16話 『沈黙の狼煙 2』
【ガルド 第三砦】
第三砦。
それはガルド国を多数に重ね守る砦の中で一番城に近い砦。
ガルドの敵となる者の手がここを抜ける事は無かったが、ここを抜けられれば国の城を敵の手に触れさせる事になる。第三の砦は最終砦となっている。
この国の形を見ればわかるが、城に一番近い第三砦が必然的に最後の砦なのだが、そこまで重要視されたことは無かった。
戦争時代に最重要視されたのは、第十八砦と第十九砦による国外壁部と、国境間の第二十砦、第二十一砦だ。理由は、戦をする場所は決まって外部であり、国に攻め入られても、戦場は外壁の砦だけであるから、そこに最も戦力が集結し、敵を迎え撃っていた。
城を守る様に固められた砦の層の様な国の形だが、ガルドの民の考えでは、城を守る必要は無い。
何故ならこの城は、魔物との戦争が起こる前から城主基王は居らず、空っぽの古城なのだ。
その為にガルドの民や兵士達は、あの古城を何か全く謎の遺跡として見ているだけである。
何にも使われていない古城を、砦の層が、この要塞が、この大きな古城を守る様に建設されている。
この過剰なまでに守られている古城の訳を、今を生きるガルドの者達に知る術はない。
そんな何もない古城に多くの魔物は、辺りを襲い壊しながら向かっている。
第三砦の前面を、一人の男が馬に乗って駆けてきた。
大きな槍を持つ大柄な男。兜は被っておらず、男の朱色になびく髪を見れば、知っている者ならばそれが誰か分かる。
臨戦態勢に入った第三砦に向かって朱髪の男が叫ぶ。
「悪いッ!! 兜忘れちまった――! 誰か貸してくれ―――ッ!! 」
大きな叫び声は、巨大な砦の中から多くの人々を寒空の下に出させた。
「またでありますか! ガンツ様!! 」
「いやぁ、大きな声では言えねぇけどよ! 正しくは失くしちまったらしぃんだぜジース! 」
「いや、十分大きな声で聞こえました!! 兜投げるので少々お待ちを! 」
失態を大きな声で部下に伝えると、緊迫した砦からどっと大勢の笑い声が漏れ響いてくる。ジースという小柄な男が、周囲の笑い声と入れ替わって砦内に入り、暫くすると砦上部から兜を下に投げた。
「おしッ! 助かるぜジース! お前の腕も衰えてないみたいだな、まっすぐ飛んできたぜ! 」
「まさかこの為に兜失くしてきたんじゃないでしょうね」
「ちげーよ! 今日は緊急事態だ!! 数年ぶりの魔物だぜ!! 気合入れろよお前ら! 」
懐かしいやり取りや雰囲気を受け、砦からは笑い声が続いて響く。
ガンツという男が来る前の、さっきまで身内や友を失い、その悲観に暮れた者達はどこへやら。曖昧な覚悟を捨て、者達は密かに真なる覚悟を芽生えさせていた。
この者達は、朱髪の男ガンツの元部下である。
それだからこそ分かる者もいる。
自分の元主、否。現主の想いも。
「ジース、一式揃えて俺に付け。メル、ケスラ、リクトルもだ。一式と馬五頭の用意だ。一人拾ってきたい野郎がいる。他の者はヤクトとサドの下、砦で対空戦だ。シャドウバードも多いが、目玉とハーピーもいた。用心しろ」
ガンツは槍使いの武人であった。
第三砦の最高責任者となったものの、敵の来ない第三砦に退屈していた。
そんな時は第三砦を放り抜け出して、数多の戦場を、選抜した部下を引き連れ攻めていった。
ガンツの槍は早くて重い。ガルド国内で槍士として、彼の右に出る者はいない。
それを支える部下も非常に優秀で、失えば代わりは利かない者達だ。
ガンツが熱く信頼を寄せるのはジースという小柄な青年。
彼は弓士で短剣も扱い、隠密スキル、付与魔法、耐性スキルを巧みに使い、止血程度だが回復魔法も扱えるガンツが背中を任せる人物としてジースはいる。
メルは暗術の使い手、ケスラ、リクトルの二人はガンツに続く槍の使い手。
ガンツはそんな部下を再度集め、戦に出ようとしている。
「ガンツ様。お待たせしました! 」
ジースは一頭の馬を別で連れ、その後ろに三人が続く。
「おう、悪いな。……こんな話しちまうけどよ」
四人はガンツがこれから言う言葉を、大よそ察する。
「覚悟……できてるか? 」
察した通りだ。
「そんなの、何年か前にあなたの部隊入った時からできてますよ」
ジースが言った。
「ジース様の言う通りですよ」
後ろの三人も笑いながら続ける。
笑う部下だが、正直ガンツは笑えなかった。
第三砦の西にある自分の館から、ガンツは見たのだ。砦壁内から魔物が一斉に湧き出してくるのを、そして魔物の大群の中央から、絶対的な力を感じたのだ。
ガンツは震えた、武人としての武者震いではない。
正真正銘の恐れから出る震えが、百戦錬磨の元将から出てしまった。
だがそれも、別の物を見て震えがようやく止まった。
好敵手であり、親友ハーベルクの館の朽ち果てた姿。そして彼の能力である毒の違いを見て、ガンツは覚悟を決めた。
「第四砦のあいつも、決めたらしいからな覚悟を。俺がしないんじゃぁ恥もんだぜ」
親友の毒を見た瞬間、ガンツは兜も忘れ鎧を身に着け槍を持ち、馬に乗って駆けだした。
額を伝う汗が止まらない。道を行くゴブリンとアンデッドの群れ、その中央にはイビルナイトの姿もあった。
しかし彼が恐れた者はそんなモノ共ではない。何か、別の者がいるのだ。
「お前ら、きっと今回は今までの戦とは違う。どうやら魔物共、この数年でかなりやばい奴を生んだらしいからな」
四人の顔が変わる事は無い、ぶれない精神を持つ者達。
「命、貰うぜ」
その言葉を聞いてジースは短剣を抜くと、ガンツの頭上にかざした。
三人もやれやれと頭を横に振り、槍を、剣をかざす。
「言ったでしょう。そんなのは元からあげてるって」
部下の言葉を聞いたガンツは、込み上げた笑みを浮かべる。
「お前らぁ――最高だな!! 」
ガンツが自分の槍を天に向け、全ての武器が重なる。
「死んだらその時だ!! いくぜ野郎ども!! ィヤッホォ――ウ!! 」
「ィヤッホォ――ウ!! 」
叫び、ガンツ騎馬隊は駆けだした。
盛り上がる砦の下を見て、砦内部の部下達も笑う。
外にまで漏れる笑い声、そんな笑い声に見送られて、槍使いの英雄の部隊は、寒い夜の戦場に駆けだした。
主の出撃を見送った第三砦は、防衛の専門、ヤクトとサドの双子の下、その直属の部下と共に砦の開口部、主要部にプロテクトとバリアを張る。
またオールガードを使用できる者は各開口部に配置され、もしもの時はオールガードを使用して持ち場を守る事となった。
【ガルド東部】
毒を纏う男が一人、魔物がうめる道で乱戦状態となっていた。
街の住民も武器を取って戦うが、昔とは桁違いに強化されている魔物に対しては無力だった。
結局この乱戦の中で生き残っている人間は、ハーベルクを含め、数えるくらいしか生存していない。
それに対して魔物の数は無数、駆け進む事ができない。
(なかなかに多い)
毒を纏うハーベルクの後方からゴブリンの槍が襲うが、それを毒で受けて去なす。
「フンッ」
振り向きざまに、左手に持った剣でゴブリンを貫く。
「ぴイィギぃイャ―――!! 」
ゴブリンの絶叫も周囲の唸り声に溶ける。
ハーベルクに刺された部分は溶けて大きな穴へと広がり、開口周りが瘴気を上げて勢いよく溶けた。
(ぬぅ……毒対象を魔物のみにしたが、一人一人明確に解除せぬと、確実ではないのが痛いところだな)
ハーベルクは苦い顔をしていた。
自身の毒の効果対象から魔物以外を解除したが、毒を広範囲に解放した際に、ガルドの住民を、十数名内一人を巻き込んでしまったのだ。己が確実に対象から外さねば、自身のスキルで人も殺してしまう。
この乱戦状態、なまじ見方がいると、広範囲の毒はもう使えない。されど魔物の数は無数。
(やりずらいな)
ハーベルク一人の方がまだやりやすいが、そうもいかない現実に苦心していると、前方のアンデッドの群れの中から、高い声の、若い男の叫び声が聞こえた。
「ハーベルク様!! 第四砦軍団長ハーベルク将軍でありますか!! 」
「そうだが! 貴様は誰か! 」
ハーベルクは跳び込んできたアンデットの両手を斬り捨てて返答をした。
その返答を受けて、若い男も乱戦状態で会話をこなす。
「私は第五砦軍団親衛隊ユミルです! 」
ユミルは、ハーベルクによって両腕を失ったアンデッドの首を背後から刎ねた。
「第五砦軍団長レニー将軍は戦死! ハーベルク将軍の下で行動いたします! 」
ユミルは似ていた。自身の館で、毒により腐死した部下ペイルと重なってしまう。
(あいつも昔こんなふうに、いきなり現れたな。たしか第九砦軍団長が――、とか言ってな)
ハーベルクはユミルに対して何もいう事は無い。ただ闘うのだ。国はもはや堕ちている。人間のほうが圧倒的に少なく、退路の無い、死が確定している負け戦なのだから。
ハーベルクとて生き延びる事は考えていない。
ただ戦いたいから戦っているに過ぎない。
それを、このユミルという青年は分かっているだろうか? もはやハーベルクにはどちらでもよかった。
「よい! では道を突破し中央へ向かうぞ! 自身の芯の下で闘えぃ!! 」
いう事を探したが、それしかない。自身の下で闘うのだ。
「ハッ! 」
ユミルという青年を見ていると、彼に対して、何かできることがあればしてやろうと考えた。
それが、少し闘って妻のもとへ戻る際の、妻への話土産にでもなればと、それがハーベルクの想いである。ただ、己の現世での未練を言うならば、
「俺はデュラハンを討つ! 必ずやこの戦場にいる!! この先にいる!! 」
デュラハンをこの手で討ちたい。
自身の自己満足の為、自分の腕を奪った者を、自信を負かした魔物をこの手で葬ってから妻のもとへ逝く。それがハーベルクの現世でやっておきたい事、又できなければ未練として残る物と言えるだろう。
「付いて行きたければ付いてこい! 強要はせん! 」
「ハッ! 」
ユミルは若く強い剣士だった。
戦争が終わった後でも、日々の鍛錬を怠らない者達がいた。
安心なんてない、またいつか戦争が起きる。
魔王が滅びても戦争はやってくる。
そういう考えの中にユミルもいた。
剣の腕は変わらないどころか伸びているのだろう。
だからだろうか、今現在、こんな地獄の中でもユミルは笑っていた。
(ユミル……若く強く、伸びしろもある、野心もな。惜しい事だな)
ユミルの頭にはおそらく敗走はない。隻腕のハーベルク、沈黙のハーベルクを知って近づいたのだ。
自身の安全の為、自身の未来、野望の為に。
「ハァッ!! 」
待っていたとばかりに、自身が強者と認める沈黙に、己の武を見せる。
「心強いぞユミル! 」
ハーベルクにそう言われ、ユミルの笑みが一層深くなる。
「その御言葉! 歓喜の極み! 」
量が量故にゆっくり進行する魔物の大群との交戦は続くが、量で圧殺され、この道で残っている人間はこの二人以外にもういなかった。
辺りから生存者の気配がしない事にハーベルクは気が付いた。
(周りの交戦の音が消えた……俺ら以外は全滅か)
見ては分からないが、音を聴けば確実に分かる。この大通りの中に、魔物達の攻撃対象者が二人しか残っておらず、戦闘の音も自分達からしか発せられないからだ。
しかし、それはハーベルクにとって好機だった。
(その方がやりやすい)
ハーベルクは能力を解放した。
「ユミル! 俺の後方へ下がれ! 毒を使う、お前は対象から解除したが、もしもの時がある! 急ぎ下がれィッ! 」
「ハッ! 」
ユミルは冷や汗を搔きながら目を見開いてハーベルクと魔物を見定めた。
ハーベルクを瘴気と毒が包む。
「道を開けろォッ!! 」
ハーベルクが剣を納め、正面の群れに素手で突っ込む。
左手に空気も溶ける毒を貯め込み、それをアンデットの頭部に勢いよく叩きつけ、毒が流れ出る。
ハーベルクの左手から発せられるのは毒の激流だ。
毒は魔物の肉体を溶かして新たな毒を作り、絶望の後の沈黙は増殖していく。
津波のような毒がガスを噴き出しながら魔物を襲う。
「凄い! 凄い!! ハーベルク様万歳!! 」
その光景を見て思わずユミルは狂気して叫ぶ。
しかし、ハーベルクの表情は危機感を漂わせていた。
(おかしい、俺は全力でやった。魔物が毒の耐性を持ったというのか、奴は仕方ないとし、アンデットやゴブリンで耐性を得たというのか……)
ハーベルクは満身の力を込めて毒を放出した。街路上の魔物を全滅させる気だった。
しかし実際溶けたのは、デュラハンの陰に操られたイビルナイトを除く前方の数十体。
それでもユミルからすれば狂喜乱舞するに価する攻撃だが、ハーベルクの思っていた通りにはならなかった。
まっすぐな街路、前方を覆っていた魔物は消滅したが、遠くに半壊の魔物が生き残っている。さらに奥では、毒は届いてすらいなかった。
「行くぞユミル! 」
「ハッ! 」
走りながら考える。半壊した魔物にもう一度能力を使おうとしたが、ハーベルクは自身の左手を見るばかりである。
(こんなことは、初めてだ。こんなことが、あるのだな)
「どうされましたか! 奴らにとどめを刺し、ハーベルク様ならば、先の魔物も壊滅できましょう! 」
ユミルはハーベルクを称賛し、期待をしたいた。
しかしハーベルクからは毒が出なかった。己の能力『沈黙』が発動しなかったのだ。
「……俺はどうやら、毒が抜けてしまったらしい」
ハーベルクの言葉を聞いたユミルの表情は固まっている。
「俺はもう毒は使えん。ここからはこの剣一本で行くとする」
「な、何故でありますか、ご冗談……を――」
ハーベルクの目を見たユミルは押し黙る。
「ハーベルク様なら、毒無くとも何にも問題はありません! 付いて行きます! 」
ユミルの表情は少し引きつっていた。
特異点を失った沈黙の能力者は、ただ隻腕の騎士に戻ったのだ。
ハーベルクはそれを受け入れた。今更どういう事でもなく、そんな事は大して問題ではなかったからだ。
「進むぞ、先のイビルナイトには注意をしろ。ただのイビルナイトではない」
「ハッ」
遠くに四体のイビルナイトがかたまっている。
路上のアンデットとゴブリンにとどめを刺し、毒を受けていない魔物が行く手を阻む。
「毒無くとも、貴様等には負けん! 」
ハーベルクはオーラと付与魔法で強化された剣で魔物を薙ぎ払う。
この場、数分前と比べて敵の数は確実に少ない。だがそれは、物量とはまた別の難を生む。
それはハーベルクも手をやいた。
(アンデッドは三十体程度……操られたイビルナイトが四体、団体相手はきついな)
ユミルは当然、さっきまでの余裕がかき消されている。
「こ、こいつら、なんでこんなに素早いんだ!! さっきまでとはッ! 」
それもそうだ、道中がアンデットで埋まっていたのだ。肉体能力が強化されたアンデッドとはいえ、動きが殺されていた。しかし今は自由に動ける。
ユミルもこのアンデット単体からの攻撃はかわせる。
だがこのアンデットが二体の様な複数、それも視界内からでギリギリ防ぐ事ができるが、死角からの攻撃では防ぎようもない。
「僕がこんなところでぇ! 」
何処に向けるでもない怒りがユミル自身の体を操り、アンデットを斬り裂き駆けだす。
「どけぇッ!! 」
ユミルの姿を見て、やれやれと首を振るハーベルクだったが、ユミルが駆ける先の横路地から、イビルナイトが体を覗かせているのが見えた。
「ユミル!! 右だ! イビルナイトだ! 」
「イビルナイト!? 」
前にかたまる四体のイビルナイトとは別で、細い路地から現れた漆黒の鎧。
一歩カシャンと踏みでると、ユミルめがけて駆けだした。
イビルナイトは走る勢いのまま剣を生成してユミルを襲う。
「グッ!! 」
ユミルは凄絶な顔で影の剣を受ける。
彼が経験したことの無い剣の重さと勢いに、受けることはできても、受け止める事はできない。
(手が、手が……僕の、震えている! 僕の剣が震えて――)
受け止められず、力と精神の差で剣は圧されている。
それに囚われてしまったユミルは、イビルナイトの蹴りを腹にまともに喰らい、そのまま後ろの壁に叩きつけられた。
ユミルを守っていたプロテクトバリアは、アンデッドに容易く破られており、張りなおすのはいいが、それがイビルナイトに対して通用する訳も無く、攻撃を受けた腹部の装甲は大きく拉げて、脱ぎ捨てたほうがましな物となった。
「おぉぉぇぇええぇえ――――!! 」
意識外の攻撃を喰らい、何が起きたのか、何故今自分は血混じりの吐しゃ物をまき散らして悶えているのか、それが分からなかった。
「ユミル! 」
ハーベルクは囲むアンデッドを斬り捨ててユミルに駆け寄ろうとするも、ユミルに今一番近いのは一体のアンデットだった。
「ガァアア――ッゴホッゴホッ」
未だ地に転がるユミルをアンデットが襲う。
「ヴゥォォ……」
アンデッドは唸り声をあげながら、辛うじて剣を手に抵抗するユミルの腕を掴み、地に叩きつけた。
「ぐあぁ――ッ! 」
アンデットの力は自身の肉体構造の限界まで出され、装甲を砕き肉を潰した。
ユミルの拉げた鎧を剥ぎ取り、アンデットは餌と化した肉を目の前に、口を大きく開く。
「ふ、ふざけるなッ! 」
残った手を腰に回して短剣を抜き、アンデットの頭に突き刺すと、力を入れて頭を砕き、ユミルはアンデッドに食い殺されずに済んだ。
満身創痍となったユミルは壁に手をつき、体を壁にへばり付けて立ち上がった。
ユミルに追撃をせんと襲い掛かる、別のアンデッドに追い付いたハーベルクは、そのアンデッドを殺した。
ハーベルクもわずかに傷を受けている。残るアンデットは四体、近づくイビルナイトの剣をかわし、強化した一撃を漆黒の鎧に与える。
だが刃は通らず鎧は斬れない。
(影を抜かねば斬れんか)
後ろでモゾモゾ、壁を伝いに動く者に目を向ける。
(ユミル……よくやったな)
瀕死のユミルを横目に見る、彼は壁を伝いながら先へ行こうとしている。
「ぼ、僕は、まだ……死ねない。こんなところ……で」
動くユミルにイビルナイトが反応している。イビルナイトの足元の影から数匹何かが飛び出した。
「シャドウバード! 行かせん! 」
イビルナイトの足元の影から出現したシャドウバード三匹の内、二匹は斬り殺せた。
残り一匹はユミルのもとへ行くと、ユミル影に浸食していく。
「あ、あぁ、あ」
ユミルは地面に崩れ去り、影は無残に食い散らかされたシルエットに変貌していく。
影を喰われたその部分は、その影と同じ様になった。
満足したのか、シャドウバードはイビルナイトの影へ帰っていく。
ユミルの影を食ったシャドウバードを取り込んだイビルナイトの影は、夜の暗い中でも分かる程に、一層濃くなった。
「若い芽を摘み取って、安心するなよ! 」
ハーベルクの剣は小さく弧を描き、流れるようにイビルナイトを通り過ぎた。
切断されたイビルナイトの手首からは影が抜け出す。
ユミルを喰った鎧内の影は、さっきより凝縮されており、手首の断面から影が抜け出るその様は、
影と言うより血液が流れているかのようだった。
地に流れ落ちた影は、主の元へ帰るのか、そのまま地に染みこむ。
片腕を切断されても構いなく、イビルナイトは剣を生成して襲ってくる。
それを見てハーベルクは後退をしようとした、しかし――
「――む!? 」
ハーベルクの足元には影があった。そこから延びるのは、ハーベルクの足を掴むアンデットの手。
前方にはイビルナイトが振り下ろす大剣、周りを囲むは残りのアンデット。
危機的状況だが、ハーベルクは状況を力で圧した。
「なめるな! 影の抜け始めたお前はもう負けている! 」
イビルナイトの大剣を受けて動きを殺し、もう一方の手首も切断した。
漏れ出る影、抜ける力、ハーベルクはそのまま黒い装甲を破り、影を放出させる。
「ハァッ! 」
地で己の脚を縛るアンデッドの手に剣を突き立てて自身の足を解くと、後方のアンデットを蹴り飛ばし、剣を引き抜きそのまま首を刎ねる。
正面からもう一体のアンデッドが跳び出す。瞬時に発動させたオールガードにヒビが入る中、バラバラになるアンデットの後ろから、待っていたとばかりに三体目がハーベルクを狙う。
両足を刎ねたが、攻撃の勢い止は止まらない。首を刎ねたが胴は向かってくる。腕を切断したが、腕はハーベルクのオールガードに突き刺さっていた。
空中でバラバラになるアンデットの体、そこからパーツは地に落ちるものだと思っていたが――
「――グッ……」
ここにも死角の攻撃という物が存在した。
半分灰になったバラバラのアンデットの腹から、もう一本のアンデッドの腕が伸びている。
それはオールガードを完全に貫き、ハーベルクを突いた。
決して傷は深くはない。しかし、最大の防御をアンデットに破られたのは、今日で何度目だろうか。
ハーベルクの体は、既にいくつも傷を負っていた。
正面の崩れた灰塊からまた腐った様な同じ顔が見える。
昔では考えられなかった、魔物の中には高い知識を持つ者もいたが、アンデッドが連携を取るなど考えられなかった。
腹に浅く刺さった亡者の爪が視線を落とすと見えた。一歩後退してそのアンデッドの頭を刎ね、イビルナイトの鎧共々同じく闇夜に溶けていった。
周囲は静まり返り、ハーベルクは深いため息をついて、道端の死体にまで歩み寄った。
「……ユミル、休め」
街路で散る若き才能。
もう少し時があれば、彼は英雄になっただろう。しかしもう死んだ。
その事について不幸を上げるのならば、ここにいた事だった。
(先を急ごう――)
ユミルの死体から視線を外して先を見ると、数体でかたまっていたイビルナイトの姿が見えない。
(イビルナイトの姿が消えた、獲物を目の前にして、何故――)
ハーベルクは訳も分からず全身の力が抜けて、地に膝をついていた。
前方を見ると、一匹のシャドウバードが広場の方へ飛んでいく姿が見えた。
そのシャドウバードは、どこから現れたのか。
ただ、ハーベルクはそのシャドウバードを見て気が付いた。
シャドウバードに本来ない『毒気』を感じ取り、今現在自分の力が抜け、膝を折って地に臥せている理由も、能力の毒が抜けた理由も気が付いた。
(あいつ、俺から飛んで出やがったな……。俺の能力だけを喰ったのか。能力を盗るなんざ、今まで聞いたことが無いがな)
ハーベルクはユミルの様に肉体を食われている訳ではないが、能力を食い奪われた。
シャドウバードは対象の影に浸食して捕食する魔物であり、『能力』なんて、能力者の影を捕食したとしても奪える物ではない。
シャドウバードにそんな能力が無い事は知っていたし、逆に能力やスキル、付与効果を奪う魔物の存在をハーベルクは知っていた。
(デュラハンのドレインか。シャドウバードに付与させていたんだな……)
仇に右腕を、大勢の仲間を奪われ、今度は能力を奪われた。実に腑に落ちない。
ハーベルクにはアンデッドに付けられた傷が体に数ヵ所ある。
影を操ることができるデュラハンであれば、他の魔物に自身の影を忍ばせることも可能だろう。
(奴が操ってるなら可能か、アンデッドやイビルナイト、奴らの武器に乗じたのだろう)
腹から滴る血液は月明りに照らされて黒く見える。
ハーベルクは手の平で腹を抑えると、左手に魔力を集中させる。
(止血程度だが、十分だろう)
回復魔法によりハーベルクの腹の穴は皮膚に塞がれた。傷跡は醜いが、止血はできたので問題は無い。
確実に死ぬ体が酷くなろうと、ハーベルクは気にせず、それよりもデュラハンの存在に確信を持てたことに喜んだ。デュラハンに再度対峙することが叶うかもしれないからだ。
(血は治まった、先へ行こう。奴がいる)
【ガルド第七砦】
ガンツを先頭に、騎馬隊が魔物で埋まる街路を突っ切る。
「ソラソラソラァッ!! 」
各々が振るう武器で魔物を切り裂いておし通る。
飛ぶ血、飛ぶ灰、飛ぶ魂、それらを斬り捨ててガンツ騎馬隊は進撃を続ける。
「中央はもうすぐだ! このまま突っ切るぞ!! 」
たとえ戦友の為に連れてきた馬を失おうとも、仲間が一人死のうとも――
「おう!! 」
――ハーベルクと合流して元凶を討つ為、それが叶わぬとしても、武人として大将と一戦交える為に、武人達は戦場を駆ける。
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