22話 『元リーゼル隊、始動』

 サリバンがビンセントの作成した商人ギルド登録書類をギルドへ送ってから数週間が経つ。

 返答と状況報告がつづられた手紙を受けたサリバンは、手紙を持って元部下であり現貴族商人のリティス・オスヴァーグ侯爵の館へと向かった。


【オスヴァーグ邸】

「ご足労いただき、感謝致します。サリバン様」

「会議以来だなリティス」

 門まで出迎えたリティス・オスヴァーグという男は、金の髪で目が青く、優しい顔をした中年男性だ。結婚はしていない。

 サリバンを迎えたリティスはさっそく館内に招き、自室に連れて行った。

使いに飲み物と菓子を出させ、サリバンを上等な椅子に勧めた。

 リティスの勧めた椅子に腰を掛けるとサリバンは早速話を進めた。

「リティスよ、前手紙で知らせたビンセント様――、ビンセントさんの商材結果だが、思った以上に大きいところで扱われる」

「ほぉ、それはまたどこですか? 」

「大きい所というより、方面だな。北だ、北の国が製鉄所を造りまくっているらしい」

「北の国ですか、昔エルフの国やガルドと共闘した事がありましたな。あそこは元々鉱山地帯でしたね。今はすっかり製鉄も武器製造も止めていたはずですが、またどうして」

「それはわからんが、ビンセントさんの持てるネスタの木材の四割程の買い見込みがある」

 ギルドが掴む情報は、ガルド近辺の山岳地帯に小規模な街と共に炭鉱穴が数多く造られて、大規模な製鉄所が並んでいるというものだ。

「北も商を始めたのでしょうか、あそこはダンジョンも多いですが眠れる自然の財も多いですからね」

「ダンジョンといっても、もう魔物はいないがな。金属や炭を掘るにはいい時代になったな」

「そうですね。って、商売のアドバイスをビンセントさんにする話でしたのに、もう必要もなさそうではないですか? 」

「いや、確かに放っておいても莫大な金が入っては来るが、それではあくまで他国すがりなのでな」

「でしたら、こちらも製鉄をしては如何ですか? 武器に需要がなくとも、製鉄された金属にはまだ大きく需要がありますよ。最近では船に金属を多く使った装飾をして優雅な客船を造り、海を渡るという事ができるらしいですからね」

「そうなのか、流石は商人情報が広いな。しかしここらって鉄出るのか? 」

 サリバンはクロイス国に渡ってからというもの、役所仕事や国務をこなしてきたが、ダンジョン以外の地の情報に関して疎く、クロイスの地質や鉱脈共に知識は浅かった。

「……サリバン様、ご存じなかったのですか。てっきり分かっていたものかと」

「地学は専門外だ、しかたなかろう……」

「サリバン様に専門外などあったのですね、それにダンジョンの知識があれだけあれば、地学も手に取るように分かるように思えますが」

「ダンジョンのモンスターの出現ポイントや雰囲気やトラップが分かって、何故地学が分かるのだ」

「それこそ地質を見れば、鉱脈もその通りに分かります。ダンジョンにも鉱脈は沢山ありましたでしょう……」

「魔物とトラップ相手に気をとられておったからな、気が付かなかった」


 サリバン率いるリーゼル隊の中でも一際戦闘狂であった隊長サリバンは、ダンジョン制圧の際にも魔物を確認すれば誰よりも早く斬り殺したした。レベルAトラップが覆う空間で浮遊するダンジョンの主である魔物に対して、部下の止めるのも聞かずに魔物を斬り倒す。しかし案の定、部下の悲鳴に似た叫びと共に落下地点の即死級トラップの餌食になったが重傷で済んだのは部下の中で有名な話だ。


「昔から変わらず戦闘がお好きですね」

「お前だってそうだろうに。ネスタ山の報告を俺がした時の目のぎらつきよう、ビンセントさんと一戦交えたかったのだろう」

「そう思いましたが、カミラ様含めて勇者一行の能力の持ち主と聞いて目が覚めましたよ。自殺はしたくありませんので」

「そうか。でもまぁ、次商の報告をビンセントさんにする時にはお前にも付き合ってもらうぞ。気をしっかりな」

「ど、努力します」

「そうだリティス、俺の地学の無さの話から話を戻そう」

 サリバンの鋭い眼光がリティスを刺す。

「も、申し訳ございません。サリバン中佐、先程の言葉は失言でした」

「いやよい。それより、クロイス近辺でも鉄を掘れるのだな」

「はい。ネスタ山に続く小規模な山脈からでも、地下には多く眠っています」

「分かった。あそこの地の権利はクロイス国だったが、今は法でそれが役所統括のサラスト区役所に下ってるからな。その地権をビンセントさんに譲渡する」

「譲渡ですか!? 」

「うむ、そうだ」


 リティスの驚くのも無理はない。国が崩壊し、王の権利が下り最高区であるサラスト区に権利が下った。コレを一般人に譲り渡すというのだ。


「た、確かに国の状態を見れば、勇者の力を所持し、ネスタ森の開拓をしたビンセントさん達は希望に見えるかもしれませんが、ネスタの地権は山脈を含めて全てという事になります。一般人が所持するとなると、周りからの反感も大きいでしょう」

「そこは安心しろ。そうはならないし、仮に起きたとしても俺がそうはさせん」

 この言葉でリティスは黙った。

地権を所有するのは区であるサラスト区。少し前であれば、多くの貴族が地権を金で割って所持していたが、権利持った貴族は全て放棄して国外に出ていった為に権利は還り、貴族等一般有権者からの正当な反感は無い。

 国務を行う区長等も統括区であるサラスト区には逆らえないし、今や逆らう気力もない。


「まぁそういう事だ。もはやここはクロイス国ではないよ」

 リティスは思い出した。

サリバンは仕える者であることを、その仕えるべき王がビンセント達であることを知った。

「サリバン様がそこまでされるとは、理解しました」

「そうか」

「はい。それでサラスト区が所有する地権をビンセントさんに譲渡して、ネスタ山脈に穴を掘る。どうやって穴を掘るのかはまた後で考えますが、地質の探査はお任せください。うちも優秀な人材がおりますので。それから掘った金属を製鉄して売るという流れでいいですね。製鉄所は採掘と同時に建設していきましょう」

「そうだな、それでいこう。クロイス国に賢者は残っているかな、俺は確認できていない。カンノーリ君は、この方向のは専門外らしいからな。もしいたら製鉄所の設計をしてもらいたいが、いるか? 」

 工学の知識を持つ賢者が一人いれば、建設時間を大幅に削減できるが、本当に賢者と呼べる者は数少ない。

「リーゼル隊に賢者はいませんでしたしね」

「いや、いたぞ。道中はぐれてそれっきりだったがな」

「え? ……あ、そういえばいましたね。出会った日の数時間後に消息不明だったので、驚きました」


 リーゼル隊はその時、回復専門の賢者を囲んでダンジョンに潜入したが、魔物の大量発生によりリーゼル隊は戦闘を開始する。リーゼル隊の機動力について行けずにおいていかれ、魔物に捕食されたのはリーゼル隊員でも知る者はおらず、行方不明という事になっている。


「今うちで地質学、工学、水学と火薬の知識がある賢者さんに今仕事をサポートしてもらっているので、その人に調査と設計をやってもらいましょう」

「おぉそれは助かるな」

 柔らかな笑みを浮かべるサリバンに対し、リティスが切り出す。

「一つ条件が」

「……なんだ? 」

「ビンセントさんと、一戦交えたいのです」

 リティスの向ける真っ直ぐな目を見てサリバンは笑う。

昔と何一つ変わっていなかった為である。

「いいが、強いぞ? あの方は、……というより強くなった」

 サリバンは服をめくって腹を見せた。

「――な!? 」

 歳に合わず筋肉隆々なその腹に深く残る一筋の斬り跡。

「剣技も力も早さも、会った時とは別物になられている」

「ビンセントさんが、サリバン様の体に剣を入れたのですか……いったいどれ程の――」

「だいぶ深くてな、死ぬかと思ったわ。ッハッハッハッ! ミル様に治してもらったのだが、傷口が一瞬で塞がったのでまた驚かされてしまった。ミル様曰く、跡も残さず治せるとおっしゃられたが、傷口が閉じるところで回復を止めていただいたんだ。完全に治るのは、傷をつけたビンセントさんに失礼だと思ってな」


 剣を浴びたサリバンは本気だった。二本の剣を振るってビンセントの相手をした。

はじめは当然の如くビンセントを押していたが、徐々に形勢がかわる。

ビンセントの剣がサリバンの剣を受け続け、更には押し返すようにもなってきた。

 サリバンの剣を一本受け流して、二本目を弾き返す。

空けられた胴にビンセントの剣が迫るが、サリバンは斬撃をオールガードで弾く。

その後二本の剣で攻め返すが、弾かれて今度は水平の斬撃を胴に受けた。

 戦闘後、ビンセントは傷だらけであったがミルにより全快される。

地に崩れるサリバンの腹の傷は臓物が出ており、かなり深い傷であったが、ミルに臓器を直されて傷口を塞がれた。カミラはいつもの如く笑顔で応援をしていたという。


 この話を聞くリティスは冷や汗を掻きながら、それでも闘いたいと頭を下げた。

「いいがな。遊びではかからないことだ。本気で行かねば死ぬし、本気でかからないが為に受けた傷は、ミル様もわざわざ治してはくださらんだろう」

「はい。心に刻みます」

 それを聞いたサリバンの顔により一層深い笑みが走る。

「まったく、リーゼル隊はどうしてこんなに血気盛んなんだろうなぁ……」

 リティスはその言葉に真顔で困惑しながら返す。

「サ、サリバン様がそれをおっしゃいますか……」

「まぁなんだ、そういう事だ。ビンセントさんの全力バックアップと、商についての手伝いは頼むぞ。俺は今から地権の件を片付けてから情報整理をして、北とギルドの報告書の件をビンセントさんに報告をする」

「承知致しました。それではまたその時、宜しくお願い致します」

「うむ。それではな」

 サリバンは用が終わると席を立ち、リティスの部屋から出ていった。


 リティスは一人自室に残りながら、壁に飾られているかつて自分が操っていた二振りの剣を眺める。

(ノース様の能力を持つビンセントさん。サリバン様が王と認めるその存在、私の中でも是非力を感じなければならない。測って見てみなければならない)

 リティスは紙とペンをとり、手紙を書き始めた。

(とりあえずは、条件の全力バックアップだな。サリバン様なら、明日にでもネスタ山脈の地権をビンセントさんに渡すだろう。となると、賢者を動かしておくか)

 手紙の送り先は仕事付き合いのある賢者。手紙を運ぶ手段はいくつでもあるが、リティスが知る中で一番早い手紙の送り方は鳥を使った送り方である。

(手紙が着くまでおよそ十六時間、こちらに着くまで最短で三日はかかるな。道中で製鉄所の設計をしてもらうとして、設計図を描いてもらい、サリバン様と私で材料出しをして、うちから二十名当たりの人を出して製鉄所の建設に取り掛かる。賢者にはその間採掘所の地質を調べてもらうか。よし、これでいい)

 リティスが手紙を書き終えてペンを置き、手紙を細く丸めると紐で結んだ。

 窓を開けて口笛を吹く。

「戻っておいで」

 中型の鳥が一羽バサバサと窓枠に着陸する。

 鳥の背には小型の箱が背負わされており、箱を開けると筒状の穴が空いている。

 リティス丸めた手紙を筒に入れると、箱を閉めて固定する。

「青色の賢者のお姐さんのところだ。急ぎで頼むよ」

 鳥に自分の魔力を込めると。鳥は甲高い鳴き声で鳴きながら飛び去った。

「さて、私は商会の皆に話してから人集めだな。少し経ってからまたサリバンさんと合流しよう。うん、頑張るぞ私」

 深呼吸をしながら気合を入れ、背伸びをしたリティスは部屋を出ていった。


【ネスタ森】

 三人の内一人は静かな寝息を立てて眠っている。

 そんな中、残りの二人はというと……。

「よいっしょー」

「フゥ―――ンッ……無理」


 ズボズボと、ネスタ森の切り株を素手で引き抜いていくカミラ。

それに対して樹木採取から帰ってきたビンセントは、自分もやってみようと切り株を抱えて思いっきり引っ張ってみるが、切り株は微動だにしなかった。

 汗一つかいていないカミラと違い、切り株で踏ん張っていたビンセントからは汗がにじむ。

そんなビンセント達は、樹木の追加採取と道となる部分の整備をしていた。

サリバンから、ネスタ森の樹木の所有権はビンセントが有する。という事を伝えられているからである。


「だいぶ抜いたなカミラ、凄いな。やっぱりこの切り株抜きの作業はカミラじゃないとできないと思うが」

「ビンセントお疲れさま。そんな事ないじゃない。ビンセントだって境界を地中まで延ばせばできるでしょ。それに、もっと筋力とオーラ強化したら私みたいに抜けるわよ」

 片手で樹を鷲掴み、それに耐えられない樹木はカミラの細い指を容易くメリメりとめり込ませていた。

「前と比べてだいぶ綺麗になったわね。これで道も作れそうよ」

「そうだな、俺の方もだいぶ伐ってきたよ」

 ビンセントは一部を集中的にではなく、まばらに森中の樹を刈り取ってきた。

「この樹凄いよ。樹がある程度生えてるところだと、伐り取ってもすぐ発芽するみたいなんだ」


 ビンセント達は境界でここに到着してから、二手に分かれて作業をしていた。

ビンセントが森に入って木を切断して周っており、帰り道に同じ場所を通った時、今までなかった木の苗が所々に生えていた。

切り株の上ですら、キノコの様に発芽していたのだ。


「切り株の上からもって、凄い繁殖力ね。じゃあここに芽が生えてないのは」

「たぶん一帯を伐採したからだな、それで切り株だけがまだ残っているんだよ。だから今回はまばらに採取してきたよ」

「そういう事ね。緑が無くなるのも寂しいし、そのほうがいいわね」

 二人は最後の切り株横で眠っているミルのもとへ行く。

「よし、十分だな。ミルが起きないうちに境界で戻ろう。ここが街の人達にも行きやすい場所になったら、今度は起きたミルを連れて三人でピクニックだな」

「ふふ、楽しみね」

 ビンセントがミルをおぶると、最後の切り株をカミラが引き抜いて近くの境界の中に放り入れた。

「カミラありがとう。カミラの境界閉じてクロイスへの境界開くよ」

「うん」

 ネスタ森の斜面からクロイス国を眺めつつ、縦に大きく境界を開いた。


 ミルがお昼寝を初めて三時間。

時刻は十五時で、境界を抜けて出たのはクロイスの細い路地。

 小腹のすいたカミラはビンセントの裾をクイックイと引っ張るが、それよりビンセントは、汗だらけの体にシャワーを浴びせたいのだった。

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