13話 『元老兵と元モブ冒険者』

【ネスタの森】

 空間の境界を渡り、三人はネスタの森へ到着する。

 自らで憧れの能力、『境界』を体感したサリバンは興奮している。

境界を渡ったサリバンは、もう一度頭だけ境界にくぐらせて感動の声を上げるが、境界を見れば見る程カンノーリと共に少し恐怖した。

「ここですね。広く見渡せるようにもなりましたし、山道としても使えるでしょう」

「あ、あぁそうだな……、あぁ!? 」

 森の開拓は二の次で、一番の興味が、戦争中に勇者一行のノースが使っていた能力、『境界』に在るサリバンは、ビンセントに伐り拓いた山道の事である本来注目してほしい点を報告されて、ようやく開拓の件でここに来たのだという事を頭に蘇らせた。

 ビンセントに境界を閉じられたサリバンは、強制的に本来の目的に戻されたわけだが、しかし森を見ると、境界を体験した時と同様に感銘を受けた。

 いくら開拓班を組んで樹を伐らせても、ネスタの森の樹はあり得ない硬度の為に、ただの一本として樹を伐れなかった事は既に報告で知っているし、実際サリバンが斧を手にしても樹には傷一つつかなかった。

 そんな森が切り株と化していたのだ、それもこの範囲。

もはや人の業ではなかった。

「こ、これは、ずいぶんと伐ったな。しかしどうやって、いや……伐った樹は、どこにやったのですかな? 」

「伐った樹は、ここにあります」

 ビンセントは朝カンノーリに事務所でしたように、境界を開いて中から樹の先端をのぞかせてサリバンに見せた。

「その能力は物も取り込めるのか、なんでもありだな」

「ビンセントさん、この範囲をそんな数日間で……。確かに、山まで見渡せます」

「さっきの能力を使ったのか、凄いな。またこの道を改良して、森全体を我々が確認できるようになればいいな」

 サリバンは満足そうに頷く。しかし、どことなく気なる点があると見え、山の方をじっと見ている。

「これだけの変化、平原からこっちを見たらさぞ驚かれることでしょうな」

 カンノーリも恐れながら感激しているが、また別の問題が生まれる。

「そういえば、サリバン区長。これだけの環境変化、もちろん山側からも見られます……」

「あぁ、マフィア『セシリオ』が、この変化に動かないわけがない。セシリオのボスはドラゴンの化身だ、環境変化に対しての警戒心、保持に関しては他種よりも敏感に反応するだろう」


 マフィア、それは一般で言うところの組織犯罪集団を言う。

犯罪の幅は広く、盗賊行為、強盗、暗殺や国家に対しての工作や反覆的運動、密輸や密売等だ。

 マフィアはあくまで総称だが、マフィアの種類も数も多種多様である。

 ネスタ山を根城とした『セシリオ』は大規模な組織であるが、中にはそれより巨大な組織もあり、逆に組織というには人員が少なすぎるような、極小組織のような物も存在する。

 マフィアに対しては、ギルドや役所でフリークエストとして討伐を掲示しているので、マフィア人員の殺害は国により許可されている。

 因みにクロイス国圏は、リスト上のマフィア人員、又リスト上マフィア人員が率いている人員の殺害が法で許可されている。

 ただ法律圏で行動する者が殺人を許可されているといっても、個人の賞金首なら、実力次第で仕留めることが可能だ。だが大抵のマフィアは組織を守る何かがある。

 マフィアを守る物は、法律圏の国であったり金であったりするが、『セシリオ』の場合はボスがドラゴンの化身という事で、マフィアを叩こうとする者への抑止力へとなっている。

 ビンセントはセシリオの存在を知らなかった為、その抑止力の効果も無く、襲ってきた組織員の盗賊五名を殺害して金品を奪った。そんなビンセントを狙った組織員達を、ビンセントとカミラはその者達を返り討ちにして、現在組織で生きている者達は全員ビンセントの空間内にいる。

 その事を知らないサリバン区長とカンノーリは、セシリオへの対応を真剣に考えている。


「ビンセントさんは、山に行った時にセシリオの盗賊に出会ったのですよね。今回山を伐り拓く時に遭遇しましたか? 」

「しましたね」

「おぉ、遭遇して無事だったか。『セシリオ』というマフィアなのだが、組織としては大きい方でな、戦争時にもいたのだが、終戦後数年たった今、セシリオ等のマフィアの活動が活発化しているのだ。奴らの中には手練れも多い、正規の軍人が訓練の末身に着けるスキルも使いおるのでな、国としても撲滅の計画を立てていたのだ」

 マフィアの話を表情変えずに聞いているビンセントだが、一つ気がかりな事がある。

「そうなのですか、それは知りませんでした」

「ネスタの森の伐採、開拓が今までできなかった理由は、まず樹自体が我々では伐ることができない硬度であった事と、元ドラゴンの巣であるネスタ山をねぐらにするセシリオの存在でした。ビンセントさんが今回それを行うときに、盗賊のお話を軽くしましたが、ビンセントさん方ならば。と、そのまま行かせてしまいました。しかし区長からセシリオのボスの事を聞いてから、急に心配になったのですよ」

 カンノーリの説明を引き継ぎ、その心配事をサリバンはビンセントに伝える。

「ドラゴンの化身だよ」


 セシリオのボス、ミル・フランクは正規の賞金クエストで賞金首とされている。

 このクエストには受注数の限度は無く、誰でもクエストを受けられる。

ただ討伐クエストなので、クエスト受注の際に依頼者であるギルドとの手続きを受ける事で貰える受注の証明と、討伐後であるクエスト完了の証明の為に、討伐対象の遺体、もしくは対象の魔力を保存した魔力保存アイテムまたは対象のオーラを保存したオーラ保存アイテムを提示する必要がある。

 特に賞金首のクエストで報酬を受け取るには、ステータスのクエスト欄に、受注証明があるのと、討伐対象の魔力を念写された状態で提示して報告しなければならない。


 ビンセントが二人からマフィアについての話を聞かされて引っかかるのは、その賞金首クエストを受けている人間が一人、ドラゴンと共に宿で、ビンセントの帰りを待っているというところである。

「賞金首ですか」

 ビンセントとカミラとしては、ミルの存在は隠し、セシリオのボスは『ミル』・フランクではなく、『ただのフランク』という事にする必要があった。

 幸いそうする事は容易い。何故なら、賞金首としてギルドに挙げられているフランクの顔画像は、境界の中にいるフランクその者であるし、ミルの姿を見て生きている者はいない。

フランクの命令で動いたミルの為に、討伐を試みた隊が生きて帰ってくる事が無かったからだ。

『ドラゴンの化身』の詳細を知る者は、名を語られていた当人のミルは置いておき、ビンセントとカミラ以外にはいない。

「賞金首――そうです。山をこのように広く伐り拓いてくれたおかげで、国や役所としては、元ギルドから憲兵、私軍、他国軍人を借りて、再び山のアジトに攻め入る事ができるようになった。感謝するよ」

 サリバンがビンセントに感謝をする中、突如カンノーリが青くなった顔を上げて、ビンセントをゆっくり、恐る恐る見て口を開いた。

「あ……、ま、まさか、ビンセントさん……昨日のミ―――」

 ビンセントはその口からでる名前が全て出る前に、闘技試合時に敵に見せるような殺気を帯びた眼を、カンノーリの眼に見せた。

「――い、いえ……なんでもございません」

 ミルの、ドラゴンの診断という事だけで動転していたカンノーリは、セシリオのボスというドラゴンとの関係性を見れなかった。それどころではなかったのだ。

(カンノーリさん、ぽろっと言わないでくれよ……)

 ビンセントは内心焦ったが、マフィアの事に話を戻す。

「そのセシリオなのですが、森を伐採した日のついでに、私と協力者の二人で、山道で遭遇した者からアジトの者まで討伐、捕獲致しました」

 ビンセントの報告の声は、普段の声と変わらぬ大きさであり、聞き取れないわけではない。しかしあまりにも突発過ぎる為に理解できずに、サリバンは聞き返してしまう。

「……ん? なんと言ったかねビンセントさん、うまく聞き取れ無くてな」

「協力者と私の二人で、盗賊団を討伐、捕獲しました。……ボスのフランクも」

 サリバンとカンノーリの二人は口をあんぐり開けている。

「討伐に捕獲……、アジトに行ったのですか!? えっとボスも――!? 」

 カンノーリは思わず声が裏返っている、サリバンはというと、ビンセントを見つめて口角を上げ、冷や汗を掻きながら微かにふるえている。

「ボスのフランクも捕獲しました。捕獲した組織員も今は私の空間内にいます」

「その能力は、ひ、人も取り込めるのだな」

「そのようですね。実際にボス、フランクを討伐したのは私ではないので、またこれが終わった後にクエスト報告をさせていただきます」

 暫く互いの間に沈黙が続き、サリバンが口を開く。

「と、とりあえず。ネスタの森の樹の伐採、ネスタ森の開拓は完了とするよ」

 振るえるサリバンは、左手に持つ杖に右手を添えると、杖を持つその両手に力を加えているのか、震えが増す。そんな中、区長の視察が完了した事で仕事が進むカンノーリは、ビンセントに話を進める。

「そ、それでは、ビンセントさんの三つ目の転職条件である、仮転職での公貢献は完了致しましたので、『仮魔法使い』から正規の『魔法使い』としますので、念のためステータスを表示させてください」

「わかりました」

 ステータスの職業表示には変わらず『魔法使い』と表示されている。


 名前:ビンセント・ウォー 種族:人 職業:魔法使い

 レベル:35.4 スキル:2155

 :筋力 1000/230 :歩術 1000/112 :剣技 1000/289 :体力 1000/307  

 :料理 1000/12 :耐性 1000/40 :俊敏 1000/172 :掃除 1000/20 

 :美容 1000/58 :制御 1000/327 :隠密 1000/78:魔力 1000/10

 :創造(境界) 1000/500


「魔法使いに……これでようやくなれたのですね……」

 ビンセントは、喜びを抑えられずに顔にそのまま表れている。

「はい、これでビンセントさんは正規の魔法使いとなりました。正規の魔法使いになられたので、仮職状態では受けられなかった正規クエストを受けられるようになりました。おめでとうございます」

「ありがとうございます! 」

 ビンセントは数日前まで『剣闘士』で、事故があって『無職』になり、それから『盗賊』と変わった職業欄が『魔法使い』と表示されている自分のステータスを、目を輝かせて見ている。

 魔法に無縁だった剣士が、『魔法使い』となった。彼の喜びを知る者はあまりいない。

そんな中、ビンセントのステータスを本人以上に確認している人物が背後にいた。

「ビンセントさん、あなたのスキル……」

 それは、両手で杖を持つサリバン区長だ。

「失礼なことを言うかもしれないが、これだけの事ができているのに意外と、スキル値が低いのだね」

 サリバンはそう言うが、一般の考えでは決して低くない。そもそも普通に暮らしている者からすれば、レベルも20あれば高い方である。ビンセントのレベル、35という数値は高い。

 それはスキルでも同じことが言える。

 国務や役員、大商人等の中には、その仕事の中で適正なスキルが相応に伸びる者達がいるが、そうではない者で、戦争時代に戦闘もせずに国内で暮らす者であれば、総合スキル値が四桁になる者は少ない。

 戦争時代に戦闘に参加していた元一般軍人でも、幅は広いが、総合スキル値が2000に届く者は珍しいのだ。

 ビンセントのスキル値は、戦後でも戦い続けている闘技場の闘技士達の平均より頭二つ程上といったところで、生き残る程度の実力を有する闘技士が、最も伸ばしている専攻のスキル値の場合でビンセントの並み程度だ。だからビンセントはコロシアムが潰れるまで生き残れた。決して弱くはない。

 だが、それを踏まえてサリバンは言った。

「ビンセントさん、闘技試合であなたの個人戦から小隊戦、また団体戦と何度か拝見させてもらったのだが……」

 ビンセントも数多く闘技試合に出場してきたが、観客席を気にしたことは無かった。

(そんなに見ていたのか、確かに俺も最初の頃は必要以上に出場していたが)

「個人戦での動きは、見た感じ早かった。殆どの場合先手必勝で圧倒していたし、重装備をしている相手、大剣や斧を得物としている闘技士との力比べをしていた時、力任せでもビンセントさんは勝っていた」

「それは、まぁ……」

「小隊戦、団体戦でもあなたは剣一つで勝ち残った。そして今回のこの仕事、セシリオの壊滅、協力者がいたとしてもこの力、それと比べてそのステータスはどうも不相応だ」

 サリバンの言う事はあくまでサリバンの主観である。生き残ることを最優先としていたビンセントとしては、不相応と言われても何も言えない。

(な、なにも言えねぇ……死にたくないだけで闘っていただけだし……)

「そ、そうおっしゃられても、私はどうすればよいのでしょうか? 」

 ビンセントの言葉の後に続く暫くの沈黙。その無音を切り裂いたのは、サリバンの右手に持たれた杖。ではなく細身の剣であった。

「さ、サリバン区長。その剣はいったい――」

「私が、ビンセントさんに剣技スキル、およびその関連スキルの稽古をつけます」

 唐突な訓練宣言。これが区長の権限なのか、否。そんな物は無い。

「区長、その剣は――」

 カンノーリはサリバンの持つ剣の刀身から目を移し、サリバンの手元を見た。

手に握る柄の部分を見ると、それはさっきまで持っていた杖の柄その物だった。

「仕込み刀だったのですかその杖……」

「安心めされい! この剣は刃引きがしてあるから、死にはしない。使い方によっては人も殺せるが、無論そんな事はしない」

 サリバンの目には闘気が宿る、気が付けばオーラを纏っている。

「ビンセントさんは、まだオーラが使えないのだな。オーラを使えるようになれば、あなたの力は更に高まる! さぁ、さっきの話から考えるに、空間内に剣があるのだろう? さぁ剣を出してぬけぃ! 老人といえど遠慮無用! 」

 唐突にサリバンは、少年の様な純粋な目をしたまま戦闘モードに入り、ビンセントは困惑した。

(な、なんだこの状況は、とりあえず俺は魔法使いになれたのだ。後はカミラを連れてマフィアの後処理をするのだ、まずは――)

「サリバン区長! お言葉は嬉しいのですが、私はマフィアの後始末が残っています。セシリオのボスの討伐クエスト受注者である今回の協力者を連れて、討伐クエスト完了の手続きがしたいのです。また、その捕獲した組織員を牢に入れなければなりません」

 熱いサリバンに対抗するが如く、ビンセントは勢いだけで淡々と説明をする。

「むぅ、確かに、そちらのほうが優先だな。早急に終わらせて一戦参ろう」

(あくまでやる気満々なのか。刃引きされた剣って……多分あんたならその辺の棒きれでも人殺せるだろ、 カミラよりレベル高いし。……カミラより強いかは分からないが)

「助かります。それでは、一度クロイスのサラスト区役所へ戻ります」

 サリバンはビンセントの言葉に一歩引いたが、稽古をする事は既に、老人の中では確定しているようだった。

 ビンセントは努めて平静を保つが、心の中では頭を抱えていた。そしてサリバンとカンノーリに見えない様に困った顔を浮かべ、サラスト区役所に境界を開いた。

「さぁ、戻りましょう」


【クロイス国】

 数歩で三人は元の場所へ戻ってきた。普通はこの間を移動するのに往復で一日かかるが、朝出発してまだ昼にもなっていない。時間で言えば、たったの十数分しか経っていないのだ。

 サリバンとカンノーリを役所の裏口で待たせ、ビンセントはカミラを連れてくる為に境界を開く。

「それでは、協力者を連れてきますので少々お待ちください」

「わかりました。私はここでお待ちしております。行ってらっしゃいませ」

 

 カンノーリとサリバンに見送られて境界を開き、宿泊している宿屋の前に移動する。

そのまま部屋に開こうとも思ったが、ミルの事を思えばそれはできなかった。

「ミルは今回お留守番だな」

 境界がトラウマという事を除いても、ミルが完全に人と同じ姿であれ、あの区長と合わせるのは少し苦い。

 宿に入り受付に挨拶をすると、部屋の鍵を返されて上階へ上がっていく。

(それにあの区長は勇者一行、特にルディさんに憧れていたんだから、その考えである、人類の保守みたいな考え方なのかもしれない。ミルがドラゴンと知れたら、きっと敵になるんだろうな)

 ビンセントは部屋の前まで行くと、鍵を開けて部屋入って行った。

「ビンセントおかえりー」

 カミラはベッドの上でくつろいでいる。

「おかえりなさい! 」

 ミルも同じくベッドの上だが、ゴロゴロと転がっている。

横にコロコロ転がるのはわかるが、

(前転、後転――バウンド、だと……)

 楽しそうに笑いながら器用にコロコロと、直角に曲がり、ベッド間をバウンドして飛び越える等、ビンセントには未知のはしゃぎかただった。

「ミル、壁とかに頭ぶつけないようにね」

「はーい!! うっ……なんか、気持ち悪くなってきた」

「吐く前に止めようか」

「はーい! 」

 ミルから視線を外すと、ビンセントはカミラにさっきまでしていた事や、出会ったサリバン区長の事、マフィアセシリオの事を話して聞かせた。

「そういえばそうだった、あれ私のクエストだった。それに軍出身の区長か、会った事あるかもしれないね、まぁでも、さっとやっちゃおう」

「そうだな」

 カミラは少し乱れている髪を指で数回梳いてからベッドから起き上がった。

衣類の紐も解いていたのか結び直すと、隣にいるミルの頭を撫でた。

「ミルは少しお留守番しててね」

「えー、寂しいよぉ……」

 泣きそうな顔をしているミルだが、カミラがさっとミルを抱擁する。

「すぐ帰ってくるからね。戻ったらお昼ごはん一緒に食べにいこ! 」

 ミルの抱き着く力が強まると、こもった元気な声で返事をする。

「――うん! 」

「じゃあ行ってきます! ミルは部屋にいてね。誰が来たとしても、扉は開けないようにね」

「うん! 行ってらっしゃい! 」

 ミルが手をヒラヒラと振って二人を送り出し、ビンセントとカミラは部屋を出て扉の鍵をかけた。

「行こうか」

「そうね」

 二人は階を下りて受付へ鍵を渡すと宿を出て、ビンセントは歩きながらさっきの話の続きをした。

「なるほどね。その熱い区長がビンセントに稽古を、オーラなら私が教えるのに……」

 何故か少し寂しそうなカミラだが、ビンセントとしてはサリバンに本気で教えてもらおうとは思っていない。

「いや、俺はカミラに教えてもらうよ。今回は、付き合いでね。少し剣を教えてもらうよ」

「……うん。教えてほしくなったらいつでも言ってね」

「ありがとう。ただ、お手柔らかにな」

「えー」

「じゃあ、死なない程度に」

「うん! 」

 ビンセントとしては、今はもう魔物がいない世界であるし、コロシアムに出場する事も無くなった身であるので、戦闘訓練は全くいらないのではないかと思っていた。しかしなんだかんだ考えたり思っていても、剣を握るのは長い事やってきた事で、まず嫌いではない。

 剣の稽古、基サリバンに対してめんどくさがっていたビンセントだが、本心は満更でもなかった。

カミラはその事を察しているのか、境界を開くビンセントの顔を見て小さく笑みを浮かべた。

「よっしゃ行こう」

「おーう! 」


 カンノーリとサリバンは、ビンセントが消えてから馬車の前で立って待っている。

「戻られたな」

「おかえりなさいませ」

 サリバンとカンノーリの前に境界が開かれて、ビンセントとカミラの二人が現れたのだが、サリバンはカミラの姿を一目見るや目を大きく見開いた。

「初めまして、カミラ・シュリンゲルです」

 この少女がセシリオ壊滅の協力者、ボスの討伐者。レベル、姿に雰囲気、どれを見てもとてもそうには見えない。

 だが本当の姿を知る者が見れば、納得するだろう。

 カンノーリは、カミラ個人の情報を深く知るわけではないが、既に彼女の表面人物を知っているので、その見た目に驚きはしない。だが区長の方は一つの直感と、いくつかの疑問が頭に生まれている。

「……初めまして。私はサラスト区区長、サリバン・リーゼルです」

「サリバンさん、宜しくお願いします」

 初対面。カミラとしては正直どっちでもよかったが、初対面としての挨拶をサリバンと交わした。

挨拶が済むと、カンノーリは仕事の進行役を買い、皆を導いた。

「それでは、まず賞金首であるボスの受け渡しですね。監獄へと向かいましょう」

 カンノーリに監獄へ向かうと言われ、カミラはビンセントに場所を確認させた。

カミラは現職業が賞金稼ぎなだけあり、行動した国の監獄の位置は大体わかっている。

「ビンセント、監獄の場所わかる? 」

「あぁ何度か言ったことはあるよ。戦争時の冒険者時代だけど」

 ビンセントも戦争時代に生け捕り報酬を狙っていた時期もあった為、クロイス国の監獄位置は

全てではないが、二ヶ所把握している。

「クロイス国は戦争時から場所が全て変わっていないから、そのままの場所で大丈夫だよ」

「わかった。――それでは早速向かいましょう」

 監獄の位置に確信を得たビンセントは、クロイス国西部にある、彼が知る二ヶ所の中で堅牢な方の監獄へと境界を開いた。


 監獄は背の低い建物だ。

地上に見える一階部分は、囚人収容前の身柄受付から監獄の事務所スペースとされており、柵で囲まれた庭は中規模な看守員の訓練場がある。

 監獄としての第一機能であるの牢のスペースだが、この監獄は地下階層の建物で、罪の重い者程下層に収容されるようになっている。

 地上建物の裏には小さい森のようなものが造られており、一本の細い道がある。

おそらくは収容者が一番通りたくない道で、処刑場へと続いている。

 この施設は、建設時から変わっていない。

クロイス国内の監獄は八ヵ所あるが、その中で二ヶ所しか知らないビンセントが選んだこの『イクスリプ』は、クロイス国の中では最も歴史深い監獄であり、世界には現代監獄のベースとなりつつある程度に知られていた。

 現在では監獄いう名前だが、イクスリプが竣工した当時の役割はもっぱら、対魔物用生物実験所と、その生物収容所だったという歴史的事実をビンセントは知らないし、普通の人々が知る術も無い。

 ただそれをギルド特務の特殊部隊出身だった為に知ったカミラや、仕事柄知っていたカンノーリ、普通に知っていたサリバンが境界を渡ってここにたどり着いた時には、ビンセントの監獄選択に声を漏らすのだった。

「ビンセント、なかなか監獄を見る目があるのかもね」

「ん? それはどういう――、まぁでも久しぶりに来たが、うっすらと不気味だな」

「まぁ、イクスリプだしね」

 ビンセントとカミラが監獄を眺める中、別に付いてこなくてもよかったサリバンは、事が早く進むように討伐捕獲対象の受け渡し方についてビンセント達に説明する。

「身柄の受け渡しは、地上の受付で行われます。そこから――」

 しかし賞金稼ぎのカミラとしては慣れている事なので、サリバンに気持ちの礼を言った。

「何度かやったことありますので、大丈夫です」

 カミラの考えを察したサリバンが、次にできる事を考えて動き、監獄の扉前にいる監視員に話を付けに行った。

 区長としての仕事は既に終わっている。

サリバンが今ここにいる理由は、カミラの討伐クエストの処理を済ませた後、ビンセントと稽古をしたいが為、もっとサリバンの気持ちをそのまま言えば、久しぶりに戦闘をしたかったからである。

(……助かるが、なんて熱心な人なんだ)

「おーい皆、さっそくできるそうだぞ。早いところ終わらせよう」

「ありがとうございますサリバン区長」

「なんのなんの。さ、早く」

 監視員が受付へ四人を案内していく。

内部も薄暗いが、廊下や部屋にはいくつもの扉が存在し、全ての扉に鍵があるのか、開け閉めする度に監視は施錠を確実に行う。

「ご協力ありがとうございました。ここからは私共が引き受けますので、対象者の身柄をここで預からせていただきます」

 監視はそう言うが、ココで預けるにしても数が数なのだ、それはできない。

「監視さん。実は今回お預けしたいのが、マフィア『セシリオ』のボスフランクをはじめ、十三名の組織員なのです」

 ビンセントに説明された監視は驚き、まずそのセシリオの組織員は今どこにいるのかをビンセントに問うた。するとビンセントは境界を使って空間を開き、中にいる組織員達を遠くから見せた。

「な、なんですかそれは!? あなた方は――」

 監視がパニックになりそうなのを、サリバンが遮ってその場をやわらかく収めた。

権力や知名度と言った物を、トゲ無く柔らかく使用するサリバンは、今のビンセントからすれば付いてきてもらってよかった。と、そう思える存在だった。

「な、なるほど、詳しい事は分かりませんが、はい、承知致しました。それでは『初期収容牢』へとご案内いたします」

 監視はサリバンの言葉を呑みこみ、四人を初期収容牢という所へ連れて行った。

初期収容牢とは、監獄に収監された日から、身柄の決められた罪の重さが確定確認されるまでの数日間、長くて三日だが、その間収監される仮の牢である。

 罪の重さが確定確認されれば、罪に合った牢へ移される事となり、その日から収容日数のカウントが始まる。

 四人は監視に連れられて地下二階にある初期収容牢の前に立った。

初期収容牢は個人部屋と集団部屋があり、状況により使い分けられる。

 現在のイクスリプは、非常に大規模な監獄でありながら、収監している者の数は二十人程度だ。

初期収容牢には誰も収容されていない状態であり、もう少しでセシリオの貸し切り牢屋となる。

 監視は牢の扉の鍵を開けようとするが、ビンセントはそれを止める。

「あ、牢屋の扉はそのまま占めておいてください。盗賊達を捕獲はしていますが、拘束しているわけではないので。このまま」

「承知致しました。十三人という事で、組織員は五つの集団牢に、ボスは個人牢に入れてください」

 ビンセントは了承して牢屋内に広く境界を開いた。

その瞬間、中にいたセシリオの者達は、ボトッという落下音と共に、それぞれの牢屋内に出現した。

「う……ん、ここは、牢か。なんだ、俺は眠っていたようだな」

 出てきた十三人の盗賊は全員低い呻き声と共に、自身の状況と今の状況を確認する。

「ここは、ぐぅおぉぉ……は、腹が、俺の腹が、こんなに……ぁ――」

 そんな中、一人だけダメージを受けている者がいる。

腹がえぐられて悶えている。その男はミルを偽名としていたセシリオのボス、フランクだ。

 ビンセントは十三人の様子を見て回るが、少し心配していた、空間内での飢えというのも無い様に見えた。

それにボスのフランクは、捕獲した時にカミラが殴った腹を、まるで今さっき殴られた後の様に悶えている。そういう様子を見ていると、境界の空間内のモノは時間が止まるという事をビンセントは知った。

 一方カミラは自身のステータスを開いて、サブ表示のクエスト一覧を開くと、手配書を表示させた。

「あのお腹を押さえて悶えている男が、手配書のセシリオのボス、フランクです。後、『ミル』という名は本名では無いようです」

「なるほど、ミルではなくただのフランクか、訂正しておきます。こいつが、ドラゴンの化身か。確かに、手配書の通りの姿顔だが、とてもそれ程の奴には見えんな……」

 流石にサリバンは見る目があるのか、その者の能力の低さを見て疑念を抱く。

「あぁ、こいつを徹底的にやった時に、ドラゴンの力を潰しましたので、今はもうただのチンピラですよ。まだオーラやプロテクト等の上級スキルは使えるみたいですがね」

 カミラはミルを守る為にさらりと話を作る。もちろんビンセントもそのつもりだし、カンノーリもその事は理解している。

 サリバンはそんなカミラを見て、何かの確信を得た。

「……なるほどな、カミラさん、あなたも相当の方なのですな」

「いえ、私はただビンセントにくっ付いてただけです。私はレベル5の、ただの賞金稼ぎですよ」

「……なるほど、そうですな。それにしてもあなたのお姿、どこかで見た事がある気がするのですが、きっと気のせいですな」

「初めてお会いしましたので、私にはわかりませんね」

「そうですか……、まぁ、これでクエストは完了ですな」

 サリバンは監視に全て終わったと告げると、監視は四人に敬礼をした。

「ご協力感謝いたします! 」

 その後監視は四人を出口まで案内し、四人は監獄イクスリプを後にした。


「最後に、セシリオがどうなったのか是非見たい。アジトへ行けませんか、賞金はもちろん上げて支払いますぞ。是非見たいのです。」

 サリバンがそう言うと、ビンセントは表情こそ変えないが、心の中ではやれやれといった感じで返答をする。

「もちろんです。境界を開きますね」

 監獄イクスリプのから少し離れた建物の影で、ネスタ山にあるセシリオのアジトまで境界を開いた。

「さぁ行きましょう」

 境界をまたいでアジト前まで行く。


【元ドラゴンの巣】

 大きな洞穴にはまだ所々焦げ跡が残っていた。アジトの外には大きな木片から小さい破片までが散乱している。

 実はセシリオの組織員の半数はこの瓦礫の下だという事を、この状況にさせたカミラもビンセントも知らない。

ただその片鱗として、瓦礫の中からボスであるフランクを探している時に、ビンセントが発見した瓦礫に埋まった死体がセシリオの幹部の一人だったという物がある。

 その事を伝えようかと迷うビンセントだが、一応伝える。

「ここがセシリオのアジトとして使っていた所です。……瓦礫の下に、幹部とか、たぶん組織員の死体が数人埋まっていると思います」

 サリバンはビンセントの予想する通りの反応を見せた。それは誰しもこの状態を見れば口を開けるし、今立っている瓦礫の下に組織員の死体が、それも幹部の死体があると言われれば驚くだろう。

「瓦礫の下に埋まっておるのですか!? 何があったのか、コレは、徹底的にやりましたな」

 サリバンとカンノーリはまたもや口を開けている。

 組織の壊滅、サリバンはそう思った。ボスが捕まり、アジトが無くなり、組織員もいなくなったのだ。

 サリバンが後にやるべき事は、討伐対象リストと瓦礫の中に埋まっている者達の参照ではない。それはこの状況を一目見れば、瓦礫の下に生存者など存在しないと思うだろう。

 今カンノーリがサリバンに耳打ちをしたように、外部に出ている元セシリオ組織員の討伐フリークエストを、法に基づく期限に従って公開するだけである。

「コレは確かに、セシリオ壊滅だ。御二人にはネスタ森開拓とは別に、セシリオ壊滅の称号と勲章を与えられるように手を動かしますぞ」

「ありがとうございます」

 通常の区長程度の地位ならばそんな権限はないが、サリバンはまた別。

戦争が元で他国との繋がりがある為、共通のクエストや対象物に対しての権限を持つ。

 ある程度の称号や勲章等であれば確実に持たせることができる。

「いやぁ、本当に凄いな御二人は、もう私は満足しました。わがまま言いましたな、すみません」

「いえ、とんでまございません」

「それでは、またクロイスへ戻りますか」

 クロイスへ戻る。その事をサリバンは拒んだ。

「いや――」

「また何か」

 サリバンが思うに、この場所は広く。組手には最適な場所だった。

 ビンセントは老人を見てその考えを察した。

(わかった。この人めんどくさい人だ)

「これより、ビンセント君の稽古を始める」

「ビンセント。私、あの子が」

「あぁ、そうだよな」

 ビンセントはサリバンに言葉をかけようとするが、サリバンがその前に事を伝えた。

「ご心配はいりませんカミラさん。時間が押しているのであれば、セシリオのボス討伐のクエストをビンセント君に預けるといいでしょう。もちろんその場合でも報酬は変わらない。ただ、今回は私が御二人に時間を取らせてしまったから、報酬は増やします」

 カミラの心配事とは別の事をサリバンは言うが、それもそうだと思うカミラはステータスを表示した。

「わかりました。……ビンセントもステータス出して」

「わかった。――はい」

 ビンセントのステータスに触れて操作し、クエスト一覧を表示させると、自分も同じ表示を出す。

そのまま討伐クエストをビンセントのクエスト一覧に追加させた。

「うむ、それでよいですな。また称号と勲章についてはいつでも良いから、また役所に来るといいですぞ。その時までに用意します」

「わかりました。それでは、もう一度カミラを送ってきますので、少々お待ちください」

「うむ、それではカミラさんごきげんよう」

 ビンセントは再び宿まで境界を開いた。

「よし、カミラ戻ろうか」

「うん」


【クロイス国】

 宿まで戻り、カミラは再び受付へ行く。

「それじゃあカミラ、俺もう少し行ってくるよ」

「うん、気を付けてね。お昼は三人で食べましょ! 」

「そうだな! じゃあちょっと行ってくる」

 カミラと別れて一人で宿を出る。また宿の裏側へ行き、ネスタ山まで境界を開く。

ビンセントはサリバンをめんどくさい人だと思ったが、心底はやはりどこかわくわくしていた。

 そんな思いでビンセントは、今日何度目かの境界を開いてそれをまたぐまたぐ。

(よし。できる限りやってみるか)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る