17話 『二人の出会い』
ビンセントが部屋に行くと、ベッドの上で布団がこんもりと盛り上がっており、その中から静かな寝息が聞こえてくる。
「まぁ、寝てるよな」
ベッドに近づいて布団をめくると、警戒心皆無の最強生物ドラゴンがそこに在った。
「朝だぞーミル。朝ごはん出来てるぞ! 」
ミルは反応せず、布団を抱いて眠りは続く。
どうやって起こそうかと考えるビンセントは、カミラが普段ミルを起こすやり方を思い出す。
(くすぐればいいのか……)
ビンセントはミルの脇腹に手をやり、くすぐった。
(……反応はしている)
「起きろミルー! 」
暫くくすぐり続けると、次第にミルの表情と反応は変わり、明らかに起きているにもかかわらず耐えているような反応をする。
(起きたな)
くすぐる手を止めず、更に攻めるとミルは大笑いしながらビンセントの手をペチペチと叩いた。
「あっはっはっはっは! 起きたよ! ビンセントおはよう! 」
恒例ともいえようか、カミラがくすぐりミルが起きた後もその手を止めずにくすぐり続けた。
「あははっ起きてるよ! はっ起きてるって! ビンセントおはよう! ぃひひっ起きてるよ――ッ!! 」
そこでビンセントはくすぐる手を止めると、ミルはベッドの上で笑いながら転げまわっている。
「おはようミル」
「おはようビンセント! 」
ミルが笑い納まるのを待って、ミルにシャワーを浴びるように言った。
「ミルは昨日体洗ってないだろ? 」
「そういえば、洗ってない! 」
「さっと湯を浴びてくれれば乾かしてあげるから、ほら。シャワーはココだよ」
ビンセントがシャワールームの扉を開けると、ミルは駆けて入って行った。
「それと歯磨き――、はいいのか」
ミルを起こすのは殆どカミラが進んで楽しみながらやっていた為に、ビンセントはミルのその日の始まりを眼で見るだけであった。
その中で覚えたミルの事は色々あるが、その中の一つで、歯は磨かなくともドラゴンの分泌液で常に最良状態であるという事が分かった。
(乾かしてやるって言ったが、そういえば自分で乾かせてたな)
ミルが身に着けている服については元々ドラゴンの外皮で、皮の形状を変えただけのミルの服の場合、
ミルはシャワーを浴びた後でも自己乾燥可能な為に、ビンセントの境界による乾燥機能も必要なかった。
ミルがシャワールームに入ってから三分。
本当にさっと体を洗い流しただけなのだろう。
しかしそれだけでもスッキリとした顔でシャワールームから、いつものワンピース姿で、しかも乾燥済みの状態で出てきた。
(……一応境界通しとこうかな)
「ビンセントー上がったよー! 」
ミルが歩いて近づく中、本当にこの短時間で綺麗に洗えているのか心配になったビンセントは、
一応その場に境界を開いて、ミルの体に残る汚れを体から分けると呑み込んだ。
「よし! じゃあ皆で朝ごはんだ! 」
「わーい! 」
準備をするという事もないので、ビンセントはそのままミルを連れて部屋を出た。
するとミルは思い出したかのようにビンセントに話しかけた。
「そういえば今日ね、お外で友達と飛んだ夢見たんだ! 」
「お、ミルも夢を見たのか? 俺も見たぞ夢」
「どんなどんな? 」
夢は見たが、すぐに思い出せないビンセントが考えながら階段を降りていると、一階ホールに降りた時に思い出した。
「あぁ思い出した、俺は昔の仲間と一緒に酒場でひたすら酒を飲んでる夢だった」
「お酒飲む夢? 」
ミルが少し不満そうな顔をしてビンセントを見ていると、ビンセントはミルの立場になって考えて言った。
「そう悪い夢でもないぞ、俺は酒が好きだからな。……例えばほら、ミルがお肉食べ放題の夢を見るとするだろ? それはなかなかいい夢じゃないか? 」
「それはいい夢だね! 私その夢みたい! 」
「ははッ、そうだろ! いい夢だったよ」
夢の内容が酒飲み放題から肉食べ放題へと状況を変えれば、不満に思ったミルも顔を輝かせてビンセントを羨んだ。
しかし、ビンセントの中でどこかが引っかかっていた。
昔の仲間だった者達と机を囲んで酒を飲むという、彼にとっては懐かしくも楽しい夢なのだが、
ビンセントは不思議と嬉しく思わず、どちらかといえば怖かったのだ。
(変な夢だったな、いいはずなんだけどな。夢だけど美味かったし)
ビンセントは自身の夢の事をこう思っているが、ミルもまた友達と空を飛ぶ夢と言っていたが、思いはビンセントと同じであった。
だからこそ、いい夢の部分を言ったビンセントをミルは羨んでいた。
「またバルカスの演奏聴けないかな」
ビンセントと同じように、ミルが夢の内容を思い返しながらパイプオルガンを見て言うと、ビンセントはミルの手を引いて、カミラとバルカスの待つ階段下の部屋へと向かった。
「食後の楽しみだな」
「うん! 」
ミルの感じる、理解出来ぬ小さな気持ち悪さは、ビンセント達とミルの性格によりかき消えた。
階段下の部屋に入ると、バルカスとカミラの『少しずれたガールズトーク』が繰り広げられていたが、
ビンセントとミルを確認したとたんにその話は途絶えた。
「おはようカミラ! バルカス! 」
「おはようミル」
各々席に着くと、ビンセントは境界を開いて料理をテーブルに出し、食器類が乗っているカートをテーブルの隣に出した。
「やっぱりいい匂い! 」
ミルが料理の香りに深呼吸をして、食べてもないのに
バルカスが食器をまわし、四人全員に回ると祈りを捧げた。
「ありがとうビンセント。地中海の恵みが、我らを飢えから守り、また飢える者には地中海の恵みを贈り給わん。……よし食おうか」
海の幸をふんだんに使った料理を食べる。
「凄いな本当に料理が冷めていない」
バルカスが料理を完成させてから一時間三十分程立っているが、境界の中に保管されていた料理は出来立ての状態であった。
「せっかくだからな、出来立ての一番美味いを食べたいから、――美味い! 」
穀物料理をスプーンですくって食い、魚とスパゲティをフォークで食べた。
エビはぶつ切りにされており、フランベで一気に熱された為に香りがこもり、身も柔らかく張りのあるままとなっていた。
「あぁ、大きなエビの身がこんなにゴロゴロと、贅沢ね……美味しい」
「はは、皆には美味いと言ってくれるのが一番嬉しいな。デカいエビは地中海の恵みだ。シザが潤う訳だろ」
「確かに、こんな物が獲れて、上手く調理ができればっ、ングング……、んぁ潤うな」
「ビンセント、んぐ、食べながらンぐ、喋っちゃだめよ。ハァ――。いい」
「その台詞を返そう」
バルカスが朝一番で獲ってきた海の幸達は次々と四人の口の中に消えていく。
時にはビンセントがエビの大きな身をとると、カミラが神速でそれを皿から奪うという技まで見せるテーブルであったが、ビンセントもオーラを使ってまでカミラの皿からエビと付け加えてカニをとるなど、必死の反撃をしていた
「あのなカミラ、俺はエビ大好きなんだよ! エビとるなよ! 」
「私だってエビ大好きよ! それに、ビンセントの皿エビだらけなんだからいいじゃない! 」
二人は幸せそうに食べるミルを挟んでエビの取り合いをした。
「まぁまぁ、エビは他にもあるぞ、ほら」
カミラの皿にバルカスがエビを入れると、ビンセントに持っていかれないうちに口に入れた。
「皆食い意地張ってるな、まぁ美味しそうに食べてくれてるからいいが」
食事が続く中、ビンセントは今日の予定をバルカスに聞いた。
「あぁ、今日はな。まぁ昨日の予定通りなんだが、解放奴隷を迎え入れることが、今日の最大の予定だな」
「とは言っても、夕方なんだよね? シザに着くのは」
「それくらいだな。ビンセントの境界を使えばすぐだが、私はできるだけ避けたい。もうないと思うが、マフィアや盗賊にでも襲われない限りな」
「それは俺も思う。なんでも自力でやる方がいいからな。あの双子にもいい経験だろう」
ビンセントが言う双子とは、レオとレイのアーク兄妹だが、それを聞いてバルカスは苦笑する。
「あの双子、気に入ってるなビンセント」
「気に入ってると言うか、生きることに必死で、両者兄妹想いでいい子達だろう」
「それはそうだな」
バルカスは水を飲んで一息つくと、昨日から考えていたことをビンセント達に伝え始めた。
「なぁ、皆がシザにいるのは後どれくらいなんだ? 」
ビンセントはカミラとミルを見て少し考えたが、答えが空のままバルカスに答えた。
「分からない、な。しかし、後四日で一度クロイスに戻ることになってるんだ」
それを聞いたバルカスは少し動揺しながら、何度も三人の顔を見回した。
「そ、そんなにすぐ帰るのか?! もっとゆっくりしろよ! 」
何をそんなに焦るのかが理解できないビンセントは心の中で首をかしげながらも、バルカスを宥めて話を続けた。
「お、落ち着けよバルカス。戻るって言っても境界渡ってクロイスに行って、半日くらい顔見せるだけだし、その後のことはまだ分からないんだよ。シザをずっと見て回るのもいいし、また行ったことの無い国に行くのも面白いと思うんだ」
「そ、そうなのか」
バルカスの声は小さくなり、ビンセントとミルは感じないが、カミラはバルカスの気持ちを理解した。
(あぁ……、バルカスって寂しがり屋なのね)
カミラがバルカスを察すると、ビンセントに続いて言った。
「私達は気ままに旅をしようとクロイスを旅立ったんだけど、シザの国もまだ分からないことも多いわ。ダボの統制する東部は昨日見たけど、西部はまだ見て回ったことないし、バルカスがもしよければ、教えてくれないかな」
カミラに教えてくれないかと言われ、バルカスの表情は恥ずかしがりながらも輝いた。
「そ、それは、そうだな! 今日は、夕方まで西部を案内しよう! 」
外の雨はさっきよりは静かで、降り止む気配さえも見せている。
「そういえば、今は雨どれくらい降ってるだろうか。音が結構静かだが――」
窓から外を覗けば遠くで青空が見えており、雨雲はこちらに向かって流れ、また青空も徐々に近づいてきていた。
天気を心配したビンセントが窓を覗けばその情景が見えたので、三人にそのことを伝えた。
「雨はしばらくすれば上がりそうだ。奥に青空が見えたよ」
「それは良かった! じゃあ雨が止んだら西部を案内しよう。それと皆に私の部下でもある、かつての戦友達を紹介させてくれ」
「それは楽しみだな、ありがとうバルカス」
「ありがとうバルカス」
「楽しみ! 」
三人が期待して楽しみに思ってくれた事が嬉しくて、バルカスは机の下で小さく拳を握るとガッツポーズをした。
バルカスは一腹先に落ち着いたが、三人は食事をしっかり続けて、テーブル上の料理はすっかり平らげられた。
「美味かった! ご馳走様でした」
「ありがとうバルカス。ご馳走様でした」
「ご馳走様でした!! 」
ソースすら全て綺麗に無くなった皿を見て、料理に対しての礼を三人から受けると微笑んで礼を受けた。
「どういたしまして」
ミルが両手でカップを持って水を飲んでいる姿を見て、バルカスはミルに飲ませたかった物を思い出した。
「ミルはまだアレを飲んだことなかったな。ちょっと淹れてくるよ。あんまり水飲みすぎないようにな」
ミルは笑顔のままその言葉を疑問に思っていると、バルカスはそのままテーブルの皿をカートに乗せて調理室に押して運んだ。
「あれってなに? 」
「あーと、たぶんあれだな。甘くて美味しい飲み物だろう」
「昨日淹れてもらったやつね」
ビンセントとカミラがそう言うと、ミルは水を飲むのを止めて待ち遠しそうにバルカスの帰りを待った。
「甘いのいいな! 私昨日飲んでないや、ビンセントとカミラいいなぁ」
「フフ、ミルは好きになる飲み物ね」
「そうだな。コーヒーミルクより濃くて甘いからな」
コーヒーミルクより濃くて甘いと聞いたミルは、鼻息鳴らして待った。
その間ビンセントは、少し汚れたテーブルに境界を通すと、テーブルと汚れが分けられ、汚れを境界が呑み込んだ。
「掃除にも使えるなんて、いいわねそれ。ビンセント、もう掃除スキル値カウンターストップしてるんじゃない? 」
「いや、まだ俺の掃除スキルは二桁だよ」
「……カンストしてるようなものでしょ、さっきの掃除の仕方なんて……」
(私あんまり片付け得意じゃないし……)
あまり片付け上手ではないカミラは、また日常面で汎用性の長けるビンセントの能力『境界』を羨むが、ビンセントはカミラを宥めた。
「いいじゃないか片付けが苦手でも」
「ちょっ、心読まないでよ! 」
「え? まぁそんなの読まなくても分かるしな」
悔しがりながら見つめてくるカミラを見て、ビンセントは笑った。
「まぁまぁ、ほら。カミラの苦手な事は俺に任せてくれればいいよ。俺とカミラは昔からパートナーじゃないか、カミラのことは分かってるし、何でも俺に任せてくれ」
「ちょっと、ビンセント……。何その、あの、ミルがいるんですけど」
「え? なんで、いいじゃん。飲み物楽しみだなミル! 」
「うん! 楽しみ! 」
さっきの会話に対して一人で赤面するカミラと違い、ビンセントはカミラ相手ならば思ったことをそのまま言う。
ミルは二人の仲のいいやり取りを、分からないながらも聞きながら、バルカスの戻りをワクワクしながら待っている。
朝食前に、カミラとバルカスがしていた話し合いの中の題材の一つとして、ビンセントのこの一面が挙げられていた。
(なんかな、ビンセントは、まっすぐすぎる……)
カミラの話では、ビンセントはカミラに対してのみだが、小っ恥ずかしい事を平気で言うという事だ。
ビンセントとしては勿論本当にそう思っているからただそう言っているだけの事だが、カミラにとっては少し恥ずかしく感じる事が多々あると、そうバルカスに相談したところ、それは仕方がない事。という風に言われた。
(まぁ、ビンセントは最初からずっとこうだったし、今更別にいいんだけど)
「ん、カミラどうした顔赤くして、具合でも悪いのか? 」
「だ、だから! 人前ではそういうのやめてよ! 」
「な、なんだよ、元気じゃないか。良かったが、なんでだ? 」
「恥ずかしいんだよ!! 」
カミラの裏返った叫びを通路で聞いたバルカスは状況を察し、トレイに飲み物を淹れたカップを四つのせて部屋に戻ってきた。
「まぁ、これ飲んでくれよ。落ち着くぞ」
甘い香りにミルの鼻はスンスンと反応する。
「あ、ありがとうバルカス」
三人の前にカップを置き、バルカスも座って目の前に自分のカップを置いた。
「いい香り! 」
「熱いから気を付けるんだぞ」
ミルは静かにカップに口をつけると、そのままゆっくりと口に含んで飲んだ。
「甘―い!! これ美味しいね! 」
「ははっ、それは良かった」
ゆっくりと温かい甘い飲み物を飲み、食後という事もあって眠気を誘う。
カミラも落ち着き、ビンセントはよく分からないまま一先ずカミラに謝ると、飲んで落ち着いた。
「ふぅ、落ち着いたか二人とも」
「お、落ち着いたわ、ありがとうバルカス、それと、ごめんねビンセント」
「ん、いや、謝られることないが、何か辛い事があったらいつでも言ってくれていい」
ビンセントの言葉を聞いて、カミラに続きバルカスも目を細めると、ついに目を閉じてしまう。
「カミラ、コレはもう、カミラが受け止めて慣れるしかない」
「いや、ちょっとバルカスまで、なんで皆の前でそういうの言うのさ」
「仕方ないだろう。それに私から二人を見てた感想だが、……カミラの方がべったりと言った感じだったが――いや、何でもないすまん」
バルカスはカミラから何かを感じ取ったのか、それ以上は言わずに口を曇らせた。
「いいじゃないか。中の良い事は良い事だと思うぞ」
バルカスの言葉に続いてビンセントも口を開ける。
「ん? なんだそう言うことで悩んでいたのか? 大丈夫だろ、カミラと俺の中は変わらず仲が良いし、勿論ミルもな」
ビンセントは、飲み物を嬉しそうに飲んでいるミルの頭を撫でて微笑んだ。
(そうねビンセント、それは凄く嬉しいわ、でも今は仲の良し悪しを心配してるんじゃないの……)
バルカスはそんな二人を見ると苦笑いをしてしまうが、その口元をカップで隠して飲んでいた。
「あの、なんかごめんなさい。そうねビンセント、これからもよろしくね」
「どうしたんだ改めて、勿論だ。いずれは二人を俺が守れるようにならないとな」
カミラは考えても体温が上がるだけなので、考えるのを止めて一息ついた。
二人の間、というよりカミラが落ち着いたところでバルカスはやはり二人を観察する。
ふとバルカスは、ビンセントの過去の話は聞いたが、ビンセントとカミラの出会いを聞いていないことを思い出した。
(二人で相当なことを乗り越えたのか、凄い出会いをしたのか、仲が良過ぎると言うか、やっぱり相当絆が強いな)
バルカスに見つめられていることに気が付いたカミラが不思議に思ってバルカスに尋ねた。
「どうしたの? バルカス」
「いや、カミラとビンセントの出会いはどういうモノだったのかなと思ってな」
「あぁそうか、そういえば話してなかったな」
このことにカミラの顔は再び赤くなる。
考えないようにしても、ビンセントがいる限りこうなのだと、カミラは諦めた。
「出会い自体は結構昔なのか? 」
「そうだな。俺が寺院を出たのが九歳位で、その後一年間位サバイバルしてたんだが、カミラと出会ったのはその時だな。今からでいうと、十五年程前に出会った」
****【ビンセントとカミラの出会い】
寺院が魔物の襲撃を受けてからは、ビンセント一人でサバイバルをして生き延びてきた。
魔物との戦地跡があれば、剥ぎ取り残った兵士の死体から剣を盗り、物運びの鞄を盗ってはそれを背負って身に着け、非常食を盗って食い、動物を狩って食ったり、最悪の状態では魔物でも食って生きてきた。
そんなビンセントが夕暮れの南部の平原を歩いて渡っていると、魔物の鳴き声が聞こえた。
声からして三匹程度であろうと思い近づくと、ゴブリンタイプの魔物が四体おり、一人の少女と闘っていた。
少女は血だらけで、見るからに瀕死の状態だ。
ふらふらとして辛うじて意識がある様子であり、体半分が崩れ、震える
ゴブリンは半ば、瀕死の少女で遊んでいるようにも見えた。
ビンセントは少女が必死になって抵抗して生きようとする姿に魅せられ、気が付けば身に合わないロングソードを握ってその場に駆けていた。
駆けた勢いのまま長身の剣を振り下ろし、体こそ非力なビンセントは、本能的に殺意を出して確実にゴブリンを仕留めようとした。
ゴブリン一体の首は一つ確実に斬り落としたが、他のゴブリンが奇襲されたという状況を理解して増援をとった。
ゴブリンは片膝で立つ少女をこん棒で殴り飛ばすと、少女は弾き飛ばされ、地面に血が
ビンセントは倒れた少女に近づくゴブリンを斬るが、ロングソードはこん棒に弾かれてビンセントも一撃喰らってしまう。
さっき食べた食料を吐きながらも、急いで武器を拾い戻してゴブリンに突貫する。
ゴブリンの足を斬り、こん棒を避けて首を切断した。
そんな事をやっているうちに、ビンセントと転がっている少女はゴブリンの群れに囲まれていた。
地形を改めて確認すると、ごつごつした岩場の反面からゴブリンがぞろぞろ出ているところを見たビンセントは、その岩場にゴブリンの巣穴の存在を確認した。
ゴブリンの数は三十か四十か、小さいビンセントがどうこうできる相手ではなかったが、ビンセントは地に転がる少女を背負うと、バッグの紐を少女の手首に絡めた。
耳元で少女の呼吸音を確認したビンセントは、この状況からどうにか脱出する手段を考える。
しかしいくら考えても逃げ切れるアイデア全く出てこない為、とりあえず剣を構えた。
ゴブリンは完全に二人を囲み、こん棒を構えて今にも襲い掛からんとしている。
――――
「そんな状態でどうしたんだ? 」
「どうするも、もうやるしかないよな。とりあえず戦って、後はお決まりの如く、勝てない相手からは何をしてでも逃げて生き残るんだ」
****
少女を抱えたビンセントは、少女を背負ったことにより体力の消耗も激しく、動きも遥かに鈍くなった。
ロングソードをまともに振り扱える程の余裕さえもなかったのだ。
痺れを切らしてゴブリンがぞろぞろとビンセントに迫るが、ビンセントはこれに剣で以て応戦。
しかし鈍い剣はこん棒にあっさり力負けし、ビンセントは再びこん棒による衝撃を受けることとなる。
弾き飛ばされた先の地面で、崩れる中少女をかばって自身が地面に
そんな中でもビンセントは、ゴブリンの密度が一番薄いであろう包囲箇所を確認し、生きる為にロングソードを右手に持って突貫した。
ゴブリン一体の胸を突き、手の力だけでは剣が抜けないので、脚をつっかえて引き抜き、叫ぶゴブリンの首に向けて剣を振って刎ねた。
一体は倒したが、前にはまだ何体もゴブリンがいる。
ビンセントは脚を狙い斬って、少しでも時間が稼げるようにゴブリンを転ばせて突き進み、障害をできる限り斬り刻んだ。
しかしビンセントが攻撃をする時間がある分、ゴブリン達もビンセントを攻撃する時間も隙も大きくある。
ゴブリンはこん棒を何度もビンセントに振り叩き、鈍い音や何か砕ける音が何度も響いた。
それでもビンセントは無い退路を作る為、ひたすら目の前のゴブリンをかき分けて斬って突き進んだ。
ついにはゴブリンの囲みから抜けるも、横から振られたこん棒に弾き飛ばされて地面に転がる。
――――
「凄いな、その状況で生きていたのが」
「不思議な事に、ゴブリンに突っ込んでからという物、こん棒喰らっても痛みが無かったんだよな。
だからあそこまで進めたのかもしれん」
****
こん棒に弾き飛ばされたビンセントは悶えることもせずに、ただ一心不乱にその場から逃げ出した。
ゴブリンは追いかけてくるが、全力を以て暫く走り続けたおかげで巣から離れたのか、後を追う姿は見えなくなった。
ビンセントは走り続けているにもかかわらず、疲れが無い。
少女を背負いながら走っていると、小さな川に着いた。
ビンセントは少女を背中から降ろして横に寝かせ、持っていた出来るだけ綺麗な布を川で洗って濡らすと、少女の血だらけの体を拭いた。
痣も酷かった為、汚れていた布も川で洗い、絞って体に当てて冷やし、乾いた木の枝を見つけると火を焚いて暖を取った。
そんな中緊張が解けたのか、さっきまでなかった痛みと疲れがビンセントを襲った。
その痛みで自分の体も重症だと知ったビンセントは、痛みに悶えながらも川に這って行き、傷を拭いて痣を冷やした。
――――
「うん、超痛かった。今喰らったらどうか分からんが、あの時喰らったゴブリンのこん棒はやばかった。死ぬかと思った」
「それはそうだろ」
****
ビンセントは鞄の中にある、兵士から盗った回復薬の存在を痛みの中思い出すと、ビンの栓を開けて少女にゆっくりと飲ませた。
すると少女の傷口は痕も遺さず癒え、呼吸は正常に戻った。
それを確認したビンセントは、意識が
次に回復薬のビンに水を汲んで、わずかに残った薬を水増しして自分はそれを飲んだ。
薄まり極めた回復薬であったが、凄い回復薬なのかビンセントの意識ははっきりと戻り、痛みはまだあるが傷が塞がり治っていた。
ビンセントは少女の隣に歩いていき、共に暖を囲んで眠りについた。
次の日、ビンセントが朝目覚めると少女は起きており、少し警戒しながらもビンセントに礼を言った。
警戒する少女に対し、ビンセントは自分の名前を初めに伝え、その後に続けて自分の全てを話して聞かせた。
少女は始め驚いたが、やがて心を許して微笑み、『カミラ・シュリンゲル』と最初に名乗ると、続けて彼女の全てをビンセントに聞かせた。
――――
「大まかにだが、俺とカミラの出会いはこんな感じだな。まさか年上だとは思わなかった」
「それはどういう意味かしら? でも懐かしいわね、ふふっ、ありがとう」
「絶体絶命だったんだな。しかし痛みを感じなかったとは、なんだろうな」
「今思うと、もうその時からビンセントも、私の『クリムゾンオーラ』みたいな能力を発現してたんじゃないかしら。痛覚遮断とかそれ以外ないわよ」
「どうなんだろうな、俺はその時カミラを助けるのと、自分が生き延びるので必死だったからな」
「やっぱりビンセントとカミラは仲良しだ!! 」
「はははっ、違いないな」
ミルにバルカスも同調してビンセントとカミラの絆の深さを知るが、二人の互いの理解は絶対的な物だった。
カミラはビンセントに心を開くまで、父を除く全てを恨み、許す事が出来ず、自らを閉ざしていたからである。
一方ビンセントも、カミラ以外が踏み込めない絶壁や谷とも言える心の部分があり、唯一知る者同士、互いを理解して知る事が出来たのだ。
互いは思わぬところで、またそう考えずとも互いを最愛としている。
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