6話 『栄光の影』
組織の手によって大幅に改造された洞窟は、おそらく元々のドラゴンの巣のような空洞に戻った。バラバラになった木片が散乱しているアジト内をいくら探しても、それらしい者は見つからない。
「なかなかそれらしいのないわね」
「いや、こんなの絶対死んでるって。何人かの死体あっただろ」
「あれはたぶん幹部とかだよ。それに仮にもセシリオのボスだし大丈夫でしょ。ほら、指名手配書だって見たことあるでしょ、結構高額でさ」
ギルドにはクエストと呼ばれる、所謂フリーで出来る契約業務を受けられる。クエストには依頼主がおり、仲介にギルドを挟んでクエストを受ける物が一般的である。
依頼主はその依頼の難易度や情報を、その情報を公開する場所を考慮した手数料をギルドに払い、ギルドはその依頼を人々に公開する。それを受け、依頼を成功させると、依頼主から情報に記載された報酬が出る。
昔は魔物の討伐や軍事の依頼がギルドから出されていた事があるが、今は魔物関連は全くなく、軍事関連も殆ど見かけない。しかし、昔からの解決されていないギルドからの依頼が破棄されずに残っている、通称『残留クエスト』なる物も在る。それらが常時受注者募集中の『未解決クエスト』と呼ばれないのは、もうこれ無理。と、投げ出されて誰もやりたくないクエストというイメージの方が強いからである。
今回ビンセントがやっている、無期限フリー『ネスタ山開拓』はそれだ。しかしカミラはビンセントと違って、ネスタ山に関連する残留クエストを以前から受けている様子だった。
「セシリオのボス『ミル』は賞金三千四百万
「賞金首に結構詳しいなカミラ」
「当然よ! 私の職業賞金稼ぎだもん! 」
カミラは鼻息荒く、恐ろしい笑みで興奮状態だった。
「ミルー! 出てきなさい! このカミラ・シュリンゲル、……紅蓮の闘神が相手だ!! 」
(自分から二つ名を名乗ったな、嫌だったんじゃなかったのか)
ビンセントはそう思いながら周囲を見回してみると、丁度瓦礫が崩れたのが見えた。生きている誰かがいるのだ。
「カミラ、今あそこ動いたな」
「ビンセント気をつけなよ。部下は雑魚だったけど、あいつにかけられた賞金額はさっき言ったように高い。ただギルドはケチでね、標的に比べて賞金が異様に低いんだよ。ギルドの主戦力殺しまくった戦犯『べド・サイモン』でもあの額だ、それよりも高額。何があるか知らないが、雑魚ではないからね」
木片の中から何かが出てきた、それは――
「……ドラ、ゴン? 」
「初めて見たが、意外とちっさいな」
小さな白い龍は、徐々に人の形に成っていく。しかしそれでも――
「ちっさいな」
『人』の形だが、角と尻尾と羽が残っている。
「パーツ以外カミラみたいな少女、いやそれよりもかなり幼いようで、ちっさいな」
「誰がちっさいじゃ! 」
カミラはビンセントを蹴ると、そのまま岩まで跳んでいった。ビンセントの意識はそこで途絶えるが、カミラは急いでビンセントの命を確認する。
「ちょっと待っててねビンセント。……念の為『オールガード』かけとこ」
『オールガード』はスキル『付与』『強化』『魔力』の複合スキルで、防御系最高能力のスキルだ。物理攻撃、魔法攻撃のどちらも無力化でき、その耐久力は発動者の総合スキル値に依存する為、殆どの者にとって、他の防御スキルとはケタ違いの性能を誇る。
カミラはスキルと『力』を開放して、際限の無いエネルギーでビンセントにオールガードをかけた。ビンセントを蹴って気絶させたのも決して突発的な物ではなく、今から起こる戦闘において、ビンセントでは全く付いて行くことができずに死んでしまうのが目に見えていたからだ。
「これで安心かな」
カミラはビンセントの安全を第一優先にし、それを確保した後にドラゴンの方を見た。
「ふぅ、まさか盗賊団のリーダーがドラゴンとはね。滅んでいたと思っていたが、こんなの報酬が全く割に合わないな。いやまず、手配書の顔念写画像全くの別人じゃないか! あれおっさんだろ」
少女姿のドラゴンも、カミラの方を不思議そうに見ていた。
「さっきからちっさいとか酷いよ、そんな繰返さなくても良いじゃないか。それに私ドラゴンでもまだ幼体だよー。あと、その盗賊団のリーダーって言うのも違うよ。魚をくれる優しい人間のおじさんだよ」
「あぁ、よかった、じゃあミルは別人か」
「私ミルだよー」
「……ちょっと待てよ、君がミルなんだよな。じゃあその魚くれるのは? 」
「フランクおじさん」
「フランクおじさん? フランクおじさんはどこにいるの? 」
「気絶してるよ、私が守ったから無傷だよー」
報酬の証拠品が無事と安心するや否や、目の前の自分よりも幼い姿の少女、――ではなく、正真正銘のドラゴンに向き合う。
「ところでミル、そのおじさん渡してくれないかな」
「だめ。それにあなた、どこかで感じたことのある雰囲気だね。その『力』。……おとーさんを殺した人間に」
ドラゴンから魔力が溢れ出てきている。カミラは察して、『力』を全力で解放した。赤黒く、また透明な、その矛盾した異常な力を無限に沸き立たせる。
「貴様、殺戮者、エリス――――――!! 」
カミラが『力』を解放した途端に、小さなドラゴンは激昂した。目の前にいる正真正銘のドラゴンのその魔力とオーラは、カミラをもってしても冷や汗をかかせた。すると瞬間的にドラゴンは羽を広げ、カミラと口付けするような距離まで飛び込むと、ゼロ距離で火炎を吐いた。その熱は、周囲の岩を気化させた。
(オールガードがなければ即死だったな。今のは魔力消費の魔法攻撃か、バリアだったら蒸発してたよ――)
カミラの生存を確認すると、ドラゴンは空中で一回転して尻尾で弾き飛ばす。
「人違いだ! 確かに、私の師匠は君の仇らしいけどね」
「エリスゥ!! 」
(まるで聞いていない。私はドラゴンに恨みはないが、全力でやらないと私が死ぬ。ビンセントを守る防壁は無限に硬くなっていくから、あれは私が生きてる間に破られる事は無い)
「となると、こっちに集中して生き延びないとな! 」
カミラはふき飛ばされた先の天井を蹴ると、ドラゴンにまで跳び、全力で頭を殴る。頭はいつもの相手のようには弾き跳ばず、ドラゴンは踏ん張り、足を石床にめり込ませて耐えていた。
(今の全力だとノーダメージか。うん、意味わからん。無限のどの域ならダメージを与えられるのやら)
カミラは右拳を引いた勢いを回転に繋ぎ、左足蹴りによる追撃をしようとしたが、ドラゴンのオールガードがそれを弾く。
「――オールガード、かてぇ」
(エリスさん達はドラゴンの成体を葬ったというが、どうやったんだ……)
身を引いたドラゴンは地を蹴って弾き寄り、カミラを左拳で殴る。カミラは第一手はかわしたが、続いての尻尾を混ぜた連撃は防御せざる負えない程速く、認知できていても、体がまだ付いて行けずに避けきれない。
(爆拳)
カミラは先程アジトを壊した技を圧縮装置無しでドラゴンにぶつけると、衝撃波で自身を吹き飛ばせ、ドラゴンから距離をとる。
(『力』のおかげで現状スキル値は元の十倍くらいには上がってるな、それに対しLv163のドラゴン。後五秒くらい待てばオールガードは割れそうだな)
「――五秒か」
思わず苦笑してしまう。
「なるほど、流石は最強の生物だね」
カミラは距離をとり時間を稼ごうと考えるが、距離は一瞬で詰められる。
「まいったね。もうちょっとなんだけどな、『身体強化』」
カミラがスキル『身体強化』を発動すると、ドラゴンはカミラに追いつけなくなった。
(これで、どうだか。スキル『パワーレイズ』『攻撃強化Ⅴ』『水避体』……『クリムゾンオーラ』)
カミラが纏う赤黒いオーラは、黒が抜けて真紅に、更に透明度を増した。カミラの移動はドラゴンの範疇外に在り、高まった全力の拳を再度握りしめて、ドラゴンに全力の一撃を撃ち込むと、ドラゴンを守るオールガードが砕けた。
「グォゥォオ」
(肉に届かなかったが、これでまた攻撃通るな。次撃で仕留――)
「エリィ――――スッ!! 」
ドラゴンの咆哮と同時に、二本の角が眩く光る。光が消えるとドラゴンに再び火炎を吐かれ、それをカミラは避けるが、追撃の蹴りが異常に速く感じられた。カミラのオールガードも砕け、そのままドラゴンの蹴りが両足でもろに喰らってしまう。
そのまま地面に落下する時に受け身をとろうとするも、体が思うように動かず、そのまま地に崩れてしまう。
カミラの能力スキル『クリムゾンオーラ』の為に、カミラには痛覚がない。しかし当然体はダメージを受ける。攻撃を喰らった両足は千切れてはいないが、筋肉が骨もろともクチャクチャに潰れている。
(ドラゴンの角か、私の『力』で上がっているはずのスキル値が元に戻ってる。何とかしなければ……)
カミラは自分の足をみる。
(着地できなかったのはこのせいか、気が付かなかった。フフ……こりゃまいったね)
さっきの状態のカミラならば、ドラゴンの攻撃を容易くかわせ、喰らったとしても『オールガード』で無傷で済む。しかし攻撃を避けるどころか、オールガードまで破られて攻撃を生身で受けた。ドラゴンが強化されたわけではない、カミラの『力』のスキル上昇がかき消されたのだ。
カミラは地に伏しながら再びオールガードを使用した。
(修得しているスキルや能力自体を消す効果ではなさそうだ。私の『力』も消えていない、再びスキル値も上昇している)
カミラはドラゴンの戦闘能力を分析するが、脚がこのざまではどう考えても勝機が無いという考えを起こしてしまった。
(すまない、ビンセント。巻き込んだみたいで悪かったな、私ここまでのようだよ。何とかビンセントだけは――)
カミラは覚悟を決めてビンセントの方をみると、体が動いている。
(気が付いたか……、よかった。逃げろビンセント)
ビンセントは頭をさすって起き上がる。
「頭痛い、まったくカミラはいったい――」
ビンセントは周囲を見て状況を確認していると、倒れてこちらを見ているカミラが目に映る。
「カミラ。……お前どうした、なんでお前が倒れてんだよ」
「ビンセント、逃げろ。私はほっとけ、『境界』で逃げろ」
ビンセントは、幼女姿のドラゴンが悍ましい殺気と魔力を漏らしながらカミラに近づいている所を見ると、体が勝手に動いてしまった。まるであの時と逆だ。
(ここで助けなければ、カミラは死ぬ。そうはさせない)
ビンセントは境界を開きカミラのそばに移動した。
「バカ! すぐ逃げろと言ってるのに! 」
「ふざけるな、誰が逃げるか。今の俺はあの時とは違う」
「それはわかるが……、でも相手が違いすぎる!! 私がアレと戦った理由を――」
ドラゴンは二人めがけて飛んで襲い掛かるが、ビンセントの境界にそのまま飲み込まれ、別のところから飛び出した。
「グァァア……」
ドラゴンは混乱した様子だったが、距離を置き火炎を吐く。しかし二人には当たらず、ドラゴンの隣に開かれた境界から火炎が飛び出してドラゴン自身が燃える。
「グアァァアアアァァア!!! ノォ―――ス! 」
自身の火炎に焼かれながら、思い出したその『境界』の使い手の名前を叫ぶと、ドラゴンは涙を流しながら、また怯えながら悶えている。ビンセントはそんな中、カミラの状態を確認する。
「お前、足が」
ビンセントは目を背けたくなったが、それはしなかった。
「無様なもんだよね、こんなんになるなんて。それにまたビンセントに助けられるとは」
「まぁ大丈夫だろ。エリスさんに会えたらそんなのすぐ治る」
ビンセントは内心酷く動揺していたが、彼女の為に深く口に出さなかった。
「そうだね、エリスさんならこんな足すぐ治せる」
カミラはビンセントの言葉の意味を察し、嬉しく思ったが、視線をドラゴンへと向ける。
「カミラ。あのドラゴン、さっき『ノース』って叫んだよな」
「あぁ、私のことを『エリス』と呼んで闘ってたよ。どうやらルディ一行を仇としてるみたいね、相当恨んでるわ」
「盛大な人違いだな」
「『創造』能力スキルをみた瞬間、私達をルディ一行と思ったんだろうね」
「なるほどね。ていうか、カミラ痛くないの? 普通にしゃべってるが」
「スキル『クリムゾンオーラ』でね、痛覚が消えてるんだよ。おかげでこんな状態だけどね」
「そんなスキルだったのかそれ、無理するなよ」
ビンセントは炎にもがいて、まだ動けずにいるドラゴンを確認する。
「カミラ、とりあえず街に戻って足の応急処置しよう。境界開くぞ」
「いや。あのドラゴン、私達の能力を見たんだ。師匠達を探しに絶対に山から降りてくる。この場で何とか分からせないと街が」
「カミラ、じゃあせめて俺の空間に入ってよ。それじゃ動けないしな」
「ごめん、だけど状況だけ見せて。あのドラゴン、別に魔物というやつでもないしね。私の師匠達に親殺されただけだし」
「わかったよ、ほら」
ビンセントは彼女の下半身を空間に入れ、上半身だけ外に出して状況を確認できるようにした。
「おぉ、助かるよ。……お、気を付けてビンセント」
ドラゴンを確認すると、体を焼いていた炎が消えてこちらを見ている。
「ビンセント、あのミルっていうドラゴン素早いよ、私は動きがみえるけど、ビンセントはまだ目で追えないと思う」
「もう境界でミルを吞み込むか」
「それができればいいが……。前、来た! 境界! 」
ビンセントは対象が素早過ぎて何も見えなかったが、その声と同時に前方に境界を開く。すると、ドラゴンは目の前で急停止し、また襲い掛かる。すかさずカミラは視力と聴力でドラゴンの姿を追った。
「右! 後ろ! 上! 後ろ! また前から! 」
カミラが言う方向に境界を開くと、ドラゴンは目の前で止まる。それを繰り返しているうちにドラゴンの動きが遅くなっていった。
「右から前に」
「あぁ」
ドラゴンはビンセントにも見える速度で、二人の前に距離を置いてとまった。
「貴様ら、永遠に呪ってやる……」
ドラゴンは涙を溢れさせて震えた声を出し、奈落の底のような瞳で二人を睨んでいる。自分の父を殺した能力が、今度は自分を狙っていると思っているからだ。ドラゴンの父は自分を穴に隠して、勇者一行の二人に立ち向かった。そして殺されていった時の音、風景、臭い、全てが鮮明によみがえる。
「何故この土地を守っている私達を殺しに来たんだ! 」
ドラゴンは更に大粒の涙を流しながら二人に叫ぶ。
「殺しに来たわけじゃない! それに私達は勇者一行じゃない! 」
「嘘だ! 貴様らのその能力は、私の父を殺した能力と同じだ! 何の為に殺したんだ! 」
「私達は勇者一行から力をもらったのよ! 師匠がお父さんを殺したのも、私は良くは思っていなかった」
「師匠、……だと? 貴様らは、エリスとノースの弟子とでもいうのか!? そうだとしたら、次は貴様らが私を!! ゥゥウゴゥォオオオオ! 」
ドラゴンは錯乱している。
「俺達はお前を殺さない! ノースさん達がお前を襲う事があれば守る! 」
「ふざけたことを、言うな。……そんな事――」
「カミラ、俺にかかってる防御といてくれないか」
「いや、それは危険だよ」
「いいから」
「……その気持ちはわかるけど、気を付けてね」
ドラゴンは鳴きながらビンセントを避けながら口を大きく開けて牙を出してはいるが、もはやミルというドラゴンは、昔観た父親を一方的に攻め殺したノースの『境界』を思い出して内心戦意喪失している。ゆっくりと、コケてしまいそうな足取りでカミラを狙って歩く。
そんなとき、ビンセントは間に入ると自分を盾にして、ドラゴンを抱きしめる。ドラゴンの力ない牙は、ビンセントの首元に喰いこみ、血がにじむ。
「ビンセント……」
ビンセントはドラゴンに噛まれながら、カミラと共にそのまま抱きしめた。
「なぁミル、俺も大切な者達を奪われたよ。そして俺から大切なものを奪ってきた魔物を殺す事を仕事にしていた、恨み交じりでね」
「グゥ、う、ううぅ……」
ビンセントの首元は、自分の血とドラゴンの涙とよだれでびしょびしょになる。
「俺は勇者一行と会ってからまだ一週間も経っていないが、俺は勇者一行のエリスさんに命を救われた。そしてノースさんに力をもらった。だがドラゴン……、ミルとそんな事があったのは今初めて知ったんだ。俺がどうこう言える立場ではないが、勇者達に力を貰った身だ。さっきも言ったが、勇者一行がまたミルを殺しに来たとするならば、俺達が守る。絶対にだ」
「き、きしゃま、ら……」
ミルの複雑な気持ちは涙腺と共に崩壊し、寂しさと悲しさと、長い間感じる事の無かった愛のような物を感じた。それからミルの嚙む力が増し、ビンセントの首から血が噴き出る。
「だから、安心しろよ……ミ……ル――」
「ミル、すまん、口を開けてくれないか。ビンセントが死んでしまう」
ビンセントはそのまま血が抜けすぎて倒れこみ、彼の開いていた境界は全て消えた。カミラも体の支えである境界が無くなり、そのまま地面に落ち崩れた。
「ぐぁぅ……二人とも、 血がいっぱい出てるよ? 死んじゃうの? 」
「ビンセント! しっかりしろ! 」
ビンセントの首から血が止まらない。
「ミル。……頼む、こいつの傷を治せないか? 」
カミラはビンセントに寄り添いながら、ミルに懇願する。
「ぅあう、治せるよ」
「本当か! 頼む! 」
ミルがビンセントに触れると、首の血が止まり、傷口が塞がった。
「ミルありがとう! よかった……」
「エリ、……あなたの足も治すね。ぐちゃぐちゃだよ」
そういうと、ミルはカミラの足に触れる。すると血が止まり、足の形も元に戻った。
「あ、すまない。 ありがとう」
自分の脚の事を完全に忘れていたカミラも、治されてミルに礼を言った。立ち上がるとスキルを解除してビンセントにビンタをする。
「起きろ! ビンセントおい! 」
そうすると、若干頬が腫れたビンセントは起きた。
「痛い、痛い、もう起きてる。痛い」
「おぉ! 気が付いた! ミルが傷を治してくれたんだよ! 私のも」
カミラはそう言ってスカートをめくり、自分の足を見せる。そこに見えるのは、元通りの足だった。
「よかった。すっかり元通りだな」
「あぁ、普通に歩けるしね」
そんな二人を見て、自分が攻撃して傷を負ったのだと自覚したミルは、申し訳なくなり縮こまっている。
「あぅ……ご、ごめんなさい、私の、その、勘違いのせいで……」
相変わらず泣き顔のドラゴン『ミル』の表情は段々と暗くなっていく。
「いや、ミル、私の方こそすまない。私の『力』を見たあなたの反応を変にとらえてしまった。ビンセントも危険に晒されるかもしれないと、それで攻撃をしてしまったんだ。私が悪い。ごめんねミル」
「ぅう……でも……」
「元々俺達はここの開拓と、盗賊達の討伐をしに来たんだ。急に押しかけてすまなかった」
「うぅ、ごめんなさい。ありがとう二人とも」
ミルは二人に少し笑みを見せながら礼を言った。
「盗賊の討伐って、フランクおじさん殺しちゃうの? 」
「あぁ、忘れてた。そうだ、盗賊団のリーダーフランクは、捕まってくれれば殺しはしないよ」
「捕まえるの? 」
「その人も、悪い人だからね」
ミルは少し考えると、寂しそうな表情を浮かばせながら二人に言った。
「でも少し力を貸す代わりに、ミルにお魚いっぱいくれたんだよ? 」
「ミル、あなたの力をフランクは利用していたのよ。そうして悪いこといっぱいしてるから、捕まえないといけない。ミルの力を利用したというのも、個人的に許せないしね」
「うーん……。あなたが、そういうなら……、おじさん持ってくるね」
ミルはそう言いながら穴の中にひょこひょこ入っていった。
「なぁカミラ」
「ん? 」
「勇者の栄光って、こういう事が積み重なってできた産物なのかな」
ビンセントの質問は急ではあったが、彼女自身もそれは思っていた。しかし、お互い勇者一行に命を救われた身であるためか、感謝をしていても憎む事ができなかった。
「そうね、魔物との戦争時代は、こういう事の繰り返しだったのかもしれないわね。ルディさん達が守っていたのは、……あくまで『人とエルフ』だから。その他の生物は二の次だったのでしょうね。脅威となる生物も今はもういない事になってる。つまり、それだけ殺してきたんでしょう」
「そういう、……事になるんだよな」
二人は改めてルディ一行が恐ろしい力を持っている、また自分達にもその力は分けられているという事を実感した。
「なんか、やるせないね」
「あぁ。それにしても、ミル、やっぱりかわいそうだな。ルディさん達には絶対に知られないようにしなければ。……お、戻ってきたな」
ミルはその小さな体で、自分の体の三倍ほどの大男をズリズリと引きずってきた。
「二人ともー、フランクおじさんもってきたよー! 」
「おー! ありがとうミル」
二人の前に気絶している『セシリオ』の本来のボス、フランクが置かれる。
「手配書の顔と同じだけど、一応確認してみるよ」
カミラはフランクを叩き起こした。
「うぉ、いてぇ……なんだお前ら。誰だ、ここで何をしている」
「一つ問う。お前が『セシリオ』のリーダーフランクか? 」
「なんだガキ、……なんだその名前」
「フランクではなくミルか? お前を捕獲する」
「はーん、なるほどな。俺を捕獲だ? ……ガキ、その見た目でそのレベルか、なるほど。そしてそこの男が報告にあった奴だな? しかし、俺にはドラゴンが付いている。わざわざ来てもらってすまないが、消えてもらおう」
盗賊団のリーダーフランクは、ミルをみて言った。
「ミル、こいつらを殺してくれ」
「おじさん。それはできないよ」
「何を言っている、こいつらを殺せ! ミル! 殺すんだこいつらを! もう餌をやらないぞ!? 」
フランクは冷や汗をかきながらミルに命令をした。
「二人が言ってたの本当なんだね。おじさん、私を利用してただけなんだ。なんか寂しくなっちゃった」
「なにをゴチャゴチャ言ってる! 今すぐ殺せ! ふ、ふざけるなぁ!! 」
フランクは焦りが極限に達して、ミルに怒鳴り始めた。すると――。
「ふざけてるのはお前だフランク」
カミラの拳がフランクの腹に刺さる。
「ぐおぉ! が、ガキッ……。クソったれ、ミル、頼む俺を助け――」
ビンセントはフランクの言葉を遮るように空間で呑み込んだ。
「終わりだフランク。ミル、ありがとう」
「ううん、いいの。私はもう、一人で生きる」
ミルは寂しい顔を笑ってごまかしていると、ビンセントとカミラが両脇に立って、ミルの頭を優しく撫でた。
「いいよミル、寂しかったらいつでも私達に会いに来なよ。あ、人の姿でね」
「力になれる事があったら、言いなよ。協力するからさ」
二人の言葉に、ミルは寂しさが引き、笑顔が出てきた。
「二人共、ありがとう!! 」
「うん。それじゃあ、俺達はそろそろ国に帰ろうかな」
「そうね。すっかり夜だわ」
「あ、待って! そういえば、まだ二人の名前聞いてない! 」
「そういえば、そうだったな。言ってなかった」
二人はステータスを見せながら、名前をミルに伝えた。
「私はカミラ・シュリンゲルよろしくね」
「俺はビンセント・ウォーよろしくな」
ミルはステータスを不思議そうに見ている。
「カミラとビンセント……、よろしくね! 」
「それじゃあ、またいつかねミル」
ビンセントは境界を開くと、ミルが服を引っ張る。
「あの、ビンセント、カミラ、今日一緒に寝よ? ……」
二人は思わず顔を合わせて微笑んだ。
「そうだね、ビンセント。今日は泊まらさせてもらおうか」
「あぁ、そうさせてもらおうか! 」
ミルは嬉しくなって二人に跳びついた。
「わ―――いっ!! ご飯も一緒に食べよ! 水浴びも一緒にしよ! 」
「水浴び、俺だけは除外だな」
「まぁ、少女二人に男一人だからね、しょうがない。悪く思わないでねビンセント」
ビンセントは苦笑していると、ミルは二人の手を引いて荒れ放題の空洞の中に連れて行った。さっきまで本気の殺し合いをしていた仲の三人だが、この時の気分は非常に明るいものだ。
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