28話 『表の凶報』

 昨日の宴会の酔いも醒め、朝日が斜めに注がれる中ハコは自宅からレーン城に向かって出勤していた。

上半身にはバルカスと同じ武器ラック装備を身に着け、バルカスの愛剣と同じ形の、しかし小さくなった剣を背中に装着している。


【レーン城】

 レーン城の門をくぐって中に入ると、丁度出勤時姿のシュルツが部下と話をしていた。


「よー、おはようシュルツ」

「ようハコ。二日酔いは無いか? 」

「大丈夫だよ。かなり飲んだけどな! 」


 ハコが苦笑しながら喉に手を当てて話すと、シュルツと部下も笑いに巻き込んだ。

そんな時である。――ハコの背後のレーン城門が開かれると、慌ただしく息を切らしたシザ東部の城員、つまりはダボの部下が駆け込んで片膝を付いて報告した。


「ハコ様、シュルツ様でありますね?! 」

「そうですが、どうされました? 」


 ダボの部下の報告は、意外な物だった。

それも魔物が滅びた後の時代では前例のない事件の報告だった。


「本日早朝に、東部地中海岸の元勇者の船『メアリー・リース号跡』にて、四人の男女の死体が発見されました。死因は傷口を見る限り、複数のサメに襲われたと考えられます」


 サメ。地中海には確かに存在する。

しかしそれは沖での話であり、メアリー・リースが沈没しているような海岸部ではここ数十年と目撃された話は聞かない。


「サメですか、聞かない話ですね」

「はい。現在東部ラス城の情報機関では海岸部の海水浴場一時閉鎖を検討し、死体四人の身元を調べております。私がレーン城に参りましたのはそのご報告と、是非西部でも海岸部に注意を払っていただきたく思い参上いたしました」


 ハコとシュルツは話を理解すると、ダボの部下の体を起こして立たせた。

「承知致しました、ご報告ありがとうございます。私共も早急に対策を進めて行きます」

「助かります。後もう一つ、手渡しておきたいものがございます」

 ダボの部下は、自分の鞄から大事そうに四枚の念写写真と四枚の文章の書かれた書類、計八枚の書類をシュルツに手渡した。


「これは……、死体の写真ですか」

「さようでございます。東部国王補佐のケニー・ロッチ様が念写されまして、ダボ様の命で西部レーン城に伝え、バルカス様の眼にも通していただきたいとのことです。――付け加えて、ビンセント様方の眼にも通していただきたいとの御命でありました」


 バルカスに付け加えて、ビンセント達にもこの情報を伝えてくれと言われたシュルツとハコは、少しの疑問を抱きながらも顔を見合わせて頷いた。

「承知致しました。必ず念写画像をバルカス様とビンセント様方の眼に見せましょう。西部でも対策を練りますので、お互い協力しましょう」

「ありがたきお言葉です。是非とも宜しくお願い致します。……それでは、私はこれにて失礼致します」


 ダボの部下は二人に一礼をすると、門を抜けてラス城に戻って行った。

 シュルツとハコには事件の情報と死体四人の顔もはっきりとわかる念写画像写真、付け加えて四人の状態考察が記載された書類がそれぞれの画像に一枚ずつが残された。

 ハコは死体の画像を見るなり、シュルツに尋ねた。


「なぁシュルツ。勇者の沈没船跡で死体が発見されたのに、形が崩れてないな。……水死体的な意味で」

「そうだな。男はエルフか、小さい子のは水崩れ以前に、顔がサメに喰いちぎられているようだ。身元の確認は他の三人から割り出せそうだ」

「……とりあえずバルカス姐の館に行くよ。これは早急に伝えた方が良いだろ? 前例が無いんだ、次に被害が出ないとも限らない。私の手で直接伝えるよ」

「あぁ、俺もそう思う。頼めるか? ハコ」

「勿論! 任せて! 」


 ハコは急いで準備をする為に自室に向かおうとするが、思い出したようにシュルツに向き返った。


「あ、シュルツ。私の事務仕事――」

「心配するな。今はそっちの方が優先だから、俺がやっといてやる」

「えへへ、ありがとうよ! 」

 ハコが再び急いで自室に向かおうとすると、今度はシュルツがハコを止めた。

「あぁ、ハコ。馬での行き来は時間的に解放奴隷達の集会に間に合わないだろうから、行きは馬で行って帰りはバルカス姐が許したら一緒にするようにしよう。……まぁ確実に許すと思うが」

「そうだな、そうするよ! それじゃあまた午後に! 」

「おう。気をつけてな、しっかりと頼んだぞ」

「おう! 」


 ハコは今度こそ自室に向かって駆けだした。


【バルカス邸】

 現在時刻は七時二十分。

 馬で駆けてきたハコ・コトブキは、バルカス邸の敷地に足を踏み入れて、苦しさが凝縮されたように地に這ってもがいていた。

(ぐぅ、忘れてた。……私もバルカス姐の館に入れないんだた――ッ)


 身動きをとろうにも体が鈍く重くなり、立った一歩敷地に入っただけでも苦しくて動けない。その為に敷地から逃げ出すのに十分間を要した。


(ふぅ、今後は気を付けよう。……どうしよう、……もう大声でバルカス姐呼ぶしかないよね! )

 館にいるバルカスに何かを伝えるには、館内に聴こえるような大声を出してバルカスに対して敷地外に尋ね人がいるという事を知ってもらうしかない。

 ハコは敷地外からバルカス邸に一番近い場所に移動すると、背の高い垣根とステンドグラスを通して館内に声が通る様に、めいいっぱい息を吸い込んで声を発した。


「バルカス姐ェ――ッ!! おはようございま――すッ! ハコで――す!! 」

 ハコは何度と叫びに叫ぶのだが、彼女はバルカス邸の残酷な機能を知らなかった。


 魔法仕掛けの館と主であるバルカス自身がそう呼ぶように、バルカス邸は現在も魔法によって多種多様な永続効果が発動中である。

 敷地に侵入者が入れないというのもその永続的魔法効果であるが、『外内部音遮断』という効果も付与されている。

 外内部音遮断は、一定を超えた音量が外部または館内で発せられた際に館に張られている魔法が自動的に音を遮断するという物だが、コレは主によって魔法効果を操ることが出来る。

 バルカスがやっている事をあげれば、朝は静かにしたいという理由で一切の音を遮断するという効果に、遮断レベルを最大にしていたりするのだ。

 それを知らないハコは届かない叫びを続けて、声はもう枯れかけていた。


(えぇ――、なんで? えっと、ん? なんで? 私、本気で叫んだんだけどな……)

 親愛なるバルカスに想いが伝わらない切なさと寂しさで涙目になりつつも、ハコはステンドグラスではない館の窓に手を振ってみたりするのだが、やはり反応はない。


(それでもバルカス姐、私はバルカス姐の事が……)

 ハコは任務というよりは私的な感情にとらわれて、伝わらない寂しさを打ち破って口を開いた。

「私は! バルカス姐を愛してるから――ッ!! 」


 最初に比べれば、その声は枯れてところどころ擦れているが、確かにその言葉はバルカスに届いた。


「バカ者ッ! そんな事を外で叫ぶ奴があるかッ!! 」

 その時丁度、音の遮断レベルを下げたバルカスに聴こえたハコの声は、しっかりと館内に響いていた。

 防御性能のある館内に響いているのだ。瓦礫や廃墟で埋めているバルカス邸周辺のゴーストタウンにも、人はいないにしても大きく響いた。


「バルカス姐! よかった、私の想い届いた……」

 自分で言ってる傍から我に返り、恥ずかしくなって途中から声が小さくなる。

そんなハコをバルカスとビンセント達三人は玄関門から出てきて見ていた。


「おはよう。……外で言うべき事とそうでない事はちゃんと分けるべきだぞハコ」

「ご、ごめんバルカス姐。あの、おはよう。ビンセントさん達も、おはようございます」

「おはようございますハコさん」

「……ところで、どうしたハコ。私はこれからビンセント達とレーン城に行くつもりだったが」

「あぁ、そうだよ! バルカス姐とビンセントさん達に報告しなきゃいけない事があるんだ! 」

「――なんだ? 」


 バルカスはハコに対して困った顔をしていたが、ハコの眼差しに真剣な表情に変わった。


「うん。もっとも情報源はダボ様やケニーさんの東部なんだけどね。……東部の地中海岸にある元勇者の沈没船『メアリー・リース号跡』で事件があったんだ」


 ハコは自分の鞄から念写画像を含む書類を八枚出すと、バルカスに手渡して自身が知る事を全て話して聞かせた。


「酷いな。それにサメに襲われたなんて、沖じゃあるまいしな……。分かった、すぐに対策を練ろう。とりあえずは海岸部に注意報と、海水浴の規制だ。二次被害が出ては困る」

「うん、私とシュルツもそう思うよ! ギルドを介して注意を出したほうがいいかな」

「ギルドへの報告は私がする。サメの注意と報告はするが、被害者に関しては公表するわけにはいかん。被害者については身元確認後に片付けていく。先ずは二次被害を食い止めるのが先だ」

「分かったよ! 」


 バルカスは手に持つ念写画像の死体に目を通したが、死体の状態が分かるだけで誰だかを知ることは当然のようになかった。

 バルカスは隣にいるカミラに写真を手渡して見せたが、カミラ達は次第に顔色が変わってきた。

 カミラはビンセントに写真を見せると、二人で目を見合わせた。


「ビンセントにカミラ、その者達が何者か分かるか? サメに襲われたらしいが、水死体としての崩れが無い――」

「この人達は――」


 ビンセント達は、念写された死体の写真に写る者達が何者であるかを知っていた。

というのも、昨日時間を共にした家族だったからだ。


「ダイロンさんだろ。このエルフの男」


 ビンセントが言うダイロンという人物は、昨日の昼間にビンセント達が海水浴を目的に地中海に行った時に出会った人物であった。

 ダイロンはフィリップ一家の大黒柱であり、人の妻との間に二人の子供を授かっていた。

 数時間の短期の付き合いとはいえビンセント達とバーベキューをした仲で、それから一日と経たずにその四人が、正確には顔を確認できる三人が念写画像に死体として写っているのだ。


「ダイロン? 知っているのかビンセント」

「あぁ、昨日の昼間に少しだが、時間を共に過ごした四人家族だった」

「なるほど、この四人は家族か」

「一人の子供は顔が崩れて確認できないが間違いないだろう、フィリップ一家だ。……俺らと別れる時に、勇者一行の使ったブリッグ船を観に行くって言ってたしな」

「フィリップ一家。そうか、助かる」


 ビンセントから入手した情報を頭の倉庫にしまい込むと、ハコにはしっかりとメモに取っておくように伝えた。

 ハコがメモを終えると、確認をして間違いがないように情報をまとめた。


「あの子達死んじゃったの? 」


 不意にミルが発した言葉はビンセント達の胸を苦しめたが、隠す事はしなかった。

「そうだよミル。サメに襲われたらしい」


 ミルは悲しんだが、向かい合っているハコが想像しているように激しく悲しむ様子は全く見せなかった。

 その後ミルはカミラの持つ写真を覗き見ると、目を見開いた。

「わぁッ――」


 カミラはとっさに写真を伏せたが、ミルは子供達の無惨な死体の写真を見た。

「ごめんねミル、辛い思いさせちゃったね」


 カミラはミルに謝るが、カミラとビンセントが全てである彼女は、それほど辛い思いはしていない。では何に対して驚いたのかというと、四人についている外傷の形である。


「ううん。大丈夫だよカミラ! それより、――うーん、リヴェルかな……」


 ミルの言葉に皆は困惑し、バルカスはリヴェルという名を訊き返した。

「リヴェルってなんだ? 」

「リヴェルは海の守護者だよ! 地中海の辺りを守ってたんじゃないかな」

 ミルはそれ以上語らなかったが、守護者がシザの民を襲うという話に納得できなかった。


「守護者が、襲ったのか? 」

「それは、分からないよ……。でもリヴェルはいい子だから、悪い事はしないよ! きっと悪い奴らがリヴェルを悪いふうに使ったんだ」


 ビンセントとカミラが察するに、リヴェルという者はミルと同じような存在であると思えた。

 二人の考えは当たっており、ミルとリヴェルは生まれが同じ身である。

 ……この事に関して知るのは少し後の話だ。


「分かった、ありがとうミル。……ハコ、この事件は何か裏があるとみておこう」

「分かったよバルカス姐」


 いつもの様に変わった様子も無くミルはカミラに抱き着き、カミラは返して頭を撫でている。彼女の心からは既に小さなショックが消えていた。


 バルカスは手短に今後の流れをハコに伝え、ビンセントにも重要なことを伝えて協力を求めた。

 ビンセントは快く受けたが、内心はリヴェルという者を知りたいが為である。

もし昔のミルの様に利用をされている場合は、いち早く解放をしてやりたいのだ。


「まずは城に行こう。集会後で、十五時から会議をする」

「分かった。準備するよバルカス姐」

「あぁ、頼む。ビンセント、境界頼めるか? 」

「もちろんだ」


 ビンセントは境界を引き広げると、馬を含んだ皆でレーン城へと渡った。


【レーン城】

 ビンセントが境界を開いたのは、レーン城一階ホールである。

朝を少し越えた時間である為、皆の仕事にも徐々に勢いが付き、城の者は忙しく仕事をしていた。


「ありがとうビンセント。よしハコ、今からいう者に十五時から二階の会議室で会議をするという事を伝えてくれ。シュルツにバース、クレッチ……」


 バルカスはハコに会議に出席させる者の名前を伝えると、ハコはバルカスに敬礼をしてから、部下に馬を繋ぐように事付けした後に駆けだした。


「ビンセントにカミラ、すまん。今日は朝から昼まで忙しくなりそうだ」

「いいわよ。私達に出来ることがあったら何でも言ってちょうだい」

「あぁ。そうだぞ」

「フッ頼もしいが、ツケが溜まり過ぎて結構恐いな……。ハコが戻ったら早速タラヒン区の瓦礫地に向かおう」


 バルカスは苦笑しながらそう言うと、頭の中で解放奴隷達に伝える事や報告に合ったフィリップ一家に起きた事件の事、ミルの言うリヴェルという者について考えを巡らせていた。

 ハコがバルカス達の元に戻ったのは七時三十七分だ。解放奴隷達が徒歩で集合知に到着するのは、遅いもので八時を越えるだろう。


「お待たせしましたバルカス様、集会の方の準備も完了です。シュルツは先に向かっています」

「分かった、ご苦労ハコ」


 集合時間的には少し早いが、バルカスは集合地点に向かうようにビンセントに頼んだ。


「よし、準備は良いんだな? 行くぞ」


 ビンセントは境界を引き開き、瓦礫地へと渡った。


【タラヒン区】

 既に何人かの解放奴隷達が集まっており、シュルツが皆を管理している姿が見える。


「助かるシュルツ。点呼終了後に集会を開始とする」

「承知しましたバルカス様。既に揃っている者の点呼は終えまして、後四十三名で全員です」

「分かった。時間的には意外と早い、予定通りいけそうだな」


 シュルツはバルカスに敬礼をするとスキル身体強化を使用して瓦礫の高所に登り、こちらに向かってきている解放奴隷達の姿を確認した。

 確認できる奴隷の姿は四十三名と全ての者であるが、中にはどうしても迷ってしまう者がいる様だ。しかし、あくまで自己完結させてこそ意味があるのだから過ぎた協力はしない。――これはバルカスの指示である。

 バルカスの考えでは多少時間がかかってもいいから、迷ってでも集合してほしいという思いがある。

これから勤めに来る場所なのだ、地理情報も覚えてもらわなければ解放奴隷達自身が困るのだ。


 途中ビンセントもシュルツと同じところに行って解放奴隷達を見守るが、バルカス達の考えに同じくして、余程の事でなければ協力はしない。

 ただ、その余程というのは個人差がある物で、真逆の方向に行っている者に対しては境界を開いて家まで戻してやり、道案内をしてやったりした。

 他にビンセントが手伝った事と言えば、分かれ道で迷っている解放奴隷のもとに上半身だけ出し、指を指して方向を教えてやったりだ。

 何度か協力をしてしまったことで、時折シュルツに苦笑いをされたりしたが、ビンセントはその度に謝った。


 解放奴隷達が全員広場へ集合し、点呼を終えたのは八時四十五分だ。

バルカスの考えより少し早く集合が完了していた。


 整列された解放奴隷達の手は手ぶらである。

そんな者達にバルカスは声を張って説明を開始した。


「皆、おはよう。よく集まってくれた! これから皆の仕事について説明する」


 バルカスの指示でシュルツは鞄から書類を取り出し、ハコと、付け加えてビンセントとカミラにも手伝ってもらって列になって配ると、一枚受け取ったら後ろに書類をまわすように解放奴隷達へ指示を出した。


「その紙に書いてあるのが、これから皆にやってもらう仕事だ。……紙に書いてある通り、まずは現在皆がいるこの地、『タラヒン区』の復興をしてもらう。仕事内容はそれぞれ紙に書いてある通りだが、力仕事が多い――」


 話しに少しだけ間をおいて、皆が声に耳を傾けているのを確認すると、バルカスは皆を見回して話を続けた。


「これから皆には希望する仕事を決めてもらい、前の様に列になって私達に報告してほしい。やりたい仕事を遠慮なく希望しろ。出来る限り希望通りになる様にこちらで調整する。これから三十分間時間をとるから、よく考えてくれ」


 解放奴隷達の仕事選びの為に時間を置きながら、バルカスはそれぞれの仕事について出来る限り詳しく説明した。

 仕事は殆どが力仕事だと思ってもらいたいが、どうしても力仕事が出来ない者は軽作業の仕事に希望を入れる事を勧めた。

 解放奴隷達は各々希望を決めていくが、中には集団になって考える者もいる。

そんな中で、時間はまだあと五分程あるが、解放奴隷達のざわめきが消えて静かな整列状態へと戻った。

 頃合いかとみたバルカスは、再び皆の前に立つと声を発した。


「よし。皆が希望の仕事を決めたようなので、早速報告してもらう。今から我々が名前を呼ぶから、呼ばれた者はその列に並んでくれ」


 シュルツは事務作業机と椅子を召喚して、それぞれ受付役となるバルカスやハコ、ビンセントとカミラに必要な物が用意された。


 シュルツに渡された書類を見ると、国民登録書のコピーと魔力から簡単に割り出された適正結果の書類がある。

 これからビンセント達がやる事は、その書類に書かれている名前の者達を呼び集め、仕事の割り当てをしていくのだ。


「よし、じゃあ始めるぞ」


 名前を呼んで集め、短時間で列が出来上がった。

その後の仕事割り当てもスムーズな物で、思ったように解放奴隷達は進んで力仕事を選んでいた。むしろ材確認と食料確保の軽作業人員が少しだけ足りないくらいである。


 希望を聞き終えると、解放奴隷達を待機させて集計をした。

結果は、受付していた時と同じく力仕事希望の割合が圧倒的に多い。


 この結果を見たバルカスは、それぞれの書類全てに目を通すと、適正的に管理業に向いている者を弾き出した。


「うむ、この者達は管理の方に回ってもらおう」


 バルカスはそう言うとそれぞれの担当者に書類を戻した。

「お、『サッチ・オール』君か、確かに管理には向いてそうだな」

 ビンセントは昨日の事を思い出すに、サッチ・オールという人の男は、元奴隷と思えない程に教養のありそうな人物であった。

「そのようだな、頼んだぞビンセント」

「分かった」


 ビンセント達は持ち場の机に戻り、管理業務に移動させる者の名前を呼んだ。

呼び集めた者達に状況を説明するとその者達は了承し、一般の力仕事から管理業務に移ることに同意した。

 それに加えて業務情報の記載された書類を一枚ずつ配布し、解放奴隷達は元の列に戻って行く。


 各受付で仕事の割り当てが全て定まった。

 決めることが全て決まった今、バルカスは見晴らしのいい瓦礫の山に登って皆に伝えた。


「皆、ご苦労だった。これで準備は整った。明日からは実際に仕事をしてもらうが、就労規則や各業務別の詳しい仕事内容と、今後の予定について皆に伝えておく。――それと、明日の作業に必要な道具や材は全てこちらで用意するので、その担当に就く者は今後に備えよく聞いて理解し、分からなければ遠慮なく質問をする事。それでは説明を始める」


 バルカスはこれからの労働に付いて詳細に説明した。

 一週間中五日の勤務で祭日や忌日共に全て休みである事や、就労時間、解放奴隷達には縁の無かった賃金についてや各手当等の説明を進めて次に移る。

 業務の内容は管理職から一般業務に別れるが、管理職はその日の作業進捗確認から材の発注や既存数管理、国家に対しての報告業務などがある。その他には食料の仕入れから調理、昼休憩での炊き出しの仕事があり、無ければ始まらない部分である。

 管理業務外の一般業務の者は全て力仕事であり、割り当てられた場所の復旧作業を進めて行く。

 先ず最初に割り当てられる現場は、現在集合しているタラヒン区のこの地であり、明日から数年間は通う事になる。


「材の発注はレーン城の下にある建材屋を付けるから、その者達に必要な物を全て伝える事。勿論だが、日付は三日程度の余裕は見て、希望日付に発注をしてくれ。発注を受けた建材屋は決められた日の午前までには材を持ってくる。その時質問がある場合は遠慮なく聞くがいい。……報告についてだが、レーン城の西部復興部という組織を付けるので、その者達に分からない事の質問や報告をしてくれ。――この、『シュルツ・シス』がその西部復興部の隊長だ。今後の為、よく顔を覚えておいてくれ」


 シュルツは皆の見える場所に移動すると、一礼をした後にバルカスを引き継いだ。

「皆。私がこれから皆を指揮する西部復興部のシュルツ・シスだ。これから宜しく頼む」


 解放奴隷達は返してお辞儀をし、復興部の存在とシュルツの顔を改めて頭に深く入れ込んだ。


 数時間が経ち、集会の目的は全て達した。

解放奴隷達は途中で座るように指示された為に皆地に腰を下ろして注目をし続けているが、話す事が済んだまとめ役たちはそれぞれに尋ねていた。


「他、無いか。――シュルツ、言っておくことは? 」

「ありませんね。集会の目的は達しましたよ」

「だな。……ビンセント達、最後になんか言っておくか? 」

「……そうだな、じゃあ」


 ビンセントは話す場を貰い、解放奴隷達の前に立った。

闘技場以来の集中視線を浴びているが、別に怖気付くわけでもなく普通に喋り出した。


「皆さん! ――これから仕事が始まり、シザ国民としての生活が始まるわけですが、何も焦る事はありません。今はまだ緊張しているかもしれませんが、数年生活を続けるうちに自然と馴染んできます」


 ビンセントのスピーチを聞いている中に、カミラは何故か自分が恥ずかしくなり、たまらず小さく失笑した。

ミルはと言えば、皆の前で話すビンセントを憧れの視線で見つめていた。


「もう、今の時間は十二時五分です。私は昨日、東部統制の国王ダボ氏から置時計を受け取り、それを皆様一台ずつ配りました。――時計は読めるようになりましたか? もう昼時なんです。皆も腹が減ってきている時刻でしょう。私なんかはさっきから腹が鳴っています」


 ビンセントは自分の腹をさすって見せると、解放奴隷の中から小さく笑い声が聴こえてきた。

その中には双子も含まれており、妹の方は恥ずかしそうに自分のお腹をさすっている。

 皆を一度見回すと、バルカスに集会終了の可否確認をして続けた。


「私はもう腹が減ってたまりません。限界なので、集会はこれにて終了させていただきます! 皆も早く家に帰り、昼飯を食ってください! その後も自由です。家の掃除をするもよし、明日の為に体力を回復させるのも良しです。明日から、宜しくお願いします! 」


 ビンセントが両手を挙げると、どこからか湧く高鳴りが為に解放奴隷達は合わせて叫んで拳を天に挙げた。


 その姿を見ていたバルカスとカミラは驚いていた。

決してうまいようなスピーチを言っているわけでもないのに、群衆を沸かせたのだ。

何とも言えない様な、頬が緩むようでありながら、赤くなる気になる。


 ビンセントは皆の前から退いて元の位置に戻ると、後をバルカスに任せた。


「ありがとうビンセント。では皆、解散!! 」


 バルカスの一言で、皆は散り散りに自分の家へと戻って行く。

ただ何人かはビンセント達の元へと寄ってきた。


 アークの双子にクロエ・モカ、ニッカ・メイランにサッチ・オール……、寄ってくる者達は皆、今後ビンセント達に深く所縁のある者達になる。

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