15話 『遺る想い』
【バルカス邸】
四人は馬車から降りると御者に礼を言って、バルカス邸の敷地を渡って館へと歩を進めた。
酒をあれだけ飲んだにもかかわらず、昨日と比べてバルカスはそこまで酔っていない。
「だいぶ遅くなったな、お楽しみの昔話はまた明日だなミル」
ビンセントの背中で眠るミルに声をかけるが、静かに寝息を立てるだけで答えなかった。
「そうだな、今日はもう寝よう」
「久しぶりに体動かしたしね」
「あぁ、ゆっくり休んでくれ」
館の門前に来るとバルカスは鍵を出して鍵を解き、魔力を込めると扉が開いた。
「魔法門なのねここの扉。今気が付いたわ」
「魔法門っていうのか? 婆さんがこうやって開けるように言ったからな。ずっとこうしてる」
四人が館の中に入ると、バルカスは魔力スイッチに魔力を込めて館に明かりを灯す。
「魔法照明は分かるが、魔法門は知らないな、初めて知った」
「お、ビンセントもか? 開けちゃえば普通の門だからな。婆さんが言うには、この館は殆どが魔法仕掛けらしいんだ。私は魔力が少ないんだけどな、やれやれ――」
バルカスはそう言いながらも、普通の鍵で十分であろう門に対し、元の持ち主であった老婆の姿を見習い、館を譲り受けてからは、続けて必ず魔法門としての鍵も使用している。
「鍵だけじゃダメなのか? 館の話を聞く限り、普通の人は敷地に入ることもできないみたいだが」
「全然いいんだけどな、婆さんがずっとやってきたことだし、私もそのやり方を守ってるよ」
魔法門とは、登録した魔力が込められると開く仕組みの扉の事である。
魔力は個人により全て違うので、余程の術者でない限りは偽証はできない。
その為に王宮の扉や宝物庫等の倉庫、また神聖な場所である教会等の場所では、しばしばこの魔法門が使用されている場合が多い。
魔法門を制作できる者は数少なく、例え賢者の中であろうとも限られてくるという。
そんな魔法門だが、物理面の耐久は皆無である。
あくまで扉の素材の耐久力であり、効果はそれにより開かないだけだ。
「元の扉以上の耐久力は無いんだな。まぁ、不思議な敷地があるから問題なさそうだけどな」
「無いな。ここに招兼ねざる者が入ったことは一度もない」
バルカスが再び魔法門に鍵をかけると、広く長い通路を渡ってホールへと向かう。
途中に酒場で話に出たデュラハンの絵も、通路の壁に飾られている。
暖色の暖かい光に照らされているにもかかわらず、その絵はどこか暗く、温かみを感じない。
「この絵に関しては、また明日話すとしようか」
「楽しみにしてるよ」
バルカス達四人はそう言うと、デュラハンを描いたであろう絵を通り過ぎた。
四人が通り過ぎた後でも、その絵はやっぱり暗かった。
しかし、その絵だけがそういう雰囲気を
むしろそういう雰囲気を
ビンセントは絵を見ながら通路を歩く。
眼に入ったのは朝見た物と同じ白いドラゴンの絵。
この絵は冷たい中でも、暖かさを感じる絵だった。
(大小の白いドラゴンが二体、親子かな? )
通り過ぎるとその絵からも視線を外して、先を見て歩いた。
夜のホール内は暗く、天井の天使達の絵にも光がさほど届いておらず、その姿も暗くてよく見えない。
ステンドグラスは外の青白い月光を通し、弱く灰色の多色に照らしていた。
「パイプオルガン、やっぱり素敵ね」
通路に比べて広さが違う分、魔法照明が届いていないホール内は暗いが、パイプオルガンは明るかった。
パイプオルガンの装飾には天使やガーゴイルの像が点々としており、それぞれの像が手にランプ型の魔法照明を持ち吊るしているのだ。
その為に薄暗い中でも、パイプオルガンだけは輝いて見えた。
「パイプオルガンはこの館の象徴みたいな物だからな。この部屋は暗いくせに、あのオルガンだけはごらんの通り輝いてるよ」
「また演奏聴かせてね」
「あぁ、もちろんだカミラ。明日もまた弾くからな。そうだ、寝る前に暖かい飲み物でもどうだ? 」
「ありがとう。いただくわ」
「ありがとう」
カミラとビンセントの答えを聞き、バルカスは二人にミルを連れて階段下の部屋に連れて行った。
部屋に入ると、朝バルカスが作ったピザをのせていた皿と、それを運ぶカートが置きっぱなしになっていた。
「ここに座って待っててくれ、すぐ淹れてくる。本読んでてもいいぞ。館の物は自由に使ってくれていい。今更だが、部屋にシャワーもある。ミルもそこのソファで横にさせていいからな」
「あぁ、すまない」
バルカスはそう言うと、カートを押して隣の調理室に向かった。
「ミルは相変わらずぐっすりだな。いいことだよ」
「そうね、寝顔もこんなに可愛いしね! 」
カミラがビンセントの背中で眠っているミルの頬を指で突いて反応を楽しんでいる。
「はは、あんまりつつくと起きちゃうぞ」
ビンセントは苦笑しながらもバルカスの言葉に甘えて、ミルをソファに横にさせて寝かせた。
「西の国に旅立って二日目、久しぶりに大人数との戦闘をしたが、カミラは疲れた? 」
「全く疲れてないよ。『力』のおかげで文字通り体力も無限だもん私」
「だよな……。俺は体力が無限というわけではないが、正直疲れてないんだ。きっと皆といて楽しかったからだな」
「そうね、西の国は楽しいわ。皆いい人達だしね」
カミラに疲れが無いのは分かるが、ビンセントはいくら楽しかったからといっても、疲れが無いのは普通の人間ではありえない。
サリバンから始まり、カミラとミルとの稽古の末に、ビンセントとのレベルとスキルは常人から遥かに逸してしまったが、ビンセント自身はそれに慣れて当たり前になったが為に、バルカスが言う強者という実感がまるで無い。
バルカスにとって強者とは、戦闘能力も含めた総合力が長けている者達の事をいう。
カミラはもちろんの事、ビンセントやミルもそれに含まれている。
また総合力という点においては、包容力があり、寛大でリーダー気質なダボや、それを支えるケニーも含まれている。もちろん自分の部下もそう思っている。
だがビンセントにとっての、この平和な世界での強者とは何か――、自分が守りたい、カミラやミルの生命を脅かす可能性のある者を言う。
つまりは、ビンセントの強者基準は昔から大きく変わり、勇者一行を指している。
ビンセントはその者達を超えていなければ、自分は弱い者と考えていた。
戦闘でいえば、昔のビンセントのような普通の冒険者が、今回のパッシィオーネとの戦いを行ったとしても、マフィア組織組員は決して弱いわけではないので、大半は組織の戦闘員に殺されていただろう。
強くて一人や二人を倒せるが、あの数に囲まれていれば生き残ることは難しい。
だが皆の協力によって強化されたビンセントは、そういう場でも容易く生き残った。――昔の自分を遥かに超えたのだ。
今日現れた勇者一行は、ビンセント達の成長の節目を伝えに来たのだろう。
だがそう言う事は考えず、二人は今日再会した勇者一行の事を振り返った。
「それにしても、今日のルディさん達焦ったな」
「いきなりだったもんね。色々してもらったし、ありがたかったけど」
「たまたま通りかかったって言ったが、ダボの元に現れてあんなこと言うくらいだし、絶対何かあるよな」
「何を企んでいるのやら……」
感謝しながらも、何かをしている事は確実であるから、勇者一行に対しての謎は深まるばかりであった。
勇者との再会の事を話す中、二人は口揃えてミルの事を言った。
あの時ミルを庇おうとしていた事が、エリスにより筒抜けになっていたはずだからである。
そのことが確実なのは、勇者一行は何度もビンセントとカミラの他に『もう一人』、二人しかいないあの場で『三人』と言った事だ。
ミルの存在は既に知られているとして間違いなかった。
「絶対、ミルのこと知ってたわね」
「……みたいだな」
知っていたがエリス達はミルの事を表立っては言わず、知っている事を隠すようにも見えた。
更に勇者一行が去った後、ミルに別段変化があったわけではなく、身も無事だ。
「ミルの事はもう見逃しているのかもしれないな」
「そんな感じだったよね、ミルも無事だし」
「でも、ミルの事は今まで通りで行こう。万が一のことがあったら、冗談じゃない」
「そうね」
勇者一行の見逃しを期待したが、事を考えればそんな保証はどこにもない。
ミルの姿を見せて討伐でもされればそれで全てが終わりなのだ。
ビンセントとカミラは、続けて勇者一行からミルを守ると改めて決意した。
話は変わり造船所の事に移った。――解放奴隷の事である。
「……造船所の奴隷達どうしてるかな」
「ここがシザ国の西部だったわね。地図で見るとかなり遠かったような……」
「今頃野宿かな」
二人は解放奴隷達を想い、自分達の過去を思い出していた。
「野宿か、でも昔よりは安全ね。魔物もいないし」
「それはそうだな。それに、あの双子の兄弟なんだっけ、名前言ってくれたな、確か、アークって言ってたな」
「レオ・アークとレイ・アークね。しっかりしてそうだし、距離的に明日には皆とここに着くんじゃないかな? 」
「そうだな、まぁ大丈夫だろう。奴隷の腹はパン半分でも満腹だからな。食料は足りる……」
ビンセントはその後何故か口を開けて黙ってしまった。
「ビンセント? 」
「――水。しまった……水は渡してないぞ」
ビンセントは顔を青くして考えた。
「地中海の水は飲めないわね……」
「しまったな、境界で塩分と水分を分けてやればよかったか」
確かにビンセントの境界ならば海水であろうと不純物を分けて飲み水を作れるが、それを入れて渡す容器が無かった。
「境界で様子を見てみたらどうかな? 」
「そうだな」
境界をシザ国の西部上空に開くと、解放奴隷を探した。
しかし暗くてほとんど何も見えない。
眼下にあるのは、地上と弧の境界線を描いて月明りに青く照らされる地中海の姿だけだった。
解放奴隷の姿は確認できない。
「参ったな、暗くて全然見えん」
「私が見るよ。暗視スキル持ってるし」
「助かる、頼むよ」
カミラはスキル『身体強化』と『暗視』を使用して境界の外の風景を覗き込む。
「どれどれー? お、いたいた」
覗き込むとカミラはすぐに解放奴隷を確認した。
「流石だな、どうだった? 」
「皆眠ってるみたいね」
「双子はいる? 」
「双子は、……あら、起きてるわ。何かしらね、二人で地中海を見つめてるわよ」
ビンセントは自分の目でも見たいので、カミラと一緒に覗き込むが、――見えない。
「スキル『身体強化』 ――む、さっきよりは、だが見えんな」
そんなビンセントも、うっすらと地中海沿いに人の団体の影が見えた。
「あ、ソレらしいの見えた。あそこか、ちょっと双子に水の事を話してくるか」
「驚かせないようにね」
「カミラも一緒に顔を出そうぜ。……よし、あそこだな」
ビンセントはその双子だと思われる人影の近くに境界を開くと、カミラと一緒に顔を出した。
「よぉレオにレイ! 元気か? 」
「わぁぁあぁ?! 」
『驚かせないように』とは何だったのか、双子は空中に浮く生首状態のビンセントとカミラを見て驚き、声合わせて絶叫した。
「……どうやっても驚くわねこれ。無理ないわ」
レオ・アークとレイ・アークの前に、ビンセントとカミラは空間から体を乗り出して姿を見せる。
「ビンセントさんにカミラさん?! こんなところでまた会えるなんて! 」
「お兄ちゃん、静かにしないと皆起きちゃうよ」
レオは元気のよい少年であり、妹のレイはしっかり者なのか、そんな兄の世話焼きをしているようだ。
「驚いてすみませんビンセントさん、カミラさん。私も、再びお会い出来てとても嬉しいです」
レイはビンセントとカミラに会えたことを喜ぶと、頭を下げた。
こういうところにビンセントは、双子から奴隷が抜けきっていない事を感じた。
「あぁ、そんなに頭を下げないでくれ。今来たのは訳があってな。皆食料は大丈夫か? 」
ビンセントの問いに対して、妹は日中にビンセントから渡された、パンの入った麻袋とパンを一つずつ大事そうに出して見せた。
「はい、ビンセントさん。この通りありがたくいただいております」
双子に上げたパンは二つずつと、更にパンが四つ入った麻袋だったが、一つは食べて無くなっていたが、麻袋の中にはまだパンが四つあった。
「それは良かった、皆無事か? 」
「はい! あれから皆でここまで歩いてこれたので」
「それは良かったが、皆水分は大丈夫か? あの時水を与えられなくてな……」
双子はそう言われると、兄妹で顔を見合わせて言った。
「はい、大丈夫です。水は……」
「あぁ、我慢するな。今飲み水を作ってやるからな。なにか器が――」
「あ、あ、ビンセントさん! 大丈夫です! 」
「――あら、凄い」
カミラが驚いてレオを見ていた。
レオから高濃度の魔力が出ており、集められた魔力の先には浮遊する液体が見えた。
レオはそのぷかぷかと浮く水球から水を汲むと、飲んで見せた。
「こうやって水を飲めたので、水分は大丈夫です! 」
ビンセントは目を丸くしてその水球を見ていた。
「凄いなレオ、コレ魔法かな……。魔法使いなのにな俺、魔法が全然分からん」
「いや、コレは魔法でもスキルでもないわよビンセント。たぶんこれ、この子の『能力』よ」
ビンセントが話せばビンセントを、カミラが話せばカミラを輝いた顔で見る双子だが、
カミラの言葉で双子は再び驚く。
「カミラさん、コレが何か知ってるんですか?! 」
「……詳しくは分からないわよ? でも、その水って地中海からとったんでしょ? 飲めるってことは、その水を操って状態を変化させたか、ビンセントが出来るような分解とかしかないわね。
水魔法っていうのはあるみたいだけど、そういうふうな細かい操作は、魔法ではできないわ」
カミラの言葉にビンセントは納得しながら聞き入り、双子もまたカミラに目を輝かせて聞き入っている。
「そ、そうなのですか。流石はカミラさんです! 」
「流石だなカミラ! 」
「鑑定の人に見てもらわないと確実なことは分からないけどね」
二人の話に聞き入っている妹が、何かに気が付き兄に注意をする。
「あ、お兄ちゃん! 使いすぎたらだめだよ、すぐ無くなっちゃうんだから……」
「わぁっそうだった! 」
レオが急ぎ能力を解くと、水球は地面に落ちて弾けた。
「……魔力消費も凄いのね」
レオが尻餅付いて一息ついた。
妹のレイがそんなレオの手を引っ張って立たせようとする。
「もうお兄ちゃん、ビンセントさんとカミラさんの前だよ! 」
「あぁ、そのままでいいよ。俺達はただ、水分をとれているかが心配で見に来ただけだからな。
その様子だと問題ないらしい」
「ビンセントさんカミラさん。ありがとうございます。お兄ちゃん立ってよ、ほら! 魔法『マジックディバイド』! 」
レイが何か魔法を唱えると、レイの体が紫の魔法光を帯び、レオにも同じ色の魔法光が淡く輝いた。
「あら、レイちゃんは魔法が使えるのね」
「はい! 少しですが……」
レイが唱えた魔法でレオは立ち上がった。
「その魔法は、なんなんだ? 」
「今のは『マジックディバイド』って言って、自分の魔力を分ける魔法よ」
「その通りですカミラさん。お兄ちゃんがこうなので、時々魔力を分けてるんです」
レオは申し訳なさそうに苦笑しながら頭をかくと、ビンセントとカミラにお辞儀をした。
「さっきはすみません! レイもごめん! 」
「いやいや、そんなこと気にしないでくれ。俺達は戻るが、どうだ、寒くはないか? 」
「はい! 大丈夫です! 」
双子は声揃えて答えると、また深くお辞儀をした。
「そんなに頭を下げなくてもいいのに、じゃあ元気でな。また会おう」
「またねー! 元気でね」
ビンセントとカミラは微笑んで空間に姿を消した。
双子は暫く互いの顔を見ると微笑み、何を想うのか輝いた顔で地中海を見ていた。
半身をバルカス邸戻してみると、席に座ったバルカスが二人をじーっと見ていた。
「解放奴隷を見ていたのか? 」
バルカスはそう尋ねながら二人に飲み物を差し出した。
「すまない、ありがとう。いや、水分は大丈夫かと思ってな、どうやら大丈夫みたいだったが」
「そうか、それは良かった。距離的には明日の夕方にはシザ西部の端に着くだろう。着いたら解放奴隷達の住まいを決めるよ」
「俺達も手伝うよ」
「気持ちは嬉しいが、一応国務の一環だからな。私の仕事をさせるのは悪いよ」
「無理にとは言わないけど、私達に遠慮なんてする必要ないわ。ね、ビンセント」
「あぁ、その通りだ」
二人の気持ちを受け、バルカスは微笑んでカップに口をつけて飲み物を飲んだ。
「じゃぁ、お言葉に甘えて、付き添ってくれないか」
「もちろん」
二人もバルカスの微笑みに返して答えた。
「さぁせっかく淹れたんだ、温かい中に飲んでくれ」
「ありがとう」
濃い茶色の飲み物からは、甘い香りが漂う。
「コレは、なんていう飲み物なんだ? 」
「いい匂いね」
二人が初めて目にする飲み物で、二人は香りを楽しみながら口に含むと飲み込んだ。
「凄く甘いわ、でも落ち着く甘さね」
「それは飲めるチョコレートでな、私も最近知ったんだ。あぁ、チョコレートって知ってるか? 」
「何回か食べたことあるわ。そういえば、どことなくチョコレートのような味ね」
「俺は無いな、チョコレートってどんなやつなんだ? 」
「チョコレートっていうのは、カカオ豆っていう豆から作られる甘くて苦味のある菓子だ」
「へぇ、そういうのもあるんだ」
「この飲み物は、そのカカオ豆版のコーヒーのようなものだ。砂糖とミルクも入れてあるがな」
温かい甘みは、心を落ち着かせた。
バルカスはこの豆のバターが手に入った数週間前から、夜寝る前にコレを飲んでから床につくようにしていた。
「美味しいわ。これ、ミルも気に入りそうね」
「はは、私も思ったよ。明日の朝はコレをまた淹れるよ」
ゆっくりと甘い飲み物を飲んで、三人は一息ついた。
カップの中は空となり、温かいカップも暫くすると冷たくなった。
一息のつもりが暫く沈黙が続く中、ビンセントはその飲み物の効果もあってか、半分眠っていた。
「――ぁあ、寝そうだった。バルカス、美味しかったよありがとう」
「寝そうって、半分くらい寝てたぞ」
「ありがとうバルカス、美味しかったわ」
「あぁ、置いておいてくれ。寝室は昨日と同じところを使ってくれ」
「ありがとう、おやすみバルカス」
「あぁ、おやすみカミラ、ビンセントにミル」
ビンセントは横になっているミルを抱っこすると、バルカスに礼を言ってから三人で部屋を出た。
(いいな、あの三人は。見ていてこっちが落ち着くよ)
バルカスは四人分のカップを持つと、調理室へ行って洗った。
(明日は何がいいかな。朝ごはんは、次の予定は、解放奴隷達は、……また三人達とどこかへ)
カップを洗いながらバルカスは考え始める。
調理室を出て階段を上り、左右に分かれる廊下に立った。
右側はビンセント達三人が使っている寝室であり、左の廊下にある部屋はバルカスの自室である。
バルカスは自室に行き眠ろうとするが、何故か階段傍の分かれ道から動けず、ずっと右側の廊下を――、
ビンセント達三人が泊まる部屋を見ていた。
(三人は、いつまでここにいてくれるのだろうか。できれば、ずっとこのまま一緒に――)
バルカスの瞳から不意に涙がこぼれてきたが、何故涙がこぼれたのかを本人は理解出来ない。
自分が涙を流していることすら分からなかったのだろう。
(それは、流石に無理か)
バルカスはその状態のまま微笑むと、左側に振り向き、自室に向かって行った。
(ビンセント、カミラ、ミル、私に出来る事なら何でもしてやる。だから、少しでもいい、少しでも長く、お前達と過ごしたい)
バルカスが自室を開けて中へ入る。
自室の扉も魔法門となっており、バルカスが魔力を込めて閉めると、扉の鍵がかかった。
部屋の中には大きなベッドと書斎、本棚等がある。それは別に不思議な物ではないが、――壁は少し変わる。
絵や汚れた鎧、折れた剣、番号が刻まれた首輪が掛け飾られていた。
バルカスは静かにベッドに座り込むと、自分の大剣をかけるラックが眼に入る。
「あ、調理場に忘れてきた。……まぁいいか、明日で」
自分の愛刀を持ってき忘れたのを思い出したが、今そんなことは良かった。
(明日は三人に何を作ろう、何を聞かせよう。……あいつの予知通りなら、明日だろう)
バルカスはベッドから降りると、鎧を脱いで服を脱ぎ、シャワーを浴び始めた。
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