02 春夏秋冬織水

 読んだ本は数知れず、全集や叢書は数え切れない。けれども所有している本はほんの数冊程度。

 ほぼ全てが借り物という結果だ。

 家庭はそれ程裕福ではないし、読めるだけありがたいと思わなければならない。

 本当にを見つけたと思う。

 所有書籍は数万冊。それをどうして持っているのか不思議だった。

 別段、読書家でもないのに。

 売る為のコレクターか、と聞いたが違うらしい。

 では何なんだ、と改めて聞けば倉庫代わりに部屋を貸している、と答えられた。

 そんな本を他人に貸して大丈夫なのか。私なら断るところだ。借りている分際だけれど。

「お前だから貸している。相手方も承知しているから」

「なるほど。君はバカなんだね」

 バカというか物好きというか、お人よしというか。

 いずれ私の夫になるのではないかと不安な未来が見えそうになった。

 私とて人を選ぶ権利はある。

 都合よく利用しておいてなんだが。


 ★ ★ ★ ★ ★


 世の中は『キラキラネーム』が大繁殖中。

 その中にあって私のフルネームをルビ無しで読めた人は皆無です。

 分かる人は分かって当然だ。

 私にだって親は居る。

 試験管の中で培養されて勝手に変な苗字をつけられたわけではない。

 普通のキラキラネームは強引な当て字が多く、間違っていることも多々ある。だが、我々は違うぜ、と言いたい。

 名前より苗字がすげーと言われる事が多いか。

 話題を逸らそうと思ったのに、クソ。

 苗字については私も分からない。

 何らかのマイブームが起きたのではないかと言われている。これは比較的、マジな話しだ。

 それはそれとして今日も本を漁りに彼の元へ向かう。

 側に居るのではないかと思われるが上のは過去です。時代は常に動いているのですよ。

 というわけで数日たったある日にやってきました彼の家へ。

 表札には『さかもり』と書かれています。普通は初見で読めない難読漢字ですけど。

 せいぜい『つばめ』とか読みそうなものだが。

 目的の彼はキラキラネームそのもののような名前を持ちます。というかよく戸籍として認められたものだと日本の役所の寛容さに驚きを禁じ得ません。


 さかもり終末。


 何となくは読めるのではないかと思いますが、大人はまず正しく読めないと思う。

 それが一人なら変わった人で済む。

 いかんせん、世の中はこの手の名前が割りと多く溢れている。

 他人の名前ほど読み難いものは無い。

 私の名前というか苗字がまさか三文字だとは思うまい。

「おっす、しゅうまつ君。ルビ無しで呼んでみたぜ」

「……はいそうですか。近頃地震が多いからお前んちは無事なのか?」

 世間話しを交えつつ家に入れてくれる讌君。

 もはや家族ぐるみの付き合いがある幼馴染みという関係さ。

 実際にご近所だし、同じ学校だし、と。

 男子の家に女の子が行くのは創作物でも普通だし。

「……ここが二次創作の中だと私だけが知っている……」

「……? また怪しい本でも読んでいるのか?」

「そんなタイトルが将来出版されると思うよ、絶対」

 つまらない本のタイトルくらい百は思いつく私にとってジュブナイル小説のつまんないタイトルなど一年先くらいは分かるのさ。

 例を挙げればきりが無いけれど。

 『Re:』『ゼロから始める』『魔王』『妹』『俺とお前が』『やってみた』等が付くタイトル。

 冴えない男主人公と髪の毛が派手な女の事の異世界ファンタジー系。

「それはさておき、借りていた本をまずは……返すわねっと」

 毎回、一つの叢書シリーズをまとめて借りる私は別段、少女小説ばかり読んでいるわけではない。

 今回は1番から50番までの『東洋文庫』を読んでみた。

 文庫というわりに大きさは新書サイズで箱入り。緑色のクロス装という豪華仕様の本だ。

 発売開始されて長いが未だに絶えずに続いている叢書の一つでもある。

 訳者がお亡くなりになると未完になってしまうけれど、それでも種類は他に追随を許さないのではないか、と。

 番号順に読む必要は無い。単に順番に読むと決めていただけ。特に深い意味も無いけれど。

 一般の小説に比べれば大して面白くは無い。

 インド古典文学などが入っていれば、それなりに面白いとか言うかもしれない。

「しっかし、相変わらずあんたの本棚は凄いわね」

 壁一面どころか三面は本で埋まっている。もちろん、自室ではなく専用の部屋だが。

 本当はもっとあるけれど大事な本はしっかり戸締りされている。

「収集癖のある親の趣味だからな」

 実際にはそれだけではなく、集めた本はとある場所に移される事になっている。

 共同で書籍を管理する施設があり、それまでの間だけ讌家に置かれている。

 それは何故か。

 彼の親が自分で読む為だ。

 私のような趣味人とはまた一線を画す人物で編集者をやっているらしい。その一環なのかは分からないけれど。

 よく末尾に乗る大量の参考資料がある。それを自分でも読んでみたくなる人だ。

 漢籍はさすがに置いてないみたいだけど、増えてきた本をいつまでも置いておけるわけは無く。

 大半は共同使用という形で貸し出されている。

 揃ってさえいれば後は他人に貸してもいい、という素晴らしい人だ。

 別の言い方では飽きっぽい人だが。

 とにかく、そういう趣味の人のお陰で一揃いの本を読めるのはなかなか無い。

 大抵は穴だらけの本屋や汚い本しか無い図書館が関の山。

 でも、ここには欠番がほぼ無い。あと、こんなの読む人は限られてくる。

「お前の家がいつ燃えるのか心配だが……。ちゃんと帰ってくる辺り、凄いよな」

「数件先のご近所さんだもん」

 何でも貸してくれるわけではなく、本当に貴重な本や高額商品はまず無理。あと、大きくて重いのも無理。

 例えば一気に『中国古典文学大系』全60冊とか。

 小さいとはいえ重そうな『大漢和辞典』の収縮版13巻とか。

 本当は東洋文庫も十冊程度までだったが、こっそり連続で借りてしまった為に増えたけれど。


 箱入りの特装版とか限定版には興味なし。

 読めればいい。

 中にはとっても高額な本もあるけれど。

 誰が買うんだか、こんな本と最初は思った。

 まず一般人は買わないし、この手の本の存在自体知られていないのではないかと思う。

 オークションで高額取り引きされた途端に注目される今まで見向きもされなかった本もあるし。

 世の中は割りと現金なものだ。

 その点、私は読む為に借りる。買わないのでお財布に優しい。

 本を持つ友人を手に入れるだけで充分なのだから。

 本だけを目的としてもいいものか、と思わないでもないが、持ち主がいいと許可をくれたので遠慮は今はしていません。

 無くしたり、破損すれば弁償物だけれど。

 この東洋文庫も中古品と新品の値段の差が激しい。

 時代は常に値上がりしたまま。

 何とも世知辛せちがらい世の中よ。

 さて、そろそろ一つの疑問を提示しようじゃないか。

 私の名前を正しく読める人は手を挙げて。

 苗字は三文字ですよ。四文字っぽいけれど。

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