夢か……

 これは私の話だ。


 人混みをかき分けて走っていた。

 私は後ろを振り向きもせず、から逃げていた。

 見慣れた場所をローテーションするように逃げていた。

 疲れることもなく、ただただ必死に足を動かし続け、変わりゆく場所を転々とする。

 何から逃げているのか分からない。

 何が追ってくるかも分からない。

 本当は何も追いかけてきていないんじゃないのか?

 だが、背筋が凍り、全身の毛が逆立つほどの恐怖心がある。

 怖い!怖い!怖い!

 とにかく逃げる!……それだけをずっと考えていた。

 休みの日に入り浸る図書館の前を何回目かに過ぎた時だった。

 ……急に家族が気になりだしたのだ。

 家族の安否を猛烈に確認したくなった。

 しかし、ここから家まで走ると

 仕方なく遠回りしながら自宅へと向かう。

 家に向かうとなった瞬間、足が鉛のように重くなった。

 歩くどころか上がりもしない。

 両足を引きずって逃げながら、やっとの思いで家に着いた。


 そこには全壊した家があった。

 瓦礫の中に木の骨組みだけの家。

 悟った。──家族はいない、と。

 押し寄せる悲しみにぐっと耐えていると、ポケットのスマホが鳴った。

 着信だ。

 いつも使っている着信音。

 しかし、通話に躊躇ためらった。

 手は震え、歯がカチカチと鳴る。

 止まらない汗と「出るな!」という本能。

 出たくない。出たくはないが……

 電話を取り、耳に当てる。

 脳裏に血走った目の狼がよぎった。


 ──私が逃げていたのは?

 ──追ってきていたのは?


 通話口と重なって、後ろから狼の唸り声がした。




 目を覚ますといつもの布団の上。

 上半身は一気に血が巡ったように熱くなって額にはうっすらと汗をかいていた。

(何だ。夢だったのか……)

 深く息を吐いて暗い天井を見つめる。

 悪夢を見ると飛び起きるものだと思っていたが、案外そうでもなかったようだ。

 やはりそれはテレビの世界だけか。

 目が覚めてしまい、しばらく天井の照明を眺めていたら突然、「今見たのは本当に夢だったのか」と疑い始めた。

 怖い思いをした、そうしたら目が覚めた。

 ただの夢じゃないか。

 ……本当に夢だったのか?

 ゾォーッと悪寒がした。

 鼓動が速くなり、息は荒くなった。


 窓の外からは狼の唸り声がしていた。


 ──その後の記憶はない。

 あれは夢だったのか。

 ──それとも現実だったのか──

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