第4話 丁寧なコンビニ店員

 遭遇率 40%


 彼と出会ったのは1年ほど前だ。

 まだ春の陽気が残りつつ、夏の日差しが顔を出し始める、そんな季節。彼はいつもの一番近いコンビニに新人として入ってきたのだ。

 見た目は中肉中背の黒髪、黒メガネ。おとなしそうな見た目で地味め。クラスに一人はいそうな感じだけど、決して暗い感じではない。上手く着飾ればイケメン、とまでは言われなくても、雰囲気イケメンとか、良い人そう、と言われそうな感じの人。

 そして「すみません」が口癖。


「はい、すみません。お会計は680円になります」

「すみません。20円のお返しとなります」

「すみません。レシートはいりますか?」

「すみません。ありがとうございました」


 恐らく、どこか近所の大学の新入生なんだろう。

 接客態度は普通に良く、丁寧。今時珍しい好感が持てるタイプの若い店員と言える。

 何にでもすぐに「すみません」と付けるのは、ただ、単純に敬語についてよく理解していないのかもしれない。

 それもまた新人っぽい、とでも言うか。高校ではアルバイトなどを経験せず、高校を卒業してすぐ始めたアルバイト、という感じで初々しくもある。


 そんな彼が変わったのは、彼が新人として入ってきて半年ほど経ってからである。

 まず、メガネが消えた。

 それはもう綺麗サッパリ消え失せた。

 大学行って垢抜けようとするなら、やはり最初に思いつくのはメガネからコンタクトへの移行なのだろうか。

 そして次は服。服が少しずつ変わっていった。

 それまでは下に何の変哲もない普通のジーンズで、上はTシャツというシンプルな格好にコンビニの制服だったが。まず靴がお洒落なスニーカーに変わり、ズボンがタイト気味のブラウンのチノパンに変わり、上は黒っぽいカッターシャツのような物がコンビニの制服の下から覗くようになった。

 つまり、「あっ、ファッションに目覚めた大学生が着てそう」っていう感じのオシャレな服に変わったのだ。

 その次は髪型が変わった。最初は眉上に切りそろえられた前髪と、全体的に短くも長くもない良くも悪くも無難な小綺麗な髪型で、前髪はただ前に垂らすだけ。要するに散髪屋に行って、適当に長さを注文して待ってたら出来上がる感じの髪型だ。そして整髪料は一切使わない。ナチュラルなままだった。

 それが全体的に髪が少し短くなり、ワックスでクシャッとクセを付け、所謂、“無造作ヘア”的なアレに変わる。


 最後は皆さんも、もうお分かりだろう。

 垢抜けようとする大学生の多くが手を出す例のアレだ。

 そう。髪の毛の色が茶色になったのである。

 あぁ、うん。定番だね。私も、彼がいつそうなるのか、固唾を呑んで見守っていた。

 うん、そうだね。仕方ないね。

 校則のある高校から解き放たれた大学生が手を出す、お洒落ランキングナンバーワンに輝く茶髪というものは外せない要素だからね。


 こうして、誰かよくわからないコンビニ店員が誕生したのだ。

 もう、黒髪黒メガネで、地味でおとなしそうな青年は存在しない。



 そこにいるのは、口癖が「すみません」で、接客が丁寧な、おとなしくて垢抜けた青年である。

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