11話 『記憶への訪問者』

【クロイス国】

 ゴトゴトと、馬車は地面を衝撃として直接乗員に伝え続ける。

トマスの馬車に乗せてもらって二時間程経ったか、目的地のクロイス国へとまっすぐ進んでいる。

 一行の前には、石柱が地面から何本も突き出ている。

「クロイス国境の石柱、もう着きますよ」

 石柱は国の周りに等間隔で設置されている。

 他国ではありえない、この国の規模で警備もないその薄い国境。他国の人間は自由に出入りができる。

国が壊れる前も壊れた今もそれは変わっていない。

そんな国境を馬車は難なく通り過ぎる。

「クロイス国到着です。ビンセントさんは役所に行かれるのでしたね、このまま向かいます」

「助かりますトマスさん」

 大通りを馬車が通る、そんなに珍しいわけではないが、以前はこんなに順調には進めなかった。

「やはり、店も閉まっていれば人も少ないですね」

「道が広く感じられますね、馬車でも詰まらず通れていますし」

 相も変わらずゴーストタウンのような街路をビンセント達は通る。そんな中ですれ違う人数は五~六人である。

 一般の国民は大半が国に残っているが、殆どの貴族は、あの日から他国へと移動している。

 中にはこの期を利用しようと、移動する他の貴族から商材を買って残る者もいる。

しかしその殆どは、消費者がいない為に全く売れない。貿易に回そうにも所詮は他者から買った商材で、現在その商材は価値を生む為の『名前』を持っていない為に、仕方なく仕入れ値をギリギリ下回る値段、またはその仕入れ値と変わらない値段で行商と取引をして財を流す。結局その後は国を移動していく者が多い。

 武力もなければ財もない。

この国の再生は、それこそ原始的な勢いがいる。

(国を治す気は無いが、せっかく崩壊して自由ができたんだ。商売を始めたいな)

 ビンセントも国の崩壊と共に闘技士から解放されて自由になった身であるから、この状態を悪くは思っていない。

(まぁ、とりあえずは役所に行って、ミルのステータス変えてあげないとな。変な目で見られたら可哀想だ)

「なぁカミラ」

「ん? 」

「ミルを見せるなら、やっぱりあの人じゃないとまずいよね」

 あの人。それは鑑定のエキスパートで人が良いせいで、裏の物事にも手を付けてしまう男、特に訳アリのステータスの問題解決は、表に生きる者でその右に出る者はいない。

「カンノーリさんね、またびっくりさせちゃうかもね。それでもやってもらわないと」

「カンノーリさんいなかったら引き返そうかな、俺の職業条件の事も報告できないし」

「その方がいいわ」

 その訳アリ。というより、『普通』から見てありえないステータス表示を持つ張本人であるミルは、カミラの膝の上で静かな寝息を立てて眠っている。

「ほんと警戒心ゼロだな、警戒する必要は無いけどさ」

「まぁいいじゃない、見てこの顔。可愛いわよ」

 カミラはそう言いながら、ミルのほっぺをつまんで遊び始める。

「……全然起きないな、反応はするが」

 ミルは体をグネらせながら、無意識にその違和感を取ろうとするが、一向に目を開けない。

「ハハハハハ―――」

「――ハッ!? 」

 堪らず笑ってしまうカミラだったが、その笑顔はある事に気が付いて変わる。

「え、カ、カミラ? ……その、濡れてるのってもしかして、おも――」

 ビンセントの腹部にカミラの裏拳がとぶ。

「グァ、お、重い」

「私じゃないし! ミルのよだれだし! 」

 カミラの股はミルのよだれでグッショリと、またネットリと濡れている。その原因は何にしろ、見られては誤解されかねない見た目である。

「いや、まいったな。人前でられんぞコレ。あ、そのワンピースエプロン脱いじゃえばいいんじゃないか」

「いや、ビンセント。この下は下着なんだよ。ふざけないでね? ……なんか冷たいなと思ったらこんな――」

 そんな後ろのやり取りが聴こえて振り向くトマス。詳しい状況は知らないが、カミラの表情を見てまずい状況と察する。

「あ、あの、カミラさん、もうすぐ役所につきますが……、大丈夫でしょうか? 」

「ダ、ダイジョウブダ。モンダイナイ」

 カミラは片言でそう告げると、ミルの頭を撫でながら顔が赤くなる。

「とりあえず、ミル起こしたほうがいいんじゃない? いろいろと、あれだし」

 ビンセントの言葉に無言で頷くカミラは、ミルの耳を指でくすぐる。

カミラがここ数日で編み出した、ミル必起術。

それは『くすぐり』である。

 特に耳が敏感なのか、ミルは体をクネラせて逃げるが、カミラの指はそれを逃さない。

攻めて攻めまくる指に、ついにミルは自らの手で防ぎに入るが、その防御はあっさりと崩れ去る。

ミルが顔を左右に振ると、よだれの為にカミラの服が更に濡れていく。

「ミル起きて、ミル。起きなさい。ミル……」

 カミラは無表情のままミルの耳に顔を近づけると、そのまま舐めた。

それには堪らず、ミルは体を跳ね上げる。

「ひゃぅッ! 」

 ミルは起き上がるが、その状況を理解できていない。

カミラはミルの目の前で、無表情のままミルの耳を舐め続ける。

「おきなはいミル……おきなしゃい」

「ひぅッ――起きてる! 起きた! おはよう! 起きました! 起きてるって!! 」

 ビンセントは思わず声を漏らす。

「これは、なんと言うか……そう、ダメだな」

 ビンセントはミルに馬乗りになるカミラを引き離す。

「ミルもう起きてる」

「びっくりしたぁ! おはよう二人とも! 」

 カミラはミルに、ビショビショになった服を見せる。

「ミルのよだれ、服、びしょびしょ、ぬれた、私、なんか恥ずかしい」

「え……あ! ごめんなさい! 」

「乾かせる? 」

「大丈夫だよ! 私のよだれはすぐに無くなるよ! 」

「え、それって、自然乾燥? 」

「違うよ、しみ込んでくんだよ! 」

「それは、いいのか……」

「私のよだれは、悪いもの全部消してくれるんだ! だから私毒とかじゃ絶対死なないんだ! 」

 ミルの話を聞いてビショビショの、いやビショビショだった服をカミラが見ると、

「え、ナニコレ」

 よだれがかかった場所、ほぼ全体だが、その部位が、薄く汚れていたエプロンが純白になっている。

「滅茶苦茶綺麗になってるじゃないか」

「なんか、貰った時より綺麗な白だわ。凄いわねミル、ありがとう! 」

「エッヘン! 」

 しかし、あまりにも綺麗になっている為、よだれがかかっていない裏側との差がはっきりと分かれて見える。

「……これはこれで目立ちそうだな」

「いいわ、今日どこかで服買うわ……ってお店やってないか、宿でもらえないかな」

「じゃあ役所でたら宿に直行だな」

 ガラガラと動いていた馬車が、馬の鼻息と数回蹄が地を打つ音と共に動きを止める。

「役所に到着しました」

「ありがとうございますトマスさん! 」

「いえいえ」

「トマスさん、コレ少ないですが、運賃としてもらってください」

 ビンセントはポケットの中に境界を開き、空間からお金を取りだす。

「ビンセントさん、ありがとうございます」

「お礼はを言うのはこちらの方ですよ。ありがとうございました」

 ビンセントが手渡した金額は、本当に少なかった。そこらの飲食店のランチ代と同じような金額だったが、これ以上お金を出すと、トマスは受け取らない。それはトマス自身もそのつもりであった。

「それでは、ここでお別れですね。私はこれからデリツィエに行って、あわよくば料理の修行をさせてもらうことにします」

「やはりそうですね。また、会える時を楽しみにしております。それではトマスさん」

「こちらこそ! 楽しみにしております! ビンセントさん、カミラさん、ミルさん。お元気で! 」

 ビンセントと固い握手を結んで、再び馬車に戻るトマス。

その時のトマスの表情は、意気揚々としている。チャレンジャーその者である。

 馬の蹄と木製の車輪が石造りの道をガラガラと動き出し、旋回をすると、三人にワゴンの背を向けながら進んでいく。

「トマスさん、デリツィエで修行か、いつかまたトマスさんの料理食べれるといいね」

「また食べたい! 」

「そうだな、新しい道か……でも俺達もまだまだ途中だしな、頑張ろう! 」

 意気を上げた後、思い出したかのようにビンセントはカミラの服を二度見する。

「まぁ、なんだ。とりあえず、役所早く済ませちゃおうか」

「そ、そうね。やっちゃいましょう」

「はーい!」


【サラスト区役所】

 役所内は、以前カミラと二人で来た時よりも、中は外同様、人はいなかった。

「さて、今日もカンノーリさんいるかな」

 本日勤務している職員館員の名前が書かれた掲示板を見る。

「こんな掲示物あったんだな、知らんかった」

「あら、知らなかったの? 前来たときに横ちらっと通ったじゃない」

「そうなのか……いや、カミラはそれでカンノーリさんがいるの確認したの? 」

「したよ。……今日もいるみたいね。行きましょう」

 カンノーリが今日も務めている事を知ると、ホールの脇にある扉を開けて、再び細長い通路の中を三人は通っていく。

「わぁ、暗いねー、一本道だ」

 ミルは初めて入る近代建築内を眼で見て堪能しながら二人に付いて行く。すると前を行くビンセントとカミラが止まった。カンノーリ事務所の扉の前に、何者かが立っていたのだ。

「先客がいるみたいだね」

「そうだな」

 今時珍しい、騎士の様な鎧を身に着け、腰には美しい装飾がされた鞘に納められた剣が見える。

「全身鎧に装飾付きの剣、それを門番とは、他国の軍事関係者だと思うよ」

「ギルド員とかではないんだな、Lv41……制御は使ってないかな」

「魔力もオーラが単調だし、制御も使ってないね。あれが素だと思う。それに軍事に関与してるギルドはもっと変態質だから、あれは違うよ」

「へぇ」

 二人の小さな声は鎧の者には聞こえておらず、相も変わらず正面をただじっと見つめている。

「あの人はあくまでガードだけど、部屋の者はどうかな。カンノーリさんをわざわざ訪ねてきたっていうなら、普通ではないわね」

 扉の前に立つ騎士が、振り返り扉を開く。

「待たせたな。戻るぞ」

「ハッ、ハーベルク様! 」

 部屋の中から出てきたハーベルクと呼ばれた者も同じく鎧を身に着けている。白のマント付きの銀色の鎧に身を包み、兜もかぶっているために同じく顔が確認できない。

 ただ見えた。違うところが一つ。

(右腕が無いな)

 その者が歩くと、マントが揺れて隙間が開けて見える。

カミラもそれを確認したが、ビンセント達三人は表情は全く変えていない。

 二人の騎士姿の者とすれ違う時も、何ら変わった事は無い。

狭い通路だが、それぞれが目を合わせる事も無く、挨拶をするわけでもなく、二人の騎士は通り過ぎていった。

 元よりミルは、二人の鎧を着た人間より、相変わらず建物の内部に興味がある。

きょろきょろしているミルの手を引っ張って行って、ビンセントとカミラも変わりなく、そのままカンノーリの部屋に入る。

 扉を閉めると、椅子に座るカンノーリがいた。

様子が違う。さっきの者はやはり普通ではなかったのだ。

 カンノーリの机上は、見た事の無いような量の金が積まれていた。

カンノーリの表情も、やれやれといった感じである。

「お久しぶりですカンノーリさん」

「おや、カミラさん。ビンセントさん。今日は、凄い客人が多いですな」

「もう一人見てもらいたい人がいるんですが、今見れますか? 」

 ビンセントを見た時程ではないが、少し疲れが顔に出ているカンノーリは、自分の手で目を覆うと目を閉じて気持ちを入れ替えた。二人が連れてきた者という事で察し、覚悟を決めたのである。

 カンノーリは顔から手をどけると、顔をキリッと変えて椅子に座りなおす。

「もちろん見れますよ、どうぞお座りください」

 すると前同様三人の後ろに椅子が召喚された。

「おー! 椅子が! 」

 召喚された椅子に驚くミルを、カンノーリはじっと見ている。

「ミル、この人はカンノーリさん。さ、前に座って」

「はーい! 宜しくお願いしますカンノーリさん! 」

「初めまして、私はカンノーリ・コットというものです。職業認定士、スキル鑑定士等をしております。宜しくお願い致します」

 カンノーリはステータスを表示させてミルに見せる。

「私はミルです! 宜しくお願いします! 」

 ミルのステータス表示以外の挨拶を終えて、本題に入る。

「さて、本日はどういたしましょうか」

「今日はこの子のステータス表示を変えてほしいんです」

「承知致しました」

「ミル、ステータス出して」

 カンノーリは経験による反射で全身の力を抜き、心にゆとりを持たせようとするが、何故かうまくいかない。逆に全身に力が入る。

「はい!」


 名前:ミル・キース 種族:ドラゴン 称号:第二次創造物

 レベル:163 スキル:54820


 カンノーリは、逃げ出したい気持ちを全力で抑える。

「……ドラゴン。ス、スキル値の数値が考えられない物になっていますね……」

 必死に冷静を保とうとするカンノーリだが、額から汗がにじみ出てくる。

「スキル値は問題ないんですが、種族と、よくわからない称号を変えたいのです。後、スキル値があるのにスキルが表示されていないのも何故だか知りたいです」

「なるほど、承知致しました」

 カンノーリはミルから目を離して視線を膝上に落とした。冗談ではなく、死ぬ気がしたのだ。

 ステータス鑑定、スキル鑑定の方法は様々だ。アイテムの使用から本での解説、またはカウンセリングという形もある。カンノーリ選ぶ鑑定法は最もストレートな物で、対象の記憶を読み込み、それで得た情報を元にステータスを鑑定して、望まれれば表示を編集するのだ。

 この方法は対象の記憶を基にしている為、記憶を読み取れればそのままの純度で鑑定ができる。

ただ、鑑定士が自ら精神で対象の心に入るので、最悪精神が対象者に喰われるというような事が起きうる。よって鑑定士側のリスクが高く、鑑定士の間でもできれば誰もやりたくないような方法である。

 今回カンノーリが記憶を読む相手はドラゴン。その記憶を覗いた時、自身が昔読んだドラゴンの本を信ずれば、自分が壊れるのが容易に想像できる。

「あの、カミラさん」

「はい」

「お代はいりません。その代わりに、途中で止めさせてもらうかもしれません。もちろん、望みの編集に必要な情報を、最優先で見つけますが」

「……はい。種族さえ変えられれば、後は何とかなります」

 カンノーリは金銭に困ってない。彼の考えは、客の要望が第一で自分の命が第二の考えの持ち主だが、実際それが問われている時分、どちらも第一の同順となった。

「それでは、ミルさん。手をお貸し願いたい」

「はーい! 」

 既にカンノーリは鑑定に必要なスキルと、自身が持って生まれた適性の能力を解放している。つまり、後はミルの手に触れるだけである。

 無邪気に手を差し出すミルと対照的に、カンノーリはミルの手に本気で触りたくないという気持ちをようやく抑え、第二の覚悟を決めたところである。

「ミル。カンノーリさんに見てもらう時、嫌な事を思い出すかもしれない。その時決して忘れないで、今のあなたには、私達がいるわ」

「そうだぞミル。何があっても安心しろ」

「え? なにかあるの? 」

「大丈夫よミル、カンノーリさんに手を貸して」

「うん! 」

 ドラゴンの記憶とはどれ程の物なのかを考える。

長くこの仕事をする中で付いた、今となっては付いてしまった膨大な専門知識はカンノーリを苦しめる。

 カンノーリはさっきまで神話からドラゴンの伝記、勇者により討伐されたドラゴン情報の様な、如何にも伝説的で専門的で、更には変わって実質的な考えをしていたが、今では子供の頃に読んだドラゴンの『やわらかいおとぎ話』の事を思い浮かべて現実逃避をしていた。


【ミルを覗くカンノーリ】

 カンノーリはもう死にそうだ。ミルの記憶の中に彼は、魂の命綱一本で降りていく。

通常の人ならば、通常の異形の者ならば、彼は記憶を本人以上にクリアに見渡せる。

 しかし今はどうだ、全く以て真っ暗ではないか。その濃いというにはあまりにも桁が違う怨嗟響く闇の中、カンノーリは叫びながら血の涙を流している。必死で命綱で上がろうとする。上がらなければ、いけない。もっと早く登らないと魂が呑み込まれる。

『死ぬ』

「じょ、冗談じゃありません!! 」

 もう十分。カンノーリはそうとも思えなかった。ある種の逆切れである。

「登るのです! ミルさんの中を見るというのは、明らかに人智では不可の――」

 悍ましいモノが寄ってくるそんな感覚。それとは別に足の感覚がない。

「なぁぁあんでしょうぅこれはぁ――!? 」

 体が徐々に喰いちぎられていく。痛みこそないが、体が削れる程眠たくなってくる。

 絶望するカンノーリだが、暫くすると周囲が白くなった。

 初めてミルの記憶がみえた。

ビンセントとカミラとの戦い、食事、睡眠。

ミルが二人に思う気持ちは、彼女にとって何事にも代えがたいのか、それは明るく美しく映った。

「た、助かりました! ビンセントさん! カミラさん! ミルさん! 」

 カンノーリが記憶の出口に手を付けると、再び真っ暗になった。

「ま、またですか。で、ですが、もう出口に手をふれています、もう出るのです。大丈夫です。だいぶなくしましたが、魂の半分があれば戻れます。だぁい丈夫ですぅ!! 」

 一本の刃が何処からともなく飛んできて、カンノーリの首をはねる。

「あぁぁ、ですが大丈夫です。体がそのまま出れば私は戻れます。胴が両断されなくて本当に助かりました」

 カンノーリの首無しの、喰いちぎられてボロボロの体は、出口から出る。

その頃、永遠に落下する彼の頭についている目玉は、ミルの深い記憶の一片を見る。

 人のような者が椅子に座っている。

永遠の怨嗟の叫びは薄くなり、数多くの、ミルの記憶する言葉が無数に響き渡り、カンノーリの耳にも響きは及んだ。


『ミーレアイン様が誕生された!! 』

『メリダ、後はお願い』

『キース様! ノース様! 大変でございます――』

『あなたへの贈物です』


「なんでしょう、怨嗟が止みました――。しかしこれは――」

 カンノーリの魂は、今ミルの記憶から出た。


【ミルの記憶】

「ミーレ」

(誰かが呼ぶ)

「ミーレ」

(まただ)

「ミーレアイン起きろ」

(聞き覚えがある)

「今日は人が挨拶をしに来る。お前は奥にいろ」

(誰だったか)

「人間は戦争になるそうだ、我が力を貸してほしいと祈りおった」

(たしか)

「ミル? なんだそれは、お前の名はミーレアインだ」

(よく怒られた)

「な、泣くでない。よい、『ミル』お前が良いならば」

(そして優しかった)

「体を変えて下に降りてみるか。人間の創る『料理』という物は美味というぞ」

(一緒にご飯も食べて)

「ミル、隠れていろ。そろそろ迎えが来る」

(だけど)

「久しぶりだねミレニアム。もう時期だから、戻ってもらうよ」

(これは誰だろう? )

「否! 我には魂がある。もはや別物だ」

(……ん)

「君もか……そういうのは、心が痛むんだよね。仕方ない」

(……さん)

「……そこの女はなんだ。そのオーラ」

(……うさん)

「彼女は、僕が連れてきたんだ、別の世界からね」

(……とうさん)

「グゥ……なんだ、この力は――なるほどそうか」

(……おとうさん)

「流石に最強に創ったもんだね。ごめんね、ミレニアム」

(おとうさん)

「グォォォオオオ――――――――!!!! 」

(おとうさん! )

「さようなら、お帰りなさい」

(おとうさん!!!! )

「これが言っていたやつだよエリス」

(………)

「初めて見たわあなたの力、恐ろしい力ねノース。ていうか、ちょっと引くわ」

「エリス!! ノース!! 」

『ミル……ミル………!! 』

「貴様等ぁぁあ――――ッ!! 」

 ミルは今、自身が悍ましいものになっているという事に気が付いていない。

ミルがその時に実際にしなかった行動を、それを記憶の中で実行する。

 父のバラバラの死体の中から、何かを回収した、ノースとエリスという名の二人を殺す。

その為に、洞穴の奥から飛び出した。

「あぁぁぁぁぁああぁぁ!! 」

 しかし、背を見せて歩く二人の姿は、腐っていく。腐りきって肉がずり落ちていくと、二人は完全に消えていった。

 ミルはどうしようもなくなると、その場でしゃがみ込む。負の塊のようなミルを、何かが優しく包む。

どこかで感じた、この感覚。

「今のあなたには、私達がいるわ」

 ミルは思い出した。

悪夢は晴れ、自分とビンセントとカミラの新しい記憶がミルを優しく包む。

「二人共……ありがとう」

 ミルは記憶の中で眠りについた。


【カンノーリの部屋】

 気が付けば、元の風景に戻っていた。

それでいてミルは、ビンセントとカミラの二人に抱きしめられていた。

「ミル! 起きたか! 」

「頑張ったわねミル! 」

 二人に頭を撫でられて、ミルは安心して嬉しくなった。

「うん! 私頑張ったよ! 」

「偉いぞミル」

 笑顔であふれた三人の対面には、白髪が増えたカンノーリがいた。

「カ、カンノーリさん、大丈夫ですか!? 二人共いきなり意識無くなってるから、びっくりしましたよ」

「だ、大丈夫です。よかった。生きてる……体、ある」

「できそうですか? 」

「わかりません、一度、ステータスを確認していただきたいです……」

「ミル、ステータス出してみて」

「うん! 」


 名前:ミーレアイン・キースゼーレ 種族:ドラゴン 称号:第二次創造物

 レベル:163 スキル:59403


「あれ、なんか、名前が違うわね」

「なんかスキル値も増えてないか? 」

「そういえばそうね」

「ミーレアインってなんだろう、ミルの本名? 」

「私はミルだよ! 」

「ミルが良いならいいけど、カンノーリさん、種族と称号変えられそうですか? 」

「……変えられ……ますね。如何しましょうか」

「二人とお揃いがいい! 」

「『人』ですか、可能です。称号は如何しましょうか」

「私は紅蓮の少女だし、ミルは白金の少女でいいんじゃない? 」

「いや、それはどうなんだ」

「ビンセントはどんな称号なの? 」

「俺は持ってない、だから編集もできない」

「大丈夫だよビンセント。ネスタ開拓したんだ、称号貰えるよ。悲しい顔しなで」

「いやしてないし! 」

「じゃあ私白金の少女! 」

「承知致しました、お名前は、戻されますか? 」

「ミルでお願いします! 」

「承知致しました。それでは、再度お手をお借りします。安心してください。先程のようにはなりません」

 カンノーリは再びミルの手を取る。

「完了しました。それでは、ステータスの記載を確認してください」

 ミルはステータスの変更を確認する。


 名前:ミル・キース 種族:人 称号:白金の少女

 レベル:163 スキル:59403


「わーい! 私のステータス変わった! 皆とお揃い! 」

「やったわねミル! 」

「そういえば、やっぱりスキルは表示されないんですね」

「はい。確認できたのは、名前と種族だけでしたので、スキル等は確認できませんでした」

「種族が人になったのは大きいわ。これで堂々と人前に出れるわね」

「やったー! 」

「変身忘れちゃいけないぞミル」

「忘れないよ! 」

 今にも気絶しそうなカンノーリの仕事でミルの件は完了したが、ビンセントの仕事の件がまだ残っている。

(俺の用事は、また明日にするか)

 何があったかは詳しく知らないビンセントだが、彼から見てもカンノーリの消耗は尋常ではない。今日はもう戻ることにした。

「カンノーリさん、ありがとうございました。私の職業の事は、また明日の朝に伺いますので、宜しくお願いします」

「ビンセントさん、お気持ちありがとうございます。明日もおりますので、いつでも構いません」

「わかりました、それではありがとうございました」

「ミル、カミラ、宿に行こうか」

「うん! 」

「そうね」

「カンノーリさん、ありがとうございました」

 カンノーリの想像と違い、ビンセントの境界で帰るのではなく、どういうわけか三人は扉を開けて部屋を出ていった。

 自動的にかちゃりと閉まる扉、カンノーリは消耗しきっているせいか表情がない。

そのまま席を立ち、閉館と書かれた小さな看板をもって、扉を開けてドアノブにかける。

 部屋に戻り、再びかちゃりと閉まる扉。

それに加えて、カンノーリは扉に魔法をかけて開かないようにした。

(何とも、恐ろしいですね、あの方達は。前の騎士の方など、比べてしまっては――いや、比べる必要もないですか)

 カンノーリはいつもの仕事終わりのお菓子を食べることも、紅茶を入れる準備もしようとしない。

ただ椅子に全体重を預けて目を虚ろにしている。

(ミルさん記憶の中にあった声、どこかで見た本に――、少し調べてみてもいいかもしれませんね。ただ、今日はもう動けそうにありませんね)

 カンノーリは気絶するように机に倒れこみ、眠りについた。

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