27話 『不吉な光』

 ダボを酒場に返して別れてから、ビンセントは解放奴隷の家々を大きな置時計と、家の主が既に眠っている場合は簡単な置手紙を置いて回っていた。


 既に三区間が終わっており、残りのバルド区の家も後四軒で終わろうとしている。


 レオ・アークとレイ・アークの兄妹の家は既に回り終えた。

双子はソファの上で眠っており、ビンセントは同じ状況下の家と同じく、無断で家に入った詫びの言葉と時計の説明を書いた置手紙を、双子が掃除したのか、ホコリの無いテーブル上に置いた。

 双子の家には時計が無かったので壁に寄せて置時計を設置し、眠っている双子には境界から布を取り出してかぶせてやって微笑むと、地図にペンでチェックを入れてから境界を渡って次の家へと向かったのだ。


 同じような事の繰り返しだが、今入っている家の様に住人がまだ起きている場合も当然ある。

夜遅いとはいえ、時刻はまだ二十三時三十分だ。


(今頃カミラ達も、まだ酒場で飲んでるんだろうな)


 ビンセントは出来る限り早く戻ろうとしたのだが、解放奴隷達はビンセントに対して出来る限り丁寧に接しようとしているらしいが、どう見てもその姿は、主人に許しを請うような奴隷の姿そのものだ。

 当然、心の解放は長引くことは分かっていた。

明日から始まる事なのだ。今では、行ってしまえばこういう事も当然の事だろう。


「あの、頭を下げなくていいですよ。……時計の読み方は、この紙に書いておきましたので、明日は指定された時間に集合してください」

「はい、ビンセント様。ありがとうございます! 」


 解放奴隷に対して頭を上げるように言ったのは一回だ。

彼等は賢ければ伝えられた事はその一回で聞き取って守る。

このことに必死になる理由は、聞き返した事で更に酷い事になる者が周りで多くいたからだ。

 だから、発せられる言葉には集中している。

しかし、頭を下げる事はこの場限り無くなったが、今度は手の平を返して床につけると言ったような無力の証明と平伏しを混ぜたような行動をとってくる。

 こう言った『ああ言えばこうする』状態が五度程続き、ビンセントは解放奴隷にようやく別れを告げて境界を渡って行った。


(焦ることは何もないんだよな……。ただ、時が流れるままに、っなんてな――)


 ビンセントは次の家に渡ると、さっきの家を地図上にチェックをしてから家を見回した。

 魔法照明は消えており、時計も無い。

住人は細い寝息を立てて眠っている。

(……女が一人。それが危ないと思うのは、俺の感覚が古いのか? )


 ビンセントはふと自分を鼻で笑うと、境界から置時計を出して壁際に設置した。

時計は時を刻む音を響かせ続け、ビンセントは特に音に意識する事も無く、境界から紙とペンを取り出してメモを書いた。


 メモを書き終えて台の上に置くと、それまで意識から外れていた時計の音が、やけに耳に響くように感じ始めた。


(時が流れるままに……。ダボは、未来で何を体験したんだろう)


 ビンセントは汚れたベッドで眠る女にも布をかぶせてやろうと境界を探ったが、『布』を想っても、手は亜空間を抜けるばかりである。

 布を切らした事を理解したビンセントは、女性に気持ちばかりの詫びを心で浮かべ、ふっと溜息をこぼした。


(ダボはどこまで体験したんだ、どこまで行ったんだ、どこまで――)

 考えれば考える程、自分の寿命を削ってまで体験したかった事を持っていたダボとケニーの事が酷く恐ろしく感じた。


 境界を渡り次の家へ渡る。

住人は眠っているが、久し振りに時計が機能している家だ。

しかし、今まで通りその家にも置時計を置いた。


 流れ作業の様に置手紙をして次へ渡ると、次の家では魔法照明が灯されていた。

ビンセントの姿を見た住人は、今まで通り驚くと思いきや、今回はそうでもなかった。

 住人はビンセントと変わらない様な年齢の男であり、筋肉は無く痩せていた。

エルフではないが、何とも線の細いような綺麗に整った男である。

一見、この男が奴隷だったとは思えないようだ。

 そんな男がビンセントを見れば、少しだけ目を大きくして微笑んだ。


「急に家にお邪魔してすみません。少し用がありまして」

「いえ、ビンセント様。どういったご用件でしょうか」


 男の喋り方や微笑みも丁寧で、ビンセントは内心少し首をかしげたが、色んな者達がいるという考えで無理に納得させた。


「明日の集会の事で問題がありまして、皆さんに時計を配ってるんですよ」

 ビンセントはそう言いながら置時計を設置した。

これを見ている男は、珍しい事に驚くことが無い。……というより、男は境界を見ていない。そんな男の様子に構わず、ビンセントは続けた。


「これは時計という物で、時間を表す道具です」

「存じております。立派な時計ですね」

「時計を知っているのですね、読み方は分かりますか? 」

「はい。今は、二十三時四十三分です」

「――その通りですね。それでは、明日の集合は指定されている時間にお願いしますね」

「はい。承知致しました。ありがとうございますビンセント様」


 男は丁寧にお辞儀をすると、さっきのと同じように、ビンセントを見つめなおした。

何とも真剣な眼差しで見つめてくるので、再び心の中で首をかしげるビンセントは男と別れを告げて、境界に消えようとした。

 ――しかし、男はいきなり名乗り出した。


「ビンセント様。私の名前は、『サッチ・オール』と申します。以後、お見知りおきを」

「あぁ、丁寧にありがとうございます。改めて、俺は『ビンセント・ウォー』です。宜しくお願いします」


 握手を求めたサッチに答え、ビンセントは左手を差し出して手を握った。

その時のサッチはというと、何故かは知らないが顔がとろけている為、ビンセントは三度目の首傾げを心で終えると、早々にこの家を去った。


(まぁ、確かに奴隷の中にも色んな奴がいたしな。世界広いんだ、おかしなことはないか)

 次の家で最後と考えると、早くカミラ達の元へ帰りたいという望みも強くなり、同時に一仕事終えられるという達成感も感じられる。

 その最後の一軒に、ビンセントは境界を渡って足を踏み入れた。


 家の中は魔法照明が灯されていない為に暗い。

ビンセントは秒間、住人は眠っているものと決めつけたのだが、気配と音を聴いて身構え、ソレを受けた。


「おぉ、自衛の為に戦闘スキルを磨くのは良い事だな」


 青い月明りのみの薄暗い家の中で、長い髪を持つ者が拳を振るって暗躍していた。

ビンセントを襲う拳は全て受け流されるが、その者は拳が駄目と分かれば、低く床に水平に蹴りを繰り出し、ビンセントを転ばせようとした。

しかし蹴り払いは当たることが無く、ただ空を払っただけだった。

 いつの間にか真後ろにビンセントがいた事に驚き、その者は床を蹴って後ろに後退しようとした――が、それも上手くはいかない。

 ビンセントはその者の首根っこを掴むと、駄々っ子のような抵抗を受けながらも魔法照明を点灯した。


「な、あ、あなたはビンセントさんか?! 何でんなところに!? 」

 首根っこを掴まれた、カミラより頭一つ程背の高いような者が、ビンセントを認識すると、猫の様にいきなり縮こまった。


「急にお邪魔してすみませんね」

 ビンセントは首根っこを掴むのを止めて床におろすと、無断で家に入った事をまず詫びた。


「いや、そんなことは良いですよ! それよりすみません、間違えて襲っちゃって。……あの、僕の事覚えてますか? ビンセントさんに……その、名前を付けられた――」


 よく見れば、人体が主体である猫型獣人である。

その姿を、ビンセントは思い出した。


 解放奴隷達に名前を与える際にビンセントの列に並んでいた一人で、一番時間のかかるタイプであった、『決められないのでビンセントさん、良いの付けてください』の第三者だった。


「……うん。覚えてますよ『クロエ・モカ』さんですね」

「そうですよ! 名前ありがとうございます! 」

「いえいえ、気に入ってもらえてるようでよかったです」


 縮こまった態度は変わり、クロエはまるでミルのようなはじけた笑顔をビンセントに向けた。

 ビンセントはクロエの事を、容姿から女だと思っているが、クロエは男である。

そんな事は知らないビンセントは、せっかく手に入れた家に長くいるのもクロエに悪いと思い、今やってきた訳を話し始めた。

 クロエはその場でコクコクと頷いて聞いており、説明も早く済んだ。

境界から時計を取り出して設置をすると、クロエは驚いているが時計の説明を続けた。


「じゃあ、今は二十三時五十分なんですね! 」

「その通りですね、よく読めました」

 ビンセントに褒められたクロエは嬉しくなって破顔するが、猫型の獣人だけあって本当に猫みたいである。


 ビンセントは微かに、自分の召喚獣である『ミーちゃん』の事を想ってみたが、少し解せない想いである。

 ミーちゃんは様子こそ小動物に見えなくも無いが、クロエのような癒し系の小動物としてはどうしても考えることはできず、心で少し溜息をついたのだが、表にも少し漏れた様だ。

 そんなビンセントの様子を見ていたクロエは、自分が襲ったからビンセントが溜息をついたんだと思い込み、手を返して謝罪をした。


「すみませんビンセントさん、僕が襲ったばっかりに……」

 今更にビンセントは、クロエの一人称に疑問を感じたが、無駄に広い考えのせいで、『世界には色んな奴がいる』ということで片付いてしまった。


「いや、あぁ、違いますよ。別の事を考えてたんです。――でもクロエさん武術覚えてるんですね。良いと思いますよ、良いせんいってましたし」


 落ち込んでしまったクロエも褒められれば元通りになるのだ。……元通りというよりは、元より元気になってしまうと言った方が適当だろう。


「本当ですか?! ビンセントさんにそこまで言われたら、僕……」


 ――どこかで見た事のある様な、例えば水着に着替えた後にお姐さんで見たような、ついさっきの男からも見たような、そんな表情を向けられたビンセントは、何かを察知して別れを告げた。


「――それでは、明日の集会は予定時刻にお願いしますね。ゆっくりおやすみなさい」

「はい! ビンセントさん! おやすみなさい! 」


 時計は全ての家に配り終え、必要なことも伝えた。

任された仕事が終わればすぐさま酒場に戻ろうと思ったが、ビンセントが境界から出た先は東部の地中海岸だった。


 真っ直ぐ戻らない意味などは特にない。

ただ何となく海を見て夜風にあたろうとしたのだ。


 波の音が静かに響いている。

 解放奴隷達を一人一人確認した。

皆に共通して言えることは、不安があって希望があるという事だ。

それは眠っている姿からも感じ取れる。

不安があり、希望があるというのは全ての者に言えることではあるが、解放奴隷達にとっては始まりの物なのだ。


 前の自分を思い出して苦笑し、昔のカミラを思い出して微笑み、過去を振り返って改めて思えば、ビンセントの心が解放されたのは全てカミラのおかげだった。

その逆も然り、カミラが解放されたのはビンセントのおかげであった。


 過去を振り返って見ると、物によっては現在が少しだけ楽しくなる。

ビンセントは今、砂浜で一人微笑んでいた。


(帰るか、カミラとミルの元に……)

 ビンセントが海から目を離して境界を開こうとすると、どこからか視線を感じた。

その視線は一瞬であったが、その方向を反射的に仰いだ。


 ……仰いだ。

 ビンセントは我に返り、状況を整理した。

視線を感じて見た先は自分の真上である。

そんなことはありえない。

 上に見えるのは、少しの薄い雲と小さく星が出ている黒い空なのだ。

どうしてそこから視線を感じたのか、自分が今までしてきたことを思い返すと、上空から視線を感じるという事に対して、ある考えが浮かんだビンセントは、背筋が凍った。


(――?! ノースさんか?! )


 考えに浮かび上がったのは、『境界』を使用しての監視。

境界を使えるのは、ビンセントとその贈主である勇者一行の『ノース・エンデヴァー』だけである。


 辺りを見回すと、確かにいなかった者がそばに現れていた。


「ビンセント君―。ごめんなさいね、驚かせちゃってー」


 フードを深くかぶっているせいで、その人物の顔は見えないが、声と雰囲気で分かった。


「――エリスさん。いったい、こんなところで何をしてるんですか? 」


 ビンセントが訪ねてもエリスはフードを深くかぶったまま、顔が見えない状態で答えた。


「なんでもないわよー、ただ移動してただけだからー。……そしたら旅の眼であるノースの目線にー、ビンセント君がたまたまいたから……。その視線にびっくりしたんでしょー? ごめんなさいね、私はその事を謝りに来ただけよー。ビンセント君が考えてるようなー『境界での監視』なんかしてないから、安心していいよー」


「わ、分かりました。旅路お気をつけてエリスさん」

「うん、ありがとねー。さぁさぁー、早くカミラ達の元に戻りなよー。喧嘩してこんなところに来たわけじゃないんでしょー? 」

「喧嘩はしませんよ。では、俺は戻ります」

「うんー。今回はー本当に偶然なんだけどぉ、次会うのはー、だいぶ後になっちゃうねー。じゃあねー」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみー」


 ビンセントは出来る限り心で何も考えずにその場を過ごし、境界を渡って酒場へ戻った。


【酒場ペッシ】

 店からはまだ話し声が溢れてくるが、ビンセントが出ていく前と比べれば大分静かになっていた。

 砂浜で遭遇したエリスの為か気疲れを起こし、人に隠れて境界を使うという考えも起きなかった。

(まぁ、出てった時も普通に人前で使ったし、いいな)


 境界を渡った先は、数台の馬車が停まっている酒場の前にだが、そこから更に境界を超えてカミラ達のいるテーブルへ渡った。


「――ビンセント! お疲れ様」

「ただいま」

 境界を渡った先、一番最初に声をかけたのはカミラだった。

いつものカミラと既に眠っているミルを見て、ビンセントは気疲れが抜けてほっとし、体の力も抜けるように前へよろけた。

その体を支えたのもカミラであり、ビンセントのよろける姿を見て意外だという表情と、何かあった事を察して心配したような表情が入り混じっていた。


「ビンセント! 大丈夫か? 」

「――ビンセント! お疲れさん! 」


 バルカスやダボ、ケニーやシュルツ、ハコも、皆が揃っていた。

 皆は流石に解放奴隷達の家を全て回ってきたんだから、疲れてよろけるのも無理は無いと思っているが、ビンセントを良く知るカミラや、戦闘を共にしたバルカスであれば、ビンセントから疲れが見て取れることは珍しい事だった。


「あぁ、ただいま。――大丈夫だよカミラ」

 少しの間力をカミラに預けていたが、すぐに持ち直して椅子に座った。


「ミルは寝てるんだな、よく食べたかな? 」

「えぇ、美味しい物いっぱい食べて飲んでいたわよ。幸せな顔で寝ちゃって、フフッ」

「よかった――」


 ビンセントはまた力を抜き、今度は椅子に体重を預けた。

暫くつかれ顔のまま微笑んでいると、気を直して空いているグラスに残っている飲み物を注いで一気に飲んだ。

 たまたまそれが強い酒だったので、ビンセントはむせた。

そんなところを見て皆は少し心配しながら笑っていた。

「大丈夫か? ビンセント」

「ぁ、あぁ。大丈夫だ、ダボの時計は全部の家に届けたよ。これで明日は問題無いな」

「助かるよビンセント。明日も早い、今日はここで開くか」


 バルカスがダボの方を見ると、ダボは頷いて金を取り出した。

ケニーはダボから金を受け取って会計を済ませに席を離れた。

 ダボから話を聞かされたビンセントがそんな二人の姿を見ているが、二人は初めて会った時と何ら変わらずに今を過ごしていた。

(ケニー、本当に後三年で死ぬのか。……知ってて、あんなに楽しそうにダボ達と接してるんだよな)


 ビンセントの視線に気が付いたダボは笑ってこた。――お決まりである。

ダボの笑顔を見ていると、笑い誘われるのだ。

ビンセントは小さく失笑して、カミラと眠るミルを見て納得した。

(今で大切な存在といれるんだもんな。死は後回しか、……間違いないな)


 視線に気が付いたカミラは、ダボとは違う笑みを見せた。

お決まりではあるが、カミラの笑顔を見ているとつい微笑んでしまう。


 少し小腹の空いたビンセントは、ケニーが戻るまでテーブル上に残っていたパンを手に取って、肉が入っていた皿からソースをぬじりとって食べた。

 ソースは冷たく、パンも少し乾燥しているが、不味いわけはない。


「――美味い」


 カミラは微笑み、後に残ったパン二つを手に取って一つをビンセントに手渡した。

自分の手に持つパンはビンセントと同じように、皿に残ったソースを拭きとって食べた。

今思えば行儀が悪いかもしれないが、二人にとっては懐かしいような食事のとり方だ。


「カミラもちゃんとお腹膨れた? 」

「えぇ、私は満足よビンセント」

「それは良かった」


 少しばかり羨ましそうに横目に見るバルカスの視線を感じながらも、そんな間にケニーは会計を終えて戻ってきた。


「ケニーありがとう。――じゃあ、今日はお開きだ。皆、また明日頼むぜ! 」

 ケニーから釣りをもらったダボは咳を立ち、皆を見回してそう告げた。

バルカスは拳を挙げて答え、皆もそれに続くように拳を挙げて答えた。


 宴会のテーブルを離れれば、ダボが馬車を用意した店の前に歩くだけである。

ビンセントは慣れたようにミルを背負って、カミラと並んで階段を降り、店の外に出て行った。


 ダボの姿を確認した馬車の御者は皆に挨拶をして、乗る馬車に皆を誘導して乗せていった。

 ダボとケニーの馬車は変わらないが、残り二つの馬車もダボが用意した物らしい。

今回はシュルツとハコもいる為、バルカスはその二人と馬車に乗り、ビンセントとカミラとミルの三人はまた一つ別の馬車に乗り込んだ。

 ビンセント達の乗る馬車の行き先はいつもと変わらずに、バルカス邸である。


 馬車の中がカミラとミルだけとなったビンセントは、馬車の扉を閉められると扉窓のカーテンを開けた。

 馬車が動き出すと小さな窓から見える景色は百八十度向きが変わり、後は道なりに沿って街路の石面と馬車の車輪が当たる音がガトゴト鳴りながら進んでいった。


 暫く進んだところで、ビンセントはカミラの視線に答えた。


「酒場に戻る前に、エリスさんに会ったんだ」


 これを聞いたカミラは目を開いて驚き、改めてビンセントの無事を心の中で想って安堵した。


 気になることはある。

まず何故会ったのか、何処で会ったのか、目的はあるのかと、考えれば出てくることは多い。

一つ尋ねようとカミラが口を開こうとするが、先にビンセントが全て答えてしまった。


「何の気なしに地中海の砂浜に行ったんだ。そしたら、境界を使ったノースさんの視線を感じて上を見上げたんだよ。嫌な予感がして辺りを見回そうとしたら隣にフードをかぶったエリスさんが立ってたんだ。……心で驚いたことが読まれていたのか、素面状態のエリスさんが俺の考えてることに全て答えた。エリスさんが言うには、本当にたまたま遭遇しただけらしい。俺がその時考えていた、ノースさんが境界を使って俺達を監視している。なんて事も無いらしい」


 ビンセントの説明を聞いたカミラは状況を理解して納得したが、二つだけ引っかかることがある。

 カミラは師匠であるエリスが、また残りのメンバーが決して嘘をつかない事は知っている。

勇者一行が言葉を発すればそれは真実であり、勇者一行にとって都合の悪い事は、ごまかして言葉を濁すのではなく『それは言いたくない』と言葉を切ってくるのだ。

 カミラは、ノースが監視をしているわけではないという事を信じた。

それを疑っているビンセントにその事を伝えた後で、気になることを続けて尋ねた。


「師匠、フードかぶってたの? 」

「……かぶってたな、顔が全く見えなかった」

「素面って? 」

「初めて一行に会った時、ノースさんがエリスさんの事を逆酔い体質みたいなことを言ってたんだ。今日のは酔ってる感じだったから、逆に素面って事だろうな」

「それは、師匠の素面ね……」


 ビンセントから確認を取ったカミラは、少し考えてから、自らの経験を基にした考えを伝え出した。


「師匠は昔からあのフードローブ姿なんだけど、フードを日常生活でかぶる事は無いんだよね」

「そうなのか? 」

「えぇ」

「じゃぁ、かぶる時は? 」


 エリスがフードをかぶる時はどういう時か、カミラは記憶を確認して確かだと言えることをビンセントに向けて伝え続けた。


「師匠がフードをかぶる時は、素面の時にしか見たことが無いのよ。そして、強力な魔物の体内から何かを回収した後ね……。私もその時の師匠の顔を見た事無いわ、フードで全部隠れちゃってるもん」

「強力な魔物から何かを回収? っていう事は、勇者一行はどこかで魔物と闘った後って事になるのか。強力な魔物って、どんなレベル? 」

「私が前話した、十本の腕を持った魔物の事覚えてる? バルカスがその後に絵と贈書で話してくれたやつ」

「あのレベル?! 」

「うん。あの魔物から手紙と花冠を回収してる時とその後は、フードをかぶってたわ」


 ビンセントの中で状況を整理するに、エリスがフードをかぶるというのは決まって強力な魔物との戦闘後であり、魔王が滅びた今現在でもそのレベルの魔物が生息していたという考えになる。


「じゃあ、魔物は完全に滅びていたわけじゃないのか、恐ろしいな」

「いや、分からないわよ。平和になって気分でフードかぶってたかもしれないし。……さっきの私の考えは確かに記憶を基に言ったけど、本当にそう言う規則のような物があるのかもわからないしね」


 カミラは苦笑しながら言ったが、彼女も内心不安である。

しかしビンセントは、勇者一行に言われた言葉を思い出した。


「でもルディさんが前、魔物は全部滅びたって言ってたし。そう言ってたってことは、そうなんだろう」

「お、それもそうね。……あの人達よく分からないけど、嘘だけは言わなかったもん」


 ビンセントはルディの言葉を思い出して安心し、それを聞いたカミラからも心配は吹き飛んだ。

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