4話 『再会と再開』

 ビンセントは眼を瞑ってから二時間程経ってベッドから跳び起きると、まだ外も暗い時刻。ビンセントは体中を汗で湿らせていた。


(ぁ――夢。……たまらんなコレは、……外に出て一息いれよう)

 ビンセントがこんな真夜中に跳び起きた原因は、トラウマ物の夢である。どういう夢だったか、ビンセントにとって最悪のトラウマというのは、思い返せば今の夢の状況以上にはない。

 ビンセントの中では夢の中で起こる惨状と、ここに来て会った宿屋の娘の顔がどうにも繋がってしまう。そんな思いを振り払おうと、部屋を出て少し肌寒いバルコニーへと向かって歩いて行った。


 宿屋のバルコニーは簡素な木造で、手すりの木柵は夜風に当てられ続けてすっかり乾いて冷えていた。木柵に寄りかかり、懐かしいような、またここでの生活をしていた時には思いもよらないほどに、静かで暗い、壊れた国を一人眺めていた。そんな懐かしくもある景色に、再び夢の事を思い出した。


「おにーさん、久しぶりだね」


 とうとうあの女の幻聴まで聴こえてきたかと、ビンセントは無意識にその方を振り向いた。

 振り向いてみると、受付にいた宿屋の娘がいた。その娘がビンセントに呼びかけたらしい。どうやら声は幻聴ではなかったらしいが、ビンセントは混乱している。初めて利用した宿の娘に、『久しぶりだね』と言われる事はどういうことなのか、ビンセントは考えることも出来ずに軽く挨拶をした。


「こんばんは。すみません、少し眠れなかったものですから」

「……そうですか」


 宿屋の娘はビンセントの隣に付き、彼と同じく木柵に寄りかかった。その状態で沈黙が続く中、ビンセントの中では宿屋の娘の声が何度と響いていた。


(……なんだろうか。顔だけでなく、声がそのまんまだ。……そうか夢か。まだ夢なのか)

 沈黙の中、ビンセントは隣にいる宿屋の娘の顔に視線を向けた。すると、向こうはビンセントをじーっと見ていた様で、そのまま目が合ってしまった。


「なんだ、忘れたのか? 私だよ、カミラだよビンセント」

「――カミラ」


 ビンセントは信じられないモノを見る目で『カミラ』と名乗る宿屋の少女を見て固まっていた。ビンセントと、名前で彼を呼んだこの少女こそ、ビンセントが死んだと思い、その時の惨状を夢にまでみていた、幼少の頃からのパートナー『カミラ・シュリンゲル』その人だった。

 彼女と生き別れたのは、身を置く場所が無い二人が一緒に流れ着いた先で、故郷として共に暮らしてきた村を魔物に襲われた時、死力を尽くして人々を守ろうと共に戦った時だ。そして共に死力も尽きて、魔物で埋もれる村を脱出したときからだ。


「嘘だろ、カミラ! 生きていたのか! 」


 そんなビンセントにとっては唯一の家族と思えるカミラが生きていたと、目の前に本人が現れてそのことを知るビンセントは、嬉しさのあまりに溢れる物が溢れてくるのを感じるが、それを堪えようと考える事は二番目以降であり、彼の心はカミラ・シュリンゲルとの再会の喜びに埋め尽くされている。

 彼女はビンセントに比べれば頭二つ分程背が低く、姿もかなり幼いように見えるが、ビンセントより三歳程年上である。


「まさか本当にそうだとは、似てるとは思ったが。ていうか変わらないな」


 カミラと生き別れになってもう十年程経っているが、彼女の姿は変わらずにそのまんまであった為、ビンセントは『不老なのか? 』と冗談にも思いながら旧友との再会を喜んだ。


「若い姿でいいじゃない」


 カミラがそう返すとビンセントは苦笑した。


「限度がある」


 ビンセントの呟きは彼女には届かず、彼女は故郷の最期の日を語り始めた。


「あの時ビンセントを逃がした後、気が付いた時には村はもう灰だったよ」


 ビンセントが村から無事脱出できたのは彼女に守られたからだ。ビンセントとカミラともう一人の男は、村を襲撃した魔物の軍勢と死闘を繰り広げたが、敵の数は無尽蔵に増えていき、村は完全に包囲されていた。


(あの時、俺は敵の魔法をもろに喰らい瀕死になった。それからは――)

「あの時の私はまだ弱かったけど、なかなか頑張ったんだよ? ビンセントが瀕死になっちゃうからさ、もう一人に連れて逃げてくれって頼んだんだよね」

「そうだったな」


(逃げる気なんてさらさらなかったが、意識が擦れて力も出ずに、そのまま連れていかれた)


 倒れたビンセントを男が担いで逃げ、カミラは援護をしていた。だが、ビンセントを背負った男は気が付けば魔物に捕食されて死に、ビンセントは地面に転がり落ちて動けない。

 カミラはビンセントに近づく魔物を殴り倒してその場をしのぐが、いくら倒してもまるできりが無い。


 ビンセントは覚悟を決め、かすれた声でカミラに最期を告げたが、彼女はその言葉に悲しみと意外の念を込めて突っ放した。

 カミラは瀕死のビンセントに自分のオーラスキルを付与して体を動かせるようにした。そのレベルで、そのスキルで、その年でオーラを使えるのは、幼少から戦闘を繰り返していたビンセントから見ても彼女以外見たことがない。今ではルディ一行という次元違いの強者達がいるが、彼女がこのまま成長をすれば、物理攻撃の才能に関してはカミラもそれらに引けを取らないのではないかと思う程だった。


 そんなカミラにビンセントが這って近づいた瞬間、ビンセントに彼女のオーラと同じ色、赤色のバリアが付着した。付与されたスキルのおかげで魔物はビンセントに気が付かない。それに付け加えて、身体は操作され、力を使い果たして倒れるカミラを背中に退却させられたのだ。


「そうだよ、カミラに強制退却させられたんだよ! どれだけ――」

「いいじゃない、これでお相子でしょ」


 お相子。そんなふうに言われても、良いも悪いも実際ビンセントは感謝している。何よりもその後ちゃんとカミラが生きていたことに、訳も分からず感謝をしていた。


「ビンセントが、諦めたような口を叩くなよ……」


 彼女は夜景を観ながらニヤリとして呟いたが、声は震えていた。


「……なんだよそれ」

「ビンセント逃がした後に、敵に囲まれながら安全を祈ったんだよ」

「それは嬉しいが、どうやって生き延びたんだ」


 あの無数の魔物に囲まれて退路など皆無の状況化を考えれば、体力の尽きたカミラがどうやってあそこから生還したのかが全くもって謎だ。しかしカミラの答えはビンセントの意外だった。


「本気の死んだふり」

「……死んだ、ふり? 」


 そんな事であの状況から死を回避したのかと思うと、ビンセントは驚きを越して唖然となり、目をしばたたかせた。そんな様子を、カミラは目を袖で拭ってビンセントの方を横目で見ながら話を続けた。


「そう、本気のね。ブーストスキル使って効果強化した後、ステルス&ハイドを使って魂と体を全力で隠隠したんだよ。その後はもう気絶さ」


 視力察知を防ぐ『ステルス』に、魔力察知、また魔物やスキル使用者対象に魂の察知を防ぐ『ハイド』の両スキルは、どちらも同年齢の子供が使えるような物ではないのだ。現に、ビンセントはその頃も魔法は何一つ使えなければ、スキルも大した物は使えない。


「体力はビンセントので全部使っちゃたし、でも途中で魔力も力尽きて、気が付けば村はあの有様だったよ」


 カミラが気絶して魔法スキル効果が消え去ったのは、まだ周囲に魔物がいる状態でだ。

魔力も体力も尽きていたので、体が見えている状態であったが、魔物は周りに散らばる死体の一つとして確認したのだろう。

 いくら魔法やスキルが使えても、カミラに運が無ければ、魔物が殺していただろう。そしてカミラが目が覚めた時には、家屋が焼け焦げた臭いや、人の焼けた貝の様な臭いが辺りを覆っていた。その村の生存者は、流れ者のカミラとビンセントの二人だけであった。


 話を聞くうちに、ビンセントは今聞いた情景を思い浮かべ、その村の滅びた『臭い』がどこから香るでもないが、記憶の似たような情景から幻臭として臭ってくるようで、手で口と鼻の下部を抑えて拭うようにすると、一つ深呼吸をした。眼は、まだ滅びというにはマシな、暗い壊れたクロイス国の城下町を見てから、またカミラの方に向けた。

 その目は振り切れている。何度と見た滅びの悪夢、カミラの死という悪夢から解放されたように、目と同じく口元も緩んでこちらを見ているカミラの目を見つめた。


 カミラはそっと頭に手を伸ばして三角巾を解き、白金色の艶やかな髪を露わにし、彼女からすれば、数年ぶりの本当の笑顔を、少しの涙を含ませながらビンセントに見せた。


「ビンセントー、生きて会えてよかったー」


 一歩詰めよって抱擁しようとするカミラに対し、


「あぁ、本当に良かった。カミラ」


 そう言いながら体の向きを変えて、カミラを受けて強く抱きしめた。ビンセントに強く受け止められたカミラは嬉しくなったのか、抱きしめる力が自然に強くなっていく。


「いだだだだだだ!! 」


 相変わらずの怪力にビンセントは堪らず悲鳴を上げてしまう。だがカミラはお構い無しに抱擁を続け、力も嬉しさと共に強くなり続けている。

 ビンセントが走馬灯のように過去のカミラが思い返されて失神しかけると、カミラはビンセントの目の生気が消えそうなのを見て我に返る。


「お、ごめん」


 カミラは急いで力を緩めてビンセントを離すと、彼はその場に崩れ倒れた。


「ふぅ……。ビンセントは、あれからどうしてた? 」

「あれから村に戻ってどうなったのか確認してから、色々なところをさまよって魔物の討伐で暮らしていたよ。まぁ魔物消えてからは『ここ』で剣闘士として暮らしてたけどね」


 カミラの質問にビンセントは痛みに冷や汗をにじませながら答え、木柵を杖にようやく起き上がろうとしていた。


「剣闘士やってたんだね。私はやってなかったから分からないけど、ビンセントが死ぬほどの奴とかいたのかな? 」

「カミラと比べたら戦闘能力は遥かに低い奴らだったけど、向こうも生きるのに全力だからな。それなりの力も出してきてたよ。それは俺もだが」

「これまでに死にかけたことは? 」

「三回くらいかな、昨日の合わせて。昨日のは国にハメられてなんだがな」


 ビンセントがそういうとカミラは神妙な顔を見せた。


「国にねぇ。……やっぱそうなんだね、今日の朝掲示板の知らせでみたよ。魔物が大臣と入れ替わっていて国を陥れようとしていたんだってね。昨日の夜魔物も出たみたいだし、私は少し国から出ていてその時いなかったけど」


 掲示板の知らせは恐らく勇者一行が書いた物だが、それを見て昨日起きた魔物の騒動を知ったと思われるカミラは、流石に魔物と聞いて恐がる素振りも全く見せない。それどころか、勇者一行と同じく前からクロイスを疑っていた気すらある。


「カミラは、あれからどうしてたんだ? 」


 カミラと同じく、魔物の襲撃で分れた後の事が気になって問うと、カミラは小さな声で答えた。


「ビンセントをずっと探してたんだよ」


 小さな声はビンセントの耳に十分に聞こえ、心にも響いた。

 『探していた』それは想像するに難くない。自らが守った者の安否が気になって仕方がなかったのだ。再会できた今でこそ顔を赤らめて恥ずかしそうに小声で言っているが、探していた時は文字通りの必死だったのだろう。


「ビンセントを探す為に、あれからギルドに入ったんだよ。ギルドなら依頼を受けた人の情報とか、色んな情報が知れるからね。そしてビンセントを探しながら魔物との戦争を繰り広げていたよ。おかげで『紅蓮の闘神』なんて呼ばれてたのよ」


 カミラの話を聞くビンセントは心打たれながらも、聞き返してしまいそうになるほどに驚いてもいた。紅蓮の闘神といえば勇者一行と共に魔物を蹂躙した存在であり、その名は世界的に有名だ。


「カミラが、紅蓮の……? 」

「そうそう。戦場で私のオーラを見て誰かがそう呼び出しちゃって、それが広がっちゃったのよ」

「ということはルディさん達と一緒にいたのか」

「常に一緒にいたってわけじゃないけど、ちょっとね」


 カミラはそう言うと再びビンセントに抱擁した。


「あ、おい」

「もう遅いしさぁ、続きはまた明日。私はまた明日からビンセントに付いて行く。今日は、おやすみなさい」


 カミラは言い終わるとビンセントから離れ、幸せの笑みを浮かべて宿の中に入っていった。


「おやすみ、カミラ」


 カミラがバルコニーの扉を閉めた後で返した返事なのでカミラには届いていないが、ビンセントもカミラと同じ表情で宿の中に戻って行った。


(……夢じゃ、無いよな。……よかった)

 自分の泊る狭い部屋の中、悪夢から覚めた時と何も変わらないその薄暗い部屋。だが、戻ってきて再びベッドに潜る時の心はとても明るくて幸せで、その思いのまま一息を漏らして目を閉じた。


 朝、ビンセントはシャワーを浴び終わると早々に荷物をまとめて受付へ行く。


(そういえば再開できた事でいっぱいだったが、カミラって宿屋の受付だったよな)

 朝の気分も良く、軽い足取りで階段を下りていくと、聞き覚えのある声が誰かと話をしている。


「オーナー! 今までお世話になりました! 」

「こちらこそ、色々ありがとうね。寂しくなるわね……、カルラちゃん元気でね! いつでも帰ってきていいのよ。後、その服上げるから、好きに使ってね。はいお給料よ。落とさないようにね」

「ありがとうございます! それでは、ありがとうございました! 」

「頑張ってねカルラちゃん! 」

「はい! 」


 オーナーと呼ばれた女と話をしていた少女は、ビンセントの方をみるとニコッと笑みを見せながら外へ出ていった。聞き覚えのある声の主はやはりカミラだった。


(……いかん、早く出ないと)

 慌ててカウンターで料金を払うと駆け足でカミラを追いかけた。宿から急いで外に出ると――。


「おはようビンセント」


 宿屋の壁にもたれたカミラは手をヒラヒラと振って見せた。


「あぁ、……おはよう」


【クロイス城下町】

「おいていかれたと思った? 」

 カミラはニヤニヤしながら聞くと、ビンセントは少し恥ずかしながら言葉を返す。


「思った」


 そう返されると彼女は思わず笑ってしまい、ビンセントの手を握った。されるがままのビンセントは悪い気もせず、むしろ懐かしい想いで役所へ向かってしばらく歩いた。


「カルラって偽名? 」

「そうよ、似たような名前だけどね。いろんな輩が来るから皆にはカルラで通しているわ」


 カミラは魔物との戦争時に多大な戦果を挙げた。そしてギルドを抜けた後は、その抑止力が無くなったせいか、多国の軍隊や狂宗教の勧誘が後を絶たなかった。それにうんざりしたカミラは失踪して偽名を使いながら暮らして今に至る。


「なるほどね、軍隊の勧誘……、恐ろしいね」


 ビンセントは苦笑しながら聞いていた。紅蓮の闘神が敵になると考えるだけでも、対峙する国にとっては破滅的な脅威だ。


「私は平和主義なんだけどね、やらなきゃいけないときもあるんだよね。ただ単に軍のおもちゃになって人の命を奪うのは好きじゃないし。ビンセントと良い人たち以外は別にいいけどね」

(……平和主義じゃないのか)

「そういえばビンセント、今歩いてるけど、どこ向かってるの? 」


 ビンセントはカミラに何の説明もしていない事に気が付いた。


「そういえばそうだった。実はだなカミラ、職業の相談をしに役所に行くんだよ」

「職業? なんかあったの? ステータス見せてよ」

「いや、街中で見せられないよ」

「そんな人もいないし、小さくすればいいじゃん。それに一瞬だけ見せてくれたら確認できるし」


 言われるがままに、ビンセントはしぶしぶステータスを一瞬だけ表示させ、カミラはビンセントのステータスを確認した。


「ほぅ……盗賊とな。懐かしいが、そりゃ確かにこんなの表示されてちゃ不便だな。にしても昔に比べてレべる上がってるじゃないか。魔力があるってことは魔法を覚えてるみたいだが、表示が潰れているな。だけど、ビンセント相変わらず掃除ができないんだね、……スキル値20て」


 カミラは確実にステータス内容を捉えて色々と突っ込んだ。


「掃除スキルはこの際いいよ、とにかくこの職を何とかしないといけないんだ」


 ふーんといった顔をしながらカミラは相変わらずビンセントに引っ付いている。


「そういえばカミラ」

「なに? 」


 ビンセントは昨日の夜から、また今日朝に気になっていたことを聞いた。


「カミラのレベル……、それおかしいだろ。カミラが『Lv5』って、その姿からは確かに妥当なレベルに見えるかもしれないが、桁が違うのではないか? 」


 カミラの頭上でレベルを見てみようとすると、Lv5と表示された。コレはありえない。ビンセントが昔に見たカミラのレベルはLv19だったからだ。スキル値と違い、レベルが下がる事はありえない。

 ビンセントでも分かるレベル制の知識により、昨日何気なく確認したカミラの表示レベルがずっと気になっていた。疑問をぶつけたビンセントにカミラは苦笑した。


「あぁこれね、確かに実際のレベルとは違うよ。実際のさらしたら、一発で私が何者かばれちゃうよこんな姿だし」

「それは確かにそうだが、どうやってるんだ? 役所とか何かで変えられるのかな? 」

「職業と違ってレベル表示は役所では変えられないよ。コレは制御スキルでステータス能力を調整してレベルを低く見せてるんだよ。ていうかビンセントも制御上がってるじゃない、やろうと思えばできると思うけど」

「なるほど、そういう事もできるのか」

「私みたいに強化スキルとか多様する場合、制御できないとどうにもならないしね。昔の事だけど」

「お、そういえば話戻るけど、職業と違ってという事は、職業は役所で変えられるんだな」


 満面の笑みでカミラに確認をすると、カミラはやれやれと言わんばかりに頷く。


「そうだね、変えられるよ。条件三つあるけど」


 カミラは簡単に説明をする。


「わかったか? 」

「わかったが、条件一のスキル値どうしようかな」

「ビンセントは何になるつもりなの? いっぱいあるよ職種は」

「俺魔法使いになる」


 ビンセントはまじめに言ったつもりだが、カミラからすれば、『剣で突っ込む近接格闘馬鹿のこいつが魔法使いになるのはありえない』と思っていた。 しかしそれはそれ。ビンセントが成りたいというのだから、少しでも協力するのが昔からカミラである。ビンセントにとって厳しいかはさておき、為になる意見を言っていく。


「ビンセント。さっきの魔力スキル値をみる限り、魔法使いは無理だよ。魔法使いの申請を通すには魔力スキル値100は必要なんだよ」


 ビンセントは少しショックを受けている。それを感じたカミラが少しの沈黙の後続けた後に一つの可能性を感じて続けた。


「だけど、さっきのステータスの中に表示が潰れている箇所があった。しかもそのスキル値は100で、一桁2桁に数字がなくピタリと100だ。まぐれもあり得るけど、もしあの人達からの『贈物』ならば、スキル値の規制は無効にできる」


 ビンセントに薄く希望が見えてカミラに振り向いて問うた。


「あの人達って? 」


 その質問に対しカミラは答える。


「ルディ一行、勇者一行だよ」


 それを聞いたビンセントは、笑みを見せながら返す。


「よし。それなら大丈夫だ! 」


 まさかと思ったカミラだが、ビンセントが喜んでるならとりあえず良しとした。ビンセントはカミラの手を引き、不安もなく駆け出した。


【サラスト区役所】

 役所内は嘘のように静かである。


「……全然人いないな」


 いつもの役所であれば人でごった返している場所であるが、現在この広い役所内の客は、ビンセントとカミラの二人を合わせても十人いないほどである。


「ビンセント。職業の所は基本あまり知られていないから、総合受付じゃないんだよ。こっちだよ」


 カミラに連れられる先はビンセントがいつも闘技申請や試合報告、また報酬を受け取る場所である長いカウンターではなく、その脇にある小さい扉だ。脇の扉を開けると暗く細長い通路に出た。


「職業変更はこの先だよ。私も何度か利用したことあるしね」


 カミラがそう言いながらとスタスタ歩いていくが、ビンセントは役所にこんな場所があったのかと、初めて通る通路を確認しながら付いて行く。


「ここだね。ステータスの潰れた表示についても問題ないよ。今から会う鑑定士はエキスパートだし、私達が知らない能力を確認できる時もいっぱいあるんだよ」


 カミラは扉を三度ノックして扉を開けた。そこは細長い部屋で、奥には大きな机、その後ろに座った人物がみえる。その人物以外には誰もいない。


「あの人がそうだよ、行こう」


 長細い部屋を歩いて鑑定士といわれる者に近づく。左右を見ると部屋の壁は本棚で出来ており、その中にはびっしりと本が詰まっている。


「ようこそ職業相談室へ。さぁ座ってください」


 丸々太って丸めがねをかけている男は尖った耳が特徴的で、エルフ族というのが確認できる。男が歓迎しながら指を鳴らすと、二人の真後ろにイスが召喚された。


「さて、初めまして。カミラさんはお久しぶりです」


 男は重そうな体を起こして、ビンセントにステータスを見せながら挨拶をする。


名前: カンノーリ・コット 種族:人(+エルフ) 職業:スキル鑑定士

資格:スキル鑑定士・職業認定士・ステータス管理士

レベル:38 スキル:2739

:鑑定 1000/1000 :認識 1000/1000

:体力 1000/13 :料理 1000/226

………………


「私はカンノーリ・コット。ご覧の通りの役所の鑑定士です。ただ自分で言うのもなんですが、他の鑑定士より目は利きますのでどうぞご安心を」


 『鑑定』『認識』、二種のスキル値が最高にまで達している。これをみれば誰がどう見てもこのカンノーリという鑑定士が、確かな目利きというのがわかる。そもそも、通常の者であれば、どれか一つでもステータスが最高値にまで達するということも非常にまれであり、達しない者の数がほとんどだ。


「それでは早速ですが、あなたのステータスも見せてください」


 鑑定士は職務上、個人のプライバシーの保守義務がある為、客の同意した人物以外に情報をもらさないしもらせない。この部屋も、完全に鑑定士と客のみの部屋だからだ。ビンセントはその点を確認し、『盗賊』という職のついたステータスを心配なく表示できる。

 因みにビンセントは分かっていないが、カンノーリは情報保守の為、それ以外にも魔法で『感知』『盗聴』『監視』を無効化する障壁を室内に張り巡らしており、部屋唯一の出入り口の門も閉まれば勝手に外から開けられない『魔法門』を使用している。なので、全国の鑑定士を求める者達からも、カンノーリに対しては絶対的な信頼を有している。


 一瞬ちらっとカミラを見るビンセントだが、カミラは頷いて見せた。そうなれば、もう安心である。


名前:ビンセント・ウォー 種族:人 職業:盗賊

レベル:34.6 スキル:1669

:筋力 1000/230 :歩術 1000/112

:剣技 1000/253 :体力 1000/307  

………………

:隠密 1000/78:魔力 1000/10

:*** 1000/100


「ビンセント・ウォーです。宜しくお願いします」


 ステータスを表示させて挨拶を返した。


「はい、確認させていただきました。早速ですが、なんの職業に転職したいのですか? 」

「魔法使いです」


 カンノーリはビンセントの潰れたスキルをみながら返した。


「魔法使いですか、残念ですがこの魔力では魔法使いにはなれません。しかしこの表示が潰れているスキルはいったい何でしょうか? もしよろしければ、私めが表示させますがいかが何なさいますか? 」

「是非お願いします」

「承知致しました。それではビンセントさん、お手をお借りしてもよろしいですか? 」


 手をどうするのかは全く分からないが、手を差し出して頷き了承した。


「それでは失礼します」


 カンノーリが手に触れた瞬間だ。ビンセントの頭の中にノースから贈られた魔法のようなモノ、『空間と境界』のイメージが膨大に湧き、恐ろしくなって手を解こうと思ったが、その手は先に青ざめて冷や汗を滝の様にたらしているカンノーリが離していた。


「あぁ、あ、あなたは……、一体――!? 」


 カンノーリはビンセントを恐る恐る見ながら、そしてカミラの方を数回見比べながら震えている。


「い、いえ。失礼致しました。続きを進めさせていただきます」


 再び手に触れるとさっきと同じ様に、頭に膨大な『空間と境界』のイメージと情報が流れ、意識の中にノースが現れた。


「はやいね。僕の贈物、境界のイメージできたかな? 」


 いきなり頭の中でノースの姿が現れて声が聞こえたと思えば、頭の変な感じも無くなり、カンノーリは元の椅子に座っている。どうやら鑑定は終了したようだ。


「こういうのはどうも、久しぶりで……。といよりカミラさん以来でして。まったくどういうことなんですか、お二人は……」


 何が起きたのかがいまいち分からないビンセントがカミラの方をみると笑っている


「失礼しました。少し取り乱しましたが、スキル鑑定は終了致しました。ビンセントさん、ステータスをご覧ください」


 言われるままステータスを表示させてみると、そこにはさっきまで

:*** 1000/100

 と表示されていたところが

:創造(境界) 1000/500

 に変わっている。


「これがノースさんのスキルか」

「おー。いきなりスキル値上がったねそれ」


 カミラがニヤニヤしながらステータスを出してきた。

「私も同じ様な物あるんだよ。ほら」


名前:カミラ・シュリンゲル 種族:人 称号:紅蓮の少女 

職業:賞金稼ぎ・商人

レベル:69.3 スキル:8056

………………

:創造(力) 1000/700


 カミラが出したステータスのスキル値の高さに見ていた二人は驚かされたが、スキル欄の最後にビンセントと同じ『創造』と名のついたスキルが表示されていた。しかしその隣にはビンセントの『境界』と違って『力』とあった。


「私はエリス師匠に教えてもらったから認識はあったけど、ビンセントは今気が付いたんだね」

「エリス師匠って、カミラはエリスさんの弟子だったの?! 」


 エリスの弟子という強い驚きがビンセントを襲ったが、もともと優れた力の持ち主だった彼女が勇者一行の大賢者エリスを師に持って更に力を得ているのが恐ろしかった。


「昔の話だけどね、今は全く使ってないスキルだよ。まぁ、正確にはスキルじゃなくて能力って――」


 そう言いながら彼女はステータスを消そうとした、その時。


「ん、ちょっと待てよ、その称号なんだ……」


 ビンセントが口を挟んでカミラのステータスの称号をよく見れば、皆のよく知る『紅蓮の闘神』ではなく『紅蓮の少女』に変わっている。


「え、私まだ少女だよ」

「見た目はそうかもしれないが、『紅蓮の闘神』はどうしたんだ? もしかして称号表示も編集可能なのか? 」

「できるよ。あの称号変える為に凄腕って聞いていた旅の鑑定士だったカンノーリさん探して、砂漠横断途中のを見つけたから、その場で変えてもらったのよ」


 鑑定士のカンノーリはカミラの言葉にピクッとしながら言葉を挟む。


「あの時砂漠で、カミラさんがいきなり走ってこられるので、正直殺されるかと思いましたよ」

「そんな事しないですよ。……まぁいいや、それで、『紅蓮の闘神』とバレず少しでもかわいらしい名前にしようと『紅蓮の少女』にしたのよ」


 なるほどなるほど。とビンセントは頷くが、紅蓮と付いているのでバレバレではないのかと内心そう思っていた。しかしそれを言ってしまうとカミラがなんだか可哀想な気がするので、ビンセントはその言葉を呑む代わりに、カンノーリにこの『境界』について問う。


「カンノーリさん、これってどういうものなのでしょうか」


 ビンセントの質問にカンノーリは、業務用の難しい顔というわけではなく、本心で悩んで考えてでた表情と共に答えた。


「申し訳ございません。正直なところ、詳しい事はわかりかねます。何せそれは、普通は存在すら知られていないモノですから。グローザキース最大の国のおとぎ話のようなスキル、いや、能力ですからね」


 カンノーリは考えを振り絞って、博識な頭の中で記憶を漁った中でいくつか思い出して話を続ける。


「おとぎ話ではたしか、『力』は限りの無いソレを創りソレを操ることで大地を起こしたとか……、『境界』を開いたことにより世界が生まれたとか、そんな感じのお話でしたね。グローザキース最大の国の他にも、シザという国でも、何か関係がありそうな宗教的な物が――」


 規模が壮大過ぎる話に、ビンセントの口はポッカリ開けていた。


「あぁ、そうだ。ビンセントさん」


 カンノーリは本来の件を思い出してビンセントに話しかけた。。


「魔法使い転職のスキルの条件は、これで無条件クリアです。」


 カミラに言われた事が通り、ビンセントがホッとしていると、話は次へと進んでいく。


「第二の条件の転職後の成果公開なんですが、どのようなものをお考えですか? 」


 そう問われ、ビンセントはネスタの森の開拓と、その樹での燃料供給のことを話す。


「なるほど、ネスタの開拓と燃料供給ですか。しかしあの樹、私も試してみたのですが、硬過ぎて全く伐れないどころか、燃えない樹として有名ですよ」


 初耳だった。硬いのは知っているが、あの樹が燃えないとは聞いたことがなかったし、あの火力を直に見たビンセントには信じられなかった。


「燃えないんですか? それは初耳です。私が切り取って火をつけると物凄い勢いで燃えたので」


 それを聞いたカンノーリはなるほど、といった顔をしながら続けた。


「わかりました。それでは第二の条件はビンセントさんにお任せいたしますのでお願い致します。続いて第三の条件ですが、前職の平均所得の50%お願い致します。ビンセントさんの場合、『盗賊』になってから手に入れたお金が対象になります」


 ビンセントが盗賊になって稼いだお金は、盗賊から回収した百五十三万Gゴールド

手数料はこの半分、七十六万五千Gゴールドだ。


「えぇぇ、……そんなにとるんですか……」


 ビンセントが呻くような声で言う姿を見て、カミラは笑っている。


「バーッと払って、また盗賊とおさらばしよっ! 」


 カミラはビンセントの背中を笑いながら叩く。


「まぁ、しょうがないか」


 そう言いながら、ビンセントはしぶしぶ境界を開けて金を取り出す。


「おー、それが『境界』、ノースさんと同じだね」


 カミラとカンノーリはまじまじと、空間が裂け開いた異空間を見ていた。中から重い大量の手数料をドチャッとカンノーリの机に置いた。


「確かにいただきました。それでは、今日からあなたの職業は正式ではありませんが魔法使いです。ステータスをご確認ください」


 カンノーリに言われて、ビンセントはステータスを表示させる。


名前:ビンセント・ウォー 種族:人 職業:魔法使い

レベル:34.6 

スキル:2069


「魔法使いになった! ……やった」


 憧れの魔法職に就けたビンセントは口角を上げて無邪気に喜ぶ。そんな姿を見て、カミラも優しく微笑んだ。


「おめでとうございます。それでは、これにて申請は終了です。第二の条件、頑張ってください。終了すれば、正規の魔法使いに成れます。あと、あの山は盗賊やらマフィアやらの住処にもなってるみたいなのでお気をつけて」


 もはや心配もしていないカンノーリだが、一応という事で二人に忠告をすると、重い体を椅子からあげてお辞儀をする。


「それでは、カンノーリさんありがとうございました! 」


 ビンセントはそういうと、『境界』を開けてカミラの手を取った。


「早速行こうカミラ! 」


 ビンセントとカミラは境界を使って開いた空間に入り役所を後にした。二人が消えて、本に囲まれる部屋に一人となるカンノーリ。


「全く、なんという人達でしょう……」


 カンノーリはそう言いながら、手数料を机の中に入れて、ブルーベリータルトを食べながら紅茶を一口含んだ。

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