04 朱神泰曄
この歳になって自分に兄が居ると両親から告白されてすぐ納得出来るほど自分は人間として出来てはいなかった。
確かに驚いた。
平気そうな態度であったかもしれない。
しかも十歳ほど離れている。
自分、今高校生やぞ、と。
よくもまあ隠しおおせた。
よく気付かないで生活できた。
薄々は違和感のようなものはあった。
知らない人から声をかけられたり、哀れむような視線とか。
それはよくある『勘違い系』というやつか。
それとも自分は知らず知らずの内に真実から目を背けて、見えないもの。居ないものとして振舞っていた、というオチか。
だとすれば嫌な人間だ。
仮、というか自分の兄だ。家族だ。
「……で、結局のところ……。その兄ちゃんって犯罪者?」
良心にドストレートに尋ねた。
別に自分は上に誰が居ようと隠し子的な
というか、妹のような娘と仲良くさせてもらっているのだから今更な話しだ。
今日も俺の部屋で読書している。
「精神を病んで入院している」
「今は……、幾分か落ち着いているから……。それで……」
言いにくそうにしているだけで理解する。
ようは俺に真実を伝えてどういう反応をするのか確かめようとしているわけだ。
早い話しが俺次第だ。
ならすぐに連れてこい、と言うべきか。
いやいや。
いくらお気楽な俺でも動揺するって。
十年以上も一人っ子として生活してきたわけですよ。
急に兄弟が出来たと聞けば戸惑う。しかも普通は弟とかだろ、と。
兄ってなんだよ。
★ ★ ★ ★ ★
ごく普通に生活してきた凡庸な一般人がいきなり
と、思う。
しかも聞けば内にある数千冊もの蔵書はそもそも兄が集めたものだという。
父さんの趣味かと思ってたのに。
それもただの兄ではない。
自殺未遂を働いている。そりゃあ言い難いわな、と思った。
どういう理由かは怖いので聞きたくないけれど、両親も言いたくないし、今も良く分からないらしい。
なら言うなと胸の内で言う。
むしろ聞きたいとも思わない。
明るい話題が良いので。
兄が居てもいいよ。
というか兄側は弟が居る事を知っているのかね。
聞けば知ってはいるが会いたいとは言っていない。だから困っている、と答えられた。
腕を組む急に弟になった青年。
「由緒正しい一般家庭だと思ってたのに……」
「……すまんな」
我が家は本当に由緒正しい一般家庭だ。
政府との繋がりも無く、秘密の儀式をするよう家庭でもない。
実際に本当かは確かめて居ないので憶測の域は出ないけれど。
しいてあげれば髪の毛が赤いことくらいだ。
我が『
それ以外に特筆する事はない普通の家庭である。
俺の髪の毛もかなり発色のいい赤だ。
世の中的には珍しい色とも言われている。けれども世の中には赤以外にも様々な髪の色の人間が居る。
黒は日本人の基本色として圧倒的な数が居る。
それ以外で時点に茶髪が来る程度。
赤の他に自分が確認したのは赤紫。白。紫。桃色もつい最近見かけた。
染めてしまうと判別が難しいけれど、多くは地毛だ。ほぼ体毛全て。
色が違うだけで他に特殊能力があったりはしないのだが、とにかく目立つことこの上ないのは間違いない。
兄もまた赤い色。
それだけ目立つ色なら人ごみに紛れても判別は容易かもしれない。
「……それで兄ちゃんはこれからどうなるって?」
「家にそろそろ戻そうかと……」
戻してもいいと思う。
そもそも自分が使っていた部屋は兄のものだ。さっき聞いた真実だが。
その兄には悪いが自分は本は大して読まない。だから部屋を変える事にさしたる抵抗は感じない。
本好きの『あの子』と仲良くなるかもしれない。口下手だが。
激昂して暴れるのが正しいスタイルかは分からないが、自分は平和主義だ。
新しい家族でも受け入れる心の広い男だと、たぶん思っている。
実際に会ってみて心変わりするかもしれない気持ちは少なからずある。
そうすんなりと事態を飲み込めるほど俺は順応力は高くない。
人並みに慌てるし、感情だってある。
あの子が無口に無表情に変化した事を今でも少し気にしているほどだ。
本好きでいてくれたのは素直に嬉しかった。
「……思い余って手首を切り落としたのだが……」
「………」
リストカットの上位版か。
流石の俺でも言葉に詰まる。いや、返答することなど出来はしない。
物凄い重い話しになりそうな予感はした。
というか、そんな人の精神状態は果たして正常と言えるのか。
意味も無く連れて来て暴れられるのは困る。あの子にとっても。
もちろん、俺も困る。
★ ★ ★ ★ ★
懸念をよそについに兄が我が家にやってきた。
今日まで色々と話し合いが
一人では心許ないので、助っ人を用意した。もちろん事前に事情を説明した。
小さな女の子に助けを
「……サーラちゃんは……、その……、ごめんな」
「……いいえ。……いつもお世話になっているので……」
消え入りそうな声で呟く少女『
本が好きで遊びに来る普通の女の子、だった。
今は幾分、普通から遠ざかってしまったけれど。
彼女のことなど考えている場合ではなかった。
居間に通された我が家の本来の長男。
目つきの鋭い不良かと思っていたが凡庸な一般人。というか普通以外に例えようがない普通の人だった。
手は包帯で包まれていたが、それ以外の特色と言えば赤い髪。
「……弟君? これはまた利発そうな男子だ」
かつて長男だった男は今日を限りに次男に降格する。けれども別にそれはどうでもいい。
「……どうも」
ぎこちない挨拶が終われば互いに見つめ合うのみ。
急に出て来た新キャラにかける言葉などあるわけがない。
「そちらの子は?」
「……サーラです。……いつもご本を読みに来ています」
丁寧にお辞儀する彼女に銀河も条件反射的にお辞儀を返す。
サーラは黒髪である。どう考えても妹と言うには少し無茶があると思う。
取り立てて変わったイベントが発生するでもなく、俺と兄との邂逅は終わり、粛々と時間が過ぎていく。
三日も経てば他人行儀など吹き飛んでいた。
「兄ちゃんって友達居たっけ?」
「居るよ」
自宅に入り浸っている兄こと銀河は膨大な本を読み込んでいた。
弟の俺は指定された本を買いに行ったり、介護老人の如く彼の世話をする日課を粛々と務めていた。
夜中に喚いたり、一人でトイレに行けないという事はなく、着替えと食事と風呂くらいか、一人で出来そうにない事を手伝う程度だ。
「サーラちゃんはいつも本を読んでいるみたいだけど、友達はお前だけか?」
泰曄君と敬語だったのは二日ほど。今はお前呼ばわり。
悪い気はしない。それが兄弟なら別段問題は無いし、普通の家庭って感じがする。
なにより俺自身気が楽で助かっている。
「他にも友達は居るよ」
もちろん学校にも友達は居る。
出会ってもまだ日が浅いとはいえ、互いの交友関係はこれからだ。
聞けば
良くあの人と友達になれたな、というのが今月一番の驚きだった。
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