19話 『化物と人間』

(あ、やりすぎた? )

 紅蓮の闘神という二つ名を持つカミラを試そうとしたサリバンは、逆にカミラに試される事となった。

真正面からカミラの圧を受けた結果、サリバンの心はカミラとビンセントの、又ミルの物となり、その恐怖から生まれた忠誠は生まれてから今この時を駆けて、三人に対してのサリバン本心の忠誠となった。

 カミラがそれをどう判断するか。少なくともカミラにとっては、ビンセントの為となるような好都合な状況だが、サリバンの姿を見ると、一瞬とはいえ能力の全力開放はやり過ぎたとも思った。


 三人の目に映るサリバンは最大の笑みを眼前の三人の瞳に映し返した。

その笑みは自ら出そうとして出る笑みではなく、自然に現れた物のようだ。

 サリバンがその笑みで何を思うのかカミラを除く二人には分からないまま、凄絶な笑みは続いている。

(なにこのおじいさん、コワイよビンセント……)

 ミルが怪訝な表情のままビンセントの方を向く。

(いやミル、俺を見ても分からんぞ。俺もさっぱりだからな。カミラは――)

 カミラは頬を引きつって苦笑している。

ビンセントもミルと同じような怪訝な顔になり、それに気が付いたカミラはウインクをした。

(ごめん、やっちゃった。でもこの人狂ってはないし、そこは流石歴戦の将ってとこね)

 ウインクを繰り返すカミラの意は、ビンセントには全然伝わらなかった。


 そもそもサリバン区長という人物がどうしてここまでするのかが分からなかった、勇者に対しての憧れは分かる。

 それでもこんな出会って数日しかたっていないのに、国民から言えば偉業を成し遂げたビンセント達とはいえ、サリバンは心の内をここまで言い放ち、果てはビンセントを王として自分は仕えたいというのだ。

(なんなんだこの人は。俺は単に商売をちょっとやれるかなーという思いと、剣技と戦力の底上げ修行だけの付き合いで、国の復興を手伝うような、ただそれだけの付き合いだと思っていたのだがな)

 サリバン自身はさっき言い放った通りで、戦争が終わり、まったりとした世界の中で己が頷ける主に仕えたいという気持ちがあった。

 ビンセントにサリバンの夢の矛先を向けられる事になった要因は、カンノーリの口からと、サリバンと会った日に使った『境界』の能力である。

 サリバンは勇者一行三人と共に戦闘をしたことで、それぞれの能力を見ていた。

その為にビンセントが受けた『贈物』の差出人がノースである事も分かった。

 サリバンが想い焦がれるルディではないものの、二人のメンバーに対しての憧れもあった。

サリバンはそれを直に体験し、今さっきもう一人の能力を体験した。

 戦争無き世界に香る生きる伝説の力を目の当たりにして、ビンセントに対しては確信を得た。

同じく『力』を見せたカミラにも似た視線がいく。未だ正体不明のミルに対しても畏敬の念を覚えただろう。

 椅子を後ろに引く事を省き、サリバンは勢いよく立ち上がる。

「ビンセント様、カミラ様、ミル様……」

 三人の視線は、姿勢よく起立するサリバンの目に注がれる。

そして三人はサリバンに対して口を揃えて返事をした。

「は、はい」

 サリバンは剣を引き抜き、背後の椅子が邪魔だったのか、どかせばいい物を剣で細切れにし、円卓を挟んだ三人から大きく後退した。

「な、なにを――」

 ビンセントは状況掴めず口を開けたが、老人の宣言により遮られる。

 サリバンは剣を眼前に突き出し、天を刺し、胸に掲げた。

サリバンの滅びた祖国により行われた敬様式であろう。何の前触れも無く始まる宣言を見る三人はそれぞれ目を丸くした。

「私。アークドレッド国軍、エルスト特殊新鋭部隊大隊長。『風の双剣』サリバン・リーゼル中佐ッ!!ビンセント様、カミラ様、ミル様の騎士となる事を、ここに誓いまする!! 」

  正しい姿勢から発せられる誓いで、空気はピリッと響いた。


「あ、あのサリバンさん」

「――はい」

「とりあえず、なんていうんですか。気持ちは嬉しいですが、そこまで――」

 誓いを受けて困惑するビンセントは、一先ずサリバンを落ち着かせようとやわらかく声をかけた、しかしサリバンは笑みを浮かべたままビンセントを見た。その視線は半ば狂信者の様な眼光を伴っている。

 狂信者の眼光を受けたビンセントは先に増して反応に困り出した。

 ビンセントと違い早々にサリバンの騎士化、狂信者化に慣れたカミラは、サリバンを見て考えた。

(こうなった以上は、ビンセントの為に働いてもらおうかな)

 カミラはビンセントの焦る顔を見ると、サリバンに再度振り向いてニヤリと口角を上げた。

「サリバンさん。あなたのお気持ち、よく理解しました」

「私の気持ちをご理解いただき、光栄でございますカミラ様」

 カミラに理解をされたと言われたサリバンは、恭しく感謝した。

カミラはサリバンに対して別の事を試した。

サリバンは圧を受けても狂っていないとカミラはそう思っている。次に、最後に試す事は、それが確かかどうかである。

 カミラはサリバンが語った中に出てきた、べド・サイモンという人物を題にして話始める。

「しかしあなた、わかっていますか? さっきの話、べド・サイモンの堕ちた理由は勇者一行の力に魅了された為の暴走ですね」

 静かな口調で話すカミラの視線を受けた者が第一に抱く念は恐らく恐怖だった。しかしサリバンの様子は変わらない。

「さようでございます」

 今、サリバンの心は恐怖を超えてむしろ安心している。

絶対の存在に仕えるという絶対的安心感、騎士としていられる高揚感に包まれている。

「あなたもべド・サイモンと同じではないですか? あなたも、力に魅了されたのでしょう? 」

「私はカミラ様の力にも魅了されましたが、べドはその憧れに溺れて自身にその力があると錯覚し、自分より下の者にぶつけていただけです。私は騎士です。皆様方の剣、盾であり脚です」

「なるほど、分かりました」

 カミラは一息つき、更に奥へと話を進めていく。

「サリバン中佐、『べド・サイモンの最期』を聞きたいですか? 」

「是非、聞かせていただきたいです」

 サリバンは悩み拒むことなく即答する。

サリバンの歪みない返事を聞いたカミラは、その要望に応える。

「わかりました。ちょっと長いですが、話します」

 少女姿の者が老人を圧する様を見ているビンセントとミルの二人は、その光景を眺めているしかなかった。

「どこから話しましょうか、……そうですね。まず最初、私は――」

 カミラはサリバンに空いた席を勧め、話を始めた。


【カミラの語る戦犯の最期】

 カミラは小さい街の掲示板で賞金首クエスト欄を見ていた。

(おー。噂には聞いてたけど、賞金首になったんだこの人)

 カミラはべド・サイモンがどういう人物なのかは詳しく知らず、ただ賞金首となるに十分な罪を背負っている事はギルドの情報で知っていた。

 カミラが知るべドの罪は、戦争中の乱戦に紛れて無差別殺戮を行った戦犯という事で、もしかすると他にも何かやっているかもしれないが、今はこの情報しか持っていない。

(報酬もギルド出しとしては割と高めだし、受けてみるか)

「……金も尽きてきたし」

 カミラはぼそりと金欠の事を嘆くと、受付のおじさんに笑顔を作って討伐クエストを受注した。

(うーん、最近の報告が無い。ひょっとして対峙した人皆殺しかな。やるなべド)

 カミラが普段賞金首を見つける手段としては、討伐失敗報告と目撃情報による大よその生息地確認だ。

(なかなか場所が分からない)

 べドは討伐失敗者を逃がさないことに加えて目撃者も徹底に始末している為に情報が全く無い。

(探査スキル持ってないしなぁ、無理やり『力』でオーラ探査でもしてみようかな。どんなオーラかは分からないけど、『創造』無しでは制御でオーラを完全に消す事はできないだろうし、とりあえず大きなオーラ当たってみるか)

 しかし探せどべドはなかなか見つからない。

「うわぁ、この賞金首のクエスト受注してないよ。やっちゃった……」

 時には知らない賞金首を倒し、受注していない為にただ働きをする事もあった。

それでも数日間『力』を解放していたせいか、

(自分から近づいてくる大きなオーラ反応が、すぐそこに――)

 カミラの能力に引かれた者が自ら寄って現れた。

「……貴女、誰です!? 」

 カミラが近づいたオーラの到着と共に発せられた声の元に振り向くと、そこには一人の男が驚愕して立っていた。

「私の名前はカミラ・シュリンゲル。賞金稼ぎで、今『べド・サイモン』という賞金首を探している」

 カミラの言葉を聞いた男は、背中に背負っていた双剣を引き抜いて殺気を放つ。

男は街の民と変わらぬどこにでもある服装で、軽鎧どころか鎖帷子も身に付けずに双剣を握っている。

男の驚愕の表情はその時、優しそうな、狂気に満ちた顔を浮かべていた。

「急に話しかけてしまい申し訳ありません。ご挨拶が遅れました。私の名前はべド・サイモン。『勇者の力を宿す者』です」

 念願のべド・サイモンとの出会い。べドが笑みを浮かべる様に、カミラも苦労が浮かばれて思わず笑みがこぼれた。

「あなたがそうなのね、やっと見つけたわ」

「あなたが放っていたオーラは勇者一行の大賢者、エリス様の『力』と感じましたが。……そうですか、あなたが勇者から『力』を贈られし者、紅蓮の闘神ですか。エリス様をもう一度感じたく近づきましたが、人違いだったようですね」

 べドは病的なまでに勇者一行、エリスの力に魅了され、自身の狂気の力が勇者からの贈物と思って疑わなかった。

「あなたにとって人違いでも、私からしたらようやく会えた討伐対象よ。会えて嬉しいよべド」

 カミラはそう言い放つとべドに向かって歩きだす。

べドはなんだか興奮しているようで、鼻息荒く身を躍らせていた。

「その力、それをあなたが持っているという事は、コレはおそらくエリス様が私に与えた試練でしょう。あなたを殺せば、それが手に入る!! 」

 べドが魔法詠唱を始めると、べドの周りには冷気が漂い始めた。

「氷精霊王の子守歌。他の唄、血肉、魂。眠りを妨げるモノを静止する。禁忌氷魔法『フリーズプロモート』」

 カミラの感じているべドのオーラが、詠唱終了後の魔法発動の後で変化した。

人としての暖かさは一と無く、べドは絶対零度となった。

「どうぞお好きに。エリスさんの狂信者か、人間辞めてまでよくするね」

 べドが人でない化物になってもカミラはそれが何でもないという様に、心的変化は何もない。

べドに対しては賞金意外興味の無いカミラだが、べドからすれば勇者一行の能力の一つを持つカミラは興味の塊である。

そんな心躍らせるべドの周りに氷塊が浮遊する。

「私がその力をいただく! 私はエリス様に選ばれた者! 」

 べドは柔らかな体をバネの様に力運動を自在に操り、双剣を振るう。

カミラは斬撃を歩きながらオールガードで受けた。

 弾かれた双剣を流れるように追撃に変化させる。

斬りつけられるオールガードの表面から氷片が飛び散っているのが見えた。それを確認したカミラは足を止めてべドを観察した。

「禁忌魔法フリーズプロモート。術者を氷の化物に変化させ、触れる物を氷に変化させる。プロテクトやオールガードのような防御スキルでも氷に変化させて能力依存を無効化する事ができるから、凍結後は物理攻撃での破壊も可能と。確かにこれは禁忌として扱う一つの魔法だね」


 禁忌魔法は数こそ多くは無いが、ギルド規定や国家規定、又人道的や宗教規制等で使ってはならないという魔法である。

 カミラとしては今現在のべドを含めて禁忌魔法を使用した者を見るのは四度目である。

見たと言えばそれだけ見たが、禁忌魔法を相手にする事は無かった。

それに、ギルドに所属していた時には情報で知っていた禁忌魔法だが、実際氷系の禁忌魔法を見るのは初だった。


「ハッハハッハッ、禁忌魔法をよくご存じで! ではコレはどうです!! 」

 べドがオールガードに剣を突き立て後退すると、剣は凍り付いて巨大な氷塊となった。

「静止の世界は浸食し増殖する。氷魔法イローヘイル」

 氷塊は二倍、五倍と一瞬で大きくなり、その密度も同時に濃くなる。

「……これでもですか」

 氷の密度が高過ぎる為に透明を極めた巨大な氷塊は、光の反射面以外ではその存在が分からない程だ。

その為に氷塊中の状態がよく分かる。

 カミラは氷塊の中で変わらず立っており、氷塊を内部から叩いた。

ヒビが入る間も無く破壊され、氷の破片がべドへ向かって飛んでいく。

「おぉ――、これはなんという……」

 べドに触れた氷は吸収されるが、辺りはカミラを覆っていた氷塊の崩れた塊が散らばっている。

「氷ではあなたを殺せない、ですか」

 散らばった氷塊が槍に形状変化をしてカミラに飛んでいく。

相も変わらず突っ立って、べドを観察しているカミラを守るオールガードの前に、氷槍の割れる高い音が虚しく響いた。

「通常の槍とは比べ物にならない強度の氷槍も、あんなに容易く……化物、――どっちが!! 」

 べドの足元から氷柱が生成され、氷柱はカミラに向かって矢のように迫る。

氷柱がカミラに到達するかしないかの間に、べドはカミラに向けて跳躍した。

「あなたを殺す! 化物! 」

「私はあなたを破壊する、氷野郎」

 べドの刃は通らない。意識の断片、空中で体が静止するのを感じた。

「今から私の攻めだ」

 べドの意識外の速度で放たれる拳は、通過点である右腕を貫通して右胸へ直撃した。

「あら、そうなるのね。じゃあ今のじゃ壊せないかな」

 右腕は消し飛び、拳を撃ち込まれた胸部はヒビが入り、残りの上半身ごと氷の如く砕け飛んだ。

 カミラの前方二メートルの位置で崩れ倒れる下半身の断面は凍り付き、失った上半身の形を作っていく。

「氷の不死者、魔物の様な核がないのなら、完全に肉体を消さないといけないわけね」

 べドの無機質な氷体は表面上の人肌に戻る。

「――今、なにが!? 」

 カミラを殺す為に跳躍をして急接近し、気が付けば自分の体がバラバラに砕け散っていたという理解できぬ状況に、元に戻ったべドの顔が歪む。

「どういう事かは知らんが、しかし、私は死なない! 私は不死身だ! ハッハッハッ!! 」

 その後べドは何度も体を破壊され、その体を再生するという事を何度と繰り返していた。

再び跳びかかってきたべドを、今度は上に弾き飛ばした。

「もう討伐対象のオーラをクエストに反映させたから、報酬は出るね。終わりだよ、おやすみべド・サイモン」

 カミラは目的を果たした。そんな彼女に、もうべドは必要なかった。

その様に思われているとも知らず、そもそも最早狂って考える事が出来なかったべドは、落下しながら大声で笑っている。

「ハッハッハッハッ!! 素晴らしい力! 不死身! 素晴らしい素晴らしい! ハハハハハ!! 」

 カミラはさっきまでの部分的破壊を止め、力を分散させて落下するべドに拳を撃った。

時のわずかな断片程の衝撃の後は破片も飛ばない、べド・サイモンは跡形もなく消えていた。

 べドサイモンの存在が消えた事により、あたりを覆う氷は溶けていった。

「よし討伐完了。……うぁ、早く退散したほうがよさそう」

 戦闘により中規模なクレーターと化していた場所を覆う膨大な氷が溶けだす。

「ぅおわぁ―――! いかん水が来る。ど、どうしよう」

 カミラを大量の水が襲う。

(私泳げたっけ、何とかしないと……そうだよし跳ぼう!! )

「おらっ!! 」

 カミラは大きく跳躍した。クレーターを上空から眺められる程の高度に達しているが、焦ったが為に真上に跳んだのが運の尽き。

「しまったぁ――! 」

 まっすぐ元の場所へ落下する、元の場所は湖と化している。

「まだだ、思い出したぞ! 空気でも、エリスさんや私は触れられる! 」

 落下中にプロテクトを前面に展開し、

「できるかわかんないけど、エリスさんの見様見真似で『爆拳』!! 」

 拳を放つ。

 プロテクトに触れた拳は爆発を起こす。

爆発と共に弾かれ、落下軌道がかわっていく。

「よし! 出来た。これで――」

 しかし飛距離が足りずに、未だ落下予定地は水上であった。

「……もうしらん」

 カミラはそのまま水中へ落下する。

(明らかに氷より水の方が厄介だ)

 泳ぐことに慣れていないカミラは、遠い水面より、近い地面へと向かった。

(今度はちゃんとやらないと、ね)

 陸に向かい地面を蹴った。

水面から勢いよく飛び出すカミラの下には地面がある。

勢いを調整する為に一回転して地面に着地した。

「うーん、泳ぎ練習しといたほうがいいのかな。これは危険だ」

 カミラはずぶ濡れの体で、近い街へと向かっていった。

街のギルドに報告をして、無事に報酬を受け取ったカミラは再びビンセントを探す旅に出た。


【サリバンの心】

「――っとこんな感じで、氷の不死者になったべド・サイモンは最期をむかえたという訳です」

 緊迫する空気は初めはあったが、後半になるにつれて段々と緩くなっていった。

「いやカミラ、昔は泳げなかったというのは知ってたけど、それは別にいいんじゃ――」

「……ぶっちゃけると、べドより溺れる方が恐かったし。ね」

 前半はそのまま、べドを討伐するきっかけの話から始まり、べドという人物がどんな者なのか、又どう変わったのかをサリバンに語り聞かせ、隣のビンセントとミルにも真剣に話していたのだが、それが終わった後の後半は溺れそうになった恐怖談であったから、現在この小屋の中は何とも思い馳せる事の出来ない空気になっていた。

 カミラは周囲の空気を換えようと、話題を元のべドの事に戻した。

「べドは確かに、きっと優秀な人間だったのでしょうね。それがあそこまで変わったのです」

「べドの奴が、氷の不死者ですか。カミラ様が仰ってくだされたよう、戦争時代に部下だった時は氷魔法を匠に扱う優秀な双剣士だったのです。それが力の為に禁忌魔法を使っていたとは、私は気が付けませんでした」

 部下の最期を聞いたサリバンは、どこか清々しい顔をしている。

「私が言うのもなんですが、禁忌魔法をあれだけ自在に操ったべド氷魔法の才能は最高峰だったと思います。双剣の腕も凄腕で、私が討伐するまで討伐成功者がいなかったのも納得できます」

「さようでございますか。べドの事は昔から引っかかってたので、奴の最期を知れてよかったです。カミラ様、ありがとうございます」

「いえ。ただ皮肉な話、べドはエリスさんの『力』に憧れて狂い、私の『力』により最期を迎えました。もう一度問いますが、それでもサリバン中佐は、私達に仕える騎士になるというのですか? 」

 サリバンはカミラから視線を外さず即答する。

「もちろんです。それに私は既に御三方の騎士です」

 カミラは自分の纏う圧を破り、パッと笑顔になったかと思うと椅子にもたれた。

「愚問、でしたか。ハハハハハッ! 宜しくお願いしますねサリバン中佐」

「はい。お仕えでき光栄です」

 カミラの恐怖談から話を元に戻されてから、その空気に入れないビンセントとミルの二人は、カミラとサリバンの顔を交互に見ていた。

「あ、あの。コレはもう、話が決まったって事なんですよね? 」

「そうよビンセント。サリバン中佐は私達の騎士で決まりよ」

「騎士! かっこい――ッ! 」

 ドヤ顔のカミラと真剣な表情のサリバンを見ながら、ミルはタルトを食べて騒ぐ中、ビンセントは肩の力を抜いて苦笑する。

「ビンセント様。表では皆様を最敬称で呼べないことをお許しください」

「いや、そんなことはいいですよ」

 ようやくサリバンに話を振ってもらえたビンセントは快く答えた。

サリバンはビンセントに深く辞儀をすると、話を進めた。

「では遅れましたが、ビンセント様の剣技、オーラを今から鍛えましょう」

 これを受けてビンセントは意気込んだ。

(こうなったら、できるとこまでやってみるか)

「それでは、よろしくお願いします。サリバンさん」

「中佐で! サリバン中佐でお願いします! 」

「サ、サリバン中佐。宜しくお願いします」

 ビンセントからしたら謎のこだわりを持つサリバンだが、この老人を知れば知る程、どこまでも軍人であり騎士であり、仕える事に幸せを感じる者なのだとビンセントも感じ取った。

 そんな男二人が席を立ち、続いてカミラ、ミル共に席を立って二人に付いて行く。


 小屋を出て左手のスタンドにかけてある剣を二人が取る。

「ビンセントさん。この剣は召喚剣ではありませんが、非常に強固な物なので存分に振ってくだされ。今回の剣は刃が引いておりません。いうまでもなく、本気で宜しく頼みますぞ」

 サリバンは両の手に剣を持っている。現役時代本来の双剣士スタイル、二刀流である。

最初から二刀流という事で、序盤からサリバンが本気で来ると察している。それに連れてビンセントの覚悟も決まった。

(サリバンさん相手に実戦修行、気抜いたら死ぬな)

「カミラさんとミルさんにはメイドが椅子をご用意しておりますぞ。宜しければおかけくだされぃ」

 サリバンの指す方を見ると、椅子が二脚用意されている。

「ありがとうございます! 」

 カミラとミルが椅子に座って観戦姿勢をとり、サリバンは歩きながら剣を構える。

「さてビンセントさん。いつでもかかってきてくだされ、既に始まってますぞ」

(よし来た。最初っから全開だ)

 ビンセントが纏うオーラ自体は微々たる物。

しかしオーラという物は自身で自覚できるかできないかで大きく違ってくる。

 単純に自分が知れることにより、相手との戦力差も明確に見えてくるのだ。

(カミラ程じゃないが、やっぱり化物だなサリバンさんは)

 身に感じる細い闘気、対面者の物と比べれば笑えてくる。

それでも剣を構え、サリバンから初めに教わった剣術の立ち回りと動きの無駄を無くす。

動く時は真っすぐに、ただ真っすぐ攻めればいい。

今はそれでいい。

相手にまで踏み込み、小細工無しで剣を振り下ろす。

「おぉ、ずいぶんと重さがかわりましたな」

 左片の剣で受けたサリバンが浮かべるのは、ビンセントの成長を感じた事で込み上げる笑み。

受けた剣を滑り返し、右片の剣で中段を狙い振る。ビンセントは崩された体勢を直して受け防ぐ。

(まだいける)

 少し前まで防ぐだけで体力が限界まで削られていたが、今はこちらからサリバンを攻められる。

もっと進める。

だがいくら肩へ、膝へ、脇へと、受けにくい場所を攻めても二本の剣で防がれる。

「狙いはいいですな。後は力ですかな」

(――ッ、確かに根本的な力が足りない。それと速さが足りない! )

 サリバンが上段を斬りかかるのをできるだけ低姿勢をもって避け、追撃の縦からの攻撃も防いだ。

このまま止まれば進歩はそこまでだが、ここでは止まらない。

 柄を握る力を緩め、右手を柄から完全に離した。

左逆手に持つ剣は斬る力を持たないが、流れるが如く攻撃対象の懐に入り、その段階で右の手で持ち直す。

 懐内での至近距離に、サリバンの剣は外である。

「おぉ、機転が利きますな」

 構えは鞘にこそ納まってはいないが、居合の如く。刃は最短で対象との距離を詰める。

障害無き敵前、完全に両断できる一太刀。

「うぉ!? 」

 しかしサリバンはコレを防いできた。

「今のは早くて、センスも感じますな。後はもっと強く、もっと早くですぞ。動き自体は段々正確になっていますのでな」

 ビンセントが確実にサリバンを斬れる一太刀を入れる時、いつの間にかサリバンは二振りの得物を身内に固め、右の縦構えの剣で防いでいた。

「いつの間に、というより、どうやってあの体勢から……」

「今のは経験による力ですぞ」

「……なるほど」

 何もわからない。

幾つもの疑問が沸くが、おそらく今の自分には成しえないと感じ、考えるのを後回しにした。

(もっと、もっと! )

 ビンセントは一点、ただ一点を集中して攻撃するのみ。

自分では気が付かない事も多い。

椅子に座る観客の一人は紅茶を飲みながらじっとビンセントを見つめていたが、さっきサリバンに防がれたのを見て笑っていた。


(だけどビンセント成長早いなぁ。闘技試合は余程感性的に戦ってたんだな、少しやり方を覚えるだけでここまで伸びるなんてね)

 笑いながらもカミラはビンセントを分析していた。

必死に攻防を繰り返すビンセントを見ていると、なんだか昔の事を思い出して口元が緩む思いだ。

カミラが紅茶を口に運んでそれを隠そうとしていると、ミルがビンセントに声援を送った。

「ビンセントがんばれー!! 」

 応援するミルの横にはいつの間にかメイド長ハンナがおり、ガーデンテーブルを召喚してお菓子と紅茶で観客二人をもてなしていたのだ。カミラが口に含む紅茶はそれである。

 甘いお菓子をつまみながら、ミルは応援ではなく次は素直な感想を送った。

「ビンセントー! おそーい! 」

 そんなミルに重ねてカミラも声を送った。

「そうだそうだー。おそーい! 」


 二人の歓声、否文句は本人にも聞こえている。

(遅くねぇよ!! これが最大だっての!! )

「そらぁッ! 」

「ほぉ」

 ビンセントの剣が加速する。

「いいですな。技術を覚え、本来の自然体をそのまま上乗せすればいい」

 ビンセントの剣は跳躍して重力と総重量を利用しながら振り下ろされ、防がれれば地に張り横を打つ。それが防がれれば突き、更に防がれれば斜めに振る。

「ですが、技術はまだまだ覚えることが多いようですぞ。……ビンセントさんなら両立できますか」

 サリバンはビンセントの思っていた事と違い、本気ではない。しかし両手の剣で攻めはする。

気を抜けばバラバラにされる連撃を受けかわしながら、攻撃を追加する。

集中力、歩術や体力、剣のスキルは以前より明らかに上がっていた。

「おっ! 今のいい感じだぞービンセントー! 」

 声援を送るカミラが見た物は、ビンセントのオーラの爆発。

その総合スキルオーラは、戦力の底上げとして重宝されている。

「ふんぐッ、ラァッ! 」

 轟音で振られる剣は、サリバンの剣を力で押した。

「ぬぅ」

 久方ぶりに二本の剣で受け止めたサリバン。

不思議と体力の限界がまだ先と感じれる。少し前なら消耗しきっていてもう動けない状態であったろうに。

だから更に追撃。追撃を重ねる。

本気を出していない普通のサリバンが防戦になった。

(やってやるぜ、サリバン中佐ァ! )

 再度至近距離で踏み込み、サリバンの二振の防御剣を斬り上げる。

「流石ですな」

 手で確実に握る得物で袈裟懸けに振り下ろし、攻撃対象を斬る。

 ビンセントの剣は下方へと流れたが、肉を斬るような手ごたえはなかった。

 握っている得物は折れた剣。

「またまた成長しましたなビンセントさん。驚きました」

 オールガードを纏ったサリバンが深く辞儀をしている。

「ちょ、ちょっとぉ! そのスキルはずるいですよ! ていうか、そのスキルどうやったら使えるんですか!? 」

 その光景を見られていたのか、横からケタケタとカミラの爆笑が聴こえる。

「私は魔法が得意ではないので本来は使えないのですが、修行の末、二秒程度ならオールガードを扱えます」

 そう言う最中にもサリバンのオールガードが消滅した。

「では毎度の事、後半は本気で行きますね。ビンセントさん、新しい剣を」

「う、うわぁ……はい」

 あからさまに嫌な顔をしてしまったが、手中に境界を開け、折れた剣をスタンドに置き、新たな剣を引き出した。

「それでは、改めて宜しくお願いします」

 ビンセントが構えを取ると、それを確認して本気のサリバンが動く。

 サリバンが踏み込んだと思えば眼前にいる。

戦地で会えば、気が付いたら死んでるという感じだが、ある程度の強者になると恐怖が何倍にも倍増するのだ。

 知らぬが仏。迫る双剣の化物を認識できるが為に、力差がわかるが故に、確実な死が、絶望が襲ってくる物である。


「わぁ、早い。ミル程じゃなかったけど、あれで人なんだからサリバンさん超人ね」

「わーい! 私のほうが早いんだー! 」

「ミルは可愛くて早くて強かったよ」

「えへへ。褒められた―! 」

 観戦しながらミルの頭をなでるカミラ。


 彼女が見ているビンセントという男の心情は、

(ヒィイイィ――――ッ!! めっちゃこえぇ!! )

 防戦にすらならない。

辛うじて一撃を受け防いだが、それによる手の痺れがさらなる恐怖を生む。

(なんだこの動き、人間じゃない)

 たった一歩、これだけで何故間合いが零になるのだろうか。

(あんたも人間辞めてんじゃないかァ――ッ! )

 横に一振り、必死の思いで剣を構え受けるが、力の差なのだろうか、同じ剣なのにビンセントの剣は両断され、サリバンの二振り目の剣がビンセントの首に添えられる。

「本日は、ここまでですな」

 もちろんサリバンは人間を辞めていない。

それもそのはず、サリバンは人間が好きだからである。

ただこの人間の老人が化物に見えるのは、人間を極めているからだ。

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