23話 『騎士の知らせと宿屋』

【クロイス国 宿屋クル】

 ビンセント達三人が早めの夕食を終えて宿に着くと、サリバンが宿で待ち構えていた。

行き先々で待ち伏せされる事は、サリバンが忠誠な騎士となった日から今日までで、三人の中ではよくある出来事となっている。

 最初こそ困惑を全開にして驚いていたが、そんな事を重ねる中に状況やパターンを察し始めて驚かなくなった。

今回もそうである。


「皆様こんばんは」

「こんばんは」


 何故、誰にも伝えてない宿屋で、それも少し早く夕食を済ませたという変化球的な状況下で、サリバンが目的の三人を正確に待ち構えて、かつ当たり前の様に挨拶ができるのか、こういう事を考えるのは待ち構えられている本人達三人の中でも三回までとした。

 理由を言うならば、考えるだけ無駄だからである。

大よそサリバンは、クロイス国内にビンセント達がいればどんな手段を使ってでも三人の現状情報を得るのだろう。


 もう慣れた、否慣れと言う言葉にすらない。もしビンセントがこのおかしな状況を確認できるのであれば、習慣という物の恐ろしさを知るだろう。

 知りもしない必然の急な出会いによる挨拶に、ビンセント達三人は普通に挨拶を返した。


「サリバンさん、外で話すのもなんですし宿のロビーで話しましょう」

「わざわざすみませんビンセントさん。できるだけ手短にお話しさせていただきます」

 ビンセントがサリバンを宿の待合スペースまで連れていき、四人がそれぞれテーブルを挟んでイスに座る。

「まず第一に、商人ギルドの登録が完了しました」

「おー!ありがとうございます! 」

 普通という概念に変化があるビンセントだが、待っていた事なので平常で素直に喜んだ。

「おめでとうビンセント」

「おめでとう! 」

 喜ぶビンセントを見て二人もビンセントを祝福する。


 サリバンも笑顔で祝福するが、三人の事を考えて手短に話を進め出す。

「第二に、商人ギルド登録を完了し、そのギルドからビンセントさんの商材に対して多くの買い手報告があり、その中でも北国の地域が製鉄所の燃料として買いたいとのことです。

欲しい量が報告書の中で一番多く、ビンセントさんが限在所有中約十五万本の四割程、六万本の見込み。買値も高額で、木片単価北域単価三万Lラピス、中西域貨幣換算で五万Gゴールド、木一本単価百三十五万Lラピス、中西域貨幣換算で二百二十五万Gゴールドです。

コレに現所有量四割を重ねると、推定収益約八百十億Lラピス、中西域貨幣換算で約一千三百五十億Gゴールドとなります。これだけ資産があれば、問題はないでしょう」


 どれ程かは別として燃料として売れるとは思っていたが、その推定利益はビンセントの想像外であった。

「お、うん。えぇ?! 」

 平常を取り戻して驚愕するビンセントは、思わず席から腰を上げた。

「おー、すごい収益ね」

 少し驚くカミラに対し、ミルはよく分かっていない。

 ビンセントが直してからサリバンも苦笑気味に言った。

「私も驚きました。一回の取引での推定利益ですからな。一時的で抑圧的な金銭はこれで問題はないです」

 サリバンは小さい声でそう呟くと、あまりの事にビンセントは溜息をついた。

「第三に、北が製鉄を始めているのでこちらも製鉄を始めようと考えております。ビンセントさんとしては如何でしょうか? 」

「製鉄を、ですか。確かにこちらに燃料はほぼ無尽蔵と言える程ありますので、いいと思います」

 リティスと商談を重ねるサリバン達の中では、製鉄所の計画は決定事項だった。


しかしサリバンとしてはビンセント達は絶対の存在なので、賛成と許可に確信を得てはいたが不安な一面もあった。

だが、これで確実に計画は決定した。後は進めるだけである。


「ありがとうございます。ではそちらも進めさせていただきます」

「でも無尽蔵とは言っても、全部伐採してしまったら生えてこないんですけどね」

 ビンセントとカミラが今日分かったネスタ森の樹木の繁殖力の高さの話をサリバンに話して説明する。

「なるほど、承知致しました。私の方もそれを踏まえて製鉄所の計画をしたいと思います。情報ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。ここまでしていただいてありがとうございます」

 ビンセント達が礼を言うごとにサリバンの笑みは強くなってくる。


 製鉄所計画を進めるにあたっての報告を、サリバンは最後に付け足した。

「それとこれは第三に付け加えてですが、製鉄をする前に鉄を掘ります。私共が調べた結果、ネスタ山に連なるネスタ山脈には多くの鉱脈がありますので、そこを掘ります。

その際に、現在サラスト区が所有している山脈の地権をビンセントさんに譲渡致します」


 ポカンとしているビンセント、カミラからしてもそれは予想外だったのか驚いている。

「……山脈の地権を譲ってくださるのですか? 」

「さようでございます。そっくりそのままお渡しいたします。正式にお渡しできるまでにまだ少しだけ時間が掛かりますができる限り急ぎます」

「わ、わかりました。ありがとうございます」

「それは、当然でござ――」

 突如笑みを浮かべて大きな声で叫ぶサリバンの口は、三人の起立によって防がれた。

 幸いロビーには他の客はおらず、受付が一人ぽかんと口を開けてこちらを見つめているだけであった。

「は、申し訳ございません。以後自重します」

 ビンセント達三人はこのセリフを何度聞いたのだろうか。

こういった自己士気の突如な向上以外は欠点無しなのだが、コレに関しては三人共そろって諦めていた。

「夜分にすみません、報告は以上になります」

「いえ、こちらこそすみません。報告ありがとうございます」

「それでは失礼いたします」

 ピシッとお辞儀をするサリバンに対し、三人もいつものようにお辞儀を返す。

 サリバンが宿を出て見えなくなり、三人は再び椅子に座る。


「凄いわねビンセント。これで資金に困ることはなさそうね。それに付け加えて山脈の土地もなんて」

「いや、流石に驚いたよ。あの山が俺の物になるのか、どうしてこうなったのだろうか。それに北国には行ったことないけど、そんだけ大規模な事をするんだ、お金持ちなんだな」

「製鉄って言ってたわね。私は北国に何度か行ったことあるんだけど、そこで北には鉱脈がたくさんあるって聞いたことがあるわ。ネスタ山脈にも埋まってるっていうのは初耳だったけどね。採掘の為にネスタ山脈の地権を渡すっていうのも、私達への狂信を感じるわね……」

「まったくだ」

 二人は苦笑するしかなかった。

「私よくわからないや、何が起きてるの? ビンセントが王様になるの? 」

 状況がいまいち掴めずに、話においていかれた感じが寂しさを漂わせるミルは悲しそうで、頬をぷくーっと膨らませた表情で二人を見ていた。

「そうねー、私達がお金持ちになってここの地域を守る為の準備が進められているのよ」

「そうなの? 」

「そうだよ。サリバンさん達が俺達に協力して、俺達で地域を守る……そうなんだよな? 」

「そうよビンセント。いずれは山脈だけじゃなくて、この国の土地も含めて守るわ」

 なんとなく状況を理解したミルは次第に表情がいつもの笑顔に変化しながらコクコク頷いている。

「そうなんだ! 」

「そうなればデリツィエだけでなく、街のいたる所でお店が開かれて賑やかで明るい国になると思うし、そうなることを信じてるわ」

「町中があそこみたいになるの!? 」

「これから俺とカミラとミル、サリバンさん達を含めてそうしていくんだよ」

「お――! それ楽しそう! 」

 ミルのはじける明るい笑顔はいつものように輝いていた。

「これから、いつもみたいに三人合わせて頑張りましょうね」

 カミラもミルを撫でてそう言うと、ミルはカミラの手に頬を当ててスリスリとすり寄った。

 狂忠騎士からの報告を受けた三人は、宿屋のロビーで微笑ましい光景を生んでいる。


 狂信騎士の仕えるビンセントに、騎士の中で確定している王としての自覚は無い。

それでもサリバンの気持ちを理解しようと努力はするが、ビンセントとしては一生三人一緒で幸せに過ごすことを想い望んでいた。

それに加えて街の人と共に暮らすことを想うと胸が躍るようだ。

 王女カミラは騎士サリバンを理解しながらも、それよりもいつ何時、どんな状況であってもこうして三人で楽しく暮らせることを祈り想っていた。

 二人目の王女ミルは、最愛の二人から愛されていて現状で幸せであり、後は何でもよかった。

彼女はこの愛が崩れることをみじんも考えないでいる。

ビンセントとカミラの愛に包まれ、それが絶対のものだと想っているからだ。

 ミルの確信は正しく、二人からのミルへの想いは確かな愛。

ミルから二人へ贈る思いも確かな愛である。

 矛盾は無く、三人はいつも三人のことを想っている。


 そんな微笑ましい光景を、受付カウンターで両手で頬杖をついて、満面の笑みを浮かべて三人を見ている宿の受付をしているお姐さんからはさっきのサリバンの叫びを見て驚いたと表情は消え去っていた。

 微笑ましい雰囲気を受けた宿屋の受付は、三人を見て癒されながらも、どこか羨ましそうにしている。


(いいなぁ、私も結婚したいなぁ。あんなふうに子供と一緒に笑って、はぅー、羨ましいです。それにしても、娘さんを撫でているお母さん若いなぁ。旦那さんの好みなんだろうな。ロリコンっていうやつなのかな、見れば見る程、なんだか幼く見える。……大丈夫かな、もしかして無理やり――!? ……それは違うわよね、三人であんなに幸せそうなんだもの。……はぁ、結婚したい。本当に。誰か、もう本当に)


 カウンターにいる、それなりに美人なお姉さんが三人を見つめながら思い馳せているが。幸せなところ以外は全て間違った見解である。

 ビンセントは結婚をしていないし、カミラもしていない。ミルは二人の子供ではなく、二人から愛されているドラゴンなのだ。

 そもそも外見だけ見れば、ビンセントとカミラが夫婦でミルが二人の娘というのは難しく、カミラとミルを姉妹とし、ビンセントが二人の保護者と取る方が適当である。

 だが三人の見た目はさておき、雰囲気を見ればそれは夫婦と娘に見えるので、宿屋の受付の見方は真実を見れば誤りだが、雰囲気でいえば間違いはなかった。


 カウンターからそんなふうに見られているとも知らない三人は、いつもの通り和やかな雰囲気を醸し出す。

「ハハハ、カミラ、そんなに引っ張ったら戻らなくなるぞ! 」

 うに―っとミルの頬を両手で引っ張るカミラ。

実にやわらかくよく伸びる。

「やわらかーい」

「うー、カミラぁ、やめふぇよぉ」

「はーい」

 カミラが頬から手を離すと、形勢が逆転する。

神カミラにも見えない神速をもって、間合いを零まで詰めるところは流石ドラゴン。

最強の生物である。

「わお! 」

 視覚で追えず、気が付けばハグをされていたカミラから驚きの声をあげる。

「カーミーラー! 」

 最強の生物の手は、カミラの脇腹を襲う。

「あっはっはっはっは! ミル! そこ駄目! あはは」

「えへへ。逆転だー! 」

 三人共楽しそうにはしゃいで笑っているが、周りの目を気にする静止役のビンセントが動く。

「はい二人共そこまでー」

 二人を抱きかかえて椅子から降ろすと、手を離した。

激しい攻防の後の為に二人共息が切れている。

「続きは部屋に行ってからね」

 その一言に宿屋の受付は声にこそ出さないが、表情が反応する。

(つ、続きだと!? ……いったいどうなるんだろう、あのくすぐり合いから。もしかして旦那さんも参加するのだろうか。どう考えても、うーん、やはり気になる。……見たい)

 そんなふうに見られてるとも思わない三人は、部屋に入る為に受付から鍵を貰いに行く。

「じゃあ俺が鍵貰ってくるから、部屋に行くまでそんなにはしゃいだら変な目で見られるかもしれないぞ」

「はーい」

 二人が返事をしてビンセントは受付まで歩いていった。

受付のおねえさんは気が気でない。

(わぁ――! 旦那さんがこっちきた! どうしよう、いやむしろ何しよう。違う、そうじゃない。鍵を渡そう。うん。私は受付だから、そうするのだ)

 ビンセントが受付カウンターにまでくると、受付は何故か赤面しながらビンセントと後ろの二人を交互に見る。

「あのーすみません。昨日から306号室に泊めさせてもらってるビンセントです」

「ありがとうございます。宿帳を確認致します、少々お待ちくださいませ」

「はい」

「……確認できました。ビンセント様、カミラ様、ミル様ですね」

「はいそうです」

 受付は鍵をカウンター下の鍵入れから出すと、受付のおねえさんの鍵を握る力が何故か強くなる。

「こ、こちらが306号室の鍵です」

「ありがとうございます」

 しかし、どうしてか受付は鍵を渡さずカウンターから出る。

「へ、お、お部屋へご案内致します」

「あ、いいですよ。昨日と同じ部屋なので分かりますから」

「さようでございますか。しかしお客様とお会いするのは初めてなので、務めさせていただけないでしょうか」

「そ、それでしたら、宜しくお願いします」

「ありがとうございます」

 お辞儀をする受付のおねえさんにビンセントもお辞儀を返すと、カミラとミルの二人を呼ぶ。

「カミラ、ミルー部屋に行くぞー」

「はーい」

 てててっと小走りをするミルとそれを追いかけるカミラがビンセントのもとへ行く。

「それでは、お部屋へご案内致します」

 受付の左手にある階段を上がる。

二階を通り三階へ上り、通路を歩いて右手の角部屋に到着する。

「こちらのお部屋でございます」

 受付のおねえさんはそう言って鍵を丁寧にビンセントへ渡した。

「ありがとうございます」

「何か不備や必要な物がありましたら、いつでもお声がけください」

「わかりました。わざわざすみません」

 ビンセントがお礼を言って、カミラも礼を言う。

「ありがとうございます」

 カミラの礼は、幼顔からもどこか上品なものを感じる。

それを見た受付のおねえさんは、カミラの笑顔に頬をほんのり染めてしまう。

「当然のことです。奥様、どうぞごゆっくりとお休みくださいませ」

 受付のおねえさんはお辞儀をして通路を渡り、階段を下りていく。

(奥様?! )

 カミラは奥様と言われたことに困惑と驚愕と嬉しさを内心に浮かべるが、表には出さず疑問に思う表情を浮かべていた。しかし心は少し外にも漏れてほんのり頬が赤くなっていた。


 ビンセントが部屋の鍵を開けて、扉を開けると、ビンセントが部屋の魔力スイッチに魔力を込める。

魔力を込められた魔法照明は明るく光り、部屋へと三人を迎えた。

「ゆっくり休もうか、奥様? 」

 ビンセントがニヤッとカミラにそう言うと、頬を更に赤く染めたカミラの突進でビンセントとカミラは部屋内に跳び倒れた。

「わーい私も! 」

 ミルもそんな二人に飛び乗る。

 部屋の扉はゆっくり閉まって、魔力スイッチに込められたビンセントの魔力により鍵が閉まる。

部屋の中では第二次くすぐり対戦が開始され、笑い声と明るい悲鳴が部屋を埋めた。

 そんなことが起きてるとは知らない宿の受付であるおねえさんは、三人がやりもしない様な妄想を膨らませる。

(三人の家族、昨日からの宿泊だったのか。昨日私の当番じゃなかったけど今日からは暫く私だし、あのお客様を観察できそう……、というよりしたい。今頃部屋の中ではあんなことが起きて、娘さんが眠ったら更に……、うふふ。いいなぁ、私も結婚したいなぁ)


 クロイス国サラスト区の宿屋クル。

この宿屋の受付とサービスを当番制で務める彼女の名前はドロアドル。

 数年後、彼女はこの地の国で自分の宿を構えることになるとは思いもしないだろう。

何故なら彼女の今の想いは、『結婚したい』の一言に尽きるからである。

 彼女にとって宿屋とは、ただ生活費を稼ぐ為の手段、『今は』それだけだからだ。

誰もいないロビーでただ一人、カウンターを挟んで椅子に座る彼女は妄想に耽っていた。

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