第15話 深夜のネコ会議
その日、私はいつものように、とあるサイトを巡っていた。
カチカチと色々なページを巡り、カタカタとキーボードを叩く。そんな事をしていた時、ふと何となく『自主企画』というページを見ようと思ったのだ。
それは単なる気まぐれだった。特に何かがしたかったわけではない。ただ、少ない文字数で終わらせられるような企画なら、ちょっと気分転換に参加してみるのも面白いかな、と思っただけだ。
この『自主企画』とは、サイト側ではなくユーザー側が独自にテーマを決めて、それに合った作品を募集出来るようになる、このサイトのシステムである。そしてその日も色々なユーザーが様々な企画を立て、作品を募集していたのだ。
百を越える自主企画を頭から順に確認していく。
「貴方の作品を読みます、か……」
作品を読んでもらえるのはありがたい。だが今、探している感じのモノとは少し違う。
今回はパスだ。
「レフ・トルストイっぽいの書いて、か……」
なるほど、レフ・トルストイね。一九世紀ロシア文学を代表する文豪だな。
一九世紀前半の帝政ロシアを描いた『戦争と平和』はあまりにも有名だ。この作品は当時のロシア貴族の文化を知るうえでも中々に興味深い。中でも登場人物の一人のピエールは作者の分身として知られ……。
いや嘘です、すみません……wikiで見ました……。レフ・トルストイなんてまったく知らないんです……無知ですみません……。ピエールなんてスライムの上に乗っている鎧と某芸能人と変なマジシャンぐらいしか聞いたことないです……。
どう考えても書けるわけがない。
「リレー小説をしよう、か……」
面白そうだけどプレッシャー半端ないよ……。
自分のターンに人様の作品をドローして、それを全部生贄にしてスライムを召喚し、顔面蒼白で次の人に投げて、そのままターンエンドする未来が見える……。
止めよう。ろくな事にならない。
ただでさえ変わった事をやりたがる性格だし、そういう場に出たら絶対に悪癖がニョキリと顔を出すはず。
人様にまで迷惑かけるのは良くない。
「猫の日なので猫が出てくる作品を募集……」
んー……ん? 猫の日だと?
二月二二日がにゃんにゃんにゃんで猫の日……。
世間様の間にはそんな記念日があるのか。全然知らなかった。
……っていうか、もうとっくに終わってるよ! こりゃ今から参加するなんて出来ないな。
この自主企画の期限自体はまだ余裕があるけど、こういうのはその当日に公開して読んでもらってこそだろう。
今からやっても何か違う気がするのだ。
「うーん……でも、猫か……」
そう思いながら、私はとある夜の出来事を思い出したのだった。
◆◆◆
その日の夜も私はコンビニへと向かおうとしていた。
いつものように玄関を開け、外に出る。
そしてそのまま二番目に近いコンビニへと歩き出そうとした時、何かが聞こえたのだ。
「マーオ」
マーオ? 浅田か?
いやそんなわけがない。こんなところにアイススケート場なんてないのだ。
そもそも今は深夜だ。近くにアイススケート場があっても既に閉まっているだろう。
「マーーオ」
また聞こえた。
これは間違いなく空耳ではない。
声は女性のような声にも聞こえるが、あのお姉ちゃんの声には聞こえない。何だかもっと低い。
お姉ちゃんが言っている時のような親しみを込めた声ではなく、むしろブチ切れてるように聞こえる。
何となく、あのお姉ちゃんを思い浮かべながら今の「マーオ」を脳内再生してみた……。
うん、割といけるぞ。
あの気の強そうな目と今のキレ気味の声。特殊な性癖を持つ人にはご褒美だろう。
これはもう、やっぱり犯人はお姉ちゃんでいいんじゃないかな。
そう思いながら歩いていると、また声が聞こえてきたのだ。
「マーゴ」
孫? あの演歌歌手か?
最近テレビでは見ないが、あの人は元気にしているのだろうか。
あの時はかわいいかわいい孫だったろうが、今は既にその孫もいい歳になってるだろう。
思春期の多感な時期に祖父の歌の影響でいじられたりしたかもしれない。
そしてそれによって祖父と孫の関係が――。
いや止めておこう……。
彼にとって、孫はまだかわいい孫のままなのだろうか?
「マーーゴ」
マゴ? プロゲーマー?
……いやもう止めよう。そろそろ飽きてきた。
しかしこれは本当に何なんだろうか?
例のアレを除けば静まり返った歩道を歩きながら考える。
さっきから続く「マオ」「マゴ」の掛け合いは、この静かな一帯に響き続けている。
「マーオ」
「マーゴ」
「マーーオ」
「マーーゴ」
「マーーーオ!」
「マーーーゴ!」
気が付くと「マオ」と「マゴ」の掛け合いのペースがどんどん短くなっていて、声が伸びている。そしてその声は私が進む度にどんどん近づいているのだ。
そして私が某施設の駐車場へと近づいた、その瞬間。
「ギャフベロギャベバブジョハバ!!!!」
二匹の猫さんが駐車場で激突した。
「ギャフベロベロ!」
「ジョリジョバギャ!」
二匹の猫さんの取っ組み合いの大喧嘩は続く。
「……」
私はゆっくりと歩き出した。
猫と猫の喧嘩に人が口を出すべきではないのだ。
そのまま歩きながら考える。
「例の『猫の喧嘩コピペ』って、本当だったんだな……」
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