視線

 先に言う。

 私の話だが、ホラーというほどホラーではない。


 私の部屋は『霊道』が通っているらしい。

 まぁ、読んで字のごとく『霊が通る道』なのだが、そのせいかよく変な事が起きる。

 パンパンッ!とラップ音が鳴ったり、

 棚から勝手にものが落ちたり(ぼた餅なら良かった)。


 ある日のことだ。

 部屋のドアから妙に視線を感じる。

 もちろん何も無い。

 だが、じーっと誰かが見ているような気がした。

 慣れとは恐ろしいものだ。

 最初はラップ音でさえ怖かったものだが、それが日常になると怖いどころか、

 ──今日も賑やかだな。

 なんて思ってしまう。

 そのたぐいだと思い、一日放置した。

 しかし、次の日の朝。

 寝起きは目覚まし時計をボーッと見ていることが日課なのだが、その日はドアを見つめていた。

 それも上の、天井に近いところ。

『霊は後ろにいると思えば上にいる』とはよく言ったものだが、姿が一切視えていないため霊かどうかもわからない。

 気にせずにいようと思ったが、本を読んでいても、ケータイをいじっていても、ずっと視線を感じる。

 光のない黒い瞳が頭の中に浮かび、「ああそんな目をしているのか」なんて楽観的に考えていた。

 別段怒りや憎しみを感じるわけでなく、ただじーっ、と穴があくほど見つめられているだけ。

 私自身も気づいた時にはドアを見ていたので何となく波長は合っていたのだろう。

 霊感の薄さが恨めしい。

(何故か)1~2ヶ月放置して、ようやく母に相談した。

 いつもは「気のせいだ」と笑って相手にしてくれない母だが、今回は「どこ?」と、すぐ行動に移した。

 母は、私が感じた辺りを教えると数珠をつけた手を掲げた。

 球状の何かに触れるように手を動かし、眉間にシワを寄せる。

「ああ、男の人だねぇ。悪い感じはしない」

 ──ああ良かった。なら大丈夫だ。

 ……いや、大丈夫ではないな。

「でも、タチ悪いね。首だけだ」


 ………ええええええええええええ!


 驚く私を気にもとめず、母はお経を読み始めた。

 お経を読み終えるまで、読み終えた後でも動けなかったことを覚えている。

「これで大丈夫‼」

 と言った母の笑顔は眩しかった。


 おかげで視線を感じなくなったし、心なしかドアの所が明るくなったような気もした。

 だが、あの男性はなぜ首だけでそこに留まってしまったのか。

 そして身体はどこに行ったのか。

 母が知るわけもないし、

 いない者には聞くことも出来ない──

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