第15話 冷めゆく光
通信圏内に入り、送られ続けていた潜水艦よりの電波にジータは唇を噛んだ。取り決めの日時を過ぎていたという負い目はあったが、こうも頻繁に電波を出されていては付近の敵に感づかれていると考えるに容易い。偵察の上、斥候から敵影なしと聞いても簡単には信じられず、入念すぎる捜索に、カノンは呑気なあくびをした。
「迎えはそこまで来てるんでしょ?あれだけ偵察しても敵はいないっていうし、ずっとここに留まるのも危険よ」
「潜水艦はずっと待機してたんだ。艦内の空気や電力は無限じゃないから換気と充電のため浮上してるはずだ。見られているかもしれない」
「それでも、潜水艦に攻撃がないんなら、運良く気づかれていないと考えるべきよ」
「将校の意識と自分たちの意識の次は、もうちょっと戦術ということを考えろ。罠が張られていたらどうする」
「小隊長殿、海軍サンからずっと催促されてます。失敗したものとして待機は打ち切ると」
「こちらが間も無く目標地点に辿り着く所までいると、存在だけでも教えないと」
「仕方ない、海岸への安全な道も判ったことだし、今出てる斥候が帰り次第電波を出して撤退する。これが最後だ、敵影がないとはいえ、各人警戒を一層厳にして行動しろ。一、二分隊は先行し、啓開路を確保しろ。抜かるな」
最後の斥候が戻り異常がないことを報告した。二個分隊が命令通り先発し、おおよそ海岸線が確認できる地点まで進んだが敵の攻撃は受けなかった。特務隊の存在を確認した潜水艦から再度連絡があり、舟艇を向かわせるとの報告の後海面に黒い船影が浮かび上がった。
船影を確認したカノンはフィアスの側に戻り、逃避行完了まで共にすると決めている。
「これで最後です。フィス様」
「ええ、カノンを始め、皆んなよく頑張ってくれたわ。戦死された特務隊の方には、亡命後に慰霊式典を開かなければ」
「ええ、もちろんです。いくら秘密部隊といっても、それくらいはきっと許されますよ。そしたら、フィス様と私は・・・」
すっかり安心しきったカノンは数々の夢が止まらず、まるで新妻の如く虹色の生活に想像を巡らせてフィアスに話そうとした。だが彼女はカノンの唇に指を立て、目を細めて静かに微笑む。
「待って、まだ言わないで。安全に、向こうに着いたらお話ししたいの。平和な生活が送れることへの楽しみの一つに。あなたに負けない素晴らしい生活を、私は考えるわ」
「フィス様、だけど、たくさんお話をしたいです。今からでも」
「これからいくらでも話せるわ。ずっとずっと、いつまでも、二人だけで」
フィアスがカノンの手を取り、飽きないときめきで頬を染め、しばし瞑目して深呼吸した。
どんな場所から物語が始まるか、それは判らない。ベルジュが宮殿を用意してくれるとは思えないが、邸宅くらいなら住めるかもしれない。だけど、広すぎるのは嫌な気がした。それなら小さいアパートの一室でもよい。きっとお金を稼がなければならなくなるだろうから、私が勤めに出よう。フィス様には家にいてもらって、本当は一緒に仕事をしたくもあるけど、それは畏れ多いし、何より、帰ってきてドアを開けるとフィス様がいるのが幸せだ。おかえりのキスでもして、ごはんを作って食べて、テレビかラジオを一緒に楽しんで、お風呂に出かける。バスタブを用意するのはもうちょっとお金が貯まってから。家に帰って、寝る支度をして、それから、せっかくお風呂に入ったのにまた汚してしまうかもしれないけど、やっぱり、覚えたてのコトを、フィス様と。
「俺は殿に付く。三分隊先行、警護隊が続き、四分隊が最後だ。カノン、警護隊の編成は任せる」
吸い込んだ想像が急に途切れ、ジータの声に従って警護隊を確かめた。フィアスを囲んで、一層目は軽傷者、取り囲むように残りの近衛兵が銃を構えていた。カノンはフィアスの手を強く握る。
「編成このまま。先頭第一班」
「はい!」
「声を出すな。三分隊前へ。残りは順番に続け」
最後は森林が切れ、道を挟んで茂みが生い茂っている。月明かりに照らされる草が風に揺れ、編上靴の音が緩やかに混じった。三分隊が出ると警護隊の番、横に屈むジータは一班班長の肩を叩こうとした。
「ぐむ」
へちゃげた声には誰も気づかなかった。四分隊の一人で、絶命する時、最後の遺言が断末魔だった。
「ギャ!」
一斉に後ろを振り返る。ジータの目に入ったのは蠢く黒い影、特務隊や警護隊に掴みかかった。どこに潜んでいたか、偵察の時は発見していない。だが一つの黒い塊が上から落ち、蒼ざめる間も無く拳銃を抜いた。
「木の上だ!三分隊戻れ!」
断末魔を上げた兵隊は、ナイフで胸を刺されていた。ジータの背後に現れた影も、研がれて塗装の落ちた刃が、笑う歯の如く、白く光っている。
「クソ!」
寸前でナイフを避け、銃口を頭に押し付けると引鉄を引いた。弾けた脳味噌が鉄帽に付き、力を失って倒れてくる死体を蹴り上げて、今度は一班班長に掴みかかる敵を狙った。
「フィス様!」
騒乱が始まると同時、カノンの手からフィアスが離れた。彼女の口を真っ黒で大きな手が塞ぎ、助けを求めて伸ばす腕を掴もうとしたが、自身の背に衝撃があった。羽交い締めにされようとしている。
「離れて!」
肩を思い切り払い自由になった左手で素早く軍刀を抜き、再度捕縛を試みる腕を斬った。敵は悲鳴を上げて身体を離し、別の敵から逃れた近衛兵に射殺される。
「この狼藉者!」
軍刀を右手に持ち替え、森林に引き摺り込まれようとするフィアスに飛び込み、彼女の頭を少々乱暴に退け一突き。頸動脈モロに切断されて敵は血を噴出させた。
「フィス様!」
「カノン!カノン!」
胸に躍り込んできたフィアスを抱きしめ、しかし攻撃に終わりはなく、離した軍刀が地面に刺さり拳銃を抜いた。
「警護隊は右の茂みに飛び込め、四分隊左へ!クソ!」
小銃を捨てたジータは拳銃で敵を撃ちつつカノンの元へ辿り着いた。カノンも特務隊員に襲いかかる敵を撃ち、フィアスを連れて茂みに走った。
「助けてえ!隊長!」
異様な光景だった。トウコ一人が地面でもがき、敵の姿はない。地面から二本の腕が伸びどこかへ引き摺り込もうとする。見つけた先任軍曹がトウコを引き上げ、鹵獲小銃を穴に向かって掃射した。
「小隊長殿!」
トウコを抱えた先任軍曹は右の茂みに飛び込んだ。ジータも同じ場所にいて、警護隊の人数を数えていた。
「四分隊分隊長以下七人戦死」
「そうか、先行の一、二分隊も撃たれてたよ。八人だけこっちに戻った。三分隊は幸い軽傷だけ。警護隊は、君が最後か?」
「は、はい。おそらく他の人はもういませんでした」
「嬢ちゃん、穴に引き摺り込まれそうになったのか?」
「みんなを助けようとうろうろしてたら、さっきはなかったのに地面に穴が開いていて、そこから敵に・・・」
「坑道だな。どおりで敵が見えないわけだ。よっぽど上手く隠れてるらしい。カノン!警護隊の負傷は」
カノンはフィアスに傷がないか確かめながら片手を挙げて答える。警護隊はいずれも倒れた時の打撲や掴まれた部分が腫れたくらいで、大きな怪我はなかった。
「全員軽度の打撲!フィス様、申し訳ありません、手荒なことをしてしまって。首痛みますか?」
「気にしてないわ。首も、もう大丈夫」
「全員ほぼ同時に襲われて、小隊は戦死に負傷、警護隊には致命傷を負った者もいない。その子は連れてかれそうになった。とすれば」
「彼奴らの任務は警護隊の捕縛ですかね」
「そういうことらしい。嬢ちゃん降ろしたら?」
「あ、忘れてました」
「ありがとうございます!助けていただいて」
先任軍曹は大事に大事に、まるで赤子のように抱えていたトウコをようやく離し、彼女は礼を言って腕から降りた。彼は制帽の上から彼女の頭を撫で、娘と父の様は、かつてジータが任務の意義を口にした時任務を「童話でもいい」と言った言葉を思い出させた。チョコバーといい、彼女らの前では語気穏やかになる先任軍曹は、結局は下士官というより親の気で任務を遂行してきたと、微笑ましくなる前に馬鹿らしくなった。
「警護隊が全員助かっただけでもよしとしよう。おいカノン、話聞いてたか?」
「えっなに⁉︎」
「敵は警護隊を無傷で捕らえる任務があると見た。どこにあるかも判らん蓋を開けて坑道から出てくる。間隔開けずに円陣防御、まずは足元を警戒しながら前進する。接岸可能な地点を新たに探して、潜水艦に連絡を取る。ミツマ兵長、三分隊に伝令、こっちに合流しろと。援護する」
「しかし部下は重傷で」
「お前が行け!こっちで残った分隊長はミツマだけだな。戻ったら一、二分隊残存を指揮下に入れる。早くしろ!」
「はい!」
背嚢にくくりつけてある瓶を気にしながらミツマは草叢を出た。図らずも彼が囮となってしまい、敵の火力と配置が掴める。彼は無事に辿り着くと分隊を引き連れて戻ってきた。
「小隊長殿!殺す気ですか⁉︎」
「よくやったミツマ。おかげで兵力配置が判った」
「瓶に傷がついちまった」
「ビン?」
「なんでもないです」
配置が判ったとはいえ、包囲されていると確認できただけである。幸い草が高く敵の照準は定まらないようだったが、またいつ地面から敵が現れるかもしれない。
「小隊、警護隊を取り囲み撃ちながら進む。坑道を発見したら手榴弾投げ込め、全周敵だ、弾の残りも気にするな。前へ!」
異様な陣形、少なくとも近代戦にあるまじき形で、ハリネズミの如く装い、ゆっくりと海岸線へ歩みを進める。上がる照明弾、一行を照らし出して射撃を受けたが、いずれも特務隊警護隊が一緒になっていることからか控えめな攻撃になった。
消灯した監視哨の窓から軍事顧問の二人が戦況を見ていた。青年が双眼鏡を瞼に押しつけ、照明弾の下の敵に唇を噛んだ。伝令が慌ただしく入ってきて息を切らせて報告する。
「十名余りを殺害、味方の損害は五名戦死、負傷三です。捕縛には失敗しました」
「承知。警護隊はたかだか儀仗兵と思っていたが、みくびったな」
「あんな密集した陣形、我々が近衛兵を攻撃できないことを悟られたようです。手榴弾の三発も投げ込めば全員殺せますが、捕縛は無理です」
「潜水艦の動向は」
「浮上しましたが沈黙のままです。しかし盛んに電波を飛ばしています」
「沿岸配置は三、四中隊だな。沿岸陣地無線連絡、三、四中隊は内陸へ向かって機関銃で掃射」
「それだと味方と警護隊にも当たります」
「敵の弾をできるだけ使い切らせる。伏射の標的に当たらない程度の仰角を取れ。小銃分隊を潜水艦への警戒に当たらせろ。また、一中隊は後退、二中隊は散開して待機」
特務隊と警護隊は、前方からの射撃が激しくなり、複数からの機関銃に狙われていることを知った。屈んだ体勢の兵隊が撃たれ、伏せることを余儀なくされる。高い草に遮られ頭を上げられず、背後の敵がどうなっているのかも判らない。偵察を出そうにも、集団から離れた斥候は狙撃された。
「海岸までの距離は!」
「200mもないかと。しかしこのままでは近づけないし、接岸もできません」
「潜水艦に陸戦隊はいないんだっけな。正面の連中を片付けないと」
「艦載砲は、使えませんか」
「坑道か壕に潜られたら意味がない。余程正確に当てないと。だが観測は難しい」
「弾が残りわずかです。弾切れになったら捕虜になります」
「わぁってるよそんなこと!」
弾雨の中、縮こまるフィアスをカノンが横から抱きしめていた。カノンの頭にはフィアスのことばかりで、彼女の保護ばかりについて思いを張り巡らせていた。しかしフィアスには、銃声に交えてただジータと先任軍曹の声が、結局自らの手で戦うことはなかった自身の耳に不思議と確かに聞こえた。
怯えもなく、カノンの腕を解き素早く二人の間に割り込んだ。
「私なら、撃たれないわね」
「フィス様!」
追ってきたカノンの、やめろと懇願するような目に一度微笑んで、きゅっと唇を結び側にいる通信兵の無線に手を添えた。
「向こうが殿下を確認してりゃ撃たれませんよ、でも命の保証はできない。戻って」
「私が見ます。その艦載砲、それを使えばこの状況を打破できるのでしょう?でしたら、一度こちらへ被害のないよう海岸に砲撃して、相手がたじろいだ隙に私が立ち上がって位置を教えます」
「無茶だ!確かに艦載砲は100mmの榴弾、海岸に当たったって驚くだろうが、無事なことが判ればすぐ射撃してくる!」
「他に方法が?もう幾らも、こちらからは撃てないんでしょう」
「だったら、フィス様、私がやります!」
「カノン。王国民、今の相手はもう違うかもしれないけど、誰だって私の顔なら知っているわ。それにあなたは黒く短い髪よ。私なら、きっと間違われることはない」
「でもだめです、危険すぎます!」
フィアスは、本当はキスをしたかった。だけど煤に汚れるカノンの額に自分の額を当て、目を閉じる。諭すような言葉で、カノンは唾を飲んだ。
「これまで私のために何人もの人が亡くなって、あなたたちも危険な目に遭わせてる。一度くらい、私に護らせて。まだここでは王女である、私の務め。本来なら民のことを考え、全てを差し出さなければいけなかった私の使命」
「私のためにもやめてください、差し出すだなんて!」
「差し出して、私はあなたに必ず帰る」
呑まれたカノンは言い返せずに、自分はそればっかりだと、エミルの時だってそうだった。止めなきゃいけないのに、呑まれてしまうと何も言えず、でもきっと無事であるのだろうと思ってしまうのは、やはりフィアスが王女であり、自分が臣民であるからなのか。恋人として強い言葉を言おうとする直前、ジータは無線を取った。
「輸108、輸108、こちら58特、58特、小隊長。海岸線200m付近において包囲されてる。支援砲撃を要請する。目標、海岸の岸壁に三発、修正はすぐ伝える。やれ!」
「タミヤ曹長!」
「殿下、頼みます、せめてこれを」
ジータは鉄帽を脱ぎフィアスに渡した。彼女はカノンの手が伸びる前に素早く身につけ、通信兵が艦載砲発射を告げるとフィアスがカノンに覆い被さった。
「伏せろ!」
ジータの声と前後してつんざく轟音、地響、皆の身体に嫌な痙攣を起こさせたが、破片は飛んでこなかった。一瞬静かになって、目を開けたカノンにフィアスがキスをした。
「フィスさまぁ!」
叫ぶカノンの頭に脱ぎ捨てられた上着が覆われ、目撃することはできない、フィアスはパッと立ち上がる。爆風の残り風が吹いて、鉄帽から金髪たなびき、再び上がる照明弾、白い妖精が光った。
「クソ!何考えてんだ、潜水艦から砲を撃ちやがった!」
「被害は、ここから判るか?」
「海岸の土手っ腹にぶち当てて、各陣地破片は逸れてます。爆風の被害もないようです」
「射撃は続行させる。撃ちつつ、被害状況を・・・」
「中佐!あれを!」
青年が中年を階級で呼んだ。押し付けられる双眼鏡で戦場を覗くと、視界の端、警護隊が固まっている場所に、白い影が立っている。頭にはベルジュ軍鉄帽を被っているが、揺れる金髪と白いシャツ、拡大してピントを合わせると、書類に挟んであった写真、革命前最後表舞台に顔を現した旧ジェスタ王国王位第一継承者フィアス・ネル・ゾルギアそのもの。彼女の堂々たる佇まいは腕が伸び、薄く手の先親指が立つ。味方の射撃は止んでいた。中年は蒼白して王女の奇妙な姿勢に戦慄した。
「測距されてる!三、四中隊後退しろ!」
沿岸陣地の機関銃手は、突如立ち上がる間抜けな敵に、最初は鉄帽からベルジュ兵だと確信して、振動で崩れた照準を今一度合わせ引鉄に指を添えた。だが照準器に重なる顔に、誰しも見覚えがある。殺害不許可の目標である以前、銃口前に立つかつての王女に、革命は優勢であるが刃向かったことに後悔した。
「どうした、撃て!」
「だめです、あれはフィアス王女殿下です!」
急に出た、久々のフィアスに対する敬称が、彼の遺言となった。
フィアスは溜息ひとつ吐き、屈んで着弾音を聴いた。今度の振動と音は更に近くなり、掃射は二度と行われなかった。フィアスの一抹宿す暗い影には、やはりかつての臣民に手をかけてしまったとの痛みが滲む。だが無事な少女たちと呆気に取られるカノンを見つけ、少しほっとした。
「ね?戻ってこれた。カノンの辛さが私にも少し理解できた気がする」
「フィス様!心配させないでください!こんな思い、することなかったのに!」
「皆も、あなたも、ジータさんたちも、助けられた。これで良しとするわ。さあ、行きましょう。最後の道です。ベルジュの皆さん」
「はいはい。測距の方法、少し教えただけだけど、ちゃんとできてよかった」
「実は元から知っていましたの。お父様がくださった本で」
「あっそう。通信兵、潜水艦へ。これより脱出地点に向かい、信号弾を上げる。いつでも接岸できるように舟艇を出し、待機を要請する」
背後の敵が気になったが、これらも潜水艦からの反撃を恐れ後退させられていたし、照明弾を上げても位置が露呈する。暗闇で弾が当たる距離でもなかった。臍を噛む軍事顧問は最後の一手を思いつく。
「崩れた坑道を速やかに開通させ、海岸に進出して、一人でもいい、捕縛しろ」
命令を受ける、沿岸陣地より脱出した沿岸監視部隊長、焼け焦げた腕章を破り捨て、拳銃を抜いた。気が立ってしょうがない彼は、民主政府軍ズーラン派より下されている射殺命令だけでも実行すべく、軍事顧問を片付けようと引鉄を握った。
「もう貴様らの命令は受けん、死ね!」
「中佐!」
部隊長の拳銃は奇しくも警護隊の突撃銃手が持つ拳銃と一緒だった。五発の拳銃弾が全自動でばら撒かれ、中年の身体を貫通した弾丸は青年にも傷を負わせた。
「待て!命令違反だ!」
小型拳銃を抜いた青年は走り去る部隊長に発砲したが当たらず、自身も激痛から追うことはできない。突然のことに怯える通信兵をどやしつけ、壁に掛かる医療嚢を投げて寄越させた。
「痛ェ。中佐、傷は腹です」
「助からんな、野戦で腹に負傷したら助からん。君は?」
「大した威力のない拳銃弾です。私のは脇腹を掠りました。なんとか動けます」
「なら歩けるな。包帯巻いたら部隊長を追え。我々の任務に従ってもらわなければ困る」
「中佐の治療が先です。後で私がケリつけます」
「負傷の手入れは通信兵に任せろ。王女を殺させるな」
「わかりました」
「部隊長は射殺して構わん、が、王女は」
「わかってますよ」
中年の呼吸が荒くなった。青年は通信兵に治療を任せると、新たな弾倉を拳銃に装填し小屋を出た。痛む脇腹、包帯の上から押さえつけて、王女の生存ばかりやたら望む中年を訝しむが、明確な殺意は、確かに部隊長へ向けられている。新たな火線が海岸に浮かび、味方の色した曳光弾、そして敵の信号弾が一発上がった。彼の進む先にぽっかり坑道の穴が空いていた。
海岸の一角が艦砲射撃によって崩れ、そこに舟艇を接岸させようと目論んだ。確認のためミツマが降り、転がる岩石を蹴り飛ばして、なんとか海軍のゴムボート舟艇なら接岸可能になった。彼は懐中電灯を丸く回して確認を伝えた。
「ここから降りる。先任軍曹、一分隊を先導して接岸場所を確保、信号弾上げろ、青星一発だ。次、殿下とメイドと警護隊一、二班と負傷者、最後三分隊と三、四班、俺は最後に行く。信号拳銃、受け取れ」
「小隊長殿、信号拳銃と交換でこれを」
先任軍曹は鹵獲小銃を渡し、入れ違いに信号拳銃を受け取った。ジータは装填を確かめると肩に吊り、先任軍曹の背を押した。
「私も最後に。四班と一緒に降ります」
横からカノンの申し出、ジータは指揮官最後の常識から頷くが、フィアスは袖を引っ張った。
「カノン、一緒に行きましょう。同じ船に乗らなくては」
「潜水艦に乗れれば同じことです。フィス様、ちょっとだけ待っててください。すぐ追いつきますから」
「でも・・・」
「なんてことはないんです。フィス様が最後のお務めをしたように、私も最後、みんなが船に乗るとこを見届けます。後宮警護隊長を終えることの、最後一つの役目です。大丈夫、さっきのフィス様ほどの勇気がいることじゃないんです。敵もいないし」
フィアスの横顔を青く照らす、信号弾が上げられていた。浮かび上がる頬をカノンは手を添え、少しだけ微笑んで、メイドと一、二班を呼んだ。
「フィス様をお願いします。降りる時に気をつけて」
「はい!」
「では・・・先に行くわ。カノン、後で会いましょう。あの船で」
「はいフィス様、また後で」
カノンは少し下がり全体を眺めて、メイドに伴われてゆっくり岸下に消えるフィアスを見つめていた。最後まで視界に残っていたのは振られる細い腕で、目を細めて手を振り返す。無事降りきって、ジータが残りの兵に降りるよう指示を出した。
「カノン行くぞ」
「うん」
初めて聴くボートのエンジン音が次々に耳に入った。あの音がここから無くなった時、王族はこの国からいなくなる。
近衛兵として、少女として、また王女という女の子の恋人として生きてきたジェスタの国を、カノンはまざまざと思い出し、これまでは考えなかった、もし平和が戻り王女の帰還が許されたなら、また帰ってこれるのかと。目に入るのはこれまで馴染みのないはずの木々だったが、フィアスと共にした十年余り、王宮の広すぎる庭に生えていた木と重なって、溢れそうな涙を強く唾を飲みこむことで耐えた。
「さようなら後宮、私の育った国」
「何か言ったか?」
ジータがカノンの小声に振り向いた。彼は崖に手を掛けて半身になり、先に降りるよう促していた。最後の別れを済ませたカノンは前を向いて脚を伸ばそうとした。
「なんでもないの。タミヤ曹長、これまでありがとう」
「潮らしいな。礼なら後で幾らでも言ってくれ」
「そうするわ」
「いつか、死んだ部下も回収しに来たいな」
ふっと笑い、ジータは残り少ない煙草の箱を地面に置いた。彼なりの餞のつもりだった。
彼が前に向いた瞬間、銃声が轟いた。ジータはウッと唸ると首を押さえ、崖を滑り落ちていった。
「ジータ!」
名前だけで呼んだのはこの時が初めて。まるで親しい友人の危機を目撃しているかの如く伸ばした腕を、弾が掠めた。残された鹵獲小銃を取り、使い方は先任軍曹が操作しているのを見ていたから、素早く安全解除した。敵は先ほど潰れた陣地付近から射撃していた。見ると地面から上半身だけ出していて、背後から何人かが飛び出て来ている。坑道が何とか人が通れる程度復活したのだった。今度は、近衛兵の軍服目掛けて撃ってくる。敵が捕縛を諦め、殺害を試みているのは火を見るより明らかだった。
なすべきことは一つ、例えフィアスを裏切ることになろうとも、自分で言った、盾になり、彼女の生存を図ること。一度皆の方を見ると、ほとんどはボートに乗り込んでいて、少数残る特務隊と警護隊がジータを収容していた。フィアスの姿は判らなかった。
「隊長!どうしました!」
崖をよじ登ろうとする少女がいた。カノンは引鉄に指を添えて彼女に怒鳴った。
「敵が進出してきた!あなたたちは、ジータをボートに乗せて潜水艦へ!」
「私たちも援護します!」
「行け!我々の使命は殿下をお守りすることだ、もう誰も欠けることを殿下は望まない、行け!」
気圧された少女は敬礼すると下に戻り、カノンの言葉を伝えた。まだまごついているようだったが、敵弾はボートにも飛来し、ようやく最後の一隻が出発した。カノンは岸を発つ少女たちに手を振り、唇噛みしめて敵を狙った。
「お前たちは絶対に近づけさせない、フィス様に!」
敵が怯んだ隙に立ち上がり、フルオートで威嚇した。岸壁に沿って走り、残る敵、容赦なく討ち取る。弾がなくなると銃本体を投げつけ、続いて拳銃、撃ち尽くすと軍刀を抜いた。
「わあああああああ!」
かかる血飛沫、柔らかな死の感触、もうしなくて済んだと思った。初めての殺しを思い出す。何もかもこれで最後、他人の死を願うこと。けれど、カノンの中にフィアスがいた。取り込まれた彼女を護って鬼となるのなら、それでもいいと、本気で信じた。約束、もう気がかりでない。盾となって、フィアスの危惧を一つ現実にしてしまうけれど、どの道これなら、やっぱり結ばれてよかった。
あらかたの敵は掃討した。あとは潜水艦が出航してくれることを願い、黒い船影を見つけると、ボートから人々が引き上げられているのが見えた。しかしまた気配を感じる。尋常でない殺気だった。
フィアスの脱出を確信すると鬼は消えて、永遠に消えて、だらんと軍刀の腕を下げた。何も怖くない、わがままな自分と共に、フィアスが永久にいる。
「ごめんなさいフィス様、結局こうなってしまって。でも、私は歩んでいきます。フィス様と一緒に。これからどこへ行って、それが死後の世界であっても。あなたがくれたから。私に恋を、生きた心を。フィス様の恋人で、私は幸せです」
坑道から出てきた部隊長は、もちろんそんな言葉を聴かなかった。先行させた部下のほとんどが戦死するか戦闘不能、目の前の少女が原因である。彼女は憎むべき王政の象徴、我が敵ゾルギア王家の軍服。躊躇いはない、まっすぐ拳銃を向けて引鉄を絞った。
潜水艦から暗視双眼鏡で海岸を見ていた乗組員は、一つの影が崖から海中に落ちるのを目撃し、しかしこれが報告されている残存者であるかは判らない。ともかく火線は止み、何らかの叫びも聴音手の耳に入らず、合図もなし、沖に泳いで来る者もいなかった。
「残存者、反応なし。戦死したものとみられます」
「了解。これ以上この海域に留まるのは危険だ。潜望鏡深度、メインタンクブロー」
「潜望鏡深度、メインタンクブロー」
艦長の命令を副長が復唱し、大量の気泡に包まれ船体が沈んでいった。艦長は、先ほど収用した少女たちの誰もが警護隊長の救出を懇切丁寧に頼んでいったことを思い起こし、彼女たちの様子を心配した。救出失敗を聞けば、動揺するのは目に見えている。それは、警護隊長が戻らないのに潜航を始めたことによって、既に知っているはずだった。
「副長、将校准士官は拳銃携帯、暴動に備えろ。ジェスタ兵に悟られぬよう口頭で伝えていけ。特務隊と彼女たちの兵器類の保管は?」
「小銃軍刀、背嚢等嵩張る物は第二船倉に保管しました。拳銃を持つ者はそのままになっています」
「わかった。命令伝達が終わったら、一応収容者の様子を見に行ってくれ」
「はい」
『乗員並びに収容者へ。これを以て収容活動を終了し、本艦は本国スール軍港へ向かう。レーダー探知距離に敵影なし、到着は2日後の予定。以上』
輸送便乗者兵員室で、特務隊の生き残りとジェスタの人々は艦内スピーカーの声を聴いた。毛布に包まり乗組員がくれたココアに口を付け、一度だけ固まると身体を震わせる、涙の滲む少女たちを、特務隊は憐みを持って眺めていた。先任軍曹はココアを飲み干すと立ち上がり兵員室を出た。重い扉を後ろ手に閉めると目の前に副長が現れる。
「大尉殿」
「階級に『殿』が付くと、やっぱり空軍《トリサン》に会ってる気がしますね。軍曹、皆の様子はどうですか」
「警護隊には泣く者もいます」
「動揺の気配は?」
「取り乱す者はいません。医務室と艦長室はどこですか?」
「医務室はここ上がったところ、ガンルーム・・・士官室はそこを真っ直ぐ行ったところです」
「どうも。小隊長殿と殿下を訪ねてきます」
「軍医の報告では、曹長は命に別状はないそうです。もう目覚めてるかと」
「ありがたくあります。あの、残存者はどうなりましたか」
「反応がありませんでした。また、洋上監視員により、戦闘が止んだ後崖から海中へ人影が落ちるのを見たとの報告があります。助からないかと」
「そうですか」
少女たちの様子が知れた副長は胸を撫で下ろし、拳銃は要らないであろうと報告をしに近くの伝声管に寄った。先任軍曹は通路先の士官室を少し見やって、乗船する時の怯えようはどうなったかと懸念したが、士官室は不気味なまでの静寂を保っている。溜息一つ吐き、梯子に手をかけた。
「軍医殿、小隊長殿は」
「目が覚めたよ、先任軍曹」
医務室のジータは軍医が答える前に自分で言った。彼はベッドに寝かされ、包帯に巻かれた首が痛むのか顔をしかめた。
「曹長の容態は安定している。首の擦過傷も問題ない。あとは軽い打撲と、疲れが出たのか熱が少しあるから、到着までここで寝かせなさい」
「ありがたくあります」
「軍医殿、もう起きれますから、部下のところへ戻ります」
「念のためだ、熱がぶり返すといかん」
「小隊長殿、軍医殿の言った通りにしましょうや」
「ふん。煙草、やってもいいですか」
「艦内禁煙だよ」
「そうですよね」
軍医は席を立ち医療嚢を肩にかけた。似合わない髭を撫で、先任軍曹に座っていた椅子を勧めると衛生兵を呼んだ。
「衛生兵、収容者の健康診断を行う。よっぽど異常ないだろうが、疲労と栄養不足もあるかもしれないからな。君は後で診断するから、そこに座って待っていなさい」
「軍医殿、何から何までありがたくあります」
先任軍曹の礼には答えず、軍医は兵員室へ降りていった。残された二人の間に痛々しい沈黙が起こり、顔を背けたジータが口を開く。
「カノンは、一緒に来れたのか」
「いいえ、助けられませんでした。崖から海中へ落ちたらしいと」
「落ちたのが敵の可能性はないのか」
「戦闘が止んでから落ちたそうです。おそらくエルタ少尉かと」
「死んだのを、はっきりとは確認していないんだな」
「そりゃ、はっきりとは。しかし、あんな敵まみれの状況からして」
「うるさい、生きているさ。そう思え。でなきゃ、殿下はおかしくなって、離人症にでもなるかもしれない」
「ですが、帰らなければ意味はないでしょう。捕まれば銃殺の可能性は高い。お諦めください」
「フィアスの前で、それ言えるのか?」
「・・・言えません」
「だったら、あんたも、生きてると考えるこった」
先任軍曹は初めて「あんた」と言われ、久々の嫌悪を不思議に覚えた。ジータとは軍歴の長さはほぼ一緒だが、歳で考えたら
「いて、なにすんだ。何がおかしい」
「おかしいさ、ジータ君、君は恋する一人の少年だ。大義を心配したあの下士官とは、どうも違ってきた」
「恋?それも違いますよ。前はちょっとそうだったかもしれない、でも今は、親しい友達がいなくなったような、そんな気です」
ジータもわざと敬語を使って返した。笑い方もわざとらしく、突然現れた目上の人間に身を縮こませ、毛布を顔まで被った。
「少し眠る。殿下の様子を見に行ってくれ。それから、到着まで皆のことを頼む。軍医には部下と同じ所で健康を見てもらうように。いいな、先任軍曹」
「はい小隊長殿。そのつもりです」
軍人に戻った二人は敬礼し合い、先任軍曹は席を立った。彼が医務室から消え足音が遠ざかると、ジータは天井を向いて息を吐いた。まざまざと頭に浮かぶ、カノンの姿、フィアスの姿、また自分の姿も。カノンとフィアスは手を繋いでいる。ジータ自身は、少し離れて安心と羨望混じった瞳で二人を見ていた。
「俺が、助けに行ってやる。恋人のとこへ返してやる。生きて待ってろ、親友」
親友と思っているのは自分の勝手だと、理解している。だが彼女が生きて帰ってきたら、友人としての関係を育めると、実らない恋の代替かもしれないが、そうあってほしいと考えずにはいられなかった。
ジータと軽口叩き合った先任軍曹だが、いざ士官室の前に立つとノックを躊躇した。カノンとフィアスの、友情を超えているのではないかとも見えた並々ならぬ愛情は感じていた。判っているから、還らないカノンの死の確信は強いのだろうと、容易に想像ついた。
士官室の前でまごまごしていると扉が開いた。出てきたのはメイドで、ぶつかりそうになって頭を下げられる。
「失礼しました。御用ですか?」
「こちらこそすみません。小隊長殿から、殿下のご様子を伺うように命じられました」
「殿下の・・・ちょっと」
メイドに扉を閉められてしまう。狭い通路で小柄なメイドと大柄な先任軍曹が対面すると、メイドはうんと頭を上げて相手の顔を覗き込む形になった。ぐんと近づく彼女の瞼は腫れていて、先任軍曹は唾を飲んだ。
「殿下のお声が出なくなりました。乗船以来エルタ少尉の安否を気遣われてお泣きになり、名前を叫んですらいらしたのに、戻らぬまま出発が決まるとハタと止まって、それから何も喋りません。何か必要な物はないかとお尋ねしましたが、声には出さず文字で指示なさいました」
「失声症?」
「そうだと思います。それか、単に話したくないのか・・・あんな辛そうな殿下、初めてです。私共もたまらなくて・・・」
「動揺は、していないんですね?」
「動揺!ああ、動揺ばかりですわ!態度に表さないだけで、殿下の心は荒波に揺れ動いていますの。長くお側に仕えさせていただいた私、痛いほどわかる、いえ、到底理解の及ばない苦痛に、エルタ少尉の死が決まってから、一人耐えていらっしゃるのですわ!」
「あなたまで泣かなくても。わかりました、声が出ないのですね、わかりました。しかし、エルタ少尉殿の戦死が決まったわけではないと、そうお伝えください。はっきりと確認はされてないのですから」
「きっと、何も通じませんわ。目の前にエルタ少尉が現れない限り。私共はあの海岸去ってしまうのですから・・・失礼します、殿下がお水を御所望でいらっしゃるので」
メイドは一礼すると足早に食堂へと向かった。立ち尽くす先任軍曹は頭をかき、自身も入室を諦め兵員室に足を向けた。
ベッドに座るフィアスは、張り付いた表情のまま壁に身をもたげ、腹の前に重ねた掌も微動だにしなかった。視線の先には掲げられた潜水艦の油絵、敵前揚陸任務中の勇壮な姿は何一つ頭に入らず、しかし絵の中に海岸がある、そこにカノンの姿を載せていた。
岸を離れる時、後続をいくら探してもカノンはいなかった。負傷して寝かされるジータの身体だけ目に入ったが、不安なまま潜水艦に乗ってもどこにも愛しい顔は現れない。聞くと、敵に急襲され援護のため残ったとのこと。海に飛び込もうとするのを少女に抑えられ、抵抗してもがいたが、自分の存在が彼女たちの苦労の役目であると特務隊の兵に諭されて、泣く泣く士官室に入った。走り回る乗組員にカノンのことを聞いても誰も判らず、結局、振動が始まって傾く船の不快な感覚が、恋人が助からなかったことを理解させた。
沈下と共に心は沈んでいき、沈みきった後死人に当てられる心電図の如くピクリとも動かず、自らは死なないのに、目の前走馬灯が駆け巡る。
やたらと背伸びして顔を真っ赤に、警護に就くことを絶叫申告するカノン、あの頃まだ十にもならなかった。可愛らしく勇ましく、その時起きた心の動きは、読んだ恋愛小説によって既に説明がつき、世間知らずが助け恋をした。長い片想い。こっそり買ってきて食べさせてくれた肉料理、あれは何といったっけ、罰に馬小屋の掃除、眠りこける庭師の横顔、心地よかった素足の藁、覆い被さる、朱に染まったカノンの頬、細い唇。乳房、腹、腰はだけて、それでもズロースに手が伸びることだけは拒絶した、少しだけ世間を知ってしまったあの頃。父との別れ、逃避行、鬼と化した恋人の、苦痛を共有できず悩ましかった。だけど、結ばれた。結ばれて、解れずに永遠を過ごしていけると、信じていた。約束だってしたのに、盾になんかならず、一緒にいてくれと。
詰った。初めて詰った。目の前にいてくれないのが心底嫌で、どうして約束を守ってくれないのかと罵声を浴びせ、怒りをカノンにぶつけたい。だけど目の前にいれば、そんな行為必要ないはずだった。
水を頼もうとして、声が出ないことに気づいた。聞いたことがある、ショックから声が出なくなってしまうと。だけどどうでもよい、カノンに聞かせることができなければ、こんな声も、身体も心も、一つだって要らない。
戻ってきたメイドが水を渡し、カノンの戦死は確認できていないと震える声で告げた。あまりにも無意味な言葉で、このまま耳も目も無くなってしまえばいいのに。水を飲み干してもやはり声は出なかった。
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