26話 『時の警告』

「ハコには今まで通りレーン城で働いてもらい、遅くても十九時には双子の家に帰らせることにした。双子の家があるバルド区は、レーン城のあるサンタ・ドルチェ区の隣なんだよ」


 バルカスの説明をハコが引き継いで続けた。

「隣の区と言っても、バルド区の端ですからほぼ同区内なんですよ! 城から歩けば三十分くらいで戻れますよ! 」


 楽しそうに語るハコからは、ちょっとした母性本能がうかがえる。


 双子の家に住む事になったのはバルカスの命令の為だが、敬愛するバルカスの命とは言え、その時のハコ自身はあまり乗り気ではなかった。

 理由とすれば、子守の様な事をするのは生まれて初めての事だからである。

自分が双子を守り、しっかりと世話をする事が出来るかが不安だったのだ。


 しかし不安は双子を家へ案内してその場を去った時がピークだった。

時が経つに連れ、あの双子をどうしても守りたいと思うようになり、数時間後の今ではバルカスの命令としても、自分の気持ちとしてもノリノリである。


「だから安心してくださいカミラさん、ビンセントさん! 双子はこの私が絶対に守りますよ! そして立派な大人にして見せます! 」

 ハコの意気込みにビンセント達は微笑み、礼を言った。

「ありがとうございます。安心しました、宜しくお願いしますねハコさん! 」

「私からもお願いね。世話に関しては、双子はしっかり者みたいだしいいと思うけど、宜しくね」

「ハコ頑張って! 」


 ビンセント達三人の礼と応援を受けたハコは、酔っているわけでもないが、感情豊かに涙を流して喜んだ。

 「皆さん、あ、ありがとうございます! 私! ――頑張ります! 頑張りますよバルカス姐! シュルツ! 」

「あぁ、頼んだぞハコ。何かあったら私も駆けつけるよ」

「国務は変わらず忙しいが、国務を無理しなくていいぞ。バルカス姐の命令だし、双子優先でいいぞ。――ですよね? バルカス姐」

「あぁ。そうしてくれていい」


 バルカスとシュルツからも応援されたハコは、とうとう気持ち酔いをしてしまったようで、涙腺は変わらず緩いが、破顔して顔も赤くなった。

「よし、私やるからな! 双子明日待ってろよ! 」

 ハコはそう言ってグラスの酒を飲み干した。


 ハコが勢い付き、解放奴隷の話にバルカスは乗って行った。


「明日は解放奴隷達に第一の招集をすることになっている。招集理由は、全員が同意した労働の事についてだよ」

「約百六十名だったか、凄い人数だな。これで西部の復興も進むだろう! 」

「あぁ、ダボの言う通り労働は西部の復興だ。――暫くはな」


 約百六十名。確かに大した数ではあるが、皆が皆同じことを同じように熟せるとは限らない。

 復興作業の多くは力作業になる。

瓦礫と化している建物の不要な材の除去搬出、崩れかけている石積みの削り出し等の初期作業から、整った廃墟を再築する為の材運搬と組み立て等がある。

 中には力作業ではない仕事もあるから、力の無い者はそういった仕事をする事になる。

仕事には瓦礫内にある材の中で再利用可能な物を識別したり、作業進捗の記録付けや報告書の作成といった事務仕事もある。

 その他復興に無くてはならないのが人数分の食事だ。

朝夜はそれぞれが食べるが、昼は作業現場で炊き出しが行われる。

 食材の仕入れから調理、配膳といった仕事もある為、仕事が無いという事は無いはずだ。


 明日は朝から、解放奴隷達に割り当てた住居から平等な距離を取って『タラヒン区』の瓦礫地に、労働に同意した解放奴隷達全員は勿論、バルカスやハコにシュルツを含む皆が集合する。


「西部の復興をするが、復興といっても仕事は多種多様なんだ。まぁ、賢者がいればすぐ終わる話だが、私としては金と時間を使ってでも解放奴隷達に力を合わせてやってもらいたい」

「俺もバルカスに賛成だ。それでこそ本当の意味での解放だろうな」

「そうね、それが一番いいと思う」

「確かに賢者を五人も雇えば一区が一日程度で終わるだろうが、解放奴隷達には何も影響が無いな。俺もバルカスの意見に賛成だ! 」


 西部の復興を解放奴隷達にやらせるという事は、解放した時から決められていた事だが、賢者を雇わずに、心のケアや習慣の為にも解放奴隷達の力を主力として達成させるという事に意味がある。

 その事に対してはビンセント達三人を含み、ダボとケニー、ハコにシュルツ全員が意見一致となった。


「集合してやる事は仕事の説明と、解放奴隷達がそれぞれどの仕事に向いているかを確認する。まずは説明した後全員に希望を聞くのがいいだろうな。それから割り当てようか」

「それが良いと思います! 希望でも偏ったら、その者達の適正で判断すればいいですね! 」

「そうだなハコ。俺もそう思うよバルカス姐」


「うん。場所は同意書に書いてあるし、後は配ったシザの地図を見ればその通りの場所に集合してくるだろう。――ただ時間が分からない者がいるかもしれないな」

 バルカスの言葉にテーブルを囲む七人は虚を突かれたように、またビンセントとカミラ、ハコとシュルツは思い出したように口を開けた。


「確かに、私も最初時間読めなかったわ。ビンセントに教えてもらったけど……」

「俺も最初は読めんかったよ、周りの人観察して覚えたが……」

「確かに時間を読めない者はいるでしょうね。時間が読めても、そもそも割り当てられた家に時計が無い方が多いですし……、あるけど壊れてるのもあった様な――」

「しまったな……。完全に忘れていた」


 バルカス達は大切なことを忘れていた。

しかし考えても解決策はなかなか出てこなかった。


「……家に食い物が届けられるのって何時くらいなんだ? 」

 ビンセントの質問に答えたのは、食料手配をしたシュルツだった。

「配達時間にずれが生じますが、六時から七時の間には全ての家に食べ物が送られる予定です」


 配達時間を聞かされたビンセントは少し考えたが、境界を開いて地図とペンを取り出した。

「俺が今から全部の家に回って、『飯食った後に家を出て集合』って伝えてこようか」


 ビンセントの言葉を聞いた全員は目を丸くして注目していた。

確かに彼ならば出来ない事は無いが、何ともおかしな考えである。

 ビンセントがそう言いだしてからは何故か考えるような頭も起こらず、ダボなんかはついでにといったように望みを付け足してきた。


「ビンセント、やってくれるか?! 」

「あぁ。別に足使うわけじゃないし、家の中に境界開いてこの場で伝えれば済むからな」

「じゃあビンセント。ついでになんだが、俺の持ってる時計を、時計の無い家に置いてきてくれないか。壊れている家にも頼みたいが……」

「別にいいが、そんなこと言ったら大量の時計が必要になるだろ」

「そう言う事は心配するな。俺の時計在庫がある」


 ダボはそう言うと席を立ち、テーブルを回ってビンセントの後ろまで歩いてきた。

するとダボは、ビンセントの広げた地図に指を指して、自分の倉庫の位置を示した。


「約百六十人だよな。念の為百七十台の置時計を持って行ってくれ、俺が案内するよ。後……、この借りも付けといてくれないか。ビンセント達が何かで困ったら、俺達はいつでも動くよ」

「別にそんなのはいいが、――じゃあ案内頼むよ」


 ビンセントも席を立つと、境界を開いて中からカミラとミルの『帽子』を取り出した。

解放奴隷達に会う前にあえて外したものだ。

訳は、こちらの身なりが過ぎるとよく無いからだ。

 服ならば解放奴隷達も身に着けている者が多いのでいいが、帽子等の装飾品の類は解放奴隷達を威圧してしまう可能性があった。


 実際、今でこそそんな事は無いが、ビンセントが初めて貴族と対面した際は、奴隷時代を思い出して反射的に恐れたのだ。

 下手な事をすれば捕まって売られ、使い尽くされた後に殺されるといった恐怖が、心に余裕の無い、奴隷から解放されて時が多く経たない者はどうしても思ってしまうのだ。

それが例え帽子の一つでも、少し豪華な指輪一つでも同じことが言える。


 解放奴隷達が慣れるまでの間は、無駄に恐れさせるような事はなるべく避けるべきであり、それはビンセントだけの思いではない。

 港の路地でミルに帽子を外すように言った時はしぶしぶ応じたが、ビンセントとカミラが訳を話すと表情に慈愛の様な表情が宿って快く帽子を外してくれた。

 理解あるのはミルだけでもなく、元奴隷であるバルカスやハコ、シュルツも同じ思いだった。


 ビンセントが帽子を取り出すと、ミルが食べ物を置いて手を拭いた。

「おぉ――ッ! 」

 ビンセントから帽子を受け取ると、嬉しくなってまたかぶった。――ミルの瞳と爪の色と同じ赤色のベレー帽だ。


 ミルの帽子を見たバルカスは微笑んでいた。

「よかったなミル! 帽子買ってもらえたんだな! 」

「うん! ビンセントに買ってもらった! 」


 ミルを撫でるカミラにも、黒の大きな帽子が手渡された。

「それカミラの帽子か? ――かっこいいな」

「ふふ、ありがとう。ミルのと一緒に買ってもらったんだ」

 カミラも席を立って帽子をかぶると、ミルと一緒になって一回転し、皆にその姿を見せた。


 ダボから口笛が吹かれ、他の者からは拍手が起こった。

「カッコよくて綺麗なカミラちゃんに、可愛さが極まるミルちゃんか、羨ましいなビンセント! 」


 ダボがビンセントをはやすと、表情は微笑んで胸が鳴った。

「自慢の仲間だからな」


 ビンセントは目線をカミラとミルに落として向け、二人の頭を撫でると境界を開いた。

「少し行ってくるな」

「あら、私も行くわよ」

「ミル達と一緒に食べててくれ、似合ってるよ帽子」

「ビンセントが選んだんだもん。――じゃあ、行ってらっしゃい。また後でね」

「あぁ」


 ビンセントに微笑んでカミラは帽子を外すと、ビンセントがダボと共に境界に消える時同じくしてテーブルに振り返って席に座った。


【ダボ・ラス 貿易倉庫】

 ダボが半個人で所有する貿易倉庫は、シザ東部の外れに地上施設と地下二階の階層を持って在った。

 地上倉庫にある物は出入りが多い商品で、出入りが多少少なくても、重量のある商品は地上に保管されている。

 地下に行けば行くほど、保管されている物は古いものだ。

そんな物の中には、世紀越えの年代物があるので、ただ不要な物を地下にため込んでいるわけではない。


 『半個人の所有』というのはただの倉庫ではなく、云わばダボが遺しておきたい物が保管されているという事だろう。

 実際、魔法照明に照らされてビンセントの眼に映る物は、今の新しいシザの中では手に入らない物が多い。


 倉庫地下二階に入ってからというもの、微かな時計の音が何処からともなく響いて、うす暗い地下に伸びる巨大な石柱の間を抜けていく。

 時計の音を気にしたビンセントは辺りを見回すと、何台か連なっている物に眼がとまった。


「でっかい軍馬車……じゃないな、コレは――」

 軍馬車の様な重厚な馬車をビンセントは見ていたが、実際これは軍馬車ではなく、かつて先人が使用していた輸送車だ。

 おりの様なワゴン部分は奇妙なほど綺麗な状態に保たれている。

中を覗けば、詰められていた者達の姿が見えるようだった。


 この輸送車が何を輸送していたかは、ビンセントの反応を見れば考えるに難しい事ではない。


「それは奴隷輸送車だな。俺の前の前の王が使ってた物だ」

「――ずいぶんな物を保管してるんだな」


 ビンセントは少し喰いつくように言ったが、ダボの考えている事が分からないでもない。

ダボはその場で止まり、自分が保管している物を見回した。


「気に障ったなら謝るよ、勘弁してくれ。……ここにある物は、俺への、俺の後の世への戒めだ。だから、遺している」


 馬車は連なって保管されている。

列に連なる馬車の中で最も忌々しい物は、魔女狩り時に使用されていた見世馬車、またの名を『餌入れ』と呼ばれるワゴンだ。


 ビンセントが直接それを見たわけではない。

魔女狩りが行われていたのは遠い昔。――その時代に接することはありえないはずなのに、ダボの話を聞いていると、バルカスから聞かされた話を知っているだけ、頭に様子が映し出される。


「酷いもんだよ。俺は絶対にそうさせないし、今後の世にも起こさせない」


 魔女狩り、魔女とは魔王崇拝者の女の事である。

『キースの愛』を説く者達だ。俗に言えば、それは変換されて『魔王崇拝』を説く者達となる。

 女性を選んだ理由として、肉体構造的な見世物になるという点がある。

 魔女とされ、ワゴンに収容された女達は、モノを買った貴族の目の前で犯され続け、肉体的機能が停止した後は、ワゴンが特定の魔物が生息する場所に放置されて餌として消えるというわけだ。

 魔女を喰った魔物は犬型の魔物だったらしい。

ダボが知った理由としては、捕食後の跡形が残らないからだ。

 ――では、魔王崇拝者の男はどうなったか。

ダボ曰く男は皆、国が行っていた魔法スキル実験のサンプルとされていたらしい。


 時が刻まれると、次第に魔王崇拝者の存在認識は薄れた。

そう言う者達がいたという事を現在知っている者の方が、表立っては皆無、裏で知っていたとしても限りなく少ないだろう。

 これを話しているのはダボである。という事は、ダボは知っていたという事になる。


「ダボは、贈書の内容を知ってたのか? いつしかデュラハンの話がされた時、知らない風だったが」

「……まぁな。 それは少し前に教えてもらったことだからな」


 ダボは微笑んでそう言うと、再び倉庫の奥に向かって歩き出した。

ビンセントはダボの言い方が何とも気になって、後ろから尋ねた。


「なぁダボ。バルカスもそうだったが、なんか俺達に隠してることがあるんじゃないのか? そりゃ話せない事もあるだろうけどな」


 ダボは秒間には答えなかった。

相変わらず、歩けば歩くほど時計の音は鮮明に大きく響き出す。

ダボはただ、倉庫内を歩いて、二分程経ってから答え出した。


「初めてビンセント達がシザに来た時、俺は国王の情報網を使って知ったと言ったよな」

「そうだっけ? ……まぁ確か、そんなようなことを言ってた気がするが――」

「今更だが、あれは嘘だ」


 ビンセントはただ黙って、話の続きを促した。

ダボは小さく笑って続けた。


「いくら一国王でも、そんなこと分るわけがない」

「じゃあなんなんだ? 」

「ビンセント達に能力がある様に、俺にも能力があるって話だよ」


 ダボは再び足を止めた。

ビンセントも足を止め、ダボから目を離して前方を見た。


 その時には、今まで響いてきた時計の音が全て一つに重なり、確かに時を一つずつ刻む音が聴こえるのだ。

それもそのはず、ビンセントの視界に広がるのはおびただしい数の置き時計だ。

ただ、剥き出し状態の時計の他にも、時計が納められる程の大きさを持った木箱も数多く重ね並べられていた。


「着いたぞ、コレを持ってってくれ。全部動くと思うぞ、一応期間的に検品してるしな。永続魔法式だから術式に沿って動き続けている。だから時間も狂ってない。いい時計だぞ」


 何故、こんな遺す物で埋められた倉庫地下二階に、大量の同じ時計が保管されているのかがビンセントには分からない。

 時計が置かれているのはどうやら倉庫の端の様で、壁が見える。

壁を見れば、掛け時計も掛けられてあった。


「時計は、未来を刻んで現在に伝え、そのまま過去に流すんだ」


 ダボは箱に入っていない大きな置時計に手をのせると、ビンセントを横目に見て続けた。


「時計が刻む未来を、俺は『体験することが出来る』。能力の『未来』でな」


 能力『未来』。未来を体験する能力で、ダボは確かに体験したのだ。

――バルカスの最期を。


 ダボはビンセントに全て伝えた。


 能力『未来』で体験できる未来は決して多い物ではない。それなのに、使用するには高いリスクが必要だ。

リスクとは、体験した未来分の寿命を能力者の寿命から引いていくというものだ。

 未来が体験できるからと言って、未来を変えられるかはまた別の話になってくる。

実際にバルカスの最期を変える為に使用した時間は七日間だが、ダボの寿命は二十一年間が削り引かれている。


「お前……」

 ビンセントは出来る限り、考えても仕方ないのに、過去に振り返って解決策を必死に考えていたが、ここは現在である。

確定された現在では、過去は変えられない。


 ダボは大きく笑って見せた、いつもの明るい顔でだ。

ビンセントはその笑顔と笑い声をさかのぼって思いだすが、この男がどういう気持ちで笑っていたのかを考えると、冷や汗を垂らさずにはいられなかった。


「因みにケニーも能力者で、あいつは『過去』だ。俺の能力の過去版だよ」

 突如の切り替えにビンセントは目を見張った。

対するダボは、さっきとは変わって少し悲しそうな表情となった。


「あいつは、元々学者でな。それも研究熱心過ぎる学者だ。それに付け加えて、贈書の研究を影ながら主体にしていたよ」


 ダボ曰くケニーは魔王崇拝者の一員であり、今無き『エンデヴァー教徒』だった。

ダボがケニーを見つけて寄せるまでは贈書と本の虫であったらしいが、ダボ自身はその事を詳しく知らない。ただ、研究熱心過ぎるという事だけは言えるのだ。

 そう言える理由としては――


「……これはどうにも変わらんのだが、ケニーは後三年と八ヶ月で死ぬ。寿命でな」


 能力を駆使して過去を体験し過ぎている中に、寿命が削れているのがダボには分かったからだ。


「もうケニーには過去を覗かせないようにしてるが、俺がもっと早くからケニーを探していればな――」

「お前もだぞダボ。もうそんな能力使うなよ」

「はっはっは! ――今回のは、仕方が無かった。正直参るよ」


 二人共が黙れば、この場を支配するのは時計の音だけだ。

笑った後、気持ちが溶けるように言葉が消えていったダボは、明るさをかぶってビンセントに礼を言った。


「だから、ビンセント達には感謝してるんだ。しきれない程にな。……ようやく見つけたんだよ。どう体験しても、バルカスは必ずあの時死んだ。だが、ビンセント達だけが救えたんだ。ビンセント達以外ありえなかった。ミルちゃんがドラゴンだって事も知ってるし、ビンセント達が何者なのかも、何者になるのかも体験の過程で知ったよ。……あ、この事公開するつもりは無いから安心してほしいがな」


 涙流し膝をつくダボを、ビンセントは手を取って起こさせた。

「俺がどうこう言えることは無いが、無茶はよせよ。せっかく幸せ得たんだから、それ以上削ることはよそうぜ」


 ダボは濡れる顔で微笑んで頭を押さえた。

汚い顔の大国王は、何でもないちっぽけなはずの人間に心を救われている。


「ビンセント以外にあり得ないって言ったが、実際救える者は他にもいたんだ。……だが、俺はそいつらに心を許すことが出来ない」


 ビンセント達以外にあり得ないと言うが、実際はバルカスを救えた者もいたと言う。

どういう訳なのか、怪訝な顔でダボを見返すと、ダボはあえてビンセントから顔を背けて言った。


「俺が勇者達のファンだと思ってるだろ」

「勇者一行? ……確かにダボは好きそうだったな」

「違う。違うんだ、本当は。――勇者一行には気を付けろ」

「ダボ? 」


 ダボは、顔こそ見えないが、いつもと明らかに声が違った。


「特に誰に気を付けろとは言えんが、あの三人に気を付けろ。――すまん、コレだけしか言えん」


 ダボは淡々と早口でビンセントにそう伝えたが、ダボの様子を見るに冗談ではない事は確かに解る。


「……つまらんこと言ったな。この時計、境界で持ってってくれ」

「ダボ、お前大丈夫か? 何かあったのか――」

「いや、大丈夫だ。それよりも、長く話して悪かったな。ビンセントにだけは、伝えておきたかったんだ。さぁ、もうこの事に構わないで。解放奴隷達に時計を運んでやろうぜ」


 ダボに念を押され、ビンセントは境界で時計を呑み込んでいく。

 時計の数は、解放奴隷達の家に運ぶ分を呑み込んでもまだ多く在り、相変わらず倉庫の中は時計の音が響き続けている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る