二章 四話  名字呼びは好きではないです

「おらぁ‼」


牙鉄を装備した右拳を、目標目掛けて全力で振るう。


普通の人なら反応すら出来ず直撃するだろう威力と速度。けど・・


「遅いです」


完璧に目視し、悠々と回避するアルムさん。


「まだまだぁ‼」


間髪入れずに今度は左拳。が、またも回避されてしまう。


「・・っ!おらぁぁ‼」


このままでは全て回避されてしまうだろうと悟った俺は一撃ではなく連撃へと攻撃を変える。右肩、左脇腹、肺、心臓・・上半身を中心に両拳を放ち続ける。


威力は落ちるが防御が薄いアルムさんならダメージくらいは通るはず・・!


「・・ふっ!っ!」


が、さっきより苦労しているだけで俺の攻撃を難なく全て避けるアルムさん。


くそっ!俺の攻撃速度じゃ一撃も入らないってのかよ!


・・それなら!


「ふっ!」


身を屈めアルムさんの足を払う。


「・・⁉」


くっ、倒れなかった・・でも、右足は払えた!


「これで‼」


体制を崩したアルムさんに最速の右拳を打ち込む。


「・・虚を突いた良い攻撃でした。が・・次の行動が遅いです」


「なっ⁉」


体勢を整えようとせず自ら倒れこむアルムさん。そのまま、空振りした俺の右腕を掴み・・


「うおっ⁉」


巴投げの要領で投げ飛ばした!


・・しまった!距離が!


急いで立ち上がりアルムさんに接近しようとする。けど・・


「・・どうしますか?」


そこには既に刀を抜いたアルムさんが。


「・・参りました」


「そこまで」


審判の花さんが俺の降参を受理し試合を止める。


「今日はここまでにしておきましょう。これ以上やるとこの後の稽古に支障が出るので」


「・・花さんの鬼!」


帰ってくるなり始まった模擬試合。俺は見事、十連敗を達成したのだった。


   ✖〇✖


「だぁっ!もう無理!今日はパトロール休む!」


花さんのしごきを終え、床に倒れ込む。今日はアルムさんにボロ負けしたからか、いつもより厳しかった。


「何言ってるんですか。限界ギリギリまでに調整してるんですからパトロールには行けるはずです」


けど、鬼教官の花さんがそれを許さない。


「やだ!今日は休む!」


「それならば夕飯はいりませんね?」


「う・・それは」


「あと、中学の時にあったあれをツバキちゃんに・・」


「すみませんでした!喜んでパトロールに励ませてもらいます!」


土下座で許しを請う・・最初から俺が敵うわけがなかったんだ。


「ツバキちゃんも今日はありがとうございました」


「いえ、私も体を動かしたかったので」


花さんは柔軟中のアルムさんに声をかける。


・・制服姿で柔軟をやっているから時々見えそうになっているのを彼女は気付いてないのだろうか?



「共闘する以上、柊さんの実力を知る必要があります」



そういって俺の家についてきたアルムさん。



それで、花さんの稽古に参加することになったんだけど・・


「ツバキちゃん。咲夜と試合をしてくれませんか?咲夜に人具を使った戦闘経験を積ませたいんです」

という経緯で模擬試合をすることになった・・結果は十連敗だったけど。


・・ちなみに灰も誘ったんだけど


「ゲームやるからパス・・それにおまえん家行くと花さんにしごかれるだろ」


なんて言って逃げやがった・・明日は絶対に道ずれにしてやる。


「花さんはお強いですね。神器使いでないのが勿体ないくらいです」


「ツバキちゃんもその歳であれだけ動けるのは大したものです。私なんてすぐに抜いてしまいますね」


赤髪の美少女と黒髪の美女がお互いを賞賛する・・絵になるなぁ。


花さんもアルムさんのことが気に入ったようでいつの間にか名前で呼んでるし。


「それで・・咲夜と手合せしてみてどうでした?」


「・・センスは悪くないと思います。ただ、大味な部分が多すぎるかと」


「あれでも考えて動いてたんだけどなぁ・・特に最後」


倒しきれなかったけど体勢は崩せたんだし。


「あれには不意を突かれました。ですが、行動が一瞬遅かったですね・・倒れたの後の行動のみを考えていて体勢を崩すだけの結果を予測していませんでしたよね?」


「・・仰る通りで」


あの時、倒した後にどこを狙えば攻撃が当たるかと倒れなかった時の二択しか考えていなかった。


「あそこはあのまま私を押し倒してマウントポジションになれば良かったんです」


「・・それは」


アルムさんの顔と・・体を見る。


「・・試合でそれは出来ないかなぁ」


おまけに花さんが見ている状況なわけで・・。


「・・?とにかく、常に様々な結果を想定し考えることが重要です」


「咲夜はその前にハンデを貰わずに試合を行えるようにするところからですけどね。まさか手も足も出ないとは思いませんでしたよ。師としては悲しいです」


「・・善処します」


二人の有難いお言葉に俺は何も返せない。


・・アルムさんと手合せして分かったこと。それは圧倒的な実力差と相性の悪さだ。


最初はお互い武器を構えた状態でやったんだけど・・牙鉄を弾き飛ばされそのままの流れで喉元に刀を当てられて終了。


あまりにも差がありすぎて練習にならないといくつものハンデをもらった。

が、結果は変わらず。最後は神器を鞘にしまい至近距離で始めるというハンデをもらっても負けてしまった。


アルムさんが神器を構えただけで俺は手も足も出なくなる。


至近距離での殴り合いに持ち込むことが基本戦術の俺に対し、敵の攻撃を受けることなく必殺の一撃を当てることを得意とするアルムさんではあまりにも相性が悪すぎる。


・・言い訳でしかないけれど俺がアルムさんに勝つ・・いや、アルムさんと対等に戦えるようになるには多大な時間が必要になるだろう。


ギュルルルル。


「・・腹減った」


ボコボコにされた体が食べ物をよこせと訴えてくる。


「花さーん。今日のご飯は何―?」


「それよりも早く汗を拭いて着替えてください」


「へーい」


「ツバキちゃんも食事の準備が出来るまで少し待っていてください」


「・・よろしいのですか?」


「もちろんです。咲夜の分を無くせばいいんですから」


「ちょっと花さん⁉」


「いえ、そんな!柊さんの分をもらうわけには・・」


申し訳なさそうにオロオロしだすアルムさん・・ちょっと可愛い。


「うふふ。ツバキちゃんはからかいがいがありますね」


「・・花さん。あんまりアルムさんをいじめないであげてよ・・」


まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のようにクスクスと笑う花さん


・・花さんの前ではアルムさんも形無しか。態度も屋上の時とは大分違うし。


俺は簡単に汗を拭き、そのまま自室に着替えへと向かう。


「・・屋上の拒絶は何だったんだろう」


事件の時だけしか接触しないかと思ったのに自分から接近してくるし。


・・ま、考えてもしかたないか。


俺はすぐに着替えを済ませ、花さんとアルムさんが待つ居間へと向かう。


・・机の上にはご飯、味噌汁、浅漬け。さらに、開き焼きになめろう、天ぷらと今が旬の鯵料理が所狭しと並べられている。


「さ、早く座ってください」


花さんに急かされるように俺は椅子に座り


「「いただきます」」


食事を開始した。


まずは天ぷらを一口で。サクサクと軽やかな音を立てながら口の中を暴れまわる。この旨味を更に引き立てるため、すぐさまご飯をかき込んだ。


・・うん。花さんの料理はやっぱり美味しい


「ところで・・気になっていたんですが」


がっつく俺と行儀正しく食事をしているアルムさんを見ながら


「二人は名前で呼び合わないのですか?」


・・なんて質問をしてきた。


「「え?」」


「二人ともよそよそしいんですよ」


花さんはどこか不満そうにそう言う・・そうは言ってもなぁ。


「・・特に困らないしいいかなって」


アルムさんに仲良くすることを断られた手前、そんなこと出来るはずないじゃないか。


「咲夜は名前で呼ぶのは嫌なんですか?」


「そんなことはないけど・・」


「・・ツバキちゃんはどうです?」


花さんは煮え切らない態度の俺から標的を変え、アルムさんへと同意を求める。


まあ、アルムさんが同意するわけない・・

「・・かまいませんよ」

だろう。


「・・え?」


花さんに同意するとは思わず、つい声を出してしまう。まさか俺に興味が


「私は名字で呼ばれることが好きではないので」

速攻で納得した。


「では多数決で決定です。ほら、咲夜」


ぐっ、なんだか花さんに謀られたような・・?


「・・・・ツ、ツバキ・・さん?」


「はい、咲夜さん」


・・向かいあって名前を呼び合うのって恥ずかしいな。


というか、アルムさんはなんで眉一つ動かすことなく呼べるの?そんなに俺に興味ない?


「まだ固いですね。それに、咲夜は普段同い年の子に「さん」付けしませんよね?」


花さんは俺の「さん」付けに納得していないのか小言を言う。


・・ああもう!ここまできたらとことんやってやらぁ!


「ツ・・ツバキ」


「はい良くできました」


俺が顔を真っ赤にしているのを見て満足そうにする花さん。


・・まさか俺をからかうために花さんはこの話題を振ったんじゃ?


「・・咲夜さん?顔が赤いですよ?」


不思議そうにこちらを見るアル・・ツバキ。俺からすればそっちの方が不思議だよ!


「何でもないよツバキ」


そうは言っているが顔が赤くなっているのを自分でも感じる。


「・・?そうですか」


興味を失ったようで食事を開始するアル・・ツバキ。


・・しばらくは苦戦しそうだな・・いろいろと。

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