11話 『パッシィオーネの壊滅』

【シザ圏西郊外密造船所】

 シザ圏の西郊外にあるこの造船所は、パッシィオーネの源産業の一つが行われている。


 シザ圏で造船された船は全て国王ダボの元、識別号として番号と称を付けられた後に着水される。

この造船所で造られた半分は正式な船で、他国との貿易船として船主や国に売っているものだが、

もう半分の船は本来の識別号を持たずに、シザ圏を含む、他国の仮号を持って着水している。


 密造船の主用途は、世見と税、商人の目を盗んで取引をする為の密輸船である。

他国との貿易もしているが、他国法の下で違法をした場合は、商材を陸に移して船を沈めている。

つまりパッシィオーネの密輸船は在って無い船であり、違反とされた場合は証拠と共に沈められ、

船を追う者の目から消える事となる。

 この事で他国は、関係性が疑われた多種の事件でその船が絡む時、パッシィオーネの船だと断定する事は出来なかった。

だが今現在、バルカスに保護外の奴隷貿易を確認されている。

その情報がギルドに渡った今となっては言い逃れは出来ない。


 この事はダボが国とギルドを通して伝えている。

因みに、現在この密造船所にいるマフィアはこの事を知らない。


 境界を渡ってきたビンセント達四人は、造船施設の門前に立っていた。

「上空から見てあれだったもんな、間近で見ると、でっかい造船所だな」

「こいつらの物理的な物は全てデカい。それに造船はパッシィオーネの初事業らしい。私も何度か視察で訪れたが、深い所までは見せようとしなかった。おそらくここも貿易の場なんだろう」

「という事は、ひょっとして――」

「という事はだ、奴隷も多く保管されてるだろう」

「なるほどな」

「解放だ! 」

「ミル言う通り解放をする。マフィアは変わらず殲滅でいいが、奴隷は傷つけないように頼む」

「もちろんだ。じゃあ行こうか」


 正面に見えるは、開けば2000tクラスのガレオン船がそのまま通れそうな程の大きく重厚な門だ。

左右には監視室があり、上方にも見張り場がある。

 バルカスを先頭に歩いていくと、監視室から敬礼をする組員が現れる。

しかし上の見張り見ると、警戒を解く事無く、杖や弓を構えた組員達がいる。

「これはバルカス様。ご機嫌麗しく存じます」

「そうだな、ある意味な」

 バルカスは大剣を抜いて組員を叩き斬る。


「開戦! 」

 バルカスの斬撃と共にカミラが力とオーラを解放し、四人にオールガードをかける。


「あれ、師匠に『力』を完成してもらってから、能力値の上昇スピードが尋常じゃない……、『力』は師匠レベルになったのかな」

「凄いな、俺はどう変わったのかな」

 同じく勇者一行のメンバー、ノースに『境界』の完成をしてもらったビンセントだが、カミラやエリスの『力』と違い、いまいちさっきまでとの違いが分からない。


「召喚魔法もまだ召喚できる物が無いし、ステータスが上がった分、肉体的には力溢れる感じがするけどな……」

 マフィアは、バルカスが造船所にたった四人で攻め込むという異常事態を受け、警戒していた見張りは矢を放ち魔法を放つ。

しかしいつもの如く一直線で向かってくる攻撃は、そのまま境界に呑み込まれて術者に還ってくる。

「ぐあぁ!? 」

 上方での爆発音に反応し、見張りがぞろぞろと四人の前に出てきた。

ビンセントはその間ずっと考えている。

(召喚魔法をする為には、召喚体に触れて知っている必要があるんだよな。……試しにやってみるか)


 驚愕の面で上方の爆炎から四人に振り返る監視室の見張りは、それぞれ武器を持って襲い掛かる。

二十人余りの見張りを、バルカスが大剣を振って一人倒す中、カミラは拳で残り全ての見張りを葬った。

「さぁ中に入りましょ。って、どうしたのビンセント? 」

 境界を開いているビンセントは、不意な問いに変な顔をしていた。


「――カミラ、いくらなんでも早すぎだろ、『力』の完成形か」

「ビンセントの『境界』もそうじゃない」

「いや、変化がいまいち分からなくて。考えたんだが、召喚魔法で『境界』を召喚するっていうのはどうだろう」

「よくは知らないけど、能力やスキルとか魔法は、召喚対象に出来ないらしいけどね、やってみたら? 」

「そうなのか? とりあえず、やってみるか、召喚魔法『境界』」

 ビンセントが詠唱を省略して召喚魔法を唱えると、開かれた境界から更に境界が漂うように出てきた。

「えっと召喚はできた、のか? ただ境界が増えただけだな。まぁ、そうなるよな。すまん、時間無駄にしたな。造船所入ろうか」

「行こう! 」

 そう言って境界を消すと、ビンセントの好奇心による召喚魔法の実験は無い事にされ、四人は門前に歩いていった。


するとどうした事か、消したはずの境界が、一人でに空間を泳ぎ付いてくる。

「あれ、消したと思ったんだがな、しかもついてくるなんて初めてだ。コレが『境界』の完成形か? 」


 召喚魔法で召喚された自律した境界は、周りの空間にヒビを入れながら、空中を泳ぐ大きなウミヘビのように近づいてくると、ビンセントの近くに漂って動きを止めた。

「……これが、召喚魔法なのか? 」

「そんな召喚魔法はギルドでも見たことないよビンセント」

「私もない。能力の召喚を見たのは初めてだな」

「ヒビが元に戻って行ってるよ! 」

 ミルに言われてこの『召喚境界の通り道』を見たが、あったヒビは、ビンセントが境界を消す時と同じように、何事も無かったように元に戻っていた。

「本当だな」


 ビンセントが何気なく召喚境界に触れた時、境界の形状が変わった。

「えぇ、なんか動物みたいだな。牙が生えた、……可愛くは、ないな」

「ヒィゥゥゥ――……」

 姿や鳴き声は全く違えど犬のような牙を生やし、息を整えるようなしぐさをしてビンセントにすり寄ってきた。

「……犬みたいね、仕草だけ。境界か口かどちらかわからないけど、中に召喚獣の核みたいな物が見えたわよ」

ビンセントも確認すると、以前見たリティスの召喚獣に在った核と似たような物が、奥に漂っていた。

「本当だ、っていう事は、やっぱりこれは召喚獣なのか」

「やったじゃないビンセント、これって初魔法なんじゃない? 」


 カミラにそう言われて再び自分の召喚獣に目を向けると、召喚境界はすり寄ってきた。

 ビンセントは冷たい身震いをする様な気分になり苦笑いをした。

何故か素直に喜べないのである。

「初魔法が出来たのは滅茶苦茶嬉しい。しかし、なんというかな、召喚獣っていう感じがしないよな。

できれば何でもいいから、生きた動物を召喚したかった」

「一応核あるし、生き物だと思うよ。良かったねビンセント! 」

 カミラに笑顔でそう言われるともう何も言えない。

無理やり納得したビンセントであった。

「まぁいいか、ヤッタ! 初めての魔法だ! 召喚魔法だ! 」

 無理やり喜んで造船所の門に走っていくと、召喚境界も漂い付き、三人も笑って後を追う。


 門は巨大な鉄の塊で、カミラは門を開けると言うと、その後片扉を引きちぎった。

投げ捨てられた扉は地面に着くと、その重さもあって地が響いた。

「コレを引きちぎるのか、流石だなカミラ」

「ビンセントの召喚獣も頑張ってるわよ」

 召喚獣を見ると、もう片方の門を削り喰っている。

「ヒィゥゥ――」


 感覚が麻痺しているバルカスは慣れたものだが、『前例がない開門』をされた造船所のマフィアは皆驚愕していた。

召喚主であるビンセントが門を通り過ぎた事で任務を終えたと思ったのか、召喚境界は再びビンセントのところに戻ってきた。

「よし、じゃあ開始だ。奴隷以外の殲滅と、幹部の首の確保。ここの責任者、幹部の名前はニッカ・ウィリーだ」

「それなら私顔わかるわ、手分けして探せそうね」


 ビンセントとカミラ、ミルとバルカスに分かれて組員を倒し、幹部を探し始めた。

 カミラは神速で敵を赤い飛沫に変えるが、ビンセントは境界から剣を取り出して今まで通り戦った。

(召喚境界を出してても、今まで通り境界はいくつでも開けそうだな)

 敵を切り裂きながら進むと、組員達が敵意を持ってビンセントの背後から襲い掛かってくる。


「ヒィゥゥ――」


 敵意を察知してか、召喚境界が牙を剥いて組員を喰いちぎって体を全て呑み込んだ。

境界が人体を壊した事に驚いたビンセントがその光景を見ていると、召喚境界により目に見える周りの組員は全員喰われていた。

喰い終えて再びビンセントの元に戻ってきた召喚境界を見て観察した。

(ひょっとして、この形状変化っていうのが完成形での変化なのか、牙が生えたから人体を壊せたのか)


 ビンセントは召喚境界の牙を撫でて褒めた。

「うん、なんか段々可愛く思えてきた。……牙しか撫でるところが無いがな」

 低く喉をゴロゴロならして喜んでいる召喚境界の姿を見ていると、ビンセントは我に返って思い直した。

(犬というより、猫? ……やっぱり可愛くはないか。本物の方がいい)


「ビンセントー! いたわよ幹部ー! 」

 カミラに呼ばれて振り返ると、組員の肉片散らばる中に彼女は立ち、幹部と思われる女は拳を構えていた。

走ってその場に行くと幹部の女性は、眼が血走り、カミラに対し完全に怯えていた。

無理はない。


「幹部は確保したな」

「そうね、この人が幹部ニッカ・ウィリー。私が昔獲らなかった賞金首の一人ね」

 カミラ一人に対して怯えながらも構えていた幹部ニッカは、ビンセントという敵も現れて錯乱しそうになる。

「召喚境界には、この間周りを片付けてもらおうかな」

 召喚境界に組員の姿、臭い等の情報を覚えさせ、また四人と奴隷以外の殲滅を命じた。

「嗅覚や視力があるか分からんが、この組員達をお願いするよ」

「ヒゥ」

 召喚境界はビンセントにすり寄ると、口を閉じて空間に消えた。

 次の瞬間、ビンセント達の視界の奥でこちらに向かってくるマフィアが見えたが、目の前に召喚境界が現れて、悲鳴と共に全員喰われた。


「なな何者だ、お前達はぁ!? 」

 幹部ニッカは怯えながらも戦闘態勢を取り、オーラとスキルを使用した。

「シザ国女王とギルドの頼みで、パッシィオーネを潰している」

 男が言った言葉が、決して冗談なんかじゃない事をこの状況を体感して理解し、冷静でいられなくなったが為に狂って拳を振りかざした。

「うわぁぁあああ!! 」

 咆哮と共に繰り出されたニッカの拳はカミラに対し打たれたが、カミラはその向かってくる拳に拳を撃った。

 貫通するニッカの拳は一瞬トンネル状になったが、直後に爆ぜて右肩ごと吹き跳んだ。

速度と衝撃が過ぎる為に、後ろには吹き跳ばずにただその場で爆ぜた右腕だが、ニッカはその反動にゆっくりと左側に倒れていった。


「やっぱり、賢者の部分を除けば師匠にたどりつけたのかな、私。フフ、慢心は駄目ね、ミルを守る為にも」

「力は十分だけどな。エリスさん達がもし敵になった時、最悪戦になった時は全力でやらないと」

「うん」

 敵を余所に想い馳せるビンセントとカミラだが、ニッカは血に伏している。

「ぎゅぁあぁ」

 断末魔に答え、カミラは手刀でニッカの首を刎ねてあげた。

「さぁ幹部は終わりだね、他の組員はどうかな? ――はいビンセント」

「おう。――どうだろうな」

 カミラからニッカの首を受け取ると、ビンセントは境界にしまって周りを確認した。


 辺りからは悲鳴と交戦の音が響いているが、暫くすると静かになったので、カミラと共にあたりを散策する。


「おーいビンセント! カミラー! 」

「終わったよ!! 」

 奥からミルとバルカスが、召喚境界を追って走ってきた。

「おう! こっちもカミラが幹部を倒したぞ」

 四人集まり、ビンセントは境界を開くと、ニッカの首をバルカスに見せた。

「あぁ、そいつがニッカ・ウィリーだな。助かる」

「じゃあ最後に、奴隷の解放ね。奴隷達は見かけた? 」

「あぁ、こっちだ」


 バルカスに連れられて一つの堅牢な建物の前に来た。

南京錠をされているが、バルカスが叩き斬ったのか、ミルがちぎったのかは分からないが、鍵は解かれている。

「この中だ。私達の説明はしてある。……入るぞ」


 中は暗く、大勢の奴隷が詰められて不衛生極まり、臭いも酷い物だ。

光は上部の鉄格子のような細い隙間から洩れる自然光のみで、魔法照明等は皆無だ。

広い建物内は、通路と奴隷の部屋を一枚の鉄格子壁で分けられている。


 奴隷達は四人が現れると平伏した。

「……今からお前達を解放する。今からお前達は奴隷ではない。解かれた者から地中海の水で身を清め、シザの国の西に迎え。着けば落ち着いてこう言うのだ。バルカスに解放された者であり、ダボとシザに保護される者だ。こう伝えろ。そうすればお前達はシザの民となるだろう」

 バルカスはそう言うと、大剣を振って牢を破壊した。


 奴隷達は手枷や足枷はされていないが、牢から出るのを留まった。

「恐れる必要は無い、お前達は解放された。言われた通りにシザへ向かうといい」


 バルカスが建物を後にし、それに続き三人もバルカスに続いて建物を出た。

四人は建物の入り口に立ち、解放奴隷が建物から全員出るかどうかを確認する。

建物を出る解放奴隷は、四人に深く頭を下げて崇めて造船所の破壊された鉄門から出ていった。


「全員出たかな? 」

出る者がいなくなり、ビンセントが建物内を調べようと中に入る。

「おや、まだいたか」

 少年と少女の二人が残っていた。

うずくまった少女に、少年が心配そうになだめていたのだ。


「……どうした、具合が悪いのか? 」

 ビンセントが牢の中に入っていくと、続いて三人も入っていった。

「あ、あの……。俺達、双子で、その、妹が苦しんでるです! た、助けてください! お願いします!! 」


 少年が涙を浮かばせ、頭を汚れた床にこすりつけてビンセントにせがんだ。

「落ち着こうな少年。もちろんだ」

「私が回復するよ」

 カミラが回復魔法を使い、うずくまった少女の体に触れると、体は淡く緑に光って回復した。

「コレが回復魔法ね、師匠ありがとう……、もう大丈夫よあなた」

 回復魔法を受けた少女は、顔を上げた。

「ぅぁありがとうございます!! 」

 そして上げた顔を再び汚れた床にこすりつけ、双子は感謝した。

「顔を上げてくれよ」

 ビンセントとカミラがそれぞれ双子の顔を上げさせると、泣き顔の双子の腹が鳴った。

「……だよな、腹減ってるよな。わかるよ、まぁとりあえずここから出よう」

 ビンセントに連れられて解放奴隷の双子が牢から出て、建物からも出る。


 双子は、周りのマフィア組員の死体や肉片に怯えたが、ビンセントが手を引いて門の外へと連れて行った。

「あぁ……周りの死体は気にしないでくれ。あれは悪い奴らだからな」

 門の外まで出ると、解放したはずの元奴隷が溜まっていた。

「どうした、何故シザへ行かない? 」

 バルカスがそう問うと、奴隷達は答えた。

「双子を待っておりました、その様子だと無事なようですね」

「なるほどな、まずはそこの海で体を洗え」


 バルカスがそう言うと、解放奴隷達は地中海に入って身を清めた。

双子も水の中に入って身を洗い清めると、濡れたの体のまま這い上がってきた。

「風邪ひいて死ぬ事もあったしな、一応乾かそう」


 ビンセントは召喚境界に、解放奴隷達の外の水分と残った汚れを呑むように命じて触れると、牙が無くなり、解放奴隷達に泳ぎ寄った。


「ひ、ひぃいい!? 」

「恐がらなくていい、濡れた体を乾かして残った汚れを取るだけだから」

 解放奴隷達は召喚境界に怯えたが、ビンセントが訳を話して落ち着かせた。

そう言っても恐がるなというのが難しい話、双子を除く人々の大半は怯えた。


 境界は外の水分と汚れを解放奴隷から分けると、それを排出した。

奴隷達の体は綺麗になり、体も乾いた。

「おぉ、コレはいったい!? 」

「だから恐れるなと言ったでしょう、後今から食料を渡しておく。仲良く食べるように」

 ビンセントは境界を開いて非常用食料を出すと、解放奴隷達に配って行った。

「ふふ、ビンセントったら」

 カミラは微笑んでその姿を見ているが、その非常食の量にバルカスは驚いていた。

「……非常食って、相当の非常事態の食料量だな」

「お腹膨れるかな! 」

「膨れると思うぞ、胃も縮んでるだろうしな」

 ビンセントは最初に双子にパンをあげ、それに続き全員にパンを二つずつ行き渡らせた。

解放奴隷達はビンセントを恐れていたことを恥、皆が感謝した。


 最後に双子をもう一度呼ぶと、パンを麻袋に四つ詰めて渡した。

「コレは俺の経験の話だが、逃げたとしても餓死してしまう事がある。食べ物を大事にし、生きるようにな」

 そう言われて麻袋を渡された双子は、深く感謝してそれを受け取ると、驚いた事に二人は名乗った。


「あの、ぼ、僕の名前はレオ・アークです! 」

「私の名前はレイ・アークです」

 二人の名乗りに驚き、四人も名乗り返す。

「名前があるんだな、大事にするといいよ。俺の名前はビンセント・ウォー、元気でな」

「私の名前はカミラ・シュリンゲル。元気でね」

「私の名前はミルだよ! 元気でね! 」

「私はバルカス・バルバロッサだ、元気でな」

 四人の名前を聞いた双子の目は輝き、礼を言って頭を下げると解放奴隷の中に戻って行った。


 解放奴隷達は双子が戻ると、シザに向かって歩を進めていった。

「これで餓死の可能性は無くなっただろう」

「畏れ入るよビンセント、すまない」

「気にしないでくれ。せっかく解放されたっていうのに餓死ってんじゃあ、もったいないからな」

 ビンセントは地図を出して次の場所をバルカスに再度確認する。

「ここだったな? さっと終わらせて俺達もシザに戻ろうか」

「あぁ、そうだな。場所はそこであっている。最後、頼むぞ」

「もちろんよ」

「もちろんだよ! 」

 バルカスはありがたく思い、ビンセントが開いた境界に目を向けて歩いて行った。


【パッシィオーネ工場】

「――また風景に合わない建物だな」

「あそこの工場は医療薬品を作っている。管理責任者の幹部はムッソ・リノーラ。魔法使いだ」

「やっちゃおう! 」

「おー! 」

 入り口には見張りが四人おり、それぞれ武装している。

「よし、じゃあ召喚境界はあいつらを頼むよムッソ・リノーラっていうやつがいたら、食べないでね」

「ヒゥゥ」

 ビンセントに触れられて再び牙を生やした境界は、よだれを垂らして泳ぎ進んでいった。


「……よだれ出るのね、あれ」

「名前でも付けてやったらどうだ? せっかくの初召喚獣なんだろ? 」

「そうだな、どうしようか」


 工場から警告音と悲鳴が鳴り響いている中、四人はゆっくり歩いて工場に近づく。

「なんか猫みたいだね! 私がお世話したい! 」

「ん? お世話できるかミル? 」

「うんできるよ! 」

「世話する必要もなさそうだけどね」

 ビンセントは暫く名前を考えたが、ミルも思った、仕草が猫に似ているという点を取って命名した。

「……『タマ』でどうだろう」

「いいんじゃないかしら、鳴き声はヒウーって言ってるけどね。仕草猫だしね」

「姿がヒビ割れ境界だし、『ヒビ』でもいいんじゃないか? 」

「困ったな……ミル、『タマ』か『ヒウ』か『ヒビ』この中でどれがいい? 」

「『ミー』ちゃんはどうかな? 」

 ミルの口から出たのは、召喚境界の新たな名前だった。

「……困ったな、コレ決まらんぞ」

 四人が工場の入口を抜けると、施設に入って行った。


 悲鳴が消えると、四人の前に召喚境界が姿を現した。

「ヒィゥ」

「あ! ミーちゃん! 」

「ヒュゥ! 」

 ミルは自分で考えた名前で呼び、呼ばれた召喚境界は鳴いてミルにすり寄ると、ビンセントの元に戻った。

「ミルが考えたミーちゃんでいいか」

 皆が納得し、召喚境界は『ミー』と命名された。

ミルがミーを呼ぶ、『ミーちゃん』で呼び方は固まる事となった。

「ミー、ちゃんもう終わったのか? 」

 ビンセントが問うと、ミーちゃんはビンセントから離れ、地面を削り喰い始めた。

「ミーちゃん? 」

 ミーちゃんが地面を削り通ると、深く呑み込まれた地から金属壁が見えてきた。


「地下施設か? こんな施設があるとは、私も知らなかったぞ」

 ミーちゃんが壁を呑み込むと、地下に広い空間が現れた。

「幹部もこの中か」

 ミーちゃんが通り抜け、四人も後に続いて地下施設に侵入する。

周囲には警報に焦りおののいている白衣姿の組員が大勢いた。

 魔法操作の機材が置いてあり、昔クロイス国で見た物と似ていた。


「魔物の研究か? 」

 魔力で光る大きなガラス容器には魔物が液に浮いていた。

「魔物の魔力は感じないから、体は死体だし、恐らく核は仮死状態なんだろう。魔法使いの魔力で維持してるんだ」

「なるほど、じゃあミーちゃん。幹部以外宜しくね」

 ビンセントがミーちゃんに命じると、ミーちゃんはまた泳ぎ移動する。


 研究員は次々とミーちゃんに喰われる中、恐る恐る用心棒らしき者が剣を抜き、四人の前に立ち塞がった。

ビンセントも境界から剣を出し、カミラとバルカスも戦闘態勢をとった。

三人が一斉に攻撃を開始して、それを笑顔のミルが追いかけた。


 研究員とその魔法使いを倒すと、魔力供給が途切れたのか、魔物が入ったガラス瓶の魔法光が消えて、魔物達はようやく核と肉体が滅び去った。

それを確認してか、一人の人物が絶叫する。


「あぁぁ――――ッ!? 私の研究が! ドン・コルスト様の研究が—―ッ! 」

 周りを、ミーちゃんに喰われた部下の死体で埋められ、赤く染まった白衣の男が一人いた。


「あいつがムッソ・リノーラか。やっぱりミーちゃんはちゃんと区別出来てるようだな」

「貴様等ぁ! ここをどこだと思っている! 誰の許可を得てここに入っている!? 誰の許可があってこんな事をした!? 」

「それは私バルカスとギルドだ。パッシィオーネを潰させてもらってる」

「バルカスだぁ!? 知るかそんな女ぁ!! ふざけるな! 」

「……クソ野郎が」


 バルカス・バルバロッサは、この男ムッソ・リノーラを酷く嫌っていた。

視察に行っても案内をせず、報告は紙に一言のみ。

影で愚痴を言っているという部下からの報告もあり、バルカスやダボ、シザへの当たりも非常に強かった。

 また狂っているほど自分のボスであるドン・コルストに心酔していた。

バルカスが持つ個人的なパッシィオーネへの恨みの六割はこの男に向けたものだ。


「ビンセントにカミラ。すまないが、あの男は私にやらせてくれないか? 」

「いいわよ」

「分かった」

 ミーちゃんはムッソ以外の敵を喰い尽くすと、ビンセントの元へ戻ってきた。

「よくやったなミーちゃん。偉いぞ」

 相変わらず撫でるところが無いので牙を撫でてやるが、可愛いとは思えないのであった。

ミルはそんなミーちゃんを見てやきもちをしていたが、カミラに撫でられているのでよしとした。


「んんじゃぁ私は行ってくるッ! 」

 三人に映るバルカスは、笑みを浮かべながら非常に怒っている様子だが、事情を知らないので一言言ってただ見送ることにした。

「行ってらっしゃい」


 バルカスは床を蹴り前進する。

「オーラ、身体強化、攻撃強化」

 一直線にムッソを狙って駆けていく間、ムッソは詠唱を完了して本前方から雷撃を撃つ。

バルカスはかわす事無く雷撃を大剣で斬り裂くと、何事も無い様に突っ込む。

(リミットブレイクは、まだ再使用できんが……)

 ムッソが氷魔法でバルカスの足を狙うも、大剣を振られて崩れ、バルカスは跳躍した。

「ザッパーモード! 」

 バルカスの肉体がより筋肉質になり、持つ大剣が、スキルにより巨大化する。


「――炎魔法ボルバック! 」

 ムッソが本を振り唱えた前方から、小さな火の玉が、低空中のバルカスに向かって飛んでいく。

火球が着弾するとバルカスは爆炎に包まれたが、オールガードの為に無傷で身を弾かれず、変わらず大剣を振るう。

「このクソアマァッ!! オールガード! 」

 ムッソは大剣が迫るところでオールガードを唱えたが、バルカスの大剣はソレを粉砕して斬り抜けた。

「がぁぁあ! クソッ、クッソいてぇよぉぉ! 」

 ムッソは左肩を失い、床ニ這って蠢いた。

「クソ、氷魔法、アイスグラード! 」

 床から氷柱が突き出てバルカスに向かうが、バルカスは氷柱を踏み潰して消した。


「このアマァ、私の研究を知れ……、能力ワーイビル! 」

 ムッソはそう唱えると、体の状態が変化し、細い体は筋肉質となって肌は灰色となる。

角が生え、爪と牙が生えて魔物の様な姿となると、バルカスに襲い掛かる。


「下衆野郎が」


 バルカスは襲い掛かるムッソの頭を蹴り飛ばし、止めを刺さんと大剣を振りかざす。

「なんだ、なんだ前!? さっきからふざけるな、貴様なんぞに、人間なんぞにぃ……」

「人間舐めるなよ下衆野郎」

「ヒィィ――! オールガードォ! 」

 ムッソは縦に両断された。

「はぁ、スッキリした」

 バルカスはスキル、ザッパーモードを解くと、ムッソの首を切り取った。


「待たせて悪いな皆! 」

「大丈夫よー」

「全然待ってないぞ」

「バルカスお疲れ様! 」

 バルカスは皆の元へ行き、ビンセントに首を渡した。

「終わったな、これで事実上パッシィオーネは滅びたぞ」

「あぁ……、皆には助けられた。またシザに着いたら礼を言わせてくれ。まずはココを出よう」

「礼はいいよ。じゃあ外に出るか」

 ビンセントは境界を開くと、四人は地下施設から出た。


「この施設だけは、壊せないかな。魔物の研究の跡を残しても、いい事は何も無いからな」

 バルカスの考えにビンセントとカミラも同意し、ミルは自分がやりたいと手を真っすぐ上げて言った。

「私、皆が戦ってるの見てばかりだから、私も手伝いたいよ。だからせめて、ね! 」

 ミルはカミラにその許しを請うと、カミラは苦笑しながらミルを抱いて同意した。

「でもすぐ戻るのよ? 」

「うん! 任せて! 」

 ミルはそう言うと、体をドラゴンの姿に戻していった。

角と翼、尻尾が生えた半人半龍の姿まで戻る。

「ビンセント、皆と少し離れて観ててね! 」

「あぁ、やりすぎるなよミル」

「大丈夫だって! この施設だけだからね! 」

 ビンセントは境界を開いて三人と離れる。


 皆が離れた事を確認したミルは、高過ぎる魔力を抑えると、口を開けて火炎を吐いた。

火炎は地下施設に向かい、その熱と威力に地下施設は蒸発する。


 一方ビンセント達三人は、遠くからその施設を見ていたが、衝撃波の後から遅れてやってくる爆音と共に、天高く立ち上る火柱に唖然としていた。

「――でも、ミルなら大丈夫だよな」

「ミルなら大丈夫よ」

「ぁぁ……」

 二人はミルを信じ、バルカスはドラゴンの力を初めて眼に映して唖然としていた。

「オールガードかかってるし、様子見に行こうか」

 カミラにそう言われ、ビンセントは境界を開いてミルの元へ戻った。


 三人がミルの元へ行くと、工場と地下施設は跡形も無く消えており、巨大な穴にはマグマが溜まっていた。

「うん、周りには影響がない。工場と施設も綺麗に消えたな」

「ミルー? マグマは何とかならないかな? 」

「うわぁ……」

 カミラにマグマを指摘されたミルは、手を振って答えると魔法を唱えた。


「氷魔法アイシクルグラム! 」

 急な低温によって起きた連続的爆発と共に、尋常ではない蒸気が噴き出るこの場は、カミラのオールガードが無ければ人は存在できない場所だった。

 マグマ溜まりは冷えて固まり岩石となる。

その上を更に氷塊が覆い、周囲の気温は低くなった。


「うーん、惜しいな! 」

「氷をちょっと溶かして水にしよう! 」

 ビンセントとカミラにそう言われると、ミルは更に魔力を抑えに抑えて火を吐いた。

火の当たった表面は蒸発し、それを確認したミルはすぐに火を止める。

すると、少し氷が残った温水の湖ができた。

後にここは、旅人を癒すオアシスとなった。


「よしミル! よくやったな! 」

「丁度いいわ! 」

 ビンセントとカミラに褒められたミルは、破顔しながら人の姿に戻り、制御スキルで能力を非力な少女に戻した。

「えへへ! 上手くいった! 」

 ビンセントとカミラに褒め撫でられるミルである。

バルカスは改めて驚いたが、ミルに礼を言った。

「うん! こちらこそ! 」


 ミルの創った美しい湖を眺め、解放奴隷を想いながらバルカスは次の事を考えていた。

「それではシザへ戻ろう。ダボに報告して、パッシィオーネの首をギルドに報告する」

「分かった。じゃあ早速行こうか」

 ビンセントはシザの街に境界を開いた

「ダボの元へは私が案内する。暫くは、また私との行動をお願いする」

「それは問題無いわよ」

「うん! 」

「助かる」

 四人は境界を渡って行った。

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