30話 『国王の自己嫌悪』

【レーン城】

 城へと戻ってきてから、ビンセント達はバルカス達と共に城内の食堂で食事を済ませた。

 バルカス曰く城員食堂という物らしく、兵士食が始まりなだけあって栄養があって安いうえに美味い。

注文をしてから食事が出るまで、料理をよそうだけで一分とかからないあたりも忙しい城員達にはありがたいだろう。

 そんな食事をそれぞれが始めた頃には昼は過ぎており、一般の城員達は殆ど食堂で姿を見かけなかった。


 食事を済ませたビンセント達はバルカス達に会議場へと案内されて、バルカスが座る円卓席上座の右側三席を用意されてこれに座った。

 ハコが命を受けて招集した城員は、既に席に座っている者もいればまだ到着していない者もいる。

 突如開かれることとなったこの会議で、序列を定めないというバルカスとダボの方針でシザ国の会議の席は殆どが円卓なのだが、国王であるバルカスの右側にわざわざ座らされたビンセント達を見た他の城員は、普段国王の両隣りを席するハコとシュルツが左側に並んで座っているのを見て更に驚いてき、後で伝えられるであろう三人の紹介が待ち遠しいようだった。


 現在時刻は十四時五十八分

 会場の円卓議席は十七席あり、その全てがうまっている。

席に座る者達の手元にはそれぞれ水が注がれたグラスが置いてあり、その横にメモ用紙とペンを置いている者達もいる。

 ビンセント達三人を除いて、会議に参加する人やエルフも混じる十四人は全てバルカスが特に信頼している者達である。

 その十四人中シュルツとハコ等を除いて八人は、どうしても気になるビンセント達を見て会釈なんかをしていた。


 時刻は十五時。

会議開始予定の時刻である。

 バルカスは席を立ち、両手を全員に向けて広げながら開始の挨拶をした。


「皆、忙しい中会議に参加してくれて礼を言う。今回の会議では、何点か重要なことを伝えることになる。合わせて、皆の意見を聞きたいので招集をした」

 バルカスの言葉に皆は頷き、皆を一度見回して注目が変わらず続いている事を確認したバルカスは言葉を続けた。


「まず、――すまんビンセント達、少しだけ席を立ってくれ」

 ビンセント達は頷いて了承し、三人は皆の注目を浴びながら席を立った。


「皆に紹介しておく。――私の右隣りからそれぞれ、『ビンセント・ウォー』『ミル』『カミラ・シュリンゲル』だ。私が個人的に大きく世話になっている者達であり、後から説明するがシザ国にとっては英雄なので、三人のことをよく覚えておいてほしい」


 バルカスに紹介されたビンセント達は名前を呼ばれたと同時に辞儀をし、城員は返して辞儀をした。

 合図で座ったビンセント達は、バルカスから発せられる言葉に続けて集中した。


「第一の報告として、『パッシィオーネ』の事について私から皆に対して報告をしたい」


 パッシィオーネの事となると眼の色が変わり、少しのざわめきと共にバルカスの次の言葉が待ち遠しそうに皆は国王の眼に注目し続けた。


「パッシィオーネは八月二日。つまりは三日前に、私と先程紹介したビンセント、カミラ、ミルの手によって討ち滅ぼした」


 報告と同時に城員は一瞬の驚きの後にすぐさま沸き起こった。

それはハコとシュルツも例外ではない。


「バルカス様、ついに成し遂げたのですね?! 」

「バルカス様万歳! ビンセント様、ミル様、カミラ様万歳!! 」


 通常パッシィオーネが滅びたと言われて、そのまま信じて納得する者は存在しない。

しかしレーン城員に対して、またバルカスを知る者達に対しては、バルカスがパッシィオーネは滅びたと言えば実際に滅びたのだと確信して納得ができる。

 バルカスは皆からそれだけ信頼されており、確実な確実性を持っているのだ。

 感動と歓喜に沸き起こる会場を鎮めるため、バルカスは再度両手を広げた。

様子を確認した城員は出来る限り高揚する気を抑えて、静かな会議に戻した。


「うむ、思えばようやくだ。皆が湧くのも無理は無い。――パッシィオーネについては皆にも辛い思いをさせてきただろう。だが安心しろ。もうパッシィオーネは滅びた。近日ギルドからの正式な情報が交付されるので、この事はシザ中、いや世界中に知れ渡るだろう。パッシィオーネ壊滅を成し遂げられたのは皆の忍耐と協力、それに少人数でアジトに踏み込んで西部のマフィアを滅ぼしたビンセント達の協力のおかげなのだ。……皆はシザを救った。私は皆を永遠に誇りに想う。だから皆も、是非自分の事を誇ってもらいたい」


 静かな会議を務めるが、出席者からは内なる歓喜が窺える。

そしてバルカスが冒頭の紹介で言った、シザの英雄という言葉を頭に叩き込んでビンセント達三人と我が国王の姿を見つめた。

 皆の視線を感じるビンセントは少し照れくさく思いながらも、平静を以てバルカスの続きを聞いた。


「それと、皆には心配をさせていたので、個人的な報告だが一応しておく」


 ビンセントを除く出席者十四人は、バルカスと所縁の深い者達である。

シュルツとハコなんかはシザ建国前からの戦友としての付き合いであり、言わずもがな関係は深い。

ではその他の者はどうか? 

 十九人いた戦友は普通の病もあるが、何よりもバルカスと同じ呪『カースドロム』によって死んでしまった。

 シュルツとハコを除く十二人は直接的に戦友という訳ではない。

しかし死んだ戦友達に尽くした弟子的な存在であって、全員が元サンス王国復興の第一者なのだ。

 バルカス達に救われ、導かれて今が在る者達の想いは、戦友達の想いと変わりがないようである。

そんな者達がバルカスを心配する事と言えば、呪の事である。


「奴隷商人が雇っていた専属の賢者共が、自身の奴隷達に所有物の証として残した呪い『カースドロム』だが、私の物はビンセント達によって完璧に取り除かれた。……ここまで導いてくれたのはダボだ」


 その事実を知っている戦友二人は嬉しく思いながらも変わらぬ様子を務めているが、他の者達はパッシィオーネの報告の時と同じく、一瞬の驚きの後の歓喜だ。

 しかしバルカスに同じことはさせない想いがあるので、歓喜はあくまで中に秘めている。

 そんな中、シュルツが手を挙げて言葉を発する許可をバルカスに願い出た。

バルカスは応じ、シュルツは起立した。


「バルカス様。――いや、会議の場でこれは失礼かもしれませんが、皆にとってもバルカス姐の方がなじみが深いと思うのであえてそう呼ばせてもらいます」

 シュルツの言葉にバルカスは苦笑して許した。

他の皆からは素の笑い声が聴こえてくる。


「バルカス姐、勝手ながら皆を代表して祝福いたします。本当に、呪が解けて嬉しく思います。――そして、ビンセント様、カミラ様、ミル様。本当にありがとうございました! このシュルツ、いや、バルカス姐を想う者全てが感謝してもしきれません! 」


 皆はそれぞれたまらず起立し、驚くビンセント達三人に対して感謝を示し切れないが示した。

 当事者であるバルカスはというと、苦笑しながらも皆の想いを受けて嬉しく思う。

そして何よりビンセント達とダボに対して深い感謝の念をさらに深く抱くのであった。


 呪いはシュルツの大切な仲間を奪い、その呪を直接受けているわけではないからこそ、生き延びている彼の心を酷く傷つけていた。それはハコにも同じことが言える。


 シュルツは皆を着席させると、最後に続けた。

「呪いを解いてくださり、呪を受けていない私共の心も救われました。今亡き戦友も更に平穏に過ごせることでしょう。……以上です。バルカス様」


 シュルツは一度辞儀をしてバルカスに先を譲り、バルカスはそれに微笑み頷いて席を立って応じた。


「うむ、これで心配事は減った。しかし今日の朝、新たな心配事の種なりうる凶報が跳び込んできた。今から言う事は東部の地中海岸に沈没しているメアリー・リース号で起きた事件だ――」


 バルカスは今朝にハコから受けた報告に、ビンセント達の言った死体の身元の情報を付け加えて皆に全てを報告した。――この事の中にはミルの言った『リヴィル』という者の存在は入れていない。


「――という事だ。ビンセントの証言によれば、フィリップ一家は昨日八月四日の十五時あたりから今朝の間にサメに襲われて、この念写画像の様になっている」

 バルカスは念写画像を含めた八枚の写真を皆に見せた後、右のビンセント達から初めて左の席に回させた。


「東部の地中海岸周辺の警備は毎日早朝の三時に出動している。念写画像と書類作成から、ダボの命を受けた東部の城員の事を考えれば、およそ死体が発見されたのは四時位になるだろう。この時間については東部の者達と協力して正確な時間を割り出すことにする」


 皆はバルカスの言葉を頭に入れ、覚えることが苦手な者、あるいは後からもう一度文字で見直したい者は話を聞きながら必死にメモに取っている。

 バルカスは皆の集中が続いている事を確認すると続けた。


「今言ったが、事件については東部と完全に協力し合って解決と対策をする。言ってしまえばただサメに喰われたという事件であり、海岸部では前例はないが一度沖に出ればある様な話だ。だがコレはダボが直接持った事件だ。それも速報で伝えられてきた事件だ。という事は勿論、警備隊や警察隊でどうにかなる話では無いとダボが判断したという事になる。加えてビンセント達にも私と同じように知らせることを命じた事で確信を得られるだろう」


 バルカスは右隣にいるビンセント達を一度見てから、再び全員を見渡した。

 ダボが国の為に動き、ビンセント達を必要としたのだ。

今となっては、ミルが口にした『リヴェル』という未確認の存在にも納得した。

 ダボが動くことに対して、ダボが知らせない限りバルカスが知っている事はありえないからだ。

 知るはずがない。

つまりは飛び切り緊急であって、――未来の話だからだ。


 バルカスは内心、ダボの寿命がまた削れたのではないかと心配して鳴らないのだが、ここでうろたえては得することは零であって不利益にしかならない。

 私情を抑えて皆に伝えた。


「皆はダボの事を深く知っていると思う。ハコとシュルツ以外の者は、東部の国王補佐であるケニー・ロッチと状況同じくして私の下に来た者達だろう。改めて感謝をする。……そうだ、知っている皆にだからこそ、皆も同じように悩み考えてもらいたい」


 バルカスは変わらぬ真剣な眼差しを皆の眼に向け、皆も同じく視線を返した。

その姿を同じ立場で観ていたビンセントが思う事は、この会議出席者と東部のケニーの姿が全て重なる事だ。

 どこまでも真っ直ぐに話を聞いて、その最中の考えには雑念がない様子がうかがえる。

主を信じて仕える者達の姿だ。


「ダボは恐らく未来を体験してこの事件の事を知っていた。それでも止められずに事件が実際起こった。繰り返すが、この事件はただの事件ではない。でなくばダボは動かないし私もわざわざ会議を開くことはしない。この事件は未来のシザに大きくかかわると思ってくれ。そしてコレは恐らくだが……」


 バルカスはこれから自分の言う言葉が恐ろしく思い、口を開くのに息が詰まり、二度つばを飲んだ後に続けた。


「……恐らくだが、事件の裏に『ルディ・ノルン』をリーダーとした勇者一行がかかわっている」


 ビンセントはバルカスの言葉でハッとした思いがした。

 正しくはビンセントだけでなくカミラもなのだが、新たな発見というよりは、何故可能性を考えなかったのかという、確信の無い中途半端な疑念と後悔が混ざった想いが頭を歪ませた。

 昨日の夜ビンセントは、東部の地中海岸でノース・エンデヴァーの視線を感じてエリス=エデンと遭遇している。

 ビンセント達としては複雑な気持ちであった。

確信はないが、バルカスとダボの言葉からは、その勇者一行が人を襲ったと考えているように聞こえて感じるのだ。

 あくまでビンセント達にとって勇者一行は命を救ってくれた恩人であり師匠でもある。

それでもミルの事を考えれば胸が苦しくなるのは確かなことで、ビンセント達が勇者一行に対して抱く想いは、敬愛していながら真に恐れているというのが正しいだろう。


 勇者一行は栄光であって確かな希望なのだ。

光の象徴たるその存在に影が差すことなど、全ての者が考えたくない事であって、一度考えれば悔やんで思考を棄てる事だろう。

 ビンセント達はミルの事を考え続けている。

このことに対して思考を棄てた覚えは一度たりともない。

 だからこそ、栄光の影を常に真に置いているからこそ、表面の栄光の影を考えたくない根の想いが他の者達より強くなるのだ。


 ビンセント達は表にこそ出さないが、灰を注がれる思いでバルカスの言葉を聞いていた。


「勇者一行は魔物を滅し、人とエルフ、精霊達に希望と栄光を与えて救った。――今や勇者一行は伝説となり、一行を神と崇める者も少なくはない。よもや、我々やダボの様に、勇者一行の影を考える者は異端とされて迫害されるだろう。だから、今言った事や今から言う事を決して表ざたにしないでほしい。シザを危険に晒すことはありえないからだ。皆はよく理解してくれるだろう」


 バルカスの言葉と命という形の願いを聞いた、ビンセント達三人を含む会議出席者は皆了承して固く頷いた。

 バルカスは小さな安堵を得、同時に今まで欠けていた覚悟を得て右を振り向いた。


「ミル。一つ教えてくれないか」


 バルカスに呼びかけられたミルは目線をバルカスにまで上げて答えた。

「なに? 」


 もう一度考える。だが確信は既に得ている。


 『リヴェル』という者は存在する。

それが恐らく、シザの未来に大きくかかわってくる存在なのだろう。

 会議の前では伝えるのをためらっていたその事を、バルカスはとうとう口から尋ね発した。


「リヴェルという者は、どういう者なのだ? どうか、教えてはくれないか」

 バルカスの懇願を見たミルは、特に深く考える事も無くさらっと答えた。


「いいよ! だけどバルカス達もよく知ってる子だと思うよ! 」


 バルカス達がよく知っている存在。

地中海の守護者とミルが言ったその存在を、否、その存在の呼び名をバルカス達は知らなかった。


「あれ、知らないのかな。……うーんと、ホラ、贈書にも書いてあると思うけどな」

 それを聞いたバルカスは頭の中で必死に考えたが、やはり分からない。

そこでビンセントに願って、境界をバルカス邸にまで開いてもらうことにした。


「ビンセントすまない、贈書を見たいんだ。境界を開いてくれないか? 」

「あぁ。いいよ」


 ビンセントは境界を開くと、今朝朝食を摂った階段下の食堂の本棚前に境界を開いた。

この姿を初めて見た城員は驚き、改めてビンセント達に畏敬の念を払った。


「助かる」


 本棚から贈書を取り出したバルカスは、皆の前でパラパラと頁をめくっていった。

 海の守護者、地中海の守護者、リヴェル、どれを頭に浮かべて本を読みめくっても、それらしいことにぶつからない。

 そんな時、ミルは続けて言った。


「そういえば、リヴェルって確か人からは違うように呼ばれてた気がするよ! 」


 文章を読む為に流れ進んでいたバルカスの眼は止まり、ゆっくりとミルの方を振り向いた。


「私達は、『リヴェル』の事を何て呼んでいた? 」

「うーん、いくつかあったよ! 確かね、『リーヴァ』とか『ラヴィ』、それに『レヴィアタン』かな、『リヴァイアサン』っていう風にも呼んでたね! 」


 ミルの言葉にバルカスは本を円卓に置いた。

その言葉を一瞬信じられなかったが、ミルの言葉という事を思い出してゆっくりと信じていった。

 ビンセント達を除く他の皆は目を丸くして、ミルとバルカスをそれぞれ見つめていた。


「『リヴァイアサン』なら知っている。だがリヴァイアサンは海の悪魔であって、海の守護者だという事は聞いたことがない」


 バルカスの言葉に首を傾げたミルは、少し不満な顔をしながらバルカスに続けた。

「えぇ、バルカス贈書全部読んでないんじゃないの? 絶対書いてあるよ。贈書に書いてあるんだから、バルカスのお家に絵もあるんじゃないかな? 」


 バルカスは記憶を再度必死に巡りながら、『絵』というキーワードを得て、『海の守護者』と書いてありそうな場所を見つける一つの推測が立った。

(つまりは、キースの第二次創造物。……前ケニーが言っていた『双子のプレマ』と同じところか――)


 頁をめくって文字を追っていくと、果たしてそこに在った。


『……兄弟の兄キース・エンデヴァーは、人の王エフィス、エルフの王フルリエ、精霊王セタの民達をそれぞれ導き守る為の者達を創造され、弟ノースはコレを贈った。王達を除く民達は皆エンデヴァー兄弟に感謝し、守護者達を崇拝した。兄弟によって創造された守護者達はそれぞれ別れ、『天の守護者』『地の守護者』『海の守護者』となって民達と世界を導き守った。』


「あった。海の守護者。……これがリヴァイアサン、『リヴェル』なのか」

 バルカスの言葉にミルはいつもの笑顔に戻って答えた。

「あったでしょ! そうだよ! とってもいい子だよ! 」


 確かにあった、海の守護者と。

しかし、実際のリヴァイアサンは違った。


「だがミル。リヴァイアサンは今回事件現場となった、現役時代の『メアリー・リース号』に乗った勇者一行が戦争時代に討伐している。もう存在していないのではないか? 」


 ミルの表情は曇り、話が見えてきたビンセントとカミラはミルを庇って無意識に小さな殺気をこぼしてしまった。

 二人の無意識な殺気を受けたバルカスは本能的に酷く怯え、それ以上はリヴァイアサンと勇者の事を語れなかった。

 だがそれでも、自分の民の為には知らなければならない。

バルカスは再び懇願した。


「深く踏み込んで悪い、本当にすまない。ただ、どうかシザの為に教えてはくれないか、ミルの思う事でいい、何でもいいから話してくれ。頼む」


 願いを受けてミルは頷き、ビンセントとカミラに微笑んで安心をさせた。


「うん、良いよ。私にはビンセントとカミラがいるんだもん。もう寂しくない」


 しかしミルは、いつもの様な弾ける笑顔ではいられなかった。確実に悲しんでいる心は表情というフィルターを通しても伝わってくる。

 バルカスですら感じるのだから、ミルの事を深く想うビンセントとカミラからしたら胸が痛い。


「私の思ったことだけど言うね。――ダボが『未来』を持ってたなんて驚きだよ。じゃあ『過去』も誰かが持ってるのかな? 」

「『過去』は、ケニーが持っている」

「わぁ、そうなんだ。大変だね。……うーん、じゃあダボは全て分かってるけど、皆に体験した事言っちゃったら何か問題があるんだろね。そのダボが勇者一行の事をそう思ってるなら、私の思う事も結構確かだと思うよ」


 明るさ以外は変わりのないミルだが、考えを述べるミルの姿を見るバルカスはとても意外に思えた。


「だからたぶん、……死んじゃったリヴェルの体を勇者一行が海に放ったんだよ」

「リヴァイアサンの死……体を、海に放ったらどうなるんだ? 」

「いいよバルカス、気を遣わなくて。――死んじゃった守護者の体を解き放つと、……うーん、例えば海だと、守護者の魂が大量の海の生き物に変わるよ」

「では今回は、その海の生物の中のサメがたまたまフィリップ一家を襲ったと? 」


 バルカスの理解にミルは激しく首を横に振った。

それから半泣きの眼で訴えて続けた。


「リヴェルはそんな悪い子じゃないもん! 私も全部は分からないけど、でも絶対解放されたリヴェルは、守護者達は、今まで守ってきた人達を襲ったりしないよ。……海の悪魔だなんて、勝手な思い込みだよぉ……」


 バルカスは困ったが、カミラに抱かれたミルは少しだけ落ち着いて、鼻水をすすって続きを話した。


「でもノースが悪いわけじゃないよ、今は私のお父さんの仇だけど……、昔は本当に……。ううん! だから何かあって動いてるんだよ! リヴェルの体もただ解き放ったわけじゃないと思う。きっとリヴェル生き返るよ! でも、うん。これ以上は、私も分かんないや……」


 バルカスはここまで伝えてくれたミルに大きく感謝した。

ビンセントとカミラはミルを安心させてやり、会議はそのまま進行していく。


「ミル、本当にありがとう。無理をさせてすまない。……つまり勇者一行は、何らかの理由があってリヴァイアサンを復活させようとしているという事だな。分かった」


 このことを聞かされたビンセント達を除く出席者は、事に対して効果のある解決策を練ろうとしたが、もし本当にリヴァイアサンが復活して、それがもし敵対することになれば、浅い策や力なぞは確実に無力となるだろう。

 皆それぞれ苦心し、それは席に座ったバルカスと言えども同じだった。


「リヴァイアサンの復活を食い止める方法が、何でもいいから分かった者は直ちに報告してくれ。私は、少し苦しいかもしれんがダボとケニーに尋ねる。勿論あいつらに能力の使用はさせない。――それともし復活してしまった場合、それも敵対してしまった場合に備え、湾内と湾外の砦を要塞化、それとは別に軍艦十隻の建造を検討しておく。それぞれの設計と費用の予算も各々提案をしてくれ。予算だが、三年度分も組み込んでおいてくれ。最悪私個人の支出で湾内の要塞化はできる。国外への要請だが、検討をするだけで私の指示を待ってくれ。それと、――ビンセント、カミラ」


 考える頭の回転を一旦停止させ、右隣を見て言った。


「もし、もしもの事があったらビンセント、カミラ。協力してくれないか」


 ビンセントは願いに対して少し考えたが、カミラとミルの姿を見ると腰が重くなる。

「……構わないが、最悪俺達は途中で去るかもしれんぞ」

「……あぁ。無理にとは言わない。入り込んでしまって、すまない」

 バルカスはビンセント達に感謝し、同時に謝った。


「海水浴場については、東部の西側。『メアリー・リース号』周辺を立ち入り禁止にする。海中に鉄杭を打って柵を作り、誰も立ち入れない様にするんだ。範囲については、半円半径三百m程の半円形で囲んでくれ。砂浜に関しては五十程度だ。コレは大至急に頼む。合わせて今日いれて八日間の海水浴の禁止だ。その間に竣工させるように、東部にも手を打っておく。今日を除いて七日の間は工事と合わせて警備隊と我々で水場の調査だ。もしサメがいたら駆除して報告をしてくれ。何らかの変化があっても同様に報告を第一に頼む」


 皆はバルカスの話を全て聞き終えた後に、再度記憶した事やメモを返して確認し、バルカスに質問をしたりした。


「バルカス様、会議後にすぐ動くとして、我々は東部への要請と確認、この会議の内容の決定事項の一部を報告しようと思うのですが――」

「いや、東部とのやり取りは私がダボとケニーに直接やる。あくまでこの話は内密に頼む」

「申し訳ございませんでした。では、費用と材の確認、工事人員の整備と民達に向けた警告書類の作成。調査隊員の編成を致します」

「うむ。それでよい。東部の民への注意と海水浴禁止については、さっきも言ったが私とダボ、ケニーでやるから安心しろ。西部は今日の残り、明日から始まる工事に向けての準備をしてくれ」

「承知致しました」


 皆は納得し、会議は終了した。

バルカスは殆ど会議を開かない。

今日は報告会と意見集めの中、ミルからの巨大な情報を得た。

 バルカスはダボの気持ちを考えるだけで頭を抱えたくなった。

何故言えなかったのかはもう聞かない。ただこのことを全て知っていて一人で考え続けていたとするならば、とても人をやって行けそうにもない。


 現在時刻十七時三分

 議席は空き、シュルツとハコもいない。

バルカスは右側を見て灰色の表情になる。


 ミルはカミラに抱き着いており、ビンセントはそんなカミラの肩に手を掛けている様子だ。


 バルカスはミルの事をそんなに詳しく知っているわけではない。ただリヴェルという、人の呼ぶところの『リヴァイアサン』について深く関わりがあるのだ。


 自分の心を救ってくれた三人の心をえぐってまで、バルカスは国を守らなければならない義務が、今はある。

 最大の自己嫌悪の原因となる現在は、ダボが体験した未来に少しずつ、ただ確実に時間と共に流れて向かって行く。

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