかります。ですが、いったい、その決起文の中身は何なのですか。私はまだそれを知らないし、なぜあなた方が革命を起こしたのか、先に知っておきたい。協力するといった後でこんなことを聞くのもおかしな話ですが、つまり畏れ多くも天朝様に弓を引くわけです、きちんとした理由を、あらかじめ知っておきたい」

「よいだろう」久保さんは私の方を見ると、ふっ、と笑って言った「いまヘリポートには迎えをやった。取材班がここにやってくるまでの間、説明してやろう」

 そして彼女は、ここ、丹生谷の歴史を話し始めたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る