9-3 変容する世界3

 まるで、球状の透明なカプセルにでも入っているかのように、仁尾の周りだけを避けて、大量の土砂が降り注ぐ。大瀑布にも似た、大地に挑みかかるような勢いで叩きつけられるそれに、こちらも勝るとも劣らぬほどの勢いで、土煙が四方に押し広げられていった。

 声なき咆哮という爆撃を受けて砕け散った大地が、荒ぶる大瀑布から、弾き合いながら押し流される土石流へと化したのは、あっという間のことだった。

 球状に守られた仁尾のすぐ傍らを、圧倒的な暴力の権化となった大量の土塊が駆け抜けていく。その限りなく黒に近い褐色の濁流は、中庭を、数々の別邸を、轟音と共に容赦なく次々と呑み込んでいった。


 何者にも止めることの出来ない黒い奔流が、逆巻き、ぶつかり合い、弾け、重なり合っては砕け───そして変貌し始めていく。その激しい地響きが引き起こすの傷口を再び抉じ開けるかのような激痛を、歯を食いしばって耐えながら、仁尾はその一部始終を見据え続けていた。


 モスキートの力に───金色の光に満ちた世界の中で、恐ろしい破壊力エネルギーを発現させているとはいえ、単なる土塊にすぎなかった濁流そのものが、徐々に光を放ち始めるのを。

 それは、土石流の激しい勢いに押され、水平に広がっていくばかりだった土煙も、同様だった。

 荒々しい力の奔流は、今や美しい……そう表現しても差し支えないような、光の乱舞へと変わりつつあったのである。


 実体を持っていることが俄かには信じられないような光の波が、中庭を越え、数々の建物を砕き、その遥か後方を囲う鬱蒼たる木々を薙ぎ倒し、圧し潰しながら呑み込み……。

 ───そして、ようやくのエネルギーが収束したのは、数分をかけた後のことであった。


 数分間。

 通常であれば大した長さではないその時間は、しかし、アキの守りなくば、確実に死へと叩き込まれるに十分な時間だった。

 あらゆる物を薙ぎ倒し、呑み込む土砂。

 大気中に充満する土煙は微小で大量であるがゆえに、生きとし生ける者の呼吸器を一瞬にして埋め尽くし、確実に潰してしまうことが明らかだった。

 防ぎようもないそんなものに晒され続けては、どんなに屈強な肉体を持つ生き物であろうと耐えられるわけがない。

 あっけなく圧死させられるか。内側から破裂させられるか。

 数分間。

 たったそれだけの、けれどそれは、間違いなく不可逆な死への時間だったのである。


 土砂の驀進が止まる。

 ようやくその圧力から逃れることの出来た土煙が、ゆるゆると空中高くへと沸き上がった。大気を覆い隠す靄のようなそれは、今や数多の煌きそのものであった。

 堆積した土砂は、まるで複雑にカットされた宝石のように、鮮やかな輝きを放っている。太陽光や人工の照明といった光源もないのに光り輝くそれは、その内に強力な力が渦巻いていることを、嫌でも本能的に悟らせずにはいられなかった。


 龍の咆哮に───モスキートの力に蹂躙され、を孕んで、変貌を遂げた存在なにかがそこに広がっていた。


東洋の地に敬意を表する」

 アキは、そう嘯いた。

 それが、彼一流の皮肉であることを、長い付き合いで仁尾は嫌というほど熟知していた。


 沸き上がり、空中で緩やかに舞う土煙が、蜃気楼のように揺らめきながらゆっくりと下降し始める。揺らめき、混じり合い、水蒸気が凝固して雨滴となるように、その姿は見る間に変わっていった。

 そして───降ってきたのは、金色の存在ものだったのである。


 花吹雪のようにそれが舞い降り、金色に輝く瓦礫の上に降り注ぐごとに、さらなる光がこのを満たしていくのを、仁尾は見つめていた。

 この世のものとは思えないほどに美しい光。しかしそれは、から侵略かんしょうしてくる圧倒的な暴力であることに他ならないと、仁尾は知っていた。炎が発する光がどれほどに美しかろうと、それが間違いなくあらゆるものを焼き尽くすがゆえの美しさであるのと同様に。

 蓮の花弁の姿かたちをしたそれは、変貌した大地に触れるなり、たちまち更なる変化を齎していった。

 かつては土塊であり、磨き上げられた大理石であり、繊細な造形に加工された金属であった……つい先程まで人の手で作られた美しい建造物、美しい庭園であった、諸々の残骸の放つ光が、降り積もる花弁に触発されたように、その姿を変えていく。


 そして。

 遂にはその全てが、次々とのである。

 ゆるやかに渦巻き、ながら光は、無数の、大輪の蓮の花の姿かたちをした何かへと変貌していったのだ。

 その大きく開かれた蕾……咲き誇る大輪の花の上に立っていたのは、無数のだった。

 もしくは、人間ひとが仏と認識する姿をした、何かだった。

 ある存在ものは、古拙な微笑を浮かべていた。

 またある存在ものは、憤怒の表情を露わにしていた。

 数多の腕を天へと掲げる存在。

 炎のような防具を纏い、逞しい四肢を猛々しく振りかざした存在。

 金色に輝く光が、人々の想像した救いの象徴としての仏像の姿かたちを取って、顕現していたのである。

 約束された天上の楽園のように、神々しい光景へと、今や世界は変貌を遂げていた。


 人々の夢想する救いの世界───悪趣味にもそんなものに模されたは、けれど、間違っても人間ひとを救うような存在ものではない。を、今この場で、アキが作り出すはずがなかった。

 様々な高さに伸びた蓮の花の上で……光に満ちた世界の中で、そして、数多の仏が徐に向きを変えた。

 ただ一ヶ所、龍が近接することによってその咆哮から逃れ、今や光に呑み込まれ巨大な影絵のようにさえ見える、この場で唯一それだけが残った人工物きゅうでんへと。


 所々が崩れ落ち、炎を噴き上げるその城の中からは、未だ銃声や爆発音が聞こえていた。天変地異と言っても過言ではないこの状況において、なお戦闘を止めようともしないのは、おそらくエレの傀儡達だろう。

 死した者には、今さら世界のどんな変異も関係など無いからだ。


 だが、次々に予想外の事態に巻き込まれる一方の、生者達は。


 を囲い込むように、巨大な龍の神々しいまでの威容がその背後に陣取っている。

 高く鎌首を擡げるように、こちらを睥睨している頭部はぴくりとも動かないが、まるで宮殿を己が身で守っているかのようにぐるりと滞空したまま囲う長い胴体は、川の浅瀬で水の流れに揺蕩う水草のようにゆるやかに揺れていた。

 完全に崩落してこそいないものの、未だ閉ざされた戦場と化している宮殿は、両翼を含めて三百メートルは軽く超えている。その広大な建物をゆるく囲い込み、なおその尾を中庭へと伸ばす龍の胴回りは、それに見合うほどの高さがある。

 つまり、完全に宮殿を覆い隠すほどのものだったのだ。

 もとより、宮殿より高い位置に設置された照明などない。

 人工の灯りをその身の内に覆い隠したその全貌は、宵闇へと向かうこの薄暗い大気の中では、島の外から目撃することは容易ではないどころか、まず不可能だろう。

 ───いかに、その身が淡い光に満たされているとしても、だ。


 そして、この島にいる人間は生者も死者も含め、その殆どが今、突如として現れたこの巨大な幻獣の包囲の中に閉じ込められている。───おそらく、仁尾のように離宮にいたであろう人間達は、守りもなく圧倒的なモスキートの力に直面し、蹂躙され、すでにこの世に存在してはいないだろうからだ。


 エレの傀儡達が突然の暴挙に打って出た時に、宮殿にいた人間達のどれほどが、咄嗟に反撃が出来たものか、知れたものではない。

 容易に敵の侵入を許さない己が本拠地に身を置いていながら、武装する必要を感じる人間がどれほどいたものか定かではないからだ。

 万が一に備えた武器が、どれほど身近に置かれていたのかも。


 その立場上、一方的な殺戮に甘んじるほど連中ではなかっただろうが───抵抗する間もなく屠られた者の数もまた、決して少なくはなかっただろう。

 爆発音を聞くまでもなく、エレが己の傀儡にに対する手加減をさせるとも思えなかった。

 重火器を持ち出した傀儡達を相手に、この機関の人間にどこまで対抗する術があるのか。

 パニックに陥ったとすれば───パニックに陥ったからこそ───態勢を立て直すのは難しい。

 自陣であるからこそ、その防御力、遮蔽力を、期待混じりに高いものであると錯覚しやすい。……判断を誤りがちであることを、仁尾は知っていた。


 広大な建物内で、おそらく傀儡達の攻撃から退避するかたちで内部を移動し、体勢を立て直そうと図ったのは、想像に難くなかった。

 防御に重点を置くのであれば、遮蔽物のある屋内は、決して不利な状況とは言い切れない。ましてや建物自体が広大である以上、わざわざ遮蔽物の少ない屋外へ脱出するという選択肢も、現実的ではない以上おかしくはない。

 常識的に考えれば正しい判断だ。

 だが同時にそれは、あくまでも常識……対人戦闘を鑑みた常識に囚われた、現状にはそぐわないでもあったのだ。


 モスキートをその監視下に、支配下に置いていると思い込み、己惚れていたことと同等の、愚かなそれ。

 彼らが本当に、現状を全く理解していなかったことの、それは証明だったのである。


 そして、そんな判断ものが、今この場では何の役にも立たないことを、彼らはようやく痛感するはめになったはずだ。

 どこまで退避し反撃の機会を伺おうと、相手は死者だ。どれほど鉛弾を撃ち込もうが、障害物を築こうが、その進撃を阻むことが叶うわけがない。

 いよいよ、外部脱出しかないところにまで追いつめられた時点で───あるいは、退避するその間にも、窓の外の光景は目の端に入ってはいたのかもしれないが───彼らは初めて、自分達を取り囲む異常な状況を認識することになったはずだった。


 すぐ傍らで、どれほど恐ろしい天変地異が勃発していたとしても、目の前に迫った生命の危機以上に注意を払えるほど、人間は視野が広くはない。ましてや、彼らはモスキートと対峙するには、あまりにも無頓着で無知だった。

 数十年もの間、それを監視下に置いていたにも関わらず、その実体を知ろうともせず、利用することのみに注力し続けてきた愚かさのその代償を支払う時が来たのだと───彼らに理解が出来たとも思えないが、断罪の場はまさに整えられていたのである。


 ふと仁尾は、自分の視界が明瞭になったあの時、アキが彼の視神経に手を加えたのではなく、本当にを落としたのかもしれないと思い当たった。


 せっかくのだ。

 自らの手妻に対してどんな反応が、どれほど起こるのか。

 一度、の手を加えられた存在ものが、どんな変化をこの世界に齎すのか。

 それこそが、アキにとっての最大の興味であり、最高のなのだ。

 それを味わい尽くす機会を、相棒がみすみす逃すはずもない。

 は……は多ければ多いほど、愉しみが増す。


 つまり。

 この異様な世界を視認することが出来るのが仁尾だけでは、アキにとって意味がないのだ。

 目の前の敵から命からがら逃れながら、宮殿内の男達は、おそらく逃げ場を求めて窓の外へも目を走らせていただろう。そして、彼らは見たはずだった。

 それが何かは、当然理解出来なかったにせよ。


 宮殿の外周側の窓に圧し掛かるように、迫っている光の壁。宮殿の高さを覆う程のそれに刻まれた巨大な紋様に見える隆起が、鱗であることにさえ気付いたかどうか。

 ただひとつ、彼らが理解したのは。

 宮殿の外周が悉く塞がれ、そちらに脱出することは不可能だという事実だけだった。


 おそらく誰よりも早くの予兆を嗅ぎつけ、仁尾の身柄を確保しようと即座に駆けつけたあのコルドゥーンの男でさえ、ようやく中庭を越えようとするところでしかなかった。

 眼前の敵に脱出を遅らせた男達に至っては、ここに来てようやく、あたふたと宮殿内から外へと脱出してくるという有様だったのである。


 黒煙が噴き出す宮殿から、ぱらぱらと十数人の人影が飛び出してくるのを、仁尾は遠目に認めた。

 ある者は扉を抉じ開け、ある者は窓をぶち破り、二階の窓から飛び降りる者もいる。同時にその上階の窓辺では、パニックを起こしたように立ち尽くしたまま周囲を見回すばかりの者も、右往左往する者も見えた。

 次々に、屋外へと飛び出してくる人影は数を増していく。

 その中には、押し開けた窓の奥で、迫って来る殺人者と足掛かりもない外壁とを交互に見やり、意を決して飛び降りた者も多かった。その挙句に負傷して立ち上がることも出来なくなったり、痛みに転げまわる者が続出したのは、悲惨な喜劇───アキにとっては───と言えなくもない。


 そして、痛みに倒れ呻くそんな者達以外は……誰も彼もが、屋外へと飛び出すなり例外なく立ち尽くし、呆然と変貌した中庭を、その背後のこの世ならぬ美しい瓦礫を見遣るばかりだった。


 そんな彼らを、宮殿を、取り囲み対峙している数多の仏───仏像を模した存在もの達が、そして、一斉に空を振り仰いだ。

 が示した動きはそれだけだった。


 だが次の瞬間、それぞれのその背後にまさに後光のような光が宿り、上空へと駆け上がるのを仁尾は見た。

 幾筋もの閃光が空を走る。

 それは無軌道に交差し合い、枝分かれし、金色に輝くばかりだった空に、一際輝かしい軌跡を網目のように描いていく。空を覆う光の網は、檻のようでもあり、あるいは───地中深く、広く、どこまでも伸びていく樹木の根のようでもあった。


 そして、そのイメージは、あながち間違いではなかったのである。


 ふと仁尾は、自らの胸元の傷口を押さえている掌に、腕に、金色の光が微かに降り積もっていることに気が付いたのだ。おそらくは、自分では見ることの出来ない背中や頭に至るまでもが、同様だろう。

 小さな光の欠片が───再び、金色の蓮の花弁が降り始めていたのだ。


 目には見えぬほどの高度で交差する光の根、光の茎の先に、蓮の花が咲き誇っているだろうことを、仁尾は悟った。

 地に咲き乱れる蓮の花々。

 天高く覆い尽くさんばかりに枝垂れ咲く蓮の花々。

 無数の蓮の花を模したモスキートの力、アキが具現化した皮肉な境界壁によって、セイングラディード島は囲い込まれたのだ、と。


 網目のような光の檻、光の封印が、ここに完成したのである。


 そして、いつの間にか自分もその光の中に……アキの守りが消え、モスキートの力の最中さなかに直に身を晒していることをも、仁尾は気付かずにはいられなかった。

 銃弾や爆撃といった人の手による暴力、土石流といったが己に迫れば、即座に再びアキは、仁尾の周りに守りを固めるだろう。しかし、この世界に属さない……本来なら、最も危険なモスキートの力そのものが、仁尾を傷つけることはないという、それは無言の明言にも似た相棒の意思表示だった。


「行きな」

 あっさりと、アキの含み笑いが命じた。

 それに応えるように、宮殿の背後に揺蕩っていた巨大な龍が、再び大きく口を開き、咆哮する。

 中庭に飛び出してはきたものの、呆然と立ち尽くすばかりだった男達が、びくり、と身を竦ませるのを仁尾は見た。

 遠目にもそうとわかるほどに大きく反応した彼らに、もちろん、その咆哮が聞こえたわけではなかっただろう。ただ異様な気配を───殺気とも、怖気ともつかぬ本能的な身の危険に対するものに近い感覚を、否応もなく感じただろうことは確かだった。

 降り注ぐ光の蓮の花々、こちらを見下ろす数多の金色こんじきの仏に目を奪われていた男達は、そして、反射的に背後を振り返る。


 だが───遅すぎた。

 本来、龍は荒ぶり氾濫する大河のメタファーであるという。その実証を、まざまざと仁尾は見ることになったのである。


 ぐい、と首を仰け反らせた龍が、その反動を利用して恐ろしい勢いで突進したのだ。

 先程、仁尾の傍らを駆け抜けた土石流にも劣らぬ、それは力の奔流だった。

 たちまち宮殿を斜めに突き進みながらその壁を抉り……否、角を聳やかすその頭部で粉砕しながら、龍は宮殿前へと回り込み、驀進する。激しくうねる巨大な胴体が情け容赦なく、黒煙を上げ続ける広大な建物を打ち砕き、多量の巨大な瓦礫を降り注がせた。


 絶叫が響いた。

 落下してくる建材───コンクリート片や、石材が多かったのが、さらなる悲劇を呼んだ───を避けようと逃げ惑う男達が、次々に圧し潰される。負傷し、逃れようもない者達に至っては言わずもがなだ。

 遠目にも、大量の血飛沫があがる。金色の世界の中で、いっそ毒々しい程にその赤い飛沫は鮮やかだった。


 運よくを逃れた者にも、間髪入れず次なる残虐な事態が襲いかかった。

 雪崩落ちるように驀進してきた龍が、その顎を開けて、落下してくる瓦礫をものともせずに男達に突っ込んだのだ。

 無力な子供のように、見栄も外聞もない懇願めいた悲鳴が聞こえる。成人した男の声とも思えない許しを請うその響きは、悉く途中で無残に断ち切られていった。

 鋭い牙が閃く度に、赤い飛沫が舞う。

 噛み千切られ弾き飛ばされた頭部が、四肢が、肉片が、数多の仏の眺める先で飛び散った。

 繰り返し繰り返し、金色の大河の氾濫がその上を駆け巡る。地上すれすれを長大な蛇身が飛び違う度に、風圧でそれらが赤い波と共に大地に叩きつけられる。

 血に塗れた牙が鳴る度に、新たな犠牲者の残骸が散らばった。


 だが───モスキートアキがそこで終わるわけがなかった。


 もはや建物の外郭すら残ってはいない。炎が踊り、引き千切られる黒煙が、所々に残された壁であったものの残骸の向こうから覗く。そんな元宮殿前に広がる血の海。

 幾度もその上を旋回する龍の下で、呻く声、もはや意味をなさない言葉の羅列が……正常な意識を失った人間の呟きが、狂気の声が、充満し始めていたのである。


 金色の龍───モスキートの力の具現であるそれに切り裂かれた人間が、あっさり死を迎えられるわけがなかった。

 体を噛み砕かれ、しかしその力によって望まぬ変質を経た存在が、そこにあった。

 地獄が、そこにあった。


 そして。

 仁尾は、歩き出した。


 使命は果たしたとばかりに空へと駆け上がり、じっと上空から睥睨している龍の下へと。

 数多の仏が見つめる先へと。

 呻きと、狂った旋律のようにブツブツと呟かれ続ける言葉に満ちた、血の海へと。


 ───自分が、それらに特に感慨を持っていないことを、苦く笑いながら。


 アキと共生している自分という存在が、どんなに呪われたものであるか、仁尾は理解しているつもりだった。

 だからこそ。

 それでも……それだからこそ、何に替えても守らなければならないものがあるのだ。


 巨大な龍が散々に破壊し、もはや残骸と化した宮殿の一角から、白い光が放たれていた。

 巨大な曼珠沙華のように放射状に輝く透明な花弁が開かれ、長い雌しべが蠢いている。

 一瞬、そんな錯覚を起こすような光景が、そこにあった。

 しかし、涼やかな音を響かせて風を切りながら閃くそれが、刹那の美しいイメージを裏切るほどに獰猛な捕食の牙であることを、仁尾は知っていたのである。

 無数の白い光の刺糸が鋭く撓りながら、絶え間なく獲物に襲いかかっている。

 そして、止めどない波状攻撃を防ぎ、背後に庇った少女を守っている少年の姿を、仁尾は見つけたのだった。


 たとえ、どんなに呪われた存在になろうとも。心から人外のそれに成り果てようとも。後悔するつもりはなかった。


「───ニーオ!」

 振り返ったエレとジェイの、その無事さえ守ることが出来るのであれば。

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