14話 『何でもない会話』

 ケニーがダボに代わって注文した料理が次々と運ばれる中、話は進んでいく。

「なるほどな。つまりは四人がそれぞれ強過ぎて、パッシィオーネは相手にもならないまま壊滅した訳だな」

 聞いた話をダボが大雑把にまとめる。

「そんな感じね」

「今になって言えば、昔のカミラが全てを討伐しに行かなかったから存在してた組織って言ってもいいよな」

「それは言いすぎよ……」

 ダボはマフィア殲滅作戦実行者の四人を見ると、ふと思ったことを聞いた。

「バルカスが強いのは分かるが、三人はどうしてそこまで力があるんだ? 聞いた話では昔は冒険者だったな」

「そうだよ」

 ビンセントは答えたが、単とした答えはダボの疑問を深めた。

「余程凄い冒険してきたんだな、もしかして勇者一行とも旅をしたことがあるのか? 」

 ダボの問いに、食事に夢中のミル以外が反応する。


「いや、ただの平凡な冒険者だったよ。冒険者って言っても、クエスト受けて、その日の飯分だけ魔物を倒していただけだ。だが――」

「だが? 」

「カミラは勇者一行と出会って、少し共に過ごしたんだ。そうだよね? 」

 別に隠し事も無い。カミラとしてもそれは同じで、偽りも無く本当の事を話してやった。

「そうよ。それからギルドに入って、また戦線で勇者とは一緒になったわね」


 勇者一行との関係がある事を初めて聞いたダボとバルカスは、目を丸くしてカミラを見つめていた。

 バルカスが今日の戦闘中に感じたことは三人への絶対的信頼と、その一部ではあるが、圧倒的なまでの戦闘能力である。


 そもそも昨日の時点で、出会ったばかりの相手から、説明はされたが、強大な組織相手に四人で戦いを挑み、その組織を破壊するという事に対し、『行ける』と言った時点で普通ではない。

柔らかく言ったとしても、パッシィオーネからすれば三人の存在は間違いなく天災である。


「勇者一行と一緒に戦ってたのか、それはこの戦果も納得できるな……」

 バルカスはカミラ達がギルド支部で口に出していた、『師匠』の事に付いて思い出し、カミラに問う。

「ひょっとして、夕方ギルド支部で言ったカミラの師匠って、勇者一行? 」

 ダボはこの間食事も止まり、ダルカスとカミラを交互に見ていた。

「うん、そうね」

 カミラの答えにバルカスは下を向いて苦笑し、すぐにカミラに顔を戻すと、次はビンセントに視線を向けた。

「なるほど、なるほどな。それは確かに、パッシィオーネが何でもないわけだ。……それで、ビンセントは? 」

「俺が勇者一行に会ったのは今日合わせて二回だけでな」

「そういえば、昼飯の後いたな、勇者一行」

「そうなんだ、急で驚いたがな。俺とカミラは勇者一行に会った時に、勇者一行の能力を分けてもらったんだ」

 ダボとバルカス、ケニーはそれぞれ食事が中断し、ビンセント達の話を聞いて表情が固まっている。


「カミラは四年前くらいに、俺は五ヶ月前くらいに勇者一行と会ったな。カミラがエリス・エデンっていう大賢者の能力『力』を贈られ、俺はノース・エンデヴァーっていう一行メンバーから能力『境界』を贈ってもらったよ」


 ダボは情報を整理して、今日の出来事を振り返った。

「それがビンセントの『境界』ってことか。じゃあ、今日俺の部屋に現れた『境界』使ってた奴って、そのノース・エンデヴァーっていう勇者メンバーだったのか」

「そうだと思う」

 勇者一行と会ったかもしれないと思い、ダボは徐々に興奮が込み上げてくる。

「ビンセントは割と最近なんだな、勇者一行と出会ってから」

「そうだな。出会って五ヶ月くらいだし、最近といえば最近だ」


 バルカスにそう答えると、勇者一行との出会いを詳しく説明した。

勇者一行と出会うまでビンセントは、国の主催する闘技場で剣闘士をしていたということ。

瀕死状態のビンセントを勇者メンバーのエリス・エデンが回復させたことや、その夜クロイス国で起きたこと、勇者一行と宿を同じくした次の朝の出来事等を聞かせてやった。


「そう言うことがあったのか。まぁ、クロイス国は黒い噂もあった国だからな」

「朝起きたら、勇者一行が能力を贈ったのか。世界分からない物だな……」

 バルカスとダボの言葉を受けてビンセントは話を続けた。


「クロイスはそれで今の状態になったわけだな。その翌日の朝テーブルに一枚手紙が置いてあったんだ。

内容は『能力を使えるようにした』ってあったんだが肝心の勇者一行はもういなかった」

「ビンセントはそれで『境界』を得たのか。……ん? 『境界』抜きでも戦闘力が高かったが、剣闘士やってた時から元々手練れだったのか? 」


 ビンセントの話を聞いていると、バルカスから見る彼の強さの秘密に、境界の能力は関係ないように思えてくる。

バルカスの反応に対しビンセントは――、

「剣闘士が廃業した後聞いた話、あの中ではそれなりに強かったらしい。そうは思わんけどな」

 と自分が素直に思っていたことを返した。

謙遜でも何でもなく、死活に関わる他の強者を見定める事だけを意識していたせいか、特に深いところまで意識したことが無かったのだ。


「剣闘士ってそんな世界だったんだな、ここまで強くなってくるのは、そう言うことなんだろう? 」

「いや、確かに強い奴らもいたけど、全員がそういうわけではない。剣闘士時代での成長はあまりなかったな」


 これを聞いたバルカスは訳が分からなくなってきた。

人の戦争も起きないこのご時世、今日の様な特例作戦くらいしか戦闘をする機会が無いはずである。

そんな世の中で、闘う事が仕事である剣闘士を務めていた時の成長が少ないとは、では一体ビンセントはどこで今の様な戦闘能力を得たのか、バルカスをはじめ、ダボとケニーからしても謎だった。


「どういうことだ? 今は比較的世界は平和だろ? 闘技場以外でいつそんな戦闘能力を鍛えたんだよ」

 バルカスにもっともな事を指摘されると、ちらっと隣のカミラを見た。

それに対しカミラは微笑むが、ビンセントは苦笑した。


「それがな、今クロイスにいる元軍人の偉いさんが、いきなり俺の稽古相手になってな。

その人と稽古を始めてからはカミラとミルも、殆ど毎日俺の実戦戦闘での稽古に付き合ってくれたんだ。

……カミラ相手に実戦稽古をしたんだぞ。全戦ぼろ負けの完敗で、勝ったことは当然一度もないがな」


 『カミラとの実戦稽古』と聞いたダボは想像程度に驚いていたが、実際に今日、カミラの戦闘をこの眼で見たバルカスの反応は違い、顔は青くなってビンセントとカミラを見つめていた。


「ビンセントは稽古の時『境界』を使わなかったからね。純粋に強くなったと思うよ」

「おかげ様でな。しかし平和な世で何やってるんだろうかとは何度も思ったんだが、どうやらこの世界でも、戦闘スキルを活かせるらしいから、全力でやったよ。全敗だったけど」

「稽古の時も全然よかったよ。一回だけ引き分けの時あったじゃない」


 カミラと実戦で引き分けたと聞き、再びミル以外の三人を釘付けにした。

それから暫くビンセントとカミラの二人は、稽古の時の話に花が咲く。


「あれ、そうだっけ。――ん、すまん。地面転がってた記憶しかないんだが」

「ビンセントがオーラの使い方に慣れてきた頃に、オーラと能力開放させて鍔迫合いをしたじゃない。

結局両方の剣が折れて引き分けたんだよ。私もよく分かんないけど、なんだろうねあれ」

「あぁ、あったなそういえば。あれはリティスさんの時にも出したな。青いやつだよね」

「そうそう、私の『クリムゾンオーラ』の青い版みたいなやつ。たぶん同じオートスキル能力だよ、お揃いだね! 」

 カミラが嬉しそうに語るが、ビンセントとミル以外の三人が、話についてこられられていない。


「『クリムゾンオーラ』? なんだそれ、『オートスキル能力』っていうのも初めて聞いたぞ」

 バルカスが話を戻して問うと、ビンセントは分からないので、カミラが話して聞かせた。

「私の『クリムゾンオーラ』は、バルカスでいうところの『リミットブレイク』みたいな、個人的な能力よ」

「ってことは、カミラは二つも能力を持っているということか?! 私が知らないだけかもしれんが、人やエルフが持てる能力は、生まれながら一つ持てるかどうかだろ……」

 バルカスは自分の理解の範疇で続けるが、後半になると自分でも察してくる。

ダボはバルカスの察したことを代弁するように口を開いた。

「ビンセントの『境界』も、カミラちゃんの『力』も、勇者一行の能力であって、それぞれの能力はまた別なんじゃないか? 」

 ダボの言ったことは正しく、カミラは頷いて続けた。

「そういうことよ。私がギルドにいた時も、複数能力を持った能力者は見たことないわ」

「そう言うことか、凄いな。じゃあオートスキル能力っていうのはなんなんだ? 聞いたことが無い」

「あぁそれはね、私が勝手にそう種類付けただけだよ。私もビンセントも、特殊な物らしいからね」


 カミラの能力『クリムゾンオーラ』は使用されると、全ステータス値とスキル能力が上がり、

能力者の状況に合わせて習得済みスキルが自動的に発動される。

スキルの自動発動とは別で、能力者の痛覚が遮断される効果がある。

 

 『クリムゾンオーラ』は能力者が発動と解除を強制できるが、自動的に発動するという効果の対象にこの能力自体も含まれている為に、カミラはこの能力を『オートスキル能力』と個人的に種類付けていた。


 この種の能力は記録に無い新しい物である為、ギルド側は今現在でも種類付けていなかった。


 世界に広がるギルドに所属していたカミラでも、似たような能力すら見ない。

例がない特殊な能力なだけあり、カミラも彼女自身と、似た能力を発現させたビンセント以外知らない。


「そうなのか、というよりなんだその性能!? 」

「戦闘向きだよね。発動すると私は赤いオーラみたいのを纏うんだけど、ビンセントは青いよね」

「そうだな。なんなんだろうなあれ、今度カンノーリさんに見てもらうか」

「それがいいわね」


 この瞬間、カンノーリが心で脅え泣く事が異国の地で決定された。


「私は戦争時代でもダメージ受けることが少なかったから、あまり実感が無かったんだけど、この能力は痛覚が遮断されるからね。死力で特攻する時は便利だけど、よく無茶して師匠に怒られたな」


 戦争時代に少ないとは言え、カミラを傷つける程の魔物が存在していた事に、ミル以外の四人は世界の広さを感じる。


「戦闘が終わった後師匠に向かって『ただいまー! 』って言って手を振ってたんだけど、片方の腕が無くなっていた事にその時気が付いたりね……。師匠に治してもらったけどさ、ちょっと恐い能力だよね。

ビンセントも気を付けなよ、たぶん同じような能力だから」

「あぁ、俺は気を付けるが、カミラも無理をするなよ。そんなことなったら、俺はまた笑えなくなるぞ」

 ビンセントにそう言われると申し訳なくなって苦笑するが、彼女の内心は非常に嬉しく思っていた。

「カミラにそんな大けがさせた魔物って、どんな魔物だ……」

 バルカスの質問に対して、カミラは魔物の姿を思い返してどう伝える物かと考えた。

「なんか、こう、色んな武器持った手が十本くらい生えてて、浮いてる黒い球体の魔物だったよ。確か中南の地の神殿にいたよ」


 言葉で言い表そうと頑張るカミラだったが、途中途中に自分の手をくねらせたりして見せ、身振り手振を以て、自分に出来る限りで魔物の特徴を皆に伝えた。

 カミラの手の動きに皆が頭の上でクエスチョンマークを浮かべるが、なんとなくの魔物姿を想像してくれたのか、皆はそれぞれ顔を見合わせて頷いて見せた。


「そ、そうなのか。倒してくれてありがとう……。西の地にソイツいたら、私達は皆殺しにされてたな」

「魔物も幅広かったよね。私も倒せなくて、師匠達にその場から逃げさせられたレベルの魔物もいたしね」

「カミラでも、倒せない奴がいたのか……」


 さっきの話でカミラでも苦戦はあるものなのかと思っていたが、倒せない魔物がいたという事に、

五人はそれぞれ驚きと同時にカミラが無事だったことを喜んだ。

だがビンセントとミル以外の者は、その魔物がいなくなった事に対して心底安心していた。


「勇者一行と一緒に行く戦場は、私も歯が立たない魔物も多かったよ。その時の私が逃げさせられた魔物はデュラハンっていうやつだよ。大きな黒い馬に乗った、首無し騎士の魔物だったかな。

アンデッド系なのか分からないけど、何度も鎧を貫いて壊したり、槍を折ったり馬を仕留めたんだけど、壊れた部分が治っていくのよね。私は槍でお腹を貫かれた後、師匠に回復してもらってすぐに走って逃げたよ。その後どうやったのか、師匠達はそのデュラハンを倒してたな……」


 ミル以外の四人は、デュラハンという名を聞いて思い出す。

その時代、戦場でどこからともなく現れる魔物として、ギルドでは最重要指定の魔物として掲示板に大きく載せられていた。

 戦場で魔物に対して人とエルフが戦い、魔物の敗北で終戦した時にどこからともなく現れる魔物とあった。

 デュラハンはゆっくりと近づいてくるが、それに対して万が一遭遇した場合は決して戦わず、

その姿を確認したら何があろうと退却を最優先するように伝えられていたのだ。

 デュラハンと対して応戦した人やエルフは必ず殺され、情報で伝わるだけでは、対した軍は全て全滅していた。

このことは軍事国家ガルドの『勝利後の全滅』の話が非常に有名であり、魔物に対しての考えがまた深く改められた。


「そういえば、デュラハンといえば北の元軍事国家ガルドだよな」

「昔の話だけど、あれからデュラハンが最重要指定の魔物として知れ渡ったよな。なるほど、そんな事があったのか。本当にどうやって倒したんだろうな勇者一行は」

「謎ね、私はノースさんの境界で街まで戻されたんだけど、師匠達が戻ってくると、『倒したよー』って言ったと思ったらすぐにシャワーに向かって体洗いに行ってたし」


 バルカスはデュラハンについて一つ思い出すと、それを皆に伝えた。


「デュラハンと聞いてもう一つ思い出した。私のアジトには絵が沢山飾ってあるんだが、その中で確かデュラハンの絵があったな。私はデュラハンをこの目で見たことないが、あの婆さんが言ってたから間違いないぞ」

 それを聞いてビンセントも思い出す。

「あぁ、今日の朝見たあの首無しの鎧の絵がそうか。ちょっと怖い絵だよな」

「それだ、女の子の首が切断されてるやつだ」

「それは確かに怖い絵ね、私見たことないけど」

「今日帰ったら見せるよ。婆さんが言うには、贈書に基づいたなかなか深いエピソードがあるんだ。ちょっと悲しい話だけどな」


 ダボが羨んで興味津々に聞いてきた。

ダボはバルカスの館に入ったことが無い。バルカスには招かれたが、どういう訳か入れなかったのだ。

敷地に足を踏み入れた途端体が重くなり、一歩進むと体は身動きさえもとれなくなっていた。

なので、バルカスの館の絵の事は何も知らない。


「どんな絵だよどんな話だよ、俺はバルカスの館に入れんから、ちょっと聞かせてくれよ」

 ダボにそう言われ、ダボが館に入れない事を思い出したバルカスは、苦笑しながら答えた。

「あぁ、でも割と長い話だったから少しだけな」

 ダボは固唾を呑んで今かと待ち、ビンセント達三人とケニーも興味深々になって、バルカスに耳を傾ける。

「婆さんが言うにはな、なんとデュラハンは元々一人の人間だったらしい」

「――え」

 バルカスの語る話は皆を大きく驚かせたが、ミルだけは懐かしみを感じていた。

「今朝読み聞かせた贈書の兄弟覚えてるか? 」

「覚えてるわ」

「その兄弟の兄、キース・エンデヴァーに人間の少女が恋に落ちたんだな。その少女はいつもキースのそばにいたが、兄弟へ向ける世の目は厳しくなるんだ。理由は神と精霊王への冒涜ということらしい。キースとノースは心を痛めたが、同時に少女も心を痛めたんだ。最後にはキースは絶望してしまい、

少女はエルフに捕まって処刑される。その少女の成れの果てがデュラハンという魔物らしい。……ただのそうかもしれないっていう話だけどな」


 バルカスは館の元の所有者である老婆から伝えられたことを、断片的に短くダボとケニー、ビンセント達三人に伝えたが、それだけでもインパクトは大きかったらしい。

ミル以外は皆神妙な顔になってバルカスを見ていたが、ミルは何を思い出したのか、少し涙を浮かべていた。


「そういうお話なのね、デュラハンのお話って」

「うぅ、メリダかわいそうだよぉ……」

「そうだな、可愛そうだ――って、なんでミルはその名前を知ってるんだ? 」

「昔お父さんに聞かせてもらったの! 」

「そうなのか、あぁだからあの文字も読めたんだな――、ん? ミルのお父さんって……いや、何でもない」

 バルカスはミルがドラゴンという事を思い出したが、そっとしておいた。

「そうか、魔物にもそういう話があるかもしれないんだな。ちょっと泣けるぜそれ」

 感受性豊かなダボは、バルカスが言ったデュラハンの短い物語を聞くと、頭の中で想像して涙を込めた。

ダボは非常に感受性豊かである。

「やべ、泣きそう。ワイン追加しよう、店員さーん! 同じワインボトルと同じぶどうジュースを頼む! 」

「泣くなよダボ」

「いやぁ、満足した。ただあんまり陰鬱いんうつな話は苦手なんだ」

「だいぶ話を端折ったが、お前の感受性豊かなところは畏れ入るよ」

「あぁ、後はビンセント達に伝えてくれ、俺はもういいや」

「まだあるんだな、楽しみにしておくよ。……ってうん、そういえば、今日もバルカスの館に泊まっていくのか? 俺達は俺達で宿を――」

 言葉の先を言わせず、バルカスが口を開いた。


「ビンセント達三人は、西の国に滞在する間は私のアジトで泊まりだ。女王権限を使えるなら、ここで使おう。それにビンセント達はFフロン通貨持ってないだろ? コレは気持ちなんだ、泊っていけ」

「気持ちは嬉しいが悪いよ、換金所無いかな」

「この国にはない」

「――そんなバカな」


 バルカスはこういうが、内心では館に客人など一年ぶりなので、ビンセント達が館に泊ってくれる事を非常に嬉しく思っていた。

普段一人でいることが多いと、楽しい仲間達と一回過ごしただけで一人に戻ることが寂しのだ。


「いいじゃないビンセント、お言葉に甘えましょ」

「ふかふかベッド! 」

「二人が言うなら、また邪魔してもいいか? バルカス」


 今日も館に泊まる――、いや滞在中はずっと泊まると、ビンセント達の答えをそう解釈したバルカスは、

破顔する気を必死で抑えながらも答える。

「あぁ、もちろんだ! 」


 ダボが追加で注文したワインがテーブルへ届くと、ダボは自分のグラスに注ぎ、ボトルをまわしていく。ミルにはワインではなく、ぶどうジュースを注いでやった。

「ビンセント達は、バルカスのオルガンを聴いたことあるか? 聴いたことないなら一度聞いてみるといいぞ。意外と滅茶苦茶上手いからな」

「今朝聴いたよ、綺麗だった。あんな音色は初めて聴いたよ」

「そうね、聴きいっちゃたわ」

「綺麗だった! 」

「なんだ聴いていたのか、綺麗だよな。意外だが、俺が今まで聴いたオルガン奏者の中ではバルカスがぶっちぎりで上手なんだ」

 四人の誉め言葉は素直に受け止め、嬉しくも恥ずかしく思うバルカスだったが、ダボに対しては注意をする。

「意外ってなんだ意外って」

「意外だろ。大剣なんか置いて、国王兼オルガン奏者にでもなったらどうだ。もうパッシィオーネもいないんだしさ」


 その事について、バルカスはまんざらでもなかった。


「オルガン奏者か、悪くないな」

「だろ? 俺は一度でいいから館のパイプオルガンの演奏を館内で聴いてみたいね。外に漏れる音だけでも綺麗だけどさ。ビンセント達はその点も羨ましいな」


 ダボが初めて聴いたバルカスの演奏は、ケル国とサンス国の合国提案の時、バルカスの館に訪れた時の外に漏れている音色である。

 合国後にもう一度聞きたいとバルカスに願って館に招かれるが、どうやっても館内に入れないのでまた外で聞いた。

その後バルカスの気分がのれば、館ではないが酒場のオルガンで弾いてやっていた。


「お前が館内に入ってパイプオルガンの音を聞くには、一回死なないといけないかもしれんな」

「そりゃきついぜ! でも、バルカスの館に足を踏み入れたら死ぬな。敷地を二歩歩いただけでもあれだったからな」


 バルカスのブラックジョークにダボは笑って返すが、ダボがこの悲願を達成することは生涯なかった。

しかし、ダボは別のパイプオルガンでのバルカスの演奏を聴くことができる。

ダボがそうして満足するのは、まだだいぶ後の話だろう。


 皆が食事を楽しみ酒を楽しみ、話に暮れると夜も更けた。

外の活気は薄れ、街路を挟む店の魔法照明が消えて暗くなっていく。


「今日も楽しかった! そしてビンセントにカミラちゃん、ミルちゃん、そしてバルカス。パッシィオーネを討伐してくれたこと、深く感謝する。最初の願いから、本題から裏まで全てやってくれたな」


 ダボが酔いながらも酒を置いて、パッシィオーネを壊滅させた四人へ頭を下げる。

バルカスも続いてビンセント達三人に頭を下げる。

「私だけではとても無理だった。改めて感謝する。ありがとう」


 三人は困ったが、知らぬ三人をここまで深く受け入れてくれたことに、ケニーを含めるダボ、バルカスに返して深く礼を言って感謝し、頭を下げ返した。

「こちらこそだ。本当にありがとう」


 各々感謝を贈り、また受け入れると、暫く静かな時が過ぎた。

ダボはそういう空気が苦手なのか、笑って続けた。

「ははははっ! やっぱり俺はどうもこういうしんみりとしたのは苦手らしい! 皆! 感謝してるぞ! 」

「ははっそうだな! 俺も苦手だ」

 ビンセントも同調したが、それはダボやビンセントだけでなく、全員がしんみりとした空気が苦手であった。

「ビンセント達はまだ暫く西にいるんだろ? また会ってなんか食おうぜ! 今度はホットドッグでもいいな」

「あぁ、暫くいるよ。シザでは換金所を探す冒険をしなくちゃいけないからな」

「無いから諦めろ」

 換金所という言葉が出ると、バルカスは嘘を即答した。

「でもまぁ、シザを離れる時は一言頼むよ。駆けつけるからな」

「ありがとう」

「じゃあ、今日はひとまずお開きだ! 」

「ご馳走様!! 」


 ケニーは有り余る金をダボから受け取ると、会計を済ませて有り余る釣りをダボに返した。

「馬車があるから、それで行くといい」

「あぁ、すまない」


 旅心を尊重した意向を受け、ありがたく思う。

ビンセントはあえて境界を使わず、夜のシザをゆっくりと見たかったのだ。

 涼しい夜の街、さっきまでの激しく楽しい賑やかさはなく、静かである。

しかし嫌な静けさではない、落ち着く静けさである。


「じゃあ私達はいくぞ! またなダボ! 」

「あぁバルカス! またな! 」

 ダボとケニーは、バルカスとビンセント達とは別の馬車に乗ってシザ東部の街を走って行った。


「よし、じゃあ行こうか」

 バルカスの言葉を受け、御者は西部へと馬車を進める。

馬車の窓からは緩い風が入り、乗員を優しく撫でる。


「いい国だな」

 ビンセントは今日までを思い返して一言口からこぼした。

ミルを含む三人は同調して微笑む。

「そうねビンセント」

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