恋愛至上主義

津田梨乃

恋愛至上主義

 面倒な話題に巻き込まれた。


「もう、あんなやつ知らないんだから」

 アミが苛立たしげに爪を噛んだ。ぼくはストローをくわえながら、その様子を見守る。

「なんだい、アミはまたフラれたのか」

 隣に座るミツルが、大して興味なさそうに反応している。返事をするだけ優しい。


「そうなの! 聞いてよ」

 これだ。下手に反応するべきではない。大体、第一声からして構ってほしいオーラが全開だったじゃないか。そんなことなら最初から、話を聞いてほしいとしおらしく頼めばいいものを。ぼくは、お気に入りのコーヒー牛乳がなくなることを寂しく思いながら、吸引のペースを落とした。


「やっぱり今は勉学に集中したいから君とは付き合えない、ですって!」

「へえ、立派じゃあないか」感心の言葉を出すミツルは、スマートフォンから目を離さない。チラリと見れば、女の子と思しき相手と会話のやりとりをしている。やたら煌びやかな絵文字が目に痛い。


「どこが!」

「私も立派だと思うけど」

 アミの隣に座るシズカが、今しがたの講義内容をノートにまとめ終え、会話に加わってきた。アミの愚痴を聞くより、彼女のノートをシェアするほうが、よほど建設的ではないか。そう思うが口にしない。


「アミは、理想が高すぎるのさ。付き合う相手のスペックがイコール自分のステータスってわけじゃないんだぜ」

 ミツルは、常人では言いづらいことも平気で言ってのける。ぼくも同意見だった。再び彼のスマートフォンを覗くと、今度は別の女性とやり取りしている。相手の女性オリジナルなのか奇抜な顔文字がそこかしこで踊り狂っている。


「別にそういうわけじゃないわよ。好きになっちゃったものは仕方ないの!」

 アミがムキになって、そんな恋愛至上主義者の金看板のようなセリフを言う。間違いではない。間違いではないのだが、付き合い始めの朗報をSNSで行い、その三日後に破局の悲報を載せる節操のなさは、どうかと思う。

 アミの好みに共通しているのは、スペックが高く、なおかつ恋愛に熱しやすく冷めやすい人だ。


「うん、それは仕方ないよね。わかるよ」

 ぶんぶんと首を振るシズカを見て、みんな一様に固まる。

「あんた、ひょっとして、まだあの男と付き合ってるの」

 先ほどまで呆れられていたアミが、今度は呆れる側に回った。


 あの男、とは簡単にいうとギャンブル狂いで酒タバコを制し、そのうえ、シヅカに定期的に金を無心してくる奴のことである。

「そうよ? あの人は、私がいないとダメだから」  

 シヅカは名を冠すように、落ち着いた器量良しなのだが、そこにダメ男好きというコンボが発生する。前の男も典型的なダメ男だったことは記憶に新しい。幸の薄い美人と、ダメな男というのは得てして惹かれあってしまうものなのかもしれない。

 シヅカの好みに共通しているのは、ダメ男だということだ。


「はっはっは。二人ともダメだなあ」

 画面の女性たちとのやりとりが一段落してから、ミツルはからからと笑った。驚くほど爽やかな笑顔に、『二人』に含まれていないぼくの目からは、とても相手を貶しているようには見えない。


「なによ。あんたなんて、決まった相手もいないくせに」

 アミが自虐とも八つ当たりとも取れない言葉をぶつける。しかし「その通りさ」とあっさり認められてしまう。

「みんな割り切った関係だからね。一人に絞りきるなんて無理に決まってるじゃあないか」

 言っていることは褒められたものじゃないのに、堂々としているせいで、かっこよく見えてしまう。憧れはしないが、尊敬はする。彼の言葉にぐうの音も出ないのか、アミは黙り込んでしまった。

 ミツルの好みに共通しているのは、重くない女性だ。


 ぼくは、空になってしまった容器を弄びながら、三人の顔を見回した。みんな我こそは恋愛の伝道師みたいな顔で語っているけど、今の恋も、前の恋も、そのまた前の恋からも、まったく成長していないのだ。ミツルに至っては、成長を放棄していると言えなくもない。


 それでも今が正しいと信じながら、こうして恋愛話に花を咲かせている。その様子が何だかおもしろかった。

「あんたは、いいわよね、そういうのと縁がなさそうで」

 アミは、ぼくの顔を見ながら、ため息交じりに言った。ミツルは、確かにと言わんばかりに笑うし、シヅカもフォローしてくれず、困ったように笑っている。


「ぼくだって縁がないわけじゃないけど」

 ムキになったわけでもないが、言った。別に隠すことではない。みんなの心底意外だな、という表情が少しハートに痛かったけれど。


「そりゃ、理想だって高くなるし」アミは同志得たり! とばかりに身を乗り出し、目を輝かせた。

「この人ためなら、何でもやろうって気持ちにもなる」シヅカが同意するようにぶんぶん首を振る。

「でも一人に絞るなんてことも無理かな。ただ」ミツルは、「やるなあ」と指笛を吹きまくる始末だ。


 ぼくの好みの共通しているところは。


ぼくは、紙パックを華麗にゴミ箱に投げ捨て、にこやかに答える。

「全員、画面から出てこないんだ」

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恋愛至上主義 津田梨乃 @tsutakakukaku

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