16話 『絵の物語』

 朝、ビンセントはやはり三人の中で一番早く起きている。

 昨日カミラの後にシャワーに入ってからというもの、ベッドで横になった瞬間に夢の中に旅立っていた。

(また変な夢見た……)

 ビンセントは昨日とはまた違った夢を見た。

「まぁいいか、どれ。今日の天気はどうかな。……なんか暗いが」


 カーテンを開けてみると、外は雨が降っていた。

(雨か、たまにはいいかもな)

 ビンセントの目には昨日と同じく、雨に濡れて何か荷物を運ぶバルカスの姿が見えた。

(バルカスの日課なのか、あれは)

 バルカスは黙々と荷物を担ぎ、館の門まで向かっていた。

ビンセントはまた手伝いに行こうと思い、部屋の扉の方を振り返ると、カミラが起きてベッドの上に座っていた。


「おはよービンセント」

「おはようカミラ。早いな」

「早いのはビンセントよ」

 カミラはそう言ってビンセントに近づくと、窓を見てビンセントが何を見ていたのかを確認した。

「あら雨ね。なにみてたの? 」

「いや、バルカスがまた荷物を運び入れてたからな。手伝おうかと思って」

「そういえば昨日も朝から肉を運んでたんでしょ? ……バルカスちゃんと寝てるのかしらね」


 昨日バルカス達が館に戻ってきたのは午前一時三十分。

それからビンセントが寝たのはおそらく一時間後の二時三十分程であり、恐らくバルカスの就寝時刻もその頃だろう。


 そして現在の時刻は五時。

因みにこの近くに市場等の店はなく、この館以外は空いた土地と住人のいない空き家ばかりだ。

 何時から、どこからその荷物を運んできたのかと考えると、ビンセントとカミラの二人はバルカスを心配した。


「……手伝いに行きましょうか」

「だな。の前に歯磨いていいか」

「まぁ、確かにこのままいくのも失礼かしらね。……それにしても、ここに来てからビンセントの寝癖は発現しないのね」

「発現ってなんだ。なんかの能力みたいに言うじゃないか、そんな能力は持ってないぞ」


 ビンセントに続きカミラも歯磨きと洗顔を五分で終わらせ、着替えた。

「よし準備完了ね。ミルは、――まだ寝かせておきましょう」

「そうだな」


 ミルはカミラの布団にもぐっており、姿は見えないが静かな寝息が聞こえる。

部屋を出る際に、カミラが布団の上からミルを撫でた。

「ちょっと行ってくるね」


 部屋を出て二階の階段前まで来たが、一階のホールにはもう既にバルカスが荷物を持って入ってきていた。

(……歯磨きしてる間に、そりゃそうか)

 二人は駆け足で階段を降りると、バルカスに声をかけた。


「バルカスおはよう」

「お、ビンセントにカミラ。早起きだな、おはよう」

 早起きなのはどちらだろうという目で、雨でずぶ濡れになっているバルカスを見ていた。

「いやそうでもないよ。それより、何か手伝えることがあったら言ってくれ」


 ビンセントはそう言いながら境界を開くと、バルカスに通して彼女の汚れと体外の水分を分けて呑み込んだ。

「お?! ……今のなんだ、境界か? あぁ、助かるよビンセント、カミラ」

 バルカスの雨でのずぶ濡れの体は綺麗に乾き、バルカスの荷物をビンセントが持った。

「すまない。それを調理場まで運ぼうと思ってな」

「分かったが、これなんだ……なんかワソワソ動いてるぞ」


 ビンセントの背負った大きな麻袋からは、海の生臭さの様な臭いが漂い、袋の中では大量の何かが蠢いていた。


「あぁ。そいつらは今日の朝飯の海の幸だ」

「バルカス、一体何時から起きてるの? ちゃんと寝てる? 」

 カミラが心配そうに言うと、バルカスは胸を張って答えた。

「大丈夫! 私は三時間眠れば疲れが全快なの! 」


 それを聞いたビンセントとカミラは、またバルカスを可哀想と思い見つめた。

「そ、そんな顔で見るな! 本当だ、美味い物作ってやるからな」

「気持ちは嬉しいけど、無理はしないでね」


 ビンセントは調理室まで、麻袋に詰まった海の幸達を運んだ。

「そこにおいてくれ」

「分かった」

 昨日の牛一頭と同じく、広く大きな調理台に麻袋を置いた。

「大丈夫だ。私一人でできるし、朝ごはんが出来たらまた呼ぶ」

「そうか、しかし少し調理を見たいな」

「確かに、コレはいい料理勉強になるわ」


 ビンセントとカミラはバルカスの調理を見ようと、少し離れてバルカスの姿を見ていた。

バルカスは苦笑しながら麻袋の紐を解くと、中身を解放した。

 麻袋の中からは、大きなエビやカニと貝等の甲殻類から、大小様々な魚が出てきた。

大半はまだ生きており、甲殻類は蠢き、魚はビチビチと台の上で跳ねている。


(凄いな、こんなのどこから手に入れてきたんだ……)

 ビンセントの疑問はカミラが口を開いてバルカスに聞いた。

「凄いわね。そんな量の海の生物、どうやって手に入れたの? 」

「地中海で潜ったり釣りしたりね。今日は雨も降ってて地中海は荒れてたけど、そのおかげかエビは結構とれたわよ」

 荒れた海に潜るなど、出来る出来ないは別として、やったことの無いビンセントとカミラは、彼女に対して驚いていた。

「こう見えても割と泳ぎは得意でな。あ、後釣りも得意だぞ。今日は釣竿をそこらへんから借りたがな」


 バルカスはそう言いながら包丁をとると、慣れている為か手際もよく、着々と甲殻類と魚をばらしていく。

 半分を魔力冷凍庫へ入れると、魔力冷蔵庫から野菜と調味料を取り出した。

初めのうちに底の深い鍋に水と塩を入れて、魔法火で熱した後、沸騰したら火を弱めてスパゲティを茹でた。

 油と香菜を熱したフライパンに、ばらしたカニと細い穀物と調味料をいれると炒め、ラム酒を入れてフランベをした。

 次は少量の調味料と水で崩したカニを煮込んでソースを作ると、全ての下処理をした魚を焼き、作ったソースと共に煮込み焼いた。

 刻んだ唐辛子とニンニクと共に貝をオイルで熱してソースを作り、茹でていたスパゲティをそのフライパンに入れると、ソースと絡めて炒めた。

最後に香菜と香種をいれると、同じくラム酒を入れてフランベをして香りを付けた。


 この料理達の調理時間は十五分間程である。


「よし、調理は完了だぞ」

「あ、もう終わったのね。調理早い……、それにいい香り。美味しそう」

「料理も得意だよな」


 カミラはバルカスの調理を見ていたが、魚の解体からして情報が錯乱した。

早すぎる解体を覚えるのを、今回は諦めたカミラはその後の調理を見ていたのだが、ただただバルカスの料理に感心していた為に、それを覚えるには至らなかった。

 料理の香りと調理の音に、嗅覚と聴覚や、妄想の為に味覚も仮に良く働いていたが、気が付けば調理は終わっていた。


「ハハッ、これでもデリツィエのオーナーであるラースにスカウトされたくらいだからな」

「まじで!? 」

 二人の驚きは声となり重なった。


「私が今日のように荒れた地中海へ潜って、自分が食べる用のエビを獲りに行ってた時にな、海面に上がったら同じ海面にな、そのラースが器用に足だけで泳ぎ浮き、腕を組んで私をじーっとガン見していたんだ」

「……あぁ、そういう人なのかラースっていう人も」

 ビンセントは何かを察してバルカスの話の続きを聞く。

「『どこの誰とは知らないが、自ら食材を獲りに行くその姿勢、気に入った! 』って言われてな、本店長にスカウトされた」

「それは凄いわね、それでどうしたの? 」

「見るからに頭おかしかったから断ったわ。 だって裸で腕組んでギラついた眼でガン見だからな」

「へ、へぇ……」

「断ったら、『そうか……』って言って海に潜っていったわ」

「海に潜っていったのか……、その後が気になるが、ラースっていう人も凄いんだな」

「デリツィエのオーナーだしね、料理にかける情熱は世界一らしいし」

「その後、私が海から上がると、その全裸のラースが海から歩いてきてな。私は思わず大剣を向けてしまったが、ラースは私に対して、一つの大きな貝を投げ渡してきたんだ」

「貝? 」

「あぁ、その貝は、私が食ってきた貝の中でも一番美味かった。今日にいたってもその貝を超える貝は食ったことが無い。その時、噂のラースっていう料理人が凄いことを知ったよ」


 バルカスは語りながらせっせと料理と食器を揃えてカートに運んで乗せ終えた。


「デリツィエはどこの店も美味いが、オーナーは格が違ったという話だ。よし、用意も済んだぞ、部屋を移ろう」

「あ、あぁ。分かった」

 ビンセントとカミラは、あったことの無い偉人を想像で頭の中で浮かべるも、どれもイメージに合わずに何度も消した。

「そういえば、ミルはまだ寝てるんだろ? 」

「あぁ。まだ寝てるよ」

「寝てるって言っても、……まだ五時二十分だしね」

 カミラの言葉にバルカスは我に返り、失敗に困った表情を浮かべた。

「すまない、ついやってしまった。そうかまだそんな時間か、しまったな、料理が冷めてしまう」


 バルカスはビンセントとカミラが現れてからテンションも上がり、その気に任せて調理を早々に済ませてしまったが、現在の時刻は五時二十二分。

朝食には大分早いのである。


「まぁ、確かに早いが心配しないでくれ。こういうのも『境界」の便利なところだろう」

 ビンセントはバルカスに、境界内に入れたモノは時間経過が起きず、料理が冷めないことを伝えた。

するとバルカスは顔をあげて表情には明るさが戻った。

「そうなのか!? 相変わらず便利だなそれは」

「俺もそう思うよ、それじゃあカートごと入れるぞ」


 ビンセントは境界を開くと、カートごと全ての料理を呑み込んだ。

「何時くらいに飯にする? 」

 暫く沈黙が続く中、バルカスはビンセント達に朝ご飯の時間帯を聞く。

「そうだな、俺達は起きたらもう何時だろうと食べるが……。逆にバルカスは何時くらいに食べるんだ? 」

「私も起きたら、ね。……このくらいの時間かもしれないわ」


 バルカスやビンセント達も変わらずに、どちらも起きて暫くたったら食べるという事だ。

ただ、起きる時間帯がそれぞれ違うだけの話である。


「そうなのね、ミル起こしてきましょうか? 」

「あ、いやいい。そうだ、先に絵についての話をしようか」


 カミラがミルを起こそうかとバルカスに尋ねたが、バルカスはミルをそのまま寝かせてあげるように言った。

その間二人には昨日酒場で話したデュラハンの絵の話をして聞かせようと思ったのだ。


「お、丁度いいな。じゃあ六時三十分くらいになったらミルを起こしに行くか。バルカス、それまで頼むよ」

「あぁ、じゃあちょっと贈書をとってくるよ。ビンセントとカミラは廊下の絵でも観ててくれ」

「分かったわ」


 バルカスは階段下の部屋へ向かい、ビンセントとカミラは、絵の飾られた広い廊下へと向かった。

まだ外が薄暗い為か、ホールと廊下にはバルカスが付けた魔法照明が薄く灯されていた。

廊下では絵の上にも灯されているから、昨日の夜と違い絵がよく見えた。


「色んな絵があるのね。まじまじと観たのは初めてだわ」

 カミラはビンセントと違い、飾られた絵をじっくり観るのは今で初めてであった。

ただビンセントは昨日見ていたのにもかかわらず、相も変わらず新鮮であった。


「やっぱり絵っていうのは見慣れないな、こういうしっかりした絵、カミラは他で観たことがあるか? 」

「私はギルドとか、師匠達と行った所で少しだけど観たことあるわよ」

 カミラはそう言うと一つの絵の前で止まって、その絵を観てビンセントを招いた。

「あら、コレ」


 カミラが見ていたのは、十本の腕にそれぞれ物を持った化物の絵だった。

「どうした? 」

 カミラの反応に疑問をもったビンセントは、彼女に近づいてその絵を見た。

「こんなのもあったのか。……花とか武器とか、恐いのか可愛らしいのかよく分からんな」


 カミラとビンセントが観る絵の化物が、十の手にそれぞれ持つ物とは、四つの手に綺麗な花を持ち、一つの手には杯、もう一つの手には天秤を、中央二つの手には両の手で持たれた開けられた手紙のような物、残りの二本には大きな剣を二振り持っている。

 又化物の上には天使の輪のような花の冠が浮かんでおり、化物もまた浮いていた。


「いや、ビンセント。コレ、こいつ、こいつの持ってる剣私見たことある」

「え? あぁコレも伝説級のアイテムとかであるのかな」

「違うよ。ほら、私が昨日話した奴だよ。私がクリムゾンオーラで――」

 ビンセントはカミラが冷や汗を掻いて言うので、記憶を振り返り思い出した。

「あ……。黒い球体の腕十本ある魔物――」

「剣以外に持ってる物は、杯と天秤以外は違うけど、こいつが持ってる剣と杯と天秤は私の見た物の形そのままだわ」


 カミラはその絵を真剣に見ていると、後ろから本をとってきたバルカスが歩み寄ってきた。

あまりに真剣なまなざしで一つの絵を見ているので、バルカスは気になってカミラに尋ねた。

「その絵が気になるのか? 」

「――ひゃっ!? 」

 カミラはバルカスに声を掛けられると驚いて跳びのくが、後ろにいたバルカスにぶつかった。

「いたた、いやすまない。驚かすつもりはなかったんだが、どうしたカミラ? 」


 カミラは少し顔を青くしてバルカスを見たが、自分を落ち着かせた。

「こちらこそ驚いてぶつかってごめんね。大丈夫? 」

「私は大丈夫だが」

「いや、この絵の奴が、私が倒した奴に見えてね」

 そう言われたバルカスは、カミラの隣に行ってその絵を見た。


「あぁ、やっぱりそうだったのか。昨日のカミラが十本腕の魔物の話をした時、ひょっとしたらと思ったんだよな。改めてだが今知ったよ、この絵も実在していた魔物の絵だったんだな」


 バルカスには絵の良し悪しは分からない。

だが老婆から聞いた絵の物語は分かるのだ。

 バルカスはカミラとビンセントに魔物の物語を話して聞かせる。


「じゃあデュラハンの前にこいつの話をするか」

「こいつにも、話があるのね」

「あぁ、……じっくり聞きたいか? 」

「俺も気になるな」

「分かった、じゃあ話そう。婆さんの話とこの本によれば、この魔物の元は双子のエルフだ」


****【双子エルフの憎悪】

 バルカスが話すにはその双子は、エンデヴァー兄弟から『杯』と『天秤』の能力を贈られた少年と少女であり、名は少年がエノクで少女がエイルだ。


 エノクの『杯』は人々から聖杯と言われて崇められ、人々とエルフ達の渇きを満たして救っていた。

エイルの『天秤』は人々を平等にし、争いを無くして人々やエルフ達を救った。

 そんな兄妹は孤児だった為か、一人の人間の少女に弟と妹のように可愛がられていた。


 彼女の名はメリダと言い、エンデヴァー兄弟を善く想いながら、二人の手伝いをよくする人の少女である。

 エノクとエイルは、エンデヴァー兄弟とメリダ、その他その周りの人々に良くしてもらっていたので、

兄妹は皆を家族と思い愛した。

 エンデヴァー兄弟の手伝いをし、またメリダの手伝いをする日々が日常として過ぎる。


 ――とある日、エノクとエイルは、メリダとエンデヴァー兄弟の為に、花の冠を作ろうと花畑へ来ていた。

キースへの花の冠が完成し、次はノースの分、最後に飛び切り大きくメリダの分を作る気であった双子は、量の手で花をもって二人で微笑んでいた。

 そんな中に双子を想うエルフが、一通の手紙を双子に手渡した。

中を開けると手紙が一枚入っており、内容はエンデヴァー兄弟が絶望した事、またメリダがエルフに拉致され、北のエルフの国で処刑をされるという事だった。

 双子は理解できないでいたが、十秒も経たないうちに世に対する恨みと悲しみ、また怒りが込み上げてきた。


 二人は花をむしり取り、頭を何度も抱えるが、量の手に持った手紙と大量の花束を抱えて、エルフの北の国へと駆けていった。

 双子は急ぐ中、色々なモノを見た。


 双子を見る、明らかに恐れて嫌悪する人々とエルフの眼。

人々やエルフを見れば、皆がエンデヴァー兄弟を罵り、メリダに対しても同じく酷い言葉を何度も大声で叫んでいた。


 双子が眼にするその中には、ほのかにキースを想わせる香りを放つ、『キースの絶望を知らせる者』がぞろぞろと現れ、人々はそれを魔物と言って嫌悪していた。

 エノクとエイルは走る中で次第に心を閉ざしていくが、心の中では精霊から酷く罵られた。


 双子には最早自由は無かった。

外の世界は皆が自分達を呪い、数少ない平穏であったはずの自分の心は、精霊により侵されていた。

 半狂乱になりながらも走りを速めて北の地へ行くと、双子はその場で捕らえられた。


 エルフ達に両の手を掴まれ、花束は少しずつこぼれ落ちる。

双子は目の前で処刑台にひざまずくメリダに呼びかけると、メリダは双子にとって、今見える唯一の純粋な微笑みと涙を浮かべて見せた。


 間もなくメリダは首を刎ねられて処刑され、双子の量の手に抱えた花束は、同族のエルフに腕を広げられてこぼれ散った。

 双子はその時絶望し、手荒くメリダの二つの死体を扱うエルフに、またこれを望んだ人を深く恨んだ。


 双子は必死に抵抗をしたが、エルフと人々に囲まれて暴力を振るわれ、瀕死の状態でメリダに続いて処刑台に体を置かれた。

 双子の首に刃が迫るが、双子は先に自身の魔法で自害した。


 その後の双子の死体は、メリダと同じように手荒く扱われ、エルフ達は兄妹の抱えていた花束と手紙も酷く嫌悪し、双子の死体の元に捨てた。


 数年後、双子は感情と人格すらないが、キースの生んでいた憎悪の化身のような姿に自らなり、

何年も、何十年も、何百年をもかけて、エルフと人、精霊に対して復讐を続けた。


――――

「とまぁこの魔物は、婆さんとこの本にはそんなふうにあるね」


 バルカスの話を聞いた二人は、暫く言葉が出ないでいた。

カミラは改めてその絵を見て、細かなところまで目を配らせた。

 手紙を持ち、花を持ち、杯と天秤を持ち、持っていなかったはずの剣を二本持った、双子の成れの果ての姿。

 よく見れば、その黒い球体の魔物の周りには酷い顔をした人やエルフが描かれていた。


「そうなのね、双子のエルフが成った魔物という事ね」

「婆さんが言うにはそうだったな。本当の話かは、私はどうともいえないが」

「私が戦った時には、花は持っていなかった。ただ無言で鳴き声一つ出さずに十本の剣を振っていたわ」

 カミラは思い返すと、静かに確信を得た。


「手紙や花束は持っていなかったか」

「花束はなかったけど、気味の悪い『花の冠』と『朽ちた手紙』が、魔物を倒した後その体内から出てきてね。師匠達がその二つを回収してたよ」


 これを聞いてバルカスとビンセントは絵から目を話して驚き、カミラを見た。

「まじか、じゃあさっきの話は――」

「私は納得したわ。バルカスの言った通りだと思う。師匠達がなんでそれを回収したのかは分からないけどね」

「そうなのか。ひょっとしたらこの話を知っていて、双子を弔ったのかもな」

「あぁ、確か師匠達が弔いとか言うことも言ってたような」

「まじか。やっぱり本当なんだな、コレ」


 ビンセントとカミラはその絵を更にまじまじと見だし、更なる話があるのではないかと、次はバルカスを見つめ出した。

「あ、いや。この魔物、基エノクとエイルの双子の話はさっきので以上だ。次はデュラハンの話でもしようか」


 バルカスにこう言われては、そういう事だとして廊下を歩いて進み、デュラハンと思われる絵の前に立った。

「これだな」

「わぁ……、見るからに悲惨な物語がありそう」


 黒い首無し騎士の手には、右手にブロンドの髪を持つ女の子の首が持たれており、左手にはその体と思われる小さな体が描かれていた。


「婆さんとこの本によれば、この首が斬られた女の子は、さっきの話にも出てきた『メリダ』という少女だ」

「あぁ、だから首が斬られているのか、なんかもう分かったような」

「察したかもしれんが、一応話しておこうか」

「お、お願いするわ」


 カミラとビンセントが思った通りの悲惨な物語だが、二人の聞きたいという思いに答えてバルカスは語っていく。


****【メリダの愛】

 メリダは年若いブロンドの髪を持つ美しい少女だ。

キースの創った魔法という力をノースから贈られ、メリダは二人に感謝して人々に魔法を教えていた。


 人々は、便利な魔法を教え伝えるメリダを崇拝し、またそれを創ってメリダへ贈ったエンデヴァー兄弟を崇拝した。


 メリダがエルフや人々に伝えたのは魔法だけではない。

エンデヴァー兄弟が創って贈ってくれた創造物や、考え方を広めて周っていたのだ。

そのおかげでエルフと人々は豊かになり、村ができて街にまで発展した。

 エンデヴァー兄弟の弟ノースは、メリダへの礼に自分の能力『贈物』を分け与えると、メリダはより一層二人を想い、創造物と考えを広めていった。


 そんな中でメリダはキースに恋に落ちた。

身分などないというエンデヴァー兄弟に対してだが、メリダは兄弟を神のように崇めて愛していた為に、

自らその域を超えてしまう事を恐れたが、メリダの気持ちはキースにも伝わっており、キースはメリダにその事を気づかせた。

 その後、メリダは一方的にではあるがキースを愛し、ノースを兄弟のような身近な存在と感じられるようになり、二人を想った。


 人々がメリダとその他の者、またエンデヴァー兄弟を良く思う反面、『創造は神への冒涜だ』と悪く思う者もいる。

日に日に悪く思う者が増え、自らがエンデヴァー兄弟の創造物を日常で使い、兄弟の創った文明の中で生き、道具を使っているにもかかわらず、エンデヴァー兄弟への理不尽な嫌悪と憎悪が心を埋めていた。


 エンデヴァー兄弟の中、兄のキースは酷く悲しんでおり、その輝きは日に日に暗くなるばかりである。

弟のノースはそんな兄を宥めて微笑みかけるが、兄の心はもう届かないところにあった。


 ――とある頃、エルフと精霊、また人の持つ、兄弟とその身近な人物に対しての嫌悪と憎悪は爆発した。

 人の王エフィスが人を率いて攻め、エルフをエルフの王フルリエが率いて攻め、精霊は精霊王セタが率いてエンデヴァー兄弟を狙い、兄弟とメリダ達は、仲のいい者達と共に酷く迫害されて命の危機にまで陥った。


 キースは悲しみと、どこからともなくやってくる憎悪で心が沈み、キースは絶望した。

キースの想いはエルフと人々、また精霊の平和と幸福から変わり、想いは憎悪だけとなった。

その瞬間、キースの周りには異形のモノが次々と創造され、無尽蔵に溢れ出た。

 初めに精霊王セタがそれを恐れ、次に人の王エフィスがそれを恐れ、最後にエルフの王フルリエがそれを恐れて、その異形のモノを魔物と蔑んで言った。


 魔物は王達が率いる者達を殺していくが、王達のエンデヴァー兄弟に対する憎悪は何とも下衆で薄い物であった。


 魔物と呼ばれる異形のモノを創造したとは知らずに、キースを見ていたメリダは、日を追うごとに憎悪を増していくキースを見て深く悲しんで心配した。――そんな時である。

 愛するキースと、兄弟のように愛するノースに対して、食事を作っている最中にエルフ達にメリダは拉致された。


 メリダには、人々とエルフ、精霊の考えが理解出来なかった。

 自分を連れていくエルフ達を見ていると、何とも深く悲しくなった。

またキースが絶望して魔物というモノを創造した事をその時聞かされ、メリダはキースにそうさせた全てを静かに恨んだ。


 メリダは非力な少女であった。

ノースから贈られた『贈物』は人に譲り与えるという物であり、――人から奪えるという事はなかったのだ。

 増す恨みに怒りが加わり、次第に憎悪となった。

 メリダは連れていかれる中で必死に抵抗をしたが、抵抗虚しく、北のエルフの国へと連れていかれた。


 暴力を振るわれ、体を犯され、精神も徹底的に傷つけられた為に気絶していたが、次眼を開けて景色を見たのは、処刑台から見る景色だった。

 腹やその少し下部には殴られて蹴られたた鈍い痛みが残るが、残る片方の眼には自分達と自分が愛するエンデヴァー兄弟を想い、同じように愛してくれている、エノクとエイルの双子の兄妹が目に映った。

その瞬間のみ憎悪無く、いつものように双子を想って微笑んだ。


 微笑んで自然と流れる涙と共に、エルフのシュマイザーが処刑剣を振り下ろしてメリダの首を刎ねた。


 メリダは処刑されたが、忘れなかった。

精霊とエルフと人々の酷い姿を、双子の哀れな姿を、受けた恨みを、創らされた憎悪を忘れなかった。

 ただ、自分が誰なのか、エノクやエイルの事、エンデヴァー兄弟やその他愛してきた者のことは忘れた。ノースの贈ってくれた『贈物』も忘れた。


 ――だが憎悪と悲しみだけは忘れなかった。

メリダの思いは強く、魂は抜けるが意識があった。

 誰かわからぬ少年と少女が、自分の次に殺されるのを見たが、何とも思わなかった。

ただ、その二人が愛おしく思え、逆にその他の周りの者が全て醜く思えたのだ。


 精霊はメリダの残っている魂を喰おうと寄ってくるが、メリダはソレも恨むと喰い返した。

精霊を喰ったメリダの魂は膨張し、呪尽くせるほどの力が欲しいと願った。


 メリダは黒い大きな鎧に魂を入れ、エルフの秘宝とされる巨大な盾を奪うと、その裏側に、雑に転がっている自分の頭を取って埋め込んだ。


 メリダの魂宿る鎧を酷く恐れたエルフと精霊と人々は攻撃をするが、メリダは巨大なランスと剣を創造してコレを持つと、眼に見える恨むべき全ての者達を殺し尽くした。


 北の国は皆殺しにされ、このことを知ったエルフの王フルリエと精霊王セタは、一体何故そんなことが起きたのかも分からずに激怒し、魔物に対して戦争を繰り返していた。

 精霊とエルフとの戦争が起きればどこからともなく現れて皆殺しにした。


 絶望の中を歩くメリダ基首無しの黒い鎧の前に、一頭の巨大な黒馬が彼女の元へ現れると、すがり寄り添う様に死んだ。


 黒馬の魂は彼女と同調し、同化する。

首無しのメリダは馬にまたがって消えた。

こうして死の精霊、バンシィ、デュラハンが誕生した――。


――――

「デュラハンの物語はこれで終わりだね。コレも同じく本当かどうかは私は知らないが、昔デュラハンが戦場に現れて皆殺しにしていたっていうのは、そう言うことらしいよ」


 デュラハンの物語を聞き終わると、ビンセントとカミラの二人はまたもや沈黙を続けた。

「でも、たぶんこれも本当なんだろ? 」

「私がデュラハンに対峙した時は、魔物っていう感じはしなかった。ただ単純におぞましい存在だったわ」

「確かカミラを逃がした後に、勇者一行が倒したんだよな。デュラハンって」

「そうね。どうやったのかは分からないけど」

「そうなのか。……これでデュラハンの話は終わりだが、ミルがいなくてよかったかもな、こんな話聞かせるのは良くないか」

「ふふっ、そうね」

「教育上よろしくないかもしれんな」

「違いない」


 バルカスは笑って、パイプオルガンの上にある時計を見て確認すると、時刻は六時五十分となっていた。

「お、丁度いい時間じゃないか。朝飯にしよう」

「丁度いい時間だな、ありがとうバルカス。ミルを起こしてくるよ」

 ビンセントはそう言うと階段に向かっていった。


「じゃあ私達は部屋で待ってようか、カミラ」

「そうね」

 バルカスはカミラを連れて階段下の部屋へ行った。


 その途中に戦争時代を思い返していたカミラは、もっと絵に付いて知りたかった。

『贈書』という、宗教の本の内容も、事実本当の事に想えたからだ。

 カミラはバルカスに向かって、絵の事を尋ねた。

「ねぇバルカス」

「ん? なんだ? 」

「あの絵って双子やデュラハンの絵の他にも、そういう絵ってあるの? 」

 カミラの問いに、バルカスは暫く本を眺めて答えた。

「まぁ、あるな。他にもいっぱいあるよ」

 バルカスは本棚に本をしまうと、カミラに椅子に腰かけるよう言った。


「ありがとう」

「私が思うに――」

 カミラの礼に返し、バルカスは少し話を続けた。

「ここに住んでた婆さんは、私もよく分からなかったし不思議な人だったが、少なくともデュラハン基メリダが愛した人のつながりを持った人だと思うよ」


 カミラは老婆を想像して、そんなバルカスを見て笑った。

「そうね」

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