23話 『家族サービス』
シザ国西部と違い、東部に接する地中海は浅瀬になっている。
海面に接する砂浜から50m程にかけて、まるで刃物の波紋のように浅瀬と深間が分れて見える。
海水の透明度が高く、浅瀬部では透けて砂が見える為に海は白く見えるが、深間部は美しいターコイズブルーが水平線へ向けて永遠と続いているように観えた。
一つの壮観を生む条件が揃っている地中海の砂浜を、離れることなく固まって行動しているのはビンセント達三人だった。
水着を買ってからというもの、実はまだ海に入っていない。
ビンセント達が歩いていると、やたら人に絡まれるのだ。
少し前はビンセントがまたもや女性に絡まれ、それをカミラが手を引いて離したり、逆にカミラ目当ての者が現れる場合もあるが、対処は同じである。
良い悪いは別として人やエルフと接することが多く、今もそうだろう。
ビンセント達三人は、エルフの男と人の女、そのハーフの娘と息子という四人家族と共に時を過ごしていた。
きっかけは、ビンセント達三人を娘持ちの三人家族と見た四人家族の夫が、やっていたバーベキューに誘ったというもので、昼にあれだけラムチョップを食べていたのにもかかわらず、今も皆で肉を焼いて食べているのだ。
四人家族の夫は『ダイロン・フィリップ』という名前らしく、フィリップ一家の二人の子供達は、
見た目年相応の相手であるミルと楽しそうに話をしている。
最初は海に入りたくて仕方が無かったのだが、バーべーキューに参加してからビンセントの気が乗り、
露店で酒を買ってきたのが悪かったのだろう。
バーベキューに参加してから二時間、初めは控えめであったが正直なところ、三人は物凄く楽しかった。
「ビンセントさん、トウモロコシ焼けてますよ」
「お、ありがとうございます! 」
ビンセントがこのバーベキューで知った事は多い。
そもそも屋外で食材を焼いて食べる事を『バーベキュー』というのもこの場で知ったし、焼いたトウモロコシがこれほど美味しいと知ったのもこの場で知った事だ。
ダイロンにトウモロコシを渡されたビンセントは、こんがり焼けたトウモロコシにかぶり付いて微笑んだ。
「美味いですねトウモロコシ」
「すっかり気に入られましたね! 」
「それはもう、大好物になりました! ははは」
フィリップ一家の旦那ダイロンと、別に夫ではないがビンセントは気が合って話しており、婦人とカミラも楽しそうに会話を重ねていた。
会話を重ねる中に、互いの事を話すことになる。
ビンセント達は一家で旅をしている者としたが、フィリップ一家の夫はシザで造船業に就いているとのことだ。
今日は休みらしく、一家でバーベキューをしにこの浜に来たという。
ダイロンは仕事柄なのか、地中海に浮かぶ船を見るなりビンセント達に説明して見せた。
シザ国で造船された船や、その近辺で使う為に造船された船は、シザ国港の海面高さが条件となり、
特別な理由が無い限り船の喫水は浅い。
シザ国西部の、深間が占める海の地に造船所を設けていたパッシィオーネが建造していた船は、地形の条件が無い為に喫水を浅くする必要も無く、逆三角型の深い喫水を持っている。
それに比べてシザ国東部の船の喫水は平たい楕円状であり、貿易船の主流として建造されている1000t級のガレオン船でも、喫水の深さは1.6メートル程である。
フリゲートには劣るが、貿易をするにあたっての積載量を考えればガレオン船は安定していて速い。
しかし喫水が浅いせいで小回りが利かず、最悪転覆するという事も魔物がいた時代では起きていたのだ。
「シザの船はとてもいいですよ。戦時中は軍艦としても使用されていましたからね」
「そうなんですか、私船には乗った事が無くて、ぜひ乗ってみたいものですよ」
「乗られた事無いんですね。あ、そうだ。ビンセントさんはルディ一行の乗ったとされるブリッグ船の残骸は見られましたか? 」
「夜にしか見た事無くて、あまりよく見られませんでした」
ダイロンは皆の皿に焼き豚と焼き野菜をのせると、少し考えてからビンセントに提案をした。
「もしよろしければ、これから皆で一緒に行きませんか? 実は私、まだ見たことが無いんですよ」
ダイロンが言う勇者一行の乗ったブリッグ船とは、ビンセント達がシザを訪れた時にダボが半ば強引に見せた海に沈む残骸である。
ここからならば、浜を西にずっと歩けば見に行くことはできるので見に行ってもよかった。
しかし肉を食べて海の方を眺めているミルを見ると、海に入ってないことを思い出してダイロンに返した。
「いいですね! しかし私達、夕に用事がありまして、もうそろそろ泳ごうかと思いまして――」
やわらかく断ったつもりのビンセントだが、ダイロンはその返答に対して別に卑下することも無く、
口に入れた肉を呑み込んで笑った。
「ハハハッ、そういえばまだ海に入られて無かったのですね。是非泳いでみてください! 暑いですので、とても気持ちいいですよ! 」
「そうさせてもらいます! 」
互いに嫌な気にはならず、焼き炭上の鉄網はすっかり無くなった。
もう二時間もすれば夕の日が出る頃、ビンセント達はフィリップ一家と別れた。
ミルと遊んでいた二人の子供は名残惜しそうに手を振って見送ってくれた。
ビンセントとダイロンは別れ際に固く握手を結ぶと、一家はバーベキュー道具を家に置いてから勇者一行のブリッグ船残骸を見てくると言っていた。
というのも、ダイロンと一家の息子が勇者一行の大ファンらしく、久しぶりの家族サービスの締めとしてどうしても見たいらしい。
一行互いに手を振って別れ、ビンセント達は海に向かった。
「楽しかったわね、今度私達もバルカス達とか集めてバーベキューしましょうよ! 」
「したい! 」
「そうだな。肉も美味かったし、初対面であれだけ仲良くなったのもびっくりだ。楽しかった」
途中カミラがビンセントに対して口を指し、肉の汁が付いてるのを指摘すると、指ですくって微笑んだ。
「フィリップ一家か、やっぱりシザにはいい人達が多い」
「そうね」
「ムスリちゃんとピーツ君といっぱいお話しした! 」
「ミルもあの二人と仲良かったな、少し寂しいか? 」
「うーん、少し寂しいけど、二人がいるからいい! 」
ミルの言葉にカミラは頭を撫でて返し、ミルは流れ作業のように本能的に手に顔を摺り付けた。
「――よし、泳ぐぞ」
とうとう砂浜から海へ足を踏み入れようとしていた。
三人は履物を脱いで境界の亜空間へしまうと、透明な水の中に足を入れた。
「気持ちいいッ!! 」
日が照る炎天下、履物を脱いで砂に足をつけると、海水で濡れているところでも熱かった。
そこでもう一歩進み、水の中に入ったのだ。
水温は温かく、ミルであればいつまででも泳いでいられるだろう。
「おぉ! 」
ビンセントとカミラも海に入って別のテンションが上がり、足で海を波立たせながらミルと同じように奥へと駆けて行った。
ビンセントの身長で胸まで浸かるところまで来た。
ここまで来るとカミラとミルは地に足をつけることが出来ずに、泳いで浮いていた。
泳ぐに十分な深さまで来たので、ミルは早速海中に潜り、時には魚とは比にならない様な速度で泳ぎまわった。ミルが泳いだ後の余波がビンセント達を襲うのだ。
前までは全く泳げず、金づちであったカミラだが、自己修行の成果として今では泳ぐことも出来る。
ビンセントも泳ぐが、カミラ程上手くは泳げない。
「ビンセント―ッ! 」
ミルが海面から跳び出し、ビンセントの首につかまってそのまま海中に潜った。
ビンセントはすぐさま水面から顔を上げて呼吸をするが、カミラが手で放った水鉄砲がビンセントに直撃する。
「ぷはっ、やったな! 」
ビンセントは笑いながら境界を開くと、水中のミルを自分の頭上程の高さの空中から出現させて水面に落下させた。
「わぁ! もう一回やってそれ! 」
境界を使った水遊びは好評という事で、ビンセントは続けた。
一定量の海水を境界で呑み込み、それをミルの隣で解放すると人工的な波となってミルを楽しませた。
「カミラ、本当に泳げるようになったな。――ッブ」
ビンセントに向けての水鉄砲が三方向から連射されて顔に直撃した。
カミラは魚人にでもなったかのような水泳技術を身に着けており、ビンセントと生き別れる前から、金づちだった頃と比べると現在の『水泳スキル』の数値は625という、常人の主要スキル値を超えるような値にまで育っていた。
「そうよ! 滅茶苦茶頑張ったんだから! 自力でスキル値2から625に上げるの! 」
「それは確かに滅茶苦茶頑張ったな、素直に凄いよ」
という間にもカミラは楽しみながらビンセントとミルに水かけをしている。――楽しそうだ。
ミルもカミラに反撃して水をかけるとカミラがまた反撃と繰り返すが、次にカミラがビンセントを狙った時に、カミラの頭上に境界が開かれて大量の海水が降ってきた。
「わー境界反則――!! 」
海中に沈んだカミラは降下水流に身を任せて進み、ビンセントの背後に回るとやはり水鉄砲を飛ばした。
「グゥ、敵わんな……」
そう思った矢先、今度はミルに押し倒されて海中へ倒れ沈んだ。
海に入ってから一時間程経った。
日は傾きかけているが、海水浴をする者達はまだ多い。
ビンセント達は一度砂浜に戻って休んだが、ミルがまた遊びたいと言うので、満更でもなく同意見のビンセントとカミラはまた海へ入った。
今いるところは浅瀬ではなく比較的深間と呼べる場所にいる。
浅瀬から東の方へ泳いでいくと、立派な帆船が浮き並ぶ港に着いた。
当たり前だが、こんなところで泳いでいる者は三人以外はいない。
「おっきい船だー! カッコイイ! 」
ミルは港に停泊するガレオン船を観て感動している。
――そうだ。船観たさに港にまで泳いできたのだ。それにそれはミルだけが観たいのではない。
初めは確かにミルが観たがっていたが、実際船が見えてくると、二人も近くで観たくなったのだ。
泳いでいる最中に一匹のサメに遭遇したが、ミルが撃退したのは三人の中での秘密となっている。
いつまででも泳いでいられる気分ではあったが、心は船へと移った。
「なぁ、そろそろ上がるか」
「……そうね。少し冷えてきちゃったかも」
ビンセントは水中で境界を開くと、呑み込んだ海水と体外の水分と汚れを分けて排出し、元の砂浜へと戻った。
「楽しかったな、久しぶりの海だったし」
「いっぱい泳げて楽しかったよ! ありがとう! 」
「沢山泳いだねミル。また来ようね! 」
「うん! 」
海での思い出をつくれたミルは嬉しくなってカミラに抱き着き、三人は更衣室と向かった。
更衣室の前でビンセントが境界を開くとカミラの服を取り出して渡し、それぞれ別れて更衣室入って着替えた。
水着も体も境界の為に綺麗な状態なので、塩分含む海水が体にへばりついて不快になる事も無く着替え終え、三人は再び集まった。
ビンセントはカミラとミルの水着を預かると境界の中にしまい、ミルの頭を撫でて微笑んだ。
「それじゃあ帽子買いに行こう! 」
「やったー! 」
「フフッ、良かったわねミル」
ミルが跳ねて喜ぶとそれを見る二人は微笑んで、三人一緒に砂浜を後にした。
さっきの港町に向かって東に歩いていると、街路を挟む店の中で帽子屋を見つけた。
売られている帽子は多種多様で、飲食店からミルが初めに注目していた麦わら帽子もあり、その麦わら帽子の中でもいくつかの種類があるようだった。
「帽子がいっぱいだ! 」
ミルは店の帽子を見回してどれもこれも欲しくなるが、やっぱり一番最初に見た麦わら帽子に視線が止まる。
初めて見た麦わら帽子は、頭の部分が丸くなっている物だったが、ミルは平らな奴を手に取ってみた。
「お、ミルはそうれがいいのか? 」
ビンセントがミルにそうやって訪ねていると、店の主人が話しかけてきた。
「よければ、かぶってみてもいいですよ! 」
「本当ですか? ――試しにかぶってみてもいいってさミル」
「ほんと?! やった!! 」
それからミルは平らな物から頭の形にそのまま納まる物、帽子のつばが整った物から、あえて散らしている物まで試した。
ミルにとってはどれもが良く、正直決められないでいた。
「ミル。布の帽子も似合うんじゃないかしら」
カミラはそう言って、ミルにつばの大きい布生地の黒い帽子をかぶせた。
ミルに対しては大分大きく、つばに顔が隠れそうであったが、これはこれでよく似あっていた。
「うぅ、前見えないよ……」
しかし、やっぱり前が見えないらしく、つばを手で上にカミラを見ると、対するカミラは何故か口元を手で押さえて震えている。
そんなカミラは置いておいて、ビンセントはそれらとは少し変わったような帽子を見つけた。
「こんなのもあるんだな……、なかなかいいな」
ビンセントが手に取ったのは、つばや帽子の縁部分の無い平たい帽子であった。
手に取って見ていると、店主が同じような帽子を手に持って説明してくれた。
「それは『ベレー帽』って言って、羊の毛で出来てるんですよ」
「そうなんですか、やわらかくて気持ちいですね」
「はい。――とても軽いものなので、今の様な夏場でもつけられますし、冬は暖かいのでいつでも身につけられる帽子ですよ」
店主に説明されると、頷いて納得するビンセントは店主に礼を言ってミルを見た。
暫くミルを見ながら考えていると、帽子ラックから赤色のベレー帽を手に取り、ミルの元まで行ってかぶせた。
「わぁびっくりした! 」
後ろからいきなりベレー帽をかぶせられたミルは驚いて振り向くが、ビンセントの眼に映る、純白のワンピースに赤の瞳を持つミルの姿には、自分が選んだ赤のベレー帽が良く似合っていた。
「あら、それ何? 」
「ベレー帽っていうんだってさ。やわらかくて軽いし、色もミルに似合うかと思って」
店主はこの姿を見ると、店の奥から鏡を取り出してミルに見せた。
「わぁ……」
ミルは自分のかぶっている可愛らしい帽子を一目で気に入り、自分の頭に載っているベレー帽を両手で触れた。
「ビンセント、私これがいい! 」
一目で気に入ったミルは即決した。
「似合うわねミル、ベレー帽っていうのね」
「ベレー帽! ベレー帽可愛い! 」
ミルは嬉しくなってつい顔が緩む。
選んだ帽子が気に入ってもらえたビンセントも嬉しく、帽子が似合ってより可愛くなったミルを見る紙らとしても幸せだった。
「じゃあそれで決まりだな! 」
「うん! 」
ミルは帽子をかぶると、もう脱ぎたくないと言わんばかりに手で帽子の上から頭を抑えていた。
「ハハッよっぽど気に入ったんだな。――カミラは何か欲しいのある? 」
「え? 私? 」
不意に尋ねられたカミラは困ってしまうが、ビンセントが彼女の手に持つ、最初にカミラがミルにかぶせた黒い大きな帽子を取ると、そのままカミラの頭にかぶせた。
「似合うよカミラ、うん」
そんなことを言われてしまえば、カミラとしてはこれが欲しくなった。
ビンセントは微笑んで帽子を取ると、ミルのと一緒に会計を通した。
「ありがとうございました。又のお越しをお待ちしております」
二つの帽子で一万二千
ミルは初めて赤いベレー帽をかぶってから、会計を通す時も外さない程に気に入っているし、
カミラもかぶってみると、自分でもこの大きな帽子がしっくり来た。
暫く道なりに歩いていると、港町に着いた。
海から拭いてくる風は涼しいもので、カミラの帽子をあおった。
帽子が飛ばないように手で押さえる姿を見て、ビンセントはカミラに微笑み、カミラも返した。
港に停泊する船は様々なものがある。
それこそボートから客船用の大型ガレオン船まであるのだから幅広い。
日は傾いており、地中海を眺めていると一隻のフリゲートが丁度戻ってきたのか、又これからどこかに向かうのか、船上から一隻のガレオン船に向けて手旗信号を送っている。
するとどうだ、手信号を受けたガレオン船のマスト上の船員が次々に横帆のロープを解いてあっという間に帆が張られて出向していった。
余程の事があったのか、フリゲートは港で補給を済ませるとガレオンを追ってそのまま出向していった。
海の上ではこれ程までに忙しく時が流れているが、それをただ眺めているビンセント達の時間はまるで止まっているように静かである。
バルカスとの約束時間の頃合いとなるのは、後十分くらいだろう。
その間を、行ったり来たりする船をただ見つめていた。
「カミラは船に乗ったことある? 」
「私は何度かあるわよ」
「私ないや! 」
「そうか、良いもんなのかな船。少し憧れる」
ビンセントは苦笑しながら、半ば恥ずかしそうに呟くとカミラは首を少しだけ横に振った。
「いいじゃない。『男のロマン』ってやつなんでしょ? 船って。いつか乗りましょうよ」
「私も乗りたい! 」
「はは、そうだな。夢として持っとくか」
三人は頷くと、ビンセントが立ったのに連れてカミラとミルもその場に立ち上がった。
「そろそろ行くか。バルカスを迎えに」
「そうね」
ビンセント達三人は人のいない路地に入ると、ラス城に境界を開いて渡った。
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