25話 『境界に魅せられた男』
【オスヴァーグ邸】
静かに植物で覆われる庭が屋敷の前に広がっている。
庭の地には細い溝が庭中に掘られており、中にはわずかな流れを持つ流水が通っている。
ミルの小さな足裏よりも小さく細い水路により、庭の全植物は潤う。
植物の中には大きな花も咲かせており、サリバンやカミラとミルはその花から微かな魔力を感じていた。
サリバンの屋敷であるリーゼル邸と比べてしまえば、華がある屋敷である。
庭を含んだ屋敷の前面にある広い道には馬車が五台連なって止まっているが、一人の男が御者に一言かけると、五台の内四台が動き出して屋敷から出ていった。
馬車を出させて屋敷に残った男は、突如現れた四人の方を向くと深くお辞儀をした。
「サリバン様。連絡を頂ければ私から参りますのに……」
男は一言そう言うと、何かを恐れる様に四人に対し、しっかりとした足取りで近づいてきた。
心情がそれでも、表だけでも粗相の無いよういつもの通り礼儀正しく振舞っているのだ。
「いや、急にすまないなリティス」
「いえ、それで。本日は何用でしょうか。計画は問題なく進められていますが」
怖気ずくリティスの肩をポンと叩きながら目を見る。
「なに、お前の望むことだ。少しの間ビンセント様方がこの地を定期的に離れることになるのでな」
言葉を受けてリティスが察し終えたところで、サリバン自身は横に退いて三人を紹介する。
「こちらが我らが主、ビンセント様、カミラ様、ミル様だ」
公然で堂々と自分等を主と紹介するサリバンに対してはもう触れず、三人は勝手に屋敷に入ったことを詫びながら挨拶をする。
「ビンセント・ウォーです。勝手にお屋敷内に入ってしまい、申し訳ございません」
「カミラ・シュリンゲルです。同じくすみません」
「ミルです! ……ごめんなさい」
主三人に自己紹介と謝罪をされたサリバンは、遅れながら同じく謝罪をする。……が、その姿はリティスから見ればとても恐ろしく見えた。
リティスは自然と体を後に退き、四人よりも深く頭を下げることになってしまう。
「いえ、滅相もございません。 私の名前はリティス・オスヴァーグと申します。皆様、今後とも宜しくお願い致します」
どちらも動くに動けない雰囲気が暫く続くが、サリバンは話を進める。
「そんなに頭を下げるでない。今日参ったのはさっき話した通り、御三方がこの地を定期的に離れるからだ。出られる前にお前を紹介したかっただけだ」
「なるほど、そういう事でしたか」
リティスが顔を上げると、ビンセントが握手を求めている。
「お会い出来て光栄ですリティスさん。商の件、いつもお世話になっています」
「いえ、ビンセントさん。こちらこそお世話になっております」
リティスが握手を受け、互いに顔を見ながら挨拶をする。
ビンセントが抱く思いは感謝の想い。
リティスが抱く思いは恐怖と今から起こるであろう、久方ぶりの戦闘の興。
互いが硬く握手を交わし、二人が笑顔で相違対象の形で立っている。
「ビンセント様。大変恐縮なのですが、リティス・オスヴァーグの願いを聞いては貰えませんか」
ビンセントの横でサリバンが、最早士気が高まり過ぎて外部でのビンセントの呼び方を忘れて最敬称で願い出た。
ビンセントはリティスの願いとやらを断る理由もなく、むしろ三人の為にコレだけの事をしてくれる人の頼み事である、是非受けたかった。
「もちろん聞きます! 俺にできることがあれば何なりと! 」
礼が出来る嬉しさのおかげでテンションも上がり、一人称が俺へと戻るビンセント。
そんな姿を見るカミラは決まってニヤッとしながら見つめている。
「なんでしょうか、リティスさん! 」
「実は……」
「はい! 」
「私と闘ってほしいのです」
ビンセントは笑みが消えて真顔になると、サリバンへと視線を移した。
サリバンは視線を受ける直前に物凄い勢いで頭を下げた後、直立に起立してビンセントに向かい敬礼をした。
(どうぞ! 蓄えられた力を存分に力を振るってください! ビンセント様!! )
サリバンは何を考えているのだろうか、ビンセントの真顔に返す彼の表情は何故か自信満々といったような顔である。
「あの、リティスさん。もう戦いの世界でもないですし、もっとこう、別の事で私にできることはございませんか? 」
ビンセントがそう言っても一向に退かない
芯の強いところはリーゼル隊員の共通点である。
「私は、元私の主サリバン中佐が忠誠を尽くすビンセントさんと闘いたいのです。主としての力があるか、私の目で、私の剣で、全身全霊をもって定めたいと思います」
サリバンと同種。こうなってしまえばもうやるしかないというのを、出会って間もないがビンセントも理解した。
「サリバンさんが元主、という事はリティスさんもリーゼル隊員なんですね。そうですか……、うーん。やりましょう」
歯切れの悪い返事をする。
目の前の男はいい格好をした中年の男だが、戦争時にリーゼルの下で最前線で活動していた男。
レベルを見るだけでも、リティスの頭上にはLv.71と表示されている。Lv.51のビンセントとはレベルが大きく離れており、レベルだけ見れば戦いにもならない。
少し不安はあるが、カミラが横で笑顔変わらぬまま親指を上に立ててビンセントに向けているのを見ると、既に結果の確信を得ていた。
(サリバンさんより強かったらまずいけど、本気でやればなんとかなるかな)
返事をしたもののどうしようかと困ったビンセントが一人で考えていると、今度はリティスがビンセントに対して握手を求める。
「その返事、嬉しく思います。私は全力で参ります」
二人の間での戦闘が確定した。
「とは言ったものの、どこで開戦しましょう」
ビンセントがそう言うと、お待ちしておりましたと言わんばかりに横からお辞儀をするサリバンが出てきた。
「剣を交える場所は、私の館の訓練所を使ってください。あそこであれば存分に戦えます」
「サリバン様、ありがとうございます。ありがたく使用させていただきます」
「うむ。存分に使え。遠慮はいらん」
リティスと同じくビンセントにも異論はなく感謝を述べる。
「サリバンさんありがとうございます」
「当然のことでございます! 」
ビンセントの礼を美しいお辞儀で返したサリバンは、リティスの方を振り向く。
「そうとなればリティス、お前も早く装備をしないか。待たせるでない」
「は! 直ちに! 」
リティスはそう言うと屋敷に駆けだした。
彼はこれで侯爵であるから、このような姿を他の者達に見られてしまえばおかしな噂が付きまとうようになるだろう。
それでも彼は、サリバンに対しての接し方は徹底している。
というより、元のサリバンがリーゼル隊員に対しての接し方を徹底した結果がコレである。
リティスが屋敷に消えてから三分程であるか、四本の軍刀を背に装備した姿で三階部屋のバルコニーから飛び降りてきた。
落下時に防御スキルを使って体を守るのではなく、彼は身体強化スキルで落下の衝撃を吸収したのだ。
命令は最短最速で。リーゼル隊員の教訓である。
動きや移動に無駄は許されない。道のりでさえ最短で動く。
「お待たせ致しました。召使に今日の変更予定を伝えておりましたので、少し遅くなりました」
「いえ。全く」
全く遅くないリティスに対して静かに突っ込みを入れるビンセント。
「それでは揃いましたので早速、サリバンさんの訓練所に向かいましょう」
ビンセントはそう言いながら境界を広く開いた。
何年ぶりに見るだろう。
リティスはその異様なモノに魅せられていた。
空間が裂け、そこにはここにない物が当たり前のように在る。
美しく妖艶で禍々しい、リティスはノースの『境界』に魅せられて憧れていた。
それを今ビンセントが再現し、そんな彼とこれから剣を交えるというのだ。
込み上げる恐怖半面、身震い起こす嬉しさが込み上げてくる。
前を行く四人は境界に脚を踏み入れた。
ただ徒歩で渡るのだ。
リティス・オスヴァーグは今日、初めて境界を渡る。
【リーゼル邸】
眼前に広がるは高くそびえる壁。
オスヴァーグ邸と比べて殺風景極まりない。
ただ広く、地面があり人眼を遮る壁がある、そんな庭となっている。
「お邪魔しますサリバンさん」
普段通り空間から侵入する三人はいつもの様に挨拶をするが、リティスは感動が重なる。
「ここは……間違いなくサリバン様のお屋敷! このそびえる壁! 離れ小屋以外何もないこの庭! 私の屋敷から立った一歩で……」
聞き方によっては大きな皮肉になり嫌みの言葉に聴こえても、リティスは無論そういう思いはなく、ただ感動しているのだ。
「これが、『境界』なのですね……!! 」
初めて見る中年男性のきらめく瞳を向けられたビンセントは少し後に引きながら、手を裂けた空間に向けて返事をする。
「そうです、これが『境界』です! 便利ですよ! 」
そう言うとビンセントは手を戻して境界も閉じた。
「私はノース様の『境界』に魅せられました。それを今日初めて体感できました事を、ビンセントさんに先ず感謝致します」
「いえいえ、そんな」
リティスの礼と『境界』に対しての想いを暫くビンセントに話す中、サリバンはメイド長ハンナを呼んで椅子と机を召喚させると、更に二人に対して茶菓子を用意するように命じた。
カミラとミルはハンナに礼を言って座り慣れた椅子に腰かけると、ハンナはお辞儀をして裏口から屋敷へと消えていった。
ミルとカミラはいつものように観戦モードに入る。
しかしビンセントとリティスは未だ開戦せず、リティスは長くしゃべり続けている。
「私にはどうしても手に届かない力ですが、憧れに憧れて、少しでも近づけるように力を求めました。ノース様をこの目で見る事が出来たのは数回程度ですが、あの時の感動は忘れられません! 」
「は、はい。えっと、確かにノースさんは凄いですね」
ビンセントには半分程の話が耳に入っていないが、礼儀として相槌は欠かさなかった。
「戦争が終わり、とうとう自分が『境界』にどれだけ近づけたかを知ることができないでいました。しかし、今ビンセントさんが『境界』を持つ者として表れてくださいました。今日、どれだけ近づけたか、数年ぶりのこの闘争で存分に試させていただきます! 」
リティスの熱い期待を裏切るようで多少申し訳なかったビンセントだが、主義は通そうとリティスに話した。
「戦闘で境界は使わないですけどね」
「何故です!? 使ってください! 全力でお願いします! 」
「……わ、わかりました。では使います」
戦闘前に武器を取り出す時以外、つまり戦闘内では全く使う気の無いビンセントだが、使うとでも言わなければリティスの話が止まらない。
実際最初は使うのだからそれで我慢してほしいと思うビンセントの事を、リティスはハイになった頭で自己都合に解釈した。
「それでこそ、サリバン様の主! 土の双剣士リティス・オスヴァーグ少尉。いざ、参ります! 」
リティスが背から両の手で剣を二本引き抜く。
その姿を見てビンセントもこの闘い中、最初で最後のつもりである境界を開いて一振りの剣を引き抜く。
「……グラディウスですか」
「これでも元剣闘士ですからね」
ビンセントの両刃の得物は、サリバンに一太刀入れた日にサリバンから進呈された剣である。
進呈された物でも決して特別な剣という訳ではあらず、闘技場がなくなった為のあまり物だ。
ただ今のビンセントが一番使い慣れているであろう剣という理由で、サリバンが剣を持たないビンセントに贈ったのである。
だが忠誠心からくる想いは存在している。
例えばそれは、グラディウスという短広剣が比較的に折れにくいからという理由でもあることは、サリバンはビンセントに伝えていない。
この剣が選ばれた理由の一つの原因として、ビンセントが何本もの剣を折ってしまったことが第一としてあるが、第二に何らかの理由で戦闘が起きた際、その剣が折れてしまってはいかんというのはサリバンの忠誠がそうさせたものだった。
リティスはビンセントの握るグラディウスから目を離し、自身にスキルを駆ける以外に、扱う二振りの細い軍刀にもスキルをかけて強化していく。
ビンセントも数少ないスキル『身体強化』と『オーラ』を使用した。
それぞれ二人が発し始めた闘気により戦は始まった。
横から聞こえるのはカミラとミルの歓声の声。
「がんばってー! 」
観戦が始まれば、リーゼル邸ではお決まりのハンナによる紅茶とクッキーのサービスである。
ミルとカミラがハンナにお礼を言って、それぞれがクッキーを手に取る時に、戦地である庭の中央から重い金属がぶつかる音が炸裂した。
その事に二人は気にしないでクッキーと紅茶を楽しむが、庭の中央では鍔迫合いになっている。
鍔迫合いになってからビンセントの位置は変わっておらず、先に動き出したのはリティスだ。
二本の軍刀を真っすぐ振り落とされ、それをビンセントが一振りの広剣で受け止める。
リティスの剣術は固く、云わば無難の極みである。
基本に忠実に沿う剣術であり、軍に所属していた時の魔法を持たないサリバンの影響が強い。
力と初動を含む攻撃速度は共に高く、立ち回りも間違いない。
ビンセントの剣を滑らせて無力化し、二本の剣は対象へと流れる。
「そらッ」
ビンセントは剣の流された軌道を修正して軍刀を防ぐ。
リティスは距離をとり、グラディウスの射程外まで後退するとビンセントめがけて半身になる。
脚と腰、剣を操る腕を巧みに運動させながら軍刀のリーチを活かして、ビンセントの攻撃範囲外の間合いを取りながら片剣で突きを連続で繰り出す。
スキルで強化された体が操る剣は、恐ろしく速い。
リティスからすれば、戦争時代に相手にしてきた魔物相手であれば、この時点で攻撃対象はハチの巣になっていたところだ。
しかしリティスの連突きの動きは、今のビンセントには完全に見えていたし体も反応できていた。
ビンセントは突きを剣で防ぎながら四歩前に出て距離を詰めると特殊な技を使う事も無く、純粋に全力で剣を振る。
「――速い!? 」
二本の剣で受け止めたリティスは、想定を上回る衝撃に踏ん張る脚は後退して地面をえぐる。
「まだまだです! 」
ビンセントが低く跳躍して振り下ろす剣は、リティスをもってしても視覚では霞んで見えるような豪速だった。
(返し太刀をするには早すぎる、時間が無さ過ぎる! )
視覚を通して情報はリティスの体の中であらゆる部分に送られた。
先ずリティスは視覚からの情報を脊椎にダイレクトに伝わらせ、反射的に防御姿勢を取っていた。
ビンセントの剣に対して、己の剣で防ぐには間に合わないと思ったのは、その後だった。
(スキル『プロテクト』)
ビンセントの剣が到達する間際、リティスの前方に亀甲型が連なった青白く透き通る障壁が出現する。
剣が障壁に触れると、プロテクトにヒビが入り破られる。
リティスはその間に自身の剣を戻して剣を受け止めるが、弾き飛ばされた。
「流石ですビンセントさん! 悔しいが、力と速度は私が劣るようです」
彼は自分の剣を見て微笑んだつもりであったが、顔は歪んでいた。
リティスの剣は二本共、ビンセントの一撃でへし曲がって使い物にならなくなっていたのだ。
剣はもう使い物にならない。剣も強化してあった、それが破られた。
ではどうするかと、リティスはいつの頃からか長くあった答えを、今ここで呼び出した。
「私はリティス隊でも主にサポート役でしたからね、魔法も使えますよ」
リティスが曲がった剣を地面に突き刺すと、口を小さく動かして呟き始めた。
「土を肉とし我が魔力を血とし肉体を創造する。地を眠り彷徨う精霊よ、肉体を与えてやろう。肉体滅ぶまで力を貸せ」
リティスが言葉を走らせるのと同時に、地面には丸い陣や文字が描かれていく。
「うぉ!? だんですかそれ!? それも魔法なんですか? 」
見たことのない魔法に、魔法使いとしては興味深々のビンセント。
「ビンセント様、あれは召喚魔法ですな。あの模様は魔法陣という物です」
サリバンが横から教えてくれたこの『召喚魔法』というのは、ビンセントが知る中では椅子や机、又食器等を召喚する程度の日用便利魔法である。
「召喚魔法って、あんな大規模なモノなんですか!? ちょっとカミラ! リティスさんすげぇ!! 」
リティスの使う魔法陣が現れる規模の召喚魔法を目の当たりにして、ビンセントは観戦中のカミラに向かって興奮の叫びをあげた。
「召喚魔法でしょー! わかるわよー! がんばってビンセント―」
紅茶を飲むカミラは別段驚く様子も無く、ミルと一緒にのんびりと観戦をしている。
地面に魔法陣が描かれ、円や文字は赤みを帯びた茶色の魔法光を発していた。
「『召喚魔法・ゴーレム』」
リティスが詠唱を終えると、魔法陣の模様が回転して地面が盛り上がっていく。
大きく地面がごつごつと地上に現れると次第に大きな人型になっていった。
地面から生成された寸胴な姿の岩巨人、ゴーレムがビンセントの目の前に現れる。
「うぉ――! でっかい! 家具や食器じゃない、これが召喚魔法なんですね! 」
「ビンセントさん。たぶんあなたのいう召喚魔法というのは、日用応用の召喚魔法です。これが本来の召喚法の姿なのです」
「そうなんですか! でもこれ、攻撃してくるんだよな、やばそう……」
グラっと揺れる大きな胴、一歩踏み出せば地響きが鳴る。
「行けゴーレム」
リティスの言葉を聞いて、ゴーレムの頭部にある球状の窪には黄色の光が宿る。
「うぉー……、歩いてる――ぅ!? 」
ゴーレムはビンセントを目標に前進しながら大きく手を広げ、ビンセントめがけて横払いをした。
「いやいやいやいや、これは、俺はカミラじゃないんだから無理でしょ!? ――……」
轟音と共に振られた腕はビンセントの言葉を遮り、その場所を薙ぎ払った。
ビンセントの姿は消えているが、それらしき声が上空から聞こえてくる。
「あっぶないなぁ、使う気ないのに境界を使ってしまった」
庭の上空にある裂けた空間から、ビンセントが地上を覗き込んでいた。
「おぉ! 『境界』を使いましたね! どんどん使ってください!! もっと見せてください! 」
(いや、使えば楽なんだけど、うちのミルの精神衛生上よろしくないからな……)
ビンセントが上空で考えながら引きこもっていると、地上のカミラから言葉を投げられる。
「ビンセント! 大丈夫だって、オーラ全開にすればビンセントでもいけるわ! 降りてきなさーい。降りてこーい! 」
「えぇ、本気で言ってるのかい、恐ろしいなぁ。あんなの喰らったらミンチだぜ」
「私が鍛えたオーラなんだから心配するなよビンセント! ほら降りなさい! 」
カミラはステータスを元に戻すと、テーブル上のクッキーを掴んでビンセントに投げた。
軽い破裂音と共にクッキーがビンセントの頬で粉砕され、ビンセントはその衝撃で境界内空間から弾き出された。
(……クッキーで吹っ飛ばされる俺はなんなんだ。いや、やっぱりカミラが凄いだけか)
落下するビンセントは境界を使って地面に着地するが、前からはゴーレムとリティスが迫る。
(でも確かに、カミラが言うなら間違いないか)
ビンセントの基本は臆病である。
肉体を守り、生命活動を続けていくことに重点を置いている。
そんな男なのだが、カミラは深く信頼している。何故ならば、ビンセントという人間を知り尽くしているからだ。
言うならば、やれたらやる。と似たような物で、比べる対象の誤りのせいでもあるが、どうもビンセントは自己評価が低すぎる。
やれると思えばやれるのだ。
第三者からではどう見ても無理でも、実行者がその気になれば肉体続き、又精神面が続けば事は成功に収まる。
臆病なビンセントは、迫る物が明らかに強大な場合、それが不必要な場合は避ける。
だが深く信頼しているカミラが避ける必要が無いと言えば、それはビンセントにとって最大の後押しとなり、避けることなく受けるだろう。
今ビンセントは冷静になり、自分と敵を測った。
その結果としては、勝負にならない。である。
「うおっ! いいぞビンセント! そんな感じだよ」
カミラの声がまた響く。ビンセントも同じことを思う。
(確かに、いいぞ。サリバンさん斬った時より数段いいぞ!! )
ビンセントの変化に気づけたリティスはゴーレムから飛んで後退し、出来る限り早く魔法の詠唱を始めた。
ゴーレムは精霊を宿した土人形である為、能力の察知分析ができずにそのままビンセントに迫る。
リティスの土魔法か、ビンセントの足元に魔法陣が多数出現して地面が尖る様に盛り上がると、それは地面から無数に生える大きな棘の様な物になる。
それは攻撃対象に向かって瞬時に飛び刺さる魔法なのだが、
「これも召喚魔法なんですか? 」
ビンセントが足元の盛り上がりの棘を踏み潰し、地面にヒビが入ったと同時にその周囲の魔法陣も魔法と共に消滅した。
魔法が消滅せずに発動して飛んでくる棘をグラディウスで弾き一掃すると、目の前にあるのはさっきの物と同じ、ゴーレムの巨大な手による横払いだった。
「オラァッ! 」
袈裟に斬撃を入れると岩と土で創られた体の部位は、まるでバターの様に容易く切断された。
大小様々な破片がビンセントに飛ぶが、ダメージは全く無い。
引き下がらないゴーレムの下部に潜り、そのまま両足を切断すると巨大な胴体が地響きと共に崩れ落ちた。
後に残った左腕で対象を追撃しようとするが、ビンセントは拳を握りオーラ全開でゴーレムの巨大な胴を殴った。
拳を撃った場所は大きくヒビが入り、中から魔力が抜け出る。
再度拳を固めて同じ個所を撃つと、今度は大きく割れてゴーレムの体は崩壊した。
頭部の黄色の魔法光は細かく点滅して薄くなる。
崩れた胴から一握りのオーブ上の魔力の塊が出現し、そこからはリティスの魔力が感じられた。
ビンセントはオーブを握りつぶし、ゴーレムの頭の魔法光は完全に消えた。
「凄いなオーラっていうのは、カミラに鍛えてもらってから初めて実戦で使ったよ」
「よくやったー! ビンセントー! 」
カミラの歓声に振り向いて、礼の意味も込めて右腕を高く上げて微笑んだ。
ゴーレムを破壊されたレティスは別の召喚魔法詠唱をしていた。
「ゴーレムを、容易く葬るとは。……これからです」
リティスが次の詠唱を完了したのか、再び地面には先程よりも大きな魔法陣が回っている。
「『召喚魔法・地龍ナージャドレイク』」
「おい、リティス。それは度が過ぎるぞ」
サリバンからの忠告を無視して召喚するモノ。それは――、
「地を這うドラゴンです。もっとも、現物と比べれば遥かに力は劣りますが、私ではこれが精一杯で、これが私の最強の召喚獣です」
姿を現した召喚獣は、土煙から大きな三つ頭を覗かせる。
脚は六本あり、巨大な尻尾は蛇のようである。
おそらくこれは国内で召喚していいものではないし、サリバンの言う通り度が過ぎたものだ。
今でこそ町の人が少なく人目につかない場所だからいいものの、こんなものを目撃されれば、国に残る人間はいなくなるだろう。
巨大な地を這うドラゴンがビンセントを睨む。
地龍ナージャドレイクの頭に乗っているリティスは黒い笑みを浮かべている。
ビンセントは振り返ってカミラの方を見てみるが、何ら変わった様子はなく、ナージャドレイクの威嚇の真似をするミルと遊んでいる。
(……ってことは、これも余裕か。俺もそう思った)
ビンセントは右手に持ったグラディウスを振り払いながら前進する。
「やってみるか、トカゲ野郎」
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