5話 『開拓』
【クロイス国城下町】
ひと気の無い路地裏の空間が裂け、中からビンセントとカミラが現れた。スキル鑑定士の影響で『境界』をある程度まで認知したビンセントは、ノースがしていた様な空間移動ができるようになっていた。
「仮転職もできたし、早めに第二条件クリアして転職完了しようよ」
「それは確かにそうだが、腹が減ったな」
朝から何も食べてない二人は路地裏から出ると飲食店を探した。しかし、クロイス王と大臣と魔物の騒動以来、城下町の店は飲食に限らずほとんど閉まっている。
「店開いてないでしょ、市場は確か開いてたから材料だけ買って私作るよ? 」
「それくらい自分で作るよ。開いてる市場ってどこにあるの? 」
「私のいた宿屋の近くにあるわ」
「じゃあとりあえず宿まで戻ろうか」
ビンセントは境界を開こうとしたが、開いている店が目に映った。そこは『デリツィエ』という店で、そこの店長である『ラース』は食材を追い求める冒険家と陰ながら言われており、その姿は店に殆ど見せない。最近の事だと、どこかの山頂で大鳥の頭部に石を投げて撃墜し、背負ってどこかに去るのが目撃された。そんなラースの店は評判が良く、値は少々はるが、それ以上の価値がある料理が提供されている。
たまたまビンセントとカミラが発見したクロイス国にある店は小さく、クロイスに本店があるという事は聞いたことはないので、本店は別にあるという事になる。
「あら、クロイスにも構えていたのね」
「しってるの? ここ」
「まぁね、知る人ぞ知る名店よ」
「そうなんだ、じゃあ入ろうか」
淡く黄ばんだ石と灰色の石で積み上げられて造られている小さな店に、二人は木製の戸を開けて入っていく。
【デリツィエ クロイス店】
「いらっしゃいませ」
店員の声が誰もいない店内に響く。
「二名様ですね、お好きな席にどうぞ」
店内には二つのテーブルにそれぞれイス二脚が置かれているだけで、キッチンと客間はカウンターで仕切られている。二人はそれぞれ席に着くと、店員から水と手書きのメニューを手渡された。
「こちらがメニューになります。注文がお決まりになりましたらお呼びください」
そう言うと店員はカウンターに戻って行き、何か調理をはじめた。
「何がいいかな、カミラは来たことあるんだろ? おすすめとかあるのかい? 」
「ここは初めてだけど、この店はその日の仕入れた最高の物しかメニュー書かないみたいで、全部おすすめらしいわよ」
へー。といった顔でまたメニューを見てみると、……小さい店ながらそれなりに種類があった。
『大根と人参のサラダ』
『野菜と豆のスープ』
『揚げナスの甘酢煮』
『仔羊スネ肉の煮込み』
『キノコとトマトのオイルパスタ』
………………
「私決めたわ、ビンセントは? 」
「俺も決めた」
注文を決め店員を呼ぶと、キッチンから料理が盛られた小さな食器をトレイにのせて出てきた。
「ご注文をお伺い致します」
それを返し、カミラは――
「キノコとトマトのオイルパスタ、根菜と酢のサラダ」
続いてビンセントは――
「仔羊スネ肉の煮込み、トマトとジャガイモのスープ、あとパン」
「承知致しました」
店員は注文を受けると、トレイにのせた料理と食器を二人に出した。
「こちら前菜の焼きナスと豆とトマトのサラダです」
そう言うと浅くお辞儀をし、カウンターに戻り調理を始めた。
「前菜とか出るんだね、美味しそう」
「いただきます」
二人は注文した料理が出るまで、フォークで前菜を食べる。
「おいしい、こんな店あったんだ」
ちらっとキッチンの方を見てみると、顔色変えず素早い動きで調理をしているさっきの店員がいる。
「何か他にご要望がありましたらいつでもおっしゃってください」
ビンセントに気が付いた店員は笑顔でそう言いながらも、勢い変わらない調理を続けている。
「凄いわね。一人でやってるのね」
「はい。材料調達から調理をしてお客様に料理をお出しするまでを、私がボスから店長として任されております」
「あぁ、やっぱりここの店長さんなのね。店長さんが材料調達までやってるんですね、メニューの品全部ですか? 」
「さようでございます。メニューに載せているものは毎日私が育てた野菜やその日に調達した物を使っております。残念ながらこの近辺には海がなく、魚介類が提供できておりません。川は流れておりますが、ネスタの森にある湖周辺にしか魚は生息していないようなので難しいですね、盗賊の住処にもなっているそうで……」
相変わらず店長は、カミラから振られている会話に答えながらも、何の支障もきたさずに調理を進めている。
「盗賊の住処ね……。そう言えば店長さん、クロイスに店を出してどれくらいになるんですか? 」
「まだ一週ほどしかたっておりません」
それは知らないわけだ。二人はそう思いお互い納得した。
「店長はクロイスに来るまでどこの店にいたんですか?」
「私は以前『シザ』の店で調理をしていたのですが、そこにたまたま来た『デリツィエ』のボスであるラースさんが来られて、いつの間にかこの店の一員として修業をしていました。それで今は店を出す土地を探しながら料理をしています」
店長がそう言い終わると、料理を大きなトレイにのせて運んできた。
「料理をお持ち致しました」
店長はそれぞれの料理名を伝えながら、料理を二人の前に出した。
「他に何か必要なものがございましたらお伝えください。それでは、ブエン プロベーチョ(どうぞ召し上れ)」
料理を出し終えた店長は再びキッチンに戻る。二人は良い香りのする料理に顔を綻ばせた。
カミラが注文した『キノコとトマトのオイルパスタ』は、エリンギやシメジ、マッシュルーム等様々なキノコとトマトが茹でられ、オリーブの油とバジルで炒めている。それを細いアルデンテ状のパスタに絡めている物となっている。もう一品の『根菜と酢のサラダ』は、細く切られたゴボウと人参の酢の物に、大葉のきざみが入ったマッシュポテトが添えられている。それを合わせて食べる物だ。
ビンセントが注文した『仔羊スネ肉の煮込み』は、厚みのある仔羊の骨付きスネ肉をトマト、白ワイン、人参等をニンニクとパセリのバターソースと一緒に煮込んだものだ。もう一品の『トマトとジャガイモのスープ』は、トマトとジャガイモ、そしてウインナーとクリームをドロドロになるまで煮込んだものだ。ビンセントが主食として選んだパンは、外が硬めのパンで、一口大にカットされており、バジルソースを塗った後にカリッと焼かれている。『トマトとジャガイモのスープ』によく合うものだ。ビンセントは一口スープを口に入れると、次はパンという順番になっていた。
「肉がホロホロでやわらかい……」
仔羊スネ肉の煮込みを食べ、ビンセントの顔はますます笑みに崩れる。その姿を見てカミラも幸せになり、フォークでパスタをすくい、そのまま口にいれる。パスタの歯ごたえもよく、キノコとトマトの酸味は調理により甘味に変わっている。それをバジルソースが引き立てるのだ。鼻を通るその香りは、食欲を掻き立てる。
おそらくその味と香りを知り、それを引き離されて目の前に置かれれば、それは幸せから拷問へと変わるだろう。
「んー……。おいしい」
思わずうっとりとするカミラ。上品に食べる幼姿のカミラをよそに、トマトとジャガイモのスープにパンを突っ込んで食べているビンセント。
「うまい! 」
相方とまるで違って品がない……。しかしそんな事はどうでもいいのだ。これがおいしいのだから。二人のそんな姿を皿を拭きながら見ている店長は、満足そうに笑みを浮かべている。
二人は料理を完食すると、ネスタの森で行う事の確認を始めた。
「カンノーリさんが言うには、ネスタの森の樹は硬すぎて伐れないとか、燃えないとか言ってたわね」
「そうだね。昨日俺が実際剣で伐ろうとしたら、剣の方が欠けちゃったよ」
「でもビンセントは能力の『境界』で切り取れたんでしょ? その後は燃やせたのよね」
「物凄い勢いで燃えたよ、うん。かなり驚いた」
「切り取ったら燃やせるのか、あの地面から離れたら燃えるって事かな。切り取った部分の硬さも変化あった? 」
「硬さは確認してないな」
「そのままの硬さだったら、薪作るのに街の人とかじゃ切れないね」
「今日はそれも確認してみるか」
ビンセントとカミラは相談をしている中、店長がトレイを持って出てきた。
「デザートにどうぞ。サービスです」
店長はそう言うと、二人にフルーツの乗ったタルトを一切れずつ出した。
「ありがとうございます」
思わぬサービスに、二人は店長に礼を言ってタルトを食べた。
「店長さん、私達これからネスタの森の開拓に向かうのですが、盗賊もいなくなれば魚も取りに行けるようになると思いますよ」
「森の開拓ですか、確かにあそこが普通に立ち入れる場所になれば魚も捕りに行けますね。しかし、私はあと一か月もしたらまた別のところで、クロイスから出て料理をするかもしれません。それにあそこは盗賊団セシリオのアジト、危険ですよ」
店長は申し訳なさと心配の表情をしていたが、二人の返答は――
「気にしないでください。こちらも目的がありますので」
まるで何でもない様にそう答える。二人は料理とサービスにも満足して立ち上がり、店長に礼を言い、会計をしてもらった。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「そう思っていただければ幸いです、料金ですが、合計四千三百二十Gです」
「ごちそうさまでした」
ビンセントはそう言いながらお金を払った。
「またのお越しを、……またいつかお会いできる日をお待ちしております。ありがとうございました」
二人は店長に見送られ店を出る。
「美味しかった。久しぶりにあんなの食べたよ」
「そうだね……あ、ていうかお金」
「あぁいいよ、俺今は金結構あるし」
「ありがと! ごちそうさま! 代わりにいつか体術スキル教えるよ」
カミラのスキル講座など、想像に難くないハードな内容に嫌になるビンセントであったが、気持ちだけは受け取った。
「あぁそう言えば。話は進んじゃってるが、あの山と森を勝手に開拓しちゃっていいのかな」
「昔からずっと、誰でもいいから早く開拓してくれっていうクエストがギルドの掲示板に出てたし、今も出てるからいいよ」
「じゃあいいか。さっとやっちゃおう」
二人はひと気のない所に行き、ネスタの森とその場所の境界を開いた。
「よっしゃ行こうか」
【ネスタの森】
「ほんと便利ねその能力。ここまで一瞬か」
カミラがそう言うと、ビンセントは自慢げな表情をみせる。
「ふふん! ありがたいね、ノースさんありがとう! 」
「ビンセントの『境界』でしかこの樹伐れないのか、私の『力』でも無理なのかな」
カミラはそう言いながら樹を手でなでる
「よっしゃ。折角だし、久しぶりにちょっと『力』使おうかな」
カミラはその瞬間、か弱い少女のレベル表示が元に戻り、カミラは異様な雰囲気に包まれた。無色のオーラの様な物が、彼女の体に恐ろしい勢いで、無限に湧き続けているように感じられた。別方向の樹を見ていたビンセントは、背後でその異様を感じ取って振り返る。
「――カミラ? 」
「よいっ」
振り返った時にはもう遅い。彼女は拳を樹に叩き込む。速すぎてビンセントにはカミラが樹を殴ったのは見えなかったが、彼女が殴ったのは確かだった。殴った音が聴こえるわけでもなく、破壊音が聴こえるわけでもなくただ無音だ。
樹に起こった変化というより、カミラが樹を殴ったことが分かるのは、彼女の拳の一直線上の樹が、綺麗な風穴を空けていた事がそう言うことなのだろう。と、ビンセントが思ったのは、樹からゆっくりと軋む音が聴こえ、次々と倒れていくその時だった。
「おー、なんだ。そんなに能力上昇してないんだけどな。私でも普通に伐採できそうだね」
ビンセントは次に、樹を山ごと消し飛ばされるのではないかと思ったが、その『力』を目の当たりにして恐怖と同時に、大きく安心を覚えた。
「それがカミラが勇者一行からもらったスキルなんだな。それで手加減とは、恐ろしいわ」
「そりゃ全力でやったら、ここら一帯壊滅しちゃうわよ」
「ですよね」
ビンセントは伐採されて地面から離れた樹に近づき枝を掴むと、そのままポキッと折った。
「生えている樹を伐ろうとした時には剣が欠けたのに、地面から離れたら普通の強度に戻るんだな」
ビンセントは、ここの木材が街の人達にも扱えるという事を確認して、クロイス方向の森を伐採して道を造ろうと考えた。
「カミラ、ここから山までの樹を俺の空間の中に入れていくよ」
「その境界って一つしか開けないの? もう一つ開けるなら私も手伝えるんだけど」
カミラにそう言われ、複数の境界をイメージした。
(テレポートゲートも、境界を二つ引いて開けたものだから、それもできるな)
ビンセントはエリスの近くに境界を開いた。
「できた」
「それじゃあ私も手伝うね」
カミラは手刀で大きな樹を切断しては、次々と空間の中に樹をズボズボ入れていく。その姿はビンセントから見ても、全く恐ろしい限りであるが、同時に彼女が強大な存在の様に見えて、彼女に危険が迫ることもないと安堵もしていた。
ビンセントは樹の下部に引いた境界を開いて、そのまま空間内に落として採取していった。ビンセントがカミラを見て色々思うように、以前より『境界』という物を知っているカミラから見れば、ビンセントこそ恐ろしい能力の持ち主と見え、同時に今までよりも更に心強く思っていた。
森は夕暮れ、クロイス平原からネスタ山の間を覆っていた森は、切り株が無数にある広い一本道に変わり、二人は山のふもとからクロイスと伐採道を眺めていた。
「だいぶ伐り採ったね。こんなもんじゃない? 」
「そうだな。山までの道は造ったし、後は山の掃除かな」
そう言いながら二人は後ろを振り返って山を見る。
「そう言えばセシリオっていったっけ? ここに住んでる盗賊団。俺一昨日襲われたんだよな、五人組に」
「え、そうなの? 」
「そう。それで相手をしたら何故か俺の職業が盗賊になっていたんだよ」
ドロップ品の金は半分役所の手数料に消えたが、おかげでスキルも認識できて職業も憧れの魔法使いに成れるのだから、ビンセントとしては結果良しと考えている。
「あの大量の手数料それだったのか。ファミリー資金でも運んでたんじゃないの? その五人組み」
「そうだとしても、襲い掛かってこられたらしょうがないよね」
二人が暫く山道を歩いていると、正面から矢が降ってきた。
「おう、これが挨拶か」
射られた矢は、カミラが素手でキャッチする。
「ビンセント。どうやらあいつら、ビンセントを相当消したいみたいだね。させないけど」
「へぇ、恐いな」
矢が飛んできた別方向から、盗賊の一人がビンセントに向かって問いかける。
「おい、そこの男。一昨日五人の男達と合わなかったか? 」
「あぁ、会った」
「そいつらの死体が昨日発見されてな、持ってるはずの金が消えてたんだ。……お前、そいつらと金をどうした? 」
「……急に襲ってきたから、そのまま殺したよ。ドロップ品は貰ったけど」
「ビンセント、あなた正直ね」
周りを見ると、盗賊が50人ばかりか、隠れながら二人を囲んでいる。
「そうか、じゃあ俺等も挨拶しておかないとな、ボスがよろしくってよ」
盗賊の一人がそういうと、弓を構えた者達がビンセントを狙う。
「なかなかの規模だね、ここ本拠地なのか」
「早いところやっちゃおうか」
二人に対し、矢が一斉に放たれる。だが、矢はビンセントが引いた境界により、開けられた空間に呑み込まれて対象には届かない。
「場所確認したぞ、お返しだ」
ビンセントは複数の境界を開き、それを自分の周りの空間と繋げた。自分の周りの境界と繋がる空間の先は、盗賊の首下である。それから矢が飛んでくる事は無く、その代わりに様々な方向から呻き声が聞こえて人が岩や樹から落ちてきた。
「わぁ。えげつない事するねビンセント」
「新しく考えた攻撃の受け流し方だよ、スキルの有効活用! 」
「なんだ、お前ら……。なにしやがった!! 」
一気に弓部隊が全滅した盗賊は、わけがわからずにただ恐怖をしていたが、遠距離での攻撃が自分達への攻撃になると思うや否や、十人程の残った盗賊は剣に手をかける。しかしそれも、カミラのレベルを見たのか完全に怯えている。
そうやって怯えている盗賊に対して、カミラは呼びかけた。
「おい。別に私等はあんたらを殺しに来たわけじゃないんだ、捕まってくれればいいんだし。ボスのところに連れてってくれたら命の保証はしてやる。私達と一緒にいる時だけはね」
「ふざけるな! なめるなよ、お前等なんぞ、ただのLv30代の青二才とガキじゃねぇか! 」
盗賊の一人が、惨状を目の当たりにしたにもかかわらず剣を抜く。ここに冷静な考えができる者がいれば、彼のことをただ圧倒されて狂ってしまったのか、戦闘においてのレベル差という物を知らない者として映るだろう。
盗賊はスキル、
「へぇ、あんたの戦闘スタイルも物理強化系なんだね」
カミラがニヤニヤ笑いながら見ていると、盗賊は素早くビンセントの元まで跳んだ。ビンセントは臆することなく空間から剣を出すと受け止め、そのまま剣を滑らせ相手の胸を狙う。しかし盗賊は後ろに跳びかわした。
「それが身体強化か、素早いね」
しかしビンセントも今までずっと剣技の近接戦闘でやってきた身。その盗賊の身体強化された動きが見えないなんて事は無い。
「ビンセントがんばれー! 」
先ほど盗賊に挑発と採られた交渉話をしたカミラ当人は、特に襲われる事も無く、岩に腰を下ろしてくつろいでいる。
(のんきだなぁ、でもあの程度の動きなら見えるし、さっとやるか)
「どうだこの動き! ボスに教えてもらったスキルだ! このまま殺してやる」
ビンセントは『境界』を使わずに盗賊の動きを超えて急接近し、そのままの勢いで大降りに剣を一振りすると、盗賊に直撃した。しかし盗賊は無傷であり、代わりにビンセントの剣が折れていた。それはスキル『プロテクト』による物理防護だった。
「うわ剣折れた! にしても硬いなプロテクト」
ビンセントは驚いているが、それの完全上位の使い手が身内にいたので脅威としては感じられなかった。
「……え、なんだお前、いつの間に――」
身体強化をしている盗賊であったが、ビンセントに斬られたことに気が付いたのは少し後だった。
「いいなそのスキル、欲しい」
「後で教えてあげるわよ」
「まじで! やった」
「本当にスキル使わないのね……。ビンセントはたぶん、強化もやったことないんでしょ、ちょっとみせてあげるわ」
そう言って、くつろいでいたカミラは岩からぴょんっと降りると、そのままプロテクトがかかった盗賊の目の前まで近づいた。盗賊はカミラに剣を振るうが、彼女は素手で盗賊のプロテクトを破り、盗賊の剣を持った手首をつかんでそのまま握りつぶした。
「あぁぁッ!! なんだガキがテメェェエエ!! ――ぅぅ、俺ィの手がァックソ! 」
カミラは盗賊の言葉を完全に無視して、ビンセントにプロテクトの説明を始めた。
「いいビンセント。プロテクトは一定の物理攻撃を遮断する魔法の防御スキルなの」
その姿を見ている他の盗賊は動けずにいる。攻撃すれば殺されるというのが分かったからだ。その見本が今目の前で、スキル講座の材料となっている。
「魔法の防御スキル……。強化魔法とはまた違うの? 」
「強化魔法ではなくてプロテクトは付与魔法。魔法防御のバリアとかもね。他にも能力を武器に追加する事もできるわ」
「なるほど、戦闘には便利だな。あんまり使う機会無いけど」
「そうよ。でもこの魔法防御、自身のスキル以上の攻撃が来た場合は防御しきれないわ。それ以下なら防御できるけどね」
カミラは、手首を握り潰されて地面でもがいている盗賊をみると、盗賊にプロテクトをかけた。
「今こいつにプロテクトをかけ直したんだけど、今から攻撃してみるね」
カミラは軽く盗賊を叩くと、コンコンっと硬い音が鳴るだけで盗賊には触れられない。
「これがスキル以下の攻撃が来た場合、つまり防御できている状態。そして――」
カミラはオーラを少しまとうと拳に力を入れた。
「弱くかけたけど、一応私のプロテクトだからね。自分で言うのもなんだけど、結構硬いからちょっと力入れるね」
カミラはプロテクトを拳で殴った。硬い金属が砕けるような音と共に盗賊の体も飛び散った。
「これが防御できていない状態ね。プロテクトを覚えても、あまり過信しすぎると悲惨な事になるから、攻撃は避けるのが一番ね」
「わ、わかった。『付与』スキルと『強化』スキル上げてみるよ』
「『強化』はオーラ使えたら基本できるけど、『付与』はビンセントの場合魔力がもうちょっといるわね、頑張って上げましょ」
「そうだな、また終わったらやってみるよ。ボス倒して転職完了させよう」
ビンセントは他の盗賊達のもとへ行き、さっきのカミラの交渉を再度伝える。
「さて、お前達はどうなんだ? おとなしく捕まってボスのところに連れてってくれればいい。それで一緒にいる間は命の保証をするよ。別に終わった後殺すってわけじゃない」
そう言われた盗賊達は二人の条件を飲み、ボスのもとへ連れていく。
【ネスタ山 龍の巣前】
夕も暮れてすっかり暗くなっている。岩山に木製の大きな壁と扉が、岩の形に添って無理やりつけられている。それは盗賊団がアジトを造る際、この山の岩石があまりに硬い為に掘削ができずに困っていたところ、丁度大きな空洞があったので、そのままそこを住処としているからだ。
その空洞は、少し前までドラゴンの巣であった。
「ここか」
二人は案内役の盗賊に付いて行って、大きな木製の壁と扉の前、盗賊団アジトの前に来ていた。
「あぁここだ。ボスはいつもここにいるよ、商売の時以外は」
「商売? 何かしてるの? 」
「俺達はクロイスに対して魚を提供していた。ここら辺じゃネスタの森周辺でしか捕れないからな、高値でも売れた。だがなぜか最近大臣からの連絡がなくなっちまったからな、それから魚はさばいていないよ」
「大臣が? まぁギルドにいた時から噂は聞いてたけどね」
カミラはクロイスがどういう国なのかも知っている。少し前まで魔物研究国家だったというのも知っている。でも今はもう何も無い、空っぽの国となっている事は最近知った。
今こそは何もなくなった為に平和であるが、他国との戦争にでもなったら一瞬で墜ちるだろう。しかし、元々流れ者のビンセントとカミラからすれば、そんな事よりも先ずは、自分達の生活の糧を得ることが最優先である。
「わかった、おつかれさん。あんたらは生かしてクロイスの牢屋に入ってもらう。それでいいか? 」
「あぁ、いいぜ。もう足洗うよ、あんたら見たら命いくつあってもたんねぇのが分かった」
ビンセントは境界を大きく開いた、十二名の盗賊を空間が飲み込んでいく。
「少しの辛抱だ、ちゃんと出すからな」
盗賊を励ましてそう言うと、アジトの壁に境界を開いて内部に侵入した。アジトの中は広く、木造の部屋が幾つもある。まるで木でできた巨大なアリの巣のようである。
「意外と入り組んでるわね、めんどくさいし、一気にやっちゃおうか」
カミラは内側から外壁を蹴り破り、ビンセントを連れて一旦外に出ると、一気に赤いオーラをまといだした。
「能力『力』解放。スキル『クリムゾンオーラ』『オールガード』『プロテクト』」
カミラは赤黒いオーラをまとい、オールガードという、ビンセントが知らない防御魔法スキルを自身とビンセントに付与させると、更にプロテクトをアジトに続く細長いトンネル状に形成した。
「これね、エリスさんに教えてもらったんだ。アジト一気に潰すね」
「……盗賊すまんな、俺達にも訳があるんだ」
ビンセントは彼女の後ろまで下がり、それを確認したカミラは、拳に力を込めてプロテクトのトンネル内の空気を殴って圧縮させた。
一番最初にアジトを襲ったのは衝撃波。それで外壁は吹き飛び、次に襲ったのはプロテクトのトンネルを通る空気。能力『力』で攻撃力を高め、それ以上の力で生成したプロテクトは空気の圧縮装置となっている。その異常な圧力の為に、質量は熱を生む。
逃げ場を失った極限状態の気体は、カミラが弱めに作ったアジト側のプロテクトの壁を破り出て膨張する。アジトは空気爆発により、轟音と共に木っ端微塵になった。
「ふー、これ面白いわ。派手なんだけど、威力が実はそんなに高くないんだよね。エリスさんのは威力もやばかったけど」
(いやお前のも十分やばい)
「ボスってやつ探しましょ。山であった盗賊にプロテクト教えてたらしいし、今も使ったでしょう」
「いやぁ……、これは所謂、防御できていない状態になって消し炭になってるんじゃ……」
ビンセントとカミラは、盗賊団のボスを証拠として持ち帰る為に探し始めた。
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