第5話 線路横の彼

 遭遇率 1回


 さて、いきなりだが、深夜に我が家から歩いて行こうと思える範囲。その範囲の中には、コンビニが三つある。

 前に話した丁寧なコンビニ店員は、その中で一番近いコンビニにいて、私はそのコンビニを一番利用している。

 一番近いから頻繁に通い、一時は飽きてきてしまって他のコンビニに行くことも増えたが、それでも一番近いので一番利用している。


 そして二番目に近いコンビニ。ここは少し遠い。家から一番近いコンビニまでの距離の倍近くはある。

 それでも品揃えの良いここのコンビニは個人的に好きだ。

 店長と趣味が合うかもしれない。


 このコンビニに行くまでの道。そこには様々なモノがあるのだ。

 前に話した反省ザルのおっさんも、こちらのコンビニへと行く途中の道で遭遇した。

 そしてこの道の途中には線路があり、そこには踏切もある。

 昼間は、この大通りを横切る線路と踏切には、沢山の車、人、そしてまばらに電車が通っている。

 しかし深夜になると、その風景が一変する。

 まず車がいない。工場ひしめき一般人向けの店もなく、民家も少ない工業地帯に深夜に入り込もうとする車なんてアレな車だけだ。

 同じ理由で人もいない。深夜にこんな場所を出歩くのは変な奴等と変な作者だけだ。

 当然ながら深夜には電車も通っていない。実は例外もあるのだが……。それはまた別の機会にでも語りたい。


 とまぁ、深夜のこのエリアは、何か闇が覆いかぶさり、ぽっかりと抜けたように空白地帯となっているのだ。



◆◆◆



 その日も私は深夜にコンビニへと向かおうとしていた。

 しかしその日は、何か気分がすぐれなかったのだ。

 玄関を開けて外に出て、ドアを閉めてから家の敷地を出ようとしたところで立ち止まる。

 やはり何か調子が悪い。病気とか嫌なことがあったとか、そういう分かりやすい大きな問題があったわけではなく、ただなんとなくだけど歯車が上手く噛み合っておらず何かがおかしい。そういう時は誰にでもあるとは思う。

 そこで少し考える。これは何かを変えるべきなのではないか、と。

 いつもと同じ行動では、その先もいつもと同じで何も変わらない。小さな事でも何かを変えていけば、その先も何かが変わる。

 何かいつもとは違う風を感じたいと思ったのだ。

 そのまま数秒、玄関で立ち止まって逡巡する。

 これから家の前の道を左へと向かおうか、それとも右へと向かうか。

 左へ向かえばいつもと同じ一番近いコンビニで、右へと向かえば二番目に近いコンビニに着く。

 優柔不断な性格がアシストして、ここで我が駄ブレーンが長考に入ろうとする。が、それを意図的にねじ伏せて答えを出す。

 私は決断した。今日は別のコンビニへと行こう、と。

 そして私は二番目に近いコンビニへと歩きだしたのだ。


 街路樹が生えた夜の並木道を歩く。

 深夜のこのポイントは稀に地味なトラップが仕掛けられているので注意が必要だ。

 そのトラップが何か、と言えば……クモの巣なのだ。

 まさかそんな。夜の間の数時間でクモの巣なんて出来ないだろ? と思われる方もいるかもしれない。しかし、あるんだから仕方がない。

 と言っても、多くの人がクモの巣と聞いて想像するような、丸い網の目のような立派なクモの巣があるわけではない。ただ一本、クモの糸が街路樹から歩道を挟んで建物へとブービートラップのように仕掛けられているだけなのだが。

 それでも鬱陶しい事には違いはない。

 まず深夜だから視認出来ないのだ。まぁ昼間でも一本のクモの糸を見付けるのは難しいのかもしれないが。

 そして深夜など、誰も人が通らないから誰も引っかかって処理してくれない。なので私がいつも被害に合う事になる。

 ある夏場など、あまりに毎回のようにクモの巣ブービートラップに引っかかりまくるので、ここを通る時は歩道を避けて車道側を通るようになってしまった事もある。

 どうせ深夜には車なんて通らない。

 そもそも、クモがどうやって街路樹から歩道の間、私の目線ぐらいの高さを飛んで糸を渡したのか私にはサッパリ理解出来ないのだが。

 昔、何かの生き物系教育番組で、ケツから糸を出しながら風に乗って飛んでいくクモがいる、という話は見た記憶があるが、それなのだろうか?

 本当によく分からない。不思議である。


 そんな事を考えながら踏切に近づいてくると、何かいつもとは違う感じがした。

 しかしそれが何なのかがわからない。

 立ち止まりはしないが、少し歩調が遅くなる。

 ゆっくりと歩きながら、しばらく頭を捻って考えて、ふと気付く。踏切がいつもより明るいのだ。

 深夜なのに何故か明るい。

 何故なのだろうか、と思いながら歩き、踏切に差し掛かった時、何となく、何となくだが視線をチラッと横へとズラした。

 そして見つけたのだ。


 踏切の横。線路の脇に備え付けられてある何らかの装置が入った箱を音もなく眺める男。

 グレーっぽい作業着に黄色のヘルメットをかぶり、手にスパナ的な何かを持って一人で佇んでいるのだ。


 無音で。


 私はそれを歩きながら見た後、予定通りコンビニへと向かう事にした。

 一瞬ビクッとしてしまった事は内緒にしておいてほしい。


 何事もなくコンビニで買い物を済ませ、もと来た道を戻る。

 行きは建物で隠れて直前まで線路の奥が見えなかったが、コンビニから帰る道側からは線路が一望できる。

 彼はまだそこにいて、例の箱をカチャカチャと工具でいじくり回していた。

 彼の横を通り過ぎ、家へと向かう。

 彼の作業はまだまだ続きそうである。



 夜遅くまでご苦労様です。

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