20話 『魔法とスキルと能力』

 尻もちついてるビンセントにサリバンが手を差し伸べる。

「かなり成長しましたよ」

「はは、ありがとうございます」

 ビンセントはサリバンの手を取って起き上がる。

かなり成長したとサリバンは言った。それはビンセントも感じる事ではあるが、それでもサリバンには遠く及ばなかった。

「また剣を折ってしまいました。すみません」

 サリバンは笑いながら首を横に振る。

「いやまぁ、普通に折れる剣ではないのですがな。それだけお互い強化されてるという事でしょう。剣の強度の違いは一線超えればオーラの強弱ですからな。以前は私の一撃で折れてましたが、今回はこんなに剣を交えられたので、それだけでもかなりの成長が見て取れますぞ。あ、剣に関しては何も問題ありません。有り余っているので」

「そう言っていただければ助かります」

 ビンセントは稽古が終わったので、お茶をしているカミラとミルに向かって手を振る。

カミラとミルは合図に気が付いて椅子から立ちあがり、メイド長のハンナにお辞儀して礼を言うと、ハンナも粗相なく柔らかく上品に微笑んでお辞儀を返した。

 カミラとミルはビンセントとサリバンの元へ駆けて行った。

「ビンセントお疲れ様―! サリバンさんありがとうございます」

「おつかれさま―! 」

「いえ、当然のことでございます」

 サリバンとビンセントが小屋の方へ歩き出し、カミラとミルも付いて行った。

小屋の隣にある武器スタンドに剣を戻してサリバンは話を進めた。

「最後に、ビンセントさんが行ったネスタ森の開拓からつながる話をします。また小屋内で話しましょう」

「宜しくお願いします」

 三人が頷くとサリバンが小屋の扉を開ける。


 四人はまた小屋の中に入り、その中の会話は外の耳にはもれなくなった。

それぞれが円卓の席に座り、会議姿勢をとる。

 しかし稽古の後で大量の汗で濡れているビンセントは、今すぐに冷たい布が欲しいのが正直なとこではあるが、そんな事も言ってられない。

とビンセントは思っていたが、カミラは流石である。

「はいビンセント、汗ふいて」

「ありがとうカミラ」

 乾いた柔らかな布を貰い、びっしょり濡れた体を拭く。

「ずいぶん動きましたからな、私が用意するべきでした。以降気を付けます。お許しを」

 そういうサリバンは一汗も掻いていない。

「いや、そこまで気を使わなくてもいいですよ」

 はい。と会釈するサリバンだが、おそらく次行われる稽古では、アフターも完璧に行われる事になるだろう。

 ビンセントが汗を拭き終わったところを見計らい、サリバンは話を始めた。

「早速ですが、ネスタ森の開拓の事からお話をしましょう」

 サリバンは今日の午前に出席した会議の内容を三人に話して聞かせる。

もっともビンセントとカミラは開拓者当人であるから、重要な話なのは間違いない。

「本日行われた国内会議で、ネスタの森が伐り拓かれた事を私が報告しました。この事はかなりの大事なのですが、他の出席者は大した反応はしていません。一人、ビンセント様のお名前を聞きたいという者がおりましたが、教えておりません」

 コクコクとうなずく三人に対し、サリバンは話を続ける。

「まずビンセント様にはある程度の財を持っていただきます。財といっても幅が広いですが、とりあえずクロイスにおいては最大の財を持っていただきます」

 話がだんだん大きくなってきた事に対して固唾を飲むビンセント。今は生きるに十分金があるが、それでは全く足りないという事らしい。

「今のクロイスは政界が崩壊しています。私が見るに、私を除く今の有権者がこの状況をを復旧させるのは無理でしょう。そこで、ビンセント様にはまず有権者になっていただく必要があります。私が全力でバックアップ致します」

 サリバンの話を現実の物と受け止め始めたのだが、話が大きすぎる。

新国の王に。という話なのだが、本人はまだ実感が持てていない。

「私が、有権者にですか……」

「はい。有権者になるにもいくつか方法があるのですが、財が今は手っ取り早いと考えます。財の力であれば皆の納得も早いですので。その為にビンセント様が開拓の際に採取された、ネスタ森の樹を燃料体として商材とし、旅商人を使って各国に撒きます。当然資材は限度がございますので、同時に燃料の次の商材を見つけねばなりませんが、その事はお任せください」

 なるほど、という風にビンセントがコクコク頷く。ビンセントも樹を伐採している時に同じ事を考えていた。

燃料を売って金にしようと。

 しかし、ここまで規模が大きな話になるとは思ってもいなかった。

おおまかに理解したビンセントだが、カミラは手を組んで何やら考えている。

「サリバンさん」

 カミラが手を挙げた。

「はい、カミラ様」

「商売をするにあたって、その商材がビンセントの物である事が証明されないといけないですよね」

「さようでございます」

「それと、商材を売って歩くのはあくまで商人とし、商品の名を広めるのに『ギルド』を使った方がいいんじゃいかしら」


 カミラの所属していたギルドというのは、大まかに言って世界中に広がっている巨大な組合である。

現在、『討伐ギルド』『軍事ギルド』『商人ギルド』『生産ギルド』『医療ギルド』『冒険者ギルド』の六種にわけられているが、細かく分ければ組合は無数にある。

 それらを全てまとめた総称を『ギルド』と呼ぶ。

 因みにカミラが所属していたギルドは、討伐ギルドと軍事ギルドで、その中の特殊戦力枠に所属していた。

 商売をする際、ただ承認を使って国々に売りさばくよりはこのギルド、その中でも商人ギルドに名を流して広めた方がより早く、より確かに世界各国にまで伝わるだろう。


「はい、その通りでございます。商人ギルドに、ビンセント様のお名前と資材枠にネスタ森の木材を登録します。これでビンセント様のお名前と共に資材が広まります。自然燃料が足りないこの世の中、買い手は余るようにとれるでしょう」

「そうね、相手を選べるのはやりやすそう」

 サリバンが進める商い話は暫く話は続き、ミル一人話についていけず、テーブル上のタルトを完食するなかで話がまとまる。


 ビンセントのギルドへの登録、それに伴って証明となるステータスへの記載をこれからサリバンと行う事になった。

 カミラはギルドには再所属しないという事で、ミルと共に無所属のままビンセントについて行くことに決まった。

 四人はそれぞれ頷いて、ティーセットとトレイを外のサービングカートに戻して小屋を後にする。

 館へ戻った四人は、サリバンがメイド長ハンナに予定を伝えた後で馬車に乗って役所に向かった。


【サラスト区役所】

 四人が役所へ着いたのはもう夕だった。

「では早速私の部屋へ参りましょう」

 三人はサリバンに連れられて、区長室へ向かう。

「区長室へ着いたら、書類を二枚書いていただきます」

「わかりました」

 通路を歩いて区長室に着くと中へ入り、三人は区長の椅子の前に座った。

「これがその書類ですなビンセントさん。商人ギルドの登録書と同意書の二枚です」

 二枚の書類にはどちらも同じく、ビンセントの見た事の無い円模様の様な物が書かれている。

「この円なんだろう」

 何かが書かれているでもない、拳大の円を見て首をかしげるビンセントに、隣から覗き見るカミラが答えた。

「それ私も書いたよ。その円はね、法印っていう印章を押すんだよ」

「その通りでございます。こちらがその法印ですね」

 サリバンは自分の机の引き出しから箱を出して開けると、その中には大きな水晶で作られた印章が入っていた。

 この印章には印面に何の模様もなく、真っ平らだ。

「でっかい印ですね。なんですかこれ、何も書かれてない」

「法印は自分の魔力を注いで使うのよ。魔力を注ぐと模様が浮かび上がるの。魔力により生み出された模様は一つとして同じ物がないみたいだよ。それに印にも魔力が残るから、その魔力で一致判断もできるみたいだけどね」

 カミラの説明に頷くビンセントとミル。サリバンも目を閉じて感激の表情で頷いている。

「その通りでございます。こういう重要な書類のなりすましや偽造防止の為の印章ですな」

 書類は他にも登録者の名前と、扱う商材、申請国、申請場所を記載するところがある。

「まずは、ここの記載を書いてくだされ。印章は最後に押してください」

「わかりました」


 法印を扱うには、少なくとも魔力がいる。

魔力が一に満たない者は存在しても、零の物は存在しない。

 しかし何十万人に一人程の確率で、法印を扱えるだけの魔力も出せない者がいる。

その場合は本人同意の元、代理人の法印で手続きを済ませる事もできる。

 昔起こった事件で、有権者の無魔力者が印を押さねばならぬ状況になり、自身が押せないが為に、側近を代理人とした結果、全てが乗っ取られたという事件もある。

法印とはそれだけ強い証となる為、代理人を選ぶときは慎重にしなければならない。

 サリバンは言えば無魔力者であったが、修行を重ねた結果一瞬だけ魔力を出せるようになったので、無魔力者であっても、法印を扱う程度の魔力を出せないことはない。


「書き終えました」

「……はい、同意書にも署名を頂きました。それでは、法印をお願いしますぞ」

 サリバンから手渡された法印を受け取る。

「ビンセントさん。今後の為に、一つ覚えておきましょう」

「はい」

「人から手渡された法印は、必ず印面を確認して何も模様が浮かんでないことを確認してくだされ。これも一つの防衛術ですのでな」

 慌てて印面を確認するビンセント、だがそこには何も無く、魔力が込められていない元の真っ平の状態だった。

「お、覚えておきます」

「是非。ですが、法印は自分の魔力を流したら魔力と模様共に上書され、印を押すと魔力も模様も完全に無くなるという物です。しかし万が一の為に、コレは癖にしておくとよいでしょうな」

「そうします。ありがとうございます」

 改めて法印を確認し、魔力を入れる。

「お、そういえば、ビンセントは魔法使いになってから初めて魔力使うんじゃない? 」

「え、なんで。『境界』使ってるよ」

「え、いやあれ魔法じゃないよ。私の『力』も魔法ではないよ? って言うかビンセントも能力って言ってたし、分かってたのかと思った」

「え……」


 魔法使いとして初めて覚えたと思っていた魔法が、魔法では無かったという事にショックを受けて隠せない。

 先ずビンセントは『魔法』『スキル』『能力』といった区別ができていない。

 ビンセントが勇者一行から受けた『境界』とはカミラ曰く『能力』であり、『魔法』ではない。

ステータスのスキル欄に創造(境界)とあるが、境界はスキルではなくあくまで能力なので、表示されている事が、カミラでもその道のプロフェッショナルであるカンノーリでも分からぬ特例であった。

 又能力とは必ずしも誰もが持っている物ではなく、生まれついての物で、それぞれ一つだけ持っているかいないかである。

 カミラとしては、父から受け継いだ能力で『クリムゾンオーラ』という物があったが、その後付け加えて勇者一行から『力』の能力を受けている為、考えなくても能力二つ持ちというありえない存在なのだ。

そんなカミラが『魔法じゃないよ』というのだから、ビンセントからすればそれが確定しているも同然だった。


 ではどうなのか、ビンセントが初めて使った魔力は――。

(まさか、宿の魔力照明が……)

 境界以外の魔力らしきものを使った場面を思い返してみると、それらしいのは、日々何の気無しにやっていた宿の照明の点灯であった。

何気ない日常の中で、初魔力として喜べた事は無い。

 ビンセントは解せない気持ちであり、その気持ちがそのまま表れている表情で手にある法印を眺めていた。

 そんな法印に魔力を込めると、法印である水晶に変化が起きた。

「ビンセントは青なんだね、私赤だった」

「わぁ綺麗! 」

 カミラとミルが眺める、法印を介して見るビンセントの魔力は、透き通るような明るい青色に淡く光っていた。

「ん、人によって色が違うのか? 」

 カミラがビンセントの魔法光に見とれながらコクコクと頷いた。

「そのようですな、因みに私、薄い黄緑色でした」

 サリバンも印章を眺めている。

「あぁ、すみません。眺めてしまいました。ここの円模様に、印章を押してください」

 サリバンの指す円模様の中心に印章を押した。

「おぉ、光が」

 印を押したら、印章の光が押し面へと流れ入って消える。

印章を離すと元々あった円が二重円になり、その中に黒色の線が中央で垂直に交わった模様が出てきた。

「なにこの模様、十字架? 」

法印の生み出す模様は魔力によって全て違う。

殆どの者は訳の分からない線が入り乱れているような模様になるが、ビンセントの印章は非常にシンプルな物だった。

「すっごいシンプルね、私のと似てる」

「……珍しいですな、私は見たことありません」

 カミラと違ってサリバンは現れた模様に驚いているが、何故驚いているのかと思うにつれ、ではサリバンの模様はどういう物なのかが気になるビンセントであった。

「でも魔力模様なんて考えても仕方ないしね。どういう仕組みで模様が出るのかもわかってないから」

「そうなんだ」

「そ、そうですな。次は同意書です」

「忘れてました」

 同意書にも同じく、魔力を法印に入れて紙面に押し当てた。

当然だが、同じ模様である。

「これで書類は以上です。この書類と、商材の一部をギルドへ送ります。この商材は、カンノーリ君がビンセントさんのステータスに登録記載をしてからギルドへ送ります」

「あ、カンノーリさんも手伝ってくれるんですね」

「ステータス管理ができるのは、彼の持ってるステータス管理士の資格がないとできないのですよ」

「そうなんですか」


 サリバンはカンノーリ以外にもステータス管理士を山程知っているが、三人に関する編集事や管理は全てカンノーリを使っていた。

 カンノーリを含める管理士は、事件前のクロイス国内で三十人程いたが、現在は七人にまで減っている。カンノーリの他に六人いるが、任せることはありえなかった。


「では、カンノーリ君のもとへ向かいましょうか。現在時刻十八時三十分、もうすぐ閉館の時間ですのでな、少し急ぎましょう」

 階を下りてカンノーリの部屋へ行き、ノックをして入る。

カンノーリは定時の十九時までを万全の態勢で机に構えいる。

定時に近づいても気を抜かないカンノーリの表向きな姿勢は、サリバンからも好印象だ。

 扉を開けるといつものカンノーリがいつものように座っている。

「ようこそ。……サリバン区長お疲れ様です」

 カンノーリが立ち上がり、サリバンと三人に向かってお辞儀をする。

四人は挨拶を返してカンノーリの席前へ行き、いつもの通り彼の召喚する椅子にそれぞれ腰を掛けた。

「カンノーリ君ご苦労様。今日はビンセントさんの商人ギルド登録内容を、ステータスに記載してほしいんだよ」

「承知致しました。それでは、登録書と商材の一部、ビンセントさんはステータスの表示をお願いします」

「わかりました」

 ビンセントがステータスを表示させる。


 名前:ビンセント・ウォー 種族:人 職業:魔法使い

 レベル:47.3 スキル:3234

 :筋力 1000/402 :歩術 1000/317 :剣技 1000/435 :体力 1000/370  

 :強化 1000/126 :料理 1000/12 :耐性 1000/96 :俊敏 1000/369

 :掃除 1000/20 :美容 1000/58 :制御 1000/327 :隠密 1000/78

 :魔力 1000/124 :

 :創造(境界) 1000/500


「あれ、レベルとスキルだいぶ上がってますね……」

 苦笑しながらステータスを眺めるカンノーリ、一番驚いてるのはビンセント本人だ。

(闘技場では全然成長しなかったのにな、試合でも一応死闘重ねてきたのに、この数日の成長の方が大きい)

「あれ、って言うか、なんか『強化』っていうスキル目が増えてる」

 自分の成長に少し感動しているビンセントに対して、カミラはビンセントが更に目標が持てるように自分のステータスを表示させて説明に入った。

「ビンセントが今日使っていたオーラっていうのは、全スキルの複合スキルなの」

 カミラはカウンターストップされた自分の『強化』スキルを裏拳で叩く動作をしながら説明する。

それを見ているミル以外の三人は、口をあんぐり開けている。

「特に今日ビンセントが使っていたような、戦闘で使うようなオーラは、『強化』スキルがベースになっているのよ」


 複合スキルの中でも、全スキル目と複合する『オーラ』というスキルは、扱い方により様々な使い方ができる。

 戦闘面ではもちろん、戦闘スキルが高ければ相手側から見れば恐ろしい戦力者として見られるが、それは非戦闘面でも扱える。

 例えば『料理スキル』が高く、その者が料理をしている姿を他者が見れば『一流のカリスマシェフ』に見えるし、美容を極めれば他の者からは『カリスマ美容師』と映るだろう。

 云わば格とスキル目のベースを底上げするスキルで、自己の士気も上がるし、高ければ他者の士気も巻き込んで大きく上がる引力となる。


「素晴らしい! その通りでございます! 」

「へぇ、そうなんだ……」

「そうよ。だから何事もオーラがあれば便利って覚えておくといいわ。また詳しい事はいつか説明してあげるからね」

 カミラの説明に感激するサリバンと違い、スキルに対して意識の薄かったビンセントは『オーラ』というスキルを今の説明範囲内で理解した。

 ビンセントが今ので理解できたと確認したカミラは、ステータスを閉じてカンノーリの方を振り向く。

「うんよし、じゃあカンノーリさんにギルドのページ作ってもらわないと」

 急に話を戻されてピクッと反応するカンノーリ。すぐさま顔を元通り引き締め、ビンセントのステータスに目を戻す。

「ビンセント様のステータスに、ギルドのページを追加します。ステータスに触りますね」

 カンノーリがステータスに触れると、一瞬魔法光が起こり、ステータスに欄が増えた。

「ここを触ってください」

 カンノーリの言われるままに、ビンセントが追加された『ギルド』というタブに触れると、表示が変わった。

「それがギルドのページ欄です。そこに書類に書かれたビンセントさんの情報と、商材の情報を入力します」

 ビンセントはポケットに手を突っ込んで境界を開き、ネスタの樹の木片を一握りだけ取り出して、カンノーリに見せた。

「商材の一部って、これでもいいんですか? 」

「構いませんよ。それを魔力念写してステータスに反映させます」

 カンノーリが書類の内容をビンセントのステータスに書き込んでいき、書き終えて木材を手に取ると、商材欄と書かれたスペースに押し付けた。

 カンノーリの手が魔法光で紫に光ると、空白だったそのスペースに木材が映し出された。

「最後に、法印をステータスの木材が映っているところに押していただきたいのです」

 カンノーリが机の中からごそごそと、法印の箱を取り出して蓋を開けた。

「あ、ビンセント様。法印を使った事はございますね? この書類の印章からビンセントさんの魔力を感じますし……、改めて見るとこの印章、変わった模様ですね」

 そういいながら法印をビンセントに手渡す。

「はい、さっき押しました。法印お借りします」

 受け取った法印の印面を確認し、魔力を込めてステータスに押し当てた。

「はい、完了です」

 ステータスに映った木材の上に、ビンセントの十字模様の印章が押された。

「これでこの木材は、ビンセント様の商材として証明できるようになりました。書類と木材をギルドに送っても、誰も偽れないでしょう」

「ありがとうございます! 」

 ビンセントはカンノーリに礼を言ってステータスを閉じると、法印を返して木材を境界内へしまった。

「助かったよカンノーリ君。これがステータス記載の手数料だ」

 サリバンがカンノーリの机の上に金を置く。

「サ、サリバンさん!? 」

「なんでしょうかな、さっきビンセントさんから手数料分を預かったではないですか。そのお金ですよ」

 ビンセントの呼びかけにとぼけて返すサリバン。

(やりすぎでしょう……)

 手数料を受け取ったカンノーリは、四人に対してお辞儀をする。

「確かに、お預かりいたしました。ありがとうございます」

「うむ、相変わらず仕事が早いなカンノーリ君」

「いえいえ、そんなことはございません」

「これからも頼むよ」

 サリバンはそう言うとカンノーリのもとを後にし、出口へと向かっていった。

三人はカンノーリに再び礼をしてからサリバンの後を追い、カンノーリの部屋を出た。


「サリバンさん、何もそこまでしていただかなくても」

「全力サポートといったではありませんか。これしきの事は当然ですぞ」

 否定しても聞かないだろうと、カミラがビンセントの方を見て横に首を振ると、ビンセントも諦めて礼を言った。

「すみません、ありがとうございます。サリバンさん」

 それを聞いたサリバンの表情はビンセントからは見えない。礼を言われた直後に何故か、顔を上げている為である。

 サリバンの顔は笑みに満ちていた。

 カンノーリの記載手数料、三十二万Gゴールドをサリバンに支払われた為に、ビンセントはあたふたしているが、ギルド登録の手数料、百二十七万Gゴールドの手数料も支払われるとは、ビンセントとミルは知る事もないだろう。

 ただ、特別枠のおかげで手数料を払った事の無いカミラでも通常、商人ギルド登録時に発生する手数料が正確には分からないが高額な事は知っているので、彼女だけは己らの騎士の狂信ぶりに苦笑している。


 四人は区長室には戻らず、元の馬車が置いてある表口へと来ていた。

「お疲れ様です皆様。必要な物は揃いましたので、後はお任せくだされ」

「ありがとうございますサリバンさん」

 頭を下げる三人に対し、頭を下げられたサリバンは恐れ多いといった表情を浮かべていた。

「いえ、当然の事です。皆様、今日はもう宿に行かれるのですかな」

「はい、そのつもりです」

「さようでござますか。私は進展があり次第すぐに報告をさせていただきますので、また皆様も何かありましたら、私に何なりとお申し付けくだされ」

「ありがとうございます」

 サリバンが馬車の扉を開け、三人を誘う。

「道中お送りしますぞ、どうぞご乗車くだされ」

「いえ、ここから近いので、私達は歩いて戻ることにします」

 サリバンの誘いを即座に断り、もう一度辞儀をする。

「さようでございますか、それではまた近いうちに、稽古でお会いしましょうぞ。失礼致します」

 サリバンが馬車に乗り、扉を閉めた。

扉の窓開口のカーテンが勢いよく開くと、小さい開口ながらでもわかるサリバン中佐の敬礼が、三人の目に映った。

 馬車が旋回して進み、ビンセント達から離れていった。

「ねぇ、ビンセント、カミラ。……サリバン中佐、大丈夫? 」

 ミルの問いかけに対して、苦笑するしかない二人。

「大丈夫かといわれてもな、大丈夫だけど、大丈夫じゃないよな」

「そうね。大丈夫じゃないけど、仕事に関しては信頼できるわね」


 時刻は十九時十七分。程よくお腹がすいてくる時間だ。

「とりあえず、なんか食べて宿行こうか」

「そうね」

「ごはん――!! 」

 ミルを挟んで手を繋ぐ三人が行く先は――、

「で、どこ行く」

「デリツィエがいいんじゃないかしら。ミルは食べたことないでしょう」

 ――西方料理店デリツィエだ。

「それもそうだな、行こうか。トマスさん元気でやってるかな」

「……そういえば、まだやってるのかな、店自体が」

「あ、移動するとか言ってたね」

「えー、ご飯食べたいよぉ」

「ハハッ、やってるといいな」

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