31話 『新国の鼓動 1』

 クロイス平原を三台の馬車が駆け進む。

 ゴツゴツとしていながらしなやかな筋肉を持つ元戦馬が引くのは、軍事馬車を改良した二台の警備馬車だ。

 その馬車に挟まれているのは、引く馬は同じくゴツイのだが、馬車のフレームと装飾、それからワゴンが何とも可愛らしく華やかな馬車だった。


「へぇ、おじさんのナージャドレイクが敗れたんだ。それで顔も崩れて、マスクマンってわけ? ……左腕無くなってたのは最初ビックリしたぜ」

「ビンセント様の前では私は全く無力だった。この顔の歪みは、左腕を代償にビンセント様にいただいた戒めの意味を込められた宝だと思っている」

「いやおじさん、心の方も相当歪んでるね。サリバンのじいちゃんもそうだけどさ」

「サリバン様をじいちゃんと呼ぶのはやめろ。確かに歳はめしてピークも過ぎているが、まだまだ現役だ」

「分かってるよ」


 真ん中の馬車に乗っている者は二人。

 この二人は、ネスタ山脈に造られた採掘所の視察と仮設製鉄所の不要部解体に続いて、製鉄所本設に向けての打ち合わせを済ませた帰りである。

 後はサリバンに報告し、明日クロイスへ戻ってくるビンセント達への報告をまとめる仕事が後に続いている。


「まぁ、なんとは言っても流石は賢者だなヘレン。三日間での採掘所造りに製鉄所も完成間近とは……、恐れ入った」

「なんだよ。リティスおじさんらしくもない、あたしは金さえ貰えれば何でもやるぜ! 」

「金か。魔王討伐後の世界復興賢者の一人とは思えん発言だな」

「うるせーな! ボンボンには分かんねーんだよ! あたしは三等民あがりだぞ、金と食い物は大事なんだよ」

「少々解せんが、大賢者だろう。そんなモノを棚に上げるな。そんなことを言えばビンセント様は奴隷あがりだぞ」

「分かってるよ。だから素直にすげぇって思ってんじゃん。明日会えるんだろ? 」

「当たり前だ。だがその前に、御三方の前でその態度は止めろよ? 」

「へーい」


 リティス・オスヴァーグはワゴンの窓を開けて空気を換気した。

青の賢者、『ヘレン・ミスバドム』の香水がきついからだ。


「……別にあたし読心できるわけじゃないけど、なんとなくおじさんの考え分ったよ」

「……別に、暑いから窓を開けたわけだ。もう夏だぞ」

「香水だろ?! 分ってんだよ! ていうか、おじさんがくれたやつじゃん。タダで貰えたから香水なんて初めて付けてみたけど、どれくらい付けたらいいのか分かんなかったんだもん! 」

「はぁ。青の賢者も分からないことがあるんだな」

「んな?! 良いよじゃあ勉強すればいい話だもんね! 」


 ビンセント達三人がクロイスを離れてから三日、リティスが呼び寄せた賢者はクロイスに到着した。

 リティスは日頃世話になっている事もあって、自社の香水をヘレンに一つ贈ったのだが、年頃の女性とは言っても、化粧すらした事の無いヘレンには香水という物はそもそも無縁であった。


 青の賢者は二日間ネスタ山脈にこもって地質を調べ、その短期間であらかじめ作成してきた採掘所と製鉄所の設計図を修正して完成。

 膨大な魔力を持つ魔法の力で実質二日間で採掘場を完成させ、製鉄所も五日あればヘレン抜きでも完成するような手はずになっている。

 短期間に仕事を詰め込んだヘレンは貰った香水を使う暇が無く、使い古された『道具袋』に入れっぱなしだった。


 そんなヘレンは今日の朝、初めての香水を使ったのだ。

 ヘレンの香水の使用方法は確かにあっていたが、普通と違うのは量にあった。

 香水の入れ物は酒瓶につけるポアラーのようなものが付いた瓶であるが、通常は二、三滴手にたらして、香りをつけたいところに塗るのだ。

 しかしヘレンは二、三滴ではなく、数十回瓶を逆さにふり、全然香水がでないと苛立ちながらとうとう手に溢れる香水を洗顔の様に顔から浴びたのだ。

 ヘレンは強烈な香りに咽たが、それでも全身に塗りたくった。

 サリバンは朝ヘレンに会ったが、その強烈過ぎる香水の匂いに圧倒されて足を後ろに引いた。


「説明書に書いとけよ!! 二、三滴でいいって! 」

「……うむ、こんなクレームは初めて出たが、確かに書いといたほうがいいのかもしれん。だが、部位によって回数が変わるからな。少なくとも香水を浴びるなんて話は今日初めて聞いたよ」

「悪かったね! でも慣れたら意外といい匂いだなこれ」

「それは慣れるべきではないな。贈った香水は結構いいやつなんだ。少量で上品なとてもいい香りになる。つけすぎると、こんなふうになる。それはどれも同じだけどね」


 リティスが開けた馬車の窓から香水の香りが流れ出るわけだが、後方の馬車の馬がその香りに驚いて本能的な警笛を鳴らしていることなど二人は知る由もない。

 平原を駆けて小一時間。

流石に一般商業馬車と違って速度が速く、クロイスは近い。


「クロイスももう近いねおじさん」

「あぁ、流石はサリバン様の馬だ。速い」

「……シャワー浴びよっかな。早く終わったしいいでしょ? 」

「あぁいいぞ。シャワー浴びたら香りも丁度良くなるかもしれないし」


 ヘレンはリティスの許可に少し考え、やはり考えを改めた。


「やっぱいいや。めんどくさいから魔法で清める」

「それは助かる」


 水魔法と神秘魔法の複合魔法で身を清めるヘレンと向かい合っているリティスは、特にその事を気にせず書類を鞄に全てしまい、馬車の窓からクロイス国を覗いた。

国境ラインを越えると窓を閉め、リティスはマスクを顔に着けた。

 きつかった香水の香りは落ち着き、リティスの鍛えられた嗅覚にも元の標準的な美しい香りになっていた。

(……馬車に乗る前にやってほしかった)

 リティスのマスクの下にある本音はマスクの表に出る事は無かった。


【クロイス国】

 クロイス国、この地の国をそう呼べるのは後何日だろうか。

早ければ明日にでも新国が誕生しそうである。

 国王の座に就く予定の者達は現在遠い西の国に行っているが、それでも事はその主に仕える確かな忠誠を持った者達によって進行中だ。


「なんか、ここ数日で変わったねクロイスも。あんな墓場みたいな死んだような国が嘘みたい」

「あぁ、これでこそ明日にお迎えを出来るというものだよ。……素晴らしい、流石サリバン様だ」

「いっても、おじさんの力があっての物だけどね」


 五日前までクロイス国は死んでいた。

 その理由は国内で大量の魔物が出現し、国王を含む重要人物がことごとく死に失せ、王政と平安と秩序が崩壊した為である。

 現在では、新たなる国の建国の噂が流れ出て国を越えて回り、採掘所と製鉄所の求人から国内の空いた店での商売人が集って賑わっている。

 更には店と同じく空っぽの住居を知っての移民が進み、国の人口は元の六百万程に達する勢いで伸びつつあった。

 国の再生自体はサリバンとリティスが先だって行ったが、後を引く者もそれぞれ二人の側に入っている者達だ。

 サリバンとリティスは生き残っている元リーゼル隊の一部をクロイス国に招集した。

招集されたのは四人の男女で、それぞれがサリバンの下について建国を進行している。


 サリバンが建国の準備として情報を広げる前に、現クロイス国に存在する七人の区長達を再度集めて会議を開いた。

 会議の内容は新国建国についての提案と称した決定事項報告だが、反発する者は二人しかいなかった。

残りの五人の中四人は流れるようにサリバンに吸い込まれたのだが、たった一人だけ自分の意志を持って建国に賛成した者がいる。

 その者の名前は『ユーラス・ダダグルマ』といってシス区の区長だ。

彼は今後サリバンに下る事を察したが、それを進んで黙認した。


「サリバンのじいさんは――」

「こら。じいさんと呼ぶな」

「……サリバンさんは、もう仕事終わらせてそうだよね」

「そうだな、サリバン様は相変わらず仕事が早い」

「飯でも連れてってくんねーかな。あたしあれ食べたい。あれ、――シューマイとかいうやつ! 最近色々店増えてるから色々喰い歩きたいぜ」

「まぁ、時間があれば連れてくが。まずは私達の報告が最優先だ」

「分かってるよおじさん。あぁ、早く明日になんねーかな。ビンセントさん達ってどんな人なんだろ」


 リティスとヘレンの乗っている馬車はサラスト区役所前の石畳で動きを止めた。

先頭の馬車から軽武装をした業者が降り、二人の乗っているワゴンの扉をノックして開けた。


「うん。ありがとう」

「おう気が利くな。流石はサリバンさんの部下だぜ」

「こら。――すまんな、こういう奴なんだ。許してほしい」

「いえ。数々の功績を残され、また現在も大きく国と我々に命を吹き込んでくださったミスバドム様でございますので」

「おう! そんな固くしなくていいぜ。ヘレンでいいよヘレンで」

「少しは、なんだ――、恭しくとまではいかんが礼儀という物の基本を覚えたらどうだ大賢者」

「気にするなよおじさん! 長い付き合いじゃないかそれなりに」

「私とはそうかもしれんが、付き合いが短い者にはもう少し丁寧に接するべきだ。本当に、明日は気を付けてくれよ」


 ヘレンはマスク面のリティスを見て肩と両手を上げ、一つ息をもらすと首を横に三度振って答えた。

「ハイハイ。なに、そんなに心配しなさんな。おじさん達からすれば二十三歳のガキなんだろうが、これでもいろんな奴を相手にしてきたんだ。必要な態度くらいは雰囲気で察せるぜ」

「……だといいがな」


 リティスは業者と御者に合図をして前後二台の改造軍事馬車をサリバン邸にまで戻させた。

 重要書類の入った革製のハードバッグを手に持ち、馬車を見送るヘレンの手を引っ張ってサラスト区役所に入って行った。


【サラスト区役所】

 区役所内部も五日前とは違って人であふれている。

元の様子に戻ったと言えるのか、役所が繁忙しているという事は国が新たなことをしている証拠になりうるだろう。

 現在の役所利用者は雇用登録申請待ちや住民移籍や登録者が多く、受付カウンターには見るだけで顔をしかめたくなる列が生成されている。


「うひゃー、相変わらず今日も凄いな」

「良い事だ。これから始まるのだから」


 リティスは人を縫うように進み、背の小さいヘレンは人に埋もれそうになるが、幸い高身長であるリティスは目印になる為に問題なくいつもの人森を進んでいく。

 脇にある階段を上ると大分人が減って歩きやすくなる。

 廊下を通る最中に、すれ違った館員はリティスとヘレンに対して辞儀をした。

二人も辞儀を返して進むのだが、ヘレンはコレにうんざりしている。


「皆礼儀正しいんだなー。すれ違っただけでなんで頭下げるのかね」

「別に間違っている事では無いよ。ヘレンや私がそういう立場だからこうなってるんだ」

「そんなもんなのかね」

「そんなもんだ」


 リティスにそんなことを言われたヘレンは、たった今前からやってくる館員に対して自分から挨拶と辞儀をしてみた。

 館員の男は大変驚き、手に持った書類を危うく落としそうになったのだが何とか厄は防いだ。初期の衝撃と驚きが続く中、館員はヘレンに対して恭しく辞儀を返した。

 ヘレンは辞儀を返される事には納得したが、その前の驚きについては納得できなかった。

 二人はそのまま廊下を変わらず歩き、サリバンのいる区長室へと進んでいく。

ヘレンはそんな時でも納得いかない事は納得しなかった。


「……なんであたしが礼儀正しくしたら驚くかっ! 」

「それはあれだ、日頃の行いというものだよ」

「つまりおじさんが言いたいのは、普段のあたしは礼儀と無縁と言いたいんだな?! 」

「そこまでは言わんが。日頃の習慣や行動というのは、どこで誰が見ているか分からないという事だ。そして日常のコミュニケーションはそのテスト結果が出るという訳さ」

「はーん。……いや、つまりはやっぱり。礼儀と無縁と言いたいんだろ! 」

「だからそこまでは言ってない。そんなのは直せるもんだというのだ。……ホラ、もうすぐ着くから今から直せばいい」

「っしゃやってやら」


 区長室の目の前まで来たリティスは一息ついて呼吸を落ち着かせ、横目に服装を正しているヘレンを見て。もう一呼吸ついて更に自分を落ち着かせた。

 もう一度だけヘレンを見ると、ヘレンもリティスを見返して小さなドヤ顔で頷いて見せていた。

 流石は大賢者。しわだらけだったショートドレスは魔法の力で見違えるように美しくなった。

リティスは区長室の扉に返って拳を挙げ、扉を三回ノックした。


「リティス・オスヴァーグ、ヘレン・ミスバドムです」


 扉を抜けた奥から、部屋の中へ入る様に言葉が返ってきた。

 リティスは扉を開け、マスクをはずすと横にずれてヘレンに場を与えた。

ヘレンが扉を閉めると聞きなれたやり取りが続く。


「リティス・オスヴァーグ。ただいま帰還致しました」

「――ヘレン・ミスバドム。ただいま帰還致しました」


 サリバンは席を立つのだが、いつもと違うヘレンの帰還報告に驚いて動きを止めた。

そしてリティスに向き、ヘレンとを交互に数回見た後に一つ咳をして頷いた。


「早かったなリティスにヘレン。うむ流石だ。――さ、席に座って報告を頼む」

「ハッ」


 リティスとヘレンは同時にキレのある返事をし、執務机を挟んでサリバンに向かい合い、再度一礼をして椅子に腰を掛けた。

 リティスは今まで通り礼儀があって、動作の一つ一つがキレがあってかつ丁寧だ。

一方ヘレンはと言うと、サリバンを驚かせるに十分な程、リティスと同じ丁寧な動作なのだ。

 いつものヘレンは、勢いよく部屋の扉を開けたかと思えば扉を閉めるわけでもなく椅子に向って駆け寄り、ドカッと勢いよく腰を下ろすのだ。

またその座り方が頭一つ抜けてはしたなく、片足を椅子の座に上げて、膝を肘置きにしているのだ。

 それが今ではどうだ。両足を床につけて、手を膝上で交差させているではないか。

 サリバンは、少し恐怖した。


「へ、ヘレン。変わりないか? 」

「はい。万事順調に進行中でございますサリバン様」

「ヘレン、そうか。そうなのだな。……そうだ、紅茶とクッキーを出そう。昨日出したやつだ。あんまり気にいったみたいだから、今日は山程用意しているぞ」

「サリバン様。御心配には及びません。さ、リティス様。報告を致しましょう」

「……あぁ、そうだな」


 あまりにも違う態度に、サリバンはついリティスに問いの眼差しを向けた。

リティスはヘレンの態度変えには慣れているので、サリバンにはただ頷いて見せた。

 昨日ヘレンに出した紅茶は一気飲みをされ、浅皿に入れられた菓子類なんかは鷲づかみにして口に放り入れ、終いには皿を持ちあげて口に流すのだから恐ろしい。

 それが今は、山程あるという機能出したクッキーに心惹かれる様子も無く仕事に専念しているのだ。

 せめてもと、サリバンはリティスから報告を受けながら紅茶の用意と菓子の準備をした。


「……採掘所は完成致しました。私とヘレンで採掘所内を視察し、現場管理者との打ち合わせをしてきました。現場管理者の報告は問題ないとのことで、私とヘレンの問いかけにも正確に答えていました。引き続き任せても問題は無いと私は判断いたしました」

「うむ。採掘所の管理者は三十人、班長は班に一人で現在の登録済み総労働者は五百人だな。それぞれ二十五の班に別れているという報告を一昨日受けたが、それぞれがそれぞれを全て把握しているという事でいいんだな? 」

「さようでございます。それぞれの労働者に対しては午前と午後、終労時に報告と打ち合わせの場を儲けさせておりますので、それぞれ個人の分担だけではなく、全体の状態を理解出来る環境に在ります。班長は管理者と労働者への報告と指示で後は変わりません。管理者達はオーラルドの組合が管理し、最終的に我々に報告することになっております」


 サリバンは紅茶葉の入ったポットに湯を淹れながら報告を聞き、ポットのふたを閉めると頷きながらクッキーの入った箱を開けた。

 箱を開けて皿に数枚ならべると、皿とティーポット、そしてティーカップを三つトレイにのせて執務机に運んだ。


「うむ。まぁオーラルドは相変わらずのしっかり者で、正確で確実じゃないと死んでしまう病だからな。心配は無いだろう」

「はい。もし人員が足りないときはバッカスの組員を動かそうと考えておりますが――」

「いや人員が足りないなんてことはありえないだろう。あくまで労働者の五百人というのは登録者の数だ。申請がこれから下りる者が今日でも追加二百だ。今後拡大するにしてもいい数だろう」

「おっしゃる通りでございます。それでは次に、製鉄所について報告させていただきます」

「うむ。まぁ、その前にちょっと一息つくといい」


 サリバンはティーカップに紅茶を注ぎ、机の棚から砂糖の入った瓶を取り出して机上に置いた。

 リティスとヘレンの前にそれぞれ用意し、菓子も二人に勧めた。


「ありがとうございますサリバン様」

「う、うむ」


 リティスは違和感が無いからいい。しかしどうしてもヘレンは何かしっくりこない。

サリバンは首を少しだけかかげ、砂糖の入った瓶を持ってヘレンに尋ねた。


「ヘレン。砂糖は三個だったな? 」

「サリバン様。自分で出来ますので、お気遣い無いよう――」

「そ、そうか。リティスは砂糖一個だったな」

「……サリバン様。何やら混乱されていますな。どうか落ち着いてください」


 リティスの言葉にサリバンは現状況を改めて確認した。


「なぁリティスよ。ヘレンはどうしたのだ? 何かがおかしいぞ」

「いえサリバン様。ヘレンはただ――」


 サリバンの怪奇な物を見るような眼差しを受け、又リティスのどこかしゃくに障るフォローの様なものを受けそうになり、とうとうヘレンは演技をやめた。


「だぁ――ッ!! もうなんなんだよ皆もじいさんも私をそんな目で見やがって! 後おじさんのフォローは一々私に刺さるんだよ! 」


 いつものヘレンをようやく確認できたサリバンは安堵した。

そしてヘレンはいつもの様な座り方になり、クッキーを鷲づかみにして口に頬張り込んだ。


「コラ。行動と態度を改めるんじゃなかったのか? 」

「いいんだよ。私はこうじゃないと、皆が納得しないんだろ? つまりはそう言うことなんだろ? 」


 サリバンは二人の会話に今までのヘレンを理解し、小さく失笑した後に大きく笑った。


「ハッハッハ! なんだそんな事気にしてたのか。まぁいいじゃないかリティス。……どうだ、クッキーは山程あるぞ。遠慮なんかする必要は無い」

「ったく、皆でアタシを馬鹿にすんだもんなー」


 サリバンは席を立って再び隅に行くと、クッキーの詰まった箱を執務机にまで運んだ。

クッキーを見たヘレンは納得いかない状態ではあるが、出された物は貰わないわけにはいかない性分の為に両手を使って皿にクッキーを盛った。

 好物であるから、なおさら貰わないわけにはいかなかった。

 個人的に悩みが解消してスッキリしたサリバンは椅子に座り、紅茶を一口飲むと報告の続きを聞いた。


「うむ、よいな。では製鉄所はどうなっている? 」


 サリバンの尋ねに答えたのはヘレンだ。


「全く問題ないよ。私の設計通りにベースが組まれていて、昨日報告した通り私が魔法化したから現段階でも稼働は可能。後は不要になった仮設部分を取り除いて本設してしまえば完成さ。私が管理者に理解させたし、もう私が行かなくても三日あれば勝手に完成して本稼働も出来るよ」

「それは良い。稼働について、労働者は働ける環境にあるか? 環境というのは、そのまま労働環境の事でもあるし仕事の方法が理解できているかという事だ」

「うん。製鉄所って言っても私の設計したのは缶詰じゃないからね。とても開放的であって厳重だよ。製鉄の仕方については私が管理者に全て伝えた。実際何度か仮設稼働してもらって、製鉄ってのを一から教えてやったぜ。まぁ問題ないだろ」


 サリバンは設計図の念写コピーを手に取って眺め、頷いて視線を戻した。


「ヘレンがそう言うならば、そうなんだろうな。しかし実際、私もこの設計図を見た時は驚いたぞ」

「全く新しいだろ。最初の提案通り燃料はネスタの木材だけど、魔法の術式で長い持続時間もさらに伸ばせるんだ。それでいて勿論火力調整もな。でもやっぱり、このデザインだよな。景観を崩す心配もないぜ」

「そうだな。流石は賢者か。今後も頼むぞ」

「金次第だけど、一度受けた仕事はやり遂げるから安心していいぜ! 」


 ヘレンは笑いながらクッキーを頬張り、空いたティーカップに紅茶を注いで飲み干した。

リティスはそんな隣を見て苦笑いをこらえきれなかった。

しかし、彼女は確かな賢者である。

 ビンセント達と会うのは明日の事。

サリバンは勿論の事、リティスも一戦交えた事でビンセント達の事を理解している。

三人の性格を分かっているからこそ、馴染み過ぎそうなヘレンの態度を心配していた。

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