10話 『伝説との再会』
【シザ東市内】
パッシィオーネ幹部を十人中八人と、そのボスである『ドン・コルスト・ボルリオーネ』を討伐した四人は休憩と昼食を兼ねてシザ国の東市内に戻った。
四人が繰り広げた闘争の事など知らずに、街の人々は日々の昼間を同じように暮らしている。
露店で物を買ったり、大道芸人を見て笑ったり感動していたりするのだ。
ビンセント達が知っているシザの姿はまだ夜だけだったが、今は夜とまた違う。
同じ街を歩く人々でも雰囲気の違う賑わいを見せている、これがシザの昼の姿だ。
「ここで食おうか」
ビンセントが止まったのは一つの飲食店。
街なりに見えるキッチンには、串刺しにされた大きな牛肉が焼かれており、手前のガラスケースには自家製のソーセージが置かれて販売されている。
道行く人を見れば、その店で食事をすることが出来るし、ソーセージだけでなく肉も買うことが出来るようで、食事後にソーセージを買って満足し、店員に笑顔で礼と挨拶をする初老の女性も見えた。
「バゲットサンドか、いいなここにしよう」
「いいわね。こういう食事は久しぶりだわ」
「バゲット、サンド……? 」
初めて聞く食べ物の名前に首をかしげるミルを連れて、カウンター越しの店員に注文をする。
「おぉ!? バ、バルカス様! いらっしゃいませ! 」
「少し邪魔するぞ。えっと、バゲットサンド四つ……と、ホットドッグ。私は食べるが、皆どうする? 」
「俺も食べたいな」
「……私も」
「私も! 」
「じゃあバゲットサンドとホットドッグ四つづつ。後飲み物だな、……うーん、オレンジジュース四つ」
「ありがとうございます! 少しお待ちください! 」
店員は注文を受けるとバルカスに一礼する。
二枚貝の様に切り目を深く入れられた、軽く焼かれているバゲットを手に取り、細かく刻まれたキャベツをバゲットの切り込みに挟むと、長包丁で串刺しにされた牛肉の塊の表面を削いでいく。
スライスされた肉は、キャベツの上にこんもりと盛られ、最後に特製ソースをかけると、手持ち用の紙を巻かれる。
更にバゲットを手に取るとキャベツを挟み、自家製極太ソーセージを挟んでソースをかけ、また手持ち用の紙を巻いた。
バゲットサンド四つとホットドッグ四つをトレイにのせ、更に別の店員が作っていた絞りたてのオレンジジュースを四つトレイにのせる。
「お待たせしました! バゲットサンドとホットドッグ、オレンジジュース四つです! 」
「早いな、それに美味そうだ」
「味には自身がありますので! ごゆっくりとお召し上がりくださいませ! 」
「美味そうだな」
ビンセントはトレイを受け取ると、カウンター前の席に四人で座る。
「料理出来るの早い! 凄いねここのお店! 」
ミルが目を輝かせてトレイの上のモノを見ていると、カミラも同調する。
「確かに早いわね、客を待たせないのが凄いわ」
「まぁ、簡単な食事をする店だからな。その分店の回転も早くなってるのさ。簡単な料理だが、この二つは美味いぞ。それにこのオレンジジュースもな」
「俺も腹減ったよ。じゃあ早速、いただきます! 」
ビンセントがバゲットサンドを手に取ってかぶりつく。
――かぶり付いた拍子に、極太のソーセージから弾ける様な、とても耳に幸せな音が聴こえた。
思わず顔をほころばせると、口から肉汁が垂れそうになったので、ビンセントは舌で舐め取った。
「美味いわコレ!! 」
たれを口に付けて口元が緩くなるビンセントを見て笑いながら、三人もそれぞれ手に取って食べ始める。
「美味しい! 」
太くてハリのあるソーセージを挟んだホットドッグを食べて、ミルの口元はよだれ以外に漏れてきた肉汁で濡れる。
喉を潤して涼みを得る飲み物はオレンジジュース。
カップの中のオレンジジュースは果肉が混じり、非常に冷たくて所々薄っすら凍っている。
「つびたい! でも甘酸っぱくて美味しい! 」
「凄いな、コレが魔法の商業活用か」
オレンジジュースを作っていた店員は魔法を使っていた。
カップにそれぞれオレンジを絞ると、氷魔法をかけて冷やし、
今はもう夏になりつつある頃だが、もう少し経てばこの『スリートジュース』が大人気になる季節が来るのである。
「熱くなってたし、最高ね」
日中のシザ国の気温はクロイス周辺より気温が高く、路を挟んで見える地中海を見れば泳いでいる者達も見える。
「あぁ、なんかいいなこういうの。落ち着く」
「そうね、平和ね」
さっきまでこの地の裏勢力を潰してきた者が言うセリフとは思えないと、バルカスはそう思ってもしまうが、オレンジジュースを飲みながら景色を眺める二人を見て微笑んだ。
「私も泳ぎたいな! あ、あの子のかぶってるのなんだろう、可愛いなー」
ミルも地中海を見ていると、一人の女の子がかぶっている物に目が留まる。
「あれは帽子っていうんだよ。可愛いっていうのもあるし、かぶっていれば日除けにもなるんだよ」
「へーいいなぁ、私も欲しいな帽子」
すっかり気になってしまったミルは、じーっとその帽子を見ていた。
「帽子が欲しいのか? お、丁度いい。帽子屋ならそこにあるぞ。ちょっと見てくか? 」
「いいのバルカス?! 」
ビンセントがホットドッグ取ると、すっかり無くなったトレイをバルカスが持って席を立つ。
「あら、私も行くわよ」
「いいよカミラ。私とミルで見てくるから、ビンセントとゆっくりしてなって」
「うぇが? 」
ホットドッグをくわえながら反応し、変な声を出したビンセントを見て苦笑しながらミルの手を引いて帽子屋に歩いていった。
「そんな気遣いしなくてもいいのに……、ね? ビンセント」
「まぁそうだな。でも、なんか懐かしいな。たまにはいいのかもね、こういうのも」
「……そうね」
二人は景色を見つめて、途切れる前の思い出に懐かしむ。
暫く二人きりで思い出に浸っていると、カミラがビンセントの手に触れようとしたところで誰かから声がかかる。
「ようカミラにビンセント! 久しぶりだな! 」
背後から男にいきなり声をかけられて、カミラとビンセントは驚き振り返る。
その男の隣にいたローブ姿の女性は、腰ベルトから液体の入った細い瓶を取ってそれを飲むと、
隣の男を激しく叱った。
「ぅ――ん……。バカ野郎!! ルディ! 良い所だったのに、今のは無いだろぉぉお!? 」
「え!? なんで。挨拶だよ? ていうか、なんで今わざわざ酒飲んだの? 」
「空気を読みなさいよルディ。ごめんね、気にしないで二人共」
ビンセントとカミラは、対する二人を見た瞬間から表情同じくして固まっている。
「あら? カミラー? ビンセント君? 」
二人はハッとして返事をする。
「エリスさん!? ルディさん!? 」
あまりにも突然な事なので、最近で一番の驚きを合わせて叫んで見せた。
「俺ホットドッグ二つとソーセージ一つね」
「私はバゲットサンドとオレンジジュースで」
現れたルディとエリスに財布として扱われている男の名前はノース・エンデヴァー。
ルディ・ノルンは元伝説の勇者その人であり、エリス・エデンは大賢者、ノース・エンデヴァーは元奇術師で現大商人。
三人揃って元伝説の勇者一行である。
「いやー久しぶりだねぇ二人共」
トレイを持ってきたノースはビンセントとカミラの横の席に座り、ルディとエリスも続いた。
「お、お久しぶりです皆さん」
「お久しぶりです、師匠達」
「そんな硬くならないで、今日はたまたま通りかかっただけなんだ」
それぞれバゲットを口に運び、特に伝説的存在だからと言って何ら変わった事も無く、普通に口に入れて食べている勇者一行。
エリスは頼んだオレンジジュースに自前である超高度数の酒を入れると、かき回して飲んだ。
「ふぅ、たまにはいいわね。私達も一段落付いたし」
「そうだな。まぁ後はゆっくりやって行こうか……、ノースはそれでいいんだよね? 」
「うん」
勇者一行はそれぞれ食べながら話をしているが、そんな中ビンセントとカミラの心境は、再開の嬉しさと焦りが入り混じり、とても複雑な気分に襲われている。
(ミルとバルカス、暫く帽子屋に留まってて!! )
ビンセントとカミラが心の中で全く同じ事を叫んでいると、ノースとエリスがバゲットサンドを食べ終えて席を立ち、ビンセントとカミラに近づいた。
「少しだけ、話でもどうかな。席いいかい? 」
「えぇ、もちろんです。どうぞ」
ノースの断りを受けて、それぞれの師匠達と相席をする。
そんな中、二人がいなくなった隣の席では、ルディが一人ホットドッグを食べている。
「元気だった? 二人共」
「はい! 元気ですよ師匠! 」
「はい、こうして幼馴染とも再開できて、楽しくやらさせてもらっています」
「それは良かった。……やっぱり幼馴染なんだね」
やっぱりとはどういう事かを疑問に思ったビンセントだが、エリスは微笑んでいる。
エリスはその後カミラと話を続ける中、ノースはビンセントと話し始める。
「ビンセント君、僕が贈った『境界』は使えているかな? 見たところ、僕達と会った日からかなり育ってるみたいだね。分かってはいたけど、少し見違えたよ」
「はい、ありがとうございます。『境界』は沢山のイメージを浮かべて使い方を考え、今はその通りに使えています」
「それは良かった。うんその通り、イメージだよイメージ。よく掴んでるみたいだねビンセント君」
直接ノースに褒められたビンセントは、破顔しそうになるが抑えて礼を言う。
「ありがとうございます」
「いや、お礼なんて言う必要ないさ。それよりクロイス国、いや元クロイス国か。いい感じだね」
何の事を言っているのか、ノースは情報をどこまで知っているのかが分からないが、ミルの事以外を隠す事は必要が無いと思っていた。
逆に隠そうとすれば、一瞬で見破られる気がするからだ。
「クロイス国ですか? 実はその、色々ありまして……」
ビンセントの答えにノースは笑って答えた。
「はははっ大丈夫だよビンセント君。ビンセント君とカミラちゃん、それにあの子の事も全て上手くいく。心配しなくていいさ」
ビンセントの理解は付いてこれずにいる。
『あの子』とは誰の事を言っての事なのかを察し、ノースに対して確かな恐怖を覚える。
「いや、まだ俺達は始まったばかりです」
「そうかもね、でも元クロイスの土地での建国の準備は進んでるみたいだよ。後五日もしたら戻ってみるといいよ。サリバン君達は張り切ってるし、戻ったらきっとビンセント君が引くくらい喜ぶと思うよ」
ノースが自分達をどこまで知っているのか、それを考えるのはもう止めた。
それにさっき、ミルとバルカスに対して帽子屋で留まっててくれと、それもエリスの目の前で願ってしまった。
エリスが人の心を読める事など、ビンセントもカミラも、出会ってから間もない間に知った事なのにだ。二人は後悔した。後悔したが、いざとなればの決心も付いていた。
苦心するビンセントは、出来る限り自然に微笑みながらノースに答える。
「そうなんですか、五日後には戻ります。そういう約束ですので」
「そうなんだね。後ここ、シザでの出来事も凄い事になるから、ビンセント君達はそれで更に名声が手に入る事になる。それもしっかり建国に役立つから、僕から言わせれば、ビンセント君は既にあそこの地の王様にはなってるようなもんだよ」
「あの、ノースさん。一体どこまで知ってるんですか? 俺達の事」
思い切って聞いた。
それに返してノースは、全くの平で、ただ単に普通に、何の躊躇も無く質問に答えた。
「大体かな、勝手ながら師匠になった身。僕達はビンセント君達がステージに立つまでバックアップをするよ。気にしないでね。あ、でもプライベートの事は何にも知らないし知ろうともしてないよ。そこは安心してね」
理解を超えるノースの話が進む。
考えても仕方がない為、ビンセントはただ聞いて覚えることに徹した。
「これで伝える事は以上かな、うん。カミラちゃんの方が能力はまだ上だけど、ビンセント君もいいとこまで来てる。ビンセント君、ちょっと境界開いてみて」
言われるままに小さく境界を開くと、ノースは自分の扉型の境界を同じく小さく開き、中に手を突っ込むと何かの鍵を取り出した。
「今から、ビンセント君の境界を完全な物にするよ。今のビンセント君なら十分使えるだろうしね」
ノースはそう言うとビンセントの境界に触れる。
触れられた境界はノースの境界と同じ扉型になり、鍵の差し込み穴がある。
「境界が変化した……」
「最後の解放は、こうしないと開かないんだよ。こうやって――」
ノースはビンセントの鍵穴に鍵を差し込むと、回して鍵を開けた。
扉型の境界は両に開き、青の空間が露わになると、扉は崩れ去った。
「はい完了、境界閉じていいよ。それとステータス見てみて『境界』が完成してステータスも上がってると思うよ」
ビンセントは境界を閉じてステータス表示させて確認をした。
名前:ビンセント・ウォー 種族:人 職業:魔法使い
レベル:64 スキル:7338
:筋力 1000/720 :歩術 1000/630 :剣技 1000/726 :体力 1000/682
:強化 1000/437 :料理 1000/12 :耐性 1000/359 :俊敏 1000/589
:掃除 1000/20 :美容 1000/58 :制御 1000/672 :隠密 1000/314
:魔力 1000/426 :召喚 1000/600 :取引 1000/98
:創造(境界) 1000/1000
「うわ凄い、境界がカウンターストップしてる。……それにレベルが上がってステータスも上がってるし、色々増えた……」
その様子を横で見ているカミラも驚いていたが、エリスに視線を戻して話に戻った。
「境界を完成させたことによって、ビンセント君の能力も解放させたしね。新しいスキルが増えたのかも知れないね」
ステータスのスキル表示を良く見てみると、『召喚』というスキル欄が増えている。
「召喚ってなんですか? まさか召喚魔法!? 使えるんですか俺!? 」
「召喚魔法だよ。という事は、解放されたのはそのスキルだね」
「ようやく魔法使えるんだ俺……」
「うん? あ、一応言っておくけど、召喚魔法っていうのは程度によるけど、普通は絶対に詠唱っていうのが必要なんだよ。だけど『境界』が最大の僕達はそれ無しでポコポコ召喚できるよ」
魔法使いになって初めて手に入れた魔法スキルが召喚魔法。
何はともあれ魔法スキルが手に入ったのだ。
ビンセントは歓喜し、詠唱が必要無いなんていうという、魔法使いからすればありえない事が出来る点を素通りしてしまった。
「ははっ、喜んでくれてよかったよ。ただ召喚魔法は、その魔法スキルを覚えてから召喚するモノに触れて、それを知って理解しないと召喚できないんだよ」
「え、そうなんですか? 」
「うん。まぁそれはすぐに覚えられるし、焦ることもないよ」
「わかりました。ノースさんありがとうございます」
「いやいや、当然のことだよ。気にしないで」
ビンセントとノースが話す横で、カミラとエリスは盛り上がっていた。
「カミラちゃんスーパーパワーアップタイム!! 」
「――師匠!? 」
エリスがカミラの手を掴むと、カミラの能力とスキルが一瞬だが勝手に解放される。
「私の『力』とお揃いにしたぞ! それに合わせてパワーアップね、さっきのノースとビンセント君みたいにね。ほら、ステータス見せてみて! 」
名前:カミラ・シュリンゲル 種族:人 称号:紅蓮の闘神 職業:賞金稼ぎ
レベル:72 スキル:11426
:筋力 1000/1000 :歩術 1000/1000 :拳 1000/1000 :体力 1000/736
:料理 1000/27 :強化 1000/1000 :俊敏 1000/1000 :掃除 1000/625
:美容 1000/367 :制御 1000/1000 :隠密 1000/216:魔力 1000/415
:水泳 1000/625 :戦技1000/1000 :回復 1000/415
:創造(力) 1000/1000
「私の『力』がカウンターストップしてる、それにステータスも上がってる……」
隣で見ていたビンセントは、ステータス値の高さに苦笑していた。
「ステータスが上がってるというより、通常時のカミラの能力をステータスにしたら、大体その数値ってだけだよ。確かに『力』はレベルアップさせたけどね」
カミラは見慣れぬスキル名を発見して目を丸くしてエリスに問う。
「この、戦技って戦闘技術ですよね、私もってなかったし、それに回復魔法って……」
「戦闘技術のスキルに関しては、開拓されてなかっただけで本来はその分あるっていう事よ。回復魔法は、私からのプレゼント。カミラの魔力分だけ使えるようにしたよ」
コレを聞いたカミラは歓喜し、エリスに抱き着いて感謝した。
「師匠ありがとうございますぅ――! 」
「あらあらカミラちゃん。喜んでくれるのは嬉しいけど、ビンセント君の前でしょ。しっかりなさい」
カミラは嬉しさを心内しまってビンセントの方を見ると、彼は微笑ましそうな表情をしながら見て見ぬふりをしていた。
「ん、コホンッ。師匠ありがとうございます」
「いいのよ。三人――、二人とも幸せにね」
「はい! ありがとうございます! ……ってえ? 」
「なんでもないわよカミラ。じゃあ、ルディが寂しがってるからそろそろ行くわね」
エリスはあたふたしているカミラと、そのパートナーのビンセント、またこの場にはいないミルに、
それぞれ想いを込めて微笑み、ビンセント達の席から外した。
「僕もそうするよ。久しぶりに会えてよかったよビンセント君にカミラちゃん。またいつかね」
ノースもそう言って席を外し、元の席に戻る。
そこには四人を羨ましそうに見ているルディがいた。
「おかえり! いいなぁ、師匠か……。俺も言われてみたいな」
そう言われると困るエリスとノースだが、ルディは笑って続ける。
「そうだノース、俺の能力もビンセントとカミラに贈れないかな」
「能力を贈ることはできるが、それは無理だよ。ソレはルディにしか扱えないから」
分かっていたのか、しかし本気で肩を落として残念がる元伝説の勇者は、ビンセントが初めて出会った時と全く変わらない、よく分からない人物であった。
カミラでもその人物を掴めないでいる。
「はぁ、ですよね……。仕方ない、コレもきっと運命ってやつなんだろう」
ルディはそう言って席を立つと、ノースは店のカウンターに行って食事の代金を支払う。
「エリス、もう大丈夫かい? 」
ルディの一言に、エリスはカミラとビンセントの方を振り向いてじっと見つめる。
暫く見つめて、まるで母親のように微笑むと、表情を戻してルディに向き直り答えた。
「……そうね。大丈夫よ」
エリスの返事にルディもエリスを見つめ、ビンセントとカミラの方に振り向くと静かに言った。
「そうか、分かった」
ビンセントとカミラには、その会話が何の事なのかが全く分からなかったが、恐らくこの気持ちを感じるのはずっと先となるだろう。
二人は自分の師匠達を、元伝説の勇者一行が発つのを見守っていた。
「じゃあカミラにビンセント、達者でな! 次会う時は……そうだな、イテッ――」
ノースの開いた境界にエリスがルディを蹴飛ばして入れると、エリスは二人に笑みを浮かべて中に入る。
最後にノースが入ると、ルディの言葉の続きを語る様に呟いた。
「次会う時は、君達が人の王になった時かな……」
そう呟いて境界の中に消えていき、境界も消えた。
突如人が消えた事に驚く店の店員だが、ビンセントとカミラはお互い見つめ合って苦笑していた。
「人の王って、じゃあもう俺達の前には現れないのかな? 」
「いきなり現れたかと思うとこれだものね、でも回復魔法覚えられてよかったわ」
「俺も召喚魔法覚えたよ、あんなにステータスが上がるとは、誰も思わないよな」
「私も驚いた」
二人が今の事を心で整理していると、バルカスとミルが駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か!? なんだあいつら、尋常じゃなかったが、それに一瞬カミラの能力が解放されたよな!? 」
「あぁ、バルカスにミル、よかった……本当に……」
安堵するビンセントとカミラの様子を見て困惑するバルカスは、二人に今の事を聞き、それに対しカミラはミルを抱きながら、ビンセントと共に説明をする。
「なるほど、アレが伝説の勇者一行か。駆けつけようと思っていたが、危なかった」
ミルにもさっきの出来事を話すが、ミルに怒りの気持ちは現れない。
そんな事よりも、再び勇者一行と会ったビンセントとカミラの身に何もなかったことに安堵しているようだ。
「ごめんねミル。恐がらせたね、あっそうだ。欲しい帽子合った? 」
しっかりと抱き着くミルに対し、優しくカミラが問うと、ミルは顔をうめて言った。
「いらない、カミラとビンセントがいればそれでいい……」
(あぁぁぁぁ――!! 可愛い!! )
カミラの心の叫びはミルに聞こえないようにしたが、顔には出ていたようだ。
暴走気味ではあるが、カミラとビンセントはミルのそう言った気持ちも理解している。
「ありがとうミル。心配しなくても、俺達はずっとミルと共にいるよ」
「その通りよ」
「うん! 」
ミルはぱっと顔を上げると、笑顔で涙を少し浮かべ、鼻水を垂らしていた。
バルカスは布巾でミルの涙と鼻水を拭いてやり、顔を綺麗にしてやった。
「よし! じゃあ食事も済んだし、掃討戦と行こうかバルカス! 」
「……いいのか? 」
ビンセントに仕事を片付けに行こうと言わるが、三人の私情に困惑しながら返す。
「何とかなるさ、何とかして見せる。ミル、全部終わったら好きな帽子買ってあげるからな! 」
「本当!? ビンセント! 」
「あぁ本当だ。 俺は嘘はつかないぞ? 」
「それは分かってるよ! 」
ビンセントとミルのやり取りに微笑むカミラだが、羨ましそうに見ているバルカスがいた。
「それじゃあ行きましょう」
「そういえば、ここの代金いくらだろう」
「もう払ったぞ」
「す、すまないバルカス……。そういえば俺達、シザの通貨持ってないんだった」
そんなビンセントに苦笑してバルカスは返す。
「気にするな、むしろ私達が払う礼が足りなさ過ぎるくらいだからな」
「礼を言われる事はしてないがな、また何かで返すよ」
「はは、じゃあ頼む」
ビンセントは境界から地図を取り出すと、バルカスに見せた。
「幹部はあと二人、それでパッシィオーネは完全に終わりだ」
バルカスは地図上に指をさして説明を始めた。
「一人はここだ。シザ国外だが、西部の荒野に工場がある。そしてもう一人がここ、西南の地中海端で造船をしている」
ビンセントは二つ境界を開いてそれぞれを確認する。
「その二か所であってる」
「どっちから行く? 」
「……造船所からやろう」
バルカスがそう言うと、荒野への境界を消して造船所への境界を地上に作り直した。
「行こうか」
「行こう! 」
四人は境界を渡った。
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