12話 『老人の眼』

 早朝。ビンセントは一人宿の部屋を出る。

(一人行動って久しぶりだな、早く済ませて戻ろう)

 カミラとミルの二人には宿で待っているように伝えており、転職の条件完了報告を目的に役所へと向かう。

(俺の空間内の盗賊は今どうなっているんだろうか。腹減ってるのは間違いないだろうが……、まぁ何でもいいか、早いとこ済ませよう)

 盗賊の死は別にどうだっていいが、あれから何も境界内で飲まず食わずで飢えている盗賊の姿を想像すると、幼い頃から飢えが隣り合わせだったビンセントとしては、少しばかり盗賊に同情をしてしまう。

 宿を出ると、街は相変わらず人気がない。早朝だからという事では無く、見慣れたいつもの光景である。

(ここで商売かぁ、雰囲気がな、まぁ何とかなるでしょ。資材あれば)

 昨日も役所を出た後、カミラとミルも一緒に三人で周辺を散策してみたが、相変わらずいつも通りである。

 夕食にデリツィエに行ってみると、ビンセント達三人を馬車で送ってくれた商人トマスが、店のディナータイム前に雑巾で店内の拭き掃除をしていた。

 三人の顔を確認した瞬間に掃除を終えて、トマスは道具を片付けて奥に引っ込んでいった。店長が言うにはトマスは、

「私が言うのもなんですが、当分は私の元で修行してもらいます。腕は悪いですが、食に対しての熱意はありますのでね。そこを買いました。オーナーへの挨拶は当分先ですね」

 との事だが、トマスの夢への一歩前進は、無事デリツィエに受け止められたらしい。

そんな事や世間話を店長と暫く話した後に、ビンセント達三人は宿に戻る道を歩いて行った。

 賑やかなのはデリツィエだけで、あたりは静かである。ここが少し前まで商店街中心地と言われていたのが噓のようだ。

 ビンセントは昨日の事を思い返して、通りを見ながら役所に向かうが、どこをどう見てもやはり様子は変わらないので、何の気も無く空を見上げた。

(なんか、今日曇ってんな)


【サラスト区役所】

 カンノーリは自室である鑑定事務所に入り、魔法照明をつけると溜息をついた。

 他国軍暗部の依頼の前金、騎士姿の男は金の延べ棒で支払ってきたが、物があまりに多い為、机はおろか金庫にも収まらない。

「……困りましたね。コレは。」

 白髪頭のカンノーリは、昨日ミルの記憶に潜ったおかげで、精神的死を迎えそうになったのにもかかわらず、その事はそっちのけで、目の前の問題に頭を悩ませていた。

(金、価値が確かな物なんですが、延べ棒で支払ってくる人は久しぶりでした。グローザ国のような通貨で支払ってくれればかさばらないのですが、まぁ私には向いてませんか、コンパクトすぎて何度かなくしましたし)

 台車で運ばれてきた金塊。カンノーリはどう考えても困るのだった。

(隠す場所、本棚くらいしかありませんね……、こんな時、ビンセントさんは本当に便利な能力をお持ちですね、正直うらやましいです)

 この事がばれては追放か、国が機能していれば処刑物だが、そんな暗部の依頼も本人は悪気は全くなく、本気で仕方なくと思いながらこなしている。

(もうじき、来られますねビンセントさん。今日の予定は……、今日の予定は、終日ビンセントさんで埋まりますね)

 カンノーリは上着を脱いで、帽子と共にかけると、机上や床に置いてある金を本棚へと汗を流しながら移した。物が物だけに、かなりの重量がある。よく肥えた体にはいい運動である。

「こ、これはなかなか……普段体を全く動かしていない私にとっては、かなりハードな運動ですね……! 」

 自席の横の本棚は、常に空けておいてあったが、今は上から下まで金が積み重なって詰まっている。

「はぁ…はぁ……、なんでしょうか、この金の壁は。まるで悪徳役員のようですね。私にはまったく似合いません、カモフラージュしてしまいましょう」

 指で本棚の下枠をなぞると、金で詰まった本棚にふたを付けたかのように、その部分が本で詰まっている様に見える壁を召喚した。

「しばらくはここに保管ですね。私も、少ししたらこの国を離れましょうか……」

 カンノーリはふっと息を吐いて、いつものように椅子に座った。

そして、机の上で手を組むと深呼吸をする。

 昨日まで若さある顔であったが、今は老けに老けた顔である。それでも表情はとてもキリッとしている。

「―――さて、今日も一日。スタートです」


 カンノーリが今日の第一覚悟を決めているところで、ビンセントは一人役所に入る。

(昼には戻りたいなぁ、腹も減ったし)

 脇の扉を開けて、暗く長い通路を通る。

(カンノーリさん大丈夫かな、倒れてなきゃいいけど)

 カンノーリ事務所の扉前まで来るとノックして扉を開ける。

「おはようございます。ビンセントです」

 本棚で挟まれた長細い部屋。その奥にカンノーリは、いつもの様に座っていた。

「おはようございます。ビンセントさん」

 いつもの様にカンノーリの前まで行くと、後ろに椅子が召喚される。ビンセントは一言礼を言うと席に座った。

「さて、ビンセントさん。職業のお話しですね」

 カンノーリは早速話を始める。

「そうですが、カンノーリさん大丈夫ですか? 」

「? あぁ大丈夫ですよ」

 カンノーリはミルの記憶に侵入してから、危機に対しての新たな自信がついていた。

あそこ潜ることに比べれば、何でもできる。生きれる。そういった自信だ。

 現に、見つかった時点で非常にまずい裏の金でさえ。実は芯まで焦ってはいない。

何とかすれば何とかなるのだ。

今のカンノーリは、その気持ちに溺れていると言える。

「カンノーリさんがいいっていうならいいですけど」

「はい、全く問題ないです。さて、早速ですが、ネスタの森を開拓されたのですね」

「はい、ついでにネスタ山の盗賊達を――、あ……そういえば」

 ビンセントは思い出した。自分はあくまでフリークエストにされていたネスタの森の開拓。ネスタの山にいた盗賊団の討伐はカミラのクエストであった。

(仕方ない、後でカミラとミルも連れてこよう)

 二度手間になってしまったと少し悔やむが、今できる事をしようと、ビンセントは話を続けた。

「いえ、何でもないです。そうです。クロイス平原とネスタ山に挟まれた森を伐採して道を作り、人がネスタ山に行くに十分な広さの道を確保しました。証拠としては、森の状態確認と伐採したネスタの樹です。今全部ありますが、ご覧になりますか」

 ビンセントは、縦長に境界を開くと、葉が生え揃った樹の先端を覗かせた。

「け、結構です。ただ、前者の現地の状態確認は、開拓依頼としては必要不可欠なので、ただいまから現地へと向かいましょう。その為の馬車の手配はしてありますので」

「現地を見て回る方は、私とカンノーリさん以外にどなたかいらっしゃるのでしょうか? 」

「はい。実はこのクエスト、かなりの大事ですので、平原から山までの道を作ったとなれば、転職条件完了には足りると思います。それを確認の立会が必要な方は、実行者、開拓者であるビンセントさん、そしてその承諾者である役所内の私。そして、本来ならば大臣の側近の審査が入るのですが、今は国がこの有様で存在しておりませんので、区長に立ち会っていただきます」

 ビンセントに簡単に説明をすると、カンノーリは椅子から立ち上がって、帽子と上着を手に持つ。

「なるほど、区長様が」

「はい、先に所長室に行きましょうか、その後馬車でネスタの森へ向かいます」

 ビンセントとしては、自分とカンノーリだけなら境界でネスタの山へ行けるところを、馬車でネスタの森へ向かうという事でもう昼までにカミラとミルの元へ帰ることができなくなったと心で嘆き、盗賊の飢えについても引っかかっていた。そういう事を知る由もないカンノーリは机の横を通り、ビンセントを先導した。ビンセントはその区長がどういう人物かは知らないが、人物によっては境界を使って早く済ませようと考えながらそれに従った。

「わかりました。それでは、宜しくお願いします」

 二人は部屋を出て、カンノーリはドアノブに外出札をぶら下げて、扉に鍵をかけた。

カンノーリがビンセントを先導して、上階の区長室へ向かう。

 役所を闘技試合の報告をするための受付と、今回の転職の為のカンノーリの事務所部屋しか使っていなかったビンセントには、役所の二階というのは新鮮な場所だ。

 新鮮とはいえ、街に比べたら館員の人通りが少しある普通の古びた廊下である。

大きな窓があるが、今では活気も無い淀んだ街と曇った空がみえるだけである。

 カンノーリに付いて廊下を歩くビンセントは、その歩いている時間の沈黙が何とも虚しく、元々特に喋る事が好きだとか、沈黙が嫌いだとかではないが、なんとなく、世間話ではないが、合間の空いた時間で素直に思う特に理由も意味もない事を口に出し、カンノーリにその返答を求めたのだ。

「上の階に来たのは初めてですよ」

「そうなんですか。サラスト区役所は、クロイス内でも中心地ですからね。大きさでは一番大きいですね」

「へぇー! 確かに、城の隣で、最初城の一部かと思ってましたよ。ハハハ」

「私も最初そう思いましたよ、間違えて城内をうろうろしてて、何度か怒られました……、さぁここですね」

 カンノーリは別段、少しビンセントを恐れる以外にこの時間に対して思う事は無いが、ビンセントの言葉に自分の知っている情報を答える事で、それなりに数分の時間はお互い楽しめた。

 そんな二人は区長室の前まで来た。

「ビンセントさんは区長に挨拶をしてくださるだけで構いません。後は私から全てお話し致しますので」

「わかりました。宜しくお願いします」

 カンノーリが扉を三回ノックし、反応を確認してから先導して扉を開ける。続いてビンセントも区長室内に入る。

 正面に大きな机があり、背には大きな窓がある所が特別変わったところか、それ以外は他室と変わらぬ応接室の様な部屋で、カンノーリの部屋の方がしっかりとした部屋の様に思える。

 右手には低い机を三人程かけられそうなソファ二つが挟んでいる。左手には資料で詰められている本棚が並んでいる。

 付け加えるならば、一人でいる空間としては広い部屋だ。

 そんな部屋内、一人が窓を見て、こちらに背を向けている人物がいる。

「失礼します、サリバン区長。カンノーリ入ります」

 ビンセントも続けて挨拶をする。

「ビンセント・ウォー入ります」

 扉を閉めて、区長の机の前にある椅子の横に立つ。

 区長は振り向いて挨拶をする。

「カンノーリ君、ありがとう。そして、初めまして。ビンセント・ウォーさん。私は『サリバン・リーゼル』、サラスト区の区長をしております。今回は、大臣補佐殿の代わりとして宜しくお願い致します」

 白髪で、髭を蓄えた老人。眼光は鋭く、ビンセントが見慣れないスーツを着たその姿は、どことなくオーラを纏っていた。

(区長って、お偉いさんだもんな。どんなんなんだろうか――Lv82!? 元軍人か何かか……)

 ミルのレベルよりは遥かに下だが、人の身でこのレベルなのだ。ビンセントは驚き目を剥いて、サリバン区長の目を見るが、とりあえず落ち着いて、本人証明の為にステータスを開こうとした。しかし――

「あぁ、よいよビンセントさん。私はあなたがビンセントさんなのは知っているよ。闘技試合、何度か観戦させてもらったからね。なかなかに良い立ち回りであった」

「そうれは光栄です」

 サリバン区長はビンセントの事を既に知っており、ステータス表示は止められた。

それからサリバン区長は、ビンセントを観察するように眺める。

「うむ。しかしな、あれは強要された戦、好戦ならば良いがそうでない者にとっては良くない。潰れてよかったと思っておるよ。芯無き戦に価値無しとな」

「区長、今回はビンセントさんがネスタの森を伐り拓いてくださいました。その確認をしていただきます。ネスタの森までの馬車は既に用意されております」

「そうだったな、それでは参ろうか」

「はい、馬車まで先導いたします」

 サリバンは帽子と上着、机に立てかけられた杖を取ると、しっかりした足取りで扉の前まで歩む。

(しっかりとした足取りだな、杖要るのか。嗜好品なのかな)

 サリバンは杖を持つが、歩く様子を見ても杖を持つ必要性があるとはとても思えないしっかりとした歩みであり、姿勢も良い。

 ビンセントにはサリバンがただの洒落者の様には見えなかった。ただ境界を使っても問題ない人物であるかと考えれば、使っても問題は無いという風に感じられる。

 カンノーリが前を歩き、ビンセントとサリバンはそれに付いて役所裏門まで歩いた。

「こちらの馬車です」

(……まぁ、これからの事を考えれば隠すことでもないよな。それにサリバンさんも、驚くかもしれないが、たぶん問題ない)

 ビンセントは少し苦い顔をしながら、カンノーリに移動手段の提案をした。

「カンノーリさん」

「はい、なんでしょうか」

「私の境界で行きませんか。大幅な時間短縮になりますよ」

 特に、人目に見えては。だとか、能力を隠していきたいが。だとかいう面倒くさい事は置いておいて、ビンセントは早く終わらせたいという事をそのまま、ただ互いの利益になる様に伝えた。

「……良いのですか? 」

「もちろんです」

「わかりました」

 ビンセントの提案を聞いたカンノーリは区長の元へ行き、馬車ではなく境界で移動するという事を説明をした。

 聞き終えたのか、区長はビンセントの方を凝視していた。

「ビンセントさん。あなたは、ルディ……勇者一行の方なのか? 」

 区長の鋭い眼光がビンセントに刺さる。

「私は一行のメンバーではないですが、その中の一人に力を分けてもらいました」

 区長は馬車から降りると、ビンセントの前まで速足で歩み寄った。

「それは凄い。私も戦時は戦に出ておったが、一度勇者一行と共に敵城を攻めた事があってな。まさに鬼神の如くだ。彼らはまさしく人類の英雄だ。ビンセントさん、その力はきっと強力なものだから、使い方は考えねばなりません」


 サラスト区長サリバン・リーゼルは、今無き軍事国家アークドレッドの元特殊部隊隊長、中佐の階級を持っており、通常の隊が侵入できない敵地や、大戦時は工作後衛等もしたが、メインは主に前線への突撃であった。

 魔法や魔装をしている敵大隊、こちらも魔法での応戦はするが、魔法が使えない人間も存在する。

サリバンがそうである。

 サリバンの装備は細身の軍刀四本、周りが装備しているような重厚な鎧は身に着けておらず、機動力を最優先とした軽鎧を身に着けていた。

 サリバンの隊、リーゼル隊は常に五人で戦場を行動していた。

その中の一人、のちにカミラに討伐されたべド・サイモンも元リーゼル隊に所属していた。

 べド・サイモンは隊長であるサリバンに物理攻撃面は劣るが、魔法を使える為に回復や、攻撃面でのサポートもしていた。

 そんな文字通りの最前線部隊は、勇者一行と共に戦った事も何度かある。

勇者一行の勇姿、その力、その勢いに、隊の者は感動して引かれた。

 サリバンは、勇者の強さにも感動はしたが、何よりもルディの持つ人類への愛に引かれた。

べドは勇者の力に感動した。魔物がバラバラになる様を、姿を消し飛ばす程の力に感動して引かれた。それからというもの、魔物の討伐の間に人を付け加えるようになった。

 サリバンはそれに気が付けなかった、べドは戦死を偽って暗躍していたのだ。

サリバンがそれに気が付いた頃には、戦争は終わっており、べドも姿を消していた。

戦争が終わった頃には祖国アークドレッドはとうに魔物に滅ぼされ、流れに流れてクロイスの区長の座に就く。

 彼の戦争の片鱗として、べド・サイモンが心のどこかでずっと潜んでいたが、それも一通の討伐完了報告により終わった。

『カミラ・シュリンゲル氏。戦犯べド・サイモン討伐』

 勇者の力に歪んだ憧れを抱いた当時の部下は死んだ。その時、長引いていた彼の戦争も終わったのだ。

その勇者の力を分けられた者が、ビンセント・ウォーという青年が目の前にいる。


 サリバンはビンセントを見て、再び感動を呼び起こしたが、同時にその力を恐れた。

「私は、勇者一行の力に憧れたのだ、私の部下達も――。それは素晴らしいものです」

 ビンセントはサリバンを見てほっとした。

 一種の賭け、ミルの事を思い返せば、勇者一行を快く思わない者も当然いる。運よくサリバンは好適、というより中立な立場であると考えたビンセントは、あくまで力を分けてもらったただの人と、事実そうだが、それだけをサリバンに伝えた。

「なるほど、サリバン区長のお気持ち考え、胸に刻みます」

 ビンセントは頭を下げた。

「そのように頭を下げんでもよいのに、まぁ、さっきも言ったように強力な力です。よく考えるといいですよ」

 サリバンは一息つくと、続けた。

「さて、ビンセント君。君の継いだ力、この老いぼれに見せておくれ」

 ビンセントの顔が引き締まる。

「はい。それでは開きます」

 ビンセントはいつも通りに境界をイメージをした。その通りに、境界は大きく引かれて開いた。

 無音。無臭。無感。

そこに開かれた異次元の門。見えるのはクロイス平原とネスタの森。

「おぉ……これは、ノース殿の業」

 サリバンは感激して、少年の様な無垢な笑顔を見せた。

「ネスタの森は目の前です。参りましょう」

 ビンセントに言われ、突っ立っているサリバンとカンノーリが反応する。

「お、すまんかった。そうだな、参ろう」

「はい」

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