6話 『出撃前の読書』

 エンデヴァー教

 贈書第二記、文明創造。


 双子の兄弟が現れた日、世界に文明は無く、神話に在った。

 アークの人々が精霊の国エルグラムを下り、荒れ野の果ての湖にいた時、二人の兄弟は降臨された。


 目の前に突如現れた二人に、人の王エフィス、エルフ族の長ラル族の者達は大変に驚き、この知らせはすぐさま精霊王セトにも届いた。

 人の王エフィスが二人に対して、何者なのか、名前はあるのか、どこから来たのかを問うて訊いた。

兄弟は質問に答えられ、兄弟の兄の名はキース・エンデヴァー、弟の名前をノース・エンデヴァーと言われた。

また兄弟はどこから来たのかという質問に、ローマとお答えになった。

エフィスはそれを聞くと自らも名乗り、更に兄弟に対してローマとは何か、どこにあるのかと問うて訊いた。

兄弟は、

「人の王エフィス。ローマとは、私達の国です。しかし、ここに来てからはその場所が分かりません」

 と言われた。

それを聞いたエフィスは使いに馬を用意させ、兄弟を乗せ、アークの地の国グローザへ兄弟を連れて行こうとし、兄弟もこれに同意した。


――――

「コレがこの話の始まりだ」

 バルカスがそう言って、話を理解できているか三人を見て確認する。

ミルは楽しそうに聞いていたが、ビンセントとカミラが顔を合わせて首を傾けている。

「あれ、その兄弟の名前なんだっけ」

「ん? キース・エンデヴァーとノース・エンデヴァーだぞ」

 ビンセントとカミラは暫く黙ってから、自分の中で整理して口を開く。

「ノース・エンデヴァーって、確かノースさんの本名だったよな? カミラ」

「だよね、え? えっと、どういう――」

 カミラとビンセントは苦笑いをしながら見つめている。

「知ってたのか? 兄弟の話」

「いや、そうじゃなくて。勇者一行の一人がノース・エンデヴァーっていう名前なんだ」

「なんで勇者一行の情報を知ってるんだ? 私でも、勇者本人のルディ・ノルンしか知らんのに」

「色々あってな」

「まぁいいさ。しかし、それは名前が同じだけで絶対別人だぞ。この本の時代は、何百年も前、それか千年くらい前の話らしいからな」

 それを聞いて二人の苦笑も本当の笑いになった。

「ハハハハッそうだよな、それは流石にないか。偶然か」

「フフッ少し本気にしちゃったわね」

「そういう事もあるよな。それじゃあ、この兄弟のやった事とかを読んでくぞ」

「そういえばバルカス、その本の今読んだところは贈書の二記なんだよね? 一記とかってどうなってるんだ? 」


 ビンセントにそう言われてバルカスは本を見せて笑って返す。

「それがな、どうやらこの宗教エンデヴァー教っていうのは、この兄弟がやってきた事を伝える事が殆ど全てでな。一記の創世記、世界の生まれた話なんぞはたったの二ページなんだ。それ以外はさっき言ったように、殆ど兄弟の事さ」


 表紙をめくると更に一枚表紙があり、そこから序文が六ページ、目次が二ページに渡り、一記創世記は二ページとなっている。

バルカスがページをなぞり飛ばしてようやく二記が終わるが、その時点で本の全頁四分の三程めくられている。

 次のページは三記の『報い』となって本は終わっている。


「……凄い本だな、三記の題名、報いってなんだ……」

「三記の報いからは魔物が出てくる」

「うわぁ、なんだか暗そうな本だな」

「確かに楽しい本ではないかもしれんが、コレも一つの考えだな。どれ、ではこっから読んでみようか、二記の橋の話から――」


****

 贈書第二記、文明創造。

兄弟の橋と贈物。


 人の王エフィスが兄弟を連れてグローザへと向かう途中に大地震が起きた。

ラル族のエルフ達は皆脅え、エフィスが率いる人もまた怯えた。

 大地は裂け崩れて大穴となり、エルフと人は数多く穴の中に落ちた。

しかしエフィスの率いる人とラル族のエルフはまだ多く兄弟と共に在った。


 地震は三日の間続いたが、不思議と兄弟とエフィス、ラル族のエルフの立つ大地はそれから揺れることは無かった。

 地震が止んだ後、稲妻が空を裂きながら大雨が降り出した。

エルフと人は大水に流され、大穴へと流れて多くが死んでいった。

しかしエフィスの率いる人とラル族のエルフはまだ多く兄弟と共に在った。

雨は五日の間続いたが、不思議と兄弟とエフィス、ラル族のエルフのいる大地は、それから大水が来ても水がよけて流れ、天を雨が覆うことは無かった。


 先が水に覆われたエフィスは困ってしまった。

すると兄弟は水辺に行き、兄弟の兄キースが両の手を大きく上げ、天を仰いでみると、水で覆われていた場所に道が現れた。

 エフィスと人、ラル族のエルフ達はこれを見て大変驚き、恐怖したが、兄弟に感謝した。

続く天災の中、食料が尽きて飢えていた為である。

それを聞いた兄弟の兄キースはどこからともなくパンを出し、それを弟のノースに渡すと、ノースはコレをエフィスと人、ラル族のエルフ達に贈った。


 エフィスと人、ラル族のエルフ達は兄弟に感謝してパンを受け取った。

全員にパンが行きわたり、キースの創った道を歩んでグローザへと向かった。

キースはこの道を『橋』と名付けられた。

 人々やラル族のエルフは、兄弟のキースとノースを恐れたことを悔やみ、ひれ伏して謝った。

兄弟がそれを許すと、人々とラル族のエルフは感謝して大声で賛美した。

人の王エフィスも恐れたことを悔い改め、感謝したが、賛美はしなかった。


 エフィスが橋を歩むとき、天から声が聞こえてきた。

「恐れることは無い。私はセタ、精霊王だ。その兄弟を生かしてはいけない。この湖に沈めなさい。これは警告である」

 天の声にエフィスが立ち止まり頭を下げると、エフィスに続いている兄弟と人、ラル族のエルフ達は立ち止まり頭を下げた。

 エフィスの他にこの声を聴いた者はおらず、またエフィスは起き上がるとそのまま歩き出した。

精霊王の警告を無視したのである。

兄弟の知らせを聞いた精霊王セタは、誰よりもその兄弟を恐れたのだ。

また八日に渡る天災は、セタが大地の精霊グノームス、嵐の精霊デルタに命じ、兄弟を殺す為に起こした物だ。


――――

「なんでだ精霊王、にしてもエンデヴァー兄弟凄いな。橋造ったのか」

 ビンセントがそう言うとバルカスが笑って返す。

「私達には分からんが、偉いさん達にも色々あるんだよきっと」

「バルカスだってここの女王じゃない、十分偉いわよ」

「ハハッ、カミラいじめんでくれ」

「まぁこんな感じで、兄弟はいろんな物を創っていくんだ。そうだな、例えばコレの少し先の――」


****

 贈書第二記、文明創造。

グローザの繁栄。


 人の王エフィスと兄弟、ラル族のエルフ達は、アークの地の中心グローザへと到着した。

グローザとは、エルグラムのユグドラシルの種がセタから贈られ、エフィスが受け取ってそれを植えると、大きな樹がなり、それが国となった物だ。

 人々は樹の周りに花を植え、更に周りに農場を造り、農作物を作っている。


 エフィスは人とラル族のエルフ達を休ませ、兄弟を歓迎して招き入れると、自分はユグドラシルの木の実からなる樹の根に腰をかけて、召使から果物を受け取ると、それを兄弟に二つ分け与えた。

兄弟はエフィスに感謝して受け取ると、エフィスが食し始めてからそれを食べた。

 兄弟はお礼をしたいと言った。

それを聞いたエフィスは、召使と共にここで働き、樹の水を運ぶように言うと兄弟は承知した。

 兄のキースが手をかざすと、地がくぼんで道ができた。

暫くすると水が流れ出て、グローザの水源となった。

エフィスとグローザの人々やラル族のエルフは大変驚いたが、エフィスは更に兄弟に願った。

「国を潤わせる為、国全ての農場に水を持っていくことはできるか。もしできるのならば、お前達の願いを一つ叶えてやろう」

 兄弟はそう言われると承知し、兄のキースが手を国いっぱいに伸ばすと、地の凹みは進み広がり、国全ての農場へ水が行きわたり、堀に橋をかけて、人やエルフが行き渡れるようにした。

 エフィスとグローザの民達は大変驚き、兄弟とエフィスにひれ伏して感謝した。

エフィスは約束通り兄弟の望みを聞くと、兄弟はグローザに住むことを望まれた。

エフィスは了承し、兄弟はグローザの民となった。

グローザに引かれた溝と水は、ノースによって『水路』と名付けられた。


――――

「水路かぁ、確かに無いと困るもんな」

「そうだな、でもここから進むと、段々と話の雲行きがおかしくなるんだ」

「いきなり便利な物ができたから? 」

「それも勿論あるね」

「王様が独り占めにしちゃった! 」

「お、ミル。そうとも言えるし、近いとも言えるな。じゃあそこから話そうか」


****

 贈書第二記、文明創造。

英知の争奪戦。


 キースの英知の創造物が、ノースにより贈られて世界は発展した。

 農場での仕事は、農夫が手で土を還していたのを、ノースが『鍬』を贈物として授けてからは発展し、

更には獣を囲う『柵』が贈られて、人やエルフは獣を家畜とし、扱えるようになった。

石を積み囲み中で火を焚けば、魔力の少ない者でも火を扱える『暖炉』を贈れば冬の凍死者が減った。


 兄弟は世界にその名が知れ渡り、兄のキースは万物を創造でき、弟はその創造物を世界へ贈るとして、人々やエルフ達から賛美された。

兄弟は世界の発展に喜ばれたが、同時に酷く悲しまれた。


 人の王エフィスは兄弟に対し、グローザの樹の根元から決して動かぬよう命じた。

地平線に見えるのはアークの地のバラド国の兵士達。

グローザへの目的は、兄弟の捕獲である。

 人の王エフィスは世界中の国王と文を交わしたが、いずれも目的は兄弟であった。

兄弟を欲する為に起きた戦争にエフィスの欲が兄弟に映り、兄弟はエフィスを深く哀れんだ。


 人の王エフィスは兵を集結し部隊を分けると、敵兵の迎撃を開始した。

長く続く戦いに、草原は朱に染まる。

人の王エフィスの敵はバラド国だけにとどまらなかった。

アークの地の国々が集り、バラド国と共にグローザに進軍した。

 人の王エフィスは兄弟に国を守るように願った。

すると兄弟は了承し、キースが腰をあげると、グローザ国の周囲に高く壁が反り立ち、グローザの樹木を石壁で覆った。

 エフィスは兄弟に感謝すると、兄弟は樹を囲む巨大な石積を『城』と、国周りにそびえ立つ壁を『城壁』と名付けられた。


 バラド国とアークの国々は兄弟の創造物を前に立ち去り、それを恐ろしく思った人の王エフィスは、

精霊王セタの言葉を思い出して、その夜兄弟を殺そうとするが、兄弟は既にグローザにはいなかった。


――――

「うわぁ、えげつないな」

「何度も助けられてたのに、結局は身勝手なのね」

「ここからはもっと凄いんだけどね。それはまた次のお楽しみかな」

 バルカスは本を閉じると机に置いた。


「あれ? もう終わり? 」

 ミルが寂しそうに言うと、バルカスは心苦しそうにしながらも、本を再度開かなかった。

「今日はね。朝ごはんも済んだし、そろそろ、本題と行こうかと思ってね」

 バルカスは本を本棚に戻し、空いた皿を持った。

「特大ピザ五枚をペロリか……」

「美味かったからな」

「うむ、逆に足りたか? 」

「えぇ、お腹もしっかりと膨れたわ。ありがとう」

「ごちそうさまでした! 」

 そう言われてバルカスも満足し、皿をカートに乗せた。

「また本読んで聞かせてねバルカス! 」

 ミルに言われて、微笑んでバルカスは返す。

「えぇ! 楽しみにしててね。続きはお仕事の後だよ」

「綺麗な演奏に、美味い朝ごはん、それに飽きない昔話か。……いい旅行だなカミラ、ミル」

「そうね。でもやることはちゃんとやるけどね」

「やるやる! 」

 三人のやる気に負けぬよう、バルカスも自身を奮い立たせる。


 バルカスが椅子に座り直すと今までの休息が終わり、皆の顔も引き締まる。

「さて、いよいよパッシィオーネに攻めるわけなんだけど……、昨日も言った通りの本当の殴り込みだ。

向こうはそんな事をされるとは知らない、だけど仕留める事に戸惑う必要はない」

 三人が理解しているとみると、バルカスは話を続ける。

「まず、パッシィオーネのアジトは範囲的に散っている。それでも主要となっているアジト、幹部のアジトは絶対に潰さなければならない」

 ビンセントが手をあげると、バルカスは意見を聞く。


「一応言っておくが、場所がバラバラになってるのは問題じゃない。俺が分かってる場所なら『境界』で移動できる。だが、俺の中でのシザ圏の地理情報はあまり無いから、地図さえあればそれができる」

「本当か、それは助かる。地図ならある」

 バルカスは本棚に行くと地図を持ってビンセントに見せた。

「大きいなぁ」

 ビンセントはそう言いながらも境界を開くと、中から風が吹き上げる。

「な、なんだそれは!? 」

「シザ国上空に境界を開いた。地図と……一緒だな。始める時俺が地図持っててもいいか? 」

「あぁ、じゃあまずどこからやるかを教えよう。一人目の主要アジトは、幹部『ベリー』もいるところでここから近い。地図だと、ここだ」

 バルカスに指さされたところを、ビンセントが境界から覗いて確認する。


 境界線を超えて上空から下を覗き見るが、突風が吹き荒れてしょうがない。

それでも風に構わず場所を確認する。

それらしき建物を発見したビンセントは、その建物に更に近づいたところに境界を引き開きなおした。

「あれか? 」

 バルカスにその景色を見せて確認を取ると、バルカスは頷いて答える。

「あぁ、それだ。その屋敷だ」

「分かった。このまま行けるがどうする? 準備できてるか? 」

「私は大丈夫」

「大丈夫だよ!! 」

 ビンセントの言葉にカミラとミルは席を立つ。

「あ、すまん。大剣が調理室にあ――」


 ビンセントはもう一つ境界を開いてバルカスの愛剣を呼び出した。

「フッ、なんでもない、準備万端だ! この地図はビンセントに預けるぞ」

「がぅー! なんだかうずうずしてきたよ! 久々の戦いだ! カミラ以来じゃないかな! 」

「ミル? 私と闘った時のような力は出しちゃだめよ? 街が無くなっちゃうからね」

「分かってるよ! 」

「頼もしいな、ミル! 」


 戦争が繰り広げられるというのに、ミルは疼くように張り切り、それを見守るビンセントとカミラも笑っていた。

何故だろう、この三人といるとバルカス自身も自己士気が跳ね上がり、まるで恐く感じなくなるのだ。


「私がオールガード張ってあげるから、上空からの強襲にしない? 私も久々の戦いだし、盛り上げなくっちゃね! 」

「ノリノリだなカミラ。俺も結構のってきたぞ、オールガード頼むよ」

「はーい」


 カミラがそう言って『力』とスキルを解放すると、四人にオールガードが付与された。

カミラの能力開放に刺激され、ビンセントもオーラと身体強化をかける。

カミラが赤を纏い、ビンセントが青を纏い、ミルが白を纏う。

 三人の能力に呆気をとられそうになるが、武者震いが止まらないバルカスもスキルを使用する。


「よし、じゃあ行こうか」

 ビンセントの境界は、パッシィオーネ幹部ベリー邸兼主要アジトの遠い上空に大きく開かれた。


 四人は豪速で降下していく。

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