24話 『ミルの想い』

 朝になり、カーテンを透かして日が淡く部屋を照らす。

二つあるベッドのうち、カミラとミルが眠っているベッドからは二人の寝息が静かに聞こえている。


 ビンセント一人だけ目を覚まして布団をめくってベッドに座る。

頭に手をやって髪の形を確認すると、いつもと同じような髪の感触を手に覚えた。

「今日も……うん、爆発でもしたかのような寝癖だな」

 ビンセントが寝息をたてているもう一つのベッドを見ながらあくびをする。

(まだ寝てるのか、相変わらずだな。先に顔洗ってシャワー浴びるか)

 まだ少し眠気がとれていない体をベッドから起き上がらせると、洗面室に向かった。


「……なんでこんなに立つんだろうな、俺の髪は」

 鏡に映るは手の感触通りの凄まじい寝癖。

コレを初めてミルに目撃された時はすぐに人型に戻ったが、何故か一瞬ドラゴン姿に戻られたこともある。

 カミラに再開してから見られた時は、昔から見られていたので「相変わらずね」と言われた後に爆笑された。ビンセントの中ではお決まりであった。

 洗面室で眠そうな顔をしながら歯を磨いて、口を三回程濯いで歯磨きを終えると鏡を見て歯の健康状態をチェックする。

白く頑丈な歯が鏡で並んでいるのを見終えた後は、替えの下着を台においてシャワーに入る。

「今日も始まるぜ一日が」

 ビンセントの一日は寝起きのシャワーから始まる。

シャワー室の扉を閉めて蛇口をひねり、気持ちのいい温かいシャワーが朝の眠気を覚ます。

(ふぅ、気持ちい。眠気は覚めるが、湯の気持ちよさに溺れてしまいそうだ)


 ビンセントの浴びるシャワーの音が洗面室に漏れ、カミラとミルの寝るベッドにまで聴こえてくる。

「ん……ん、ほわぁ――ッ……。ビンセント起きてるのか」

 あくびをしながらカミラが起きた。

「どれ、私も起きるとしようかなっと、――おぅッ」

 起き上がろうとするが、カミラの腰をぎゅっと抱きしめて寝ているミルの為に起きられない。

(毎度のことで、お腹が温かいのはいいけど起きられないんだよねぇ)

 カミラが優しくミルの手を自分の腰から放そうとするも、

「むぅ」

 放されそうな手は、余計に力強く腰を抱きしめる。

「暫くこのままでいいか、うーん。いたずらしちゃおうかなぁ」

 耳を指でくすぐると、寝ながら困り顔のミルは顔を離す。

「うーん、かわいいわ」

 射程範囲内に入った耳に向かい、カミラが優しく息を吹きかける。

「ひぅっ」

 この反応を見るカミラの目は少し狂気を感じるが、お互いがお互い同じようなことをやり返したりして楽しんでいる様子なので、この状況をビンセントから見れば彼女等は平常なのだ。

 暫くカミラがミルで遊んでいるうちにシャワーの音が止み、シャワー室の扉が開く音が聴こえた。

(お、上がったかな。それじゃあ私も浴びてこようかな)

 カミラはミルのお腹と脇をくすぐると、ミルは笑い声と共に跳ね起きる。

「おはようミル」

「あっはっは、カミラおはよう! あはっ起きてるよ! 私起きてる! 」

 暫くそれを楽しんだカミラは、くすぐる手を止めてミルの頭を撫でてやる。

「ミル。あなた寝癖凄いわよ、跳ね過ぎよそれは。一緒にシャワー入りましょうか」

「入るー! 」

 といってミルは再びカミラにハグを迫る。

カミラはそれを受けて頭を撫でながらステータスを自然に元に戻すと、ミルが抱き着いたままベッドから起き上がった。

 背伸びをしだすと、ミルもカミラから離れて同じく背伸びをする。


「おー笑い声で分かったけど、起きてたね。おはよう。カミラ、ミル」

「おはようビンセント」

「おはよう! 」

 ビンセントが自分の寝癖をすっかりお湯で洗いほぐして、紺色の髪をかき上げながら挨拶をした。

「見てよビンセント、ミルの寝癖がビンセント級に! 」

 そう言いながらミルを捕まえてビンセントに見せる。

「ビンセント級って、俺はもう洗って寝癖は消えてるぞ! ――だがミル、髪がなんか、バナナみたいになってるぞ」

「バナナじゃないよ! 」

「食べたら美味しそね、今日の朝ごはんはミルかなぁ? 」

「食べないで! 」

 ビンセントとカミラが笑いながらミルの寝癖を愛でる。

「甘そうだぞぉ~! 」

 ついにはカミラがミルのふわっふわでバナナみたいな寝癖が立った髪に、顔を摺りうめた。

「くすぐったいよ! 」


 そんな二人を見ながらビンセントが境界を開いて、この前市場で買ったコーヒー豆の挽き粉の入った瓶を取り出した。

「二人も歯を磨いてシャワー浴びたら、このコーヒーを入れてあげるから早く浴びておいでよ」

「ビンセント、私濃いめで! 」

「はーい」

「私甘いの! 」

「はーい」


 二人が洗面所で歯を磨いてシャワーを浴びるうちに、ビンセントは境界から市場で買った赤青白の三人のカップと砂糖、ミルク、小さい一握り鍋と抽出用の布フィルターを取り出して、部屋の机に出した物を置いた。

 それぞれのカップには円錐型のきめの細かい布生地を付ける。

青のカップには粉を適量に入れ、赤いカップには多めに、白いカップには少し少なめに入れた。

(水、水……洗面所は今二人で使ってるし、ネスタ山の川から汲むか)

 ビンセントは境界をネスタ山の川に開き、小鍋を川に突っ込み入れて水を汲み、横の石河原にネスタ森の木の枝を置くと、火打ち金で燃やした。

 勢いが過ぎる炎の中で小鍋を直火で熱すると、水はあっという間に沸騰して湯となった。

(もう慣れたものだな)

 布生地が取り付けられた三つのカップに湯をゆっくりと入れる。

布のフィルターの真ん中にたまった粉末に湯が混みきると再びお湯を注いだ。

カップに丁度良くお湯が入るとカップから、粉末が溜まっている布をとる。

 粉の入った高温の布を川の水で冷やした後で水気を絞って、部屋のゴミ箱に粉を捨てた。

布は川で洗って境界内へ入れた。

 粉と湯共に少なめに入れた白いカップには、砂糖とミルクを入れる。

カップの中のコーヒーは高温で飲めたものじゃないが、二人が上がってくる頃には、熱いが飲めるまでの温度に下がるだろう。


(いい匂いだなぁ、このコーヒーっていうのは)

 入れた直後は熱すぎて飲めないが、香りを楽しみながらネスタ山の河原でひとりでに燃える枝に鍋で水を汲みかけて消火すると、燃えていた枝を回収してネスタへの境界を閉じた。


 ビンセント達の泊っている部屋、306号室はコーヒーの香りに包まれる。

ビンセントがこのコーヒーに出会ったのは五日前の食品市場で、カミラが香りが良くて美味しい飲み物になるという事を教えてくれたので購入した。

 購入したビンの中に入っているコーヒーの元となる粉は、元々植物の豆らしく、その豆を煎て挽き、湯で抽出することで飲み物になる。

カミラからこの事を聞いたビンセントは市場で驚いていたが、実際飲んでみると紅茶と比べて凄まじい程苦かった。だがそれでもいい香りと、その苦さが飲むうちに癖となって今は気に入っている。

 ミルはコーヒーを飲んだ瞬間苦さで拒絶反応を起こしたが、店員がミルクと砂糖を多く加えてコーヒーに溶かし、再度ミルに勧める。

恐る恐るミルが口を付けると反応が変わり、勧められたコーヒーをごくごくと飲みだした。

それ以来ミルの中でも、温かくて甘くていい匂いな『コーヒーミルク』はお気に入りの飲み物となっていた。


 ビンセントが暫くコーヒーの香りを楽しみながら椅子に座っていると、二人がシャワーから上がってきた。

 布で体を拭くカミラとミルが、身を隠そうともせずに部屋に戻ってきた。

「いい匂いだね」

「その前に二人共ちゃんと服を着ような」

「コーヒーの匂いだ! 」

 ミルがてててっとテーブルまで衣を出現させながら走ってきた。

カミラはベッドに散らばってる服を着るとミルに次いで椅子に座った。

「おーありがとうビンセント、いい香りだよ。コーヒーの淹れ方も分かってきたんじゃないの? 」

「だいぶ慣れてきたよ。最初はわけわからんかったけど」


 最初の頃は、フィルター布をかけずにカップに粉をそのまま入れてお湯を注いだものだから、飲む時にコーヒー粉末が口の中に入っていた。

それが今ではフィルターも境界内に常備しており、コーヒーの淹れ方をそれなりに覚え、自分で飲んでも『美味い』と言える物となっていた。


「ミルのはミルクと砂糖を入れてあるからな、甘いぞ」

「ありがとう! 」

「熱いから気を付けろよ」

「うん! いただきます! 」

 三人がカップに口をつけて、少し傾けてコーヒーを唇に当てる。

「熱いな、ネスタの木材はコーヒーを作るのには燃えすぎるからな……」

「ふふ、それはしかたないわ」

 少しづつ、少しづつ口をつけてコーヒーを口の中に流していく。

舌に染みるコーヒーの苦味、口から鼻に抜けるコーヒーの香ばしい香りが三人を落ち着かせる。

 ミルのコーヒーミルクは、彼女の好きなミルクと砂糖を多く使った特別甘い物になっている為に苦味は殆ど無く、コーヒーの香りと口いっぱいに広がる甘さが彼女の笑顔を輝かせる。

「あまーい! 美味しい! 」

「それは良かった! 」

 ミルの反応に微笑むビンセント、カミラは少し自分の濃くて苦いのも飲んでみるかとミルに進めたが、香りの濃さの違いに、初めて飲んだ苦いコーヒーを思い出して拒絶した。

「あら、でも段々とこの苦さが癖になってくるのよ」

 カミラはテーブルにカップを置くと一息ついた。

コーヒーという物をあの市場で初めて知ったビンセントからすれば、広い知識があるカミラを再度深く関心を示していた。

「カミラこんなのどこで飲んだんだ? クロイス国内ではあの市場で初めて見たんだが」

「南の島で作戦が行われた時に飲んだのよ。私も初めて飲んだ時は驚いたわ。でも不思議と落ち着くから気にいってたのよ」

「へー南かぁ。行ったことないな」

 カップ一杯のコーヒーをゆっくり楽しみ、今日の予定を決める。

 最近は時間があれば、朝からビンセントのオーラをカミラが鍛えるというような生活をしていたが、時には三人で平原を散歩したり、行商が集う市場へ行ったりとしていた。

「今日どうする? サリバンさんとの約束はないが」

「昨日は散歩したし、今日はトレーニングでもどうかしら」

「私も手伝う! 」

「おぉマジか。いいけど、じゃあまた城壁裏の城壁裏の平原でやろうか? 」


 カミラがビンセントの稽古をつける時は、できるだけ近くて人目が付きにくくて動きやすい、城壁裏の広い場所でやっている。

 これは二人がミルに対する配慮である。

本来はネスタ山の山頂付近にある広い元竜の巣辺りが一番の稽古場所だが、そうはしていない。


「うん。そうしましょう」

 ミルは、ビンセントが自分の前で『境界』を使用しないのは、自分のトラウマの為だという事を知っている。

サリバンにそのことを伝えているのも知っている。

だからこそ、その気持ちは嬉しいが心苦しい。


「ビンセント、カミラ」

「ん? 」

 しかしそんなミルの気持ちが分からない二人でもない。

「あの、ビンセント。私の為に『境界』を目の前で使わないの、もういいよ」

 ビンセントとカミラは目を合わせ、ミルを見ながらしばらく動けずにいた。

「うーん、でもやっぱり怖いだろ……」

 ビンセントが口を開くが、ミルは強気の表情でビンセントを見ながら言った。

「いいよ! ビンセントのなら怖くないよ! 」

「ミル、いい子ね」

 カミラがミルをぎゅっと抱きしめて、彼女の頭を撫でる。

「無理しなくてもいいよミル」

「無理なんかしてないよ! それに、私の為にそうしてくれてるほうが……」

「逆に辛かったかな、隠して使ってたこと」

 ビンセントもミルの頭を撫でながら優しく言うと、ミルは少し泣きそうになりながら頷く。

「……うん」

「わかった、じゃあもうミルにも『境界』は隠さないよ。いい? 」

「うん!! 」

 ミルの不安が晴れたように、涙を少し貯めながら笑顔になった。

「それでも、怖くなったらいつでもいうのよ。ビンセントがすぐに閉じてくれるわ」

「うん! 大丈夫だよ! だからビンセント! 」

「なんだい? 」


「いろんな所へ行こ! 三人でいっぱい出かけよう! カミラが見てきたような、いろんな場所を見てみたい! 」

 ミルの口から出た言葉は、二人を驚かせた。


 トラウマの境界を使って、様々な所へ行ってみたいと言うのだ。

 それはビンセントも思うところはあった。

元々冒険者で、旅が好きなのだ。こんな能力が手に入ったのならば、それも軽々実現できるだろうとも思っていた。しかし実際のところミルの為に使わないことが多かった。

「それは俺も思うが、大丈夫か? サリバンさんにも言わないといけないし」

「ミルがいいなら、私が『境界』に対しては何もいう事はないわ。私は三人で暮らせればそれでいいし」

「うーん。じゃあサリバンさんに言ってみるか、少し旅に出るかもしれないって」

「王様が旅に出ちゃうって聞いたら、サリバンさん泣いちゃうかもしれないわよ」

 カミラが笑いながらそう言うと、二人もサリバンのそんな姿を想像したらどうにも笑えてくる。

だが三人が想像するサリバンのいつも通りの反応とは、彼は忠誠の塊であり、主いなくとも使え続ける騎士の姿であった。

「ハハ、じゃあ早速役所に行こうか」

「はーい! 」


 三人が身支度をして荷物をまとめると、ビンセントが部屋の魔力スイッチを消すとスイッチ装置内のビンセントの魔力は流れ出て、部屋内の照明は消える。それを確認すると扉の鍵を開けて外へ出た。

通路を渡り階段を下りて、受付のカウンターのお姐さんに鍵を渡す。

「お世話になりました。今日で宿を出ます」

 ビンセントがそう言いながら宿屋の受付に鍵を渡すと、宿屋の受付であるドロアドルの顔は悲しさに満ちた。

「えぇ――!? きょ、今日でお別れですか!? もっと、もっと見て聞きたかった……」

 心の中の叫びがそのまま口を伝わって声に出ているとは、ショック状態のドロアドルは思いもしないだろう。

「えっと、何を見て聴きたかったのかはわかりませんが、ありがとうございました。代金を――」

 ビンセントの返しにドロアドルは、自身の心の叫びが出ていたことを知る。

恥ずかしそうにしながら粗相を謝罪する。

「取り乱してしまい、申し訳ございませんでした。代金は四千二百Gゴールドです」

 代金を提示され、ビンセントは境界からお金を出して手渡した。

「お預かり致します。またのご利用をお待ちしております。行ってらっしゃいませ」

 三人を見送り深くお辞儀をするその顔には、表向きの業務用である笑みと、心から表に滲み出る悲しみが混じった表情を浮かべていた。


 宿から出て花壇にもたれるビンセントは、さっそくサラスト区役所の区長室の部屋の前に境界を引いた。

「よし。これからサリバンさんに会いに行くが、ミルもう一度聞くよ。『境界』が恐くない? 」

 それを聞いたミルは変わらずの決心で即答する。

「恐くないよ! 」

「そうか、じゃあ開くぞ」

 区長室の扉の前に、縦に長く開かれた境界線が開く。

「じゃあ行こうか」

 三人は境界に脚を踏み入れる。

「ビンセントの境界は……恐くない……」

 ビンセントとカミラに手をぎゅっと握られているミルは二人を見ながら、心の底は境界に対してきっと少し震えていたのだろうが、顔は安心しきっていた。


【サラスト区役所】

 通路の空間内から突如現れた三人の中、一人の少女が叫ぶ。

「境界渡れた! 」

 そんなミルを二人が撫でてやると、彼女は心の底まで安心した。

ミルがこれからビンセントの境界で恐怖を感じることはないだろう。

ミル本人がそう思う中、逆に不安なのがビンセントとカミラであった。

 境界が開かれた通路には二人ばかり役所の人間がいたが、一人は書類を落として三人の方をじっと見て、もう一人はただ口を開けてつっ立ている。

そんな視線を無視してビンセントがドアを三回ノックする。


「ビンセント・ウォーです」

 ビンセントがそう言うと即座に返されるのは老人の返答。

「はい! 入ってください! 」

 張り上げられた声にそう言われ、扉を開けて三人が中へ入っていく。

「皆様が直々に来てくださるとは、このサリバン中佐。感激の極みでございます」

 サリバンが感動しながら椅子を用意して勧めると、三人は礼を言ってその椅子に座った。

「商の方は良く進んでおりますが、本日はどのようなご用件でしょうか」

 サリバンが起立しながら問うと、ビンセントが口を開く。


「あの、サリバンさん。俺達少し旅に出ようと思うんですよ」

 この言葉はサリバンを氷漬けさせる。

「なっ…………な、ど、どうされましたか」

 三人が想像するように、サリバンは驚いた様子ではあったが発狂はしなかった。

サリバンを信じて心配をしていなかったビンセントは、旅に出る訳を話して聞かせた。

「三人で境界を使っていろんな所へ行こうと思いまして、当然ちょくちょくクロイス国には戻ってまいりますが」


 旅には出るがこの地に戻ってくる。コレを聞いたサリバンの安堵の顔と言ったら、見たら忘れられない者が出るような物だった。

 つまりは、ショックによる発狂寸前を踏みとどまったのだろう。

サリバンは気を取り直して主に答えた。

「戻ってくださるのであれば、勿論構いません。しかしできれば、我々との約束がある日には戻ってくださると助かります」

 自分達の事をやってもらっており、サリバンの言う事は当然の事なので、ビンセントは勿論条件を呑み込んだ。

「その点は問題ありません。事前に伝えていただければ、その日には確実に戻りますよ。『境界』がありますのでご心配なく。それと、何も伝えられていなくても私達から何かある場合や、七日周期に戻ってまいりますので、また何かありましたらその時にでも伝えていただければと思います」

 それを聞き終えた瞬間に深く頭を下げてお辞儀をするサリバン。

「承知致しました! このサリバン・リーゼル中佐! 皆様がご不在の間、全力をもって計画を進めさせていただきます! 」

 急ぎ仕込み刀の杖を持ち、祖国の敬に従って最敬礼を行い始める。

「ほ、程々に、サリバン中佐」

「はい! 全力で! 」


 三人から何かを言われれば、サリバンの脳内では全力で取り組むように変換されるのだ。

それをビンセント達は今日の今覚えた。

「は、申し訳ございませんビンセント様。旅時の前に一人合わせたい男がおります。今回の計画の地となる、商のサポートをしてくれている人物です」

 それを聞いて警戒に引き締まったビンセントの顔は更に引き締まる。

「ぜ、是非合わせてください。私も是非お礼を言いたいのです」

「承知致しました。では失礼ながら、現在境界を使うことはできますでしょうか」

 心の底から恐縮しながらも、心に答えの確信を持ちながらビンセントに請う。この恐縮ぶりには最初程には慣れたが、いまだ慣れきれないビンセントは顔をひき付かせながら了承する。

「もちろんですとも! どこになるんでしょうか。私自身でわからない場所では、境界を正しい場所に開けないので――」

「失礼致しました」

 サリバンは棚から地図を出し持ってビンセントに見せた。

「ここでございます、クロイス国の東部にある屋敷です」

 サリバンが指さす場所は、クロイス国東部の貴族街にある『オスヴァーグ邸』だった。


 東部をあまりよく知らないビンセントは、地図を見て現場も同じように境界を開いて見られるようにイメージした。

「東部はあまり行ったことないですが、とりあえず行ってみますか」

 そう言ってビンセントが小さく境界を開くと、境界から風が勢いよく噴き出てきた。

「クロイス国東部の上空に境界を開きました。ここから見えますかね」

 ビンセントがイメージを膨らませて取った境界の使い方は、土地の上空と思われる所に境界を開き、

上空から、まるで地図を見る様に目的の土地を確認するという方法である。


 能力の活用法に感激のあまり瞬きを繰り返すサリバンだが、ビンセントの問いに答えねばならないという気持ちが勝り、屋敷を探す。

「あれですな。白い屋敷で、庭が大きく、中に馬車が五台止まっているあの屋敷です」

 ビンセントがそれらしき屋敷を見つけると境界を閉じて、それらしき屋敷に近づいた上空にもう一度開いて指を刺した。

「あれですか? 」

「さようでございます! 流石ビンセント様! 」

 それを確認して境界を閉じ、今度は大きく境界を開いた。

「大きな庭に境界を開きました。それでは行きましょう」

「はい! 」

 四人は境界に脚を踏み入れた。

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