24話 『解放奴隷の安心』
【ラス城】
「ダボ、お邪魔するよ」
「よう! 来たなビンセント達! 」
ダボの言葉を受けるビンセントは、相変わらずデスクワークに励むダボに向けて一言いい、その後はソファーに座ってくつろいでいるバルカスの姿を見て尋ねた。
「体はどうかなバルカス。大丈夫か? 」
「あぁビンセント。もう大丈夫だ、ありがとう」
バルカスはそう答えると、ソファを立ってビンセント達の元まで歩み寄った。
「おかげさまで休めたし、色々整理できたよ。西部へ行こうか」
「それは良かった。行こう」
バルカスは振り返ってダボに言った
「終わるのは二十時位になるかもしれない。また酒場で会おう。ハコとシュルツも来るからな」
「おう、またな! 」
ダボの返事を聞いてバルカスは手を振って答えると、ビンセントが開くレーン城へ繋がっている境界を渡った。
【レーン城】
境界を超えて玉座の間の隣にある寝室へと渡ったが、誰もいない。
その様子を確認したバルカスはビンセント達に言った。
「一階に行けないか? 一言声を掛ければ飛んでくるはずだ」
「分かった」
ビンセントは一階に境界を開くと、そこには数は多くは無いが、確かに人がいた。
その中にはシュルツ・シスの姿が見えた。
バルカスが声をかけると、多くの書類と大量の鍵を持ったシュルツは、隣にいる部下に何か事付けをすると駆けて寄ってくる。
「バルカス様! お体は大丈夫ですか! 」
「あぁ大丈夫だ。それよりハコはどこにいる? もう行くぞ」
「ハコなら今二回の部屋で書類作成をしています、もう終わる頃だと思います」
「分かった、じゃあハコの元に行こう」
バルカスは状況を確認すると、ハコのことを思い、あえてビンセントに境界の使用を頼む事は無かった。
時間をかけて、歩いて迎えに行くことにしたのだ。
バルカスが歩く後を付いて行くシュルツを含める四人は階段を登り、ハコの部屋にまで廊下を遅いペースで歩いて行った。
とうとうはこの部屋の扉の前にまで行くと、バルカスはノックを三回して扉を開いた。
「バルカスだ。ハコ、入るぞ」
バルカスの予想通りなのか、ハコは焦った顔で扉を駆けるバルカスを見ていた。
「バ、バルカス姐! すっみませんもうちょっとなんですよ! 」
どうやら書類作りがまだらしい。
シュルツが持っているよりは少し少ないが、散らばった部屋の中で書類の束を何度も何度も確認している姿が確認できた。
「どうだ? 出来そうか? 」
バルカスが近づいていくのでビンセント達も付いて行くが、ハコが作成していた書類は何かの申請書類らしい。
その証拠に『法印』を押す箇所が円で描かれているのだ。
「まだ終わってなかったのか、どこが分からないんだ? 」
シュルツも背後から書類を確認するが、その眼には別段間違っているようにも書類枚数が足りないようにも映らなかった。
「いいんじゃないか? 出来てるじゃないか」
「間違ってるかもしれないじゃない! 」
『間違っているかもしれない』と言ってハコがこの書類の束を見返した回数は今で八回だ。
三回目あたりで誤りを二ヶ所見つけて訂正してからは、その書類は完璧になったが、彼女からすれば心配だったのだ。
シュルツが見ても完璧に見えたので、ハコの肩を叩いて安心させるように言った」。
「大丈夫だハコ、もう少し自信を持て。完璧じゃないか」
「まじで?! シュルツが言うならいいのかもねー! 」
一言、書類作成能力の高い者がそう言うようなことを言えば、まとわり付いていた疑念はなぜか一気に消えるのだ。
ハコは疑念が消えてからは、鍵束と法印と必要書類、それ以外に必要な物を集めて一つの鞄に詰め込んだ。
「はい、シュルツ法印ありがとう。……」
ハコは何故かシュルツに法印を渡すと、鞄と共に受け取った。
シュルツは自分の書類と法印をその鞄に詰めると、バルカスの前に集合した。
「……ハコ。もしかして、法印を失くしていたのか? 」
「――ハイッ! 」
偽りなく、隠す事無く答えたハコだが、目は泳いでいた。
「実は鞄と共にシュルツに借りていたのですが、よく探したら在りました! 」
この答えに溜息に似た息を洩らすのはシュルツである。
書類作成するまでハコは、自分の鞄を失くした思っていたのでシュルツから借りると、
それに必要書類を入れ、農地に出向いて仕事をこなしたのだ。
問題はその後、レーン城に帰った時である。
ハコはシュルツに鞄を返すのを忘れ、更には法印もどこかにやってしまったと思い焦り、
シュルツに再び借りたのだ。
その時のシュルツは毎度の事なので特に何を言うわけでもなく貸したが、その結果がコレである。
シュルツはハコに物を返してもらおうと書類束を裸で持ち、一階を歩いていた時にバルカスに出会ってからの今現在だ。
シュルツは、心の中でハコを甘やかせるのはもう止めようと、そう思った。
だが、それを思ったのが初めてでないことに、シュルツ自身も気が付いていない。
バルカスはこんな戦友に何を言うか迷うところだが、無難だが当たり前なことを口から出した。
「ハコは、もう少し周りを整理して物を失くさないように」
「はい! 気を付けます! 」
返事はとても良い。
決意もあるので今度は目もバルカスをしっかりと見ていたが、しかしそれで部屋が綺麗になるかどうかはまた別である。
シュルツとハコの二人はそれぞれ大きな鞄を背負うと、準備が整った。
「準備で来たな。よし、じゃあ行こう。ビンセントは場所が分からないだろう、地図を出してくれるか? 場所を教えよう」
「頼む」
ビンセントは境界を開いて地図を取り出すと、バルカスに見せて場所の確認をした。
「西部の端――。解放奴隷は地中海に沿って歩いてきているから、ここの国境付近に移動して待ってよう」
「分かった」
地図上での確認が済んだビンセントは、境界を開いて実際に覗き見た。
まだ遠くだが、解放奴隷が歩いてきている姿が確認できた。
「丁度いい頃だろ。今歩いてきてるぞ」
ビンセントの言葉を受けてバルカスも境界を覗き見た。
「本当だな、じゃあ早速行こう」
ビンセントはシザの最西端の地に境界を開きなおし、六人は境界を渡った。
【シザ国西部】
シザの最西端。
見える建物は殆ど風化して崩れている。
この建物はバルカス邸付近の物とは違い、バルカスが訪れるより以前にサンス王国が魔物に襲われた時の傷痕である。
当時のサンス王国の王は、復興資金を全て軍事資金に回していた為に、最西端の現シザ領土は外見的には捨てられた領土として扱われていた。
バルカスがサンス王国の女王となった後もこの地は復興されておらず、その理由としては怠慢や政策の片寄り等の事では無く、単に資金面でこちらに回す余裕が無かった為である。
現在のシザ国としての都市政策は主にダボが管理しているが、国名や時を変えても問題は同じく復興である。
少し前まではバルカスがマフィアパッシィオーネとのやり取りの為に、金と共に動いていたわけだが、現在ではパッシィオーネは滅びているので、本格的に復興を考えられるようになった。
復興作業員と、その復興後の都市に住まう者達が、今こちらに向かってきているのだ。
「バルカス。今更だが、俺はどうすればいいんだ」
ビンセントは国務を手伝うと言ったが、何をすればいいのかはサッパリであった。
バルカスは不安げに笑みを歪ませるビンセントを見ると失笑した。
彼女から見れば、ビンセントが本心から困ったような表情をするのは初めて見た気がする。
「ビンセント達はいてくれるだけでいい。解放奴隷達はビンセント達がいれば安心するだろう」
「そうか、だが少し緊張してくるな――」
言ってる傍から、解放奴隷達が遠くで豆粒のように見えてきた。
後十分もすればここに着くだろう距離だ。
「来たわよビンセント」
「あぁ、もう少しだな」
ビンセント達は特に何もする必要は無いが、仕事をするのは西部統括王女バルカスと、その補佐役であるシュルツとハコだ。
バルカスは二人に対してやることの再確認をさせた。
解放奴隷が到着して、国民として生活ができるようになると聞かせられれば混乱する者もいるだろう。生まれてきてからこれまでを奴隷として生活していた者であればそれはなおさらだ。
その時に備え、完全なるシザの正式にそって解放奴隷達を導くのだ。
シザの正当な決まりや物事のやり方をこの第一の時に一回受ければ、今後シザ国民として生きていくうえで、長い目でみて確かな『心の解放』を目指せるからである。
生活をするうえで、元の西部市民と話してみてもいい、東部市民と話してみてもいい。
ここで受ける当たり前を、数年に渡って生活という検証をすればいい。
時間がかかるとしても、解放奴隷達の普通をシザの普通に染めるのだ。
シザの普通の第一が、名前の付与である。
名前が在る者は対象外だが、名前の無い者は与えられる。
シザ国民達の名前の苗字と名前をバラバラにしてリスト化してあるので、そこから選んでもいいし、解放奴隷自身で名乗りたい名前があればそれでもかまわないというものだ。
名前は必須であり、理由としては第二に必要だからである。
第二に、国民登録である。
現在の解放奴隷の中には、生まれてきてから存在していないとされてきた者もいるだろう。
そういう者にはシザを誕生第一の国としてもらい、その他の者達もシザに住むので、当然国民登録をしてもらう。
国民登録には、第一の名前が必須である。
第三に、人権を主とした権利の付与である。
物と扱われた人生は、付与された時点で変わり、そんも権利を必要な時に主張する事が出来る。
第四に、これは希望者のみであるが、西部復興作業員としてシザ国が雇用し、被用者となる同意書に記入することが出来る。
強制無償労働が基本であった解放奴隷達は、希望すれば有償労働に就くことが出来る。
無論賃金が出るので、金銭を蓄えるのは自由であり、貯金額に限度も無い。
給付された金で物を買ったり、サービスを受けるのも自由である。
第五に、一年間の納税免除。
これは国民となってから一ヶ月以内に労働に就くという条件があるが、財産の無い今、
納める金が無い解放奴隷達へのシザ国側の配慮である。
第六に、解放奴隷達が仮に住む住居の割り当てと、一か月間の食事の支給。
この二つは無償である為、労働に就かないという者であっても対象となる。
以上の普通を解放奴隷達に与える事が、バルカス達三人の仕事だ。
もう遠くはない、声を掛ければ返事が返ってくる程の距離だ。
ビンセント達は双子の兄妹の顔を眼で確認した。
双子を含む解放奴隷達もビンセント達、バルカス達の六人を確認したのか、驚いて仲間と顔を見合わせたり、声を出しているのがここからでもよく分かる。
とうとう、解放奴隷の双子兄妹はビンセント達に向かって手を振って声をかけた。
「ビンセントさん! カミラさん! ミルさ――ん! バルカスさん! 」
双子の兄、レオ・アークの声はよく響き、妹は兄を
双子の元気な姿を見てビンセント達は安堵し、個人的な名前を声に出して呼ぶという事はあえてせず、手を大きく振って返した。
手を振ってもらった双子は喜んで、また手を振り返した。
そうしてとうとう、ビンセント達とバルカス達、解放奴隷達は一つの場に集まった。
解放奴隷達は、自分達を解放した四人の姿を見て平伏そうとしたが、バルカスがそれを制した。
「皆、平伏さなくていい」
バルカスの言葉に解放奴隷達は顔を上げて注目し、波が口揃えてこう言った。
『私達はバルカス様に解放された者であり、ダボ様とシザ国に保護される者です』
言葉を受けたバルカスは微笑み、皆の視線を返してそれぞれ見える解放奴隷全てに視線を流し送った後、一つ深呼吸をして口を開いた。
「諸君、淑女も、――シザへようこそ」
バルカスは両手を仰いで解放奴隷達に言った。
奴隷達は固唾を飲んで相変わらず注目している。
その姿を認めて、バルカスは続けた。
「私はシザ両国王の一人、『バルカス・バルバロッサ』だ。これから皆にはシザ国民になってもらうが、シザ国民になる為にいくつかやらなければならない事がある」
バルカスはシュルツとハコを呼ぶと、次に行う手続きの書類を鞄から出させて皆に見せた。
「今から、皆には皆の『名前』『国民としての証明』『人権等の権利』を与え、その他シザ国が皆に向ける配慮を説明する」
バルカスは解放奴隷全てに声が届き、理解されるように、響く声で正確に物事を伝えた。
一通りの説明を終えた後、解放奴隷達に必要な手続きをさせる為にバルカスは、『バルカス』『ハコ』『シュルツ』、付け加えて『ビンセント達』に向かって列を組んで並べさせた。
シュルツはこの時の為に召喚魔法で『椅子』六脚と『机』を四台召喚すると、それぞれが各持ち場に置いた。
解放奴隷の人数は全部で百六十三名だった。
一列に大よそ四十名並んでいる事になる。
何かを手伝うと言ったビンセント達には、シュルツから『法印』と『命名リスト』、
解放奴隷の人数に対して少し多めの『国民登録書』、シザ国西部復興作業員の『被用者同意書』『納税免除証』『住居と食事の支給認証』をそれぞれ渡された。
この状況を見る限り作業的に何をするのかはなんとなく分るのだが、隣の列のバルカスが手短に教えてくれた。
ようはビンセント達が思った通りに、解放奴隷達一人一人の名前を決めて法印を押させて名前の確定をさせ、その名前を国民登録書に記載し、被用者同意書に同意するかを尋ね、それに付け加えて納税免除証と住居と食事の支給認証を交付すればいいのだ。
(なるほど、多い……。カミラと一緒にやればなんとかなるか)
とは思った物の、実際始まってみると、案外自分で全部やってしまうものである。
バルカスがビンセントに説明を終えた後は、バルカスが再び声を上げて皆に伝えた。
「これから、手続きを開始する! 先頭の者はこの後手続きをし、終えた後は終えた者同士で固まって、後ろ側で待機していてほしい。各自前の者の手続きが終わって列から抜けた後は前を詰めて手続きを受ける事! 以上だ! それでは手続きを開始する! 」
この後、ただひたすら事務手続きを繰り返すわけだが、ビンセントとしてはこういう業務をするのも悪くないと思った。
各手続きの中で一番時間のかかる物は、名前の決定だ。
早い者は早い。
元々自分が考えていた名前がある場合や、命名リストを見た瞬間に、『名前を付けてもらえるなら何でもいいです』という事で瞬時に決めるのだ。
それより少し遅いタイプで自分の名前に悩むタイプというのがいる。
折角の自分の名前なんだから、じっくり考えたいのだ。
気持ちは分かるが、後がつっかえる。
最も時間のかかるタイプが、『決められないので、ビンセントさん、決めてくださいませんか? 』のタイプの者だ。
これに関しては、悩むタイプのビンセントとしては、そこらの解放奴隷より悩むタイプであるので、より時間がかかった。
名前を決めた後は国民登録書に法印を押してもらって名前の確定をしてもらうのだが、その際バルカスは、法印を扱えない程の魔力しか持たない者がいるのではないかと心配して対策も考えていたのだが、どういう訳か解放奴隷達は全員法印を扱うだけの魔力があり、
中には魔法で戦争に参加できる程の魔力を持っている者もいた。
否。いたというよりは、殆どがそうなのだ。
バルカスは、今では滅びたパッシィオーネの事を振り返ると嫌な予感と共に安堵を覚えた。
最悪の場合、この元奴隷達を使っての対魔物以外の戦争か、パッシィオーネが郊外で行っていた魔物の実験の為に使用されるという可能性があったからだ。
魔力で言えば、双子の妹レイ・アークの物が特に純度が高く量も多かった。――多いというよりは、膨大な魔力を持っていた。
それはカミラが驚いているのを見れば確かな事だと言えるだろう。
バルカスの列が一番最初に終わり、次にシュルツ、次にハコ、残るのがビンセント達だが、ビンセント達の列はまだ半分を残していた。
バルカスは列の者の三分の二を引き受け、シュルツとハコはそれぞれに残った三分の一ずつを自分ぼ列に誘導した。
全ての者の手続きは終わり、その中の全ての者が被用者に同意して、シザ国の配慮を受けた。
その頃には、日は沈んで夜になっていた。
ミルは暗い中では皆が動きにくいだろうと考えてライトの魔法を使用し、皆の周囲を明るくした。
「ミル、助かるよ」
「いいよ! 」
解放奴隷に対してやらなければいけない仕事は、名前を新たに受けた者をギルドか役所に連れて行き、ステータスに名前を表示させる手続きと、割り当てられた住居への案内が残されている。
バルカスは手続きを終えた解放奴隷達に呼びかけると、今後の流れを伝えた。
「皆の者、手続きご苦労であった。皆に一度交付した国民登録書は、ステータスに自身の名前表示がある者は我々が回収したが、表示が無かったものは各自大切に保管していてほしい」
バルカスの話を聞いた解放奴隷達は皆頷いて、他の書類と合わせて国民登録書を大事に両手で持った。
「それでは次に進むが、国民登録書を今手に持っている者は私、バルカスとビンセント達の元に列となって並んでくれ。その他の者は、ハコとシュルツの元に紙に書いてある区分で別れて列になってほしい」
バルカスが伝えると、解放奴隷達は急ぎ従って並んだ。
「よし。それでは、私バルカスとビンセント達の列にいる者は、名前を正式な物にする為にこれから役所という所に連れて行く。ハコとシュルツの列の者達は早速割り当てられた住居に行ってもらう。支持が出た場合は、従ってもらう。――以上だ」
バルカスは一息ついて、ハコとシュルツに対して仕事の完了後に落ち合う場所を告げると、ビンセント達と共に役所に向かって動き出した。
……バルカス達の列の姿と足音が途中で段々と消えたところを見ると、ビンセントが境界を使って団体移動をした事がシュルツの中で分かった。
シュルツとハコの列はそれぞれ別れて、最西端廃墟街の中を行進していった。
「……お兄ちゃんお兄ちゃん」
「どうした? レイ」
「私達も、お家に住めるんだね! 」
「そうだな! 楽しみだな! ……」
「――どうしたの? お兄ちゃん」
双子。レオとレイのアーク兄妹はハコの列の最前列に並んでいた。
歩いていくに連れて景観が段々と変わってきた。
瓦礫の廃墟街ではなく、白石の建物が立ち並ぶ景色だ。
この街の建物が、殆ど全て空き家なのだから驚かされる。
街に入った時、ハコが止まって皆に伝えた。
「ここはシザ国西部、オーリスト区四だ。割り当てられた建物の前で私が止まった時、その建物に割り当てられた者の名前を呼ぶから、返事をして私に顔を一度見せてくれ。その時に建物の鍵を渡から後は建物に入って自由にしてくれ。――それと、建物には非常食が置いてある。すまないが、今夜はそれで済ませてもらいたい。明日の朝、シザの国務員がまとまった飲食料を届けに来る。一緒に手渡されるであろう紙にはその食事が何日分の物かが書いてあるだろう。一応日に対しての割り当ても書いてあるから、各自工夫して生活してもらいたい。――以上だ! 」
ハコは伝え終わると行進を再開した。
行進は何度も止まり、その度に列から人が抜けていった。
西部の中を大分進んだ時、一つの小さな白石の一軒家の前にハコの列は止まった。
「シザ西部、バルド区の八、の二。『レオアーク』『レイ・アーク』……」
「はい! 」
ハコは双子の名前を呼ぶ途中にも後ろを振り向いて双子の顔を見た。
双子二人の元気のいい返事を聞いて、ハコもつい微笑む。
「ようやくだな、二人共。これが鍵だ。ここは今日からお前達の家だから、工夫して生活をするといいよ」
「はい! ありがとうございます! 」
家の鍵を受け取った双子はハコにお辞儀をすると、抑えきれない笑顔で家の鍵を開けて中に入った。
「わー! 凄い! 僕達二人の家だぞ! 」
「やったねお兄ちゃん! 」
双子ははしゃいでまた外に出たりするが、さっきまで前を歩いていた箱の姿は、段々と離れていった。
「ありがとうございますハコさん」
レオは小さくハコに礼を言うと、妹と共に我が家へ戻った。
家の中は暗い。
季節柄寒くはないのだが、中にいては月明りのみの青い光がほのかに浮くばかりである。
そんな中、妹のレイは壁のランプを見つけ、魔力を注いだ。
「わぁ! 明るくなったよ! 」
「凄いなレイ! これって、うーん、――あれだ! 魔法照明ってやつだよね! 」
「明るいね! 」
魔法照明の明かりに照らされて、確かに見える家の中。
長い間空き家だったせいか、部屋はまるで時が止まった様な状態だった。
ソファーや机、椅子を含む全ての家具が主を失ってからずっとそのままで、ただ変わったと言えば大量のホコリと少しの蜘蛛の巣がかかった程度であった。
「凄いね。僕達の家」
レオはソファーを手で叩いてみた。
すると物凄い量のホコリが
「凄いホコリだ! 」
笑いながら顔前のホコリを手ではらうと、レイはまだホコリだらけのソファーに座って、兄のレオにもソファーに座る様に、隣の座を手で押さえた。
レオはソファーに座ると妹に向かって微笑んだ。
「ただいま! レイ! 」
「おかえり! お兄ちゃん! 」
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