18話 『老人の夢』


【クロイス国】

 王政が崩れ去り、八に区分けされたそれぞれの区は呆然とその場に留まっていた。

 区の長達は、一人を除いて皆苦い顔をしていた。

今日は王と大臣が各区長と有力貴族を場内に招集し、それぞれが報告提案、国態と近隣国との交流状態を話し合う会議の日であった。だがしかし会場には王はおらず大臣もいない。

王室側近すら出席できていないのに、どういうわけか貴族の一人は相変わらず絶対に出席している。

なので出席している者の数は、情報の足とされる区長等八人と貴族一名、計九人という前代未聞の出席数となっている。


 会場は比較的被害の少ない城内の大部屋をしようしている。

その広さのせいもあり人数の少なさが余計に目立ち、以上を語る者がいない。

 故に場の空気は大変良くない。

皆が淡々と報告を終えた後の、無駄な困惑と怒りの混じる沈黙状態が続いているからである。

(ふむ、くだらん。気持ちはわかるが、これではわざわざ集まる事も無かった)

 この男はサラスト区長、サリバン・リーゼル。

彼はこの無駄な会議に心底退屈していた。

というのも、最近会った一人の男、否三人に無我夢中だったのだ。

(早く終わらせて、運動をしたいものだな。その後はあの話も進めていきたい)

 皆が押し黙り、たまにきょろきょろと他者の顔を窺うように顔を動かす者もいる。この状態でどれだけ時間が過ぎたであろうか。

 そんな中サリバンは、続けて視線を感じる一点を見て観察する。

(毎回何をするわけでもなく出席か、物好きな奴だ。どちらにせよ早く切り上げよう)

 サリバンは席を立ち、皆の視線を浴びると返して皆を見回す。

「皆。王と大臣不在の中、この混乱状態の国内統制、外交をよくやってくれている。僭越ながら、城下区長統括として礼を言う。ありがとう」

 一人の貴族は相も変わらずサリバンを凝視しているが、周りの区長らも併せてサリバンに注目した。

「ここに招集されてから何時経っただろうか。皆が報告し、数は少ないが意見や提案も出した。言葉を出し尽くし、沈黙の時間がどれだけ経っただろうか。ここで時間を費やすより、各区へ帰還して情報を流し、行動をする方が事は悪い方には進みにくいと思うが、どうだろうか」

 それを聞いた他の区長は相も変わらきょろきょろしている。

「このまま進展が無いのであれば、これにて閉会とさせていただこう」

 一つの手が上がる。

「サリバン区長、一つお伺いしたいのですが」

「はい、ユーラス区長」

「先程のサラスト区報告に会った話。ネスタ山への道の確保、マフィアセシリオの掃討の事なのですが。是非、それを遂げた方達の名をお教え願いたい。それが知れ渡れば、民の――」

「ユーラス区長、それはまだできません。気持ちは分かりますが、御本人等の承認を得ていないし、まだ時期ではない」

 言葉を遮りそう言い放つサリバンに対しユーラスは黙り、席へ尻を戻してしまう。

元武官の発する雰囲気という物なのか、生涯文官の者達とは違った圧がある。

 おおよそこの中で、サリバンを含む二人以外は生涯文官で上がってきた人間だろう。

例外除き皆は同じ反応であり、論を唱える者は居らずにまたもや静まり返った。

「それでは僭越ながら進行を代行致しまして、これにて区間内政会議を終了とする。以上解散」

 サリバンがそう告げると、七人の区長は時間差が生じたようにがらりがらりと席を立ち解散していく。

七人が散る姿を見た後、サリバンも立てかけてあった杖を取って会場を後にする。

酷く壊れたの長い通路を渡る中に、気配を消して横に付いて歩く一人の貴族が口を開く。

「お久しぶりです。サリバン様」

「よぉ、久しぶりだなリティス。いや、今はオスヴァーグ侯爵か? 」

「サリバン様に爵位など関係無いように思えますが」

「はっはは、まぁ久しぶりだな」

 この男リティス・オスヴァーグ侯爵は元リーゼル隊の一員だった。

元々家柄は良かったのだが、終戦後は武官から文官へとシフト、戦人から商人へと移り変わった。

 商いは主に外交との取引をしており、多くの商線を持っている中で有名な物が家具商である。

今国内で活動している貴族の中では一番の商会だろう。実際、国外へ移っていった商人や貴族を財をもって喰っていて生きているのだ。

 根が深く強い。

戦場での功績と商の財を元に格を上げ、伯爵から侯爵になったという。

戦争時代には副将べド・サイモンの魔の手から生き延びた数少ない人間でもあった。

「招集だというのに、何度もこんなのによく出られるな」

「他の官はどれも小物らしくて、金を見せればあっさりと招待ですよ」

「それほど疲弊しておるのだ、今のこの国はな」

「じっくり話をしたいですが、私と長く話すのは変に思われそうですね」

「まぁいいさ。で、なんだ今回は」

 二人は隣に並んで歩きながら手短に話を進める。

「ネスタ山とセシリオの掃討です」

「またか」

「気になるのも無理はないでしょう。伐ることのできない樹で覆われた森の道を拓き、それに続いてセシリオを壊滅させたなんて。そんな事ができる人に興味が湧かない訳がありません」

 サリバンは堪らず苦笑する。自身が全く持ってその通りに興味を持って、今一番の関心事がそれだからだ。

「確かに無理はないな。ネスタ山は神の産物であって人には削れない。セシリオの方は下っ端でも雑魚ではないし、幹部共は言わずもがな三人の化物がいた。それにボスはドラゴンの化身だった。それを滅ぼしたとあっては、恐ろしい」

「そうでしょうとも」

「疼くのはわかるがな。じきにお前にも会ってもらいたい。商ってやつを教えて欲しいのだ。これからは面白くなるぞ」

 サリバンの話を頷きながら、待ち遠しい物を待つようにしながら聞いているリティスは、サリバンの笑みを見て顔を固まらせた。

「商ですか、その方も商人となるのですか」

「商人になるというより、利を得る方法を知って損はないだろう。それに彼は『魔法使い』だそうだ」

「魔法使いですか、なんだか懐かしいですね。それで、その人の名は? 」

 サリバンは男の名前を聞かれると、言うか言うまいかを考えたが、結局答えた。

「ビンセント。ビンセント・ウォーさんだ」

「ビンセント・ウォー様ですか。しっかり覚えておきます」

 二人は通路を抜け広場に出る。

通路の暗がりで見えなかったリティスの表情はとてもさわやかな笑みを浮かべている。

サリバンから見ればこの笑みは、餌を目の前によだれを垂らす犬の様である。

(ビンセントさん、コレは運かたまたまかですが、道はできていますぞ。私は称号を与え、国は機能していない、あなたはただ喰えばいい。私はあなたを気に入っている、退屈せんからな)


【クロイス平原】

 空は快晴、頭上高くに日は登っている。

 時刻は十二時二十分、昼時である。

ビンセントとカミラにミルは平原でサンドイッチを頬張っている。

 バターを薄く塗ったパンにレタスとハムか肉を挟んだ簡単な物だが、未だ国内ではそれを作る為の材料を仕入れるのに開いている店を探す必要がある為、どんな手軽な料理と言え手軽では無くなっているのだ。

 しかし、ビンセント達は一人の人物に卸食市場を使わせてもらっている為、ある程度一般の食品であれば入手は容易かった。

 因みにこのサンドイッチを作ったのは、料理スキル値27のカミラである。

「サンドイッチに料理スキルとか関係あるのか? 俺は確かにカミラより低いけど、サンドイッチは作れるよ」

「本当かなビンセント君――? 川魚そのまま挟んだりしないでね」

「それはしない! 」

「それより、美味しい? 」

「美味しい!! 」

 カミラがサンドイッチの感想を二人に聞くと、二人は声合わせて『美味しい』と答えた。

「よかった! 」

「やった! 私のお肉いっぱい! 」

「あらあら、そんなに一気に口に入れないの。いっぱいあるからゆっくり食べて」

 笑い交じりの会話をしながらの食事、ビンセントがサリバンとの手合わせの日以降の決まった幸せな時である。


 稽古から宿に戻ったビンセントを見てその変化を感じ取ったカミラは、後日から彼女自身でビンセントの稽古をつけた。

 カミラの稽古。というより、内容を考えれば修行に近い。

コレを宣告された時のビンセントの顔は大きく引きつっていたものの、以前のように拒絶することはなかった。

 カミラとの再会でも、ビンセントの中で変化があった。

ミルとの出会いでもそうだが、彼の中には二人の守るべき者ができたからだろう。

 彼より格上の彼女等を、もしもの時は更に格上の勇者一行から守るべく、ビンセントは己を強化することを自ら望んでいた。

自分にそれだけの力が無ければ、もしもの時に何もできないからだ。


 ビンセントの一日。午前と夕は、カミラのトレーニングを受けていた。

その成果として、

「ビンセントのオーラ、だんだん形になってきてるよ。自分でも確認できるんじゃないかな? 」

「うん、少しづつだけど、認識はできてきたよ」

 ビンセントは総合スキルのオーラを身に着けていた。

 ビンセントが総合スキル『オーラ』を修得したのは、初めてサリバンと稽古をした後である。

そのオーラは修得条件のスキル値に達しただけで発現した物であり、無強化状態のそのオーラを、ビンセント自身が認識できなかった。だがこの数日で、ビンセントは自分のオーラを認識できるようになった。

「認識ができれば十分だよ。後はもう、ひたすら心とステータスの強化だね」

「私も手伝う! 」

「ミルはもう少ししたら手伝ってあげて」

「はーい! 」

「そうだぞ、もう少しというか、数年したらな! 」

「長いよぉ」

 協力的なミルに対して怖気づくビンセントを見て、カミラは堪らず笑った。

「少しづつだけどスキルとレベルも一緒に上がっていってるから、気長に続けてれば強くなるよビンセント」

「そうか、よろしく頼むよ」

「うん、それまではミルと私で守ってやるよ! 」

「守ってやるよ! 」

 両手を腰に当ててドヤ顔で決めるカミラの真似をして、ミルも同じセリフとポーズをとった。

それを見ているビンセントは二人のやさしさを受けて嬉しく思うが、同時に自分の無力さに苦笑してしまう。

(でも、いつか私達を守ってね)

 カミラの底抜けの笑い顔が何を思うのか、ビンセントが知るのはもう少し先だろうか。

「そういえばビンセント、この後サリバンさんに会うんだよね」

 カミラがサリバンからの手紙を持ってヒラヒラと振る。

「うん。俺って言うか、皆一緒にどうかなだってさ」

「私も行っていいの?! 」

「うん。でもミルはいつもの様におとなしくね」

「わーい! 」

「私も食品のお礼言いたいし、ビンセントとの稽古も見たいな。よし、成長見せてやろうぜ! 」

「そうだな、三人で行こう」


【リーゼル邸】

 貴族街の一等地ということもあって、それぞれの土地がだだっ広い。

人気の無さを言えば事件前から殆ど変わっていない。

 サリバンは自身の館の門前で待っていた。

向かって歩いて来るのは三人の若者。

 老人は目に映る若者達を見ると全身が疼いた。

「やぁビンセントさん、カミラさん、ミルさん。ようこそ私の屋敷へ」

 ビンセントはサリバンの館まで手紙に記載されていた土地所を地図と合わせて確認しながら来たのだが、貴族街という所に初めて入るので内心同様していた。

到着してみればサリバン本人が門前で待っていたので、驚きは表にまで出てしまう。

 動揺しながらもサリバンの手前まで行き、三人は揃って辞儀をした。

それに返してサリバンも辞儀をする。

「さぁ入ってください、華やかではないですがな」

 従者により門が開かれた後はサリバンの後を追い、門を抜けて敷地内に入り進む。

サリバンの後を歩いていると、後ろの門は従者によって静かに閉ざされていく。

 広い庭を抜け進み、館の中に入る。

屋敷には所々に細く装飾がある。下品な装飾は無く、全てが控えめでまとまっている。

 およそサリバン本人が華やかな物に興味が無いのは言われずとも、その姿を見れば分かる。

ビンセントは初めて見る上質な建物に感して思わず顔に出ているが、カミラはいつも通りで、全く以て平静である。ミルは言葉を発するのを堪えているが、きょろきょろと室内を見ている。

 広間の階段に近づくと、一人のメイドが待っている。

「おかえりなさいませ、サリバン様」

 おかえりなさいませ。という事は、サリバンは今日屋敷内にいなかったのだ。

(もしかして、ずっと待っていたのか……)

 ビンセントの読みは半分合っていた。

今日サリバンは城で会議があり、それが終わった後に役所の仕事を片付けて館の門前に着いた事になる。

ビンセント達を屋敷の門前で待っていた時間は、おおよそ十五分間だろう。

 門番をする従者はサリバンに対してメイド長に事伝えをすると言ったが、サリバンはそれを断った。

だから屋敷内の者達はその事を知らない。

「うむ。こちらの客人はビンセントさん、カミラさん、ミルさんだ」

「お初にお目にかかります。私はリーゼル邸のメイド長を務めております、ハンナと申します」

 ハンナは自己紹介の後、カーテシーによる挨拶をした。

 それに合わせ三人は辞儀をした。

「先のご案内を致します」

 ハンナがサリバンの前を行き、四人を先導する。

階を上がり、サリバンの私室の前まで来るとサリバンが後を継いだ。

「それではハンナ。ここで話をした後で離れに向かうが、誰であろうと近づけさせるな」

「承知致しました」

「その後裏庭へ向かうが、剣六本の用意を頼む」

「承知致しました」

 ハンナは部屋の扉を開けてから一歩退いた。

「さ、中へどうぞ」

 部屋の中に四人が入ると、ハンナが外から扉を閉める。

ビンセントが部屋内を見渡すと、小さい真四角の窓が一つついているのが見える。

明らかに書斎、寝室として使うには自然採光と換気が基準に満ちていない。

 明かりは昼間にもかかわらず、採光用で熱の無い魔法照明が灯されている。

書斎と寝室は大きなカーテンにより遮られているが、視覚を持っても完全に遮っているわけではなく、寝室が薄っすらと透けて見える。

 書斎の机は綺麗に整頓されており、読んでいる物であろうか、三冊の本だけが机上に置かれていた。

 ビンセント達の為の椅子が三脚、今の為に書机と椅子の後ろに並べられているようだ。

「さぁ、お掛けください」

「失礼します」

 三人共席に着き、サリバンも自分の椅子の向きを直して座った。

「あぁ、楽にしてくだされ。あなた方と私は無礼講という事でお願いしたいですな。公面じゃそうもいかんが今は、ね」

「いやしかし」

 ビンセントが後ろの扉を意識した仕草をするのを確認し、サリバンが言葉を返す。

「ここでは気にしなくてもいいですぞ。それにメイド長、ハンナは私の元部下で武官でした。秘密厳守は基本中の基本なのでな、心配せずとも問題はありませんぞ」

 本人が言うのだからそうなのだろうと納得するビンセントだが、高地位の人間との無礼講とは、遠慮が邪魔をして経験があっても慣れる物ではないし、ビンセントにはそういう経験も無かったので、思いきることがなかなかできない。

「区長――」

「サリバンでいいですぞ」

「サリバン――、さん。重なる恩賜感謝します」

「むぅ、堅いですな」

 サリバンと呼び捨てに聞こえるところまではサリバンも嬉しく思ったが、名前の後に『さん。』とビンセントが付けた後は少し肩の落ちる思いだった。

その様子を見て、カミラは日々の礼を伝えた。

「サリバンさん。市場の事、食品ありがとうございます。今日のお昼もそれで買った材料で作りました」

「おぉ、それは良かった。いや礼はいいですぞ、いずれ市場ごと全てあなた方の物になりますしな」

 礼を伝えるカミラとビンセントだが、サリバンからの返答はしっかり聞いていた。

しかし、一部が聞き逃してしまったように感じた。

 二人はその部分を思い返すと、確かにサリバンはそう言っていたのだ。

「はは、御冗談を――」

「――いや、本当に」

「……え、と……え!? 」

「冗談ではありませんぞ」

 ビンセントはサリバンとカミラを交互に見返す。衝撃的な発言なので驚きも無理もない。

廃れてるとはいえ国の市場、それも生命線である食の市場がいずれ自分達の物となると言うのだ。

 サリバンに対しての驚きは以上だが、カミラに対しての驚きは、今も変わらぬその平静さだった。

本当に揺るがないのだと、ビンセントは改めて思い直した。

「でもまぁ、今すぐではないですがね。流石に今すぐでは、残った全てを操るのは無理ですからな。でもビンセントさんなら、本当に国ごと喰ってしまえますぞ。ハッハッハッハッ! 」

 大声で笑うサリバン、ビンセントはカミラとミルを見て苦笑するしかない。――いまいち理解ができないからだ。

「しかし、本当にできますぞ。国は王も居らずボロボロ、今日国の会議があったのですがね、滑稽でしたよ。市場も薄れ、このままではいずれ本当に滅び行く国です」

「でもサリバンさんなら、何とかできそうな気もしますが」

「できますぞ」

 サリバンは迷いなく断言した。

実際地位的な事を考えても邪魔者はおらず、周りからの評価も悪くはない。

この状況、次期王になりたくばなれる。しかしサリバンにとってそんな事はどうでもいいことなのだ。

サリバンにはクロイス国に対しての愛国心という物が存在しない。

もともとこの国はサリバンの故郷ではなからだ。

「この区長という肩書き上、そんなことは言えぬが、私は位より主が欲しいのです」

 サリバンは根っからの騎士である。己の主に尽くす事が何よりもの願望だ。

「王などなろうと思えばなれるのです。私はあくまで一騎士、一軍人。私は仕えたいのですよ」

 サリバンの夢を聞くビンセントは何も言えないが、カミラだけはニヤニヤしている。

「この国自体はまだあるが、滅びてるといっても過言ではないのです。王位は下り降りる物だが、そもそも上がまとめて消え失せた。私を含む区長が占める区も、もはやクロイスの区とは言えないのです。じゃあ国民は? 国が無くなれば難民と化す。それを導くような者が現れたならば、民はおそらくついて行くだろう。その羊飼いを私は自分の主としたい」


 クロイス国。流れ者のビンセントとしてもその国は故郷でもなければ何でもない国だった。

だがサリバンの言う通り、今辛うじて国という形を保っているが、コレが崩れれば民は難民と化す。

 クロイスを故郷と者の事を想うと、少しいたたまれなかった。

 あの日の夜、クロイスに起こった事件を思い返した。

大臣が主犯で国に魔物を出現させた。確かに魔物は脅威であり、勇者一行の説明を聞いても心の恐怖は抜けなかったかもしれない。しかしそれでも、何故この国の人間がこれほどまで少なくなったのかは、ビンセントが思うに一つの疑問である。

 数日前にサリバンから聞かされた事がある。

自紺の起こった日から数日たった時、サリバンは出張から戻った。

サリバンは提示版や部下から情報を手に入れ、事件の事を知った。それから部下を数名引き連れてクロイスの崩れた城の調査をしたのだが、王を含めた大臣以外の者が全員死体として見つかっていたのだ。

 その日勇者一行のエリスはクロイス国の崩壊を告げていた。

ビンセントが考えるに、今のクロイス国の状態全て、第一にクロイスを滅ぼすという大臣の計画は半ば成功していたのではないかと思えた。

 今サリバンがわざわざ自分の屋敷にまで招いて自分達三人にそういう事を言っているという事は、サリバンはネスタ山を開拓した自分達を信用しており、国の立て直しの手伝いをしてほしいのではないかという事と、ビンセントは自分なりにサリバンの気持ちを汲み取った。


 サリバンはビンセントがそう解釈している事を知らずに、どんどん話を進めていく。

「察していると思うが、私は御三方を好いております。だからビンセントさんはクロイス国を喰って建国をすればいいし、私はそれに仕える。それが私の将来の夢ですな。ハッハッハッハッハ!! この年で、将来の夢とはな! どうです! 面白いでしょう」


  ビンセントの解釈は全然違った。

 サリバンは自分と国に、又自ら定めた主の反応に対して爆笑している。

「俺にそんな力ありませんよ」

 ビンセントは思わず一人称を『私』ではなく常用の『俺』に戻してしまう。

それを聞いてかサリバンも笑い止む。

「だからビンセントさんには色々と積んでもらわないと困りますぞ。

先ずは、民衆を頷けさせるカリスマ性が欲しいですな。ぶっちゃけると今のビンセントさんは心底心もとない」

 なんと言われても、ビンセントには苦笑いしか浮かばない。

「そう気に病まんでくだされ。カリスマ性は雰囲気、私達で言うオーラです。ただ心身とスキルを高め続ければいい。それは大きな引力となりますのでな」

「な、なるほど」

「それに初めて稽古した時にそれが宿り、それから数日間しか経っていないが、今日ビンセントさんを見た時は驚きましたぞ。成長が早い、あの時とは比べ物にならんものになっておりますな」

 褒められたことには素直に嬉しく、口元が緩んで視線がカミラとミルを通った。

それはビンセント自身の事では無く、カミラとミルの支えの事を褒められていると思っての事だ。

「カミラとミルのおかげです」

「ほぅ」


 サリバンはカミラについて、初めて会った時には察した程度だったが、今では確信を得ている。

カミラの容姿から見るにレベルが5。これはいい。非戦闘と考慮すれば、普通の少女であるならば釣り合う数値だ。

そしてこの雰囲気とスキルの無さ、全体的に無力と見て感じとれる。これも姿と釣り合える。

 だからこそおかしいのだ。

 ビンセントに付いて行き、ネスタ山のマフィアを壊滅するのに付いて行った。

およそその間何もしていなくても眼では死闘を見ただろう。

ビンセントが全てやったとしても、戦闘の雰囲気、血肉の香り、それを見て感じるだけでも経験値にはなる。それすらも、カミラからは経験値が感じられない。

それを経験してレベルが5。

 ありえないのだ、この絶対的無は。


(これが制御で行われているのであるならば、明らかに私より格上。カミラさんはやはり紅蓮のお方だ)

「なるほどですな、分かりました。早速ですが、庭にある離れ小屋に行きましょう」

 サリバンは席を立つと、用意を整え出した。

その様子を見て三人も席を立った。

「離れ小屋。そんな物まであるんですね」

「裏庭に在ります、ほら。窓から見えるあの小屋ですぞ」

 小さな真四角の窓から見える裏庭は、イメージするような庭ではなかった。

「と、闘技場を思いだします……」

 サリバンの言う裏庭とは、地には草や花が咲いているのではなく砂地で、四方の壁が隣地境界線の内側から高くそびえて、裏庭を囲んでいるという非常に殺風景な物だった。

 屋敷の正面門からだと、屋敷に隠れて見えず、周りからはそびえる壁により見えないという。更には魔法装置による防音や衝撃吸収も完備されている完全なるプライベート演習場だ。

 離れ小屋はそんな裏庭の角にひっそりたたずむ石造りの小さな建物だった。

「うむ。存分に励めますぞ。私も早朝欠かさず素振りをしておりますからな」

 その年で。どうやらサリバンに対しては、この言葉が意味をなさないようだ。

「なるほど、劣らぬ理由を知りました」

「まぁ老いには勝てませぬが、では参りましょう。離れにはハンナが菓子と水と紅茶を運んでくれますぞ。食べたり飲みたければ、自由にして構いませんのでな」

 サリバンが私室の扉を開けて出ると、ハンナがお辞儀をして待っていた。

「それでは、参ります」

 ハンナが先導して階段を下り、屋敷の裏口から裏庭へと進む。

そこにはもう一人のメイドが、タルトやクッキー、水と紅茶を乗せたサービングカートの前に立っており、皆に挨拶をした。

「ありがとう、レイス。ここからは私が引き継ぎます」

 レイスと呼ばれたメイドがサービングカートから引いてお辞儀をすると、ハンナがそれを引き受け、カートを押していく。

 壁に囲まれた闘技場を思い出す光景にビンセントは、裏庭を歩きながら周りに目を渡らせた。

「おぉ……」

 口から洩れるは懐かしさと、高くそびえる壁という物理的圧迫感による心の感想だった。

裏庭自体は稽古や演習をするには十分すぎる程広いが、開口の無い代わりに異常な圧迫感を漂わせる壁が囲むこの裏庭という名の空間は、訪れた者の中で好き嫌いが出る。

 先導するハンナに付いて歩き、離れ小屋に到着した。

 小屋としては大きな物だが入口扉以外無開口で、おまけに石造りであるから、裏庭に付け加えてその重圧感が凄い。

 そんな重苦しい所ではあるがこの離れ小屋と呼ばれる場所は、サリバンの私室と比べてもプライバシー防御力は高い。ここで話される会話が、当事者さえ喋らなければ外部に漏れることは無いだろう。

 ビンセントは離れ小屋の隣に設置されている物に注目した。

「あれ、上から見たときはなかった気がするが」

 ビンセントの目先にはスタンドに立てかけられた六本の剣だった。

「こちらは私が用意させていただきました」

(え、俺が見た時に無かったんだから、一体いつの間に……さすがは元サリバンさんの部下)

 ビンセントを困惑させたハンナがカートを止める。

「ご苦労だったハンナ、もういいよ。ありがとう」

「失礼致します」

 ハンナが去っていくと、サリバンが小屋の鍵を開け、扉を開ける。

「ここは今日まで私だけの空間でした。誰も立ち入らない場所でしてな。今日から例外として御三方にも入ってもらいます」

 固唾を呑むビンセントと違い、離れ小屋に興味深々なミルは室内を覗き込んだりしていた。

サリバンがサービングカートに乗った茶菓子を持つと、一番最初に暗い小屋に入っていく。

「どうぞ入ってくだされ。ここは誰も知らない場所ですぞ。存分に語り合いましょうぞ」

 カミラの表情は変わりないが、ビンセントを見上げた後、ミルに目線を移す。

(分かってるカミラ。ミルの事は俺達だけだ)

 わかってると、ビンセントはカミラを見返して頷いた。


「失礼します」

 ビンセントとカミラから少し遅れて。

「しつ、れい、します! 」

 リーゼル邸に来てからミルが口を初めて開いた。

全員が中に入り終えると、サリバンは小屋の扉を閉めたて鍵をした。

 屋内は暗闇。自然光が無ければ魔法照明の光も無い。

そんな時、暗闇の中からサリバンの声が聴こえた。

「私は、ここでは火を使うのですよ。魔法は便利だが、火の明かりも良いいいでしょう」

 カチッカチッと火打ち金の音が聴こえる。

火花が飛び散った先は、あっという間に燃え広がる。

「うむ。やはりたまには松明もいいだろう」

 油の滲み込んだ部分に火が移り、他の壁掛け松明にも火を移していくサリバンは、火の明かりを見ると満足気に頷いた。

「明かりができましたぞ、これが『人の業』です。さぁ、席についてくだされ」

 サリバンはどこまでも人間だった。魔法は必要最低限しか持たない。

サリバンに誘われた三人は小さな円卓の席に着いた。


「あなた方が何者であれ、私はあなた方の見方でいますぞ。理由は沢山ありますがね。さっき言った通りの将来の夢の為、古き時代の終わりから新しい時代へ移行する為、あなた方の時代の為、ビンセントさんは私の王となる。クロイスという国は最早無い、新しい国を創る、建国をするのです」

 話がよく分からないミルは、ビンセントとカミラの方を見てじっとしている。

ミルだけでなく、ビンセントとカミラも口を開かずにサリバンに耳を傾けた。

「あなた方も知っての通り、この世界には魔王を倒した勇者一行がいる」

 カミラはミルの方を見た、ミルもその視線に気が付いて頷いた。『勇者』という言葉が出た時点で、ミルはもう分かっていた。

(私が今やることは、じっとしてる事! )

 ミルは気合が入ったのか一度大きく鼻息をフンスッと鳴らし、サリバンは真剣な顔で三人に語り続けた。

「勇者一行とは、ルディ・ノルンをリーダーとし、続くエリス・エデン、ノース・エンデヴァーの三人のことです。私は魅かれました。そう私はルディ・ノルンに魅かれた、そのどこまでも人間という事にです。私以外にも勇者一行に魅かれた者は数多い、それは良くも悪くもですがね。実際私の副将べド・サイモンは、ルディのカリスマとエリスの『力』に憧れて狂った、おそらく。カミラさんは知っているのでは? 」

 カミラはサリバンの露骨な話振りを受けると、ビンセントを見て微笑んだ。

(ばれた、別にいいけど。ちょっと試そうかな)

 ビンセントも苦笑を浮かべて表情で返すと、カミラは一息ついてから言葉を返した。

「べド・サイモンは、……聞いたことのある名前ですね」

 本人の口からそう発せられているのだ。

話を振った張本人にもかかわらず、サリバンの冷や汗は止まらない。

 どこから、これ程の圧力が出るのか。と、言葉を返しただけでこんなにも雰囲気の変わるカミラを見てサリバンは思った。

 別に圧を掛けているつもりは無いカミラは、今から少しサリバンを試すために圧をかけようとしていた。

(『力』とオーラ全開――、一瞬だけ)


 カミラが受けたエリスからの贈物は力。

創りたければ創ればいい。

高めたければ高めればいい。

限があるなら壊せばいい。

満足が無ければ無限。

『力』とは無限の力だ。


 カミラの圧を受けたサリバンは、精神が取り返しのつかないコキュートスにまで堕ちている。

それでも人間。人間は人間を想う、ルディはサリバンが思うに誰よりも人間で、正に人間という種の代表と思えたのだ。

 本質として種の確実なる保持を望む。サリバンが魅かれたのはそれだった。

 だがどうだろうか、目の前の勇者達の能力『境界』と『力』を前にしてその能力者を主と、自身の仕えるべき王として見え無いはずがない。

 元老兵、それは魂から忠誠を尽くす現老騎士となった。

 ビンセントのきり拓く未来の可能性とそれを押すカミラの力、又そんな二人が愛するミルという存在に、老騎士サリバンは絶対の忠誠を誓う事となった。


 一瞬だけ『力』と『オーラ』を解放したカミラは、すぐに制御で元に戻した。

 レベルがわずか5と表示される『紅蓮の少女』基『紅蓮の闘神』は何を思うのか――。

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