8話 『少女の父』
業火の焚火から少し離れて、石の串に刺さった魚は並べられている。焼かれている魚からは何ともいい匂いが香りがただよい、肉厚の身からは油が漏れ出す。それを見つめる空腹の三人。その中のドラゴンが匂いに疼いている。
「いい匂い……」
焼いた魚の匂いを初めて嗅ぐドラゴン、ミルの口元からはよだれが止まらない。
「ミル。よだれが凄い事になってるわよ」
「気にしないで、カミラ」
ミルは目の前の自己拷問に耐えられなくなり、串をとる。
「いっただっきまーす!! 」
ミルがさっき川で獲ったばかりをそのまま食べていた自分の変わり果てた魚を取ると、一気にかぶりつく。
「モゴモゴ……ぅ……うぉお―――!! 」
自分でマーキングしていた魚の味の違いに驚きながら、一心不乱にモシャモシャ食べる。
「おいしい!! 焼いたのおいしい! 」
そんなミルを見て、二人も笑いながら魚をとる。
「焼いても美味しいでしょ」
「うん! すっごくおいしいよ! 」
ミルはあまりにも焼いた魚が美味しくて、魚を四匹も食べた。満腹になり、眠くなったのか焚火の前に座って、まぶたを重そうに開いたり閉じたりうつらうつらしている。
「ミル、おなかいっぱいで眠くなった? 」
ビンセントがそう聞くと、ミルは半分眠りにつきながら反応する。
「ぅぅンゴゴ……、ぉなかぃっぱぃ……」
「それはよかった。今日はもう寝なよ、おやすみなさいミル」
ビンセントはミルを横にさせ、上着を布団代わりにかぶせてあげた。
「ぉやすみなさぃ……」
「おやすみなさい」
幸せな顔で眠りにつくミルを見ている二人は、共に顔を合わせると思わず微笑んでしまう。その後しばらくの沈黙が続き、二人も横になりながら燃え上がる炎を見つめている。
「なんだかんだ、ミルはまだ子供なんだよな。ドラゴンでも」
「そうみたいね。私達よりは長く生きてると思うけど。人の子と変わらないね」
カミラは自分とミルが似た者と感じていた。幼い頃は今の様にビンセントと一緒というわけではなく、違うところで暮らしていた。彼女には母はいなかったが父がいた。しかし、いなくなった。彼女を守る為に、彼女を逃がすために目の前で死んだのだ。
カミラはもう一度ミルを見て微笑むと、ビンセントに寄りかかってまた炎を見つめた。何を思うのか、それか何かを思い出したのか、ビンセントはカミラの顔を見てわかった。きっと表情にでも出てきたのだろう、カミラは微笑んだまま溢れる涙を抑えようともしていない。ビンセントはただカミラの心を察し、指で涙をぬぐってやり、そのまま優しく抱き留めた。
【カミラの父】
『エスト』軍船・商船・奴隷船が行きかう貿易国家。
海に沿う南西部に存在する国は巨大であり、必然と言ってしまえばそれまでだが、巨大な王の下には莫大な富を持つ者達が大勢いたし、その下には数倍以上の貧しい者達がいた。貧しいと言っても基準により変わってくるが、少なくともカミラ達の地位、また存在は、最低外の奴隷だった。
魔物との戦争時、国軍やギルドは奴隷を戦力として買っていたし、貴族は元から世話や作業、遊びや、酷い場合は学者と挟まれ、魔法やスキルとその他の実験体として売買されていた。
カミラの父は奴隷身分ながら他者が持たぬスキルと能力を持っており、それを買われて憲兵として国を魔物から守っていた。しかし身分は奴隷。どれだけ勇敢で強く、どれだけ優しく、どれだけ人を助け、多くの魔物や盗賊を殺して国を救った英雄でも、父は国の奴隷であり、道具だった。蓄える事は許されていない。食料は、戦の支給品の粗末なパンと水。
父は食料を支給されても食べるのはほんの一口のみであり、魔物との戦いが終わり、小屋に戻される時までそれをふところに忍ばせ、娘であるまだ幼いカミラに食べさせていた。
賃金は他の奴隷には与えられていなかったが、父はその能力がゆえ、無いに等しい額だが、父をよく思う唯一の買い人から賃金を貰っていた。そして本来は許されない事だが父は子の為に密かにお金を貯めていた。いつか、国内では無理でも、娘を自由の身にする為である。そんな父のささやかな夢は、娘だけ生かしては寂しいだろうという理由で、自分も自由の身になり、親子二人で自由な幸せを得る事である。だが本当のところ寂しく感じるのは、父自身であっただろう。
カミラが思い出すに、父はいつも娘である自身の為を想って全てをしてくれたが、父の奴隷仲間が言うには本当は父もカミラと一緒に幸せに暮らしたいと笑って、しかし少し照れくさそうにしながら話していたんだと、カミラは聞いた事がある。そんな奴隷の日常も、父が娘の為に貯めてきた資産の意も、権力者の興味により何の突拍子もなく幕を閉じる。
父、マースの能力の研究。魔物との戦いに勝つ為の力。その一つの手段として認められている、軍事利用価値のあるその赤い能力。エストの権力者達は、彼に娘がいる事を知ってしまった。権力者達が考える事は、幼いその体に能力を引き継いでいることを前提とした生物兵器の制作と、能力のコピーである。
マースの他者が持たぬ能力は一つ。赤きオーラを纏い、痛みを遮断し、どれだけダメージを受けようとも、身動きの為の四肢を失わない限り闘い続けられる『クリムゾンオーラ』のちにカミラが使う能力である。
今日も戦いが終わり、父マースは小屋への帰り道、小屋の方から来る三台の巨大な馬車とすれ違った。その瞬間、彼は体を地に伏せた。その馬車には歩兵が付いており、中央の馬車は貴族の馬車、前方と後方を軍の馬車で挟んでいたのである。その方向は、彼の小屋以外には何もない、人が訪れる事の無い国の外れだ。そこにあるモノとしたら、廃材やごみ。それに自分の最愛の娘だ。
男は背筋が凍る。何かを、自分から何かが、自分の全てが、今すれ違った馬車に持っていかれたような感覚がよぎる。男は走った。すでに目の前には自分の小屋が見えている。自分の帰る場所、迎えてくれる娘がいる場所、それはもう見えている。しかし、見えている物は昨日の帰りに見たものと違う、今日の出発に振り返って見た物とは違う。
マースとカミラの小屋は、扉はおろか壁を崩されて瓦礫と化している。周りの廃材、瓦礫の山と同化している。否、一つ違うところがある。それは買収の印だ。この場所には不釣り合いな綺麗な白布が、今朝娘とパンをかじった机にかぶせられている。そこにある物は、10000
男は金と契約書を手に持って引き返し、さっきの馬車を追う。男はその能力の特性故、既に『赤い』。そしてその能力が故に馬車に追いつくのは容易い。何の事は無い、分と経たずに追い付き、たどり着いた。男は馬車の前に立ち、再び体を地に深く伏せて懇願をする。
「どうか私の娘を還してください」
しかし、その願いの答えは暴力。貴族を挟む馬車の前を人が塞ぐ、その行為、奴隷でなくとも暴力は必須。体を蹴る、しかし男は強靭であり退かない。殴る、しかし男は強靭であるから動じない。軍人は剣を抜く、しかし男は体を伏せたまま動かない。剣が男を襲うその時、貴族がその雑音に反応して馬車を出る。
「なにごとだ」
貴族の言葉に恐れながら、軍人は言葉を発する。
「申し訳ございません。『モノ』が行く手を遮ります故、すぐにどかせます」
しかしその貴族には、さっきの彼の懇願が聴こえていた。軍人を無視して彼に直接語り掛ける。
「そこのモノ、こっちへ来い」
彼は真ん中の馬車、貴族の馬車まで行き、再び頭を伏せる。
「お前は後ろの一小屋のモノか? 」
彼は恐れながらそうだと伝える。
「お前には娘がおるか? 」
彼は恐れながらそうだと伝える。
「その娘は『コレ』か」
貴族の隣に座っていた、軍人のような身なりをした者が『コレ』と言ったモノを持つ。細い縄で縛られ、気絶している少女。……自分の娘、カミラだった。
彼は恐れながら顔を上げ、そうだと伝える。
「コレは私が買った。金が置いてあっただろう? 買った理由は『人の為』だ」
彼は金と契約書を貴族の前に出し、娘を還してくれと願った。
「もはや私のモノだ。私が買ったモノだ、手放さん。コレは人が魔物を倒す為の手段の可能性となる」
男は懇願した。
「魔物ならば私が片付けます。私が倒せます、私が殺せます」
彼は確かにできる。しかし娘を持つ軍人の様な男が言葉を返した。
「確かに、お前の力は魔物を殺せる力だ。人が進撃できる力だ。だがな、お前は人としてはもう古い、力もそれ以上必要だ。だから――」
男はそう言いながら娘を彼の目前に持ち出す。
「コレにはお前以上の力を与える。そして俺達はコレの能力をコピーする。言葉の意味が解るか? お前は奴隷の中でも賢いと聞くが」
彼は自分がかわりにと申し出たが、男が突っぱねる。
「変に知識がついちまって、古い年喰ったお前じゃもうだめなんだよぉ! コレは実験繰り返して魔物ぶっ殺しまくる兵器になるっつってんだよぉ! ――俺みたいになぁ。ククックヒヒヒッ……まぁ、ぶっちゃけそれも悪くねぇよ。俺は奴隷じゃなかったが底辺階級出身者だ。身分貰ってなんか気分良くなったし、貴族様直属の護衛に就けたしな」
彼は震えている。溢れる怒りの為である。怒りの対象は、娘を手に持つ男というよりは、カミラの幸せを邪魔する『全て』に対してだ。大よそマースは、どこかでこうなる事を思っていたのではないだろうか。だから、その『全て』には自分も含まれているのだろう。
貴族は男を制して言う。
「まぁ、こいつは『NO.14』というやつで無能力者だったが、幼体のうちに戦闘訓練やスキルを身に着けさせたのだ。ただ少し精神がおかしくなってるが、コレはもっとうまくやれる。技術も上がったからな。喜ぶといい」
貴族がにやけながら、また人の希望を得たかのような笑みをもってそう告げると、馬車に座りなおし、馬車を再び出発させた。
「よぉおっさん! コレは立派な兵器になって俺と一緒にぶっ壊れるまで魔物殺し続けて世界平和にしてやるから安心しろよ! そうなる前にコレが先に壊れちまうかもしれねぇけどな」
馬車が離れていく。娘を連れて離れていく。奴隷の身で貴族の馬車を制して殺されなかったのはありえない幸運だ。しかし彼はそんな幸運など望んでいなかった、彼が望んだのは娘の幸せ。それが叶わなかった。
彼は二つ目の手段に出る、『奪還』だ。奴隷同士でも行動は争いの種に発展することもあり得る。それも今から行うのは奪還。貴族からの奪還。国からの奪還。もとい自身の死など見る暇もない。
彼はその全身を、更に赤黒いオーラで覆っていく。彼は無表情で、馬車を音なく走り追いながら言葉を発する。
「俺の娘カミラ、俺はいつでもそばにいる。『クリムゾンオーラ』解放」
赤黒いオーラは次第に黒味がなくなり真紅で透明になる。
後方の馬車の様子がおかしい事に貴族の隣に座っていた男『No.14』はその異変に気が付き、耳を研ぎ澄ませる。少し騒がしい物音と、何かが地面に落ちる音が三回後方から聞こえた。後ろを見ると、後方軍馬車の戦馬四頭のうち、三頭は既に倒れており、最後の一頭が地面に倒れようとしている。馬には首がない。さっきと同じ、地面にモノが落ちる音が聴こえた。
「野郎――」
馬車を囲んでいた兵士はみんな音無く死んで、中にいた兵士も少しの物音の中で全滅していた。
「父上、敵襲です。 さっきのモノです」
「殺せ」
男はニヤリとしながら答える。
「はいぃ」
この男は無能力者だったが、魔物の能力を混ぜられている。実験や手術を行った国は、賢者や学者の間でよく知られている魔物研究国家クロイスだ。
マースは馬車内のNo.14を見ている。逆にNo.14は、実験体の父親を馬車の中から見ながら、ブツブツとスキルと魔法を使用する。
「リジェネレーション身体強化プロテクトバリア心眼攻撃強化Ⅲ耐力強化Ⅲオーラクリアランスザッパーモードエンチャントポイズンアイス………ブツブツ……」
No.14は上位の魔物が発するオーラを発する。もはや人ではない、動物でも――。
彼、マースは変わらず、貴族の馬車をじっと見ている。その生物兵器の方を。そして生物兵器No.14は叫んだ。
「お前ら敵襲だ! その『人の形をした赤い魔物』を殺せ! 」
前方の馬車の兵士達は馬車の向きを返し、静止してぞろぞろとおりた。が、兵士達の目には後方に全滅した軍馬車が見える。馬車から降りる勢いがすぐさま無くなる。しかしこちら側には生物兵器がいるという事で、無理やりに己らの士気を上げる。
「敵確認! 後方! 人型の赤い魔物! 敵確認! 敵確認!」
貴族の馬車を守るように陣をとる。貴族の馬車は少し進み、軍馬車の前に行くと静止した。貴族の馬車を操る二人の御者は、無表情で主である貴族の指示を待つ。そんな御者に、主である貴族は指示を出す。
「おい『No.21』『ヌ』、指示をしたら『No.14』に加勢しろ」
一人は表情変えずに頷く。もう一人はマスクをしていて顔全体が見えないが、同じく頷く。No.14は馬車から降りると、馬車の底板裏に納めていた大剣を引き抜く。
「あの真紅の悪魔は、この俺がぱっさりと未練ともども斬ってやるからよぉ、だろ? な? だよなぁ、そうにちげぇねぇんだ! ヌもびっくりするぜ え?お腹すいた? 俺もだよ」
No.14は独り言を言いながら、マースに向って自分より大きい大剣を引きずりながら向かっていく。貴族の周りを守る大勢の兵士も命令により、囲むようにNo.14の後に続き加勢する。
マースはさっき殺した兵士から抜き取った剣が折れている事を目で確認するとそれを捨て、新たに死体が持っている剣を鞘から抜き取り、娘に向かって歩く。
歩き始めたと同時に、No.14は足で地面をえぐりながら彼に向って駆けていく。大剣も片手で軽々と持ち、振りかざしている。
大剣をマースの膝水平に振るうと、マースはその大剣を踏みつぶし、剣は地面に入り込む。
マースはNo.14の首に向かって剣を振るうが、攻撃対象は一瞬のうちに後ろへ後退したために外れて、No.14の左手が半分になるだけだった。
「おいおいおいおいおい! なんだお前! 早すぎだろ、心眼なかったら―――」
対象は驚いて自分の親指と人差し指しかない、半分だけになった『手』を見ている。隙がある事を確認すると同時に、マースは剣を投げる。
突き刺さった。目に。
「ぁあッ ぁ? 」
No.14は何が起きたのか理解できないで、よろよろと後ろに倒れこむ。瞬間的なダメージのためか、死がなかなか来ない。痛覚が反応しない。だがじわじわやってくる。痛さを感じ始めた時には目の前にマースがおり、自分の目に突き刺さった剣の柄をマースが持つと、そのまま頭を裂かれる。No.14は倒れた。
加勢の為に走っている兵士はそれを目の当たりにし、進軍の速度を落とし、終いにはその場に立ち尽くす。
彼はNo.14が死んだのを確認すると目を上げ、体を起こし再び娘の元へ進む。
兵士達は突っ立っている、退く事もできない。しかし、歩いてくる貴族の馬車の御者の一人が左手を上げると、兵士達は皆狂ったようにマースを襲い始めた。兵士の目は見開いて、口も大きく開けながらよだれを垂らしている。先程の恐怖心のあった兵士達とは全く別物になったように、マースにとっては滑稽な魔物の様になって襲いだした。
剣を握り、また弓を絞り彼を襲う。しかしマースが退く事は無い。一対二十か二十五か、数は差があるが、能力は上である。
兵士の剣を避け、手に握っている剣を敵に突き刺し斬り捨てる。矢を避け、死体を盾にし、自分に喰らおうとも、人体の構造が壊れない限り攻撃の勢いは変わらない。
死角からの攻撃、自分の腹に剣が刺さっている。先を見てみると、自分が首を切断した敵の腹から剣が出ている。ダメージを負う、だが問題は全く無い。彼は剣を、死角にいる者の頭に突き刺して殺した。その間動きが止まっていたせいか、背中に二か所と脚に一か所矢が刺さっていた。
すぐに周囲の情報を収集しなおし、敵の位置を確認する。前方から敵が剣を振るってくる。その剣を握った腕をつかみ、敵を引き寄せ盾にして、自分に向かってくる矢を防ぎ、敵の剣を投げて弓士の胸を貫いた。
残る敵兵は八か十、他愛もない、殺す。日々魔物を殺すことよりも容易い。特異点が無い人間を殺すのは魔物を殺すよりはるかに容易かった。残る一人の兵士を殺すと、目の前には馬車を動かしていた御者がいた。
無言のマスクの者。手をみるとそれは人の物ではなく、触手のような長細いグネグネしたものがみえる。御者の触手が彼に巻き付き固定させるが、彼は触手を引きちぎり瞬時に後退をする、しかし殺気を感じてその場に伏せる。見覚えのある大剣が腰高水平に振られ、御者が真っ二つになった。続いて縦に振り下ろされた大剣を避け、敵の足を切断する。崩れ落ちて見えるその顔は、笑っているのが半面、もう半面はぴくぴくと痙攣して睨んでいる。
「死んでませんでしたぁ、でも死にました! このクソ奴隷めが、よくも殺したな!! 」
マースは自分が確実に殺した相手が生きていた事に驚きはしたが、今はそんな事はどうでもいい。何度でも殺す、要は対象が死ぬまで殺せばいいのだ。
「どうだぁ! 驚いたか! 俺の不意打ちは!! ――ちょっ、ま、まてやコラァ! 」
マースは再びNo.14を攻撃対象とした。さっき切断した生物兵器No.14の足は再生している、今度は両腕を容易く切断した。
「おいおいおいおいおいなんてバケモンだお前っ!! 」
No.14は頭に攻撃を受けることを非常に恐れている。付けられた魔物の能力や、スキルの心眼や身体強化、水避体等を使い必死に避けるが、他の部位が破壊される。再生も追いつかない。気がつけばマースの刃で目玉をえぐられ、再び両足を切断されて動きを封じられた。
「あぁぁあぁあああああヤメロォ――ッ、もうストックがねぇんだよクソが!! ――っぅ」
マースは地面に転がった頭に剣を突き刺す。
「あぁぁあ畜生畜生めがまずい、ヌ、助けてヌ――」
頭に突き刺さった剣に力を入れてそのまま引き裂く。
「あぁあ……もう、無い」
再び再生したNo.14は必死で後退するが、同じように腕を切断されるとさっきのように再生することはなく、腕の断面は平常だ。
「もう壊れちまうよぉぉおお! もっともっと殺さないといけないのにぃぃいい」
No.14は頭を切断されて、二度と起き上がる事は無かった。マースは娘の方へ行くと、貴族は娘にナイフを突きつけている。
「それ以上近づくな。まさか、これ程とは思わなかった。コレにその力があるとすると、面白いな。『ヌ』あの男を殺せ、全てにおいて優先しろ。万が一にも、コレを奪われるな。いけ」
御者の『ヌ』と呼ばれるモノは、無表情無言の細身の女。貴族の方を見ながら深く頷いた。そんな中マースは貴族に向かって剣を投げ、貴族はNo.14のように頭を貫かれ、自分が死んだ事にも気が付かぬまま、必然とあっさり死んだ。
貴族が目の前で死んだというのに何の変化も見せない御者は、マースの方をゆっくり見ると、彼に素手で近づき始めた。
マースは倒れている兵士の剣を拾うと、娘の元へ駆けていった。それを認識した御者は、全身に薄くオーラを纏う。それは、魔物のそれでもなく、マースの様な特殊な物でもない。純粋に人としての闘気である。
気が付けば御者の右手が、マースの腹を貫いている。マースは対象の右腕を掴み、剣で脇を狙ったが、剣を握っているその腕は御者の手刀によりちぎられていた。
マースはすぐさま掴んでいる腕に力を入れて御者の右腕を握りつぶす。対象の腕の機能を奪い、動きを止める為に御者の脚のモモの筋肉を引きちぎった。マースは娘の保護を最優先として娘の方へ行き、最愛の娘を取り戻した。
マースは気絶している娘の縄を解き、オーラを分けて目覚めさせた。
「――!? おとうさん! おとうさん!! 」
貴族が家を襲って、身を拘束された時から記憶が途絶えていたが、いきなり最愛の父が目の前にいる。その状況に驚き、嬉しくなり、カミラは恐怖心から解放された。だが父の姿をよく見ると、安心は不安へと変わり、無くなったはずの恐怖心も再来した。
「おとうさん! どうしたの?! 腕が、血がいっぱい出てるよ! 」
マースは娘、カミラに笑顔を見せながら、心配はいらないと伝える。すると御者の方を見る。御者は片足を引きずりながらこちらに向かってきている。マースはそれを見ると、今まで暮らしてきた国を背に、娘を抱いて全力で走る。それを見ている御者は片足で跳躍し、形が崩れている足を鞭の様にマースの足めがけて振るう。
彼は態勢を崩し、娘をかばいながら倒れた。御者は残った腕で、マースの足を砕いた。マースはもう身動きが取れない。彼は自分の娘に、泣いている娘に、自分の能力の全てを託した。マースは最後に娘に言う。
「カミラ、最愛、俺の娘カミラ。お父さんは、ここでお別れだ。生きろ、絶対に。それも幸せにだ」
マースはそう言うと、体中の赤いオーラが消え、そのオーラは娘に、カミラにうつる。マースはそれを確認すると、娘に手を伸ばしている御者の足を能力無しの生身でもって掴み、そのまま力ずくで膝を地面につかせた。
マースにはもうクリムゾンオーラは無く、全身が激しく痛む。だが呻き声はあげない。娘がそれを見ているからだ。
御者は瀕死のマースの胸を手刀で貫いた。マースは文字通り必死で最期の力を出し、御者の口の中に手を突っ込み、脳を握りつぶしながら引き抜いた。御者は即死。マースも――、死んだ。その場に残るのは彼、マースの娘。カミラのみだった。
父の死にゆく様が頭に焼き付いたカミラは、後を見ないで必死に走った。父と母国エストに背を向け、その幼い体でただひたすらに進んだ。ビンセントと出会ったのは、それから少し経った後、魔物に囲まれた状態での出会いだ。
パチパチと河原で木が燃え上がる音と、ミルの静かな寝息が聞こえる。いや、よく聞けばカミラも寝息を立てていた。
ミルが眠ってからしばらくたった後、カミラがビンセントの顔を見て笑ったのだ。そうして二人の出会いの事を少し話すと、おかしそうに、でもほっとしたようにカミラと話していた。カミラはそのまま、やはりビンセントに体を任せているとそのまま眠っていった。ビンセントは苦笑して眠っているカミラの頭を撫でて体を寝かすと、境界の中から布を出してカミラとミルに掛けた。
「おやすみ。カミラ、ミル」
ビンセントもその隣に寝っ転がってしばらくすると、やはり眠りに落ちた。
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