03 日奈森唄奏

 世の中は理不尽で出来ている。

 そう思う日々が多かった。

 赤紫色の髪の毛の男『日奈森ひなもり唄奏ばいす』はそう思っていた。

 地毛なので仕方が無いのだが学校側は黒く染めろと言う。

 まだ世の中の日本人の多くは黒髪だから、という理由でだ。

 最初こそは従っていた。だが、登校する度に染めるのは面倒だし、お金もかかる。

 苦学生の日奈森には限界がある。

 見た目が不良っぽいということも教師に睨まれる原因となっていた。

 両親はかっこいいと言ってくれる。味方が居る事はありがたい。

 健康に育ち、学校にも行ける。それはそれで幸せなのだろう。

 だが、理不尽は横道にたくさん転がっている。

 二十一世紀になったばかりだというのに景気の悪い日本。

 そこかしこでイジメや暴力、様々な事件が溢れている。

 正義感は人一倍強い方なのかもしれない。

 日奈森はなんとなくだが、そう思った。

 余程の大事件でもないかぎり、自分で解決出来そうな事件くらいは解決したいと思う。

 見た目の不良っぽさを利用して。

 町の清掃だってするし、色々なことをやってきた。

 他の不良に絡まれる大人を助ける事もある。喧嘩は人並みくらいで強くはないけれど。

 大半は返り討ちにあう。

 折角助けたとしても同じ不良と見なされて文句を言われる。

 最初は我慢できた。助けられたから、それでいいと。

 だが、積り積もればストレスも限界に来る。

「ああっ! クソっ!」

 いつからか物に当たるようになった。

 ただ、両親は慰めてくれるので家では次も頑張ると言っておく。

 誰かの為に頑張れる人は日本人の中では少数派かもしれない。

 それでも誰かを助けるという事は気分がいい。そのはずだ。

 少なくとも自分は弱者の立場を知っている。


 ある日、大勢の不良に絡まれて絶体絶命のピンチに陥った。

 当たり前だが、一人で活動しているのだから大勢で囲まれれば日奈森とてどうすることもできない。

 物騒な刃物を使われないだけで当時はだった。

 テレビドラマも素手の暴力が主流だったし。

 今から考えれば不良も時代の流れの一つとも言える。

 スダボロにされても殺されはしなかった。それはきっと運がいいからだ。

 だが、骨折はきつい。

 そんな中、さすがに『死』を感じさせるほど痛めつけられる事があった。

 相手は本物の暴力団。

 正義感だけで人助けをすればいずれは出会うのも必定と言う相手だ。

 他の不良と違い、人を殺しても平然としている部類の人種だ。

 気配がそもそも違う。

 真顔で人間を切りつけても表情に変化が生まれないのだから。

 頬を切り裂かれそうになる時、この世には正義の味方が居る事を教えてくれた。

「大丈夫かい?」

 白髪の老人のような人が優しく声をかけてくれた。

 周りに居た暴力団の姿は既に無い。

 痛めつけられすぎて耳の聞こえと視力が危なくなっていて周りがうまく把握出来ない。だが、近くに居るであろう人間の声はよく聞こえていた。


 ★ ★ ★ ★ ★


 病院で目覚めた日奈森は側に居る人間に気付くのに数分を要した。

 白髪の人物。

 初対面のはずだが、誰なんだろうと考えた。

 身体中が痛かったが目も耳も既に回復していた。

「……どなたっすか?」

 少なくとも家族と親類ではない。

「う~ん、君を助けた正義の味方かな」

 笑顔の人物は男性で老人というには若々しさがあった。

 若白髪かもしれない。

 ただ、見事に頭髪全てが白かった。

 色の付いている自分はなぜだか申し訳ない気持ちになってきた。

 色が付いててすいません、と。

「私は神崎かんざき。無事に目が覚めてよかった。入院費は私が払っておいたから、元気になったら退院するといい」

「ええっ!?」

「未来ある若者が簡単に死んだら駄目だよ。強くなれとは言わないけれど」

 優しく言う男性。

「お大事に」

「あ、あの!」

「んっ?」

「助けてくれて……。ありがとうございます」

 神崎という男性は微笑むだけで立ち去った。


 詳しい事情は分からないが退院までの費用は全て支払われていた。

 両親に連絡すると大層驚かれて怒られた。

 滅多に怒らない両親に対し、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 命を粗末にする気は無かったが相手が悪かった。

「その『かんざき』って誰なんだい? 御礼をしないといけないだろう」

「帰っちゃったんで……。誰だったのかは……」

 身も知らぬ若者を助ける正義の味方。だが、不信感いっぱいの日本人は疑いがちだ。

 後でどんな事態になるか、怖いから。

 看護師からも詳しい話しは得られない。

 骨折していたので退院まで一ヶ月はかかったかもしれない。

 それから『神崎』という人を人助けしながら探す日々が始まる。

 ありふれた姓なので白髪くらいしか特徴の無い人間を探すのは難しい。

 また暴力団に目をつけられてはいけないのだが弱き人を助ける事に変わりは無い。

 相手をえり好みするのは人助けとしては間違っているけれど。

 死にたくは無い。

 葛藤と戦うのが宿命、とも言える。

 時には助けたのに見た目だけで不良の仲間と言われて文句を言われる。

 そういう時はついゴミ箱に当り散らしてしまう。

 人はそう簡単には変わらないようだ。

 もちろん、蹴り飛ばしたゴミ箱はちゃんと戻した。

 電信柱は蹴ると痛いし。

「今日もなんだか、疲れましたよ」

 一人で活動していると自然と独りごとつぶやくようになる。

 住んでいる町が汚くなるのが、きっと嫌なのだ。

 今は手の届く範囲だが、将来はもっと広げたい。

 広げれば負担も大きくなる。

 正義の味方は一人では限界がある。

 人助けが正義かというと疑問ではあるが。


 ★ ★ ★ ★ ★


 ある時、大勢の不良同士のケンカに出くわした。

 深夜帯で近所迷惑この上ない。

 昼間より夜間の方が色々と事件が多いので学校が終われば夕方から町を巡回するようになった。

 両親は自分のしている事を応援してくれるので弁当なども用意してくれる。

 もちろん、死ぬような危険なことはしないと約束して。

 無闇に命を粗末にする気は無い。

「おら! かかってこいや!」

 口汚い言い合いが続く。

 こういう時、普通の大人は助けに行ったり、場を収めたりはない。

 ただ、眺めて嘲笑するだけだ。

 正義感を発揮するのは頭のおかしい人間だからと思っているから。

 その指摘は日奈森も否定しない。

 きっとバカなんだ。正義の味方という存在は。

 アニメやドラマの中だけの存在なのだ。

 現実は甘くない。それが世の中の風潮だ。

 それでも町を汚すやからは見過ごせない。それが日奈森唄奏という愚かな人間の選んだ道なのだから。


 結果としてケンカの騒動に飛び込み、あえなく撃沈。

 バカの行動で騒動自体は収束し、結果的にはうまくいった。

 第三者の介入とパトカーの音で不良達は散り散りに散っていった。

 ただ、殴られすぎて動けない愚か者を除いて。

 死にはしなかったが、立てなかった。また骨折したかもしれない。

 入院費で迷惑をかけると思うと申し訳ない気持ちになる。

「あ~あ、派手にやられたな、好青年」

 聞き覚えの無い声が聞こえた。

「……救急車をお願いします……」

 仕返しに来た不良と言うわけではなさそうだ。

 声を聞く限り、優しそうな雰囲気を感じる。

 前に助けてくれた人とは声質が違うのは分かった。彼よりもっと若々しい。

「俺の家まで運んでやる。すぐ近くだから。病院はその後だ」

「……え~」

 男に運ばれるの嫌だな、と思った次の瞬間には軽々と持ち上げられて背負わされた。

 けっこう力があるんだなと驚いた。

 あと、やはり無理に動かされたので痛い。

「……素直に病院にしてほしかった……」

「物凄く目立つぞ。事件に巻き込まれたいのか?」

「命の方が大事っすから」

「……この心意気は嫌いじゃないな」

 男性は走りながら色々と話してくれた。

 気が付けば彼の自宅に連れ込まれていた。

 よく考えれば人攫ひとさらいだ。


 ★ ★ ★ ★ ★


 謎の男性の自宅の居間に日奈森は置かれた。

「変なもん拾ってくるんじゃねーよ」

 と、威勢の良い女性の声が聞こえた。

「うるせー。野次馬に見世物になってたんだから仕方ねーだろ」

「普通は救急車だろ、バカ」

 二人は互いに負けずに言い合っていた。

「……まあまあ、二人共。……ケンカしない」

 視界が急に暗転したかと思った。

 真っ黒い闇の塊が現れた。

 ただ、とても耳障りの良い声だった。

「……とにかく、服を脱がせばいいのかしら?」

「いいからいいから。姉ちゃんは部屋に行ってて」

「……男の子の裸くらい平気よ」

「お姉ちゃんは料理の勉強をしていて下さい」

 女性が言うと黒い存在は素直に従ったようだ。

 闇が去っていく。

「すごい黒いものが居たような……」

「うちの姉ちゃん。全身黒ずくめだから。それより、身体検査だ」

 身動きが取れない日奈森の服が脱がされていく。

 さすがに全裸にはされなかった。

 テキパキと包帯などが巻かれて応急処置を施されていく。

 それらが終わる頃には晩御飯時となっていて家の中が慌しい音に包まれる。

 食器の音。料理する音。

 この家には結構な人数の人間が居るようだ。

 日奈森の家は三人だけ。だから少し新鮮な気持ちだった。

「んっ? 友達か?」

「拾ってきた。野ざらしじゃあ可哀相だから」

「そうか。もう遅い時間だから……。……おや?」

 声をかけに顔を見せてきた人間は首を傾げた。

 日奈森も声の感じで聞き覚えがあるなと思った。

 その人間の髪は真っ白だった。

「珍しい髪の毛に覚えがあるな」

「兄ちゃんの知り合いか?」

「つい先日助けた気がするが……。他人の空似かな」

 空似ではない。

 日奈森は確信していた。

 この人が先日、助けてくれた命の恩人だと。

「か、かんざきさん?」

「うん」

 素直に男性は言った。そして、微笑む。

「また誰かに負けたのかな?」

「大勢の不良に突っ込んでボコボコにされてたよ」

 そう答えたのは近くに居た男性だ。

「お前は病院に運ばなかったのか。誘拐は犯罪だぞ」

「人が多かったからさ。いやまあ、そ、そうだね。誘拐だな。……兄ちゃん、ごめん」

「あ~あ~、我が家にパトカー来たら、お前だけ行けよ。お兄ちゃんを巻き込むんじゃねーぞ」

 言い争いが始まる。

 明らかに日奈森が原因だ。

 その後で手を叩く音が聞こえた。

「起きてしまったものは仕方がありません。死体を運んだわけではないのだから」

 新たに現れたのは女性だった。

 というより、この家に居る人間達が何者か日奈森は知らない。誰も彼もが赤の他人だから。

「説明は彼に任せよう。あと、お前が責任を持って面倒見るように」

「……は~い」

 ケガが酷いので日奈森は結局、一泊する事になった。

 手厚い看病の後で疲労の為にすぐ眠ってしまったが、翌朝には朝食の支度の音が聞こえてくる。

「人助けをしているのか」

「それでいつもケガばかりなんですけどね」

「一人でかい?」

「はい」

「それは大変だろう。君は正義感が強いんだね」

 白髪の男性『神崎龍緋りゅうひ』という人は日奈森の話しをバカにせず、真面目に聞いてくれた。

 髪の毛のことも尋ねたが気にしたそぶりは見せなかった。

 神崎という人は前は赤みを帯びた黒髪だったそうで、どうして白髪になったのか本人は分からないという。

 若白髪のせいで老人だと勘違いしてしまったがまだ三十代だった。

「とにかく、君はケガを治しなさい。あと、一人で行動するのが大変なら……。赤龍せきりゅうと一緒に行動してみたらいい。少なくとも赤龍は強いぞ」

「段々と不良グループが増えるようで勘弁願いたいんだけど……」

「ならあたしと代わりばんこに行動すればいいんじゃねーの?」

「お前のところは女所帯だろう?」

「あっ? うるせーな。男成分が入ってもいいだろう」

龍美たつみが良ければ私は文句は言わないよ」

「わ~、ありがとう、お兄ちゃん。愛してる~」

「君がこれからも弱き人の為に頑張りたいなら、この二人の下で働いてみるのもいいだろう。もちろん、君の両親に説明してもいいぞ」

 うまい話しには裏があるものだ。

 だが、二度も助けてくれたことは嘘ではないし、手当ても本物だ。

 少なくとも暴力団事務所という雰囲気は無い。

 『神崎赤龍』と『神崎龍美』

 聞けば一つ上の先輩だった。しかも同じ学校だという驚愕の事実。

 後、二人共龍緋より十歳以上も歳が離れているらしい。

 世界は意外と狭いなと思った。


 ★ ★ ★ ★ ★


 神崎兄妹と共に活動を始めて数日後、彼らの行動力の大きさに驚かされる。

 広範囲にわたって町の平和を守っている。

 自分の理想が目の前にあった。

 それはそれとして龍緋と共に行動する時は更に凄かった。

 二人とは桁違い。

 驚きの連続だ。

 にこやかな人間なのに、常識を疑う。

「なんですか、その棒は!?」

「『幻龍斬戟げんりゅうざんげき』」

 名付け親は奥さんという。

 家に居た闇の塊が奥さん。

 いや、正確には『神崎ベアトリーチェ』という声の素敵な女性だ。

 全身を黒い包帯で包んでいるので、最初は人間に見えなかった。

 夏場になると肌の露出が多いと聞いた覚えがある。だが、今は冬間近の秋の終わりごろだ。夏には程遠い。

「形態変化する武器で詳しい事は私にも分からないけれど」

 不思議な棒こと幻龍斬戟はファンタジー小説に出てきそうな武器だった。

 実際に巨大な剣にもなるのだから驚きだ。

 龍緋は簡単にやってのけるが日奈森は棒で壁を大破など出来はしない。

 どういう身体構造なのか、とてつもなく強い人なのは分かった。

 片手で野球ボールを握りつぶす脅威の握力。だが、弟達はそこまで化け物じみていない。

 神崎家で突飛な能力を持つのは長男である龍緋と長女のりんだけだという。

 その長女は滅多に本気を出さないのでボールを握りつぶせるかは分からない。

 金属バットを軽々と捻じ曲げる様は見た人しか分からない恐怖がある。

 長女も一応、金属バットを曲げられるらしい。

「……どういうご家族なんですか?」

 いかにも突飛な話しで不審そうな日奈森の顔が変に見えたのか、龍緋は楽しそうに声に出して笑った。

「ははは。……失礼。それは……、私と鈴だけみたいだから。どうしてと言われても分からないな」

 彼らの両親は力は確かに強いそうだが、化け物じみた能力は無いそうだ。

「日奈森君。しばらくしたら家を改装する予定だが……。君さえ良ければ住んでくれないか?」

 改装後にアパートのように使う予定だという。その住人として勧誘された。

 流石に即答は出来なかったけれど。

「……学生っすからね~。う~ん、それはすぐには答えられませんね」

 にこやかな龍緋の姿は数年の後に失われる。

 身体が弱いことは聞いていたが命を落すとは思わなかった。

 それから日奈森は知らなかったが、諸外国では龍緋の存在はかなり有名だった。

 見た目は普通の大人。力は確かに物凄いのだが某国の救世主には見えない。

 明るくて子供らしい天真爛漫な人。

 それが日奈森が見た龍緋の印象だった。

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