10話 『通りすがりの商人の夢』
適度に木陰で休んだ三人は腰を上げる。
「よし、そろそろ行こうか。腹も減ったし」
少し歩くと、切り株の丘となった伐採後の元森に戻ってきた。ビンセントとカミラが伐採をしてから、ここからは平原はもちろんのこと、クロイスも遠くに見えるような見晴らしの良い場所となった。
「いい眺めだね」
「わー」
「切り株が無けりゃもっと綺麗だろうが……。カミラがやった所は所々株ごと抜かれてるな」
ビンセントの伐採はあくまで表面的。カミラも最初は手刀で大木を切断していたが、途中からは樹が根から引き抜かれている。伐採は済ませたが、あり得ない硬度を有する切り株だらけで、このままでは土地としての使い道があまりにない。
ネスタの樹は森の大地とつながっている限り、常人では伐る事はおろか削る事すら不可能な強度である。そのために、常人ではこの切り株を処理する事はできない。
今回の伐採はあくまで森への道の為の伐採で、完全な道を造る必要は無い。ビンセントとカミラは切り株だらけの坂道を歩きながら、今後のことを考える。
「でも工事系の問題が起きたらそれでも食えそうだしね。切り株は残しといて正解かも」
市民やギルド、また貴族のような地位を持つ者にとっても、この土地は新天地となる。新たな土地は発展の源となるが、同時に争いの源ともなる。しかし現在のクロイス国にはそんな勢いはない。前起こった事件により、国自体が崩壊しているからだ。
王もいなければ大臣もいない。側近は大臣により片付けられており、『兵』というものは数年前から所持されてない。唯一の戦力となりうる闘技士達は、国に対しての忠義なんて気持ちは誰も持っていない。元々ただの利害関係だったからだ。
収入が欲しくて契約した者や強要された者。そしてアイテム欲しさの者からただ殺戮が好きな者までいたが、コロシアムは終了して皆バラバラに散っていった。クロイスとは、今やそんな国だ。
ビンセントはふと山の頂上付近にある中規模な宿屋があることを思い出すと、それを二人に聞いた。
「そういえば、ネスタ山の頂上付近に宿屋があるの知ってるかい? 」
二人はキョトンとしながら返す。
「え、この山奥に? 」
「私見たことないや」
カミラもミルもその事はどうやら知らないようで、二人は揃って首をかしげる。
「わりと大きめの宿屋だったんだよ。そこまで道造ったら結構流行りそうな感じだ」
「そんなのあったんだ、知らなかった。昨日ミルに連れてってもらった上空からも確認できなかった」
「隠れ名所っていう所なのかもしれないな、そっとしておこうかな」
「それがいいんじゃないかな」
「それもそうだな」
「私今度行ってみたい! 」
「また今度行こうな」
「やったー! 」
そんな会話をしながら歩いていると平原へと、三人は降りて行った。
【クロイス平原】
広い大地には所々道が敷かれ、背の低い木が点在している平原。そんな中に小さくぽつぽつとしているのが馬車だ。
「フンスッ! 久しぶりに山降りた! 」
ミルは興奮しながら両手を上にして体を伸ばした。
「そうなの? ミルはやっぱりネスタの守護神だったのかな。でも世界はもっと大きいみたいよ。私もそんなに見たことないけどね」
「よし二人とも、後はもうまっすぐだな。商人の馬車もちらほらいるし、飯の世話にでもなるか」
「はーい」
三人は遠くに見えるクロイス国に向かい、ただひたすらまっすぐ歩いていく。平原の道を行く馬車に乗る商人は、それぞれ規定で決められた緑色の印、商許可証を馬車に着けている。
平原を行く者の中にはただの通りすがりの者もいるが、クロイス国内の騒動が起こるまではクロイスへの用事がある商人がほとんどである。
商人は早朝に自身が所有していたり借りている土地から採れる野菜をクロイス国内の店に売りに行き、家畜を飼っている場合は肉をさばいて同じくクロイス国内の店に売りに行く。
クロイス国は軍事力を所持していないが、闘技場がある為に武具の商人や鍛冶職人も通う。その他はアクセサリーやインテリア、資材等を扱う商人がこぞって商売をしている。またその逆もあり、クロイス国内で生産された物を商人が仕入れて他国に売る場合もある。
しかし現在、国の店は殆ど閉まっており、商人達の取引先は少ない。国が所持していた公の市場か貴族との商売関係がある者のみ、貴族の傘下の業者と打ち合わせをし、それぞれの生産輸入輸出をする。
しかし、そんな商人もなかなかいるわけでもない。平原に点在している商人の中にも、いつもの取引先が無いが為に他の所に回すか、そのまま持ち帰る者もいるだろう。そんな馬車の一台が、三人の近くを通っている。
「商人の馬車だ。何か食べ物売ってくれないかな」
「何屋かな、聞いてみないとわからないわね」
「お腹すいたなー」
「よし、じゃあちょっと聞いてみようか」
ビンセントは馬車に向かい大きく手を振って叫ぶ。
「すみませーん! 食べ物売ってくれませんかー! 」
カバードワゴンが付いている小さな馬車にのる商人は、それに気が付いたのか手綱を引き、馬の進路を変えた。
「おー食べ物あるっぽいね。助かるわ」
「ミル、ご飯食べられるかもしれないよ」
「やった! お腹ペコペコだよ」
馬車は三人の横まで行くと止まり、商人はステータスを表示させた。
名前:トマス・リー 種族:人 職業:商人
レベル:15.7 スキル:927
………………
「こんにちは、私はトマス・リー。食材や加工食品を扱っています」
商人はステータスに表示されない商売許可証、食品管理等の免許を手に持って見せながら自己紹介をしてきた。
「今すぐ食べられる物ありますか? 凄くお腹が空いてしまって」
「ありますよ。ここで調理もできますし」
商人は親指で馬車のワゴンを指す。
「ワゴンに調理器具もありますし、よければ今からでも作れますよ」
「おー! それはありがたい」
「やったー! ごはんごはん! 」
商人は手綱を下ろし、馬車から降りて馬を休ませると三人を案内する。
「すぐ準備しますね」
商人はそう言うとワゴンの後ろに行き、幕を張っている紐を解き解放する。再び馬車に乗り込みワゴンの中に入ると、後方部の扉を棒を使って上に開く。商人は椅子を三脚とってワゴンから降りると、二重になっている底板の下にある板を引き出す。
「凄い機能ですね」
思わず関心をするビンセントだが、商人はそれに微笑みながら会釈をしてせっせと準備をする。
底板を伸ばし、それについている棒で支えると、底板が地面と水平になる。ワゴンの開き戸が閉じないように、底板にあるくぼみに棒を差し込み、柱のようにして開き戸を固定する。するとワゴンの戸が天井のようになり、底板はテーブルとなった。、三脚の椅子が並べられると、それはまるで飲食店の様になる。
「すごーい! 変身した! 」
「馬車にこんな機能が、……凄いわね」
「ありがとうございます。自分で考えて馬車を改良したのですが、なかなか使える機会がありません。久しぶりに使えて私も嬉しく思います」
商人は再び馬車に入ると、ワゴン内から食べ物の要望をビンセント達三人に聞く。
「お待たせいたしました。豚肉と卵、数種類の野菜とパンがありますが、如何しますか」
「なんでもいいですよ! お任せします! 」
「大層な物はできませんが、ご了承ください」
商人は金属性の箱とフライパン、まな板に包丁、調味料や食材、調理に必要なものと食器を外に運ぶと、三枚の布をそれぞれ三人の前に敷く。そして布の上にフォークを置いた。次に調理の為に金属製の箱に薪を入れて火を点ける。しかし、なかなか火力は弱い。
「すみません、少し時間がかかるかもしれません」
「いえいえ。ここまでしていただけるなんて、ありがとうございます」
ビンセントはポケットに手を入れると、その中で境界を開いてネスタの樹の木片を取り出す。
「トマスさん。良かったら、これ燃料にしてください」
その一握りの木片を受け取りキョトンとする商人トマスだが、商人魂として貰える物はありがたくもらう。
「助かります。ありがたく使わせてもらいます」
トマスはそう言って礼を言うと、その木片を火にくべる。すると一気に火力が上がり、たじろぐトマスはビンセントと鉄箱を交互に見る。
「な、なんですかこれは!? 」
ビンセントはトマスにネスタの樹の枝を見せて、燃料材の情報を少し売り込んでみることにした。
「それは、私が扱っている燃料です。少量でかなりの火力を出せて、おまけに点火も早く、持続力も他の燃料と比較にならないものです。当然その分取り扱いには注意しなければなりませんが」
トマスはビンセントの話を聞くと、燃える炎をまじまじと見る。
「なるほど、凄いですねこれは。こんな燃料があるとは……」
「さっき私が取り扱ってる。と言いましたが、コレはこれから販売していこうかと考えているものです」
ビンセントが今持っている木材は、あくまでフリー開拓の副産物だ。副産物の所有権は国によって決められる。現在国自体は機能していないため、役所で許可が下りればそれで所有権が得られる。現在のビンセントは、その副産物の所有者としては確定していない。
「なるほど、そうなのですね。……あ、そうでした。これで調理時間が大幅に短くなります! しばらくお待ちください」
調理のことを思い出したトマスは、机の上に野菜の乗った木製のまな板を置いて調理を始めた。
移動調理を可能にした馬車だが、水辺がなくては食材を水洗いができない。手を洗う分の水だけは用意してある。野菜も幸い出荷時に既にすべて洗っており、土はついていない。しかし新鮮な為に、少し虫がついている。それを取り除き調理をする。
豚肉を薄くスライスしてコショウを振りかけて下準備をしているうちに、鉄箱の上のフライパンは十分に熱されて、油はさらさらと表面を滑る。卵を三つ割り、フライパンに落とす。フライパンに触れた部分は一瞬にして白く焼けるが、トマスはフォークで卵をかき混ぜて伸ばすと、すかさずコショウを振っておいた豚肉をほとんど生の卵と混ぜる。
豚肉を卵が覆い、その表面は黄色くなる。
「わぁ、いい匂い……」
ミルは椅子に座りながらじーっと豚肉を見つめている。よだれは……、少し出ている。
「いい匂いね、ピカタかしら」
「ますますお腹空いてきた」
トマスはピカタをフライパンの端に寄せて、切っておいた野菜を入れて炒める。しんなりするまで炒めると、塩とコショウをかける。双方十分に火が通ったのを確認すると、フライパンを火から上げて、木製の器に盛りつける。
三枚の皿には、三人分のパンとピカタが盛られ、一枚に三人分より多めな野菜炒めが盛られる。調理は終了したが、箱の中の火はまだ消えずに勢いも変わらず燃え続けている。トマスは平原の土を小さなスコップで堀取り、火元に振りかけて火を消した。
料理後の始末も終えたところで、皿を両手に一枚づつとってテーブルに並べ始める。
「お待たせ致しました。豚と卵のピカタと野菜炒めです。パンを添えさせていただきました」
「おー!! おいしそう! 」
「平原でこんな料理が食べられるとは思わなかったわ……」
「確かにそれは思わなかった。トマスさん、ありがとうございます! 」
トマスは料理をテーブル上に出し終える。
「それでは、お召し上がりください」
屋外でアツアツの料理を目の前にしている空腹三人の顔はほころび、口元は緩くなる。
「いただきます! 」
フォークを持つと、それぞれ料理を口に運ぶ。
「おいしい!! 」
三人の反応に満足したのか、トマスも笑顔で調理器具を馬車へと戻している。
暫くすると、皿の料理はすっかりと無くなっており、代わりに満足気な三人の顔が並ぶ。
「ふー、美味しかったぁ」
「美味しかったね」
「おいしかった! 」
片付けを終えたトマスが、馬の世話から戻ってくる。
「喜んでいただけて嬉しいです」
「トマスさん、商人の他に料理人もやってるんですね」
「いえ、料理は商売とはしておりません。あくまで私の趣味ですね。資格はありますが、私の腕では、なかなかできそうにありません」
「そんなこと無いですよ、美味しかったです! こんな平原で料理ができるなんて、どこか店とか、調理器具や食材があるところで料理をしたら、何でもできそうですね。……カミラ、あれなんだっけ。前行った店――」
「デリツィエ? 」
「そう、それだ! 」
「でりつぃえ? ……なぁにそれ? 」
トマスはその名前を聞いて表情が少し変わる。その表情は、どこか憧れがあるような表情だ。
「デリツィエですか……、存じ上げております」
「そうです。丁度クロイス国内にもあるんですよね。……いや、なんか、店長すぐ店移動するって言ってた気がするが」
「言ってたね、店構える場所を探しているとか」
それを聞いてトマスの目線が少し落ちる。
「私、クロイスの飲食店や市場に対して食材を売っているのですが、今日はどうしたのか店が殆ど閉まっておりました。その為に食材もこの通り、全部残っています。実は私も、デリツィエの店がクロイスにできたという噂を小耳にしており、今日見に行ったのですが店は閉まっておりました。おそらく、丁度食材を採りに店を出ていたのでしょう」
そんなトマスの話を聞いている中にビンセントは、デリツィエの店長が言っていたことを頭の中で思い返した。
「そういえば、自分で食材も確保しているって言ってたな。でもこの時間ならいるんじゃないかな」
「そうですか……。もう一度行ってみようと思います。ありがとうございますお客様。……失礼ですが、お名前をお聞かせ願いませんか」
「ビンセントです。ビンセント・ウォー」
ビンセントはステータスを見せる。
「ビンセントさん……、ありがとうございます」
先ほどまで曇りつつあったトマスの表情は明るさを取り戻した。
「あ、そういえば料理の料金っていくらでしょうか」
トマスとの話が盛り上がったビンセントは、すっかり忘れていた料理のお代を思い出す。
「お代いいですよ、ビンセントさん」
「いえ、それは流石に。こんなに良くしてもらって」
「いえ、私の気持ちです。料理人の夢を思い出させてくれたのですから」
トマス本人はそう言うが、それでは気が済まないビンセント。しかしトマスが引かない事を察すると、一つ追加でお願いをした。
「トマスさん。……これからクロイスへと向かうのですよね」
「はい。デリツィエに行き、修行をさせてもらいます」
「よろしければ、私達三人もクロイスへ連れて行ってはくれませんか」
ビンセントはクロイスまでの移動手段を見つけ、トマスに送ってもらったその運賃として、料理代も併せて払おうと考えた。その願いをトマスは快く了承した。
「もちろんです、ぜひ乗っていってください! 」
「ありがとうございます! 」
「そうと決まればビンセント、私達も片付けの手伝いしましょうか」
「私もするするー! 」
「そうだね、片付けようか」
カミラとミルは、立ち上がる。カミラはバッグから三角巾をとると、それを慣れた手つきで頭に付けた。短期間ではあるが、さすがは元宿屋の娘の『紅蓮の闘神』である。片付けならお手の物だ。
「ありがとうございます皆さん! 食器お下げ致します」
トマスは空になった皿を重ねて、馬車の中にある片付け箱の中に入れる。
「トマスさん! この天井とテーブルの棒とっちゃっていいですか! 」
「はい! 頭をぶつけないように気を付けてくださいね」
了承を得たカミラは支えの棒を抜く。馬車のワゴンの扉がおりてくると、トマスが手で扉を抑えて帽を回収する。
「よし。これでいいかな」
ビンセントとミルは、テーブルの足となっている棒をたたんで金具で固定する。テーブルを馬車の底板下に押して戻した。
「トマスさん! どうですか! 」
「ありがとうございます! ……大丈夫ですね、後はカバーをして片付け完了です! 」
テーブルの足が固定されていることや、底板が奥まで入っていて固定されていることを確認すると、カバーに付いている紐をワゴンの縁にある金具に結んでいく。
「片付け完了です! ありがとうございます。それでは、さっそくまいりましょうか」
「お願いします」
トマスに先導されて、三人は馬車に乗り込む。
「こちらからです。足元注意してください」
「私馬車乗るのはじめてだー! 」
はしゃぐミルの手をカミラが引いて馬車の中へと入る。それに続いてビンセントが乗り込むと、トマスが最後に乗って手綱をとる。手綱で反応する馬が立ち上がり、とうとう出発の準備は整う。
「それでは、クロイス国へ参ります」
トマスが手綱を操ると、馬車はゆっくりと進み始める。
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