18話 『寂しさと世話焼き』
話し始めて数時間か、雨はすっかり晴れて日の光が室内にまで届いている。
ビンセントとカミラの出会いの話を聞いたバルカスはその礼として、またこの館の宗教話を贈書を主体に聞かせてやった。
初めて聞く話なので、昨日聞いた時同様に先が気になると言った具合に、話の途中でバルカスに質問をしたり、贈書の文字が読めないにもかかわらず本を見せてくれと言ったりしたものだ。
だがミルはやはり聞いたことがある話なのか、二人程の知らない事への興味は少ないが、話して聞かせてくれる事を非常に楽しんでいた。
ふとビンセントが思った、そもそもなぜその本を『贈書』という名で呼ぶのかという質問をし、カミラがそれに同調してバルカスに尋ねた。
するとバルカスは、この『贈書』の物事は全て、エンデヴァー兄弟双子の弟『ノース・エンデヴァー』の贈ったものとされる為、それを後世に伝える際にも、ノースによって『伝え贈られた。』と、そういう意味を持って『贈書』と呼んでいるのだと答えた。
二人はこの事に関しては納得以外の反応が出来ないので、そのままそう言う事だと納得した。
魔物がどう生まれたか、王達に導かれた人々とエルフや精霊がどうなっていったのか、エンデヴァー兄弟がどうなったのか、ビンセントとカミラはこの贈書の内容を頭に入れ、一つの考えとして頭の隅に置いておいた。
「魔王っていっても、そこら辺の魔物を普通に討伐してた俺からしたら、存在が遠すぎて考えが付かんな」
ビンセントが言う魔王とは、贈書によるエンデヴァー兄弟の兄『キース・エンデヴァー』の事である。
「まぁ、そういう理由もあって、この宗教は偉いさんや世間から抹消されたのかもな」
バルカスが語った贈書の内容の最後は、エンデヴァー兄弟としての最後であった。
人の王エフィスと率いられる人、エルフの王フルリエと率いられるエルフ、精霊王セタと率いられる精霊達による、エンデヴァー兄弟とその周囲の者達の迫害と虐殺。
その後、兄キースの絶望と共にエンデヴァー兄弟という名は薄れ、次第にキースとノースという名前、
人物、またその意味さえもが忘れ去られた。
『キース』という名の意味は知らぬが、キースの名は国名にもなり、またキースという人物を知らないにもかかわらず、魔物を創造するその存在を『魔王』と呼ばれるというのが贈書の最後だ。
「云わばこのエンデヴァー教は、魔王信仰のようなものだったからな。実存しているエンデヴァー教は、
少なくとも表ざたには無いだろう」
「そう言うことになるのよね。因みにバルカスはこの宗教をどう思ってるの? 」
「……正直どうも思わんが、私も宗教には入ってないしな」
「あぁそっか。そういえばそうだったわね」
「だがあえてエンデヴァー教を知って思う事があるとすれば、こういう事もあったかもしれないって事だろうな」
バルカスは話し終わると席を立ち、窓を開けた。
「よし、話終えたところで雨が完全に上がってる。――そろそろ出かけようか」
「そうだな、飲み物ありがとう」
ビンセント達三人も席を立ち、ずっと座っていて体が固まったのか、ミルは手を高く上げて体を伸ばした。
そんなミルに帽子を買ってあげる約束をしたビンセントは、今日買ってあげようと思ってミルに声をかけた。
「ミル、帽子欲しいって言ってたよね。今日買おうか」
「やった! ありがとうビンセント! 」
飛び跳ねて喜ぶミルの頭をカミラが撫でていると、ビンセントはバルカスを横目で見た。
「バルカス、帽子代だけでも換金させてくれないか? こんなデカい国で換金所が無いってことは無いだろ……」
暫くバルカスは眼を閉じて黙るが、やがて観念したのか眼を開け、口も開けた。
「換金所は……無い。あきらめろ。だが、そうだな、ミルにとってはビンセントとカミラに買ってもらった帽子の方が喜ぶだろうし、私が換金しよう」
因みにビンセント達がこのシザに訪れてから三日間という物、換金屋また換金所にすれ違って通り過ぎた回数は七回程である。
あまり街を見て回っていないにもかかわらずこれだけすれ違うという事は、換金所の数は多い。
シザの国は中西部最大の国であり、通貨の『
その為、他国からの行商や旅人、観光者が比較的に多い大国では必然と換金所も多く在る。
バルカスは良く言えば世話焼きであり、悪く言えば、ビンセント達を宿に行かせずにこの館に縛り付けている。
その為ビンセント達が出費する事は無く、全てバルカスの出費であり、ビンセントを換金所に行かせないでいた。
街を歩いている途中、ビンセントがさりげなく通行人に換金所はどこかと尋ねた。
しかしバルカスのきつい視線を受けた通行人は分からないと答え、頭を下げて離れていったのは、ビンセントに換金所の存在を確信させた。
そこまでしてでも、少しでも三人と共にいたいバルカスの気持ちは、三人には隠している。
しかし、そう言ったバルカスの気持ちはカミラには隠し切れていない様子であった。
そんなバルカスが個人的に換金してくれると言うので、ビンセントは礼を言って頼んだ。
「それは助かる、頼むよバルカス」
「分かった。この国で出回ってる帽子で、一番高い物でも一万
「……
「今だと一万二千五百
「詳しいな、流石女王様」
ビンセントは境界から一万二千五百
「換金よろしく! 」
「あぁ、後。余った
「バルカス、なんとなく分かったよ。バルカスがいいっていうなら、俺達は宿に泊まらないし、この館にお邪魔するから、な。余った分も別に換金しなくても、他の買い物とか食費に使うし、心配しなくていいけどな……」
バルカスの想いはビンセントにも勘付かれたが、バルカスはビンセントの言葉に答えないまま自室へと金をとりに向かった。
困ったビンセントはその後ろ姿を見送ったが、カミラに指で肩を突かれた。
「バルカスは寂しがり屋で、割と頑固者だよね」
「……そうだな、そう言うことだよな」
今改めてバルカスを知ったビンセントであった。
暫くするとバルカスが戻り、ビンセントに換金した金を手渡した。
「待たせたな、一万
「おぉー! コレが
ビンセントの手渡した銀貨三枚と銅貨十枚は一枚の紙となって還ってきた。
紙幣という物は聞いた事があるが、初めて見る紙の通貨に興味津々であった。
「凄いな、変わってるな。紙が通貨なんて」
ビンセントが紙幣を見る姿にバルカスは思わず笑った。
ビンセントからすれば今まで硬貨幣しか持ったことが無かったのだ。
薄く吹けば飛ぶようなこの紙切れ一枚に、金としての価値がある事に驚かされた。
「私が思うところ、一番変わった通貨は中央域、グローザキース周辺で使われている
「あぁ、私も最初見た時びっくりした」
バルカスとカミラの話についていけないビンセントは、紙幣と二人を見て、
「どんなんなんだ? その
「通貨っていうか、うーん。なんて言うんだろう、水晶状のお金なんだけど、それぞれに決まった価値が無かったんだよね」
「え? どういうこと? 」
「
一握り程の水晶体の通貨
それぞれ所有者が、与えられるだけの価値をクリスタルに貯める事で通貨としての価値が出るという物だ。
またその水晶体自体を
他国ではあまりに高額な金額の場合、貨幣の物理的持ち歩きに限度があるが、この
一握り程度の大きさの水晶体に対して、所有者の持つ通貨価値を全て貯め入れる事が可能だからである。
またステータスにこの水晶体を保存する事により、紛失や盗難の際にも手元に戻ってくるので、近年ではその便利さ故、この
「こんな感じでかなり便利でな、丁度この国からかなり遠いが、南部のエストという国は
「エストがか、そうか」
「うん。……ん? どうした二人共。エストがどうか、――あ、いやすまん、すまん……」
表情固まるカミラとそれを心配するビンセントを見ると、バルカスは自身が不意に言ったエストという国の国柄を思い出した。
シザと同じく貿易国家ながら、西南大海を行き交うだけあってシザと比べても更なる大国である。
また大国柄貧富の差も激しく、戦時中から在る奴隷制は今なお健在であった。
これを思い出し、不意にその国名を言ったバルカスは後悔した。
バルカス自身と、話してくれたおかげでビンセントが元奴隷という事は分かっていたが、それと似たような者とされたカミラも、大よそ元奴隷という事が分かってくる。
エストという国名に反応するあたり、エストの奴隷だったか、もしくは奴隷貿易でエストに渡ったことがあるのかさえも頭をよぎる。
バルカスは気が付けばカミラに、三人に深く頭を下げていた。
「え、いや。頭なんて下げないでバルカス。なんでもないわ」
バルカスの考える中の一つの通り、カミラは元エストの奴隷階級者であった。
「すまない、もうエストの話はしない。許してくれ」
「いや、大丈夫だバルカス。なんでもない」
カミラとビンセントにそう言われて頭を上げるが、罪悪感が残る。
「それより、換金もしてもらったから街に行こう。色々教えてくれよバルカス」
ビンセントに微笑まれてそう言われれば、バルカスは謝りながらも、三人の為となるならと嬉しく思い、逆に気を遣ってくれたことに対して心で礼を言った。
「そうだな、まずは西部を案内するよ。それから私の仕事場にいる戦友達を紹介させてもらうぞ。その後東部でミルの帽子を買いに行こう」
「いいわね! 楽しみだわ」
「楽しみ! 」
「じゃあ支度するか、三人も支度が済んだらホールに来てくれ」
「あ、俺達はこれでいいよ。支度万全だ! 」
ビンセントにそう言われてカミラとミルは腰に手を当ててドヤ顔で立っていると、
バルカスとしては苦笑するしかない。
「流石に早いな皆、すまんが少し待ってくれ、鞄と大剣をとってくる」
「いや大剣は――」
ビンセントが呼び止める前にバルカスは走って部屋を出ると、自室へ支度をしに行った。
「大剣は要らんだろ……」
外出時にはいつも大剣を持っているのかと思ったビンセントであったが、『境界』を得るまでは自分も剣を携帯していたことを思い出し、納得した。
(別におかしくないか……)
剣闘士や戦時中では全くおかしい事ではないが、平和の今、街に出る為に剣を装備するのは大分おかしい事である。
カミラが空になったカップを持っているのを見ると、ビンセントも空になったカップを手に持った。
「バルカスが戻るまでに洗おうか」
「そうね! 」
三人はカップをもって調理室へ行くと、カップを洗って拭き、台の上に並べて置いた。
「これでいいか。後でバルカスにこのことを伝えておこう」
ビンセントがそう言って調理室を出ようとすると、バルカスの大剣が壁に立てかけてあるのが見えた。
「……そういえば今日バルカスが料理してる時にもあったな。思い出した」
「教えてあげましょうか。部屋の中探してるかもしれないし」
「そうだな」
ビンセントはカミラに同意すると、ついでにバルカスの扱う大剣の重量が気になり、心の中でバルカスに『愛剣に触ります』と言ってから柄を握り、力を少し入れて刃を床から浮かした。
持ってみれば、ビンセントでもかなりの重量を感じた。
「こんなので闘ってたのか、よく体力持つな」
ビンセントは片手で持っているが、常人ではおそらく両の手を使っても持ち上げられない重量だろう。
幅の広い刀身は一塊の金属であり、柄に寄った剣身がくびれている。
柄には布が巻いてあるだけで、刀身とグリップの間に在るはずのガードは、とれているのか存在しない。
切先が平なのを見てビンセントが思い浮かべる物は、シュマイザーが持つ処刑の剣があるが、知っている物より分厚く幅も三倍はあり、また剣身も二倍程あるという人外の武器である。
ところどころ深い赤錆があり、非常に年季の入った一振りであるが、丁寧に扱われているのが傷治し痕や研ぎ痕で分かった。
「バルカスこれでかっこよく戦ってたよ! 」
「ミルは近くで見てたね、私も見てたけど、よく見るとなかなかごついわね」
「いやぱっと見でもごついがな。とりあえずはバルカスのところに持っていくか」
バルカスの愛剣という事もあり、片手逆手に真っ直ぐ持って、擦ったりして傷つけぬように調理室を出てバルカスの元へ向かった。
しかしホールに出ると階段を途中まで降りているバルカスが、安堵と苦笑いを混ぜた表情をしながら階段を降りてきた。
「待たせたな。すまない、大剣が調理場にあることをすっかり忘れていたよ」
バルカスの服装は薄着だが、上半身にラック装備を付けており、大剣を背負う気満々であった。
「……流石だなそれを片手で持つとは、ビンセント達には当たり前なのかな」
「少し前の俺では持てなかったと思うが――」
「そんな感じはしないが、ダボの奴はその剣を両手でヒイヒイ言いながら辛うじて床から少し浮かせられた程度だったからな。図体はデカいのに、機能が備わってない。持ってきてくれてありがとうビンセント――」
ビンセントから大剣を渡してもらおうと手を伸ばすが、ビンセントは渡そうとしなかった。
「なぁバルカス。せっかく街に出かけるんだし、置いてかないか? 」
「いや、何があるか分からんからな。重さなら心配は無用だぞ、これでも体力はあるからな! 」
人の事を言えないながらも少し考えるビンセントだが、やはり街を歩くのに大剣を背負うことに少し思ったビンセントはバルカス言った。
「じゃあ境界の中に入れていこう。いつでも取り出せるし、背負うこともないぞ。これ以上にないほどの装備方法だ」
「……それは、確かにそうだな」
「必要な状態になったり、言ってくれればすぐ取り出すしな」
ここまで言われたバルカスは、ラック装備を解いてビンセントの言葉に甘えることにした。
「すまんなわざわざ」
「いいさ。気軽に頼むよ」
ビンセントはそう言って境界内の亜空間に大剣をしまった。
「あ、そうだ。バルカスが淹れてくれた飲み物の空のカップ、さっき調理場借りて洗って拭いた後、大きな台の上に置いちゃった」
「助かるよカミラ、ありがとう。……それじゃあ準備も整ったし、西部の観光開始だな」
「おー!! 」
バルカスはラック装備を片手に歩き、ビンセント達も付いて行く。
ホールの廊下付近にあるカウンターにラック装備を置くと、絵の飾られた廊下を進んで玄関扉まで歩いた。
いつもの如く通常鍵と魔法門を開き、外に出て施錠をする。
バルカスはショルダーバッグを背負い、ビンセント達三人は手ぶらでバルカス邸の敷地からシザ国西部へと足を踏み入れた。
『シザ国西部』
バルカス邸の近辺は、崩れた瓦礫の山で人が住んでいない背の低い建物だらけであった。
というのも、バルカス邸に近づくのを恐れてその周辺だけ復興がされていないからである。
バルカスとしては、崩れた廃墟に伸びる植物は館から眺める分には綺麗であるし、周囲が静かというのも良いと思っていた。
しかしそこから少し離れると、復興されたであろう人が住めるような建物が立ち並んでいた。
「私のアジト周囲はゴーストタウンみたいなものだからな。元サンス王国の城、レーン城周辺は多少賑やかだぞ。東部程ではないがな」
バルカスに続いてビンセント達は街を見ながら進むが、非常に静かである。
人が十分に住める建物はあれど、人がいないのだ。
正にゴーストタウンだが、東部とはまた違う地中海を中心とした絵が見える。
東部では地中海に接する土地が低く、離れていくに連れて段々と土地が上がっているが、西部のバルカス邸の建っている土地は崖となっており、地中海と接している土地の方が高い。
周辺の土地は低いのだが、地中海から離れても、バルカス邸の建っている崖地より高いところは少ない。
土地が斜めに切れ、地中海が下から中まで映り、中高の視界の横に崖とバルカス邸が見えるという、
画家が憧れるような絵が静かにゆっくりと実物で眺められるのは、人が少ないゴーストタウンだからこそ可能な事ともいえる。
「バルカス邸、結構離れてても目立つわね」
「ここらの土地の方が低いからな。それに建物も背が低い」
暫く道なりを歩いていると、中規模な農園が見えた。
「お、農園か? 」
「そうだ、ココではオレンジとグレープフルーツとレモンを育てている。できた果物は貿易で他国へ渡らせたり、東部の料理店なんかが買っているな」
「オレンジ! いいなぁ! 」
「ミルはオレンジも好きか? 寄って行こうか」
「わーい! 」
ミルがはしゃぎ、四人は農園へと足を進めた。
農園のある所にまでくると、人やエルフも見るようになり、出会うごとにバルカスにひれ伏すようにするが、バルカスは決まって頭を上げるように言った。
農園の入口に着くと、農家の者と東部の商人、更にはバルカスの部下までいた。
「バルカス様! ご機嫌麗しく存じます」
「まぁな。少し邪魔をするぞ」
部下はバルカスが大剣を背負っていない姿を初めて見たので、何か特別なことがあるのかと無駄に事を深く考えだしたが、農家と東部の商人はバルカスに挨拶をすると、農園に通した。
「よく来てくださいましたバルカス様! さぁどうぞ園内にお入りください。オレンジ、グレープフルーツ、レモン共々、よく実っております! オレンジの収穫時期は一か月後程でございます。
グレープフルーツも同時期より少し遅めですが、レモンは更に遅くなります」
農家の話にバルカスは相槌を打って頷き、オレンジが食べられるのかを聞いた。
「少し早いですが、今でも食べられますよ! ささ、皆様中へ」
農園の奥の扉を開けられ、四人は柑橘系とその下位分類の果物が生る森へと足を踏み入れた。
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