路上で歌う彼女は幽霊

#1 phantom

車のライトがアスファルトを照らし、日が落ちて随分経つが街は明るい。都会の光はいかにも人工的で、カフェインのように無理やり身体を高揚させる。

しかし、まだまだこれからだと張り切る身体とは裏腹に、瀬見隼人の心は疲れ切って頭は将来を憂うことで精一杯だった。

音楽で食べていくことを志し、まともに就職活動もせず上京してきたことは今となっては現在進行形の黒歴史である。

上京してきてから結成したロックバンドでギターボーカルを務めていた隼人だったが、ドラマーの女ともう一人のギタリストが隠れて付き合っていることが発覚し、バンドは解散した。

バンドが解散してからちょうど1年が経ち、半年ほど前から始めたアコースティックギターを手に路上で歌う行為、これも夢を諦めきれず、しかし思うように事は進まなかったことで心に出来てしまった傷を少しでも埋めるための愚行である。

食べていくためにしょうがなく続けているバイトも、夢を諦めてまともに就職すれば楽に多く稼げるが、もはやゴミ屑未満の「可能性」を見捨てることができず惰性で続けている。バイトが終わり家路を急ぐ。

人工の光が夜を照らす。

また今日も変われなかった。

____________________


帰り道に街を歩いていると、ギターバッグを背負った少女が何やら荷物を広げているのが目に留まった。路上ライブでも始めるようだ。足を止めて演奏が始まるのを待つ。

帰ったって携帯を触って寝るくらいしかすることがないので、いくらクズだってこのくらいの時間の使い方は許されるだろう。どうせ死ねば地獄行きだろうし。

少女は十六、十七くらいの歳らしく白いノースリーブのワンピースに麦わら帽子を被っている。明らかに街をゆく格好では無いがこの初夏の季節なので路上ライブ用の衣装とでも思ってあまり詮索しないでおこう。

間もなく彼女はギターを構えて準備万端のようだ。よく見れば顔立ちは整っていて、綺麗な女子高生と言った印象だ。かわいい。

彼女は白い綺麗な手を振り下ろすと、まるでギターが歌っているように、彼女を象徴するように美しい音が響いた。聴いたことのないイントロで彼女のオリジナルらしかった。

彼女の唇が開く。

『また、今日も、変われなかった 変わろうとしてまた諦めた…』

『ああ、今日が、終わってしまう 終わらぬよう、また頬をつねった…』

声は顔から想像できる、綺麗で透き通った声だった。センスもいいだろうし何より歌詞が刺さる。僕に向けて歌っているのだろうか。

『同じように巡る日々を重ねて』

『気づいたら大人になってんだろう』

本当に女子高生なのだろうか。僕より感性が大人じゃないか。文法崩壊した英歌詞をシャウトしていた自分が恥ずかしくなってくる。

『変わろうとして 変わろうとして 変わる方法は教科書には載ってなくて』

『星の数ほどの可能性を 今日も一つ潰した』

…演奏が終わり、彼女はそそくさと荷物をまとめ出した。まだ1曲しか歌ってないが、そんなことどうでもいいほど心を動かされた。テレビでやってる感動ドキュメンタリーの何倍も感動した。ギターをバッグにしまっている彼女の元へ歩き声をかけた。

「とても良かった、すごくいい歌だね。君のオリジナルなの?」

自分でもかなり偉そうに言ってしまい、口にした直後後悔した。

「あ、ありがとうございます…!足を止めて聴いてくださった人はあなたが初めてで、その、嬉しかったです…」

彼女は少し照れくさそうに細い声で応えてくれた。少し頬を赤らめた顔は綺麗で、自分が25歳であることをなぜか恨んだ。

「でも、とても上手だったけど周りの人誰も足を止めなかったね、この街の人はセンスが悪い。君はもっと自信もっていいと思うよ。」

音楽で失敗した人間が偉そうに、だが精一杯応援の言葉をかけたつもりだった。

こんなさえない男しか足を止めて聞いてくれなかったら、自信を無くしてしまうと思ったから。

「…お兄さんはセンス、というか何か才能があるんだと思うよ。」

敬語は自然に消えて、少女は怪しげな笑みを浮かべ、嬉しそうにゆらゆら揺れている。

「…?それってどういう…」

「ふふふ、聞きたい?聞きたい?」

「いや、全く意味がわからないよ、詳細は端折るけど僕は音楽で失敗してる、何の才能の話かはわからないけど…」

僕の言葉を遮って彼女が口を開く。

「お兄さんも音楽やってるんだ、じゃあそのおかげかなー、私いまとっても嬉しいよ。」

「だからそれはどういう……」

彼女はゆらゆら揺れるのをやめて、一瞬だけ俯いてから明るい顔で衝撃的な一言を放った。

「私のこと、見えるはず無いもの。


だって私、


死んでるんだよ。」

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路上で歌う彼女は幽霊 @toi2019

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