第3話

 結局、“あれ”の正体は何だったのか。


「たぶん、勉強したくてもできなかった、軍人さんたちだと思うんだよ。羨ましくて見ているのか、ちゃんとやっているのかって監督のため見ているのかわからないけど」


 だいぶ経ってから、N先輩はそう語ってくれた。


 しかし、それももう確かめるすべがない。


 N先輩は、亡くなってしまったからだ。



 N先輩は、朝から晩まで図書館で勉強しているだけあって、当然、学科内で一番優秀な学生だった。

 文系の大学院生の就職率は悪い。ほとんどの卒業生が、博士課程まで修了しても、研究職に就くことができない狭き門である。


 そんな中、我が校に専任講師として就職するとすれば、まずN先輩だろう、と言われていた。


 そして、予想通りN先輩は専任講師となった。



 就職して、半年経つか経たないかといった頃だったそうだ。


「なんだか頭がずっと痛い」

「身体がずっとだるい」


 精密検査をしたときには、もう脳にできた腫瘍は除去できない段階にあったという。就職して一年も経たないうちに、惜しまれながら鬼籍の人となってしまった。



 実は、私も何度か原因不明の発熱で精密検査を受けたことがある。

 大学院に通っていた頃のことだ。

 しかし、私はいま幸いにも生きながらえている。


 この違いは何なのか?


 私は、あまり図書館の書庫で勉強しなかった。そのため、論文や学会発表の実績が足らず、研究者として就職をする夢は叶わなかった。


 叶わなかった方が幸せだったのか、短い間でも叶って生を終えた方が幸せだったのか。


 いまはもう聞くこともできなくなってしまったが。



 私が通っていた大学は、「英霊」と呼ばれる方たちを祀った神社の隣にある。


 図書館の閉架書庫は、ちょうどその英霊が祀られる神社とは細い道を挟んだすぐ裏手に、いまも建っている。

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