3話 『職業問題と錯覚』
朝起きると、静かだ。
ビンセントはベッドから跳び起きると、ルディが昨日使っていた隣のベッドを見る。すると、とても丁寧にかけ布団が畳まれていた。それはその隣のベッドも、更にその隣も同じだった。
部屋をまわってみたが誰もいない。ビンセントの歩音以外、シャワーの音も聞こえないで、ただいい匂いがする。匂いをたどってみると、昨夜ノースが座ったソファとセットのテーブルの上に料理があり、横には手紙がある。ビンセントは手紙を手に取り、ソファに腰かけて読みだした。
手紙の内容はこうだ。
『ビンセント君おはよう。
昨日はお疲れ様。
色々災難だったね、それとごめんなさい。やっぱり今は連れていけないです。
私達にもいろいろわけがあってね、また時期が来れば再会すると思います。
ノースがビンセント君に『空間魔法のようなもの』を少し使えるようにしたから、何回か練習してみてください。
物の出し入れとか、イメージ次第で万能に使える能力だから、かなり役に立つと思います。
使いようによれば商売にも使えますよ。
これで生計立てれるよやったね。
使い方なんだけど、空間が裂けるようなイメージしながら手をはらってみて。
うまく伝えられないけど、そんな感じにしたら空間が裂けます。閉じたいときはそこに触れれば閉じると思うよ。
なれれば何もしなくても、イメージだけでできるようになります。
とりあえずいろいろ頑張って生きてね。
P.S.ノースがだけど朝ごはん作ったから食べてね。それではまたいつか会いましょう。
そして伝説へ……。』
(また、いつかか……)
ビンセントはそう思いながらソファの背もたれに体重を預けた。そしてビンセントはそのまま手紙に書いてある空間魔法のようなものを試してみる。
(空間が裂けるって、どんなだ……)
手紙に書いてあるようなイメージがわかず、『空間』について思い返してみる。そうすると、昨日ルディが空間を歪めて出てきたのを思い出した。更に、ノースが空間に扉を作ったり、更にはエリスの荷物を『裂けた空間』から取り出していたのも思い出し、もう一度手紙に目を通した。
(……ノースさんが使える様にしたって、空間が裂けるようなイメージって、あれなのか――)
「よっ」
ビンセントは昨日のノースが裂いた空間を思い出しながら、目の前を手で軽くはらった。
すると裂けた。
ビンセントが手ではらった眼前の空間に一筋の『線』が入り、その隙間をよくのぞき込むと、青黒い暗い空間が覗き見える。
「おー、凄い……。これが空間が裂けるってやつか」
ビンセントはその線に興味津々になり、それに触れてみたが、触覚や何かを感じることは無かった。ただ、隙間に指を入れると、その隙間の大きさが広がった。
「うわ、広がった。凄いなこれ、魔法、なんだよなたぶんこれ」
その空間に何か少しでも変化があれば、ついつい反応が声になって出てくるほど、ビンセントは広い部屋で一人盛り上がっていた。
(どこまで広げられるんだろうか)
小さく細い空間の隙間を広げていくうちに、とうとうビンセント自身が入れなくもないほどの大きさにまで広がった。
(……やりすぎたかな、それにしてもこれどこにつながってんのかな、手紙には物も出し入れできるとか書いてあるが)
とりあえず何か入れてみようと立ち上がって周囲を探したが、昨日自分が寝たベッドの隣に置いてあった自分のバッグしかない。
バッグの中を見ると、中には現金百三十九万三千七百四十G(ゴールド)と非常食の固いパン二つ。後はコロシアムの闘士契約書と出場証だ。
(もうこれ要らんな)
そう思いながら出場証を裂けた空間に投げ入れると、出場証はきれいさっぱりなくなった。避けた空間の反対側に回り込んでも見たが、出場証はやはりどこにも見当たらなかった。
「おー、なくなっちゃった」
ビンセントは空間に手を入れるのには少し抵抗があるが、手紙の内容を信じて空間に手を突っ込んだ。
「……なにもない」
空間の中を手で探ってみたが、手は何に触れることもなく、何もなかった。
(手がなくなるとかじゃなくてよかったが、出場証どこだろう。もう要らないけど)
また手を突っ込んで探り、今度はふと心で『出場証』を手に取ろうと思うと、何かを掴んだ。
「あった」
どんなに手で探っても見つからなかった出場証が、手に取ろうと思った瞬間にはあったのだ。
(なるほど。空間の中に入れた物は、また取り出したい時に出したい物を思えば取り出せるんだな。……便利だ――)
与えられた能力に関心しながら、ビンセントは空間魔法のようなものを使えるようになった。
(ん? そういえば、空間魔法の『ようなもの』ってなんだ……。まぁ、いいか)
ふと手紙の書き方に疑問を覚えたが、また異様な空間に目を戻して、手紙に書いてあった通りの『空間の閉じ方』を実行した。
(閉じろ)
空間を閉じることを意識して空間に手を触れると、空間は何の異常も無かったように元に戻った。
「基本的な使い方は、これで出来たのかな」
ビンセントは手紙を畳んで、再び空間を開いてその中に入れた。
(うん、できた。慣れればもっと便利になるんだろうな)
ビンセントは勇者一行のノースからの贈物により、朝から大分気が良くなっていた。それに付け加え、いい匂いの朝食が用意されているのだ。それも、ノースの手によってだ。
ビンセントは勇者一行に心で礼を言い、朝食を食べ始めた。
「いただきます」
ベーコンと卵、それとマッシュポテトとパン二枚。
(うまい)
ビンセントはゆっくり朝食を堪能した。
ビンセントが起きてから、二時間ほど経過していた。
(さて、そろそろ出るかな)
ビンセントはバッグの中身を空間に入れた。
(バッグは持っとくか、葉っぱでも詰めれば枕にでもなるだろ)
ビンセントは今夜は野宿前提で考えてバッグを背負って部屋を出た。いくら考えても、この宿がどこにある宿なのかが分からないからだ。ただ、ここに来た時の、暗闇の中での匂いや涼しさ、また雰囲気を感じ、ビンセントの経験から大よそどういう所なのかが察しがついている。それだけに、こんな立派な宿があることに、ビンセントは階段を下りながら改めて驚いていた。
フロントマンに挨拶をし、チェックアウトをして料金を支払う為にビンセントはポケットに手を突っ込んで空間を開いた。
(バッグからお金を出す手間が省けていいなこれ)
ビンセントが与えられた能力の便利さに顔をほころばせている途中で、フロントマンは一礼をして挨拶から続けた。
「ゆっくり休まれましたか。ビンセント様ですね、お連れの方が既に料金をお支払いをされております」
「え、そうなんですか」
(ルディさん達払ってくれたのか、何から何まで、ありがとうございます)
ビンセントはポケット中の空間を閉じた。
「はい。今日のまだ暗い中に発たれました」
「そうですか、それでは私も参ります」
「さようでございますか、ありがとうございました。またのご利用お待ちしております。行ってらっしゃいませ」
フロントマンに見送られながらビンセントは宿を出た。
外に出ると、昨日の夜ほどではないがやはり涼しい。それでいて、空気がおいしく、空を見上げればとてもいい天気である。
(ここまでノースさんの魔法で来たんだよな、やっぱり――)
そう思いながら周りを見回してみると、ビンセントの察し通りの場所だった。
「どっかの山、……の頂みたいだな」
周りを見るとかなり見晴らしが良いところだった。周りは岩山となっており、所々斜面に沿って斜めに樹が生えている。下を見れば、手が届きそうな所までは暫く岩山化しており、そこから奥や下は樹が生い茂り、緑の絨毯のようにも見える。森の中に白灰色の細い線が見える。おそらく川が流れているとしてビンセントは見ていた。更に遠くを見てみると、見覚えのある城と街がみえる。
「あー、あれクロイスか」
ビンセントはここがどこかを確信した。
(この山はネスタの山か、クロイスまでだいぶ遠いが、とりあえず戻るか。……ていうかやっぱり思ったが、こんな場所に宿って、誰も来れないだろ)
ビンセントが突っ込むのはもっともな事で、ネスタの森といえば四年前まで竜の巣があり、開拓もされないまま放置された人々から恐れられている山だ。
今は山の主もいなくなり穏やかだが、ごつごつしている地形のせいか身を隠すには最適な場所の為、盗賊の隠れ家ともされている。
ここに泊まる客の事以前に、あれほどの宿がどうやって造られたという事に疑問を隠せない。しかし、現に勇者一行と共にビンセントも泊った身なので、そういう客が利用する場所で、そういう客の知り合いが造ったのだという事でビンセントは無理やり納得して山を下りて行った。
【ネスタ山道】
(さてと、これから一体何をしようか)
ビンセントは道で拾った枯葉をバッグにぱんぱんに詰めて、野宿する気満々で歩きながら今後の生き方を考えている。
(数ヶ月生きる金はあるし、闘技試合はもう、たぶんないしな)
闘技場や昨日の一件を思い返すと、ビンセントは嫌な予感がしてステータスをみた。
名前:ビンセント・ウォー 種族:人 職業:無
レベル:34.6 スキル:1619
:筋力 1000/230 :歩術 1000/112 :剣技 1000/253
:体力 1000/307 :料理 1000/4 :耐性 1000/40
:俊敏 1000/130 :掃除 1000/20 :美容 1000/58
:制御 1000/327 :隠密 1000/78:魔力 1000/10
:*** 1000/50
「職業無、か」
最初は晴れ晴れと剣闘士から解放された気分だったが、しばらくこの職業名を見ているうちに、何とも言えない気持ちに襲われた。
(職業無って、ひょっとしたら初めて表示されたかもしれない。戦後は一応、冒険者からの剣闘士転職だったからな)
少し焦りながらも、今まで大して気にも留めず、考えても見なかった事が一つ疑問に思う。
(そういえばこの職業って誰が決めてるんだ、あまり気にしたことがなかったが、クロイスに戻ったら役所にでも聞いてみるか)
そう思いステータスを閉じようとしたが、職業以外のステータス変化に気が付いた。
(魔力……、そういえば俺魔法初めて使ったのか。なんか変なスキルも増えてるし)
人生これまで、剣一本で生きてきたビンセントにとって『魔法』には縁がなく、『魔法使い』というのに憧れていた時期もあるくらいだ。だがそれは例えば、魔法使いが魔法を使っている姿を見る。というようなきっかけがあれば、今でも思うほどの事だろう。
「やった! いや、それより俺もう職業魔法使いでいいじゃん!! 」
ビンセントは森の中一人で叫びだした。声は森に吸い込まれていく。暫く嬉しいやらなぜ魔法使いに成れないやらで悲しんでいるその時、周りから数人の人の気配がした。
「Lv34のおにいさん。こんなところで何をしているのですか? 」
声をかけた男や、その周りの四人の男達は、身なりだけを見ても、とても街で生活しているような見た目ではなかった。
(……こいつら、盗賊か? )
一目見るにビンセントは相手がなんなのかを察し、この五人以外の敵がいないかをさりげなく索敵をした。
「その膨れたバッグ、こっちに寄こしてもらおうか」
盗賊の言葉を無視しながら索敵をしたが、どうやら隠れている敵はいないようで、敵は目の前のLv37の男を合わせて五人だけの様だ。その五人が、ビンセントを囲うように迫ってきている。
「なんだお前ら、今晩の為に一生懸命に集めたものを奪うってのか? 」
枕は大事だ。盗賊達はビンセントのバッグの中身がなんなのか、少なくとも枯葉が詰まっているとは思わないだろう。
「今晩の為に集めただと? テメェの今晩に何があるかしらねぇが、Lv34の人間が集めた物……、兄貴! ますます欲しくなってきましたね! ……ん? 」
盗賊は仲間達と共に獲物の中身について勝手に妄想しているが、視線はビンセントから外れ、ビンセントの開いていたステータスを凝視した。
「おいこいつ無職だぜ。なんだテメェ、なんでLv34もあってそんな事になってんだ?! 」
ビンセントの正面にいる盗賊以外の四人はそう言ってビンセントを大笑いしてからかった。
「すまねぇなー、無職の荷物奪おうとしてよー」
背後をうろつく盗賊はビンセントのバッグを叩いたり、出っ放しのステータスを笑った。だが正面の盗賊一人は、神妙な顔になってビンセントを無言で凝視している。
しかしビンセントの正面にいる慎重でリーダー格の盗賊が考えることは、一般的に考えればビンセントのLv34はそれなりに高い方なのだ。それでいて無職という事は、何かの工作者とも考えられるのだ。
考えれば考えるほど、慎重なビンセントと対するLv37の男はその場で固まっていく。それに比べて、Lv20代である四名の部下盗賊は、何も考えることなく凄んでビンセントを脅している。
「可哀想だからよ、金目の物出したら殺したりしねぇよ。オラッさっさと出さねぇか! 」
盗賊が笑いながらそう言うと。
「上等だ……」
ビンセントが口を開いた。
「あぁ? 」
ビンセントを必要以上に挑発する部下を戻そうと、部下の口をふさぐ盗賊のリーダーだが――
「今からテメェらぶっ倒して、……魔法使いデビューしてやるよォッ!! 」
盗賊のリーダーは間に合わず、ビンセントは我慢の限界に達した。
「あぁ?にいちゃん、……俺らとやろうってのか」
「抵抗したらどうなるかわからねぇんなら、教えてやるよ! 」
相変わらず凄んでいる盗賊のうち一人は、痺れを切らして斬りかかる。
「Lv34つったって、コイツ素手だぜ! 武器も持っちゃいねぇんだ! だったら斬らせろ! 」
(久しぶりだなこういうの)
ビンセントはコロシアム以外で闘うのは久しぶりだった。苛立ち半分、懐かしさもう半分といった具合に浸りながら、今朝得た能力の事を思い浮かべる。
「武器も持ってねぇ丸腰の木偶が! 死ね! 」
「武器? 」
(開け)
ビンセントは開いた空間から剣を取り出し、盗賊の剣を眼前で防いだ。
「それが持ってんだよな」
ビンセントは思わず口元が緩んで口角が上がってしまい、唖然とする盗賊の剣を押し弾いた。
「……は? お前、今どっから剣を?! 」
「なんでもかまいやしねぇ! さっさとやっちまいましょう兄貴! 」
「しょうがないな……」
それを見ていた他の盗賊も襲いかかる。リーダー格の盗賊ももはや、一戦交えるという決めざる負えない覚悟を、ようやく決めたところだった。
「さっさとやっちまえか……、魔法使いなめんなよ! 」
もはや、ビンセントを無職だの魔法使いではないと馬鹿にする者はこの場にはいない。
ビンセントは地を蹴って敵の懐へ入り込み、剣で突き抜いた。だがどうみてもその動きは魔法使いではない。百戦錬磨の戦士の動きだ。
「なかなか早いじゃねぇか……オラッ! 」
ビンセントの背後から剣を振り下ろす、だが刃は届かない。
(こいつらレベルの割には遅いな、コロシアムのやつらと比べたら弱いんだな)
剣をかわしながら、抜きざまに脇腹を上段に向けて切り裂き、流れる様にもう一人の首元へ剣を振るった。残るはリーダー格合わせて二人だ。
「こいつ強いぜ、どうします兄貴」
「まぁ、こうなったら下がれない。レベルならボクのほうが上だ、まぁ任せてよ。ボクは強いよ。そうでしょ」
「いやしかし、俺たちは……」
盗賊達は小さな声でなにやら話していると、盗賊のリーダーはビンセントと自分のレベルを確認して、作ったような余裕な表情で近づく。
「おにいさん、強いですね。どうですか、僕達と一緒に行動しませんか? 」
「あ、兄貴、……ずらかりましょうや」
何か大きな荷物を抱える盗賊の一人は、逃げる気満々だ。
それでも兄貴と呼ばれる盗賊のリーダー格のような男は、何故か引き下がろうとしない。
「なんで俺が盗賊なんかにならなきゃいけないんだ」
「仲間になれば部下三人葬ったのは見逃します、だけど断ったら……、ボクらがいるファミリーはセシリオです」
盗賊に成る気など更々無いビンセントは、盗賊の言葉を無視して敵の力量を測っていた。
(こいつはLv37か、確かに俺より高いが熟練はどうなのやら、……うーん)
「なっておいた方がいいですよ。無職のおにいさん」
無言で答えないビンセントに、盗賊は痺れを切らして『無職』と言い放った。
それは今のビンセントがそれなりに気にしている事であって、それを何故かはなにつく盗賊が馬鹿にする事でビンセントを怒らせるのは容易だった。
「俺は魔法使いだって言ってんだろうが! 」
ビンセントは気が付いたら二人の首を刎ね飛ばしていた。盗賊のリーダー格の頭は真顔のまま宙を舞う。
(あぁ……まぁ、盗賊だしいいか)
法は国によって違うが、基本的にクロイス周辺では害族への攻撃は許可されている。
五人の盗賊を葬ったビンセントは、魔法使いとしての初報酬と言わんばかりに五人の持ち物を漁った。昔の経験によって漁ることに慣れたその姿は、そこら辺の盗賊よりも盗賊をしているように見える。
「おー。意外といっぱい持ってるんだな、食料はかなり助かる」
盗賊から手に入れたアイテムは、百五十三万
「おー、いいもん持ってんじゃんか」
完全にそれらしいセリフを吐いた自称魔法使いは、『ドロップ品』を空間へ収納した。
(盗賊ってかなり金持ってるんだな……)
ビンセントはステータスの所持金欄を開き所持金の確認をする。
(さっきの合わせて二百九十二万三千七百四十
人を襲って手に入れた金かもしれないと、少し思うところはあったが、昔を思い出してすぐに気にしなくなった。
「街戻ったらこの金で商売でも始めようかな」
戦闘外での商業を少し夢見るビンセントの今現在の職業がどうなっているか……、彼はそれを確認せずに足を進めるのであった。
ビンセントは現在、山を下る途中で半日をかけている。もう日は沈み、真っ暗な森の中を歩んでいた。
「あぁ……、腹減った。ここらへんで今日は野宿するか」
そういいながら野営によさそうな場所を探す。
(いい時に着いたな)
いいものを見つけたように、少し歩いてその場所へ行く。そこは山頂からは白灰色の線に見えた、樹木が裂けた河原だった。
森の中では届かなかった月明りが、樹のカーテンが開いたこの場所には届いており、涼し気な音をたてて流れる川は意外と深いというのが観て確認できる。もっとよく覗き見ると川魚も泳いでいるのが確認できた。
(至れり尽くせりだな、ここで飯食って寝よう。このぶんだと、明日の夕にはクロイスに着くな)
ビンセントは空間を開き、盗賊の食料を取り出した。
「パンに燻製の肉、バターか。川もあるし、魚でも取ろうかな。……その前に暖組むか」
枯葉がぱんぱんに詰まったバッグを開け、水気の無い所に少量積み出して、火打ちで火をつけた。火はすぐに点いてじわじわと燃え広がるのだが、どうも火が小さい。
「俺も火の魔法とか使えたら、こういう時便利なんだけどなー……」
魔法に憧れながら、枕の枯葉は燃料として次々に消費されていく。
(すぐ消えそうだ、薪でも取ってくるか。道中も探してたけど、なぜか木の枝一本も落ちてなかったからな)
ビンセントは木にまで近づき、空間から剣を出した。
(盗賊以外誰も立ち寄ってないだけ、全て立派な樹だな)
ビンセントは大木を見上げ、手ごろな枝を剣で叩く。しかし良い剣でない為か、なかなか伐れない。
(だよなぁ、斧だもんなこういうのは……いや、ていうかこの木硬いな、異常に――)
樹の枝を叩いた剣を月明りの反射で見ると、刃が欠けていた。
「おかしいだろ。こりゃ開拓も無理だわ」
諦めて空間に剣を収めた。河原に返して数歩歩くその時、ビンセントは思いついた。
(これ、この魔法であの木と木の間に空間作れば、切り取れるんじゃないか……)
ビンセントはイメージを膨らませた。
(なんだろうな、なんかこう、テーブルクロス引きのような……そんな感じでいける気がする)
ビンセントのイメージが完成した。わかりやすく言うならば、『達磨落とし』のイメージだ。
(こんな感じ。開け)
ビンセントがそう思いながら木に触れると、木は空間に切り取られ、下がなくなった上部はそのまま真下の断面にズンと着地する。
「あぶねぇ! 」
木と木の間に挟まれそうだったビンセントは思わず声を上げる。
(もっと考えないと、これは危険だ。というか、俺と逆の方を削ればよかったじゃないか)
改めて、樹の反対側を大きく削る。
メキメキと軋む樹は倒れていき、重い音と同時に地に倒れた。
(流石ノースさんの魔法、便利)
ビンセントはそう思いながら、さっきの要領で空間で枝を切断して収集した。
(これだけあれば十分だろう)
一つの疑問を抱きながら、今にも消えそうな小さな焚火の前に戻る。
(燃えるのか、この木)
剣で切ろうとして剣の刃が欠けたほどの樹、燃えるのか、どうなるのかがわからない。
しかし枝を少量火に焼ると、それは考えられないほど勢い良く燃え、炎はビンセントの身長を遥かに超えて高く昇る。
(うぉ……、なんだこれめちゃくちゃ火力高いじゃないか。キャンプレベルじゃない)
その過剰な炎は、幸いにも樹のない所で昇っているが、森内で発火したら文字通り火の山になる。
(なかなか危ないな、とりあえず延焼の恐れはなさそうだし川で魚でも採るか)
ビンセントは採った枝の中でも長細い物を選び、空間で先端を鋭利に尖らせて切断した。
(これでいいか)
釣り道具を持ってないビンセントは、そのモリのような木の枝を持って川へ行く。
「んッ」
ビンセントは小さい力み声を上げて、モリで魚を一突きにするとそのまま河原へ上げた。
(俺の隠密スキル……、強化しているといっても低いからな、まぁ採れれば何でもいいか)
隠密スキルが高い者は、今のビンセントの様に魚を捕る場合であっても、気づかれず魚を素手で捕ることもできる。
隠密スキルを極めた者は、伝説の生物ドラゴンの気にすら触れることなく接近可能らしく、ネスタ山の主であるドラゴンは、ルディ一行メンバーに暗殺されたとクロイスでは噂されていた。
(よし。こんなもんでいいだろう)
ビンセントはモリに魚三匹刺して焚き火の元へ戻る。
(火力強いなぁ、直接焼いたら焦げる)
そう思いながら魚を直接火で焼かないように、火のそばに枝を固定して炙った。
しかし火の粉がかかって、魚を刺している枝に引火した。
「あ」
ビンセントが呆然としている間にも、魚は体内の枝から火を噴きだす。それはもはや懐かしい
(こんな燃えるか普通……、いやこれ普通じゃないわ)
ビンセントは急いで剣を抜き、燃えている枝を河原に弾いた。刺さった魚三匹もそのままボトッと河原の石の上に落ちる。
(枝とらないと魚が灰になる)
ビンセントは火だるまの魚の真ん中に空間を作って開いて真っ二つにし、剣で枝を取り除いたが、取り除かれた枝はまだ燃えている。
(何なんだこの木は、いやそれはかなり気になるところだが、魚だよ魚)
魚を見ると、内部はカリッカリに焼かれており、焦げに引火しているのをビンセントは吹き消した。しかし魚の焼けたその香りはとても好いもので、そのまま手に取りかぶりついた。
「あっつい、……うまい」
手に取った瞬間、当たり前ながら高温であった為に危うく振り投げてしまう所だったが、食べてみればカリッカリのところを除けば他に焦げはなく、身は丁度よく火が通っていた。
焚き火の前に枯葉が入ったカバンを敷いて座り、魚とパンを食べる。乾いたパンと魚でとてものどが乾くが、外でのこういった食事は久しぶりでビンセントは楽しく思っていた。
(……あいつちゃんと食ってるかな、まぁ、あいつなら、大丈夫――)
ふと、同じようなことをしていた時の記憶が、共に過ごした人物のことが思い出される。ビンセントと一緒に村に流れ着き、その村が滅んでからというもの、その人物は消息不明だ。何度も、やはり死んだのだと自分に言い聞かせる事は少なくない。今もそういう風に懐かしんで、物を食べているのだから。
無言のまま食べ終わると魚のゴミを空間に捨てて、バッグを枕にして眠った。水の流れる音と、パキパキという、樹の油がはじける音とがただ聴こえる。寒い夜なはずなのに、異常な火力の焚火のせいで、じんわり暑かった。
「……え? なんでまだ燃えてるの」
朝目が覚めると、なんと焚き火は勢い衰えずにまだ燃え続けており、それどころか魚を串刺した枝でさえ燃え続けている。
「どんだけ良い燃料なんだ、これ金になるぞ」
ビンセントは燃料供給という仕事を思いつく。街や国で使われている燃料は魔法以外は主に木で、それを焼いた木炭を主な燃料としている。
ただこのネスタの山に生えている樹は、火力、燃焼時間共に他の木とは比較にならないほど優れている。
(いいネタができたぞ、町に戻ったらコレで商売しよう。職業は魔法商人ということで)
そう思い、未だに燃えている火に水をかけた。消すために結構大変なんじゃないかと思ったが、業火は少量の水であっさりと消えた。火の始末の確認を終えると、消火した木を全て空間に収納して意気揚々と山を後にした。
【クロイス平原】
ネスタの森を抜けて広い平原に出ると、近くに商人の馬車が通るのが見えた。
「おーい」
ビンセントが商人に呼びかける。山を下りたとは言え、現在地からクロイス平原を渡ってクロイス国に入るにはまだまだかなりの距離がある。馬車を使っていければ、例え速度をあまり出さない行商馬車であっても、遅くても夕のうちにクロイスへたどり着けるだろう。
下山時に馬車を眼にするという絶好の機会を、呼びかけられた馬車主の中年商人は、ビンセントを無視せずに声を返した。
「おや、なんだいあんた」
駆け足で近寄るビンセントを、商人が何やら不審な顔でみる。
「クロイスにまで行きたいのですが、これからどこへ向かうのですか? もし行き先が同じなら、お金を払うので乗せてもらいたいんですが」
「私もクロイスにまで行くつもりだが、あんた何者だい」
目的地は同じようだが、商人がやたら疑り深い。それもそうだろう。ネスタ山といえば、商人やクロイス市民からすれば盗賊のアジトとして有名であり、その事を知らないのは、無関心者か流れ者のビンセントの様な者だけだ。だから商人からすれば、『ネスタ山から来た者は盗賊と思え』なのであるから、警戒100%というのが普通なのだろう。
「魔法使いですよ」
「ほんとかい? ステータス見せてよ」
あくまで魔法使いと言い張るビンセントは、商人が何か自分に対して不信を抱いているという事は察しているが、それが盗賊に対する不信感とは知らない。
ビンセントは本当は魔法使いではなく、無職というのがばれてしまう。と、いわば投げやりな風に思っているが、彼の心はあくまで『魔法使い』であり、そこは折らない。
「……いいですよただ、私まだ見習いの魔法使いで……その――」
そういいながらステータスを開く。
ビンセントは昨日自分が何をしたのかをもうすっかり忘れている。五人の盗賊達に何をし返したのかを、ステータスの職業欄、そこに映ったものは─────
名前:ビンセント・ウォー 種族:人 職業:盗賊
レベル:34.6 スキル:1669
………………
職業は盗賊になっていた。
「やっぱり盗賊じゃねぇかお前ッ!! やめろ! 離れろ! 」
「なっ、えー……」
商人は怯えながら、全力で馬に鞭を打って馬車を駆けだした。行商馬車の速度が、意外と速く感じるという新感覚を味わったビンセントは、しばらく馬車の後姿を突っ立って見ていた。
暫くそのまま、無職から盗賊へのジョブチェンジを果たしたと状況整理をすると、不満気にステータスを閉じる。
「そういえば『職業』ってどうやって決まっているんだ、……なんで俺が盗賊なんかに」
盗賊行為で思い当たる事といえば、昨日盗賊を返り討ちにした後のことが一つあるが、そんな様な事を考えてブツブツ言いながら、一人平原をクロイス目指して平原を歩き出した。
(職だし、役所とかで申請したら表示変えられそうなもんだがな。ハァ……)
なんだかんだ職表示に文句を言うビンセントだが、今までに盗賊と表示されたことが無いという事は無い。
職業は基本、これまで行ってきた行為やその期間に習得したスキル値によって自動的に反映される。だから職業という物をこれまで意識する者はそういない。というのも、普通に暮らしていけば、大方『農家』『戦士』『商人』の様な系統に分けられていくからだ。
基本的に『職業:無』なんて表示は事故であり、逆になる方が難しい。ビンセントの場合、ギルドではなく、国が企画運営した闘技場で契約した剣闘士であった為、その闘技場が無くなったので職業も同時に無職となったのだ。コレが一般的なギルドや、世界共通契約であれば、いくら日頃入出場していた闘技場が突然無くなろうとも、職業はそのままだった。
万が一失業をした場合、その間に習得したスキル値は考慮されなくなり、それから行う行為で職業が反映される。ビンセントが無職として初めて自主的にやった行為が、昨日の盗賊撃退後の『剥ぎ取り』であった為、職業は自動的に『盗賊』になった。
また異例として、ギルドや役所のような世界共通機関や国ごとの行政機関に申請を行えば職業表示を変えたり、転職申し出をすることができるが、条件が以下三つある。
一、表示希望の職業に対して、必要スキルが一定以上である事。
二、新職で一定の成果を上げ、それを機関に報告し、成果物を提示する事。
三、手数料(前職で得ていた所得平均金額の50%)
この制度は一般的には公開されず、ただ存在している制度で、自ら申告しないとそもそも制度の存在自体が一般市民には知られていない。主な用途は調整と逃げ道だ。それに同条件でありながら、職業表示の職業固定はやりやすいが、難関な転職については機関側からの審査と条件が厳しい為に、結果できない。という事も多い。
クロイス国ではこのように定められている。国によって条件は多少変わるが、基本的には同じだろう。
(クロイス戻ったら役所直行だな、職業表記変えられるかまず聞こう)
職の事については完全な無知であるビンセントはそう思いながら、広い平原をひたすらに転職の可能性を信じて前向きに歩き続けているが、もう日は完全に落ちて夜である。
【クロイス国】
「やっとついた……もういいや今日は、明日役所に行こう」
夜更け。不気味な程静まり返っているクロイス国に着いたビンセントは辺りを見回すが、街路の魔法照明すら消えているのに気が付いた。
しばらく歩いていると、今まで忘れていた一昨日クロイス国で起こった事件を思い出した。
(あぁ、そういえばそうだったな。もうクロイス壊れてるのか)
暗闇、建物の明かりも無い。単に深夜だからという理由ではない。建物は壊れ、人がいないのだ。しかししばらく歩いていると、国に戻って初めて見た、明かりの灯った建物を見つけた。そこは宿で、ビンセントは明かりに誘われるがままに入って行った。
「――!? うぉッ……コホン、いらっしゃいませ! 一名様ですか? 」
「……そうです」
ビンセントがクロイス国へ戻ってから見た人間第一号は、三角巾とエプロン姿の小柄な宿娘だった。
宿娘はビンセントを見るなり何故かかなり驚いた様子だったが、数秒後には何事も無かったかのように話してカウンターにまで招き、ビンセントもそれに従った。
「……それではご案内しますね! 」
「お願いします」
終始ビンセントの顔や体、色んな所を見つめる宿屋の娘についていき、泊めてもらえる場所だろうか、二階の部屋前に着くと宿娘が止まった。
「それではごゆっくりどうぞ! 」
「ありがとうございます」
宿娘にじろじろ見られながら鍵を渡され、ビンセントは礼を言って部屋に入っていった。
(あの娘、やたらと見てきたな。……どこかで見た顔だが、まさかな――)
ビンセントは歩き疲れたのか、ベッドの前まで行くと、シャワーも浴びずにそのままベッドへ倒れて横になった。
(……まさか、な。……俺も色々あって疲れているんだろう、もう寝よう)
ベッドに座りなおして靴を脱ぐと、ベッドに再び倒れる。そして廊下に繋がっている部屋の扉を見ると静かで、ビンセントは深いため息を大きく一つついて目を閉じた。
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