4. 愚かなる首領

フールリダーは決して裕福な町ではなかったが、住民たちに不満はなかった。2年前までは。


「やあ、おはよう。僕の町の視察に来たよ。」


先ほどまでは活気のあった市場に嫌な空気が流れた。現れたのは、フールリダーを治める領主、イース子爵とそのボディガードをつとめる二人の屈強な男であった。彼は2年前まで領主をつとめていたイース侯爵の息子である。父親は民に慕われていたが、息子の方は全然で、陰では厄介者扱いされていた。


「相変わらず廃れているね。汚い野菜ばかり並べていないで、宝石店でも出したらどうだい?」


嫌味たらしく言うイース子爵に、町民は苛立っていた。本当に前領主様の息子なのかと誰もが疑っていた。


「さて、お前ら、行くぞ。」

「はっ。」


子爵がボディガードを引き連れてやってきたのは、花屋であった。――フロアの店である。


「やあやあ!フロア嬢!」

「い、イース様!」

「まーだこんな店続けているのかい?」


そのイース子爵の発言にフロアはムッとした。


「亡き母が残した大切なお店なんです。悪く言わないでください!」

「亡き母ねぇ―――」


「そんなことより!」声高に話し始めたイース子爵にフロアは余計にムッとした。いつもいつもこの人は人の話を聞き入れない。自己中の権化のような人だと、皆が言うのにも頷けた。


「僕のお誘いへの返事は?」


その質問にフロアは呆れかえっていた。


「・・・・・イース様の側室に、というお話ならお断りしたはずです。私はお店を続けたいので、まだそう言ったことは考えられないのです。」

「んー、ナンセンスだね。僕の妻になったら遊んで暮らせるのに!全く、どうしてこんな汚い仕事を続けたがるのか、僕にはさっぱりわからないよ。」


やれやれと言った様子でイース子爵は「また来るね。」と恐ろしい言葉を残しながら去って行った。フロアはどっと疲れた。


数か月前から彼から側室にならないかという、前代未聞の誘いが来ていた。店を続けたいから、というのは嘘ではないが建前で、あんな男の、しかも正妻ではなく側室だなんて、フロアにはまっぴらごめんだった。まだ恐ろしいドラゴンたちがうじゃうじゃいるという龍の巣に放り込まれた方がましだとさえ思っていた。


それに加えて、たびたび店を訪れるものだから、クウちゃんのことが気になって仕方がなかった。イース子爵が言い寄る前までは、家の中で遊ばせていたが、彼が押し掛けてくるようになってからは、まだ子供のドラゴンをのびのび遊ばせてやることがかなわなく、不満は募っていた。クウちゃんも以前より退屈そうにしていた。


だから誰にも見つからないよう、昨日は森でクウちゃんを遊ばせてやろうと思ったのだった。そこでは思いがけない出会いがあったわけだったが。ドラゴンのことを相談できる人物に会えたことはまたとない収穫であった。幾分か肩の荷が下りた気がした。


「クウちゃん、森にこう。シグルスさんに会いに行くよ。」


カバンに子ドラゴンを隠し、少女は森の奥へと足を踏み入れた。


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